『だから君を好きになる』 昔から、感覚は良く似ているんだと思っていた。 少し物事を斜めから見る癖、冷静に物事を判断する思考。導き出す答えは何故か不思議なくらいに似ていた。 だけど、たまに驚かされるのだ。その根本的違いに。 自分の考え方が現実的であるのなら、彼の考え方は現実的であるようで現実的ではない。 昔、そう強く思い知らされたことがある。 それはシャナン様が話してくれた、イザークに伝わる昔話。 雪の積もる山奥に住む、孤独な山男の話。 その話を聞いたラクチェとラナは、その山男がいるのだと言い張った。一人ぼっちじゃ可哀想だから迎えにいってあげようと言うのだ。 自分の考え方はラクチェやラナとは明らかに違っていた。 そう考えても作り話だとしか思えなかった。そんな山奥に一人で人間が生きて行けるはずなんて無い。いないんだと主張した。だから迎えにいかなくても良いのだと。 同意して彼もいないと言った。その言葉にラクチェとラナはとても不満そうな顔をしていた。 それはそうだろう、二人揃って兄に否定されてしまったのだから。 だけど、彼女たちの表情はすぐに好転することになった。 彼はこう続けたのだ。 「いるはずなんてないよ。もう、誰かが迎えにいって、街に下りてきて仲良く暮らしているよ」 ラクチェとラナがとても嬉しそうな顔をしたのを覚えている。それを彼は同じような笑顔で見ていた。 そう、彼は本当にそう思っているんだと表情が物語っていた。 そして、その時初めて気がついたのだ。自分との根本的な違いに。 彼は現実的な視点を持ち合わせながら、他の誰より夢を見ているのだ。 それが、現実的にしかものを考えられない自分と彼との最大の違い。 見ている視点は同じはずなのにどうしてこんなにも違っているのだろう。 だから、きっと話していて楽しいのかもしれない。 気があっていて、そして根本的には全然違うその存在に。 イザーク解放と銘打たれてしまった解放軍の進行の中、イライラしていた。 あんな話をしなければ良かったのかもしれない。 命を懸けた戦いをしている中で、こんなに感情が不安定になるのは幾分厳しかった。 シャナン様に留守を頼まれていたはずなのに、あの無鉄砲な妹を止めるように言われていたはずなのに、何故かセリスやラナまで連れて帝国軍と戦うことになってしまった。 いつか戦いたいと思っていた。この展開には別に不満は無い。いずれ来るべきものだったのだ。シャナン様には色々言われるかもしれないが、それ以外には問題はないだろう。 幸いにもオイフェ様たちが合流してくれた。それだけで、心強いものがあった。 だけどラクチェと話すべきでは無かったかもしれない。 ずっと思ってきたことを言うべきではなかったのかもしれない。 だけど、どう考えればいいのだろう。 ずっと帰って来ない両親を待っていた。 だけど…生きているのなら現れたっていいはずだ。 それなのに、一向に現れない両親を生きていると信じて待っているなんてできる訳が無い。 でも、ラクチェはやっぱり信じているらしかった。 自分が間違っているのかラクチェが間違っているのかは分からない。 それでも、自分の考え方が否定されたのには間違いがなかった。 そして、どう考えてもやっぱり自分の考え方を否定できなかった。 どう考えれば良いのだろう? どう信じろというのだろう? 迷いは剣にも出る。 今は戦えそうに無い。 ため息をついて、周囲を見回した。 敵の斥候はもう片付けていた。そろそろ援軍が来る頃だろう。 オイフェ様の指示で、それぞれが次の戦いの準備をしている。 手元の磨き終わった剣をぼんやりと見ていた。 曇った銀色をした鋼製の剣。父の剣だ。 曇っているのはそれだけ使われた証拠だが、絶え間なく手入れをしていたせいで、そうは簡単に痛んだりはしない。 考える。何故、これが自分の手元にあるのかと。 おかしくはないだろうか。 生きて帰るつもりなら、何故自分の剣を子供に託すのだろうか。 両親は……死にに行ったのではないだろうか。 「……駄目だ。どう考えても同じ結論しかでない」 どうやったらラクチェと同じ発想になるというのだろうか。 双子であるはずなのに、思考は似ても似つかない。 「……どうした、スカサハ?」 その声に気がつき、顔を上げる。 青い髪に青い瞳の背の高い青年が心配そうに覗き込んでいた。 返事に困った。どう話していいのか分からなかった。 そのことを察したのか、彼はそのまま横に腰を下ろした。そして、その視線を手元の剣に移す。 「さすが、スカサハ。綺麗に手入れしているな。さっき、ラクチェはオイフェ様からやり直しを言われてたよ。同じ双子でもえらく違うな」 くすくすと笑いながらレスターはそう話す。返事に窮していることに気がついたのだろう、そう言う事で違う話題にしようとしてくれているのだろうと察しがついた。 そういう心配りは母親似なのだろうか。エーディンさんもラナも、そしてレスターもそういう雰囲気や心配りの仕方はとても似ている。 「駄目だな、ラクチェは。大事な剣なのに、大切に扱わないなんて」 苦笑しながら、そう答える。なんだかその姿は容易に察しがついた。ラクチェはかなり大雑把な性格をしているから細かいことが苦手だし、しかられている姿は今までもよく見ていた。戦場でも言われるなんて、筋金入りだろうか。 「そうだよな、大事な剣なのにな」 レスターも苦笑いを浮かべながらそう答える。そんな彼の手元には、やはり見事に磨かれた弓が置かれている。それは、自分と同様に彼の父の武器だ。 「そうだ、聞いてくれよスカサハ。デルムッドの奴、酷いんだ」 武器の話題で思い出したかのようにレスターはうったえるような目で話しかける。 「何かあったの?」 「俺がオイフェ様に、これから順調に行ったとしてユングヴィに着くのはいつ頃ですか?って聞いたら、隣にいたデルムッドが驚いた顔して、それから大笑いするんだ。酷いと思わないか?」 ……その言葉に一瞬思考が止まる。 ユングヴィに着く? 「……レスター、まだイザーク解放も出来てないんだけど……?」 おそるおそるそう言ってみる。だが、彼は平然とした顔をしてこう言ってのけた。 「大丈夫だよ、負けたりなんかするはずないから」 ……ものすごい脱力感が全身を襲う。 その根拠の無い自信はどこから来るというのだろうか。 ……確かに大笑いしたデルムッドの気持ちは良く分かる。普通ならここで笑うところだろう。普通なら。言った本人が本気なのが一番の問題だ。 「……う〜ん、やっぱり俺の言った事の方がおかしいのかな……」 レスターが困った顔をして首をかしげている。 やっぱりどこまでも本気で話しているらしい。 デルムッドの様に笑うつもりはないけれど、いくらなんでも気が早すぎる気がする。でも、おかしいという事はないと思った。 なんとか頭を上げて、レスターを見る。その表情からは皆の反応が信じられないというように見えた。 「……いや、おかしいとは思わないけど……ちょっと脱力しただけ……かな」 レスターはやっぱり不思議そうな顔をする。 こういう時のレスターは付き合いが長いけれど、何を考えているのかさっぱり分からなかった。 「……みんなは思わないのかな」 彼はそう呟く。一人ごちに近いような話し方だ。 「俺は…この戦いでユングヴィに行って…そして…父さんに会えるような気がしてならないんだ。だから、早く行きたいって思ってしまう。みんな思わないのかな?」 父さんに会える? レスターもラクチェと同じなのか。 いつまで経っても戻ってこない彼の父親との再会を信じているのか。 どうして?どうして信じられるのだろうか。 分からない、またその疑問に戻ってしまう。 レスターなら気がついてもいいはずなんじゃないのか、本当は気づいているんじゃないのか。本当の現実に。それなのにどうしてそう言えるのだろう。 「……俺はそうは思わないよ。 どんなに待っても帰って来なかったじゃないか」 ふいにそう、言葉が零れる。 そう言ってから後悔した。 また、やってしまった。 さっきはラクチェに対して、今度はレスターに対して。信じている者たちに言ってしまう。自分の思いを。信じるとは対極の思いを。 だけど、レスターはぽかんとした顔をして、それから笑った。 その反応が信じられなくて、煙に包まれている俺を見て、笑顔で言った。 「何言ってるんだよ、スカサハだって両親に会いたいんだろう?」 そう言って、彼は俺の持っていた鋼の剣を取って、かざした。 「ほら、この剣を見ていても分かる。さび一つ無く、綺麗に磨かれていて、どれだけスカサハが大事にしていたか分かるよ」 そう、剣は大事にしている。それが、両親とのつながりだと思うから。 会いたいと思っている。ずっとずっと昔から。 でも、それとこれとは別の話だ。会いたいと思うことと、生きているとは繋がらない。 「それと生きていることとは関係が無いじゃないか」 そう言う俺に対して、レスターは笑って背中を軽くぽんっと叩いた。 「関係あるさ。 待っていて来てくれないなら、探せばいい。そうじゃないか?」 ……何がなんだか一瞬分からなかった。 そう、あまりの考え方の違いに、そういう捕らえ方に対して驚きが強かった。 探しに行けばいい。 それはあまりにも単純で、それでも今までは決して出来なかった事で。 そう、今だからこそ出来る事で。 それを何のためらいもなく言ってしまえる事がとても不思議で……。 ラクチェは探しに行くとは言わなかった。 もしかしたら、妹の方こそ自分と同じなのかもしれない。 ただ、ラクチェは思い浮かぶ現実を否定するために信じているのかもしれない。 だけど、レスターのように考えられるのであれば……そう思えるのなら。 いや、きっとそう思えるし、それならば信じられる。 待つだけが能じゃない。 行動してみればいい話なのだ。もう、今は受身である必要はないのだから。 まずは踏み出してみればいい。全てはそれからだろう。 そう、もしかしたら出会えるかもしれない。ずっと会いたかった両親に。 待つ事はもう出来そうにないけれど、探す事なら出来る。信じることもできる。 俺はゆっくり頷いた。 「……そうだね、その通りだ」 「ふふ、そうだろう?」 レスターは澄んだ青い瞳で笑っていた。 その瞳には一体何が映っているのだろうか。 いつもは同じような現実主義者であるのに、その根本は夢を追いかけている。 だけど、彼の考えはそう信じたくなるようなものばかりだった。 「レスター!偵察に行くから来てくれ〜!」 少し離れた所でデルムッドがレスターを呼んで手を振っていた。馬に乗れる二人は偵察関係も全て請け負ってくれて、感謝している。 デルムッドの姿を見つけて、レスターはちょっと慌てた顔をする。 「ごめん、スカサハ。ちょっと行って来るな」 「うん、分かってる。気をつけて」 弓を持ち立ち上がるレスターにそう声をかける。彼はにっこりとそれに頷いた。 そして、デルムッドと共に見えなくなるまでその姿を見送った。 「……付き合いは長いはずなんだけどな」 近いようで近くはなくて…気もあって、仲も良い筈なのにこうやって時々分からなくなって、逆に気付かされて。 ……だから、レスターが好きなんだ。 そう思う。 その違いを感じれば感じるほど、そう強く思う。 「ス〜カサハ!嬉しそうな顔しちゃって、な〜にレスターと話していたの?」 急に声が聞こえてふと顔を上げると、目の前には自分とよく似た顔があった。なんだか、その表情はからかっているような、気になっているような感じの入り混じった表情をしている。 「ふふ、内緒。……妬いてるのか?」 「な…なんで私がスカサハに妬かないといけないのよ!」 大慌てする妹を見て、なんだか楽しくなってくる。 そう、双子がどこかで繋がっているのなら、好意を抱く相手も同じ可能性が高い。 半分かまをかけてみたのだが、どうやらそれは当たっているようだ。おそらく、自分とはまた違った種類の好意なのだろうけれど。 それは、なんだか複雑な感じだ。 「とりあえず、当面のライバルは俺だから頑張れよ」 「…どういう意味よ、それ」 「俺がレスターの事を好きだって事。ラクチェはこれからライバルだからな」 「だから〜…そうじゃないって言ってるでしょう〜!」 真っ赤になって反論するラクチェを見ているとなんだかからかいがいがあって、楽しくなってしまう。先ほどまでのモヤモヤした気持ちも綺麗に吹っ飛んでいた。 もし、レスターとラクチェがうまくいくような事になったら、それはそれで複雑だろうけど仕方が無い気がした。 自分がとても好きだと思う相手だ。妹がそういう思いを抱いたっておかしくはない。 そう、出会えて良かったと心から思うから。 磨き終わった鋼の剣を、鞘にしまい、立ち上がって腰に下げた。 そしてまだ慌てふためいている妹に対して、笑って話しかけた。 「なあ、ラクチェ。いつか父さんと母さんを探しに行こうな」 それを聞いて、今までパニックになっていたラクチェの表情がふと変わった。探すということは、やはり頭になかったようだ。この辺は双子という所だろうか。 それから、こくんとラクチェは頷いた。 「ええ、勿論!」 俺はそれに笑顔で答えた。 いつかまた優しくて温かかった両親に出会えることを心から信じて。 そう、素直に信じることが出来るようになったから。 終わり。 いつか書こうと思っていたスカサハ&レスターです。実はこの二人のコンビもすごく好きなのですよ。この二人はむしろずっと気が合うと思っていまして。おまけにうちでは性格が似ているので、すごく仲が良いのです。 一応、コンビ話なので…ノーマルですよ?念のため(笑)。タイトルがなんだかあれですが…これしか浮かばなかったのですよ;; ラクチェ&ラナも大好きですが、お兄ちゃんsもすごく好きなんですよね〜。気があっていそうで、結構書いているのが楽しくて…一気に書いてしまいましたよ、本当に。 とりあえず、両親の話だったので…申し訳ないのですが、一応うちのカップル前提です。でも、御自分のお好きなカップルと置き換えて読んでいただけたら一番ありがたいです。子世代では、あまり親のことはひっぱりたくないのですが…今回はテーマがテーマだったもので;; でもって、微妙にラクチェ→レスター気味。この辺は…他のお話の延長ってことでお願いします(^^;)。 思い入れだけで突っ走っている話ですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。 |