『陽だまりの場所』


 ぽかぽかとちょうど良いくらいの太陽の光が零れてくる木陰。その場所は彼のお気に入りの場所だった。
 木に背をのっけて、ぼんやりと空を仰ぐ。
 今日も良い天気だなあ、と彼は思った。
 手には一冊の本。これから読むように言われた本だった。
 面倒だな、と彼は思う。
 ここでぼんやり寝ていられたらどんなに良いだろう。
 非番の日なんだからゆったりしていても良いはずなのに、何故本を読まねばならないのだろうと彼は理不尽に思っていた。
 とはいえ、あのカイルの事だ。ちゃんと読んでいないと、また文句を言われかねない。
 とはいえ、最高のぽかぽかした場所だ。ここでなら誰でも気持ちよく眠れるだろうなと思う。
 この場所を見つけた時は、随分と嬉しかったものだ。
 今もこの場所は内緒である。
 さて、本を斜め読みでも良いから読まなくては……と彼、フォルデは思った。
 本は剣術指南書。カイルにとってはとても大事な本らしい。カイルは頭で戦術を立てていくタイプだから、臨機応変のフォルデとは対極をなす。だから、自分からこういった本を読むことは滅多に無い。
 まあ、カイルが薦めてくれた本なのだ。悪いことは無いだろう。
 ページを開いて、まずは前書きと目次に目を通す。
 思ったより話は細かそうだ。
 ぽかぽか気持ちの良い環境で慣れない本を読むのはどうも良くないらしい。
 フォルデの中ではどんどん睡魔が襲ってくるようだった。
 ふと、うとうとしかけた時に、声をかけられた。聞き覚えのある女性の声、仕えるべき相手の声だった。
「フォルデ、相変わらずですね?今日もお昼寝ですか?」
 ふわりとエイリークは笑って声をかけた。それにフォルデも笑顔で返す。
「ええ、今日は非番なので。とはいっても宿題をカイルに出されたんですけど」
 そう言ってフォルデはエイリークに本をひらひらと振ってみせる。
「でも、読む前に寝てしまいそうです」
「ふふ、あなたらしいですね」
 フォルデの言葉にエイリークは微笑みを浮かべた。
 だが、そんな彼女の笑顔とは裏腹なものをフォルデは感じていた。
 なんだか彼女は疲れているように見えた。
 王族というのは何かと忙しいから、エイリークもそれに追われているのだろう。
「エイリーク様はお散歩ですか?」
 フォルデの言葉にエイリークはこくりと頷く。
「ええ、ちょっと気晴らしにと思って。そしてあなたをたまたま見つけたんです」
 その言葉に、フォルデはある事を思いついた。
 エイリークならばらしても良いだろう。
「エイリーク様、こちらにいらっしゃいませんか?」
 その言葉にエイリークは頷くと、フォルデの居る木陰へと足を進めてきた。
 その行動を見届けてから、フォルデは自分の座っていた場所に彼女を誘導する。
「ここに座って下さいな。ここ、俺の特等席ですから」
 その言葉にエイリークは少し驚いた顔をした。
「良いんですか?あなたの場所なのに……」
 それに対してフォルデは笑顔で応える。
「みんなに内緒にしてくれるなら、って条件はありますけどね」
 そう言って笑うフォルデにエイリークは感謝の気持ちを持った。
「分かりました。じゃあ、少しだけ……」
 そう言うと、先ほどまでフォルデが座っていた位置にエイリークは腰をかけた。その横にはフォルデが笑っている。
 エイリークはそのままの姿で上を見上げた。
 ちょうど良い光の加減、零れてくる光と暖かさ。それがとても心地よく感じられた。
 ふわっと眠たさを感じる。これはフォルデがうとうとしていてもおかしくない、優しい空間だった。
 背を木にもたれかけて、エイリークは空を見上げる。
 なんて穏やかな世界なのだろう。改めてエイリークはそう思った。
 安穏とした世界。人によっては嫌うだろうけれど、エイリークにとってはそれが何より嬉しかった。
 隣ではフォルデが本を開いて読み始めていた。
 静かな穏やかな空間だった。
 木の葉から零れる木漏れ日にエイリークはいつしか、心を奪われていった。
 温かい優しい空間がそこにあった。
 フォルデが自分の特等席だと言った理由がよく分かる。
 こんな場所がルネスの王宮にあったなんて知らなかった。自分の住んでいる城なのに、どうして気が付かなかったのだろう。
 フォルデはそういうのを見つけるのが上手いなと思った。
 そして、それが少し羨ましく感じられた。
 陽だまりの中でうとうとし始める。
 フォルデが眠ってしまいそうだと言っていた理由がなんとなく分かった。
 本当に寝てしまいそうだ。
 誘われるままにエイリークは眠りに落ちていっていた。


「目、覚めました?」
 フォルデの声が聞こえる。エイリークはその言葉でしっかりと目を開いた。
 確かここに来たのは昼頃だったはずなのに、今では夕焼けが始まっていた。何時間寝てしまったのだろうか。
 しかも、目を覚ました時、エイリークはフォルデに寄りかかるような形で眠ってしまっていた。慌てて、エイリークはフォルデから身体を離した。
「ご、ごめんなさい!私ったらフォルデになんて迷惑を……」
 慌てるエイリークに対してフォルデはにこやかに笑う。
「いえいえ、エイリーク様でしたらいつでも歓迎ですよ」
 そう言ってからフォルデは持っていた本をぶらぶらと振った。
 そしてにっこりと笑う。
「エイリーク様のお陰で、俺もこの本、読み終わりましたし」
「フォ、フォルデってば……」
 いつもの調子の彼の言葉にエイリークは翻弄されっぱなしだ。
「この本、剣術指南の本なんですよ。あの堅物カイルが是非読んでくれといってきましてね。ちょっとびっくりしたんですけど、やっぱり読んでやらないといけないかな〜と思いまして」
 斜め読みですけどね。と付け加えてフォルデは笑った。
 エイリークは本の内容を知って、興味を覚えたようだ。カイルからの借り物の本をじっと見つめている。
 その事に気が付いて、フォルデはエイリークに声をかけた。
「エイリーク様も剣術使いだから気になります?」
「ええ、やはり色んな戦術を知っておかねばならないと思いますので……」
 興味深深のエイリークの様子にフォルデも折れる。
「これはカイルのですからね?俺がまた貸しになっちゃいますけど、エイリーク様が読まれるんでしたら、いくらカイルでも問題ないと思いますよ」
 読まれますか?と言ってフォルデはエイリークに本を渡した。フォルデが持っていた時はそんなに感じなかったのだが、結構重さがあった。それはエイリークとフォルデの力のせいだろうと思った。
「でも、エイリーク様の剣術は見事じゃないですか。今更そんな本を読まなくても良いと思うんですけど……。それに俺達、護衛の意味がなくなっちゃいますし」
 後半は冗談半分なのだけれど、エイリークが剣を実戦で振るう事が難しさでもある。いずれ指揮官となっていく彼女が戦場に顔を出すのはあまり好ましい事ではない。兄のエフラムなら、どんな状況でも突っ走っていきそうだけれど、大人しいエイリークはそういう雰囲気を持っていないからだ。
「私、あんまり護られるのって好きじゃないんです」
 エイリークはぽつりとそう零した。
 そう、エイリークは臣下が傷ついた事の方が重要だった。
 それはいかにもエイリークらしい考えかただし、誰も文句は言わないだろう。
 でも一国の王女でもあるのだ。彼女を護るのはルネスの騎士ならだれでも思っていることだろう。
 エイリークにも分かっている事があった。いつも心配されていたし、みんな、エイリークのためなら御身捧げる覚悟で戦っている事を知っていた。だから強くなりたいのだ。
 誰にも心配をかけずに強くなりたい。
 そんな思いもこもっていた。
 それはフォルデにも分かるのだろう。彼女の表情を見守りながら優しく微笑んだ。
「エイリーク様。ご心配なさらないで下さい。みんなちょっとやそっとでやられたりしませんって。エイリーク様の御身が大事なのは皆、一緒ですから。
 焦られなくても良いのです。あなたはあなたの道を進めばいいんです」
 フォルデはそう言うと、ふわりと笑った。
 その笑顔にエイリークの心は軽くなる。
 昔からそうだったかもしれない。こうやって必死になっている時に、優しくふんわりした温かいものをくれるのはフォルデだった。
「でも、本はお借りしておきますね。私からカイルに返すことにしましょう」
 エイリークは受け取った本をぎゅっと握り締めて、決意を新たにしたようだった。
「エイリーク様」
 フォルデが声をかける。それにエイリークは顔を向けた。そこにはフォルデの笑顔があった。
「だからと言ってあんまり無理はしないで下さいね?」
 その言葉がエイリークの心を揺らしていた。
 今までも心配をかけてきていたのだろうか。
 ルネスの騎士たちは皆優しい。フォルデはその中でも一番接しやすい相手だった。多分、この先何かあったら、一番にかけつけてくれるのは彼のような気がした。
「さあ、そろそろ暗くなるし、お城に戻りましょう?」
 そう言ってフォルデは立ち上がると、エイリークに腕を伸ばした。
 その伸ばした手にエイリークは捕まる。
 ひょいっと起こされて、エイリークは正面のフォルデが満足そうな顔をしている事に気が付いた。
「俺の特等席、エイリーク様だけ教えておきますね。他の人には言っちゃ駄目ですよ」
 そういってフォルデはいたずらっ子のような顔をした。
「俺とエイリーク様の約束です」
 そう言って、フォルデはエイリークに握手を求めてくる。それにエイリークは応える形でその手を握り返した。
 鈍感なエイリークもこの辺りで、状況を理解し始める。
 大事な場所をフォルデに教えてもらった事。
 今日は気を使ってくれて、エイリークを休ませてくれた事。
 その両方ともがエイリークにとっては凄く嬉しかった。
「ありがとうございます、フォルデ。あなたのお気持ち、凄く嬉しいです。また疲れた時にはこのとっておきの場所、貸してくださいね?」
「ええ、エイリーク様なら喜んで」
 エイリークの笑顔にフォルデも笑って応えたのだった。


終わり。

立て続けにフォルエイでございます(笑)。これでも浮かんでこなくって、なんとか書けたみたいなところが……「笑顔」を同人誌に使ってしまって、この間は「絵」を使ってしまったので……ちょっと系統の違う方向へ……と言う事で、フォルデ、お得意のお昼寝、かなあと(^^;
フォルデ、絶対、いい場所知ってるんですよ。でも、エイリーク以外には内緒なんです。特別な場所だって。それはエイリークに対する信頼心から来ているのだと思いますけれど。
ええと、まあ、今回もフォルエイだった訳ですが……甘さは無いに等しく(^^;
テーマが戦いが起こる前を想定して書いているので、こんな感じなのです。きっと戦いが終わってルネスに戻ってきてからもこんな感じじゃないかなあと思います。
フォルエイってカップルでもコンビでも大好きですv
布教のために、また何か書かなくては……と思いつつ、マイペースです(^^;

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