『FINE DAY』

 日の光を受けて樹木の葉が輝く良く晴れた日。風も穏やかで揺れる葉が奏でる美しいハーモニーは聞く者の心を和ませた。どこかに遊びに出掛けたくなる様な日だ。エーディンはそんな事を考えながら森の中を歩いていた。
 エバンス城の近くのこの森は木漏れ日で明るく、エーディンの美しい金色の髪をさらに美しく輝かせていた。
 弓の引き絞る音が、木に矢が突き刺さる音が聞こえる。その弓を引く主が見えた時、エーディンは思わず息を飲んだ。
 鋭い瞳は恐ろしいまでに冷静で冷たかった。その瞳には以前の彼にはなかった圧倒的なまでの冷静さ、強さが秘められていた。
 いい瞳をしている。同じ弓を引く者であるジャムカ王子がそう評した。そう、その瞳は優秀な弓兵のもの。以前はその性格の優しさからためらいがちな瞳をしていたが今はもう何の迷いもない真っすぐな瞳だった。
 ヴェルダンの森で再会した時、エーディンは彼が別人の様に思えた。いままで側にいたのに、ほんの少し会わなかった間に彼は急成長を遂げていた。感情をおさえ、ためらう事もなく弓を引く。彼は戦いを重ねる度にどんどん強くなっていった。……そしてエーディンはなんだか一人取り残された様な気がした。
 何も出来ないお姫様は嫌だった。戦場は確かに僧侶である彼女には辛い所だ。だけどもう二度と同じ思いをしたくなかった。……ユングヴィのあの日の様に。
 癒す力を持ちながら彼女は誰も救えなかった。……助ける事が出来なかった。皆、自分の為に戦ってくれたというのに。……そして最後の最後まで戦ってくれた弓騎士さえも……。
 もう二度と繰り返さない、それは彼女にとって大きな原動力となった。優しい幼なじみのシグルドやアゼル公子や……奇跡的に生きていた弓騎士は止めようとしたけれど。でも良き理解者のエスリンの協力もあってエーディンは戦場に出る事となったのだ。エスリンも本当はエーディンを戦場には連れていきたくはなかった。だけれどもエーディンの気持ちが良く分かっていたから説得に協力してくれたのだ。……エスリンには感謝の気持ちでいっぱいだった。
 だけど今回ばかりは恨みたかった。原因はシグルド公子とディアドラの結婚だった。その式の時、エーディンはディアドラからブーケを渡されたのだった。
 花嫁のブーケを受け取った者は次の花嫁となる。そんな言い伝えがある。
 どこで感づかれたのかは知らないが、エーディンに好きな人がいる事をエスリンにばれてしまったのだ。そして変に気をまわされ、今ここにエーディンはいるのだった。
 ……いつか伝えようとは思っていた。でも今はとても切り出しにくかった。
 ……なんとなく、彼が別人の様に思えたから……自分だけが取り残された気がしたから。
「エーディン様?どうかされたんですか?」
 新緑の葉を思わせる綺麗なエメラルドグリーンの髪をした青年が笑顔で声をかけてきた。……エーディンの良く知っている笑顔で。
「……散歩をしているの。今日はすごく良いお天気だったから」
 まさかエスリンに気をまわされてここまで来たとは言えず、少し考えてから当たり障りのない返事をした。
「今日は本当に良い天気ですよね。風の匂いもすごく気持ちがいいですし」
「ミデェールは今日も弓の鍛練なの?」
 エーディンの返事に笑顔で答えるミデェールにエーディンは話をすり替える様にして話題を変える。
「ええ、毎日やらないと腕がなまってしまいますし。それにジャムカ様はすごく弓がお上手だから私もユングヴィのバイゲリッターの一人ですから負けられませんよ。最近はよく一緒に練習するんですけれど今はジャムカ様が一旦ヴェルダンに戻られていますから、次にお会いする時にはもっと上手くなって驚かせてやろうって思ったりしてるんです。……なんか子供っぽい理由ですね」
 笑いながら弓の弦を直し、ミデェールは再び木に取り付けた的へ狙いを定める。先程までの優しい笑顔は消え、集中したその瞳は冷静に、的確に的を捕らえる。そして放たれた矢は多少中心から外れてはいたものの、ほぼ完璧だった。
「少しは上達したでしょう?……もう二度とあんな思いはしたくないですから」
 そう言ってミデェールはエーディンに微笑んだ。一度犯した過ちはもう二度と繰り返さない、それはミデェールの決意であり、エーディンの決意でもあった。その優しい笑顔を見て、エーディンは少し安心する。もしかしたらすべて自分の思い過ごしだったのかもしれない、そう思えた。普段の彼は昔と同じで優しく穏やかであたたかかった。 ……そうずっと昔に会った時のように。
「……ねえミデェール、ずっと前にもね私あなたがそうやって弓の練習をしているのを見た事があるのよ。……あなたはきっと覚えていないでしょうけど」
「……ずっと前ですか?」
「……ええ、そう……ずっと昔よ……」
 思い出す様にエーディンは遠くを見つめた。

 そうそれはエーディンがまだ僧侶となる為に勉強を始めたばかりの頃の事だった。たまたまその日は何人かの付き添いの人達と共に外出していた、その帰り道でのことである。エーディンの耳に聞き覚えのある音が入ってきた。
 それは弓の引き絞る音、矢を放つ音だった。思わずその方向に目を向ける。そこにはエーディンとあまり年の違わない少年とその父親らしき二人が弓の稽古をしていた。その父親らしき人物にエーディンはなんとなく見覚えがあった。多分父の率いているバイゲリッターの一人かもしれない。だとすると息子に後を継がせる為に稽古をつけているのかもしれなかった。
 エーディンは引き寄せられる様にその光景を眺めていた。付き添いの人が促す声も耳に入らなかった。食い入るようにただじっと見つめていた。
 うらやましかったのかもしれない、とエーディンは後から思った。双子の姉が行方不明となりどんなに手を尽くしても見つからなかった。姉はイチイバルの後継者であり、幼い時からその類い希なる弓の才能をいかんなく発揮していた。エーディンもその姉と並んで弓を父から習った。姉と共に父の様な立派な弓騎士になる為に。エーディンはもともと戦う事はあまり好きではなかった。誰かが傷つくのは辛かった。でもそうやる事で父が自分たちを守ってくれていると分かってからは弓を習う事が好きになった。姉程は上手くはなかったけれど父が喜ぶだけの才能には恵まれていた。弟はまだ小さかったけれど父と姉との三人で弓の稽古をするのが大好きだった。でも状況は突然一転する。姉が行方不明なったのだ。父の嘆きは普通ではなく、エーディン自身も強く打ちのめされた。エーディンは僧侶になる決意をしたのだった。自分が神に仕えればもしかしたら姉を連れ戻してくれないかもしれないから。エーディンの決意を聞いて父はそのほうが彼女にふさわしいかもしれない、と言った。だけど弓騎士になろうと志していた心をそう簡単には無くす事は出来なかった。確かに僧侶になる為の勉強は楽しかったし自分にも弓騎士よりは向いていると思えた。でもやっぱりその頃は諦めがついていなかったと思うのだ。
 それから時間を見つけてはその場所に度々訪れた。そこはどうやらその親子の練習場所だったらしく大抵見つける事が出来た。
 始めはその少年にかつての自分を重ね合わせていた。もう戻ってこない日々に思いを馳せて。少しずつ上達していくその少年を見ているとなんだか自分も頑張れる気がして勉強にも力が入った。
 新緑の髪をしたその少年に何度か声をかけてみたいと思った。自分の分も頑張って立派な弓騎士になって欲しかった。でもそれは出来なかった。
 分かっていた。身分というものを。自分がそんなに簡単に出歩いてはいけない事も気軽に話してはいけない事も分かっていた。下手にそんな事をすれば、もしかしたらもう二度と見る事も会う事も出来なくなってしまうかもしれなかった。それだけは絶対に避けたい事だった。 今はただ見ているだけで良かった。いつかもっと大きくなって彼が弓騎士となりユングヴィに仕える事になったら、その時こっそりと教えられれば良いと思った。そんな日が来る事を夢描きながら、時々見に来ていたのだった。
 そんな事を考えていたある日の事だった。エーディンは治癒魔法の中で初歩に当たるライブの勉強を始めていた。魔法を使うのは思っていた以上に難しく共に学んでいるエスリンとどうすれば良いのか悩んでいた。上手くいっても擦り傷を治せる程度でほとんどは失敗に終わっていた。以前に比べてずっと楽しくなっていた僧侶になる為の勉強も今ではひたすら重荷でしかなく、自信喪失と共に姉にもう二度と会えない様な気がしてすっかり落ち込んでいた。
 久々にあの少年に会ってみようと思った。もしかしたら何かが見えてくるかもしれない。一生懸命に何かに打ち込む人間はとても輝いているから。
 城をこっそり抜け出しいつもの場所……城下の近くの小さな森に向かう。しかし少年の姿もその父親の姿も見当たらなかった。エーディンはがっくりと肩を落とす。でもがっかりするのは筋違いだとも思う。結局自分は人に頼っていたのだし解決するのは自分自身だからだ。そう思うと諦めもつき、城に戻ろうとしたその時だった。
 少年が茂みの中から現れた。その手は血にまみれている。そしていたわる様に何かを抱いていた。ウサギだ。傷ついたウサギ。
 無意識のうちにエーディンは駆け寄っていた。
「その子、その子どうしたの?」
 突然現れた金髪の少女に少年は面食らう。しかしその視線が自分の抱き抱えているウサギに心配そうに注がれているのを見て、警戒心は緩んだ。
「怪我してるんだ。さっきそこの茂みの向こうで木とかが罠みたいになっていてそれに足を捕られたみたいで……なんとか助けられたんだけど……すごく弱ってて……今から獣医さんの所に連れて行こうと思ってるんだ」
 エーディンはじっとウサギを見つめた。もしかしたらなんとかなるかもしれない。ライブの魔法さえ上手くいけば……。
「……ねえ、私に…私に任せて……」
 少女の真剣な訴えに少年は思わず頷く。少女が何をしようとしているのかは少年には分からなかったけれどその瞳には強い何かがあった。「……じゃあ、この子どうすれば良い……?」
「……そこの平らな所に置いてあげて……」
 少女に言われるままに少年はウサギを平らで草が柔らかいベッドの様になっている所を見つけてゆっくりと優しくねかせてやった。
 少女は最近肌身離さず持っていた小さな杖を取り出した。
 失敗は出来ない。でも今はそのウサギを助けたい一心だった。
 魔法を唱える。優しく温かい光が杖の先にある魔力を秘めた宝石からあふれ出す。そしてその光はウサギを包み込み、ウサギの傷を少しずつ、でも確実に治していった。
「……すごい……」
 少年は息を飲んだ様な声でそう呟いた。
 ウサギは動ける様になると駆け出し、二人の方に一度振り返ると森の奥へと消えていった。
 エーディンはほっと息をつく。初めて成功したと言って良いライブ。言葉では言い尽くせない思いで一杯だった。
「……すごいね、初めて見た……魔法……」
 まだ夢を見ているかの様に呟く少年にエーディンは向き直る。
「次はあなたね。手をだして」
 少女の言葉に慌てて少年は首を振る。
「いい、いいよ。僕はあのウサギみたいにひどい怪我じゃないし」
 その言葉に思わずエーディンはむきになる。
「何言っているの?手を怪我していたら弓の練習だって出来なくなっちゃうじゃない。そんなの駄目!」
「……何で君、僕が弓の練習してるって知ってるの?」
 エーディンはその言葉にはっとなる。そうだ、彼が知る訳がないのだ。自分がよく彼の稽古を見ていた事など。そしてずっと黙っているはずだったのに飛び出してしまったばかりにそうはいかなくなった事を知った。エーディンはその場をごまかす話題を探した。上手くごまかせば乗り切れるかもしれない。
 しかし少年の方は何やら合点がいった様な顔をしていた。
「……そうか……前から誰かに見られている様な気がしたけど君だったんだ」
 ばれていた、そう知ってエーディンは真っ赤になる。突然とても後ろめたい気持ちと激しい後悔が押し寄せて来た。
「……ごめんなさい……黙って見ていて……」
 うつむき気味に謝るエーディンに少年は不思議そうな顔をする。
「謝らなくてもいいよ。僕は嬉しかったんだから」
「……嬉しかった……?」
 少年の以外な返答にエーディンはうろたえる。てっきり呆れられるか嫌われると思っていたからだ。そんなエーディンに少年は笑って言葉続ける。
「うん。嬉しかったよ。……だって僕はまだまだ全然駄目な弓騎士の卵なのに何をやっても上手くいかなくてやり直してばっかりなのに……そんな僕を笑ったりするんじゃなくて見守る様に励ます様に見ててくれる人がいる、そう思ったらすごく元気がでて頑張ろうって思って。もっともっと頑張ろうって、早く上手くなって立派な弓騎士になろうって改めて思った。だからね、いつか僕を見ていてくれた人にいつか会えたらお礼を言おうって思ってたんだ。
 ……ありがとう」
 その言葉にエーディンは全身が熱くなった。少年にそう思ってもらえた事が、自分と同じ様に励みにしていてくれた事が……嬉しかった。どうしようもなく嬉しかった。
「……こちらこそありがとう。……そんな風に思ってくれるなんて夢にも思ってなかった。……すごく……嬉しい……」
 エーディンは泣きそうになるのを必死でこらえながら、なんとかそう言葉を紡いだ。少年も笑顔でエーディンに答えた。
 優しい午後の日差しの中で二人は笑った。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕はミデェール。君は?」
「私は……」
 そこまで言いかけてエーディンは口を噤んだ。今名乗ってしまったらもう会えないかもしれない、そんな不安がエーディンの脳裏をよぎった。エーディンはゆっくりと首を横に振ると辛そうな表情で笑った。「ごめんなさい。今は名乗れないの……」
 ミデェールは少し不思議そうな顔をしたが特に追及はしなかった
「……ねえ、弓の稽古って面白い?」
 話題を変える様にエーディンは話しかけた。ミデェールもそれに応じる。
「……うーん、面白いって言えば面白いかもしれないけれど、上手くいかない時はちっとも面白くないし投げ出してしまいたくなるけど……でも僕は弓を引く事が好きだし……だからやっぱり面白いし好きなんだろうね。
 ……君はどうなの?やっぱり魔法って大変?」
 ミデェールの問いにエーディンはにっこりと笑う。
「きっとあなたとたいして変わらないわ。今日ももう魔法は全然無理だって思っていたけれど……ウサギさん……助ける事が出来たし……また好きになれたの」
 いってみれば似た者同士の二人はお互いの事を話して笑った。何かが確かに心の中で整理されていっていた。
「おーい、ミデェールどこだー?」
 ふいに大人の男性の声がする。その声にミデェールの顔がぱっと輝く。
「お父さーん、こっちだよー」
 ミデェールが笑顔で答える。一方エーディンは慌てていた。
「ごめんなさいっ、私帰るねっ」
「え?どうして……」
 エーディンはミデェールの言葉を最後まで聞き取る事は出来なかった。見られたらばれてしまう。それだけが怖くて必死になって走った。自分の正体がばれていない事を祈りながら。
 その後は散々だった。抜け出していた事がばれてしまい散々叱られ、向こう三カ月の謹慎をくらってしまった。
 それでもミデェールと話せた事はエーディンの励みになった。同じ夢を追う者同士だから会話の一つ一つがお互いへの励ましにもなった。 エーディンは三カ月しっかり約束を守り、ライブの魔法も少しずつ安定した力を発揮する様になった。
 その事をミデェールに伝えたくてエーディンは彼のいるあの森に向かった。しかし、その日彼はいなかった。しばらく待ってみたが現れる気配はなく、仕方なくエーディンは帰っていった。
 エーディンはそれから何回もその場所に訪れた。しかし相変わらず彼は現れなかった。その後も何度も訪れた。だがやはり彼はいなかった。
 もう会えない。
 エーディンはそう悟った。仮に彼が本当に弓騎士になれたとしても彼女の事を覚えている可能性は低いし、配属された所によっては会えるかも分からなかった。それに何より自分は名乗っていないのだ。例え彼が覚えてくれていても自分だと分かってくれる保証はなかった。 やりきれない思いでいっぱいだった。どうしていいか分からなかった。
 エーディンの話を黙って聞いてくれていたエスリンがエーディンに優しく慰める様にこう言った。
「エーディンにとってその人は初恋の相手だったのね」
 その当時、そう言われてもエーディンはピンとこなかった。でも今思えば恋のそれに近い思いだったのかもしれないと思う。
 そしてエーディンが少女から抜け出し始めようとした頃、奇跡は起きた。
 ミデェールが彼女の目の前に現れたのだ。
 彼は最初の騎士見習いの頃は色々な所に配属されていたのだが正式にエーディンの護衛をする部隊に所属したのだ。
 彼が本当に弓騎士となった事が嬉しかった。しかも自分の側にいる人となった。エーディンは以前会っていた事を話すのは止めた。今のままで十分だった。彼の昔と変わらない優しさが、穏やかさが感じられるだけで十分だった。
 エーディンが初めてミデェールへの思いを自覚する事になったのはやはりあのユングヴィでの出来事だった。彼が血まみれになって倒れた時、心臓が止まりそうだった。傷を癒す術を持ち合わせながら何も出来ず攫われていくだけの自分が許せなかった。ミデェールはきっと生きている。何度も自分に言い聞かせた。それだけがわずかな希望だった。まだ伝えていないのだ、ずっとずっと抱いてきた思いを。そして沢山の感謝の言葉を。
 しかし二度目の奇跡が起きた。彼は元気な姿でエーディンの前に現れた。
 再会した時、どうしようもなく嬉しかった。生きていてくれた事に でも不安にもなった。彼は騎士として急成長していて取り残された気がした。
 ……自分の思いを伝える勇気なんてなかった。

「覚えていますよ。あなたが傷ついたウサギを助けた事も」
 ミデェールの答えにエーディンは驚く。いつ気がついたというのだろう。それに何よりどうして自分にすぐ言ってくれなかったのか。
「……どうして私だと分かったの?それにどうしてもっと早く言ってくれなかったの?私はずっとあなたは覚えてないとばかり……」
 エーディンの追及にミデェールは笑って答える。
「エーディン様があの時慌てて帰っていったのを父が見ていたんですよ。父はバイゲリッターの一人でリング様に仕えていましたからね。エーディン様だと分かったんです。それにまさかエーディン様が覚えてらっしゃるとは夢にも思っていませんでしたから……お伺いするのもご迷惑かと思いましたし……」
「じゃあ、じゃあ何で突然いなくなってしまったの?」
 なおも続くエーディンの追及に嫌な顔一つせずミデェールは答える。「……あれはエーディン様だと分かったから……。もし上達しなくて弓騎士になれなかったら恥ずかしいのもありましたし……なによりもエーディン様が見て下さったんだから次にお会いする時はもっと上手になってからって心に決めていたんです」
 そしてミデェールはにっこり笑うと言葉を続けた。
「それにあの日から決めていたんです。優しいあなたの力になりたいと。生涯の忠誠を誓うと」
 そう、それはミデェールが心にずっと決めてきた事だった。初めて会ったエーディン公女は父親から聞いていたよりずっと優しくて心の強い少女だった。幼心に決めた、この人の力になりたい……守りたい、と。結果的には一度守りそびれてしまったけれどその思いにはかわりがない。それはミデェールにとって大切な思いだった。
 誰かからエーディン公女が好きなのか?と聞かれた事がある。
 迷わずに答えた。そうだ、と。
 それが恋愛感情という事ではない。もしかしたら自分は誰か別の人を好きになるかもしれないし、あるいは心のどこかでエーディンの事を思っているのかもしれない。でも少なくとも今はエーディンへの思いは恋愛感情とは違った側面で心から敬愛している。それだけは間違いのない事だった。初めて会ったあの日からずっと変わらない思いなのだ。そしてまだ彼の気付かない、あるいは一生気付かないかもしれない思いもずっと。
「……ねえミデェール……私はみんなに……あなたに守られてばかりのどうしようもないお姫様だわ。……お父様になら分かるの……お父様は素晴らしい弓騎士だし温厚で信頼も厚い方だわ。……でも私にはそんな素晴らしいものはないわ」
 エーディンはずっと胸に秘めていた思いを思わず口にする。ずっと疑問に思っていたけれど口にする事がためらわれたこの台詞を。だがミデェールはゆっくりと首を横に振った。
「それはあなたが御自分の事を良くお分かりになっていないのです。リング様は素晴らしい方です。でもエーディン様もリング様に負けない位素晴らしい方ですよ」
 エーディンは首を横に振った。そんなに思われる理由が見当たらない。なのにどうしてミデェールはそう言うのだろうか。
 そんなエーディンの様子を見てミデェールは少し口調を変える。
 はっきりした口調から優しく穏やかな口調に。
「……私がエーディン様に忠誠を誓ったのはあなたのお心にひかれたからです。あなたはとてもお優しい人です。いたわりも優しさもどんな人に対しても与える……人の心を穏やかにする。一人一人の事をちゃんと見て理解して……そしてあなたは人を救い出す力がある。あなたは優しいだけではなく強い心を持っている。……そんなあなたの心にひかれたのです。……きっと皆私と同じでしょう」
 そう言ってミデェールは優しく笑った。彼女を励ます様に。
 その言葉はエーディンにとって嬉しいものだった。少なくとも彼はそう自分を見てくれているのだから。
「……ありがとうミデェール。もう泣き言は言わないわ。私はもっと自信を持たなくてはいけないわね。私を守って死んでいった人達の為にも……もっと頑張らなくてはね」
「そうですよエーディン様、頑張りましょう」
 エーディンが元気をだしたのを見てミデェールも安心した表情になった。やはり彼女には一番笑顔が似合うと思った。
「……ねえミデェール……私あなたに言いたい事があるの……」
 エーディンは高鳴る鼓動をどうにかおさえながら言葉を紡いだ。
 彼は二度も奇跡を起こしてくれた。三度目の奇跡は自分で起こさなくてはならない。例え砕け散っても良いと思う。
「なんでしょう?エーディン様」
 問い返すミデェールを見てエーディンは言葉に詰まる。不安が過る。でも今を逃せばもう二度と言えない気がした。
「……あのねミデェール……」
 エーディンは続けた。ずっとずっと胸に秘めてきたミデェールへの思いを。自分らしい言葉で。
 エーディンの告白をミデェールは信じられない様な顔で聞いていた。 そして彼は初めて気付く。エーディンに忠誠以外の思いを抱いていた事に。
 告白し終えて真っ赤な顔でうつむいているエーディンにミデェールは笑顔で伝えた。自分でも今気付いたばかりのエーディンへの思いを。

 終わり。

 再録です(^^;)。昔だしていたコピー本のミデェールvエーディンです。昔書いた文章ではあるものの、イメージ的に一番しっくりくる話で自分としてはこれが私の好きな二人です、と言えるものです。
 なんで再録なのにUPしたかと言いますと…ネット界だとミデエー、好きな人は多いのにお話が見つからないので、自己主張してみようかと思いまして(笑)。
 一緒に載せていた別の話やレスターやラナの話ももしかしたらまたUPするかもしれません(笑)。

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