『中庭にて』


 ルネス城の中庭をブルーグレイの髪を持つ品の良い少女が行ったり来たりしていた。
 それを見つけたのは、仕事の息抜きに……と現れれた金の髪の騎士、フォルデ。
「……あの、何されているんですか、エイリーク様」
「え、きゃ……」
 余程驚いたのだろう、エイリークはそのままバランスを崩した。
「エイリーク様!」
 フォルデが駆け抜け、なんとかエイリークを抱きとめる。
「は〜、よかった〜」
 安堵の息をついたフォルデの腕の中で、エイリークが恥ずかしそうにしている。
「あ、ああ、すっすいません。起こしますね」
「こ、こちらもすいませんでした」
 フォルデが助け起こすと、エイリークは真っ赤になっていた。
「すすすすすいません、あ、あの本当にごめんな……フォルデ?!」
 エイリークがびっくりして後ずさる。それが何なのかはフォルデには分からない。
「はい、フォルデ、ですけど」
「ど、どうしよう、恥ずかしい所を見せてしまって……あ、あの……ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げる。それにフォルデは慌ててしまった。
「エイリーク様、エイリーク様ってば!家臣に頭を下げないでください!」
「ああ、え、でも、フォルデにご迷惑を……」
「俺はエイリーク様がご無事なら、それで良いんです!」
 心なしかエイリークの顔が上気しているように見える。そんなに恥ずかしかったのだろうか?
 そんな時、フォルデはひらめいた。
「あ、もしかして、ゼト将軍とナターシャさんへの贈り物をを悩んでらっしゃるのですか?」
「……は、はい」
「俺で良ければ相談にのりますよ?俺、絵に決めましたし」
「……フォルデはいいですね、特技があって。私はそういうものはさっぱり……」
 困った顔でため息をついた。フォルデはこの状況をなんとかしようと思ったのだが、最初に壁にぶつかってしまった。
「ゼト将軍はお付き合いが長いのでしょう?何か喜ばれるものってご存知では?」
 エイリークは再びため息をつく。状況はあまり芳しくないらしい。
「ゼトはいつも『エイリーク様の笑顔で十分ですよ』って言われて終わってしまうのです……」
「それは難敵ですね。ってエイリーク様?!」
 隣にいるエイリークは涙を流していた。フォルデは慌てて体中を探して、ハンカチを見つけエイリークに渡す。
「大丈夫ですか?エイリーク様」
「すいません。また恥ずかしい所を見せてしまって……」
 二人はベンチに移動して、並んで腰をかけ、次の言葉に困っていた。
「ゼトは……」
 先に口を開いてきたのはエイリークの方だった。
「ゼトは私の初恋の人なのです」
「え、えええええ?!いいんですか、ゼト将軍結婚しちゃいますよ?!」
 エイリークの告白にフォルデは慌てる。贈り物がどうという物とか言ってられるレベルではない。
「良いのですよ、フォルデ。私は……その後、別の人に恋をしているのです。
 だからゼトは憧れのようなものがあって……でもなんだかちょっと複雑で……」
「それで、思わず涙を?」
「ええ、ちょっと、妬けちゃいました。ゼトが遠くに行きそうな気がして……」
「大丈夫ですよ。みんな一緒ですから。エイリーク様に皆、ついていきますから。あ、エフラム様にも」
 フォローが変だったのか、エイリークはクスクスと笑っている。
「ふふ、フォルデがいてくれると、心がとても軽くなります。それに優しさと温かい気持ちも」
「エ、エイリーク様は俺を買いかぶりすぎです!
 ……でも、そうはっきり言われちゃうと、悪くはないですね」
「ふふ。ありがとう、フォルデ」
 フォルデはちょっと気になる事があった。ゼト将軍より素敵な人っているのだろうか?
 しかもエイリークはゼト将軍以外の人を好きになったと言っていた。
 誰だろう、エイリークの好きな人は。ゼト将軍より素敵な人なんていたかなあ。
「フォルデ?お手伝いしてくれるのではなかったのですか?」
「あ、はいっ。了解です、エイリーク様」
「率直に聞きますと……男の方は何を貰えば嬉しいのでしょう?」
「へ?……ええと、ゼト将軍ですよね?……なんだろう?」
 とても頼りない相談相手である。エイリークはそんなフォルデを見てくすくすと笑う。
「フォルデはいつも見ていて飽きませんね。ふふ」
「あ、エイリーク様、今、酷い事言いましたね?!」
「いえ、本当の事ですよ?」
「え〜、今日のエイリーク様、いじわるですよ!」
「ふふ、フォルデが悪いのですよ?」
 クスクスとエイリークが笑うので、なんだかフォルデも苦笑いを浮かべざるをえなかった。



「ゼトさま」
「『さま』はもういらないと言いましたが?」
「ふふ、貴方も、もう丁寧にお話しなくても良いのですよ?」
「……そうですね。なかなか難しい……」
 そう言ってゼトとナターシャは顔を見合わせ笑い合う。
 ナターシャは戦場で交わした約束通り、ルネスにやってきた。それから、もう一年になるだろうか。
 気の早い君主、エフラムは、二人の関係を知ってから、「よし、明日に式を!」とか叫び始め、色々準備もいるということで、なんとか延ばしてきたのがこの一年になる。
 この一年で新居を用意したり、ナターシャがルネスに慣れるようにと取り計らったり、あっという間に過ぎて行ってしまった。
「今更……こんな事を言うのは悪い事だと思うが……私、で良かったのか?」
「ゼトさま。貴方は私を……支えて下さいました。あの戦場の中で、私は悲しみの中にいました。そんな時に、私を護って……支えて下さったのはゼトさまでした。
 ……貴方の存在が私に……力をくださったのです」
 まっすぐ見つめるナターシャの瞳。嘘いつわりのない、その瞳。
「……ありがとう。私も貴女がいたから……心に支えがあった……精一杯戦えた」
 ゼトの告白に、ナターシャはそっと人差し指をゼトの唇に当てて、ふふっと笑う。
「駄目ですよ、ゼトさま。無茶ばかりなさって。
 そんな事をおっしゃるのなら、私はゼトさまを追っていきますから」
「だ、駄目だ。貴女は……」
「でしたら、無茶はもうしないで下さいね」
 ナターシャに言い含められて、ゼトは言葉を飲み込むしかなかった。
 こういう時はナターシャの方が強いのだ。
 ナターシャは清楚な身なりで、はかなく見えるが、その心はとても強い。それはゼトにもよく分かっている。
「……本当に、貴女には敵わない」
「ふふ、ゼトさま。本当に無茶はしないで下さいね。そして、微笑んで下さい。
 貴方が微笑んでいらっしゃると、とても穏やかな気持ちになりますから」
 ナターシャの美しい金の髪をゼトは優しく撫でる。それを幸せそうにナターシャは受けていた。
「それは貴女もおなじだ。ありがとう、私を愛してくれて……」
「私もです。ゼトさまのお傍にいられて幸せです」
 夕日の差す窓のひかりが映し出す二人の影が、そっと重なりあったのだった。


 そして中庭の二人。まだ悩んでいた。
「うーん、何がいいんでしょうね」
「ゼトの事ですから、何でも受取ってはくれると思うのですが。
 できれば役に立って記念になるものが良いのですけれど……」
 まだベンチに座ってフォルデとエイリークは悩み合っていた。
 定番だと花束だが、花嫁にはブーケがある。
 ついでにいうと、ゼトには花が似合うとは言えない。
 ……そんな訳で花は却下された。
 とはいえ、一体何にすればいいのだろうか。
 ナターシャへのプレゼントはわりと思いつきやすい。
 白色のケープ、白色のカーディガン、とにかく彼女は何を着ても引き立つ。
 だがゼトは……
「エイリーク様、くつろいでいるゼト将軍を見た事あります?」
 フォルデの質問にエイリークは俯いてしまう。
「……恥ずかしいお話ですが、今までゼトが鎧をまとった姿しか思い浮かびません……」
「……そうですか。そんな予感はしていました……」
 フォルデとエイリークは再び悩みの渦に巻き込まれる。
 長い間考え込んでいたフォルデが、ポンっと手を叩いた。
「どうしたのですか、フォルデ?」
 エイリークがきょとんとした顔をしている。
「ええ、ゼト将軍にぴったりのものがありますよ!」
 エイリークがそれをきいてずずずっとフォルデに近寄る。いきなりやってきたエイリークにフォルデはどぎまぎするばかりだ。
「エ、エイリーク様、ち、近すぎ……」
「近くなのはフォルデだから良いのです。それより何を思いつきましたか?」
 迫ってくるエイリークにフォルデは赤面し、身体をそらせながらも、エイリークへ言葉を紡ぐ。
「あ、あの、礼服のマントですよ!あれば頻繁に変えるものではないし、ゼト将軍も長く使って下さると思います」
「ああ!そうですね、そんな方法がありましたね!フォルデに相談して本当に良かった……!」
 エイリークは嬉しそうににこにこと笑っている。……フォルデの目の前で。
「あ、あの……エイリーク様、近すぎなんですけど……」
 はっと現状に気付き、エイリークは真っ赤になる。可愛いなあ、とフォルデは思った。
「す、すいません。つ、つい……」
 赤い顔のエイリークにフォルデはさらに言葉を紡ぐ。
「あの、さっきからきになってたんですけど」
「何ですか、フォルデ?」
 フォルデは不思議そうな顔をしてエイリークに尋ねた。
「俺なら良いって、あれどういう……」
 フォルデは最後まで言う事が出来なかった。エイリークがフォルデのスケッチブックを奪ってフォルデの頭を叩きつけたのだ。
「いった〜!何するんですか、エイリーク様」
 涙目のフォルデに、エイリークがふいっと横を向く。
「フォルデがいけないのです。……フォルデが……」
 何故だろう、殴った本人がなんだか照れているようだ。
「エイリーク様、そろそろ風も冷たくなってきましたし、お部屋までお連れしましょう」
「はい、ありがとうございます……」
 そう言ったエイリークはとても嬉しそうに見えた。
 あの戦いから一年。各地に傷跡が残っている。フォルデはエイリークと話す事も以前に比べてずっと多くなった。
 恋人でもないのに、エイリークが傍にいるのが、なんとなく嬉しかった。
 だから、やっぱりちょっと引っかかる。エイリークの心を射止めたのは誰だったのかと。
 でもあれほど怒られた後だ、きっと理由があるのだろう。
「さあ、行きましょう」
 フォルデはエイリークに手を差し伸べる。
「はい」
 その手にエイリークは嬉しそうに握るのだった。


終わり

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フォルデvエイリークとゼトvナターシャです。ゼトナタどうしても入れたかったので、無理に入っております;
個人的にはこの組み合わせが一番好きだったりします。
フォルエイはフォルデが鈍感なので、理解していない感じなんですが

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