『SWEETS』


「……やっぱり、この季節にあるのって間違っているわ」
 太陽のようなオレンジ色の髪の少女は、その長い髪をかき上げながら呟いた。
 暖炉の赤い炎で暖と明かりを取りながら本を見つめる。
 外はしんしんと雪が降り積もり、外出さえ容易ではない季節だった。当然、それによって流通は悪くなる。多くの人々は長い冬に備えて、色々と蓄えていた。
 そう、はっきり言って物が無い。それなのに何故こんな悠長な娯楽があるのだろうか。
 もっとも南の方の国では雪が降らないと聞くから、こんな事には困らないのだろう。少しだけ愛する祖国の天候が憎らしく思えた。
 それでもいつもは手料理を振舞ったりとか、対処のしようがあった。そう、渡す相手が家族や屋敷の者ならば。
 今年はそうもいかない。相手はこの屋敷には居なかった。それに、どうせなら普通の女の子らしく、形式通りにしてみたかった。
「……でも、どうやってこの時期にチョコレートなんて手に入るのよ!」
 シャロンはお菓子の本をにらみつけながら、そう叫んだ。
 チョコレートは南国の木の実から作られるものだ。精製には時間もかかるし、費用もかかる。なかなか簡単に手に入るものではない。粉末状で保存が容易なココアならまだ手に入るかもしれないが…チョコレートはさすがに手に入らないだろう。
 本当はお決まり通りにしたかった。初めて好きな人に渡すのだ。でもそうは言ってられないだろう。
 シャロンは再びお菓子の本に目を通す。
「そうよ、要は心がこもっていれば良いのよ」
 何度もそう言い聞かせながら、ページをめくっていく。今手に入るもので、作れそうなものを見つけなければ。
 そう、何か、何か。良いものはないのか。
「……駄目、これも手に入らないわ。あれもこれも……どうして雪国に無いものばかり……」
 がっかりする気持ちを抑えながら、シャロンはぶつぶつとページをめくっていく。
 そして、最後のページにたどり着き、ぱたんと本を閉じた。
 どうにも見栄えの良いものは無理のようだった。
 シャロンは難しい顔をする。
 そして、呪文のように呟いた。
「そうよ、心がこもっていれば良いのよ」
 そう、あの人はそういう事にはとことん無頓着だから、大して気にするとも思えない。
 自分の気持ちは収まらないが、まあ喜んでくれるだろう。
 そう、喜んでくれれば良いのだ。
 シャロンは胸にそう言い聞かせる。
「……まあ、シンプルも良いところだけど……この季節なら仕方ないものね」
 そう、この一番寒さの厳しい時だ。仕方が無い。
 また、暖かくなって流通が良くなったらその時にまた何かすれば良い。
 お菓子だって、そう簡単に出来る物ではないのだから。


 バレンタインの当日。シャロンは可愛く包んだクッキーを濡れない様に鞄の奥にしっかりと仕舞い込んだ。
 幸いにも今日の雪は小止みだ。出かけるにもそこまで支障はなさそうだった。
 結局、手に入るもので作るとなると保存の利くバターと小麦粉と砂糖、それに保存食ではないが手に入りやすい卵となるとケーキがクッキーあたりになってしまう。
 雪の中を持ち歩くならと邪魔にならないクッキーになった。混ざり物も何もない普通のバタークッキーだが、心だけはこめたつもりだ。
 シャロンは彼がいる所は見当がついていた。
 先日、念願の飛竜を手に入れたばかりだ。大喜びで暇さえあれば、飛竜にべったりなのは知っている。どちらかといえば無頓着な性格の彼が、あそこまで夢中になるのはそれだけ憧れが強かったのだろう。
 空を飛ぶというのはバージェ等、北カナンではあまり珍しい事ではない。隣国のソフィア公国ではドラゴンナイトの組織があるくらいだ。
 高い空を飛んでみたいとは思うけれど、飛びながら戦うというのは想像がつかなかった。
 よほど高い所と空が好きではなければ出来ないだろう。
 その心を完全に理解をする事は出来ないが、あれだけ嬉しそうなラフィンを見ていればどれだけ嬉しいのかくらいは分かった。
 真っ白な街の中、目的の場所に向かう。ラフィンの愛竜のガルダのいる舎へ。
 無事に辿り着き、中を覗き込む。
 そこには嬉しそうにガルダと接しているこげ茶色の髪の青年が居た。
 あまりに楽しそうで邪魔をするのも気が引けるくらいだ。
 中に踏み込む勇気が持てなくて、シャロンは入り口の辺りをウロウロしていた。寒いので中に入ってしまいたいのはやまやまなのだが、邪魔してしまうのは申し訳ない気もするのだ。
 そんなシャロンにラフィンの方が気づく。
「シャロン?どうしたんだ?」
 突然声をかけられて、シャロンは慌てる。まだ入るかさえ決めかねていた時に声をかけられるのは驚きの方が大きくなってしまうものだ。
「え…えっと……!」
 とりあえず中に入ったものの、何と切り出したら良いか分からなくなる。
 そんなシャロンをラフィンは不思議そうな顔で見ていた。
 その顔にシャロンはハッと気がつく。
 そう、相手はラフィンなのだ。
 何かと無関心というか愛想がないというかそういう性格だが、少なくとも顔は悪くは無い。人間顔だとは思わないが、この顔ならバレンタインのプレゼントは毎年貰っていそうだ。
 ……問題は、ラフィンがそのプレゼントの意味を理解しているかだ。
 何かをくれるといったら、そのままありがたく受け取りそうである。その意味など考えもしないだろう。
 シャロンは顔をしかめる。今日の贈り物は『只のプレゼント』ではない。ちゃんと意味がある。それに相手が気づいてくれないのは面白くなかった。
「……ねえ、ラフィン。今日が何の日か知っている?」
 そうシャロンに問われてラフィンは意味が分からないという顔をした。だが、思いついたらしくポンと手を打つ。
「ああ、なんだっけ。バレンタインだっけ?」
 その答えにシャロンは少しほっとする。知らない訳ではなさそうだ。
「ああ、そうか。ちょっと待っててくれないか?」
 そう言うとラフィンは近くに置いてあった自分の鞄をごそごそとあさり始めた。
 何をしているんだろうと、シャロンは首をかしげる。話が繋がっていないから、その行動が理解できなかった。
「シャロン。はい、これ」
 鞄から何かを取り出したラフィンはシャロンの細い手のひらに小さな可愛い包みを置いた。
 突然の贈り物にシャロンは驚く。
「……ありがとう」
「ガルダの面倒を見たら、後で渡しに行こうと思っていたところだったんだ」
「わざわざ?……何かしら?」
 シャロンは渡された包みを開く。そのなかには小さなキャンディが入っていた。
 ラフィンは少し照れくさそうに頭をかいた。
「……良くは知らないけど、バレンタインって好きな人にチョコレートを贈るんだろ?
 さすがにチョコは手に入らなかったけど…甘いものならシャロン好きだし…良いかなって」
 ……なんだか微妙によく分かっていないらしい。どうやら自分が贈られる側だというのは分かっていないようだ。
「ふふふ、なんかラフィンらしい」
 シャロンは思わず微笑む。
 意味はよく分かっていないとはいえ、自分のためにキャンディを用意してくれたのだ。
 自分がクッキーを焼いたのと同じ気持ちで。
 それがすごく彼らしくて微笑ましくて、同時にそれだけ思ってもらえている事が分かって幸せな気持ちになった。
「ありがとう、ラフィン。すごく嬉しいわ」
 シャロンはにっこりと微笑む。それを見て、ラフィンは安心したような顔をした。そして、嬉しそうな表情に変わる。
 性格のせいか、自分より遥かに大人びて見えることもあるラフィンだが、こういう時は小さな少年のような顔になる。それが愛しかった。
 シャロンは自分の鞄に仕舞い込んでいたクッキーの包みを取り出す。そしてラフィンに手渡した。
「はい、これは私からね?」
 渡された包みにラフィンは驚いた顔をする。そんな彼を見て、シャロンは微笑んだ。
「あら、あなた言ったじゃない。『好きな人に贈る』んでしょう?」
 そう言われてラフィンの表情がより一層嬉しそうなものに変わる。その顔を見て、シャロンは微笑んだ。
 そう、一番見たいのはその喜ぶ顔だった。
 気持ちが伝わるのなら、ものにこだわる必要は無いのだ。
 二人は顔を見合わせると、にっこりと微笑みあったのだった。


 おしまい〜。

…一年ぶりほどのラフィシャロ小説の更新です。えっらい短いですが。いや、うちのラフィシャロ小説、他のに比べてみんな短い気が…(−−;)。今回は最短です。しかも、滅茶苦茶甘い話でございました(完)。
自分で書いておいて恥ずかしいってどうよ、私。いや、昔の若かりし彼等って滅茶苦茶可愛らしいカップルのイメージがえらく強いもので…。んでもって目指せ可愛いラフィン(え?)。
という訳で日本のバレンタインなる風習があるという過程の元のお話でした。ラフィンってそういうのって凄く無頓着そうなイメージがあるんですよね〜…。
とはいえ久々のシャロンさん視点のお話。私って好きなキャラは見ていたい方なので、好きキャラの視点で話書くのは難しかったりします(^^;)。どんなものでしょうか?
同人誌ではこの時代の彼等の話を描いたりしてましたので、その延長線上な感じの話ですが(^^;)。
という訳で久々のラフィシャロはえらいあまったるい話でございました(逃走)。

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