『親友と呼べるなら』 気がつけば傍に居た。 いつも一緒につるんでいるのが当たり前で、特別だなんて思ったことは無かった。 友達というより、むしろ腐れ縁とでも言った方が正しいのだろう。 そんな関係だと思っていた。 「で、今日も手合わせしたんだけど……どうしても先読みされちゃってさ。 また、完敗。いい加減に一本くらいとりたいんだけどね」 「そりゃ、お前がトロいからだろうな。もうちょっと素早く動け」 小さな双子の子供達を寝かしつけた後の、夜のつかの間の団欒の一時。 ノイッシュは今日の出来事を振り返りながら、子育てにてんやわんやで疲れている妻にお茶を入れてやる。その注ぎたての温かなカップを笑顔で受け取ったアイラは容赦ない一言を浴びせた。 しばらくの間滞在しているシレジアから、グランベルへと進軍しなければならないかもしれないという不安定な状況だったが、こういう穏やかな一時はそういった緊張感も消えていく。 「私も子育てにかまけて、最近剣を振るっていないからな。 お前がアレクから一本くらいとれるように鍛えてやろうか」 くすくす笑いながらアイラは楽しそうにそう言った。それを聞いてノイッシュが苦い顔をする。 「……そんな事を言って。あんまり無茶はしないで欲しいんだけどな」 アイラは元々剣士として生きてきただけあって、体力の方も他の女性達に比べて並ならないものがあるが、双子を授かったために普通の場合の倍は忙しいため、二人がかりで子育てに励んでいるとはいえ、母親の方がどうしても負担が大きくなりがちだった。いくら彼女が元気な人であるからとはいえ、あまり無茶苦茶をして欲しくないのは本音だった。しかも、彼女なら無茶をしかねないので油断ならないのだ。 「ふふ。しっかしお前とアレクは本当に仲が良いな。親友って感じだよな」 そうアイラに言われて、ノイッシュは自分のカップにお茶を注ぐ手を思わず止める。 親友……傍からはそう見えているのだろうか。 「……腐れ縁だとは思うけど……」 ノイッシュは再びお茶をきちんとカップに注ぐと、アイラの向かいの席に腰掛ける。 正面のアイラは楽しそうな顔でノイッシュの方を見ていた。 「そんな事言っても、付き合い長いんだろう?」 「長いには……長いかもしれないけど……」 ノイッシュは首をかしげながらアイラの言葉にあいまいな相槌をうつ。それに構うことなく、アイラは続けて質問を浴びせていった。 「いつくらいからなんだ?やっぱり騎士になる前か?」 好奇心で目をキラキラさせているアイラに、ノイッシュは戸惑いながら記憶に手を伸ばす。 改めてそう考えた事が無かったから、意外にすぐに出てこない。 「そうだね……多分、最初に会ったのは……」 記憶の糸を辿りながらノイッシュは過去の事を思い描いていた。 最初の出会いはシアルフィの士官学校だった。バーハラのように貴族が集まる士官学校もあるが、シアルフィの士官学校はシアルフィ城に勤める騎士を養う場であった。 士官学校には多くの騎士希望の人たちが集まり、ノイッシュも騎士を夢見て志願した一人だった。 あの日は、シグルドがその士官学校に訪れた日だった。 いずれ城に来る騎士見習い達の様子を見に彼は訪れた。 遠目に見るシグルドは穏やかで誠実な人柄がにじみ出ていて、その育ちの良さも手伝って高貴で輝いていた。 そして、教官達の勧めで、教官相手にその剣技を披露してくれたのだ。 その華麗な太刀さばきに誰もが息を呑み、その強さに目を見張った。 多くの人にまぎれながら、ノイッシュもその光景を見ていた。 人格者でありながら剣も強いあの人に仕える事が出来たらどんなに素晴らしいだろうか。 そう考えただけで胸が高鳴る思いだった。 「……シアルフィに生まれて正解だったな」 隣りで同じようにシグルド公子を見つめていた人物がそう呟くのが聞こえた。 その言葉が妙に気にかかってノイッシュは隣りに顔を向けた。 そこにはウェーブのかかった深い緑の色をした細身の人物がじっとシグルド公子を見つめていた。歳は自分と変わらないだろうか。だが、今まで会った記憶も無いから、おそらくクラスも離れているのだろう。がっしりとした体つきの者が多い中で、むしろ細くてひょろりとしたその体格は異質であった。 ノイッシュの視線に気がついたのだろうか。彼はノイッシュの方に顔を向けた。そして、そのままにっこりと笑う。 「なあ、あんたもそう思わないか?」 その言葉にノイッシュは無意識のうちに頷く。 その反応に彼は嬉しそうな顔をして、再びシグルド公子の方へ視線を向けた。 そう、シアルフィに生まれ育たなければ、シグルド公子に巡り合う事は出来なかっただろう。当たり前のような事だけれど、実際は偶然の巡り合わせなのだ。 そして、シグルド公子が帰還して、士官学校の騒ぎが収まった頃には、隣りの人物はどこかに消えていた。 ただ、漠然と、またどこかで出会うような気がした。 その次は、士官学校を卒業後、騎士を拝命する任命式がある日だった。 初めて赴くシアルフィ城、いよいよ憧れていた騎士になれるのだと胸を高鳴らせていた。 騎士になれるのは士官学校でも一部の成績優秀者でなければならない。 文武両道優れている事が必要とされ、武術の方が得意なノイッシュはあの日見たシグルド公子の傍に仕えたい一心で、苦手な学問にも取り組んできた。それがようやく実を結んだのだ。 共に学んだ友達から祝福を受け、そしていよいよ今日から騎士となる。シグルド公子に仕える事になるかどうかまではまだ分からないが、それでも一番最初のスタートは切ることが出来たのだ。 今日のために用意してもらった赤い鎧。そこにはシアルフィの印である剣の紋様が刻まれている。着慣れない鎧で任命式の行われる場所に緊張した足取りで向かう。緊張感でガチガチになりそうになっていた時に声をかけられた。 「よお、あんたも新入り仲間か?」 振り返ると背の高い二人組がこちらに手を振っていた。 一人はその身長は2メートルはあるだろうか。とにかく大きく、また体躯も大きいがっちりした人物だった。その体格からして、おそらく同じ騎士でもアーマーナイトの方だろうと予想がついた。 そして声をかけてきた人物の方は、アーマーナイトらしき人物より背は若干低いもののノイッシュよりは高く、体躯が細いため、一緒にいる相手のせいもあるのかひょろっとして見えた。ノイッシュと同じ紋様が入った緑の鎧に、鎧と同じ深緑の髪。……見覚えのある人物だった。 細身の彼はノイッシュに笑顔で歩み寄り手を伸ばす。 「俺はアレク、宜しくな。あんたの名前は?」 求められるがままにノイッシュも手を出し、握手を交わす。 「……僕は、ノイッシュ」 あまりにも人懐っこく話しかけられるのに戸惑って、名前を名乗るのが精一杯だった。だか、相手のほうはそんな事を気にしてはいないようだった。 「へえ、ノイッシュか。宜しくな。 あっちのでっかいのがアーダン。固い、強い、遅いの三拍子が揃った奴さ」 そう言って後ろに居る大きな人物の方に顔を向けて紹介する。だが、その紹介にアーダンは顔をしかめた。 「おい、アレク。そういう紹介はないだろ?」 「ははっ、遅いが余計か?でも本当のことだろ」 「お前はすぐそうやってちゃかすんだから…悪い癖だぞ」 「はいはい、そりゃわるうございました」 アーダンは文句を言っているものの、その表情からは気心のしれた相手であるのだろう。言葉のわりには二人とも楽しそうで、じゃれているような感じだった。 その二人のやりとりを見ていると、緊張がほぐれるようでノイッシュはほっとした。 ノイッシュは彼らを知らないに近い状態だったが、向こうはそうではないらしい。ノイッシュもアレクとは全く見ず知らずの関係でもないのだが、おそらく彼は以前であった事など覚えていないのだろう。 それでも同年代と思われる人たちが一緒に騎士の拝命を受けるのは精神的にも楽だった。 少し、気持ちもほぐれてノイッシュにも微笑みが零れる。 「アレク、アーダン。こちらこそ宜しく」 ノイッシュの挨拶に、アレクもアーダンもにっこり微笑む。 これから長い付き合いになるであろう関係の最初は順調に滑り出した。 「さて、こんな所でもたもたしてないで、さっさと式に向かおうぜ」 アレクがアーダンとノイッシュの背中を押す。 「わっ、いきなり押すなよ!」 「そんだけでかいんだから押したっていいだろ」 いきなり押されてアーダンが抗議するが、アレクは笑いながらその言葉をかわす。 そして背中を押されて戸惑っているノイッシュに気がついて、耳の傍に顔を近づけると小さな声で囁いた。 「な、やっぱりシアルフィに生まれていて正解だっただろ?」 その言葉にノイッシュは驚いてアレクの顔を見る。アレクはにっと笑って返した。 「なんだよ、俺を仲間はずれにする気か?」 アレクとノイッシュのやりとりに気がついて、アーダンが笑いながらそう声をかける。 そんな彼にアレクは背中を叩いて笑う。 「なんだよ、アーダン。俺にふられて寂しいのか?」 「誰がそんなこと言った、誰が」 楽しそうにやり取りをしているアレクとアーダンの後ろをついて行きながら、ノイッシュは思っていた。 彼らとなら…きっと仲良くできると思った。 これからの騎士としての生活に安堵感を覚えたのだった。 それから、ソシアルナイト同士ということもあって、必然的にアレクと一緒に行動する機会が増えた。 同期だったし、力押しのノイッシュに対して技と素早さで戦うアレクは正反対の戦闘スタイルだったため、お互いの良いところを盗むべく、共に剣や槍の腕を磨いていっていた。 いつも気がつけば隣にいるのはアレクになっていた。 何かがあれば決まって声をかけてくるし、アーダンを連れて来ては三人で騒ぎとおす事も多かった。 気がつけば傍に居る。いつの間にか空気に近いような関係になっていた。 「……って感じなんだよね。 考えてみれば、あんまりアレクの事も知らないし……ただ一緒に居てつるんでいるだけのような気がして……」 一通り話し終えて、ノイッシュは首をかしげる。 思い返してみたのだが、どう考えてみてもアイラに『親友』と呼ばれるような要素は入っていないと思うのだ。 だが、アイラの方は呆れた顔をしていた。 「……あのさ、ノイッシュ。お前がどう定義しているかまでは知らないけど……」 アイラはやれやれとため息をついて、首を振った。 そして向かいにいるノイッシュに手を伸ばし、人差し指を額に当てる。 「そういう関係が『親友』だと思うぞ。一緒に居て当たり前、っていうのがさ」 「……そういうものかな?」 「そういうもの!」 まだ疑問系のノイッシュにアイラは力強くそう言った。 「……そういうものか」 アイラにびしっと言われて、ノイッシュは呟くように繰り返した。 そういうもの……かな。 コンコン。 部屋をノックする音が聞こえる。 「ああ、私が出るよ」 ノイッシュは立ち上がろうとするが、先に立ち上がったアイラに静止されて、再び浮かした腰を下ろす。夜に尋ねてくるとは何があったのだろうか。 「ああ、なんだお前か。いいよ、入って」 向こうでアイラの声がする。誰が来たのだろうか。来訪者を確かめようと後ろを振り返ると、そこには先程までの話題の人物が入ってきた。その腕には小さな赤ん坊が抱きかかえられている。 「よう、お邪魔様。悪いとは思ったんだけど……しばらくシルヴィアを寝かせてやろうと思ってさ。リーンが居るとゆっくり寝付けないだろうと思ってね。 かといってアーダンとこだとさ…あいつでっかいからリーンになんかあっちゃたまんないしね」 ノイッシュの視線に気がついて、アレクは笑いながらそう言った。その理由はノイッシュにも身に覚えがあって、すぐに理解する。とにかく子供が小さなうちは、寝ている間もないくらいなのだ。 アイラに導かれるまま、アレクは近くのソファーに腰を下ろし、大人しくしている娘を大切そうにあやしていた。 アイラはその隣に腰を下ろしてリーンを覗き込む。 「ふふ、だいぶしっかりしてきたな。もうちょっと大きくなればうちの子達とも遊べるようになるな」 「まだそこまで行くには早いですよ。でも早く遊べるようになると良いですよね」 リーンをちょんちょんと突付きながらアイラは微笑む。それに対してアレクは笑顔で返した。 大人しく笑っていたリーンがアイラに小さな手を伸ばして、アイラは微笑むとアレクから抱き上げてあやしている。その隣りでは感心したようにアレクが見ていた。 どこか波長が合っているらしく、この二人は仲が良い。 アレクは誰とでも仲が良く、気さくに話しかける性格も手伝って、どんな人と一緒に居ても親しく見える気がした。 だから、別にアイラが言うように、自分とアレクが特別に仲が良いわけではないと感じる。 別に友達である事イコール親友である必要は無いのだろう。 ただ、人より一緒に居る時間が多いだけ、それだけかもしれない。 「どうした?」 ぼんやりとこちらを見ているノイッシュに気がついて、アレクが声をかける。それにノイッシュは笑いながら答えた。 「いや、リーンちゃんが大きくなって結婚とかいう話になったらアレク、すごい反対しそうだな〜とか思って」 その場しのぎという訳でも無かった。なんとなくそんな感じがする。 「いや、うちのリーンは一国の王妃くらいにはなるからな。そのくらいの相手じゃなきゃ釣りあわん」 「……はい?」 想像していた以上の答えが返ってきて、ノイッシュは目を丸くする。だが、言った本人は極めて本気らしい。 アレクはアイラからリーンを受け取ると、彼女の髪を優しく撫でながら目を細める。 「なんたって、これだけ可愛いんだからな〜。そんじょそこらの男になんてやるものか」 「ははっ、そうだな。やっちゃ駄目だぞ〜」 きっぱりはっきり言うアレクにアイラが楽しそうに相槌を打つ。 それをノイッシュはぽかんと見ていた。 それでも付き合いはそれなりに長いから、なんとなく分かっているような気はしていた。 そのライトな性格も、よく人を見ていることも、意外に相手に対して距離を保とうとする事も。 ……だけどまさか、ここまで親ばかになるとは……。 「はははっ、アレクなら本気でやりそうだな」 「笑い事じゃねえよ、こっちは本気だからな」 ノイッシュは思わず笑ってしまう。それに対してアレクは心外だと言わんばかりの顔をした。それを見て、ノイッシュはさらにころころ笑う。 そう、それで良いのだろう。自分たちの関係は。 傍からどう思われても良い。 多分、自分はアレクをちゃんと知る事は出来ないし、きっとこれからも驚く事の方が多いのだろう。それでも、今の関係が崩れる事は無いと思う。 それで良い。 だけど……だけどそれでも。 「……ねえ、アレク」 「何だ?」 問い返されて、ノイッシュは照れ笑いを浮かべる。 やっぱり言葉にするのは照れくさい。 「いや、なんでもない」 「?変な奴だな」 ノイッシュの真意が分からず、アレクは不思議そうな顔をする。 そんな彼をノイッシュは笑いながら見つめた。 そう、それでも『親友』という言葉が親しい友と書くのならば…… 少なくとも自分にとって彼はきっと。 だからいつか…… 親友と呼びたい。 そう思った。 おしまい。 いつか書いてみようと思っていたノイッシュ&アレクの話です。元々漫画で描こうと思っていた話なので、絵では淡々と流れるはずの部分にえらく手間取ったりしましたけどね(^^;)。こんな感じのイメージですね、私の中の彼らって。 アレクって交友関係広そうな人ですよね。色んな人がいる中で、そこで潤滑油になるような、そんな人。性格も明るくてサバサバしているから、誰からの印象も良さそうな気がします。だから、きっとアレクからすれば『親友』と呼べる人はノイッシュ以外にもアーダンとか沢山居そうな気はします(笑)。どちらかというとアレクはノイッシュよりアーダンの方が付き合い長そうな印象があるんですよね〜。例の「固い、強い、遅い」も付き合い深いから冗談で言える訳で。ノイッシュはその中に混ぜてもらったんじゃないかな〜なんて思います。 色々生まれについてのMY設定はあると思うのですが、私もよく言われているようにノイッシュは騎士の家柄出身、アレクは町人とか騎士とは縁が無い所からの出身のような気がしてます。性格も、発言も、彼の根底にあるものって騎士じゃなさそうですからね。どちらかと言えば、戦争を批判的に見ている人なんでしょう、アレクは。シグルド公子は信じているけど、他はそうじゃない。戦争なんてなんでするんだって思っているような。そんなイメージを持っています。ノイッシュは騎士道がうんたらかんたらと言ってそうですね。 この二人はむしろタイプが違うからこそ、仲が良いんじゃないかなと思います。空気みたいな友人関係ってなんか良いな〜とか思いますね。 とりあえずMY設定ベースなのでこんな感じです。どうしても親ばかアレクって書いてみたかったので…ばっちりカップリング色まで付いてますけど(笑)。いや、娘が出来たらあの人は物凄い可愛がるんだろうな〜と思うんですよね。リーンの彼氏は許可貰うのに苦労しそうですvv |