『秋桜』

 この気持ちをどういう風に表現していいか分からない。
 ただ、笑った顔が見たかっただけ。
 そして、その笑顔を俺が与える事が出来たら、そう思っていた。
 そう、いつも彼女は必死の顔をしていたから。
 人のことなんて構っている余裕は無いのに、それでも彼女は人を大切に思っていたから。
 彼女を攫ったはずの俺を、素直に信じてくれたから。
 だから、笑っている顔が見たかった。
 嬉しそうな顔が見たかった。


「ふぁぁぁぁ、今日もいい天気だ」
 眠そうにあくびをしながら、茶色の髪の青年は空を見上げる。
 空には小さなうろこ雲がでていて、少しだけ過ごしやすい気候がやって来た事を知らせていた。
 トラキアはとにかく暑い地域だ。レンスターやマンスターの方ならともかく、トラキアの夏は厳しい。
 連日、戦闘が続いていた彼は背筋を伸ばしながら深呼吸をした。
 今日は進軍で、偵察部隊の話によれば戦闘しなくても済みそうだという。
 武器が盗めるという事で連日戦場を走り回っている彼にとっては久しぶりの休みといえた。
「お坊ちゃん顔している割に、人使いが荒いんだよなあ……」
 サフィが助け舟を出してくれたから助かったこの命とはいえ、あのレンスターの王子は容赦なく人を使うには閉口していた。
 それでも、その王子が今必死になって戦っているのは、エーヴェルのためだ。彼女を救うべく小さな身体で戦っているのだ。その現場に彼はいた。世間知らずのお坊ちゃま王子だとしか思っていなかったその見方は確実に変わりつつあった。
 とはいえ、あの武器盗れだの、あのアイテム盗れだの無理難題を押し付けてくるのにはさすがに辛いものはあるのだが。
「まだ、出立には時間あるしな。その辺でもうろついてみますか」
 誰に言うでもなく、彼はそう呟いて、キャンプから近くに見える丘まで足を運んだ。
 風もいくぶん涼しくなってきているのだろうか。頬をなでる風が心地よかった。
 周囲に生える草も、次の季節のために新たな子孫を残す準備を始めていた。
 その中で、ピンクに色づいた可愛らしい花を見つけた。
 割と大ぶりな花で、その茎はきゃしゃな印象だ。
 トラキアでは、こういう大きな花を見る事は珍しかった。
 サフィが見たら喜ぶかな?
 そう、思った。こんな綺麗な花だ、心優しい彼女ならきっと喜ぶだろう。
 キャンプの方に目をやる。
 散歩がてらとはいえ、あまりのんびり歩くタイプではない彼の足のため、結構キャンプからは離れている。出立前にサフィをここに連れて来て、この花を見せるなんて難しいだろう。
 リフィスはもう一度、花を見た。
 名前は知らないが、小さな集団を作って、たくさんの花を咲かせていた。
 ……一つくらい、貰っても問題ないよな。
 そう、一つくらいなら。
 きっとサフィは喜んでくれるだろうし、大事にしてくれるだろう。
 それなら。
「……ったく、何考えてるんだろうね。ついこの間までは平気で盗みだってしてたのにさ」
 今までの自分には無い思考に、リフィスは苦笑いを浮かべる。
 そう、彼女に会ったからだ。
 彼女に会ってから、確実に自分は変わっていっている。
 その変化は嫌なものではなかった。
「まあ、一つだけ、いただくよ?」
 そう花に断りをいれてから、リフィスはその花を一輪手折った。
 彼女の、サフィの喜ぶ顔が見たかった。


 駆け足でキャンプまで戻ったリフィスは、すぐさまサフィを見つけた。
 いつ、どこにいても一番にサフィの姿を探すからだろうか、今では容易に見つける事が出来た。
 ただ、すぐに行こうにも、彼女の傍には妹のティナがべったりとくっついていた。
 ティナがいては、せっかくサフィにあげようと思ったこの花をとられてしまうかもしれない。
 今は渡さない方が良いだろうな。
 そう判断したリフィスは、離れようと足を遠ざける。気がつかれたら同じ事だ。
「こら、ティナ!おやめなさい!」
 急にサフィが大きな声を上げた。彼女にしては珍しい大声に驚いてリフィスは思わず二人のほうを振り返る。一体何があったというのだろうか。
 向こうの方では怒ったサフィを、恨めしそうにティナが見ている。
「なんでよ、お姉ちゃん。可愛いお花を見つけたからとろうと思っただけじゃない」
 不満そうにティナはそう言った。そんな彼女にサフィは厳しい表情で続けた。
「お花だって生きているのよ?お花を咲かせて子供たちを作っているの。それをとるなんていけません」
「〜〜〜〜分かった、ごめんなさい」
 サフィにそう言われて素直にティナは謝る。姉の言い分が正しい事は彼女にも分かるのだろう。
 そう彼女なら言うであろう言葉。
 うかつだった。そこまで考えが及んでいなかった。
 叱られたのはティナだが、リフィスも叱られたのと同じだった。
 しかもティナは未遂に終わっているが、彼はもう花を手折ってしまった後だ。
 リフィスは手に大事に持った花を見た。
 ピンク色の花は風に可憐に揺れている。
 この花をサフィに贈ったら、悲しい顔をするのだろう。
 喜ばせるつもりで悲しませたのでは何にもならない。
「……この花には悪い事をしちまったな。かといって捨てるのはもっと気が引けるし、俺が持ってるのもガラじゃないし……」
 とぼとぼと二人のもとから離れながら、リフィスは悩んでいた。
 そう、サフィに渡せなくなったからといって、捨てたりしたらもっと悲しませる事になるだろう。しかし、このまま自分が持ち歩くのもどうかと思うし、誰かに渡すのもなんだかしゃくだ。かといってこの姿を誰かに…特にパーンに見られた日には何を言われるか分かったものではない。それはごめんだった。
「あ、リフィス!み〜つけた!」
 明るい声がして、リフィスのもとに笑顔の少年が駆けて来る。栗色をした髪と育ちの良い顔が印象的な少年だった。
「リ、リーフ王子?」
 軍のリーダーに駆け寄られて、リフィスは慌てる。大体、こういう時はあれをやれだのこれをしろだの、無理難題を押し付けられるのが相場だ。
 だが、そんなリフィスに構わず、リーフは笑顔で何かの液体の入った小瓶を差し出した。
「あのね、リフィスにはいつも無理してもらってばかりだから、これをあげようと思って」
 差し出された小瓶をリフィスは受け取る。そういえば、以前にこれと同じようなものを盗んだ事があった。効果の程は知らないけれど、軍人の中にはちらほら持っている者がいる代物だった。
「あ…ありがとうな」
 思わぬリーフの優しい厚意に、リフィスは驚きと嬉しさの混ざった顔をする。命を助けてやったと言わんばかりに働かされていたが、こういう優しい所もあるんだと思えた。
 リフィスの顔を見てリーフも嬉しそうに笑う。
「うん。いっつもリフィスが武器とか盗んでくれるから物資も困る事が無いし、本当に助かっているんだよ。
 いつもお礼がしたいな〜、って思ってたらアウグストがこのSドリンクをあげなさいって。
 疲労がとれるらしいんだ。これ飲んで、疲れを癒してね」
「へえ……疲れがとれるのか……って?」
 つまり、とっとと疲労をとって次も働けと?
 裏に隠された真意に気がつき、リフィスは苦い顔をする。
 しかし、目の前のリーフはとてもニコニコした顔のままだ。どうやら彼は本当に親切心と感謝の心をこめて贈ってくれたらしかった。この王子は育ちが良いせいか、自分の感情をものすごく素直に表すので間違いないだろう。
 つまり、そう思っているのはアウグストということになる訳で。
「……あんの不良僧侶、いつだって俺を利用しやがって……」
 本当にいつも良いように使われている気がする。
「???リフィス、どうしたの??」
「ああ、いや、なんでもねえ」
 リーフがきょとんとした顔で聞いてくる。それに対してリフィスは慌てて取り繕った。
 そう、リーフは悪くない。全くもって悪くない。
 ここは素直に貰っておいた方が良いだろう。アウグストの思う壺になるのはなんだかしゃくに障るけれど。
「あ、そうだ。これやるよ」
 リフィスはふと思い出し、片手に持ったままになっていた花をリーフに差し出す。
「わあ、綺麗な花だね。いいの?」
 リーフの顔はさらに嬉しそうになる。その顔を見るのは気分が良かった。
「いいよ、お礼な。きっと姫さんにあげたら喜ぶだろうし」
「ナンナに?うん、ナンナはお花が大好きなんだ。きっと喜んでくれるよ!
 ありがとうリフィス!」
 無邪気にリーフははしゃぐ。
 こういう顔を見ていると、どこにでもいる普通の少年だ。
 本当はサフィを喜ばせるつもりだったけれど、これだけリーフが喜んでくれるのであれば花も本望だろう。
「じゃあ、ナンナにあげてくるね〜!」
 そう言ってリーフはぱたぱたと駆けて行った。
 リフィスはその後姿を笑顔で見送った。
 こんな風に素直に笑える少年が権力者になれば、世界は変わるのかもしれない。
 今はまだあまちゃん坊やが抜け切っていないけれど、まだ何も知らないのと同じような少年だけれど。
 それでも、本当に彼が王位についたのなら、自分達のように盗む事でしか生きていけない人間も減るのだろうか。
 それはもっと先の話で、自分と同じ境遇の子供は生まれてくるのだろうけれど……。
「……そういう奴はサフィみたいな人に会えると良いよな」
 リフィスは空を仰ぐ。
 空の青はより一層深みを増していた。


「ナンナ〜!この花あげる!」
 金の髪の少女は、リーフから渡された花を見て驚いた顔をする。
「!……ありがとうございます。
 リーフ様、これコスモスじゃないですか。どうされたんですか?」
 ナンナは嬉しそうにリーフから花を受け取り、その花を改めて見て驚いた顔をする。
 このキャンプの近くでは見かけた事が無かった。
 ナンナの喜んだ顔にリーフは満面の笑みを浮かべる。
「あのね、リフィスがくれたんだ。ナンナにあげたら喜ぶんじゃないかって。
 ふふ、僕も同じこと考えてた。やっぱりナンナ、すごく喜んでくれたもの」
「そう、リフィスが……。
 え?リフィス?」
 ナンナはその名を聞いて、不思議な顔をする。
 そして改めてその花を見た。
 そのナンナの反応に気がつき、リーフも不思議そうな顔をした。
「どうしたの?ナンナ」
「……ねえ、リーフ様。リフィスがリーフ様に渡すために、花を持ってくると思います?」
「え?でも、くれたんだよ。リフィス」
 ナンナの言葉にリーフは首をかしげる。あの時の彼の言葉が嘘だったとは思えなかった。
 ナンナはそんなリーフの反応にちょっと呆れた顔をする。
「そうじゃないんですよ、リーフ様。
 いつものリフィスだったらサフィさんに渡そうとすると思いません?
 それを渡す前にリーフ様が貰ってきちゃったんじゃないんですか?」
「……確かに、Sドリンクのお礼でくれたんだよね。
 悪い事しちゃったのかな……?」
 ナンナにそう言われてみれば、その通りだと思う。
 リフィスに初めて会った時から、彼はシスターのサフィに夢中だったのだ。
 リーフが花を見て、ナンナが喜ぶ顔を思い浮かべたように、リフィスだったら当然サフィが思い浮かぶはずだ。
 だけど、自分がSドリンクをあげたから、申し訳なく思って代わりにくれたのかもしれない。
「……どうしよう、ナンナ」
「そうですね……おかしな経由になってしまいますけど、サフィさんに渡した方が良いですよね」
「……うん」
 リーフは落ち込みながらそう頷く。そうするのが一番良い気がした。
 そっとナンナを見る。
「ごねんね、ナンナ。お花取り上げちゃう事になって」
 しょぼんとしたリーフにナンナは笑顔で応えた。
「いいえ、リーフ様のお気持ちだけで私は十分嬉しいですよ。
 リーフ様が私に花を贈ろうとして下さった、それだけで本当に嬉しいのですから」
 そう、ナンナには気持ちだけで十分だった。ナンナを喜ばせようとしてくれた彼の気持ちだけで。それは物なんかよりももっと大切なものだったから。
 ナンナの優しい笑顔にリーフは笑顔を取り戻した。
「……ありがとう、ナンナ」
 二人はサフィに花を渡すため、彼女を探す事にしたのだった。


「リフィス!」
 出立前、リフィスは急に誰かに呼び止められた。
 聞き覚えのある声に、リフィスは振り返る。緑の髪に白い法衣、そして穏やかな表情。彼の大切な人だった。
「サフィ!なに?どうした?」
「あの……お礼を言おうと思って」
「へ?お礼?」
 サフィの思わぬ言葉にリフィスは驚く。だが、サフィが手にしていたものを見て、さらに驚愕の色が浮かんだ。
 彼女の手には、見覚えのあるピンクの花。
「なななななななな…なんで?!」
 そう、先程リーフにあげたはずだ。
 そしてリーフはあんなに喜んでいたはずなのに、何故サフィが花を持っているのか理解が出来なかった。
 あたふたと慌てまくるリフィスをサフィは温かい笑顔で見つめる。
「先程リーフ様とナンナ様が届けて下さったのです。
 きっとこの花はあなたから私への贈り物だからって」
 ナンナ。
 忘れていた。彼女はあのフィンの娘だ。人に対する気配りや理解は並ではない。彼女の観察眼にかかれば、自分の意図などお見通しなのだろうか。
 リーフに口止めをしておけば良かった。心から後悔した。
 あの花がサフィの手に渡ることだけは避けたかったというのに。
「……ねえ、リフィス。もしかして朝のティナとの話、聞いていました?」
 サフィの言葉にリフィスの顔がさらにひきつる。
「いいいいいいいいや、べべべべべつに聞くつもりじゃ……!!」
 言ってから、これでは立ち聞きした事がバレバレであることに気がつく。
 ああ、なんて俺はバカなんだろう……。慌てる以上に悲しくなってきた。
 リフィスの答えを聞いて、サフィの顔が曇る。
 それを見てさらにリフィスは落ち込んでしまった。
 これじゃあ、完璧に嫌われてもおかしくはないよな……。
 絶望感に打ちひしがれてしまいそうだった。
「ごめんなさい。私、花を頂くのが嫌いな訳ではないんです。
 ただ、一生懸命に生きているお花を自分の思いつきで手折ってしまう事は出来なくて……」
 サフィがおずおずと話しだす。
 その言葉に大ダメージを受けたリフィスはもう完全に固まってしまった。
 硬直したリフィスを見て、サフィは慌てて言葉を続ける。
「でも、お花はとても大好きですし、頂くのは本当に嬉しいんです」
「……嬉しい?」
 サフィの思わぬ言葉に、リフィスは思わず鸚鵡返しのように問う。
 それに対してサフィは笑顔で頷いた。
「ええ、ありがとうございます。大事にしますね、リフィス」
 サフィの笑顔にリフィスは思わず赤くなる。
 花を見つけたときに思っていた笑顔。見る事はできないと思っていた笑顔。それを見る事が出来たなんて、幸せとしか言いようが無かった。
「……今度、綺麗な花を見つけたら、連れて行くよ」
 なんと返事をしていいかさえ分からなくなって、照れながらリフィスはそう伝えた。
 そう、今度は彼女が一番喜ぶ方法で。
 この笑顔がまた見れるのなら。
 リフィスの誘いにサフィはゆっくりと頷いた。


「あ〜!お姉ちゃん、花持ってる!私には怒ったくせに!」
 進軍の途中で、姉が大事そうに花を持っていることに気がつき、ティナが抗議の声を上げる。
 それに対してサフィは笑顔で答える。
「これは特別な贈り物なのよ。この花は大事にするの。枯れかけたら、押し花にするつもりよ。
 この花は大切な気持ちのこもった贈り物だから」
 姉に言いくるめられた気がして、ティナはちょっとふくれた顔をする。
 そんな妹を優しい笑顔でサフィは見つめた。
 風がサフィやティナの髪を揺らす。少し冷たい秋を知らせる風。
 サフィの手の中にあるコスモスが風と同じように、新たな季節の到来を告げていた。


 おわり。


 秋になったらUPしようと考えていた話です。すっかり忘れてました;;
 実ははじめてのリフィvサフィです。でもやっぱり改めてリフィvサフィが大好きだと思いました。書いていて本当に楽しかったのでvv良いですね、この二人はvv
 そんでもってさりげなくリーフvナンナ。私のリーフさんは基本的にああいう性格なんですよ、ほにゃにゃんとした。
 でもリフィスは書きやすいキャラですね。なりチャでも演じた事がありますが、この人は本当に子供みたいな所が多くて。彼から見たらサフィがキラキラ輝いているんでしょうねvで、サフィはそんなリフィスを温かく見守っているのですvリフィスの方が年上だけど精神的にはサフィの方がお姉ちゃんですよねv
 封印のチャド&エレンが好きなのも、ちょっと影響があるような気がします。チャド&エレンも良いな〜vv
 ところで最近、この二人はほんわかと夢見ている事があったりしますv大好きな二人なのでvv
 あ、タイトルなんですが花言葉がサフィっぽいかなと思いましてv花をコスモスにしたのはその理由なんですよ。

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