『神様の名前』


 唐突に話が降ってくるのはいつもの事で慣れっこだったが、内容によっては戸惑うこともある。今回の彼女の話はまさにその類だった。
「ねえ、神様っていると思う?」
 黒髪の少女は、彼の青い瞳をじっと見つめながら、そう聞いてきた。
 別にそういう話をしていた訳でもない。
 ただレンスター城への帰り道、のんびりと夕焼けを見ていて、たまたま出くわしただけだった。
 会って、第一声がそれだった。
 何かあったのかもしれないし、ふとそう思い始めたのかもしれない。あの少女は昔から気まぐれで、その思考はいつも色々なことに点在しているような子だ。
 分かることといえば、今彼女はそのことについて疑問を持ち始めたという事。
 青年はふっと笑って、曖昧に答える。
「それは俺じゃなくて、ラナに聞くべきなんじゃないのか?」
 誘導にも近い彼の言葉に、少女は怒りの表情を表に出す。
「駄目よ!ラナに聞いても答えなんて知れてるじゃない!
 だからレスターに聞いているのよ!!」
「……だけど、俺はそのラナの兄で、母上もシスターなんだけど?」
 だから自分に聞いたと言い張る少女にレスターはそう答える。
 母も妹も神に仕える存在だ。普通なら、彼に聞いても答えは想像がつくのではないだろうか。
「……それはそうだけど……でもレスターは司祭にはならなかったじゃない」
 声は小さくなってしまったが、少女はあくまで反論する。それは確かにその通りで、レスターは頷いた。
「じゃあ、ラクチェはどう思っているんだ?」
「……私はいないと思うわ」
 レスターの問いかけに、ラクチェはそう答える。その答えには若干の迷いは感じられるものの、はっきりした意思が含まれていた。
 その答えは最初の問いかけから予想はしていたが、やはり改めて聞くと驚きを隠せない。
「……スカサハみたいなことを言うな」
 現実主義者のスカサハは、基本的に目に見えるものしか信用していない部分が強い。反対にラクチェは感情で動く性格ゆえか、夢見がちとまでは言わないが、なんでも出来るように思っている節があった。
 そんな彼女が兄みたいな結論にたどり着くのは何かあったのか、それとも双子ゆえに根本的に似ているのかは判断し難い。
 ただ、感情的になっていることだけは確からしく、引き金はあったのだろう。現場に居なかったために、そうなった原因の判断がつかない。
 さて、こういう時にはどう答えるべきか……。レスターは少し考え込む。原因が分かっているなら言いようがあるのだが、それが無い場合は素直に言うべきなのかが判断に困る。
 相手がスカサハのように冷静に物事をとらえられるような相手なら良いのだが、それに関しては双子とはいえ対極的だ。
「……俺は、内緒」
 そう答えられて、ラクチェは納得のいかない顔をして怒る。
「何よ、人には言わせておいて自分は言わないの?」
「だって、ラクチェはいないと思うんだろう?なら、それで良いじゃないか」
 レスターにそう言われて、ラクチェは言葉に窮し、怒った顔のまま走り去ってしまった。
 そんな彼女の後姿を見送りながら、レスターは苦笑した。
 きっと、彼女が言って欲しかった言葉は違うものなのだろう。それは分かっている。
 それでも、素直に彼の意見を述べるべきではないような気がした。


 その翌日。
 見張り以外の多くのものは、その音で目を覚ますこととなった。
 土砂降りというほどではないが視界は酷く悪い、そんな雨が降っていた。
 辺りには土のにおいと草のにおいが混ざったような独特のにおいがする。雨降りの時のにおいだ。
 今いるレンスターは作物も豊かに育つ温暖の地で、降水量も高いことから、こういった雨降りは珍しいことではない。
 もっとも、先日までイード砂漠を乗り越えてきた彼らにとっては久しぶりの珍しい雨でもあった。
 雨の日は気をつけないといけない。
 止みそうに無い雨を見ながらそんな教えをレスターは思い出す。
 小さい頃からの育ての親にも当たるオイフェの教えだ。彼から教わってきたことは、絶対に近いものがあった。それは、オイフェの経験や、軍師としての才能を幼心にずっと感じてきたからだろうか。
 それでも、伏兵を倒しレンスター城へとやって来た。いくらブルーム王が強い権力を持っているとはいえ、再びレンスターを狙ってくる可能性があるとはいえ、本城を失った城主に激しい追撃を加えてくる心配はどちらかといえば薄い。
 もっとも、トールハンマーの後継者たるイシュタルが兄の敵討ちにと進軍してくる可能性は捨てきれないので楽観視は出来ない所だが、それでも城壁に護られたレンスターが突然陥落するような事だけはありえないだろう。
 むしろ一番の危険はレンスターにもぐりこんでいるスパイや伏兵達の行動だろうか。彼らに天候は関係ない。気をつけろと教わった理由はそこにあった。
 しばらく雨空を見ていたレスターは、ふと視線を移し、ふわふわした金色の髪の少女に気がついた。彼女は片手にライブの杖、もう片手には医療関係の薬や包帯が詰められた大きな籠を持っている。
「ラナ、どこかへ行くのか?」
 レスターは妹に歩み寄り、その大きな籠を持ってやる。一番の大荷物から解放された妹は、兄の顔を見て微笑んだ。
「ええ、兄様。今日は雨降りで、進軍するのは控えるとのお話を聞いたので、これから兵士の皆さんの怪我の様子と手当てをしに行こうかと思って」
 いかにも彼の妹らしい行動にレスターは微笑む。戦場に妹が来ることは予想はしていたが、この争いに耐えられるのか心配している面も大きかった。だが、彼女は兵達を労わり、優しく介抱することで多くの者たちを肉体的にも精神的にも支えていた。どのくらいの者が彼女に感謝をしているか分からないほどだった。その精神的な強さは母譲りだろうか。
「じゃあ、俺もついて行くよ。何があるか分からないし、油断はしない方がいいからね」
「そうね、雨だからと気を許してはいけないのよね。
 ありがとう、兄様。ラクチェやユリアも手伝ってくれるし、とても心強いわ」
 レスターの言葉にラナは思い出したような顔をして、その言葉に頷く。妹思いの優しい兄にラナはいつも感謝をしていた。ラナにとって兄や幼馴染たちは大きな心の支えだった。
 ラナの笑顔にレスターは満足そうに笑う。しっかり者の妹は無理をしやすいので、こうして素直に受け入れてくれるのはありがたいことだった。
 しかし、ユリアは分かるのだがラクチェは果たして手伝いになるのだろうか。そんな疑問がふっと頭をかすめた。おそらくラナが行くというから付いて行く事にしたのだろうが、なんだか不安が残る。
 それでもラナは喜んでいるのだから、それで良いか。そう思い、レスターは妹と共に兵士達の下に向かうことになったのだった。


 雨は降り止みそうになかった。
 降り注ぐ雨は地面を叩きつけ、その土を浸食し、水溜りを作る。そこにさらに雨が降り注ぎ、ほとんどの場所は水浸しになっていっていた。
 兵士達が治療を受けるために集まっている建物の玄関で、時々中の様子を確認しながら、レスターは外を見ていた。
 中ではラナが治療をし、そのサポートをユリアがしていた。力仕事関係はラクチェが引き受け、せっせと動き回っている。
 最初は手伝おうかとも思ったのだが、雨だからと油断するなと言ったオイフェの言葉がどうしても気になり、レスターは周囲に気を配っていた。
 ラナは今では兵士達の精神的な支えになりつつある。もし、彼女に何かあったありでもすれば士気が落ちるのは容易に想像がついた。
 勿論、兄としてはそんな事態にはなって欲しくはないものだが、内部事情を知っている敵が現れた場合はラナはかなり危険だといえた。こういう軍は士気が大きく左右する。それを崩すことが可能ならば、戦局は大きく変化するだろう。しかもラナはシスターだ。いくら魔法が使えるようになったとはいえ、危なっかしいのには変わりが無い。セリスを狙うよりはラナの方が楽な事もある。
 だからといって、やはりそういう事にはなって欲しくはないのだが。
 それでも今日の雨はよく降っている。まるで、今日は休めと言わんばかりの雨だ。
 休む暇なく進軍しているセリス軍に神様が休日を贈ろうとでもしてくれているのだろうか。
「空が泣いているのよ」
 突然、背後から声が聞こえてきた。彼の後ろには黒髪の少女が立っている。彼女はレスターというよりは降り注ぐ雨を見ながら、再び繰り返した。
「空が泣いているのよ」
 きっぱりとそう言い切る彼女の表情は、怒りにも近いものがあった。
 空が泣いている。そう言われればそうかもしれないが、レスターにはそうは思えなかった。
「どうして泣いているなんて思うんだ?俺には恵みの雨にも思えるんだけどな」
 レスターの言葉に、ラクチェの表情が一変する。
「そんな訳無いわ!!だって、沢山の人が傷ついて、死んで……!私だって、数えきれないくらい人を傷つけて葬ってきたのよ!戦争をしているのよ?!空だって、悲しんで泣いているのよ!!」
 ひきつった顔でラクチェはヒステリックに叫ぶ。その言葉を聞いて、レスターは先日のやりとりを思い出した。『神様はいない』そう言い切った彼女を思い出す。
 きっかけは想像がついた。
 それはおそらく、ブルーム王の息子、イシュトーの死。
 解放軍は確かに人々の歓迎を受けていた。だが、イシュトーの時は少し違っていた。
 イシュトーは確かに帝国の方針を護っていたが、その人柄は誠実で城下の者たちにも好感を持たれていた。
 その事を知って、セリスも解放軍そのものもイシュトーと戦うのを避けたいと願う者が多かった。だが、反乱軍が領地に踏み込めば戦いは避けることが出来ず、結局はイシュトーを殺し制圧するという形になってしまった。
 それが戦争なのだとレヴィンは言った。オイフェも否定しなかった。そして、セリスだけでなく皆が改めて実感する事になる。戦争は善も悪も関係ないのだと。ただ、勝利しなければいけないんだと。
 最初は圧制を敷くものを倒すだけだった。反発していたドズルの兄弟は仲間となった。戦争とはいえ良い事をしているような印象さえあった。
 だが、その価値観はイシュトーと戦った時に覆される事となり、それは戦争の真の意味を知ることとなった。
 だから、ラクチェは神様がいないと言ったのだろう。
 母から聞かされていた神は慈愛に満ちており、人々は皆神に護られていると教わってきた。時に厳しく試練を与える事はあるけれど、いつも見守られているのだと。
 だが、現実はどう考えても神はいないように思われた。
 もし、存在するのなら、どうして戦争などが起こることがあるというのだろう。どうして多くの人が傷つき倒れねばならないのだろうか。
 レスターはラナに視線を移した。それに気がつき、ラクチェもラナを見つめる。
 ラナは怪我をした兵士一人一人に声をかけ、優しく微笑み話を聞いて、それに答えながら治療を行っていた。その姿は、ある意味女神にも近い印象があった。
 おそらくラナは信仰を捨てたりはしないだろう。どんな現実に直面しても、彼女はその慈愛を持って人々に接し、心から神の奇跡を祈るのだろう。
 神がいると信じる人と信じない人。そして、ラクチェは神を信じられなくなりながらもラナを見るたびに信じたい気持ちにさせられるのだろう。
 だから。だから自分に聞いてきたのだ。『神様はいるのか?』と。
 いないという答えを望みながらも、その一方で否定して欲しい思いも強かったのだろう。だから、ラナの兄である自分に聞いてきたのだ。おそらく否定も肯定もして欲しかったから。
 レスターはラクチェの方を見て、話しかけた。
「……そうだな。俺も神様はいないと思うよ」
「……え?」
 突然、昨日の問いかけの答えを言われて、ラクチェは戸惑う。だが、その話が唐突に出てきた訳ではなく、ラクチェの『空が泣いている』と言った事に繋がっている事に気がついた。
 レスターはそのまま言葉を続ける。
「確かに俺たちは神々の血と呼ばれるものを継いでいるけど、それは昔神々と呼ばれる人が戦争に勝つために俺たちの先祖に与えたものだ。
 正直言って、救うのではなく戦いを薦め、争いによって解決を図らせようという神様なんて信じられないよ。そんな神様なんてごめんだ」
 率直な思いだった。神々の血とかなんだとか言っているが、それは昔戦争を終わらせるために力を得た先祖の血の事。むしろそれは忌まわしき戦の血だ。試練を与えるというのはよく聞く話だが、その試練が人殺しをする事だなんて御免被りたいところだ。そんな事、試練なんかでは無い。それを推奨するものが神であってたまるものか。
 レスターの言葉にラクチェは複雑な顔をした。肯定して欲しかった、だけど否定もして欲しかった、そういう顔だった。
 その表情にレスターは優しく笑った。そして再びラナに視線を移す。その視線の先では献身的なラナの姿があった。
「だけど、ラナを見ていると思うんだ。ラナの中には確かに神様はいる」
 その言葉にラクチェは無意識で頷いた。そして頷いてから、ラクチェははっとする。そう、ラクチェから見てもラナの中には間違いなく神様を感じられた。いつもどんな時も優しく微笑む彼女には、神様はいると思わされた。
「だからね、きっと神様は一人一人の中にはいるんだと思う」
 そう言ってレスターは外の降り注ぐ雨を見つめた。
「ラクチェには空が泣いているように見えても、俺には恵みの雨に見える。
 この雨で、休息を得るように言われている気がするし、植物たちはこの雨でさらに活気が増すだろう。みんなを元気にするために降っている様に思うんだ」
 レスターは止みそうに無い、雨雲を見つめ感謝をしているとそう言った。ラクチェは同様に雨雲を眺める。だけど、やっぱり泣いているように見えた。
 もし、レスターの言う様に一人一人の中に神様がいるのなら、私の中の神様は泣いているのかしら。
 レスターの中の神様は休息を与え、ラナの中の神様は多くの人に希望と安らぎを与えている。
 じゃあ、私の中の神様は泣いているのかしら。悲しみを与えているのかしら。それとも私が悲しませているのかしら。……そもそも、私の中にレスターが言うような神様なんているのかしら。
 ラクチェはレスターとラナを代わる代わる見た。
 ラナの中には神様がいる。それはずっと感じていた。だから、きっと神様がいるのだと思ってきた。
 だけど現実はあまりにも理不尽で、とても神様なんているようには思えなかった。
 しかし、レスターは一人一人に神様がいると言う。
 確かにラクチェから見て、レスターの中にも神様はいるように感じられた。
 でも、私は?私の中に神様はいる?
「……でも、私にはいないわ。きっと神様が愛想をつかして出て行っちゃったのよ」
 ラクチェはそう伏目がちに言った。そう、きっと出て行ってしまったのだ。自分の中の神様は。
 だが、それを聞いたレスターはきょとんとした顔をした。
「何言ってるんだよ、ラクチェにもちゃんといるじゃないか」
「……どこによ。いるなんて思えないもの!」
 ラクチェはむきになってそう言う。そう、とても信じられない。自分の中に神様がいるだなんて。
 だが、レスターは微笑むとラクチェの肩をぽんぽんっと軽く叩いた。
「まあ、今はちょっと顔隠してるんだろうけど、すぐに現れるさ」
「だ〜か〜ら〜!!私にはいないって言ってるでしょ!!」
 レスターの言葉にラクチェはだだをこねる子供のようにそう言う。まるで小さい子に対するような接し方だったのが気にくわなかったらしいが、その態度はどう見ても小さな子供のようである。
 それを見てレスターは楽しそうに笑った。
「ほら、少し帰ってきたじゃないか」
「だから、何がよ〜〜〜!!!」
 小さな子がじだんだを踏むような仕草でラクチェはレスターを恨めしそうに見る。その顔を見てラクチェの頭を軽くなで、優しい顔をした。
「ラクチェは元気で明るいのがとりえだろう?元気の神様がいるんだよ。
 ラクチェが笑っているとみんな楽しくなるものな。元気いっぱいで笑っているのが一番よく似合ってるよ。俺もその方が好きだしな」
 そう言われてラクチェは思わず真っ赤になる。この人は相変わらず、普通の顔でとんでもない事を言ってみたりするものだ。しかも相当褒められている上に好きだとまで言われて、なんだか嬉しいのと恥ずかしさで頭の中がごちゃごちゃになってしまいそうだった。
 変わらずにこにこ笑っているレスターにラクチェは何とか言葉を返そうとするが、何を言っていいかよく分からない。
「ほほほほほほほほほ褒めたって、なななななななな何もでないわよ?!」
 混乱を呈した頭から出てきた言葉に、言った本人も何だかよく分からず、言ってからさらに真っ赤になる。そんなラクチェをレスターは優しい笑顔で見守っていた。
「やっぱりラクチェは、元気じゃなきゃな」
 微笑むレスターにラクチェは顔を隠すように、レスターの胸に頭を当ててもたれかかる。
 そして小さな声で呟いた。
「……ありがと。ちょっと元気になれた」
 額から伝わってくるレスターの体温を感じて、ラクチェは心が落ち着くのを感じていた。
 ラナには優しさの神様がいると思う。ずっと、それを感じてきた。
 だけどラナだけでなくレスターにも神様がいる。その神様が近くにいる限り、自分を見失う事はないように感じられた。
「どういたしまして」
 レスターはそんなラクチェの背中を軽く叩いて優しく微笑んだ。
 ラクチェは照れくさくて、顔を上げることが出来なかった。だけど、もう一つ顔を上げられない理由があった。
 もう少しだけこうしていたかったから。
 一番安心できる大好きな人のそばで、その安らぎをもう少しだけ感じていたかったから。


 取り替えた古い包帯を、新たに洗濯するために沢山放り込まれた大きな籠をラナが運んでいる事に気がつき、ユリアは慌てて手を貸しに走った。
「ラナ、大丈夫?」
「あ、ユリア。ありがとう、助かるわ」
 ユリアの援助で少し荷物が軽くなったラナは、手を貸してくれた彼女に優しく微笑んだ。
「でも、他にもまだあるし…ラクチェを呼んで来ましょうか?」
 ユリアの提案にラナは外の方に目をやり、首を横に振った。
「良いのよ。ラクチェは兄様と一緒みたいだし……。折角、久しぶりにゆっくり出来る日ですもの。お邪魔したら悪いわ」
 ラナの言葉にユリアは少し驚いた顔をした。
「えっと…もしかして…その…」
「ええ。ラクチェは兄様の事が好きなのよ。多分、兄様もそうなんじゃないかと思うわ。でも二人とも何故か大概一緒にいないし、普通は分からないわよね」
 ユリアにラナはにっこり笑って頷いた。
 確かにラナが言うとおり、ラクチェは大抵ラナと一緒にいるし、レスターもその多くはスカサハやデルムッドやセリスと一緒にいることが多いので、とてもそうは見えないのは確かだった。
 それでも一番深い関係にあるラナが言うことはきっとそうなのだろう。
「……でも良いですね。私も……そういう人に会いたいです」
 ユリアは羨ましそうにそう呟く。記憶の無い彼女には幼馴染のつながりはとても素敵な事に感じられた。そして、お互いに理解しあえるということも。
「あら、ユリアにも気になる人がいるんでしょう?」
「え?……ええと……その……はい、います」
 ラナの言葉にユリアは急に赤くなったが、そのままこっくりと頷いた。そんなユリアをラナは優しく見つめた。
「ふふ、ユリアも思いが通じると良いわね。私もセリス様も…みんなもそう願っているわ」
「……ありがとうございます」
 ラナの言葉にユリアは嬉しそうに頷いた。
 ラナは願わずにはいられなかった。周囲の人々の幸せを。関わりの深い人は特に。
 姉のように慕ってきたラクチェの幸せを祈っている。
 そして、最近知り合ったばかりのまるで妹のように感じられるユリアの幸せを心から願っていた。
 皆が、早く心から笑える事を願っていた。周りの人の笑顔が彼女の何よりの幸せだったから。
「さあ、私たちだけでできる事だけしておきましょうか」
「ええ、お手伝いします」
 ラナは再びてきぱきと片づけを始める。それをユリアは手伝い、少しずつ帰りの準備が進んでいったのだった。


「ところでラクチェ、一つ聞きたかったんだけど」
「なあに?」
 ラナとユリアが片付けをしている頃。外ではちょっとしたことが起きようとしていた。
 唐突にレスターにそう尋ねられてラクチェは続きを促す。
「そもそも、ラナの手伝いをしているはずのお前がどうしてここにいるんだ?
 不器用で邪魔だから追い出されたんじゃないのか?」
「……どうせ、私は不器用よ!!」
 からかうように笑いながら言うレスターにラクチェはぷ〜っとふくれる。どうやら図星だったらしい。そんなラクチェを見てレスターはさらに楽しそうに笑った。
「〜〜〜〜〜〜そこまで笑わなくていいじゃない!!」
 不満そうにそう言うラクチェにレスターはころころ笑いながら、屋内を指差した。
「ふふ、だけど出番が回ってきたみたいだぞ?ほら、ラナ達が片付け始めている」
「え?うそ?!」
 そう言われてラクチェは慌てて後ろを振り返る。確かに中ではラナとユリアがせっせと片づけをしていた。
 ラクチェの顔色が蒼白に変わる。
「わ〜ん!!ごめん、ラナ〜〜〜!!!」
 そう叫ぶが早いか、慌ててラクチェはラナの元に走っていった。
 そんなラクチェの後姿を見送りながらレスターは微笑んだ。
 雨の音は消えそうに無い。
 だけど、今日は何事もなく過ぎていきそうだった。
 誰かの神様が休日を与えてくれたのだろうか。それとも皆の心の神様がそう願っていたのだろうか。
 だけど今日はきっと神様がくれた休日に違いない。
 それぞれの中の神様が打ち合わせてくれたのだろう。
 今日は神様に感謝の祈りを捧げても良いかもしれない。
 そう思い、レスターは降り注ぐ雨にそっと感謝の祈りを捧げた。


 明日はきっと晴れるだろう。
 その時はまた新たな気持ちで、始められるように。


 END

 そんな訳でレスター&ラクチェです。とりあえず銘打ちもの(笑)。ただ、カップルもののはずが、どうみてもそう見えなかったんで小細工してみたり(待て)。
 やっぱりこの二人は好きだな〜と思いますvこの二人って特にああでこうでっていうのではなくて、自然に変わらない感じで信頼しあってる印象なので。ちなみに帰城会話、相当好きですvvレスターの「良かったね」っていうのがラクチェにはものすごい合う気がするんですよね〜vvv
 ところで気がつかれた方もおいででしょうが、この話の『神様』はその人の人柄、生きる意志の強さ、それの事です。ついでにこれが私の考え方だったり…。一人一人に神様がいるっていう事です。色々、そういう神話系とか読んだ今の所の結論、かな?そう感じるのですよね。
 ちなみに…なんとなく浮かんだ話だったんですが…えらく書きたくなりまして、強行したという…。駄目です、ティルナノグは止まりません。でもこれ3日がかりです。前のスカ&レスは一日だからかなりパワーが違いますが(笑)。
 こんなカップルもちょっとはありだな〜とか思っていただけたら幸いですv

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