『金の舞姫』

 人を探していた。
 背の低い少女は、当然歩幅も狭いわけで、人を探して歩き回るのもなかなか大変だった。
 特にこのアグストリアの城アグスティは、だてにアグストリア王がいただけはある。立派で惚れ惚れしてしまうような彫刻で彩られ、その広さも半端ではない。
 城暮らしなんて、今まで経験もしたことの無い彼女にとって、この広さはなかなかやっかいだった。
 失敗だったと思う。
 普段は、気がつけば向こうから声をかけてくれた。
 それが当たり前のように思っていたから、最近それが少なくなって彼女は寂しさとつまらなさを感じていた。
 だから、たまには自分から声をかけてみようと思ったのだが、見当たらない。
 なんとなく人に聞くのもためらわれて、探すのも余計に困難を呈していた。
 待っていたほうが正確だったかもしれない。
 それとも誰かに聞いてみればよかった。
 少女は顔をしかめた。ここで諦めるのも、もっと嫌に感じた。
 緑の長い髪が風に揺れる。気がつけば中庭まで出てきてしまったようだった。
 そこで、人影を見つける。
 漆黒の髪の女剣士。その手には、練習用の剣が握られ、なにか怒っているかのようだった。
 また、甥っ子の少年を鍛えているのだろうか。彼女は手加減抜きだから、いつも甥っ子には怪我が絶えない。それを見て、少女はああいう叔母がいなくて良かったとも思ったりした。彼女自体はすごくいい人で好きなのだが、あの手加減無しの性格はちょっと難だ。
 だが、どうやら少女の目からは見えない先にいる人物は、どうやら甥っ子ではないようである。
 少女は、少し中庭に近寄り、その相手が誰だか確かめようと覗き込んだ。
 その向こうにいるのは、金色の髪の青年。
 その相手を見た彼女は、思わず駆け寄ってしまった。
「ノイッシュ!いいところに!」
「え?シルヴィア?」
 突然声をかけられて、ノイッシュは面食らう。近くにいたアイラも驚いた顔をしてシルヴィアを見た。
 その二人の様子に気がついて、シルヴィアは気まずそうな顔をする。
「あ、ごめんなさい。お邪魔だったね」
 まだいまいち実感は無いのだが、この二人は恋人同士だ。その中に割って入ってしまったのは申し訳なかった。
 そんなシルヴィアにアイラはにっこりと笑う。
「いや、気にするな。ノイッシュに用があるのだろう?こんなのでよかったらいつでも使ってくれ」
「こんなのって……アイラ、いくらなんでもそれは……」
 アイラのあんまりな言葉に、ノイッシュは苦い顔で抗議する。
 やっぱり、お邪魔だった気がする。
 シルヴィアは、どうしようかと一瞬悩んだが、折角なのでアイラの言葉に甘えることにした。
「あのね、ノイッシュ。アレクってどこにいるか知らない?」
 シルヴィアの言葉にノイッシュは困った顔をする。
「……ごめん、俺も知らないんだ。今日は、あいつはもう上がりだからどうしてるか……」
 彼の言葉に、シルヴィアはがっかりした顔をする。
 アレクと仲の良いノイッシュが分からなければ、探し出すのは相当困難だった。
 だが、救いの手は突然現れることもある。
 ノイッシュの言葉にアイラが不思議な顔をして続けたのだ。
「……なんだ、お前知らないのか?アレクなら街に出かけるって言ってたぞ?」
「え?なんでアイラが知ってるんだ?」
 彼女の思いがけない言葉にノイッシュは驚いた顔をする。何故、友人の行動をアイラの方が知っているというのだろう。
 それに対してアイラは涼しい顔でけろっとした顔で答える。
「さっき、ばったり出会ってな。聞いたらそう言ってた」
「ありがと、アイラ」
 シルヴィアはにっこりと笑って走り去っていった。少しでも手がかりができたのが嬉しかったようだった。
「……しかし、仲が良いようで思ったより知らないんだな。
 アレクにお前の居場所を聞いたら、大体答えが返ってくるのに」
 アイラは呆れたように、ノイッシュを見る。それを見てノイッシュは困った顔をした。
 どう言っていいか分からないらしく、頭をかく。
「……その、アレクは自分の事ってあまり人に話さないから……よくは知らないんだ。
 言わないから、僕もあまり聞いたりはしないし……。何故か向こうにはこっちのことは筒抜けになってるんだけどね」
「……それはお前の性格が分かりやすいからだろ」
 横からアイラのツッコミが入る。確かにもっともだ。ノイッシュにとっては痛い言葉だが。
「……だから、本当に仲が良いのかたまに分からなくなるんだよね」
 その言葉を真剣に言ったノイッシュにアイラはその背中をばしっと叩く。
「うわわっ、な、なにを……」
「バカだな〜、と思ってさ」
 アイラはにっこりと笑って、ノイッシュの胸に手の甲でぽんっと叩く。
「相手のことを全部知ることが『友達』じゃないだろ?
 もっと自信を持てって。お前たちは見ていて羨ましいくらい仲が良いんだからな?」
 アイラの言葉にノイッシュは、少し笑顔を取り戻す。
 それを見て、アイラも嬉しそうに頷いた。
「ところで、アレクとシルヴィアってお前から見て、上手くいくと思うか?」
 アイラはシルヴィアが走り去った方向を見つめながら、そう問いかける。
 その言葉にノイッシュはちょっと難しい顔をした。
「う〜ん……。どうだろう」
「……どうだろうって……」
 あまり芳しくない答えが返ってきて、アイラは苦い顔をした。こういう時は、嘘でも良いから前向きな意見が欲しいものである。
 だが、ノイッシュは悩んだ顔で首をかしげる。
「アレクって、結構あれで、人のことばかり見てるからね……。昔から結構自分の事って考えてないんだよ。それに、シルヴィアには本気っぽいからかえって、距離置きそうなんだよね」
「……お前、友達だろ!!なんとかしろ!!」
 ノイッシュの言葉に、しびれを切らしたアイラがくってかかる。まるで自分のことのように真剣だ。
「そんな無茶な〜〜〜!!」
 アイラに揺さぶられながら、ノイッシュはそう抗議するのが精一杯だった。


 ノイッシュとアイラがそんな言い争いをしている頃、シルヴィアは城下町の中に下りていた。
 はっきり言って、城門辺りで待っているのが確実なのは分かっているのだが、じっと待っているのは苦手なのだ。シルヴィアはきょろきょろと街を見て回っていた。
 城より遭遇確率は落ちている。それでも、足を延ばしたかった。
「聞いたか?これからあの舞姫の踊りが見られるらしいぞ」
「本当か?それは見に行かないとな!」
 商店街の中を歩いている時に、そんな話が耳をかすめる。
 舞姫?
 その言葉を聞いて、シルヴィアの好奇心が高まる。他の踊り子の踊りは興味がある。むしろ見てみたいくらいだ。
 シルヴィアはその話をしていたと思われる二人組の後ろをこっそりついていって、その場所に辿り着いた。
 規模の大きな酒場だった。中からは賑やかな音楽が聞こえる。その音楽の賑やかさから、シルヴィアはこの酒場の様子がなんとなく分かった。
 複雑な音から、何人もの演奏者がいるのだろう。しかも踊り子が踊れるだけの舞台がある。それに明るく、活気のある雰囲気で、感じも良い所だった。
 急に中が賑やかになる。声援が送られているようだ。
 踊り子さんが現れたのかもしれない。
 シルヴィアはこっそりと、小さな身体を生かして、人ごみの中をすり抜けていく。
 なんとか立ち見客の最前列まで来ると、頭を上げた。
 舞台で踊っている人はまるで妖精の様だった。
 金色の長いポニーテール、真っ白で透き通るような白い肌、細く美しい曲線を描く手足、そして均整のとれた綺麗な顔。歳はシルヴィアより4つ5つ上だろうか。
 ピンクと銀の艶やかな衣装に身を包み、しなやかな身体で時に跳ね、時に回り、見ている者の心をひきつけて離さなかった。
 舞姫。
 そう呼ばれる理由が分かった気がした。
 その踊りはとても魅力的で、とても気品が溢れていた。
 その舞台が終わると、観客は一斉に拍手を送る。シルヴィアも惜しみなく拍手を送った。
 自分とは違う踊り子。その素晴らしさを、強く感じたからだ。尊敬さえしてしまいそうだった。
 観客は何も男性ばかりではない。女性も沢山集まっていて、彼女たちからも絶賛の拍手を受けていた。
 彼女は拍手の中で、深々と頭を下げた。
 拍手に送られながら、彼女は舞台を下り、酒宴の席へと足を運ぶ。
 彼女を笑顔で迎えたのは深緑の髪の青年。
 その人物はシルヴィアのよく知っている人物だった。
 その楽しそうな雰囲気に、息が止まりそうになる。
 最近、自分の近くに現れなかったのは……彼女に会いに行っていたから?
 あの綺麗で素敵な踊り子に?
 胸が押される思いだった。
 その場にいるのが辛くなって、引き返そうとした。
「……ああ、フェリシアーナ……」
 踊り子の名前を切なそうに呟く声に気がつく。その人物は隣にいた。
 茶色の髪はきっちりと整えられ、その服装も顔立ちからも上品な印象を受ける。明らかに、大衆の酒場には場違いな人物だった。
 だが、その視線は踊り子へと注がれていた。今にも泣き出してしまいそうな、辛い表情で。


「ご苦労様」
 一舞台を終えた踊り子に、アレクはグラスに手元のワインを注いで、渡した。
 踊り子は嬉しそうな表情で受け取る。
「ありがとう。今日の舞台は、あなたへのお礼だから見てもらえて良かったわ」
「ふふ、それは光栄だな」
 アレクが彼女と知り合ったのはつい最近のことだ。
 踊り子である彼女は、何かと評判の良くない連中に目を付けられやすい事が多い。
 たまたまその現場に居合わせ、追い払ったのが事の始まり。諦めの悪い連中も多いため、しばらくは暇を見て顔を出すようになった。
 ただ、そこまで深く関わったのはそれだけでは無かった。話しているうちに共通点が多いことが分かる相手だった。なんだか、他人事と思えなくなってしまったのが一番大きいだろうか。
「どう?あなたの大切な踊り子さんと比べて私の踊りは」
 フェリシアーナはそう言って笑う。そのこちらの出方を伺うような笑い方にアレクは苦笑する。そういう所までよく似ているのだから、不思議なくらいだ。
「比べるもんじゃないだろ。あんたの踊りは気品があって目を奪うし、あいつの踊りは不思議と元気が沸いてくるからな。それぞれ、良いと思うよ」
「あら、つれない。うまく逃げられた気がするわ」
 アレクの返答に彼女はころころ笑う。向こうも、この答えは予想していたらしい。
 不思議に気があうのは考え方が似ているせいだろう。
「それより、結婚するんだってな。おめでとさん」
 本当は一番最初に言おうと考えていた言葉を言う。今日、この酒場に来た時に聞いたのだ。
 相手は昔から彼女と仲が良いと評判の人物らしい。公衆の面前でプロポーズしたらしく、店の中はその話題で持ちきりだったのだ。
 だが、フェリシアーナは気まずい顔をした。そして不機嫌そうに顔をしかめる。
「ああ、それ。結婚しないわよ。もう断っちゃったもの」
「……はい?」
 その思わぬ返答に、アレクは目が点になる。
 アレクも短い付き合いだが、その人物には見当がついていた。
 彼女の舞台には一番に見に来ていた。彼女が舞台を終えると、彼女の元にやってきて、いつも楽しそうに話していた。その様子は恋人同士のように見えていた。
 むしろ、何故今日彼が現れないのかが不思議なくらいだった。
 普段の様子を見る限りでは、自分など押しのけて話しに来ていそうなものなのに。
 しかし、現れないは彼女が断ったからなのだろう。
 だが、どうも合点がいかない。
 店に来る人たちも、誰もがその結婚を疑わなかったくらいなのだ。それなのに何故彼女は断るのだろう。
「あら、納得がいかないって顔ね?」
 彼女はくすくす笑っている。その表情からは、固い決意が感じられた。その決意が彼女を笑わせているのだろう。
「あの人はね、こんな所に来ているけど貴族の生まれなのよ。
 上流貴族じゃないのと歳が近いから、小さな頃から仲が良かったけどね。
 だけど、結婚となると家が結婚するものだからね。私みたいな平民で、踊り子なんて最初から無理なのよ。
 私は踊りが好きだから止める事なんて出来ないし、あの人を勘当に追いやる気もないわ。
 そういうこと。分かるでしょう?」
 さらさらと平然とした顔で彼女は話す。本当はその結論を出すのには、相当悩んだのだろう。だが、そんな事は臆面にも出さない。
 残念ながら、アレクもそういう考え方がよく分かる方だ。その結論がどうしてでてしまったのかも分かる。
 だが、相手はそれを承知の上で言ったのだ。それも分かる。どちらが正しいとか、そういう問題ではない。ただ、問題は当人たちが納得できるかである。
「……それで、後悔はしないのか?」
 アレクはそう短く言った。それ以上の言葉は彼女にとって意味を成さないことが分かっているからだ。
 フェリシアーナはこっくりと頷く。もう固く決めてしまったようだった。
 彼女は、その話題から話をそらすように、ワインの瓶をとり上げる。そして、減ったグラスに注ぎ足した。
「まあ、私は私だけど。アレクのことは応援してあげるわよ?」
 ふふ、っと笑いながらそういたずらめいた表情でそう言う。
 自分のことはしまいこんで、人の幸せを応援する方にまわることにしたらしい。
 アレクは苦笑いを浮かべながら、手を横に振る。
「ああ、安心していいよ。別に告白する気はないから」
「何よ、それ〜!」
 アレクの反応にフェリシアーナは不満げな顔をする。さっそく否定されてしまって面白くないらしかった。
 そんな彼女にアレクは苦笑いを浮かべる。
「あんたと大して変わらないよ。あいつに必要なのはずっと傍にいてくれる存在だ。
 俺みたいにいつ死ぬか分からない様な奴は問題外だよ」
 アレクの答えに彼女は複雑な顔をした。
 そう、似ているのだ。考え方、そのものが。
 相手のことを気遣っているようで、最初から向かい合う勇気がないだけかもしれない。それは分かっている。
 自分では踏み出せないから、人には踏み出して欲しいと考える。そんな所まで同じなのだ。
 しかし、彼女は自分よりも大きな問題に直面している。
 なんとかしてやれないものか…。そう思う。
 ふと、周囲の様子を伺う。
 相手の男性は見当たらない。
 だが、そう簡単に諦めたり出来るものだろうか。
 断られたからといって、はいそうですかと納得するだろうか。
 相手は彼女をよく知っている人物だ。気がつかないわけはない。彼女が断った理由を。
 となると、酒場の外で待っている可能性も考えられる。
 酒場にいれば目に付くし、はやしたてられるのが目に見えているし、そこで断られでもしたら、わずかな望みも途絶えてしまうだろう。
 ならば人目は避けるはずだ。
 外だ。
 ここまで来ると結論は早い。
 おせっかいもいい所だが、このまま放っておくのも気がひける。
「どうしたの?」
 突然立ち上がったアレクにフェリシアーナは不思議な顔をする。
「ああ、ちょっとだけ外の風に当たってくる」
「あら、さして酔った顔もしてないのに。食い逃げは止めて欲しいわね」
 冗談めいた顔でくすくすと彼女は笑う。
 とりあえず勘付かれてはいないようだ。
「分かってるよ」
 そう笑って、アレクは店の外に歩みを進めた。


「振られた〜?!」
「わわわわわ!そんな大きな声で言わなくても!!」
 突然大きな声を上げた少女に、青年は慌ててそれを制止する。
 その慌てふためく様子に、少女も状況に気がついて慌てて口を塞ぐ。外でこっそり内緒で話を聞くはずだったのに、これでは内緒ではなくなってしまう。
 茶色の髪の青年は、少しほっとした表情になったが、もともと抱えている問題の大きさから再びがっくりと肩を落とした。
「でも、彼女はあなたのこと嫌いなわけじゃないんでしょう?」
 気を取り直して、シルヴィアは尋ねる。青年はその言葉に軽く頷く。
「多分、彼女は自分が踊り子だから、不釣合いだと思って断ったんだと思う。歳を重ねるごとに、いつもそのことを気にするようになったから」
「ああ、確かにあなたいいとこのお坊ちゃんっぽいもんねえ」
 青年の身なりや顔つきを見て、シルヴィアは納得してそう言う。だが、それは相手の女性に対して同意したわけではない。腰を下ろしている青年の襟元をぐっと掴み上げる。
「だからって、それがどうしたってのよ!!そんなのあなただって承知なんでしょ!!
 だったら、向こうがOKくれるまで粘ったらどうなのよ!!うじうじ悩んでる間があるなら!!」
 その激しい剣幕に青年はたじたじになる。
「い…いや…だけど…最近現れた男と仲が良いし…もしかしたらあいつの方が好きだからなのかも…。
 負けてたまるかと思って、意を決してプロポーズしたのに断られたんだから……」
 おそらく、その最近現れた男というのはアレクのことだろう。
 シルヴィアの怒りはさらに大きくなる。
 さらに強い剣幕で青年に迫る。
「あなたの方が前から好きだったんでしょ?!
 負けたくないなら、もっと頑張りなさいよ!!そこで諦めたら負け犬じゃない!!彼女が好きなんでしょ!!」
 シルヴィアの言葉に、青年ははっとした顔をする。
 彼はまだ、ちゃんと断られた理由を聞いていない。それをはっきりさせてからでも遅くは無いはずだ。それにいきなり現れた奴に長年の思いを奪われるような事はごめんだ。
 青年は、シルヴィアの手をとり、襟元から外させると、その手をぎゅっと握った。
「そうだね、君の言うとおりだ。もう一度、彼女に伝えてみるよ」
「そうこなくっちゃ!!」
 シルヴィアはその答えに満足げに笑う。
 好きならその思いははっきり伝えなければ。シルヴィアはそう考えるタイプだ。伝えなければ、相手にはきっと届くことは無いから。
「じゃあ、あたし、彼女を連れてきてあげるよ!
 えっと彼女はフェリシアーナさんだっけ?で、あなたは……」
 考えてみれば名前も聞いていなかったことを思い出した。
 困った顔のシルヴィアに、青年もその事に気がついて優しい笑顔で手を差し伸べた。
「私はエルウィン。君は?」
 シルヴィアはその手をとりにっこりと笑った。
「あたしはシルヴィア」
 青年もその笑顔につられて笑いかえす。
「そうか、シルヴィア。いい名前だね。ありがとう」


 外の夜風は冷たい。多少のアルコールが入ってはいるからさしては気にならないのだが。
 酒場の外を見回す。夜の商店街だが、人は意外に往来が激しい。さすがは王都の城下町というところか。
 表通りにはそれらしき姿は見えない。
 裏口の可能性も高いな。
 アレクは裏口の方へ回る。
 そして、裏口の辺りで見覚えのある姿を見つけて顔をしかめた。
 小柄で緑の長い髪を二つに分けたいかにも元気の良さそうな少女。裏口から中の様子を見ているようだ。
 何故、こんな所にいるのかは見当がつかない。よりにもよって夜の酒場にいるとは……。
「きゃあ?!」
 突然、何者かにがしっと頭を掴まれてシルヴィアは驚いて声を上げる。痛いとかそういうことは無かったのだが、突然のことで驚きのほうが強かった。
 思わず振り返るとそこには深緑の髪の青年が立っていた。その表情は、明らかに怒った顔をしている。
「なんでお前がこんな所にいるんだよ」
 その怒った口調にシルヴィアも自分の怒りを思い出す。
「な、なによ!!アレクだって綺麗な踊り子のお姉さんと仲よくしてて!!」
 突然、フェリシアーナの事を持ち上げられて、アレクはちょっと面食らった顔をする。どうやら見ていたらしい。ちょっと意地悪な笑みでシルヴィアの頭を撫でる。
「なんだ?妬いてたのか?」
 からかうような口調にシルヴィアは思わずカッとなって食って掛かる。
「そんな訳無いじゃない!!」
「ああ、冗談だよ」
 そんなシルヴィアの様子を楽しそうに見ているアレクにシルヴィアは、ぷうっとふくれる。
 否定されたんだから、残念がってくれてもいいじゃない。
 思わずそう言いそうになったが、止めた。これではバレバレになってしまう。
「彼女は友達だよ。ちょっと、放っておけなくてね」
 そう言うとアレクはシルヴィアを肩に担ぎ上げる。
「きゃあ?!何するのよ!!」
 突然の事態にシルヴィアはばたばたと暴れて抵抗する。それに構わず、アレクは彼女を抱えたままズカズカと酒場の中に入っていく。
 そして、先ほどまで自分が座っていた席まで来ると、そこにシルヴィアを下ろした。
 その隣の席では金色の髪の踊り子が目を丸くしていた。
 アレクは彼女の方に顔を向ける。
「フェリシアーナ、ちょっとそいつを見ててくれ」
 そう言うと、再び外へと消えていった。
 シルヴィアは、なんだか分からなかったが、目的の女性が目の前にいることに気がつき、その顔をまじまじと見た。
 整った顔立ちは気品さえ感じられる。本当に同姓でもため息がでてしまうほど美人だった。体つきも見事な体型で、男性ならあっという間に魅了されてしまうだろう。
 こんなに綺麗な人だったら、あのエルウィンという人もアレクも魅了されてしまうのは当然のように思われた。
 フェリシアーナは外に向かっていったアレクとシルヴィアをかわるがわる見ていたが、やがて合点がいった顔になり、ふふっと笑った。
「あなた、もしかしてシルヴィアちゃん?」
 いきなり名前を呼ばれてシルヴィアは驚く。それを見てフェリシアーナは楽しそうに笑った。
「ふふ、可愛らしい子ね。なんか分かる気がするわ、大切に思ってるのが」
 フェリシアーナの言葉の意味が分からず、シルヴィアは何故彼女が自分のことを知っているのかさえも見当がつかない。そんな彼女の様子が可愛らしくてたまらないという顔でフェリシアーナは笑った。
「アレクとは友達なのよ。あなたの事も聞いているわ」
「友達?」
 そういえば、アレクも彼女のことをそう言っていた。彼女もそう言うことは、あれは言い訳ではなく本当のことなのだろうか。
 それよりも彼女に自分の事を話しているなんて。一体何を話したというのだろうか。なんだか不安になる。
 そんなシルヴィアの様子をフェリシアーナは優しい笑顔でみつめていた。
 そして、その手をとり、笑いかけた。
「一つだけ、いい事を教えてあげましょうか?
 あなたはとても大切に思われてるのよ。私の所に連れてきたのも、あなたが心配だったからよ?」
 シルヴィアはなんだか彼女が知らない人のような気がしなかった。
 そう言われると全てそんな気がしてしまうのだ。
 あの時、怒っていたのは心配していたから?彼女はアレクに信用されているからこそ、ここに連れてきたの?なんだか、素直にそう信じることができた。
 すっと心に入って来る感じは良く知っているような気がした。
 こっくりと頷くシルヴィアにフェリシアーナは嬉しそうに笑った。
「でも、アレクは何しに外に行ったのかしらね?」
 フェリシアーナが不思議そうにそう言う。その言葉で、シルヴィアは本来の目的を思い出した。
 外ではエルウィンが待っているのに。
 シルヴィアは握られていた手を逆に握りかえす。
「フェリシアーナさん。少しだけ時間もらえる?」
 突然のシルヴィアの申し出に、彼女はきょとんとする。そして、シルヴィアの必死の顔に押されるように、よく分からないまま頷いた。


「見つけた、あんたがエルウィンか」
 裏口のさらに奥に、アレクは茶色の髪の青年を見つけ出す。
 なんだか落ち着かない様子でうろうろしている。
 青年はアレクに気がつくと、強い表情で向かってきた。そして人差し指を突きつける。
「君もフェリシアーナの事が好きなんだろう?
 だけど、私も負けないからな!彼女は渡さない!!」
 必死の顔でそう言う青年に、アレクは驚いた顔をして、笑い出した。
「はははっ、なんだ心配する必要は無かったな。
 安心しなよ。俺は彼女の友達で、あんたにもう一度彼女を説得してもらおうと思ってただけだ。
 でも、そんな必要は無かったな」
 エルウィンはアレクの言葉に驚いた顔をする。それはそうだろう、先ほどまで強力なライバルだと思っていた人物なのだ。だが、彼にとってはそうではなかったらしい。
 つまり、仮説の一つは打ち崩されたわけだ。
 負けたくないなら頑張りなさいよ!
 そう言われた事は正しかった。少なくとも問題は一つ無くなったわけなのだから。
「……シルヴィアって娘に教えてもらったんだ。本当に好きなら頑張れって言われたよ」
「シルヴィア?」
 思わぬ名前が出てきて、アレクは面食らう。
 そうなると先ほど中を覗いて探していたのはフェリシアーナだろう。そのフェリシアーナの所へ連れて行ってしまったのだから……。
「ああ、やっぱり来たな。ほら、頑張ってこいよ」
 振り返るとシルヴィアに手を引かれたフェリシアーナがこちらに向かってやって来ている。
 その姿を確認してから、アレクはエルウィンの背中を押した。
 エルウィンが居る事に気がついたフェリシアーナはすぐにその場から逃げようとする。
 その手をシルヴィアが捕まえようとするが、別な腕が彼女の手を引き、その場に引き止める。
「待ってくれ。ちゃんと話がしたい」
 先ほどまでのどこか頼りない感じは消えていた。しっかりと彼女の目を見ながらエルウィンは言葉を続ける。
「君にプロポーズしたのは君となら一緒に歩んでいけると思ったからだ。
 僕は僕であり続けることを止める気は無い。君との事も僕が実力をつけることで認めさせてみせる。
 君も君の進む道を止めなくて良い。
 ただ、一緒に歩いていきたいんだ。君とならどんなことも乗り越えられる。
 もう一度だけ言わせてくれ。私と結婚してくれないか?」
 真剣なエルウィンの瞳にフェリシアーナは思わず俯く。そうして良いか分からなかった。
 心に固く決めたのだ。彼とは結婚しないと。
 だけど、こうして言われると心が揺らぐ。一緒に歩んでいくことができたらどんなに良いだろうか。
 視線を少しだけ上げる。その先にはアレクがいた。彼は笑顔でゆっくりと頷いてみせる。彼女に前に進むことを促すように。
 フェリシアーナはそれを見ると、決心したように頷く。
 そして笑顔で愛しい人を見つめた。
「ありがとう。私で良いのなら……」
「勿論!君じゃなきゃダメさ!」
 エルウィンは満面の笑みでフェリシアーナの手を強く握った。
 そんな恋人たちをアレクとシルヴィアは優しく見守っていた。


 それから一ヵ月後、街の教会で華やかにエルウィンとフェリシアーナの挙式が行われた。
 沢山の人から祝福され、彼らは結ばれた。
 親族の反対は確かにあったそうだが、エルウィンが全て説得して回ったのだという。
 その席にはアレクとシルヴィアも招待されていた。
 真っ白なウェディングドレスに身を包んだフェリシアーナは、踊り子の姿とはまた違った美しさで誰もがため息をもらすような姿だった。
「ふふ、フェリシアーナさん綺麗だった。ちょっと残念でしょう?」
 シルヴィアはからかうようにアレクにそう言って笑った。
「さあね」
 そうアレクは軽く受け流す。そして教会の方に目をやる。もうすぐ二人が出てくるはずだ。
 歓声が上がり、幸せそうな二人が現れる。
 フェリシアーナはアレク達の姿を見つけ、にっこりと笑った。
 そしてその手に持ったブーケを投げる。
 そのブーケは空を舞い、見事にアレクの手元に落ちてきた。
 彼が手にしたことを見届けるとフェリシアーナはくすっと笑った。
 『次はあなたの番よ』
 そう伝えるためのメッセージだったのだろう。
 『お幸せに』
 アレクが笑いかえすのを見ると彼女はもう一度微笑んでから、エルウィンの手をとり進んでいった。
 ふと隣を見ると、すごく不満そうな顔をした少女が自分を見ていた。
 その視線はブーケに注がれている。
「……なんだよ、これ欲しかったのか?」
「そうよ!それ貰った人は次の花嫁になれるのよ?なのにアレクがとっちゃうなんて〜!!
 誰もアレクが花嫁になるとこなんて見たくないわよ!!」
 シルヴィアの言い分にアレクは苦笑いを浮かべる。それは確かに勘弁してもらいたいところだ。
「ほら、やるよ。花嫁はごめんだからな」
 笑いながらアレクはシルヴィアにブーケを手渡す。
「わ、やった!ありがと〜!」
 シルヴィアは嬉しそうにブーケを抱える。
 そしてエルウィンとフェリシアーナを羨ましそうに見つめた。
「あたしも、いつか綺麗な花嫁さんになりたいな……」
 そう言うとブーケに顔を近づけ、夢見るような顔をした。
「何言ってんだよ、それがあるから大丈夫なんだろ?」
「そうよね!きっとなれるよね!」
 アレクの言葉にシルヴィアは嬉しそうな顔をして笑う。
 そんな彼女をアレクは複雑な思いで見つめた。
 いつか、彼女が花嫁になる時、その隣にいるのは誰なのだろうか。
 他の誰かが立っていても、笑って祝福してやれるのだろうか。
『次はあなたの番よ』
 そう笑ったフェリシアーナの顔が浮かび上がる。
 分からない。きっと自分は彼女の傍にいてやれない。幸せにしてやれるかなんて分からない。
 それでも。
 きっと自分はシルヴィアが好きなのだろう。彼女が誰を好きであろうとも。
 彼女が幸せに笑うなら、自分ではなくてもいいはずだ。
 でも、出来ることならそうするのは自分でありたい。
 アレクはふっと笑う。
 まだ焦る必要はないはずだ。ゆっくり考えていけばいい。
 今は一緒に過せる時間を大事に出来れば良い。それ以上は何も望まない。
「さあ、そろそろ帰るぞ」
「は〜い」
 アレクに促されて、シルヴィアは彼に駆け寄る。そしてその腕を取った。
「ねえねえ、アレク」
「なんだ?」
 話しかけたのは自分だが、聞き返されて、シルヴィアは急に恥ずかしくなる。
「……なんでもない」
 そう言ってごまかす。アレクは訳が分からない顔をした。
 まだ、ちょっと言葉に出して言うのは照れくさかった。
 飲み込んだ言葉を頭の中で、こっそり呟く。

 
 ――――花嫁になるときは、隣にいる人はあなたがいいな。



 End.

 そんな訳でアレクvシルヴィアです!!過去、最高の長さを誇る一作(^^;)。
 それでも物語を書いた気はしますよ。
 オリキャラがでているので、好きじゃない方もいらっしゃるだろうし…第一にアレシルって需要があるのかもさっぱり(^^;)。
 しかし、アレクvシルヴィア。私、本当に大好きなんですよ〜。でもなかなか上手く書けなくて、やっとという感じです。アレクが特に動いてくれなくて。それでも今回は割りと動いてくれたかなと思います。
 アレシルってくっつくまでは大変そうな気がするのですよ。アレクって本気になればなるほど距離を置きそうな人だと思うので。でもくっついたらバカップルは決定だと思うんですが。見ていて、絶対楽しそうだ。
 基本的にはシルヴィアにアレクがベタぼれ、って感じです。そういう印象があるので。アレシル好きな理由の一つはシルヴィアがすっごく愛されてる!ってのがあるので。どうやら私は気ままな女の子に振り回されている騎士の兄さんっていう組み合わせに弱いようです(笑)。
 しかし、この話でアレシルの布教にはなってないような;;でも基本は守ってますよ?どうなのかな。ちょっとでも良いなとか思ってもらえたら嬉しいのですが。しかし、今、親世代で一番好きなのってアレシルかもしれない……。同志様の少なさに飢えているっぽいです。というか人様の創作、もっと読みたいよう…(;_;)。
 オリキャラについてなんですが、フェリシアーナは一応女版アレクのイメージで(笑)。美人でナイスバディなお姉様なのです。お相手のエルウィンは育ちの良いお坊ちゃまって感じです。フェリシアーナに合わせてエルウィンは作ったので、あまり深い設定はないのですけどね。オリジナルキャラの乱入は難しいなとは思います。違和感無く溶け込めていたら良いのですが…。
 もしよろしかったらご感想いただけると嬉しいです。あと同志様、意思表示していただけると泣いて喜びます(><)!
 しかし、これでやっとアレスvリーン書けます。アレシル書かずにはどうしても書けなくて(^^;)。リーンはアレクの娘のイメージが強すぎる困った私です……。

★戻る★