『そんな日常』


「レベッカ、レベッカ!」
 能天気な声が響いてきて、緑の髪のおさげの少女は振り返る。
 昔に比べて幾分声は低くなったが、そうそう間違えたりはしない。こういうしゃべり方をするのは一人しか知らないからだ。
「なあに、ウィル?」
 振り返ると案の定、茶色の髪の幼馴染がわくわくした顔で走ってやって来る。ウィルはレベッカの所まで走って来ると肩で息をしたままレベッカの手をとった。
「あのさ、レベッカに会わせたい人がいるんだよ!」
「会わせたい人?」
 唐突にそう言われてレベッカはきょとんとした。五年も離れていたせいで、ウィルにはまた新しい交流関係が広がっていた。それを寂しくは思うのだが、それは村を離れて努力してきた彼の財産なのだろうということも分かってきた。それに、変わらない事もあるのだと知ることも分かったから、寂しがってばかりはいられないだろう。そう思うようになってきていた。
 おそらく今回もその交流関係から発生しているものだというのは分かる。だが、ウィルが仕官しているというキアランの人達とは交流ももう出来ていたし、改めて会うような人も居ない。さっぱり見当がつかないレベッカに対してウィルはわくわくした顔のままだ。
「絶対、会って損は無いって!さあ、行こうぜ!」
「ちょっと…だから誰に会いにいくの?」
「いいから、いいから!」
 手を引かれるままにレベッカはウィルに連れて行かれる。こういう所は小さい頃から変わらない。昔はすぐ傍に兄も一緒に居たのだけれど、それは望めない事だ。懐かしさと寂しさと入り混じった気持ちになる。
 それでも。それでも、再び巡り合えたのだから。そして兄にもいつか必ず会えると信じているから。だから、今は素直に喜んだほうが良い。そんな気持ちになった。


 パカパカと蹄鉄の音が聞こえる。しかし、それはリキアやキアランの騎士達が乗っている馬の足音とは異なっていた。
 近づくと栗毛色の馬に乗って弓を引く青年が見える。
 切れ長の鋭い瞳。リンディスに会った時に感じた、異文化の顔。
 そういえば最近、サカの弓兵が配属されたという話を聞いていた。
 レベッカは、腕を引っ張ってきた張本人の方を見た。彼はにっこりと笑う。
 人懐っこい性格の幼馴染だが…まさかサカの人に知り合いがいるとは思わなかった。それとも最近仲良くなったのだろうか。
「レベッカ、あの人の名前は知ってるか?」
「ううん、知らない。まだ会った事さえ無かったんだもの」
 ウィルの問いにレベッカは首を横に振る。
 レベッカは何だかんだいっても、エリウッドやリンディス、ヘクトルといった主要な貴族達の臣下でもないから、あまり内部事情については明るくない。同じ軍に居るのであれば全員は把握したほうが良いのは分かっているのだが、新しい人達にまですぐ対応できるわけでもなかった。
 ウィルはそんな彼女を見て、まあ仕方が無いかなという顔をしてから、再び視線をサカの青年に向ける。
「彼はラスさん。クトラ族っていう部族の出身なんだって。
 一年以上前かな、リンディス様がキアランに向かう途中で出会って、たどり着くまで一緒だったんだ」
「ふうん、そうなんだ。ラスさんか……」
 レベッカは忘れないようにと名前を繰り返す。
 そういえばリンディスはキアランの公女と聞いているが、どちらかといえばすぐ先に居るラスという青年の方が雰囲気が似ていた。詳しい内情は知る由も無いが、なんとなくそれがラスの参入に関わっているような、そんな気がした。
 ふと、隣に居る幼馴染に視線を向けると、わくわくした顔でラスの事を見ていた。
 レベッカもラスに視線を移す。
 同じ弓を扱うのに、彼は馬に乗ったまま弓を引いている。
 馬なんて乗ったことも無い。だが、相当揺れる事は想像がつく。
 普段から、足を地面につけてしっかりと固定した上で狙いを定めるレベッカやウィルからすれば信じられないような弓の扱いだった。
「すごいね、馬を走らせて弓を引けるなんて」
「だよな。俺もそう思った。
 俺達は馬に乗らなくても狩りが出来るけど、サカは馬に乗らないと狩りが出来ないんだって。
 だから、サカで生きるためには馬に乗れることが必要なんだってさ」
 自分と同じような感想を持つ幼馴染に、ウィルは先日ラスから聞いたばかりの話を聞かせる。
 その話を聞いてレベッカはクスクスと笑った。
「ふふ、じゃあウィルはサカでは生きていけないね」
「な、なんでだよ」
「だって、ウィルが馬に乗っているところなんて想像できないもん」
 楽しそうに言うレベッカにウィルがばつの悪そうな顔をする。彼女の言うとおり、当然馬には乗れないし、乗った経験も無い。フェレはパラディンが多い国柄ではあるが、村々までに馬が普及しているわけではないから当然といえば当然なのだが。
 ウィルは再びラスに視線を向ける。
 確かに馬に乗れたほうが移動力は格段に上がるし、何かと便利だろう。それに、ラスのような警戒心も養われるかもしれない。少なくとも、今の状態よりはプラスなんじゃないだろうか。
「……よし、決めた!」
 ウィルはぐっと拳に力を入れてうなづいた。
「決めたって…何を?」
「俺、ラスさんに乗馬を教わる!」
 力を込めてウィルはそう宣言するが、聞いたレベッカの方はきょとんとするばかりだ。
 ウィルが……乗馬?
 レベッカは改めてしげしげと幼馴染を上から下へと見る。
 5年も会っていなかったせいで、背も伸びているし、体格もがっちりしてきているし、以前の彼よりは遥かにたくましくなっていた。
 しかし……いまいち警戒心に欠ける所やのんびりのほほんとした性格はまるで変わっていないように思う。こんな人が馬に乗れるのだろうか?いや、むしろ馬に馬鹿にされたりしないだろうか。
「……止めておいた方が良いんじゃない?それにラスさんが教えてくれるとも限らないし……」
 心配そうなレベッカにウィルは大丈夫だというふうに頷いた。
「平気だって。慣れれば誰でも乗れるって前にケントさん達も言ってたし。
 それにラスさんには貸しがあるから大丈夫!」
 自信満々にウィルは明るい顔でそう言った。今ひとつ根拠は不明なのだが。
 それに……ウィルがあの弓が上手そうな人に貸しがあるというのも……妙な感じはしないでもない。
「貸し?」
「う、それは…内緒だ!」
 余計に不思議そうに尋ねてくるレベッカにウィルは一瞬言葉を失う。とても人に言えた「貸し」ではない。まさか笑われた埋め合わせだとは、言える筈が無かった。
「そ、それにさ、馬に乗れたほうがいつでも素早く移動できるし…、もしレベッカに何かがあってもすぐに駆けつけられるし、な?」
「何かがあってからじゃ遅いんじゃない?」
「ぐ…、そんな事言ったって戦場じゃいつも近くにいるとは限らないわけだし……」
 だんだんとウィルの主張の声のトーンが落ちてくる。言われてみればその通りなので反論のしようが無いのだ。せっかくの名案だと思ったのだが、色々と穴が見えてくる。だが、やっぱりあの移動力は羨ましいし、ラスみたいになりたいという思いもある。
 そんな心情を察したのだろうか、今まで冷たい反応しかしてこなかったレベッカが優しい顔で微笑む。
「まあ、やってみたら良いじゃない。上手くいけばそれも良し、いかなければそれも良し」
「そ、そうだよな!やってみなけりゃ始まらないよな!」
 思わぬレベッカの応援にウィルは再び明るい顔を取り戻す。だが、レベッカはそんな彼に指を突きつけちょっと怒った顔をする。
「でも!無茶はしちゃ駄目よ?ウィルってぼんやりしてるんだから」
 年下の女の子にそう注意されて、ウィルはたじろぐ。自分のほうがレベッカよりもしっかりしているつもりだし、彼女を護ってやろうと考えているくらいなのに立場が逆だ。
「ぼんやりって…俺、レベッカより二つも年上なんだけど……」
「そんなの関係ないよ。昔よくお兄ちゃんが『ウィルはぼんやりしてて警戒心が足りなさすぎだぜ』って言ってたもん」
「……ダン、俺の居ないところでそんな事を……」
 反論するウィルにレベッカははっきりきっぱり言い放つ。彼女にとって兄のダンの言葉は何より信用がある言葉だ。思わぬところで聞いた親友の言い様にウィルは頭を抱えた。……まあ、心当たりは十分すぎるほどあるのだが。
「……分かりました。気をつけます」
「うん、よろしい」
 うなだれてそう言うウィルにレベッカは満足げな笑顔で微笑んだ。
 本音を言えば、兄が行方不明である以上、これ以上大切な人達が居なくなるのは勘弁して欲しいというのが大きいのだけれど。しかもウィルはそういう面では非常に頼りない相手だ。余計にしっかり言っておかないと駄目だろう。なんたって、手紙一つよこさない人間なのだから。
「……そこで何をしているんだ?」
 低い声が聞こえてくる。それと一緒にひづめの音も一緒に近づいてきた。
 その声の人物に気がついてウィルは顔を上げる。そう、本来の目的を忘れかけていた。
「ラスさん!
 あの、幼馴染を紹介しておこうと思って。
 彼女はレベッカ。俺と同じ弓使いなんです」
 ウィルはラスにレベッカを紹介する。それを聞いてレベッカも慌てて頭を下げた。
「は、初めまして!レベッカです、よろしくお願いします」
「……ラスだ。宜しく」
 短く簡潔な言葉が返ってくる。レベッカは改めて近くに現れたその人をじっと見た。
 切れ長の瞳、独特の雰囲気、そしてピンと張った弓のような緊張感を持つ人だ。それに……間近で見ると……かっこいい。これならウィルが憧れを抱いてもおかしくはない相手だ。
 それに持っている弓もレベッカやウィルの物とは全然違う。独特の形をした弓……馬上で操りやすいように作られたのだろう。確か名前は短弓と言っただろうか。
 隣ではウィルが色々とラスに話しかけている。一方的にウィルが話しているように見えるのだが、彼はそれに対していちいち頷いていて、無口ながらも愛想は良いらしい。それとも相手がウィルだからなのだろうか?昔から人懐っこい性格で、レベッカも人に比べればずっと懐っこい性格であるのに、ウィルはさらに上をいく存在だ。無口で一匹狼のような雰囲気を持つ彼に対しても、その心を解いてしまうのかもしれない。
 同じ弓を引くもの同士、仲良くなれるかもしれない。レベッカも、このラスという青年と仲良くなって見たいと思った。
 かっこいいし、素敵だし……何より馬を駆る姿は……憧れの王子様とは違うような気はするがかっこいいものはかっこいい。
 レベッカはひょいっとウィルとラスの間に入る。
「あの…ラスさん、お願いがあるんです」
「……なんだ?」
 急に割って入ったレベッカに嫌な顔一つすることなくラスは答える。
 そんな彼に対して、レベッカは瞳をキラキラさせながらラスを見上げた。
「あの、私にその弓の使い方、教えてください!」
 ラスはレベッカの言葉に自分の愛用の弓に一度視線を落とし、再び彼女を見た。
「……ああ、この弓で良いのなら」
「ありがとうございます!」
 心良いラスの返事にレベッカは満面の笑みで感謝の言葉を述べた。
 ウィルとレベッカは何だかんだ雰囲気が似ているところがあるので、ラスからしても同じ弓兵同士という事も重なって気安いのかもしれなかった。
 だが、きらきらした顔のレベッカを見て、ウィルの方はやれやれとため息をつく。
 昔から、レベッカは夢見がちだ。おそらくラスに幻想を抱き始めているのだろう。……確かに、ラスは間違いなくカッコイイのだが。レベッカが憧れてもおかしくはないのだが。
 なんとなく面白くないは何故だろうか。
 レベッカがラスに憧れを抱いたから?
 それともラスがレベッカに弓を教えると言ったから?
「……う〜ん、どっちとものような気がするのは何故なんだろう」
 腕を組んで考えてみるがよく分からない。
 だが、とりあえず当面としては…一つだけだ。
「ラスさん!俺の乗馬が先ですからね!」
「あ〜、酷い、ラスさん横取りする気?」
 ラスを巡っての抗争が始まったらしい。渦中の当人のラスは自分が先に教わるんだと言い張るウィルとレベッカに声をかける術を見つけられず、困っていた。だが、傍目からにはラスが無口ゆえに困っているようには見えず、面白がって傍観しているように見えたのだった。
 そんなこんなで、数少ない弓兵の交流は始まったのである。


 おしまい。


ウィル×レベッカのようなそうでもないような…。ラスさんとレベッカの顔合わせって書いてみたかったんですよ、弓好きとしては!
最初考えていた時は、支援関係からウィル争奪戦?と思っていたんですが…書いていくうちに当然レベッカともいい雰囲気になる訳で…レベッカ争奪戦?と思い改め、結果は…ラス争奪戦で終わりました(笑)。ラスさん、おたおたしてそうです。それがほほえましい感じvvこの3人って仲良さそうですよね、やっぱり。レベッカもウィルと結構タイプが似ているので、ラスも普通に打ち解けていそうです。そして傍から見るとラス相手に一方的に話し続けるウィルとレベッカって感じで(笑)。やっぱりラスとレベッカにも会話欲しかったです〜(><)!絶対仲良いと思いますし!
…でも、スー父とウォルト母が良い雰囲気になったら困るから無いんでしょうね;;(レベッカとエリウッドもしかり)
レベッカの好みって…かっこいい人より、面白い人が好きみたいな気がするんですけどね。結ばれる可能性のある人ってウィルにロウエンにセインで…3人ともお笑い会話ばかり持つ人々だし(笑)。だからラスには憧れても恋はしないだろうなあ。むしろウィルの方が「ラスさん、ラスさん、ラスさん!」ってしつこそうな(笑)。
話的にはウィルの支援がレベッカAラスBって感じの頃でしょうか?ラスウィルAってウィルが乗馬を教わるので…その手前のイメージです。最終的にはなんとか乗れるレベルになるのかな、ウィル?(でも、誰も彼の腕を信用しなさそうだ)
スーとの会話でウォルトも馬に乗ることは出来るようなので…ウィル父の時は危なげなラス仕込みの乗馬を教わったってのも面白いですよねv(だから馬上で弓は使えないウォルトとか/笑)

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