『新たな絆』


「お嬢様、足元をお気をつけ下さい」
 すぐ傍から、誰よりも自分を気遣ってくれる人の声が聞こえる。暗闇でその顔ははっきりとは見えないが、その大きな身体と気配だけは感じ取れる。彼女はゆっくりとその言葉に頷いた。
「ええ、ありがとうビル。でも大丈夫よ。
 それより夜に移動させてしまってごめんなさいね」
 すまなさそうに言う主人の言葉に、忠実な臣下は慌てて否定した。
「そんな事はありません!
 お嬢様のお気持ちはよく分かりますから。
 ただ、暗闇ゆえ、くれぐれもお気をつけ下さい。何が現れても不思議ではありませんから」
 心配性な彼にシャロンはくすくすと笑った。
 星が輝く夜空に黒い影がよぎる。彼女達の頭上を、追い越さないように置いていかれないように距離をとりながら大きな生き物が飛んでいた。この夜の闇の中ではそれが何であるかは分からない。それが狙いだった。
「大丈夫よ、もしなにかあったらあの子が教えてくれるわ」
 信頼を込めた彼女の言葉にビルフォードも頷く。確かに彼も夜闇を飛び回るものの賢さについては分かっていた。彼女はかつて寄せていた信頼を全てそれに寄せているかのようにも見える。だが、確かにそれは信頼に足るだろうと思えるものでもあった。
 バサバサ!
 大きな翼が故意的に大きな音を立てる。それはよく町が近づいてきた時にする仕草。
「ビル、もうすぐ辿り着きそうね」
「ええ、そうですな」
 町への到着が間近だと分かり、二人は安心する。とりあえず、次の町についたらまず仕事を探さなければならない。傭兵家業しか身を立てる術は無いが、いつか来るべき日のためには仕方がないだろう。
「いい子ね、ガルダ。ありがとう」
 シャロンは手を空に向けて振る。シャロンの目にははっきりと相手は見えないがガルダには見えているのだろう。嬉しそうなガルダの声が聞こえて、彼女は目を細めた。
 いい子だと心から思った。


 国境沿いの小さな街。そこは押し寄せてくるガーゼル帝国の勢力をなんとか凌いでいる地域だった。それでも君主ごと寝返らせようと裏工作をしたり、それが効かない相手には暗殺などの実力行使に出る場合もあり、傭兵の仕事には事欠かなかった。
 領地を仕切る若き君主は、竜騎士対策に弓の扱えるものが欲しいとも言ってくれたが、一番大きな要因は一緒に居るビルフォードによるものだという事は分かっていた。
 傭兵家業をしながら転々としてきたが、どこへ行ってもビルフォードの大柄な体躯、覇気、そしてその力強い剣の腕、どこの主人も彼を見て雇うことを決めていたし、自分とビルフォードを見ている目が違うことはよく分かっていた。
 こればかりはどうしようもないとシャロンはため息をつく。
 国を護りたい一心で騎士を志し、実際にその地位を手にしたけれど…ビルフォードのように強くも無ければ経験も足りない。おまけに女性であることは確実にネックになっていた。
 それでも雇ってもらえるのならビルフォードに感謝しなければならない。なんといっても食べて生きていかなければならないのだから。
 それに……最終的にどう判断されるかはその働きだ。少しでも見返してやれれば良い、バージェの騎士の誇りを感じてもらえれば良い。そう、心に言い聞かせてきた。
 もっと強ければ良かったと思う。
 もっと強ければ、バージェは陥落せずに済んだかもしれない。もっと強ければこうやって落ち延びて生きることもなかったのかもしれない。
 ……もっと強ければ、あの人を失わずに済んだのかもしれないのに……。
 どんなに後悔しても後悔しても何も変わらない。だから、前を向くしかないのだ。
 新しい職場についたシャロンは、頼んで場所を空けてもらった馬小屋に街の外で待たせていたガルダをつれて来た。
 夜に移動するのはガルダを危険に晒さない為である。
 飛竜は身体が大きく、とにかく目立つ。主人を乗せて飛んでいるのであれば、人間の目も加わるし、竜も緊張しているから比較的心配は無いのだが、自由に気ままに飛ばせるとなると非常に危険だ。敵襲と勘違いされて撃ち落されてしまうかもしれない。そうなると人の目が利かず、竜の視界は良い夜が最適となるわけだ。そういう点からすると竜騎士は夜襲に向くのかもしれないが、肝心の人間は見えていないため、完全に竜を信頼しなければならない。そこまでの関係を築くには長い時間がかかるだろうし、そう多くは無いはずだ。もし、それが本当に有利なのだとしたら、ソフィア公国があのように帝国の犬のような扱われ方になるはずがないからである。
「ガルダ、こっちよ。馬小屋、窮屈でしょうけど…我慢してね?
 馬も連れていないのに借りるのは大変だったんだから」
 馬には十分の広さである馬小屋もガルダの大きさになると狭くて窮屈だ。馬小屋に押し込められてガルダは「また狭いところに入れられた」という顔をしたが、シャロンの困った顔を見て、キュウとまるで「分かった」という声で答えた。
「ありがとう、ガルダ」
 シャロンはガルダを撫でるとにっこりと微笑む。
 ガルダとの付き合いも長くなった。ラフィンほど意思疎通が出来ているのか怪しげではあるが、それでも信頼関係のようなものが出来てきたと感じるようになっていた。
 しかし、馬小屋の中のガルダを見て、シャロンも顔をしかめる。本当なら竜専用の所が欲しいのだが、こればかりは傭兵の身分ではねだれない。ただでさえ馬を連れていない人が馬小屋の使用を求めるのは大変なのだ。これで我慢してもらうしかないのだろう。ガルダには気の毒であるのだけれど。
「……何のために馬小屋を借りると言うのかと思えば飛竜ですか」
 足音と共にかけられた言葉にシャロンは慌てて振り返る。そこには空色の髪の知的な印象を受ける男性が立っていた。歳はシャロンよりも年上で、落ち着きしっかりとした雰囲気を持つ人物だった。若き領主と皆に慕われている、シャロンにとっての新たな主人、その人であった。
「しかし、飛竜とは珍しいですね。あなたは弓と剣を扱われると伺いましたが、竜騎士だったのですか?」
 思わぬ領主の訪問を受けたシャロンが驚いている間に、領主の青年はシャロンとガルダを代わる代わる見ながら次の質問を投げかけてくる。
 その言葉にシャロンは慌てて首を横に振った。
「い、いえ!この子は友人からの預かりものなんです。
 私自身は……ちょっと竜に乗るのは怖くて。申し訳ありません。竜騎士であれば、偵察等、もっとお役に立てるものを……」
 竜騎士なのではないかと期待させてしまったのではないだろうか。そう思うとシャロンはいたたまれない思いがして、頭を下げた。折角、雇ってもらったというのに期待を裏切ってしまったのだとしたら解雇されかねないし、期待を裏切ってしまったというシャロン自身の後悔にも繋がる。
 いつもなら竜騎士なのではないかという期待を持たれないがために、ガルダの正体を隠して馬小屋なりを頼み込んで貸してもらうのだが…領主自らが足を運んできた場合は言い逃れも出来ない。
 だが、領主の青年は別に驚いた顔も、がっかりした顔もしなかった。
「いえ、私は『竜騎士』と契約を結んだ訳ではありませんしね。少し不思議に思っただけです。
 そのお友達はいつ戻ってこられるのですか?」
 尋ねられて当然の言葉にシャロンは青ざめた。問われて当たり前のことだと分かっている。それでも、答えることは辛いことだった。信じていても…辛いことだった。
「……いえ、もう再会すると約束した日から……二年以上経っています。
 私も約束の地から離れてしまいましたし……その人は生きているのか死んでいるのかも分かりません。でも……」
 うつむき気味に答えていたシャロンは顔を上げる。その言葉に少しだけ力が篭った。
「でも……また会えると信じています。また、一緒に剣をとる日が来ると信じています。
 ……それに私だけじゃなく、この子も待っていますから……」
 シャロンはガルダに視線を向ける。ガルダは低く唸って、まるで「そうだ」と言うように答えた。
 事情を察してくれたのだろう、領主はシャロンの話を黙って聞いてくれていた。そして、彼女とガルダのやり取りを見て、優しく微笑んだ。
「でも、確かに馬小屋では狭そうですね。放してやれれば良いですけど…どこに弓兵が潜んでいるとも限りませんからね」
「あの……もし宜しかったら夜、この子をこの近辺だけ飛ばせても構いませんか?
 夜なら人間の目では分かりませんし、もし何かがあったとき、この子が教えてくれるかもしれません」
 馬小屋の狭さに同情した領主にシャロンはここはガルダの運動とリフレッシュを兼ねての夜の散歩を認めてもらおうと訴えた。後半はでっち上げに近いかもしれないが。
「ええ、構いませんよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
 そのでっち上げが効いたのだろうか、領主はあっさりと認めてくれる。その言葉にシャロンだけでなくガルダも嬉しそうな声で鳴く。そんな一人と一匹を見て、領主はまた優しく微笑んだのだった。


「お嬢様?もうお休みにならなくては……」
 あてがわれる仕事が異なるせいで、主従といえど一緒に居るわけではないビルフォードは、夜の見張りに出かける途中で主人の姿を見つけた。今日は昼間だけの警備の仕事で夜は休みのはずである。
 このところ、シャロンはあまり寝ていない。先日までの夜の移動もあるのだが、自分の仕事、鍛錬、勉強、各国の情勢の情報収集等の努力を続ける一方でガルダの面倒もしっかり看ている。あまりにも忙しそうな彼女にガルダの世話くらい代わろうと思うのだが、何度申し出ても断られてしまうのだ。彼女がガルダにこだわるのは、預かった責任感だけではないことはビルフォードにも分かってはいた。
 心配性の臣下に声をかけられたシャロンは暗がりの中、にっこりと微笑む。
「大丈夫よ、ビル。ガルダを少し放しであげたらちゃんと眠るから」
 返された言葉にビルフォードは顔をしかめる。その「少し放す」がどのくらいの時間なのかが分からない。シャロンはガルダを放すと再び小屋に戻すまで眠ろうとしない。それでも自分が付き添えるのなら説得して眠らせることも出来るが、残念ながら今回は夜勤である。主従とはいえ、今は同じ雇われているもの同士。そしてビルフォードからすれば、本来ならシャロンに働かせることなく食べさせてやりたいところなのである。それ故に、余計に仕事を放る訳にはいかない。そうなるとシャロンの言葉を信じるしか手段が無くなってくる。
「お嬢様、くれぐれも無理はなさらぬよう……」
 心配性のビルフォードが念を押すようにそう言った。その真剣な顔にシャロンもその心配がよく分かって、ゆっくりと頷く。
「ありがとう、ビル。ちゃんと眠るから安心して」
 シャロンのその言葉を信用するしかないビルフォードは、別れるさいに何度も繰り返し繰り返し念を押してきた。日ごろ心配ばかりかけさせているからだろう。
 さすがのシャロンも今日は早めに休もうかと思いながらビルフォードと別れた。
 闇の中、小さなランプを頼りに馬小屋に近づく。他の馬達は眠っているので、それを起こさないようにガルダの元へと近寄った。
 大きな息遣いが聞こえる。真っ暗な闇に解けてしまいそうなその姿がそこにあった。
「ガルダ、今日はお散歩よ」
 シャロンはそう言うと、ガルダを小屋から連れて出す。ガルダもこれから散歩が出来るのが分かっているのだろう、その足取りは楽しそうだった。
 こうやってガルダを連れて出す時、そしてガルダとコミュニケーションを取るたび、シャロンは不思議な気持ちに襲われる。
 昔は……ガルダの傍に居たのはラフィンだった。
 ガルダの傍で、嬉しくてたまらないといった、まるで小さな子供みたいな顔で笑っていた。
 ガルダと共に過す様になってからのラフィンは、出てくる言葉出てくる言葉、ガルダか空に関することばかりだった。
 ガルダは賢いだとか、俺の言うことを分かってくれるんだとか、空で受ける風は気持ちがいいんだとか、眺めが最高だとか、ガルダとの一体感がたまらないんだとか……今でも目を閉じれば浮かんでくる。
 ガルダの傍に居ると今にもラフィンが現れて、子供みたいな笑顔で楽しそうに話してくれそうな気がするのだ。
 今、この瞬間でさえも。
 そんな事は無いと分かっているのに。
 闇の中でガルダの金色の瞳が動いてシャロンを気遣うように見つめた。それに気がついてシャロンは笑顔で返す。
 昔はラフィンがガルダにべったりで羨ましく思うこともあった。
 だけど……今は同じなのだと思う。
 自分がラフィンを想い再会を願っているように、ガルダもずっと帰らぬ主人を待ち続けているのだ。
 それが余計にガルダへの親近感を沸かせていた。
 ガルダは賢い子だった。
 ラフィンがガルダをシャロンに預けた時、正直ラフィン以外にガルダが懐いてくれるのか、ちゃんと世話が出来るのか心配だった。だが、ガルダはラフィンが居ないことを悟っていたのだろう、そしてシャロンが面倒を看てくれると分かったのだろう。何も文句を言うこともなくガルダは共に旅をしてくれた。傭兵業で転々として、狭い小屋に入れられて、それでも文句を言わずについてきてくれた。
 我慢強い良い子なのだ。今ならラフィンが手放しでガルダをほめていた理由が分かる。昔は親ばかが自慢するのと同じだと思っていたけれど、間違ってはいなかった。
 シャロンはガルダの冷たい皮膚を撫でる。硬いうろこがてにごつごつ当たるがその伝わってくる熱が暖かかった。ガルダも嬉しいというふうに目を細めた。
 ある程度、小屋から離れ、ガルダが羽ばたいても問題がなさそうなほどの広い場所に出る。
 シャロンはガルダから手を離した。
「さあ、ガルダ。ゆっくりお散歩してらっしゃいね」
 そう言うとシャロンはその場から離れた。彼女がある程度の距離まで離れたのを確認してからガルダは羽ばたく。そしてゆっくりと上昇し、そのまま星空の中へ消えていった。
 よくラフィンが言っていた。空は気持ちが良いのだと。
 わくわくした少年みたいな顔で空のすばらしさについて語っていた。
『シャロンも空を飛べば良い。きっと、この気持ちが分かるよ』
 あまり空には興味が無いといった顔で聞いていたシャロンにラフィンはそう言った。
 あの時は興味が無かったし、高いところは苦手だから空を飛びたいという気持ちは分かるようで分からなかった。
 だけど……ガルダを知るようになって……ガルダと共に暮らすようになって……空への興味は生まれてきたように思う。
 空は怖い所だったけど、ガルダになら全てを預けても怖くない。そう思えた。
 ぼんやりと昔のことを思い出しているとき、ガルダがかつて聞いた事の無いような声を上げた。甲高い声で叫んでいる。
 何事かと思ってシャロンは空を見上げるがガルダがどこに居るのかも分からない。
「ガルダ!降りてきて!」
 叫ぶものの、伝わっているかも分からない。もしガルダの声で位置を当てて弓で狙われてしまったら……恐ろしい考えが浮かんできて、シャロンは慌てた。
 だが、すぐにバサバサと大きな翼の音がして、何か黒いものが舞い降りてくる。
「良かった、ガルダ!」
 シャロンはガルダに駆け寄る。だが、ガルダは相変わらず鳴いている。その目はシャロンに何か訴えかけていた。
 昔だったら分からないかもしれない。
 だけど、今はガルダとの絆がある。それは一つのことを意味していた。
「ガルダ、敵を見たのね?」
 ギィー!
 そうだとガルダが鳴く。シャロンは事の重大さを理解した。いくら見張りが居ても夜の闇の中では限度がある。だが、竜であるガルダの視力は別物だ。きっと見えないものが見えたのだろう。
「ありがとう、ガルダ!皆に伝えてくるから、あなたは動かないでね!」
 その言葉にガルダが頷くのを確認してからシャロンは館へと走った。
 ビルフォードが見張りだったはずだ。まずは彼に伝えなくては。
 ガルダに見送られて、シャロンは必死でビルフォードの元へと急いだ。


 ガルダの発見により、夜襲は未然に防がれた。捕まえ取り調べたところによると、帝国に雇われた暗殺者達だったようだ。もっとも、それに気がついての包囲網だったのであっさりとビルフォード達の手によって捕まったそうだが。
 功労者のガルダはその名を伏せるために内緒となり、夜の見張りに起きていた者たちの手柄となったが、領主はガルダの事に気がついていたようである。その日はガルダへのご褒美にと、果物や肉がガルダのえさとしてシャロンに支給された。
「良かったわね、ガルダ。お手柄だったわ」
 美味しそうに果物を次々と頬張るガルダをシャロンは優しく見つめる。
 昨日の夜の事を思い出すと、シャロンの胸は高鳴った。
 あの時は夢中だったけれど…私はガルダの気持ちが分かったのだ。そして、ガルダは私の立場を分かってくれていたのだ。
 心が通じたと思った。今まで以上に繋がったと思った。
 ラフィンがそうであったように、やっと私もガルダと仲良くなれたのね。そう思ったら舞い上がるような思いだった。
 ラフィンの代わりに世話をする人ではなく、シャロンとしてガルダと仲良くなれたと思った。
「夕べはありがとうございました。おかげで大事に至らずに済みましたよ」
 優しい声が聞こえてきて、シャロンは振り返る。その声の主は分かっていた。
 ガルダにご褒美を与えてくれたその人。そして、今の言葉がガルダにかけられたものだという事も。
 お礼を言われたのが分かったのか、ガルダが照れたような声を出す。そんなガルダの様子にシャロンは微笑んだ。
「シャロン殿もありがとうございました」
 青い髪の領主は優しい笑顔で彼女に微笑む。そのお礼の言葉にシャロンは首を横に振った。
「いいえ。今回は全部ガルダのおかげです」
「そんな事はありませんよ」
 否定する彼女に、領主は優しい声で続ける。
「あなたと、ガルダ殿に深い絆があったからこそです。
 あなた方のおかげで命拾いしましたよ。本当に感謝しています」
 そう言って領主は優しく笑った。その笑顔は不思議と心を和ますもので、シャロンも素直にその言葉を受け入れる事が出来た。
「いいえ。反帝国の同志が無事でなによりです」
 そのいかにも彼女らしい言葉に領主は思わずクスクスと笑う。彼女の素性については、臣下であるビルフォードから聞かされていた。彼女が目的とする事は帝国の撃破とバージェの再興であることを。だから、彼女からすれば反対勢力は全て味方と同じなのだろう。あまりにも素直で真っ直ぐな考え方に微笑ましい思いがした。
 だが、いきなり笑われた方は何がなんだか分からない。
「どうかされました?」
「いえ、なんでもありませんよ」
 不思議そうなシャロンに領主はさらっと返事を返すと、改めてシャロンとガルダを見た。
「一つ、お伺いしても構いませんか?」
「はい、なんでしょう?」
 領主の問いかけにシャロンは笑顔で応える。だが、尋ねる領主の方は真剣な顔で問いかけた。
「この戦争下、確実なものは何一つありません。
 もし、お友達が戻られなかったら、あなたはその竜をどうなさるおつもりなのです?」
 シャロンはその言葉に凍りついた。
 いつかラフィンに出会えると思っていた。だけど、心の片隅ではいつもその事を考えていた。
 再会できたとしてもラフィンがかつてのラフィンである保障も無い。人が変わるだけの歳月はもう流れている。自分やガルダの時間はバージェが滅びたその時から止まっているけれど、世界は確実に時を刻んでいる。
 生きているかも分からない。生きていても会える保障も無い。再び共に戦う事があるのかも分からない。
 シャロンはガルダを見つめた。
 そう、どこかで思っていた。ラフィンが戻らなかったらこの子はどうなるのだろうと。
 かつて主人を乗せ雄大に飛んでいたガルダ。その姿は今よりもずっと輝いていた。
 ガルダはラフィン以外の主人を選ぶのだろうか。それとも、彼に再会できなければこのまま誰かを乗せて飛ぶ事も無いのだろうか。
 シャロンの視線に気がついたのか、ガルダが果物を食べるのを止めて彼女を優しく見つめた。金色の鋭い瞳には優しい光が輝いていた。
「……あなたが乗ってはいかがです?今すぐではなくても……いつか平穏が戻った時に。
 あなた達には深い絆があるように私には思えます。まるで親友のような絆が」
 シャロンとガルダを優しく見つめていた領主はそう言った。
 その言葉にシャロンは再びガルダを見つめる。
 私が……ガルダに乗る?
 前なら考え付かなかった。自分がガルダの新しい主人になるだなんて。
 だけど……だけどガルダさえ許してくれるのなら一緒に飛んでみたい。
 そう、かつてラフィンが飛んでいた…あの愛しいバージェの空で。
 そう……ラフィンが。
 そこまで考えてシャロンは思わず吹き出してしまう。
 結局、どこまでいっても戻ってくるのはラフィンなのだ。
 もし、出会えなかったとしたら…その時はガルダと二人、バージェの空で彼を思い出すのも良いかもしれない。
 シャロンは領主に向かって微笑んだ。
「そうですね。もし、戻ってこなかったら考えてみます。
 だけど彼を待っているのは私だけじゃなくこの子もですから…今は待っていようと思います」
 その言葉を領主は予想していたのだろうか、彼は優しく見守るような顔でシャロンを見つめた。
「……あなたにとっても、その竜にとっても大事な人なんですね」
 その言葉にシャロンは笑顔で頷く。
「はい。彼は私にとってもガルダにとってもかけがえの無い人ですから」
 それに同調するようにガルダも低く唸る。それはまるで息の合った親友同士のようであった。
 そんな二人を優しく領主は見つめた。
「再会できる事を私もお祈りしていますよ」
「ありがとうございます」
 シャロンはそう礼を述べたが、気にかかることがあった。
 何故、この人はガルダや自分に声をかけてくるのだろうか。普通、飛竜と一緒であれば竜騎士だと思って期待するか帝国との繋がりを疑ったりするのではないのだろうか。
 しかし、この領主はガルダやその面倒を看ているシャロンは気になるようだが、竜騎士には特に期待をしている訳でも疑っている訳でもなさそうである。
「……ぶしつけな質問で申し訳ありませんが、貴方は竜と何か関わりがあるのでしょうか?
 こうも私やガルダを気にかけて下さるのは……どうしても腑に落ちません」
 率直なシャロンの問いかけに領主はさして気を悪くしたような顔もせず、変わらずのにこやかな顔をした。
「ふふ、たいした話ではありませんよ。
 私も竜騎士の友人が居ましてね…一時的に飛竜を預かっていた事があるのです。
 だから、ちょっと親近感が沸いたのかもしれませんね」
 その理由を聞いたシャロンはすぐに納得がいった。多くの人は竜騎士と聞けば竜よりも乗り手を期待し評価する。ただ竜だけが居ても評価されたりはしない。むしろマイナス要因となる場合がほとんどだ。だが、そういう理由ならば領主の今までの態度も合点がいく。
「そうだったんですか。
 では、その飛竜は今はお友達の下に?」
 にこやかに問い返すシャロンに領主は少し寂しい顔になって首を横に振った。
「いいえ。今は別の人を乗せて飛んでいるはずです。
 私と竜の元に返ってきたのは友人の訃報でしたから……」
 それを聞いて言葉に窮しているシャロンとガルダを見つめて領主は優しく微笑んだ。
「貴方達が少し羨ましく思うのですよ。
 私は友人の忘れ形見である竜を大切にしたいと思いましたが、領主である私が今まで乗り染めない竜を駆る等叶いません。だから、竜を欲しがる人達へと譲ったのです。それが竜のためでもあると信じて。
 だから……貴方にはそんな寂しい思いをして欲しくないと思ったのですよ。
 差し出がましいことを言って申し訳ありませんでした」
 そう謝る領主にシャロンは遠い先の未来の自分が重なるような思いがした。
 ラフィンにも再会できず、ガルダに乗るなんて出来ない自分がいつかガルダと別れる…それは不思議なことではない。
 ……だから、だからこの人はガルダに乗るように薦めてくれたのだろう。
 今、確かにあるこの絆を手放さないようにと……。
 シャロンは微笑んだ。
「ありがとうございます。
 貴方のお気持ち、心から嬉しく思います」
 そう、彼の言葉を深く刻みつけておこうと思った。
 どんなに待っても約束の日にラフィンは現れなかった。約束を破るような人では無い。そう信じて待っていたけれど彼は現れなかった。
 現実はいつも冷たい。だから、最悪の時のことも考えておかなければならないだろう。
 かつてラフィンがガルダと築いた絆、そして今、ガルダとの間に生まれた新しい絆。出来ることならばどちらも手放したくは無いけれど…せめて自分とガルダの絆だけはいつまでも繋いでおきたいと願うから。
 その時は…ラフィンの代わりに乗せてもらおう。そう思った。


 そして、さらに数年の後、シャロンは長年の待ち人に出会うことになる。

 
 終わり。

 随分前から書いてみたかった話の一つです。ラフィシャロって最終的には好みの話だから、彼等の縁戻そうと戻さまいとそれはプレイヤー次第。そういうゲームなんだからとは思っているんですけど…実は一番納得がいかなかったのがガルダなんです。ガルダとラフィンを引き合わせようとするシャロンさん。ずっと離れていた主人にガルダを会わせようとするのは当然ですよね?本来ガルダの面倒を見てやるべき人なんですから、ラフィン。シャロンさんいわく「喜んで鳴いている」ガルダ。こんなけなげなガルダに会わないラフィンって人としてどうかと思うんですが。シャロンさんだって竜騎士でもないのに5年も面倒見てくれていたんですよ。断ったとしても御礼くらい言ってはどうですか。さらに言えばシャロンさんはガルダをずっとこの先も連れている訳で…断ったラフィンはそれを見続ける訳ですよね。そんな状況で平然としてられるとしたら彼は私の理解を遥かに超えてます(−−;)。正直、人としてどうかと思います。ラフィシャロが好きというのもあるんですけど、ラフィンを竜騎士にする理由はガルダの事も大きかったりします。だから、多分ラフィシャロがそんなに好きじゃなかったとしても私はラフィンを竜騎士にしてたんじゃないかなと思います。ガルダをねラフィンに会わせてやりたいし、一緒に飛ばせてやりたいと思う訳なんですよ。
 だけど、選択肢やキャラクターの死亡が起こる関係上、ガルダは必ずしもラフィンの元に返る訳ではありません。その時…ガルダはどうなるんだろうな、と思って考えた時のお話です。きっと平和になったらシャロンさんがガルダに乗っているんだろうな…と。それはシャロンさんとガルダが5年間積み重ねてきた絆によってだろうな、と。そんな事を思いながら書いた話です。
竜の寿命はよく分かりませんが、可能性的にはラフィンがガルダの世話をしたよりシャロンさんが世話したほうが長いという事も十分考えられるんですよね。だから、ラフィンが再会したらガルダはシャロンさんの方が大好きでラフィンが自業自得とはいえいじけてたりしたら…それはそれで良いな〜なんて思います。いじけラフィンが可愛いかもしれないと思ったり。
 長さ的には今までのラフィシャロ小説の2本分くらいあるんですよね(^^;)。シャロンさんとガルダの方が長くなるとは(苦笑)。ただ、書きながらやっぱりシャロンさんはラフィンが本当に好きなんだろうな…なんて思いました。もし、出会えなかったとしても彼女はガルダと一緒にバージェでラフィンを待ち続けているんだろうなと。ラフィン、羨ましすぎます…。いいなあ、そんなに想ってもらえるなんて幸せ者。せつない系の話になるかな…とも思ったのですが、ならなかった感じですよね。私のシャロンさん、根本的に非常に前向きみたいで。私には切ないラフィシャロは書けない様な気がします…。
 この「空を飛ぶ」関連の話とか、5年間の話とかもうちょっと書いてみたい話がありますので、のんびり進めていこうかと思っています。ラフィシャロ、本当に大好きなのでvとりあえず、次はラフィン出すようにします(笑)。今回も名前やら思い出やらでは出まくっているような気はするんですが(笑)。
 しかし…烈火のウィル×レベッカにはまったら、何故かラフィシャロ熱が一緒に高くなった私。謎でございます。イメージ的には近いものがあるのもあるんですけどね〜。

★戻る★