healing

 癒す事。それは僧侶にしかできない事。
 誰かが傷ついた時に癒せる力を持てる事は誇りだと思っていた。
 小さい頃から、ずっとその力に憧れていて、いつかみんなの傷を癒せる存在になりたいと願っていた。
 ……だけど、今、悩んでいる。
 私は、この戦争に私は私の戦い方があると言って飛び出してきた。
 そう、あの時は、もうじっとしていられなくて、皆を待っている事なんて出来なくて、きっとセリス様が来るなと止めてもやはり言い切ってでてきてしまっただろう。
 帝国のやり方は酷かったし、私でも力になれるのならなりたかった。
 戦いたかった。
 だけど……今はその事に悩んでいる。
 初めて疑問を持ってしまった。
 私は、私の戦いというのは戦いで傷ついた人達を癒していく事だと思っていた。
 いえ、今もそう思っている。
 だけど……私は何をしているのだろうか。
 最初は気がついていなかった。
 戦いを繰り返すうちに心の中に疑問が生まれてくるようになった。
 それはとても当たり前のような疑問。
 私は何をしているのだろう。
 傷を癒す。そこまでは良いと思う。
 だけど……癒され元気になった人は、再び戦場に戻っていく。
 当たり前だ。
 そして、その人はまた傷つく。
 それを私は癒す。
 またその人は戦場に戻る。
 そして……また傷つくの繰り返し。
 私は何をしているんだろう。
 分からない。
 私がしている事は、ただ何度も人を戦場に送ること?
 傷つかなくても良いはずの人をまた傷つかせてしまう事?
 分からない。
 きっと違う。きっと違う。
 そんなんじゃない。私のしている事はそんな事じゃない。
 だけど……否定できない。
 その思いが渦巻いてしまう。
 ……私がしている事はなんだろう。
 私は……何をしようとしていたのだろう。
「ラナ?どうしたの?」
 ラクチェの顔が心配そうに私を見ている。
 私は慌てて顔をあげ、なんとか笑顔を繕った。
 少し安心してくれたのか、ラクチェがほっとした顔をする。
 怪我をしているラクチェに心配されてしまうなんて、しっかりしなくちゃ。
 私が心配をかけるわけにはいかないのだから。
 私はライブの杖を離し、ラクチェの傷が無くなっている事を確認する。
「はい、ラクチェ。これでもう大丈夫よ」
「ありがと。これでもう復活ね!」
 ラクチェは怪我をしていた腕をぐるぐる回し、元気一杯に笑う。
 いかにもラクチェらしいけれど、それはいつも私の心配を生むのだ。
「ラクチェ!まだ、無理したら駄目よ。完全に治っているかは分からないのよ?」
 私の顔を見て、ラクチェは大丈夫!といった表情で笑って返す。
「心配しなくても大丈夫よ。このくらいの傷、大した事ないって」
「もう、ラクチェったら〜」
 結局、いつもの調子になってしまう。
 ラクチェにはいつも気をつけると言っているけれど……彼女の性格上、どうしても突っ込んでしまうらしく、怪我するのはとにかく多い。私の心配は絶えないのだ。
「まあ、それなりに気をつけるって。じゃあ、行って来るね」
 ラクチェは軽く手を振ると、出かけようとする。
 彼女の行く先は……戦場。
 ……戦場……。
 ぱしっ。
 私は思わずラクチェの手を握っていた。
「……行かないで」
 意識せずにそう言葉が滑り落ちる。
 何を言っているのだろう。そんな事を言ってどうするのだろう。
 私はうつむいたまま、握った手に力を込める。
「……お願い。行かないで」
 本当に何を言っているのか分からない。
 私は、怖くて顔を上げられなかった。
 ラクチェはどんな顔をしているのだろう。きっと困った顔をしているに違いない。
 ……私だって、分かっているのだ。
 こんな事を言ったって仕方が無い事を。
 私が仮にここでどんなに頼んでも彼女はここに留まってはくれないだろう。
 よく分かっている。長い付き合いだもの。
 彼女は……いつも私を置いて飛び出してしまう。
 心配ばかりしていた。
 勿論その心配は今も変わらない。
 だけど……今言っている事はそれとは別物だ。
 心配なのは間違いない。
 だけど……それ以上に自分勝手な感情が渦巻く。
 ただ、行かせたくなかった。
 今までは、信じて待ってこれた。
 ……だけど今は待てそうになかった。
 怖かった。彼女が何度も危険にさらされる事に。
 私が癒す事で彼女がより危険な目に会うのが増えてしまうことに。
 怖かった。……ただ怖かった。
彼女を傷つけるのは……私のような気がした。
「お願い……」
 力が抜けていく。握っていた手さえ知らない間に離れていた。
 全身を被う絶望感。
 怖くて、悲しくて、だけどどうしようもなかった。
 どうしようもない事が分かっていたから。
 どうにもならない事が分かっていたから。
「……あ〜〜、ごめんね〜〜〜」
 ラクチェがバツの悪そうな声でそう言うのが聞こえる。
 私は、その言葉の意味が分からなくて、一瞬思考が止まる。
 続けられた言葉は私には愕然としてしまった。
「ごめんね〜、私がいっつも考え無しだから〜」
 その言葉に私は思わず顔を上げる。
「違う!そうじゃなくて……!」
 続けようにも言葉が続かない。
 違う、そういう意味で言ったんじゃない、そう訴えたくて、でも言葉が続かなくて、それがすごく歯がゆかった。
 だけど、ラクチェはそんな私を見て優しく笑いかけた。
「ん、分かってる。言いたい事は」
 ラクチェは私の驚いた顔を見て、一息ついてから続けた。
「大体だけどね、分かるのは。
 だけどね……私も本気で戦っているけど、相手も本気だから。
 本気で戦ってるんだから…命がけで戦っているんだから怪我するくらい仕方ないんだよ。
 そんな風に戦ってるとさ、やっぱり怪我だけではなくて心にも傷を負うんだよね」
 私は黙って聞いていた。
 私にはわからない世界だった。
 私は確かに命のやり取りはしているけれど…それは救うため。
 戦っているラクチェは勝つため、奪うため。
 それには想像も出来ないくらいの厳しさと重たさを感じていた。
 ……それをどうしようも出来ない事が分かっているだけに戸惑いと不安が押し寄せてきていた。
 だけど、ラクチェはにっこり笑った。
「だけどね、それでも私には戦っていられる理由があるんだよ。
 ねえ、なんだと思う?」
 私は、当然思い当たらなかった。
 あまりにも生きている世界が違いすぎて、想像がつかなかった。
 ラクチェは嬉しそうに笑う。
「やっぱ、気がつかないんだね。
 多分、私だけじゃなくて、みんな思っていると思うよ」
 ラクチェはそっと私を抱きしめた。
 彼女の温かさが私の身体を包み込む。
「ねえ、ラナ。
 『癒し』ってなんだと思う?」
 耳元で囁かれるその言葉に、私は良い言葉が見つからない。
 浮かんでくる事は、昔から思っていた事だけ。
「傷を…痛みを治す事……」
 ラクチェが笑う声が聞こえる。耳元で聞くから大きくて、楽しそうで、私まで気持ちが軽くなるような気がした。
「あはは!正解!
 ねえ、だけど分かってる?ラナが癒してるのは目に見えるものだけじゃないって事」
 ラクチェの言葉に私の思考は止まる。
 目に見えるものだけじゃない?
 目に見えないもの……見たくても見ることができないもの。
 私には理解しきれない……ずっと重たい傷。
 その存在は知っていた。
 だから私は癒す事に戸惑いを覚えた。
 そう、戦場に行って増えるのは外見的な傷だけじゃない。
 目に見えない大きな傷を皆抱えている。
 私はそれに気付きながら、何もできなかった。
 どうして良いのか分からなかった。
 癒しの力は万能ではない。治せるものが限られている。
 だから……私は自分の非力さに嘆いていた。
 だけど、ラクチェは思いもよらない事を言った。
 ―――――ラナが癒してるのは目に見えるものだけじゃないって事。
「そんなことないよ……」
 そう、そんな事なんて無い。ずっとどうしようも無かったのだ。
 どうしようも無かったのだ。どうしようも無かったのだ。
 ラクチェの腕にぎゅっと力がこもる。
 その温かさが、力の強さが、私の不安を全て包んでくれるような感覚がした。
 ……その温かさが優しくて愛しくて嬉しかった。
「ねえ、ラナ。ラナは知らなくても私は知ってるのよ。
 ラナが傷を癒してくれるじゃない。そしてすごく心配してくれるじゃない。気をつけてねって言ってくれるじゃない。……そして優しく笑ってくれるじゃない。
ねえ、ラナは気がついていた?
 その言葉に私がどんなに救われていたか、その笑顔にどんなに救われていたか。
 言葉にするのは……正直、ちょっと照れるけど……今しか言えなさそうだから言っておくね。
 私は、人の命を奪ったり傷つける事で生きている。だけど、ラナが傷を癒してくれるとね、せっかく助かった命だもの、もっと大事にして頑張らないとって思うの。頑張って勝とうって思うの。もう心配かけないようにしたいなって思うの。
 そしてラナの笑顔を見てるとね、その笑顔をまた見たいって思うんだ。だから負けないと心に誓うの。
 ねえ、知ってた?ラナは私に勇気をくれてるんだよ。
 いつも癒されてた。傷だけじゃないよ。心も癒してくれた。
 すごくすごく感謝してるんだよ。
 ねえ、だから心配しないで。
 見送るのは……きっと辛いんでしょう?いつも辛そうな顔ばかりしてたもんね。
 だけど……お願い。こう言うのは我儘かもしれない。だけど言わせて。
 いつものように笑って?
 そして笑って迎えて欲しいの。
 私も、頑張るから……悲しませないようにするから……頑張ろう?」
 私はずっとラクチェの言葉を黙って聞いていた。
 ううん、黙っていたんじゃない。言葉が出なかったから。
 ……胸がいっぱいで言葉が出なかったから。
 戦争で誰もが傷ついている。身体にも心にも傷を負っている。
 ラクチェもセリス様も兄様もみんなも帝国の人も多くの国の人々も。
 ……そして私も。
 立場は違っても、出来る事は違っても、みんな同じなんだという事。
 ……そしてラクチェは私を必要としてくれている事。
 それ以上に嬉しい事なんてあるのだろうか?
 胸が痛かった。胸が一杯で痛いくらいだった。
 零れ落ちそうになる涙を私は必死でこらえた。
 泣いたら駄目。ここで、泣いたら駄目。
 私は顔を上げて、すぐ間近にあるラクチェに精一杯笑って見せた。
「ありがとう、ラクチェ。ごめんなさい。そして…いってらっしゃい」
「うん、行ってくるね!」
 ラクチェは満足げに笑い、元気よくそう言うと、私をもう一度抱きしめ、そしてまた戦場へ向かっていった。
 私はラクチェの笑顔を見て、もう一つの事に気付かされた。
 どうして今まで気がついていなかったのだろう。
 ラクチェは私が心を癒してくれるといった。
 だけど、私はラクチェに心を癒されているという事に。
 私はもう一度、最初に望んでいた事を思い返していた。
 ……そう、何故忘れていたのだろう。
 ……私が望んでいたのは癒しの力ではなくて…皆の笑顔だった事に。
 走り去っていくラクチェを見送りながら、今、気がついた事をラクチェが戻ったら一番に話そうと思った。きっと笑顔で聞いてくれるに違いない。
 『癒す事』
 それはとても難しくて……とても身近な事。
 私には私の戦い方がある。傷ついたって当然なのだ。
 だったら、前を向く。
 確かに辛かった。どうしようもなく辛かった。
 また、傷ついてしまう事を。
 また、危険にさらされてしまう事を。
 だけど、私は、傷を癒す事をためらったりはしない。
 私は、その苦しみが少しでも軽くなるようにしたい。
 だから、これからも変わらずに傷を治し続けるだろう。
 そして、その人が少しでも笑ってくれたらそれでいい。
 それ以上に欲しいものなんて無い。
 だから…その人がこれから先も無事であるように祈ろう。
 再びまたその笑顔を見られるように。
 ありがとう、ラクチェ。
 ちゃんと、戻ってきたらもう一度お礼を言わないと。
 ラクチェにはいつも心配をかけているような気がする。
確かに私はいつもラクチェの事を心配しているけれど、ラクチェもいつも気にかけてくれているんだろう。
いつも辛い時には傍にいて励ましてくれる。
小さい時からいつも感謝していた。
シスターになりたいと言った時はすごく反対されたのを今でも覚えている。
もしかしたら、いつか私がこういう壁に当たる事を気がついていたから止めたのかもしれない。
いつだって、私より私の事を分かっていてくれるから。
だけど……ちゃんと背中を押してくれる。
私が本当に進みたい方向をちゃんと示してくれる。
 そう、一人で戦っているわけじゃない。
 セリス様も兄様もみんなも…そしてラクチェもいるから。ラクチェがいるから。
 大丈夫。頑張ろう。まだまだ頑張れるはずだから。
 そう心に決めた。
 そしてもう一つ心に決める。
 私も頑張ろう。
 そして、もっとラクチェの事を見ていこう。
 彼女が困った時に、今度は私が助けられるように。
 彼女の力になれるように。
 いつも助けてもらってばかりだから。
 そして彼女が言ってくれたように、本当の『癒せる』存在になれるように。
 頑張ろう。
 信じる事、祈る事、大切に思う事。
 たまに心配に度がすぎて、その思いが過剰になってしまう事もあるけれど、信じる努力をしてみよう。
 癒しを必要とされる限り、私は癒しの力を望むから。
 頑張ろう。
 辺りにいつもより優しい風が吹いたような気がした。



久々の再録です〜。昔出したコピー本からです。
ラクチェ&ラナの小説が書きたい…!って事で書いた小説です。
販売期間が物凄く短かったからもっている方はかなり少ないですよね……。
個人的には結構思い入れのある話なので、再掲載しようと思いました。
そろそろ出してから二年ほど経ってますしね。
僧侶って難しい立場だと思います。言い返せば、再び戦場に送ってしまうわけで。本当なら引き止めたいのに引き止められない。それは、自分が治療したから。かなり悪循環なんですよね。戦っている側からすればありがたい限りなんでしょうけど。
そんな訳でこんな話になりました。
最初は相方をセリスにしようかとも考えたんですが、やっぱりこれはラクチェこそと思いまして。ラクチェ&ラナはとっても仲良しなのです〜vv

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