『世界で一番好きな人』


 戦争というのは絶え間ない緊張が続くものである。
 それでも、常に気を張り続けることが出来る人は普通はいないだろう。
 それは戦いにも言えることで、進軍しているといっても常に戦いっぱなしという事は無かった。
 つかの間の休息。それぞれが思い思いに過し、心を癒していく。
 休息は安らぎだ。
 そんな休息の時が解放軍にも訪れていた。
 久しぶりにゆっくりした時間を取ることが出来たラナは、母から貰った本に手を伸ばしていた。
 沢山の夢物語が詰まった本は小さい頃、母から読んで聞かされ、また自身でも数え切れないくらい読みかえしている。
 でも、ラナはその本を読む事で母が傍にいるような感覚と幼い頃の楽しい記憶が蘇り、何より安らいだ気持ちになれるのだった。
「ラ〜ナ、ちょっといい?」
 ひょっこりと黒髪の少女が現れる。その姿を見てラナはにっこりと微笑んだ。
「ええ。どうしたの、ラクチェ?」
 ラクチェはとことことラナの傍まで歩み寄り、その隣に腰を下ろした。
 そしてラナの顔を覗き込むと、楽しそうなかおで笑った。
「もうラナは決めてるんでしょ?被るといけないから教えてよ」
 唐突にそう聞かれて、ラナはなんだか分からず返答に困った。だが、ラクチェはどうして分からないのかといった顔で、ラナを見つめ返す。
「やだなあ、忘れたわけじゃないでしょう?もうすぐセリス様の誕生日じゃない。
 私とスカとレスターとデルの4人で贈る物を考えている所なのよ。
 ラナは別にあげた方がセリス様が喜ぶと思うし、今年は換算から外してるのよ」
 ラクチェの言葉に、ラナはようやく合点がいく。
 小さい頃からものに恵まれた生活ではなかった彼らは、誕生日の贈り物は全員で贈る風習になっているところがあった。まれに例外はちらほら発生するのだが、大抵は皆で贈り物を考えている。
「あ…あのね、実は相談するつもりだったの。私一人じゃ絶対に贈れないから……」
「??お金が足りないとか?それなら貸すけど?」
 ラナの答えに今度はラクチェが不思議そうな顔をする。
 だが、ラナは首をゆっくりと横に振った。
「お金じゃないの。
 みんなの協力があって始めて贈れるのよ。
 きっとセリス様、すごく喜ぶと思うの」
 すごく嬉しそうな顔でラナはそう言った。彼女にはセリスの喜ぶ顔が浮かんでいるようだった。
 その嬉しそうな顔にラクチェもなんだか嬉しくなる。
「ええ、いいわよ。で、何を協力すればいいの?何を贈るのか教えてよ」
 ラナは微笑み、ゆっくりとこう言った。
「お休みをプレゼントするの。セリス様が一番大好きな人との休日」


 一方のセリスはラナや幼馴染たちが何かを画策している事など全く気がつかずに誕生日を迎えようとしていた。
 しかも、あまりの忙しさに本人は当日を迎えても気がついてはいなかった。
「……え?今日は僕の誕生日だった?」
 鸚鵡返しにそう聞き返して、相手の長い黒髪の青年は呆れた顔をした。
「そうだ。……まさか忘れているとはな」
 セリスが書類の束を抱えながら忙しそうにしているのを見ながらシャナンはため息をついた。
 セリスは指揮官という立場から、常に情報や報告などを受けており、それに常に対応するために休んでいる余裕が無い状態ではあった。
 シャナンもオイフェも手伝っているつもりではあったのだが、それでも助けにはなっていないようだ。
 ラナの提案は正しかったな。
 休日を贈ろうと言い出したラナに驚きはしたのだが、自分の誕生日すら忘れるくらい心に余裕が無いのであれば、それは贈ってやるべき事だろう。
 それにセリスのことだから誕生日と銘でも打たねば、休めなどという意見は聞き入れたりはしないだろう。
 さすがラナというところだろうか。
「そういう訳だ。今日はお前の代わりを私がやる。それにスカサハ達も手伝ってくれるようになっているから心配するな」
 シャナンはセリスから書類を奪うと、セリスが座っていた席に腰を下ろした。
「で…でも…」
 いきなり追い出されてしまったセリスは、訳が分からず困惑する。
「いいから、いいから。それとも私では信用ならないとでも言うのか?」
 シャナンの言葉にセリスも反論出来なくなる。まさか、シャナンが自分より信用ならないだなんて思った事もない。そう言われてしまうと、反論のしようが無くなってしまう。
「あれ?セリス様、まだいらしたんですか?」
 軽いノックの後に扉が開き、金色の髪の青年がひょっこりと顔を現す。
 その言葉を聞いて、セリスはやっとシャナンが仕事を代わると言い出した理由に気がついた。
 つまり、皆が申し合わせてセリスを休ませようという算段のようだ。
 やれやれとセリスは首を振った。
 せっかく皆が用意してくれた休みだ。その好意を無駄にするのは気がひける。
「ありがとうシャナン、デルムッド」
 セリスは二人にお礼を言い、笑顔で手を振る二人に見送られて部屋を後にした。
 だが。
 周りを見回して、セリスは少し困る。
 ここの所忙しかったため、休息の過し方を忘れてしまっている所があった。
 さて、どうしたものか。
 シャナンとデルムッドが申し合わせている事から、とりあえずスカサハ、レスターは彼らと共謀だろう。そうなるとその妹たちも仲間か。
 オイフェはどうなのだろう。しかし、シャナンが関わっているのならオイフェもその仲間だろうか。
「おや、セリス様。どうされました?」
 聞きなれた優しい声にセリスは驚いて顔を上げる。
 淡い茶色の髪に優しい瞳、最近になって伸ばし始めた髭にはまだ少々違和感が残る。
「その…ちょっと暇ができたんだけど…やることも無くて」
 問われるままにセリスは答える。オイフェの事を考えていた時に声をかけられて、内心どきどきしていた。
 だが、オイフェも共謀仲間の可能性が高い。今言った言葉は適当ではなかったかもしれない。そうセリスは急に不安になった。
 休みをくれるという事は嬉しかったし、みんなが気遣ってくれる事が本当に喜びだった。気持ちだけでも十分だったのに、貰ったものを持て余しているなんて贅沢極まりない。
 だが、セリスの不安とは異なった答えがオイフェから返ってきた。
「そうですか。セリス様も乗馬が得意になられましたし、偵察を兼ねて遠乗りにでも行きましょうか?」
 その提案にセリスは即頷いた。
 ずっとオイフェと遠乗りに行ってみることは夢であった。
 昔から乗馬は教わっていたものの、あまり得意ではなかった。
 一緒に馬を並べて走る。今ならその夢は十分に適っていた。
 セリスが頷くのを見て、オイフェは優しく微笑む。
 小さい頃から守り育ててきた少年は、近頃は大人の顔になってきていた。だが今は、幼い頃と同じきらきらした瞳に戻っていた。それが嬉しかった。
「じゃあ、馬を用意しましょうか」
「うん!」
 オイフェに促されるとセリスは力強く頷き、二人で馬の元に向かった。


 風が吹き抜ける。草の匂いがする。
 戦場で感じる風とは全然違っていた。
 吹き抜けていく風の心地良さも、目に見えてくる景色も別物だった。
 少しだけ、ティルナノグでも乗馬は教わっていた。
 だけど、レスターやデルムッドに比べると雲泥の差で、遠乗りにもなかなか同行出来なかったし、仮に連れて行ってもらってもオイフェの馬に乗せられてだった。
 こうして自分で馬を駆って、風を感じて、綺麗な空と澄んだ空気を吸って。
 そして視線を横に移す。
 そこには、今まではすぐ傍にいたオイフェの姿があった。セリスの視線に気がついて、彼はにっこりと優しく微笑み返した。
 その笑顔にセリスは嬉しくなって、弾けんばかりの笑顔になった。
 ずっと、一緒に走ってみたかった。
 一緒に同じ事をしてみたかった。
 いつも一番傍にいてくれて、いつも一番理解してくれて、いつも一番優しく包んでくれた。
 大好きな人。
 一番大好きな人。
 小さい頃から変わらず…大好きな人。
 ……きっと大好きだった父と同じくらい、もっとかもしれない。
 大好きで優しくて憧れて。
 その人と一緒にいられる。一緒に同じものを感じられる。
 昔は当たり前すぎて、そんな事考えた事も無かった。
 だけど、今は一緒に過せる事は少ない。
 沢山の人に出会えた事は素敵な事だし、解放軍も順調にいっている。
 影から支えてくれる人たちも沢山居る。感謝している。
 オイフェもずっと支えてきてくれた。小さな頃から変わらず一番傍にいてくれた。
 だけど、家族のようだった昔と今は違いすぎていて、セリスの立場も今は隠れていた皇子ではなく、反乱軍のリーダーになっている。
 もう昔と同じではいられない。
 それは、強く感じるようになってきていた。
 いつか、そうなる日が来るのは分かっていたけれど、覚悟はしていたけれど、それは寂しい事だった。
 だけど今日は違う。
 昔と同じ風が吹いていた。
 優しいオイフェの笑顔、温かい雰囲気、安らげる心。
 今は昔と同じ。
 何より好きな時間がそこにあった。


 しばらく走り続けた後、小高い丘の上で休息をとった。
 高い空を見上げた。
 澄んだ青に心ごと吸い込まれそうになる。こんな空を見ていると、今戦争が起きているなんて信じられないような感覚に襲われた。
「ありがとう、オイフェ。今日は最高の日だよ」
 セリスはにっこりと隣にいるオイフェに笑いかけた。その笑顔にオイフェは安心した顔になった。
「……ありがとうございます。
 これならラナの言っていた贈り物は正解だったようですね」
 オイフェの言葉から予想もしない名前が出てきてセリスは驚いた顔になった。
「ラナが?」
 セリスの驚きの言葉にオイフェはゆっくりと頷く。そして、ちょっと困った顔で続けた。
「ラナがセリス様の誕生日に『休日』をプレゼントしようと言い出したんです。
 最初は私達もラナがセリス様に『お休み』をプレゼントしようとしているんだと思ったんですけどね。ラナは私じゃないと駄目だと言ってきかなくて。
 ずっと心配だったんですよ、セリス様が果たして私なんかとの休日を過して喜ばれるのかと。
 だけど、気に入っていただけたのなら良かったです」
 その言葉を聞いて、セリスは事に真相に気がつく。
 シャナンが仕事を代わると言ったのも、オイフェが遠乗りに誘ってきたのも、全てはラナがセリスのために用意したプレゼントだったのだ。
 セリスは思わず微笑む。なんて彼女らしい贈り物なのだろうか。彼女は一番自分の事をよく分かってくれているのかもしれない。小さい頃から一緒だったのに、自分だって彼女のことをずっと想っていたというのに、きっとラナの方がよっぽど自分のことを分かっているのだろう。
 オイフェは馬に付けてあった袋から小さな箱と瓶とコップを取り出す。そして、コップの一つをセリスに手渡し、瓶の中の紫色の液体を注いだ。
「これはシャナンからの差し入れです。山葡萄のジュースだそうですよ」
 セリスはそのジュースに口をつける。独特の風味と甘さが口の中に広がった。
「……美味しい」
 どこからどうやって入手したのかは分からないが、おそらくシャナンがセリスを祝うために探してきてくれたのだろう。甘いものが貴重なのに、こんなものを手に入れるのは大変だったに違いない。それを思うと美味しいだけではなく感謝の心も大きかった。
 セリスの表情にオイフェも嬉しそうに笑う。そして箱の方を開けて、セリスに差し出した。中にはサンドウィッチが綺麗な色合いで詰まっていた。
「これはラナからの差し入れですね。ゆっくりしてきて下さい、との事ですよ」
 さながらピクニックといった所だろうか。
 ジュースにお弁当もあって、大好きな人が傍にいて。
 ……最高の誕生日だ。
 そう思った。
 こんな休日を用意してくれたラナに深く感謝をした。
 久しぶりだった。こんなに心が安らいだのは。
 みんなにもお礼を言わないと。そう強く思った。
 だけど。
 だけど、今は、今だけは。
 セリスはオイフェを見上げた。彼は優しい笑顔で微笑んでいる。
 セリスはその笑顔に、嬉しそうに笑った。
 一番安らげる人。
 一番大好きな人。
「じゃあ、今日はオイフェは僕の貸切なんだね?」
 セリスの言葉にオイフェは優しく頷く。
「ええ、そういうことですね」
 セリスは嬉しそうに笑う。
「あのね、いっぱい話したい事があったんだ、聞いてくれる?」
「ええ、勿論」
 オイフェは優しい笑顔で頷いた。それにセリスは幸せそうな顔になった。

  
 ――――――――――そう、今は大好きな人とのこの時間を大事にしたいから。



 Fin.

 セリス&オイフェです。実は元々セリラナ同盟の方の投稿作として、『ラナからセリスへの贈り物』という事で考えたのですよ。勿論、読んでいただけたら分かるようにベースはセリラナですが、中身は別物なので投稿作としては没だったのですが、セリス&オイフェは大好きですので形にしてみることにしました。
 セリスの一番大好きな人はオイフェだと思うのです。EDの会話を見ていても一番それを感じます。本当はずっと傍にいて欲しい存在だったのでしょうね。そしてオイフェに彼女がいたりするとセリスってかなり強力なライバルそうですね(笑)。いや、もうネタにしてギャグ描きましたけど〜(笑)。
 ちなみに最初にラナがエーディンの事を想っているとのくだりは一応セリスからオイフェへの想いとかけてみたつもりだったんですが、あんまり分からない代物でしたね;;
 戦場の中、ほっとする一時は大切だと思います。そんな事を考えながら書いてみました。
 

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