『騎士として』


 ギィィィン!
 槍と剣がぶつかる激しい音がする。
 槍を使うたくましい体躯の大柄な青年は、剣を操り挑んでくる細身の青年の攻撃をなんとかかわしていた。
 傍から見ると大きさも使っている武器も細身の青年の方が不利に見えるのだが、実際の所は素早さとテクニックを売りとする細身の青年と、力と守備を重視している大柄の青年との差を縮めるための選択であったりもする。鍛錬である以上、その差は少ない方が良いのである。
 バキィ!!
 激しい音がして、大柄の青年の方の槍が壊れる。だが、普通ならそこで終わるはずの戦いは……終わらなかった。いつもなら、ひょうひょうとして彼に握手を求めてくる細身の青年はさらに攻撃を繰り出そうとする。
「ま、待て!アレク!勝負はついただろ!」
 アーダンは大きく後ろに下がりながら、折れた槍でなんとかその攻撃をしのぐ。
 だが、それでも相手はその手を緩めない。
 事の異常さに気がついたノイッシュが慌てて後ろからアレクを押さえつける。
「どうしたんだよ、アレク!」
「……いいから放せ!!」
「おい!しっかりしろよ!」
 押さえつけるノイッシュをアレクは振り払おうとする。攻撃の手が止んだアーダンもそのままノイッシュに加わって押さえつけた。
「戦場では何が起こるか分からないんだ!!死んだらお終いじゃないか!」
 普段は声を張り上げる事の無い人物だけに、驚いてノイッシュもアーダンも掴んでいたその手を思わず放した。
 だが、驚いたのは彼らだけではない。言った本人も同様であった。
 アレクは我に返ったのか、手で顔を覆う。
「……悪い。ちょっとおかしいみたいだ」
 明らかに様子がおかしい彼にアーダンとノイッシュは顔を見合わせる。
「……なあアレク、少し休めよ。疲れが溜まっているんだ」
「そうだね、今日はゆっくり休んだ方が良いよ」
 とにかくアレクの様子がおかしい以上、休む事を勧めるほかは無かった。
 アレクは気を使うタイプの人間だ。精神的にまいっているのかもしれない。そうなれば休む以外に良さそうな方法が思い当たらなかった。
「……そうだな。そうした方が良さそうだ」
 アレクは俯いたままそう返答すると、静かに鍛錬所から去っていった。
 それをアーダンとノイッシュは見送る事しか出来なかった。
「……実は俺、あいつが情緒不安定になってるのって見たことないんだよな。
 そもそも怒ってる所も見た記憶が無いくらいでさ……」
「俺もそうだね……。見たこと無いよ。
 むしろアレクって自制心が物凄く強いんだと思ってたくらいで……」
「……こういう時に休めってしか言えないなんて、友達がい無いよな……」
「……だねえ」
 揉め事や何かが起きた時は、何でもアレクが立ち回ってくれていたせいで、付き合いが長いわりにはアーダンにもノイッシュにも良い解決法が見つからない。
 ついでに言ってしまえば、アレクはあまり話したがらない方なので、相談にのるというのも難しいだろう。さらに言えば自分たちが適切なアドバイスをしてやれるかと言っても……これも激しく疑問であった。
「……せめて、何かストレスになってるのか分かれば良いんだけどな」
 アーダンはアレクが去っていた方を見ながら、ぽっつりと呟く。
 せめて何かを知っていれば、少しは助けになれるかもしれない。
 だが、その言葉にノイッシュは青い顔をする。
「……もしかしたら、俺のせいかもしれない」
「何やった、何を」
 だんだんうろたえ始めるノイッシュにアーダンは苦笑いを浮かべる。あまりノイッシュが原因だとは考えにくかった。取り越し苦労だろう、そう考えていた。だが。
「……ここのところ、うちの子供達、寝つきが悪くて……アレクをたたき起こしては子守の手伝いを……しかもここ毎日……」
「それか〜?!」
 明らかにストレスが溜まりそうな話である。確かにノイッシュの所の子供達は双子なので、手がかかることはこの上ないのだが……それに一緒に付き合わされてはたまらないだろう。
「……あとでちゃんと謝っておかなきゃ」
「……だな。俺も手伝うから、あんまりアレクばかり使うなよ……」
「うん……ありがとう」
 アーダンは励ますようにノイッシュの肩を叩く。
 それにノイッシュはこっくりと頷いた。
 とりあえず、一応それなりの理由が見つかった二人は、今後どうするかを相談し始めた。
 実はそれは原因とは全く関係なかったりするのだが、そんな事は彼らには知る術も無かった。


「ああ、今日も雪か……。吹雪いてないのがせめてもの救いかな」
 とりあえず、休んだ方が良いと思って部屋まで引き返したものの、特別やる事も無ければ特別疲れている訳でもなく、アレクはぼんやりと窓の向こうに降る雪を見ていた。
 シレジアに来て数日。大方のごたごたは収まりつつはあり、グランベルに送った親書の返答を待っている状態だった。
 雪国のシレジアは季節も手伝って、雪が毎日舞っていた。
 そういえばあの日も雪が降っていた。
 そう、シレジアほどではないにしても、シアルフィにも雪は降る。
 勿論、降るといってもその量はしれているが、積もることは再々あった。
 そう…もう随分前の事である。子供の頃の話だ。

 シアルフィには珍しいほどの大雪だった。一面の雪に大人たちは苦い顔をしていたが、子供達にとってはこれほど楽しい出来事は無かった。
 雪の中を走り回り、雪合戦やらなにやら雪まみれになって遊んでいた。
 アレクもその中の一人だった。
 よく積もった雪に、大きな雪だるまを作ろうと思っていた。
 小さな子供でも雪玉を転がしていけば、大きな雪玉を作る事が出来る。
 一生懸命転がして、二つの大きな雪玉を作ったまでは良かった。
 雪だるまは雪玉を二つか三つ乗せて作るものである。
 だが、張り切りすぎて作った大きな雪玉はどう考えても上に乗せられそうには無かった。
 ふわふわしているとは言っても、雪は水から出来ている。当然、それだけ重たいから、子供の力では持ち上げられるものにも限界があった。
 諦めて頭用の雪玉をもう一つ作らないといけないかと思っていたときだった。
「雪だるまを作っているの?」
 声をかけられて、その方向へ振り返った。
 そこには自分よりはいくつか年上だと思われる背の高い少年が立っていた。
 真っ青な髪に真っ青な瞳だが、その表情は穏やかで優しく、冷たい色であるのに暖かく感じられた。
 その問いかけに小さなアレクはこっくりと頷く。
 少年は二つの雪玉を見て、困った顔をした。
「ああ、これを乗せるのは君一人じゃ難しそうだね。僕も手伝うよ」
 そう言って微笑むと、少年は二つの雪玉のうち小ぶりの方の雪玉を一生懸命持ち上げ始めた。それを見て、アレクも慌てて手伝い始める。思わぬ助っ人に戸惑ったが、それ以上に雪だるまの完成が近づくのが嬉しかった。
 二人がかりで雪玉を上に乗せ、手等の飾りをつける。手の届かない部分は、全て少年が彼を持ち上げて、手伝ってくれた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「ふふ、僕も完成して嬉しいよ」
 感謝の言葉を述べるアレクに少年は優しく微笑み、アレクの頭を撫でた。
「じゃあね」
 そう別れの言葉を告げると、少年はどこかへと雪の中を走り去ってしまった。
 あっという間に姿を消してしまった彼に、アレクは雪の精が遊びに来てくれたのかと思った。
 だが、翌日…彼が雪の精では無い事を知る事になった。
「あ、良かった、会えた!」
 昨日の青い髪の少年が、昨日作った雪だるまの前に立っていた。
 びっくりしてきょとんとしている彼に、少年はその小さな手をとってにっこりと笑った。
「あれからね、僕も雪だるまを作ってみたんだ。良かったら君にも見てもらおうと思って」
 その人懐っこい笑顔につられてアレクは頷く。
 普通は知らない人、そして年上の相手に対してはそれなりに警戒心が働くものなのだが、そういうものを全く感じさせない相手だった。
 手を引かれるままに向かった先はシアルフィ城の門の近くだった。
 その城壁ぞいに大きな大きな雪だるまが、石炭で出来たにっこり笑顔で彼らを待っていた。
 自分が作った雪だるまの2倍はあろうかというその大きさに、アレクは驚き、喜びに変わった。
「うわ〜、お兄ちゃん凄い〜!」
「ふふ、良い感じに出来てるでしょう?
 君がこれだけ喜んでくれるなら、妹に見せても喜んでくれるかな」
 少年はアレクがはしゃぐ姿に満足そうに微笑んだ。
「お兄ちゃん、妹が居るの?」
「うん、君と同じか…少し下くらいかな?
 よし、今からエスリンも呼んで来ようかな」
 少年はきらきらした笑顔でそう笑う。
 だが、その表情はすぐにひきつったものに変わった。
「シグルド様!勝手に出歩いてはいけないと言ったでしょう!」
「……うわ、見つかっちゃったか」
 少年のすぐ後ろに、怒った表情の若い青年が立っていた。
 その青年を見て、少年は困ったように目を泳がせる。
「いいからすぐお戻りください!」
「で、でも……その子を送っていかないと……」
 すぐに帰るように促され、少年は自分の連れてきた小さな少年に視線を移す。このまま置いてはいけないといった顔だった。
 青年の方はやれやれとため息をつく。
「この子は私が送り届けますから、シグルド様はすぐにお帰りください!
 次にまた抜け出されたら、今度こそお父上にご報告しますよ!」
「……はい」
 怒られてしゅんとなった少年は、何が何だか分からないできょとんとしているアレクの方にやって来て、済まなさそうに謝った。
「ごめんね。つき合わせちゃって……」
 それに対してアレクは首を横に振る。状況はよく分からなかったが、少なくとも少年が自分を喜ばせようとしてくれた事はとても嬉しかった。
「ううん、ありがとう。嬉しかった」
 素直な気持ちを伝えると少年は安心した顔になって、優しく微笑んだ。
 少年は手を振りながら、また雪の中に消えていった。
 ……そう、その少年が自分の住む国の公子である事を知ったのは……もっと後になる。
 そして、その出来事が騎士を志すきっかけとなったのだ。

「ア〜レ〜ク〜?何ぼんやりしてんの?」
 遠い昔に思いを巡らせていた時に、思いっきり背後から抱きつかれて、突然現実に引き戻される。
「な、何するんだ、シルヴィア!」
「え〜、暇そうだったから〜」
 抗議の声を上げるものの、襲い掛かってきた相手は反対に不満の声を上げる。
「ね〜、なんか暇そうね。一緒に買い物行かない?」
「……何か買ってもらいたいって算段か?」
「ふふ、そりゃあ当然♪」
 纏わりついてくる彼女に対して嫌に感じるわけでもない。
 どうせやる事も無いのだ。返って気分転換になるだろう。
 アレクは目を閉じて、立ち上がった。
「わかったよ、お付き合いしますって」
「わ〜い、やったぁ!」
 何も事情を知らないシルヴィアは嬉しそうにはしゃぐ。
 その様子がむしろ愛しく感じられて、アレクはほっとする思いがした。


「ね、ほらほら、あそこのお店見てよ!
 あそこね、フュリーのオススメのケーキ屋さんなんだって〜!
 後で行こう、行こう♪」
 城下町を歩きながら、隣でシルヴィアは楽しそうにはしゃいでいた。
 シレジアは内乱の危険をはらみながらも、城下は賑やかで、街も活気があった。
 今日は雪が小降りのせいもあるのだろう。商店街には買い物客が賑わい、華やかだった。これだけ賑わいを見せている城下町はアグスティ以来だろうか。
 シルヴィアの話すとめどないおしゃべりに相槌を打ちながら、城下をぶらつく。
 そして、ある光景を目にして足を止めた。
 そこには子供達が大きな雪だるまを作っている姿があった。
 さすがに雪国の子供達だけあって、雪だるまの規模も違えば作り方も違っている。だけど、楽しそうな笑顔はどこの国も共通だった。
「アレク?どうしたの?」
 連れが急に足を止めたので、シルヴィアはアレクが見ている方向に覗き込む。
「あ、雪だるまか〜。なんか良いね。久しぶりに平和な光景見た感じ」
 シルヴィアの何気ない一言にアレクはひっかかる。
 そう、久しぶりに見た。
 雪だるまを作っている光景だけではない。子供が楽しそうに遊ぶ光景自体久しぶりだった。
「……俺はさ、こういう光景が好きなんだよ。
 普通に暮らして、普通に笑ってられる世界がさ」
 そう、騎士になればこういう光景を護れると思っていた。
 誰かの平和な暮らしを護っていけると思っていた。
 だけど……現実は違っている。
「……戦争をするために騎士になった訳じゃない」
 誰に言う訳でもない。ただ、ずっと思ってきた事だった。
 だけど誰にも言えなかった。言えるはずも無かった。
 何だか分からなくなってきていた。
 最初は国を護るためだった。グランベルに侵攻してきたヴェルダンの制圧が目的だった。
 そして、アグストリアの混乱から結果的にアグストリアを制圧し、同時にオーガヒルも制圧した。
 最初のヴェルダン制圧はともかく、残りの戦いは君主であるシグルドにとっても望まない戦いだった。それでも戦わざるを得ず、グランベルからの連絡はだんだんと途絶えていった。
 そして最後は……シグルド公子を裏切り者としてきたのだ。
 そう、望まぬ戦いをし、グランベルに対して決して不利な事もしてこなかった公子に対して。
 グランベル内部では何かが起きているのだろう。離れていたために、全ての罪を彼に押し付けようとしているのは明白だった。
 ラーナ王妃が親書を送っているが、それが果たして通るか分からなかった。
 西では相変わらずグランベルは戦っていると聞く。むしろそれは領土を広げるために。
 グランベルの領主たちは自分の利益のために戦争を引き起こし、多くの人たちが巻き込まれ死んでいっている。
 おそらくバイロン卿と共に旅立った仲間たちも傷つき倒れているのだろう。
 何故、貴族は己が欲望のために戦乱を起こすのか。傷つくのは、庶民たちだけなのに。
 そして、領民の事を考えるシグルド公子のような人物は陥れられる。
 そう、それが戦争なのだ。
 すっと手が握り締められる。
 冷たい手に温かなぬくもりが感じられた。
「……大丈夫だよ、アレク。シグルド様の誤解、きっと解けるよ」
 シルヴィアはアレクに寄り添い、優しい笑顔で彼を見上げていた。手から伝わるぬくもりが不思議な安心感を与えてくれる。
 アレクはそっと瞳を閉じた。そう、誤解はきっと解けるはずだ。そう信じなくては。それでも解けないのであれば…自分の手で解くようにしていけば良いのだ。
「そうだな。ありがとう、シルヴィア」
 アレクはシルヴィアに感謝の言葉を述べる。それに彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、実はちょっとだけ嬉しかったんだ」
「嬉しかった?」
 思いも寄らぬ彼女の言葉にアレクは驚く。だがシルヴィアはアレクにくっつき嬉しそうに微笑んだ。
「だって、アレクって愚痴も言わなきゃ、本音も言わないじゃない。
 あたしにはそういう事言ってくれるんだ〜って思ったらちょっと優越感♪」
 そう言われてアレクも理解する。
 ……そう、多分シルヴィアだから言えるのだろう。
 騎士気質で騎士道まっしぐらな友人達にも話せる話ではない。
 多分、一番、庶民的な感覚が分かって、一番自分と近い思いを抱いてくれそうな彼女だからこそなのだ。
「……ああ、そうだな。シルヴィアが居てくれて良かったよ」
 心からそう思った。その感謝の言葉にシルヴィアは満足そうに微笑んだ。
 どたどたっ。
 突然大きな音がして、子供達が大騒ぎする声が聞こえた。
 何事だろうかと、二人はそちらに視線を向ける。
 向こうでは、先程まで雪だるまを作っていた子供達が雪まみれになっていた。どうやら雪だるまの頭がバランスを崩して落ちてしまったらしかった。
 一度崩れた大きな雪だるまの頭を元に戻すのは至難の技である。子供達は落胆した顔をしていた。
 その顔にかつての自分が重なって見えた。そう、あの日の時のように。
 自然と体が子供達のほうに向かう。
「大丈夫か?良かったら頭を戻すのに手を貸すよ」
 そう声をかけると、落ち込んでいた子供達の瞳に輝きが戻った。
「本当?直せる?」
「ああ、直せる直せる。一緒にやろう」
「うん、やる!」
 子供達が再び集まってくる。アレクと子供達は、まずは崩れた頭を丸い形にして元の大きさと形に戻した。それを引き上げ、再び体とくっつける。子供達が再び頭と胴体の結合を始め、大きな雪だるまは再び元の姿を取り戻していった。
「……そうねえ、顔がいまいちね」
 後ろでその様子を楽しそうに見ていたシルヴィアが雪だるまの顔をじっと見つめる。
 近くに散らばっていた、顔を形成するための石炭を取り上げると、背伸びしながら顔を作っていく。
 最初は無表情に近かった雪だるまの顔が、元気の良い表情へと変わっていった。
「うわ、お姉ちゃん上手〜!」
 なかなか可愛らしく出来上がった雪だるまに、子供達から歓声が上がる。シルヴィアは得意そうに微笑んだ。
 久しぶりに童心に返った気がした。近頃ずっと殺伐としていたから、余計だろう。一つ一つが温かくて新鮮だった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう〜!」
 子供達から感謝の言葉を受けて、アレクとシルヴィアは彼らと別れる。
 そして城へと帰途につくことになった。
「ねえ、アレク。雪だるまに思い入れでもあるの?」
「そう見えるか?」
 シルヴィアがアレクの顔を覗き込みながら尋ねてくる。それにアレクは微笑みながら返した。その言葉にシルヴィアはこっくりと頷く。
「うん、アレクってば凄く楽しそうだったから」
 そう、雪だるまを作っている時の彼は本当に楽しそうに見えた。何か余程の思い入れがあるに違いないと思うほどに。
 アレクも頷く。その言葉には依存が無かった。
「……昔、ちょっとした事があってね。大切な思い出だ」
 そう、大切な思い出だった。
 ごく普通に城下の者と接するシグルドは、きっと常に領民の事を忘れず大切にするだろうと思った。あの人だったらきっと素晴らしい領主となるだろうと思った。
 だから騎士を目指したし、士官学校で彼を再び身近で見ることが出来た時に再びその思いは強くなった。
 彼の力になりたいと思った。
 彼のためなら…何でも出来ると思った。
 それほど心引かれた人だ。
 そう、とても大切な人なのだ。
「ねえアレク」
 シルヴィアはそう声をかけると隣りを歩くアレクの手を握る。
「私達の子供があの子達くらいになる頃には、みんなで一緒に雪だるまをつくろうね」
 シルヴィアは優しく微笑む。それにアレクは頷いた。
 そう、誰もが幸せに暮らせるように。そうなれば良い。
 自分の子供達が戦争を知らないくらいになるように。
「なあ、シルヴィア。あそこだろ?」
「え?」
 突然、歩みを止めたアレクが一軒の店を指差す。なんの脈絡も無い行動にシルヴィアは驚いて目を丸くした。だが、アレクの方はいたって平然とした顔だった。
「あそこなんだろ、フュリーのオススメのケーキ屋ってのは。
 何か買って帰るか?」
「アレク、覚えててくれたの〜?!
 わ〜い、やったあ♪」
 どうやら街に出てきた一番の目的はケーキ屋だったらしい。
 大喜びするシルヴィアにアレクは微笑んだ。
 連れ出してきてもらって正解だった。
 随分、心も軽くなったし、整理もついた。それもこれも彼女のおかげだろう。
 無邪気にはしゃぐ小さな踊り子にアレクは心から感謝した。


「アレク!」
 城に戻ってきて、すぐに呼び止められた。アレクはその声を聞いて驚く。
 視線の先には…青い髪の優しい顔の青年がほっとしたような顔で立っていた。
「シグルド様!すいません、何か御用事があったのでしょうか?」
 休みを貰ったとはいえ、あくまで仲間内の話だ。アレクは慌ててシグルドの元に駆け寄った。もし、急な用であったのなら申し訳が無かった。
 だが、シグルドは安心した顔でアレクを見て、優しく微笑んだ。
「いや、先程みんなの様子を見に行ったらね、アレクの体調が悪いって聞いたもので。
 ここの所、無理な行軍が続いて、みんなに十分に休ませてやれなかっただろう?だから心配になってね。でも、部屋にも居ないようだし…心配していたんだ。
 だけど、元気そうな顔をしていて安心したよ」
 シグルドは心から嬉しそうな顔で微笑んだ。
 一国の公子が、自分の多くの臣下の一人でしかない騎士にそこまで心を砕いてくれる事が、嬉しいというよりはむしろ恐縮する思いだった。
 アレクは深々と頭を下げる。
「ご心配をおかけしてすいません。
 私の事は心配ありませんから、シグルド様こそ十分にお休み下さい」
 そう、一番大変な思いをしているのは彼なのだ。
 シャガール王の再戦により、彼は友を失い、妻も行方知れずとなった。そして今は祖国に追われる身である。身に覚えの無い罪を被せられ、窮地に立たされているシグルドの事を思うだけで胸が張り裂けそうだった。
 それなのに彼は、部下達の事に気を配るのだ。
 そう、彼はそういう人だから。
 そういう人だからこそ。
 ……だから、自分は彼についていくと決めたのだ。
 彼自身と、彼の名誉を護るためなら何でも出来る。
 この人は…きっと誰よりも人の上に立つべき人物だと思うから。
「シグルド様〜?き、ょ、う、は!あたしのアレクだから取らないでね?」
 ひょいっと間に入ってきたシルヴィアが、アレクに抱きつくと、シグルドに向かって、べ〜っと舌を出す。それを見て、シグルドは思わず吹きだすが、アレクの方は大慌てだ。
「な、シルヴィア?!お前、シグルド様になんてことを!!」
「え〜、本当のこといっただけだも〜ん!」
 慌ててシルヴィアに謝らせようとするアレクに対して、シルヴィアの方はさも当然と言わんばかりの顔で胸を張る。
 一方のシグルドは、ころころと笑っていたが、そっとシルヴィアの頭に軽く手を置いた。
「そうだな、すまなかった。今日はゆっくりしておいで」
「さっすがシグルド様!ありがと〜!」
「……重ね重ね、すいません」
 シルヴィアは嬉しそうに笑うが、アレクは胃が痛かった。分かってはいるのだが…分かってはいるのだが…分かっている事とその状況が受け入れられるかはまた別物である。
「それじゃあ、アレク、しっかり休むんだよ」
 そう微笑むとシグルドは二人の下から去っていった。
 シグルドの姿が見えなくなると、シルヴィアがアレクを見上げて笑う。
「ふふ、良かったねアレク。シグルド様に心配して貰えて」
「……そう言うなら、あんな割り込み方するなよ」
 言葉と行動が正反対なシルヴィアにアレクは苦笑する。だが、シルヴィアはびっと人差し指をアレクに突きつけた。
「あら、そうはいかないわよ。シグルド様は私のライバルなんだから!」
「ライバルって……」
 シルヴィアの言い分にアレクは苦笑する。何となく言いたい事の見当はつくのだが、まさからライバルと言ってくるとは思わなかった。
 それとこれとはまた別の話だと思うのだが、彼女から見れば一緒なのかもしれない。
 とりあえずその説明でもした方が良いのかと思い始めたとき、また別の来訪者が現れた。
 朝方にがたがたともめてしまった二人だった。
「アレク、色々ごめん!」
 ノイッシュの開口第一声がそれで、アレクは目を点にする。何の事か分からなかった。ごめんと謝る方は自分だと思うのに。
「……育児とか色々押し付けちゃったし……、これからはアレクに頼りきらないようにするよ」
「俺も、不慣れだけど、手伝う事にしたからさ!」
 平謝りでアレクに詫びる彼等に、何が何だか分からなかったが…どうやら彼らは自分の様子がおかしかったのがノイッシュの子育てに付き合わされたからだと思っているらしい。
 ……確かに随分寝不足にはされたので、一因を担ってるのは確かかもしれなかったが……。そうだとしても言うべき言葉は一つである。
「気にするなよ。しんどいのは見ていて分かったし…手伝うのは別に苦じゃないからな。子供も嫌いな訳じゃないしね」
 そう言ってから、アレクはノイッシュに指を突きつける。
「それに。お前、俺の心配するんだったら、まず先にアイラ様の心配してやったらどうだ?今日だって任せっぱなしなんだろ?」
 アレクにそう言われてノイッシュは気まずい顔をする。確かにその通りだった。
「……確かに。そうだね、たまにはアイラにもちゃんとしたお休みあげないとね……」
「そうそう、そうしな」
 アレクにそう励まされて、ノイッシュは納得したように頷く。
 その様子を見ていたアーダンが安心したような顔をした。
「……良かった。元に戻ってるみたいだな。
 なんか、逆にまたアレクに心配かけてるみたいな気がするけどさ」
「ま、それはそれで良いんじゃない?あの方がらしいわよ」
 同じく黙って見ていたシルヴィアが納得したようにそう言った。それを聞いて、アーダンもそうだな、と笑う。
「アレク、戻ってケーキ食べましょ♪」
「お、いいな〜。俺達には?」
 シルヴィアはアレクの手を引く。その横からアーダンが笑いながら茶々を入れた。その言葉にシルヴィアはぶ〜っとふくれる。
「だ〜か〜ら〜!今日は私の貸切なの!あげないからね!」
「……俺はものかなんかか……」
 新たなるライバル達に宣戦布告するシルヴィアに、アレクは苦い顔をした。
 そんな二人をノイッシュとアーダンは楽しそうに見つめる。
 そう、こんな生活が大切なのだ。
 大切な人達と過す、この日常が。
 信じる君主と愛する人と大切な友。
 それを護るために生きているのだ。
 いつまでもこんな時が続くように。
 それが……騎士としての自分の務めなのだから。
 その道が血塗られていようとも……護り通したいものだから。
 

 終わり。

 アレクのお話でした。ふふふふふ、一人アレクで盛り上がってたので、その思いのままにつらつらと…。大好きなんですよ、アレクvv
 メインに持ってくると面白いほど動かなかったアレクですが…『金の舞姫』に続いて結構長いです;;これはきっと動かしやすくなった証拠ですね!時間は結構かかってますけども(^^;)。
 アレクとシグルド様のお話ってそう無い気がするんですよね。だから一度は書いてみたかったのと…前回書いた『親友と呼べるなら』の方の書いていた関係での思考回路で…書くぞ〜!!という勢いにお任せしてみました。
 時間的には別の『Ring』の直前くらいでしょうか?この後、ノイッシュはアレクを連れ出してプレゼント買いに行くのです。
 シグルド様とアレクの出会いは…即興;;直接的な何かがあって…助けてもらったっていうイメージはあったんですよ。それで…ほんわか系とシレジアの気候を照らし合わせると…あれが一番良いかな〜という…。ちびシグルド様…書いててセリスだ、セリスと同じになってしまってる!!と心の中で葛藤してましたが(^^;)。
 アレクって生きるタイプの騎士だと思うんですよね。君主の名誉のために恥を偲んでも生き延びるというか…そういうイメージなんです。それは多分、彼がガチガチの騎士道に居ない事、ちゃんと周りを見ていること、そして騎士でありながら、感覚は領民たちと近い事から感じることなんだと思います。だから行方不明者の中で、一番生きているような気がするのです。シグルド様の汚名を晴らすまでは死ねないって。…まあ、行方不明者の生存は心より願ってますけど。全員ね。
 あとは〜アレク×シルヴィア書けて幸せvvメインじゃないけど…メインだったような気もします(笑)。とりあえず成立したらバカップルだと思ってますので、楽しかったですvv

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