『クリスマス・シンフォニー』


「もうすぐ年の瀬だよね。
 今年は感謝の意味を込めて、ささやかだけどクリスマスパーティをやろうと思うんだ」
 薄茶色の髪の青年は、小さな子供たちを前に楽しそうにそう言った。
「……クリスマス?」
 耳慣れない言葉を聞いて子供たちはきょとんとした顔をした。そして、誰か他に知っている人はいないのかと、互いに顔を見合わせる。だが、誰も分からず、視線が合うと、小首をかしげていた。
 黒髪の少年も、苦楽を共にしてきた親友とも呼べる彼の話が分からず困った顔をする。
 そして、近くで優しく微笑んでいるエーディンへと視線を移した。
 彼女はシャナンの視線に気がつくとにっこりと笑った。その表情は明らかにオイフェの話を理解しているかのようだ。
 グランベル独特の習慣なのだろうか。感謝のパーティと言えば楽しそうな感じではあるが、何をするのかも全く分からない以上、手放しに賛成も出来かねるからだ。
 いぶかしげなシャナンの視線にオイフェも気がつく。
 子供たちも話を理解していないようだ。
 今まで、この話をした事はなかったんだな。その事に気がついた。
 イザークに逃れてきてから、何だかんだ食べていく事に追われていたようにも思う。
 今までは秋に豊作を願ってのものが楽しい催し物だった。今年はそれに、もう一つ楽しみ増やしてあげよう。特に子供たちが一番喜ぶ事をしてあげよう。そう考えての事だった。
 とりあえず簡単に話しておこうとオイフェは思った。子供たちをびっくりさせる事はまだ内緒にするのだけれど。
「あのね、異文化の話なんだけど、神様が12月の25日にお生まれになったんだって。
 それでそのお誕生日をお祝いするんだ。
 ケーキを焼いたり、ご馳走を作ったりして。みんなでわいわい楽しい日にしよう」
 オイフェの言葉に子供たちの目が突然輝きだす。
「ケーキ?!ケーキ食べれるの?!」
「ご馳走…どんなのだろう」
「みんなで、わいわい、楽しそう〜!」
 始めの方の説明は意味を成していないらしい。やはり食べものの方が魅力的に感じるらしかった。
 特に甘いものがそう食べれる訳でも無いので、とりわけケーキは話題を呼んで、既にクリームたっぷりが良いだの、ドライフルーツ沢山入ったケーキが良いだの、論議が渦巻き、おそらくケーキを作ってくれるであろうエーディンを囲んで、あっという間に盛り上がっていた。
 予想以上に好反応を示してくれた子供たちにオイフェは満足げに笑う。これなら、もう一つのお楽しみも、きっと喜んでくれるだろう。
 にこにこしているオイフェの隣にシャナンがすすすと寄って来て、そっと耳打ちする。
「……話の内容は分かったけど……予算とか大丈夫なのか?」
「うん、今年は結構豊作だったからちょっとくらいは大丈夫だよ」
 笑顔で答えるオイフェにシャナンは少し安心する。
 そういう財務関係はオイフェにまかせっきりのシャナンにしてみれば心配でもあるのは仕方が無いのかもしれない。
 まあ、よく考えれば、オイフェが財政状況を考えずにこんな企画を言い出すはずもないのだけれど。
 オイフェは思い出し、シャナンにそっと耳打ちする。
「シャナンにはパーティの他にもやって欲しい事があるから協力してね」
「……協力?」
 やっぱり話の内容が飲み込めないシャナンは、何が何だか分からず不思議そうな顔をする。それを見て、オイフェは楽しそうに微笑んだ。
 今年の年末は楽しく過せそうだ。そんな予感がした。


 パーティの当日の24日。
 セリス達と同じくらいの背丈のもみの木をシャナンが持って来た。
 これを飾り付けるのだと聞いて、ケーキを心待ちにしている子供たちは、待っている間にそれぞれ飾りをつけ始めた。
 星にリボン、雪の代わりに綿を乗せて。
 楽しげにわいわいとつけている中で、ぼんやりとしがちな少女を見つけて、セリスは声をかけた。
「どうしたの、ラナ?」
 呼びかけられて、ラナは慌ててセリスの方に顔を向ける。どうやらセリスが近くにいる事さえ気がついていなかったようだった。
「そ……その……ちょっと考え事を……」
 セリスに声をかけられたのが相当びっくりしたのだろう、ラナは真っ赤になってわたわたと取り繕う。手に持ったリボンも落としそうなほどだ。
 ラナはたまに深く考え事をすると周りが見えていないことがあった。そういう時は大抵自分の世界にいるため、突然現実に引き戻されるとどうしても慌ててしまうらしい。ラナの兄のレスターもそういう傾向があり、セリスとしては慣れている事でもあった。もっとも兄のほうはラナよりマイペースであるため、慌てているのは見た覚えが無いのだけれど。
「何を考えていたの?」
 セリスは微笑みながらラナに優しく話しかける。ラナやレスターの考えている事はセリスの思考とは異なり独特の世界観を持つため、彼らの話を聞くのは好きだった。それ故に、ラナが考え込んでいた事には興味が高かった。
 ラナはまたちょっと赤くなり、手に持ったリボンをもみの木に結びつけながら話し始めた。
「……考えてたんです。明日お生まれになった神様ってどんな方だったんだろうって」
 ラナの表情がどんどん明るくなっていく。また再び自分の世界に入って行き始めたようだった。そんなラナをセリスは優しく見つめる。
「だって、こうしてずっとお誕生日を祝い続けてもらっているんですもの。きっとすごく優しい人だったんだろうなって。
 きっと優しい顔をしていて、優しい声で話してくれて、見ていると優しい気持ちになれる人なんじゃないかなって。
 そういう事を考えていたらわくわくしてしまって……」
 すっかり自分の世界に戻ってしまったように見えたラナだったが、ふいにセリスの方に顔を向け、その青い瞳をじっと見つめる。
 突然、小さな女の子に見つめられて、セリスは急に恥ずかしくなりその視線をそらした。
 そんなセリスの思いに気づいているのかいないのか、ラナはそんなセリスの横顔をじっと見つめる。その視線を感じるためセリスはラナの方を見るのが気恥ずかしくて、それを振り払うかのように、再びツリーの飾り付けを始めた。
 ラナが近寄ってくるのを感じる。だが、やっぱり顔を向けるのは照れくさかった。自分よりも小さな女の子に対してそう感じるのはおかしいといえばおかしいような気もするのだが、今日はどうしても抵抗を感じた。それはラナが小さな子供から女の子へと移り変わってきはじめた事も一因なのかもしれない。
 一緒に駆けずり回っているラクチェにはそこまでそういうものを感じないのだが、ラナは少しずつ母親であるエーディンと雰囲気が似てきていた。その事が男の子が多い中ゆえに余計に意識されるのかもしれなかった。
 すっと手が伸びてきてセリスの頬に軽く触れた。
 その行動に思わずセリスは手の持ち主の方に顔を向ける。そこにはラナが微笑んでいた。
「……セリス様みたいな方なのかもしれませんね」
 にっこりとラナはそう言って優しく微笑む。
 最初、セリスはその言葉の意味が分からなくて言葉が出てこなかったが、その言葉が先ほどの神様の事を指している事に気がつき慌てた。
「そ…そんな事ないよ!」
 慌ててセリスは首を振る。
 ラナのように神様の姿を考えていたわけではないが、まさか自分がそうだとは思ってもみない話だった。
 否定するセリスにラナはきょとんと首をかしげる。
「そうですか?」
「そう、そうだよ!」
 まだ疑問に感じるラナにセリスは必死でそう主張する。
 いくらなんでも神様と同系列に扱われるのはさすがに困るからだ。
 ただでさえ、こうやって皆に敬語で話されているのだ。一番年下のラナでさえもそうやってセリスを別格に扱うのだ。
 ずっと疑問に思いつつも、皆がオイフェを真似ているのだと思えばなんとか納得する事が出来た。一家の長といえるオイフェの言動を子供が真似するのは不思議な事ではないし、敬語口調も元はオイフェから端を発しているのは間違いの無い事でもあったからだ。
 だけど同じ人としてならともかく、神様と同系列まで上げられてしまうのはさすがに問題があった。それは敬語云々とは別次元の話だ。どう考えたって神様と並べられるような存在ではない。
 だが、ラナは少し困った顔をしていた。
「……私にとってセリス様は優しい顔をしていて、優しく話してくれて、優しい気持ちにさせてくれるから……」
 そうラナは呟くと考え込んでしまった。
 一方のセリスはその言葉を聞いて、思わず息を呑んだ。ラナはそういう人物を思い浮かべるわけではなく、身近な人を当てはめようとしていたらしい。そして、その人物にセリスが上がったようだった。
 セリスにも分かる。それはきっと喜ばしい事なのだろう。ラナにとってセリスはとても優しい存在ということになるのだから。
 だけど。
 だけどそう考えるのであれば……。
 ねえ、ラナ……そう話しかけようとした時、にゅっとセリスとラナの間をわって入る人物がいた。黒い髪の気の強そうな少女だ。
「セリス様、ラナを困らせないで下さいよ!」
 現れたラクチェはラナをぎゅっと抱きしめると、セリスに抗議する。どうやら、ラナが困っている顔をしているのに気がついて飛んで来たらしかった。
 ラナも突然の事に驚いていたが、すぐにラクチェに微笑む。
「ううん、なんでもないの。心配してくれてありがとう」
 なんでもない、そう笑うラナにラクチェも心配が薄れたらしい。にっこりと笑ってラナを離すと、その手を取った。
「そう?じゃあ、こっちに来て!雪が降ってきて綺麗なの!」
 そう言うが早いか、ラナの返答を待つことなく、ラクチェはラナの手を引いて窓の方へ向かっていった。
「わ、ちょっと待って、ラクチェってばっ」
 ラクチェに手を引っ張られたラナは、慌ててその歩調を合わそうとついていく。
 その後姿をセリスは見送るしかなかった。
 窓の傍で楽しそうにはしゃぐラナとラクチェを見てセリスは微笑んだ。
 小さい頃から見ていた少女。
 小さなラナはいつもセリス達の後を必死で追ってきていたように思う。
 子供にとって歳の差は大きい。背の高さも考える事も出来る事も雲泥の差だろう。
 それでも一番歳の小さなラナは、兄やセリスやラクチェたちに追いつこうと、同じ事をしようと必死になっていた。だから、セリス達はいつも手を差し伸べていた。彼女にも同じ事を感じられるように、そうしてあげたかった。
 兄のレスターはいつもラナを気にかけ、手を貸していた。
 ラクチェはまるで自分の妹だと言わんばかりに彼女を大切にしていた。
 そしてセリスにとってもラナは大切な存在だった。いつも優しく微笑んでいる、とても大好きな女の子だった。
 今は…昔みたいに大好きなんて簡単に言える歳でもなくなってきていた。ラナはそうでもなくてもセリスにとってはそうであった。
 大きくなるという事は、素直に話せなくなるんだなと思う。
 だけど、胸に抱いている思いはそう簡単に変わるはずが無い。
 大切な女の子。きっとそれは変わらないだろう。ずっとずっと。
 だってこんなに彼女は優しい気持ちにしてくれるのだから。
「……僕にとってはラナがそうなんだよ」
 言いそびれた言葉をセリスは小さな声で呟く。面と向かってちゃんと言えたかどうかは分からないその思いを。
 セリスの知っているラナはいつも優しい笑顔で笑っているような気がした。そしてラナが微笑むと自分も優しい気持ちになれた。
 もし、ラナが自分に対して同じように思っていてくれるのであれば…それはきっと素敵なことなのだろう。
 セリスはそっとその思いを大切に胸にしまいこんだ。
 

 翌朝、目覚めると枕元にリボンのついた木彫りの人形があった。
 セリスだけではなく、子供たち全員にあったようで、皆驚いていた。
 それはサンタクロースからの贈り物なんだよ。
 そうオイフェに教えられて、自分たちへの贈り物だとしった皆は大喜びではしゃいだ。
 その後、木彫りの人形が本当はオイフェとシャナンからの贈り物である事は、大きくなってから知る事になる。

 そうして沢山の優しさに包まれて、聖夜は終わりを告げたのだった。


 終わり。


セリラナ同盟への投稿です。セリラナかどうか微妙な感じではありますが…思春期に入るくらいのセリスと、まだそうではないラナとそんな感じのイメージの話です。
優しい雰囲気の話にしたいな〜なんて思って書いてます(^^)。
とりあえずクリスマスは異文化もいいとこなので、伝え聞いた話ということにしてます。グランベルの貴族に人気のある絵本ということで一つ…。
しかしやっぱりティルナノグが大好きです…らぶ。

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