『ダンスは君と〜Side Alec〜』 「ダンスパーティ?」 「ええ、今度開かれるんですって」 聞き慣れない催し物の名前を聞いて緑の髪におだんごヘアーの小さな少女はびっくりした顔をした。 「ねえフュリー、そのダンスパーティってなんなの?」 シルヴィアは、教えてくれた人物に鸚鵡返しに尋ねた。聞き慣れないのは当然だ。シルヴィアは先日まで踊り子として街中で踊っていたのだから。 その事に気がついたフュリーは慌ててその事についての説明を始める。 「あのね、ダンスパーティっていうのは、男女ペアになって踊りを踊るのよ」 「男女ペア?一人で踊るのとは違うのね?」 「ええ、そうなの」 「……へえ」 シルヴィアは不思議な気持ちでその話を聞いていた。今まで踊ってきた踊りは全て一人で踊るものだった。二人で踊るなんて考えた事も無かったのだ。パーティというくらいだから、大勢の人が集まって踊るのだろう。今まで知らなかった事からしても、きっと貴族のたしなみで、自分とはあまり縁がなさそうだった。 「でね、シルヴィアはやっぱり参加するの?」 フュリーはおずおずと様子を伺うようにそう尋ねてくる。それはシルヴィアにもなんとなく見当がついた。 シルヴィアが踊りが好きな事はフュリーもよく知っている。レヴィンの紹介で彼女にあった時も、一曲披露していた。それをとても喜んでくれた事もよく覚えている。 だからダンスパーティが開かれると聞いて、まずは自分に尋ねようと思ったのだろう。 「う〜ん、まだ分かんない。興味はあるけどね〜。 フュリーは?誰かと参加するつもりなの?」 そう尋ねられて、フュリーは慌てて首を横に振った。真っ赤になっている。相変わらず彼女は純情だとシルヴィアは思った。自分より年上のはずなのに、何故彼女はこう奥手なのだろうか。 「私はその…相手もいないし…それに、その日は丁度偵察を予定していた日だったから、行ってくるわ。ただ、シルヴィアは踊りが好きだし…知らないなら教えないと、と思って……」 まだドキドキしているのか、フュリーはまだ頬を赤く染めたままそう答えた。パーティよりも仕事を取るのは真面目な彼女らしいといえば彼女らしいと言えるだろうか。 「そうなの?せっかくだから楽しめばいいのに」 「そうね。でも、決めていた事だから」 正直な気持ちをシルヴィアはぶつけるが、フュリーは特に残念がっている素振りも無くそう答えた。相手が居ないという彼女の言葉は本当なのかもしれない。 ……もっとも、彼女が憧れている相手が居るのはシルヴィアもよく分かっているのだけれど。憧れを抱いた人物が同一人物であれば嫌でも分かるものだ。とはいってもライバル意識がある訳でもないのも事実だった。それは、シルヴィアが好意を抱いている人物が彼だけではないからなのかもしれないけれど。 「でも、ちょっと残念ね。私、シルヴィアのダンスを見てみたかったから」 そう言ってフュリーは笑った。彼女は嘘が得意ではないから本当にそう言ってくれている事が分かる。それを聞いてシルヴィアも笑った。 「ありがと。そう言ってくれるとお世辞でも嬉しいわ」 「あら、お世辞なんかじゃないわよ」 そう言って二人は顔を見合わせて笑った。 「じゃあシルヴィア、またね」 フュリーはシルヴィアに軽く手を振ると、廊下を渡って行った。シルヴィアは彼女に手を振って見送ると、先程の彼女の言葉を思い返していた。 「……ダンスパーティか」 興味が無いと言ったら嘘になる。踊りが好きなシルヴィアとしては参加したい思いにかられていた。だからといって簡単に参加できるものでもない。フュリーの話では男女ペアでなければいけないようだ。となると必然的に相手が必要になってくる。 ……とはいってもどうやって相手を見つけるかよね。 フュリーが居ないというのなら、遠慮なくレヴィンでも誘うべきだろうか?そう思うものの、知り合った時はタダの吟遊詩人だと思っていたのに実際はシレジアの王子で、今ではシグルド公子と意気投合してべったりといった感じだ。嫡男のセリスの誕生の宴というのならばシルヴィアの相手よりもシグルドやセリスと一緒に居る方が良いかもしれないし、そういうような可能性が圧倒的に高い。断られると分かっていて誘うのもなんだか癪だ。 そうなると、断ったりしなくて手軽そうな人は……。 思い当たる人物なら居るのだが、ここの所、見かける事が少ない。警備や仕事が常に入っている訳でもない筈なのに、何故か急に見かけなくなった。 彼も無理そうか……。 シルヴィアは大きくため息をついた。 踊りは大好きだ。だけど、一人で踊らない踊りはやっかい極まりないのかもしれない。 「……でも、やっぱり興味はあるのよね。悔しいな〜」 シルヴィアは教えてくれたフュリーに感謝しつつも、参加できそうに無い状況を思うと教えてくれなくても良かったのにとも思う。勝手だとは思うが、実際そんなものだろう。 シルヴィアは近い日のダンスパーティを思うと嬉しいような嬉しくないような複雑な気持ちになった。 ダンスパーティ当日。相手も見つからないままシルヴィアはパーティ会場に顔を出した。 ドレスだけはフュリーも一緒に見立ててくれたので、格好だけは問題なかった。淡い黄色のドレスは動きにくくはあったけれど、会場の人達に劣るような姿では無かったのでシルヴィアは安心してため息を一つついた。 相手は居なくても、踊れなくても、二人で踊る踊りなるものを見てみたかった。それは純然たる好奇心だった。 こっそりと会場に潜り込み、壁際で周囲を見渡した。 向こうの一番奥にはシグルド公子とディアドラ、そしてその息子である小さな赤ん坊が見える。その傍には案の定、レヴィンも一緒に居る。一応念のために姿を探したのだが、見つけられず、やはり予想通りの展開だったらしい。他にもキュアン、エスリン夫妻もその傍に寄り添っていた。 踊りの輪に加わっている人はそれぞれだった。 あ、あの人達綺麗……。 優雅な動きに思わず目を見張ってしまう。 男性は長い緑の髪、女性は金色の髪、二人ともすらっとしていて動きも優雅で本当に綺麗だと思った。彼等が誰だか確かめてシルヴィアは納得する。 エーディンとミデェールかぁ。元々、二人共凄く綺麗だもんね。絵になるわけだ。 納得しながらシルヴィアは再び視線を移す。 先程の優美な動きとは全く違うぎこちないダンスを踊っている二人組が居る。 うわ、アイラも来てたんだ〜。相手がノイッシュか…二人共不器用そうだもんね。あんなものかも。 様子を見つめつつ、シルヴィアは流れてくる音楽に身を委ねていた。 一人で踊るものと違い、優美で協調性のある音楽。でも、そのリズムは確かにダンスそのもの。体が自然にリズムを刻んでいるのが分かった。 やっぱりあたしも踊ってみたかったな。 見るだけでも、と思っていたのにやっぱり踊りたくなってしまうのは仕方がないといえば仕方が無いのかもしれない。やっぱりダンスが好きなのだ。 「あれ?なにやってんだ?」 音楽に心奪われていた所に声をかけられて、シルヴィアは再び現実の世界に舞い戻ってきた。 そこには緑の髪のひょろっと背の高い青年が立っている。正装をしているせいで、いつもとは異なった高貴な雰囲気でシルヴィアはどきっとした。 「……踊りを見に来たの。ペアダンスなんてやったことないから興味があって」 どきっとした事を悟られないように、シルヴィアは努めて冷静にそう答えた。そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、アレクは飄々とした様子でシルヴィアの隣に立ってあたりの様子を見る。そして、目的を見つけたのか苦々しい顔をした。 「なあ、シルヴィア」 「なに?」 トントンと肩を叩かれて、シルヴィアは面倒くさそうにそう答える。今は音楽を聴いたりしている方が良いので、邪魔されるのは嬉しくなかった。 だが、アレクはそんな彼女を気にする事無くある一組を指差した。その先を見て、シルヴィアは相手に見覚えがる事に気がつく。 「あれ、どう思う?」 「……どうって……アイラとノイッシュでしょう? なんていうか不器用というか危なっかしいというか……」 「だよなあ。あれでも結構マシにはなったんだけどな」 やれやれとため息混じりにアレクは呟き、ゆっくりと首を横に振った。 だが、シルヴィアはその言葉にひっかかりを覚える。もしかして、最近姿を見なかったのは……。 「ねえ、もしかしてアレク、あの二人についてたの?」 「ん?ああ、まあ頼まれてな。だけど、これがまた教えがいの無い生徒達でねえ……」 アレクは苦笑いを浮かべながらそう答えた。その言葉とノイッシュとアイラのダンスを見ていると、アレクの苦労が分かるような気がしてシルヴィアも苦い顔をした。 「…それは…ご苦労様。 でも何でまたあの二人がダンスなんて?」 「いや、何でもアイラ様がどうしても参加したかったんだってさ」 きっとノイッシュと一緒に踊りたかったんだろうけどね。 その理由は分かってはいるのだが、直接聞いたわけでもないのでそこまでは言わなかった。それでも、とりあえずは形になっただけでもマシだろうか。一時は喧嘩になりかけていた二人だが、ちゃんと話し合いもついたのだろうか、それ以降は二人とも熱心に努力してくれたお陰でそれなりの形まではこぎつけたのだ。……見ていて危なっかしいのは相変わらずなのだけれど。 「で?お前は踊らないのか? 見たところ、ちゃんとパーティドレスは着ているみたいだけど?」 アレクはシルヴィアを上から下へと見渡してそう言った。 やっぱりそれは聞かれるのかとシルヴィアは思う。やはり自分が参加しない事はおかしく映るのだろう。 「……馬子にも衣装って思ってるんでしょう」 「いや、よく似合ってると思うけどな。その色、お前によく合ってて可愛いよ」 なんとなく癪に障ってそう答えたシルヴィアだが、返ってきた答えに思わず顔が赤くなった。やはりほめてもらって嬉しくないはずが無い。 「あ、ありがと。 でも、アレクだって人に教えていたわりには踊ってないじゃない」 照れ隠しもあって、出てくる言葉はどうも素直にはならない。恥ずかしいのも手伝って、シルヴィアはそっぽを向いてそう言った。そんな彼女にアレクは苦笑する。 「……あれの面倒見てて、相手なんて探す余裕があったと思うか?」 そう言ってアレクはノイッシュ達の方を見た。それを聞いてシルヴィアも納得せざるをえない。確かにあれではとてもじゃないが手を離せないだろう。 それなら仕方が無いのか。そんな事をシルヴィアが思っている時、彼女の目の前へとアレクが手を差し伸べた。 「それじゃあ、今からでも申し込みますか。 俺と一曲如何ですか、お嬢さん」 そう言ってアレクはにっこりと微笑む。その言葉にシルヴィアは驚いてきょとんとなったが、すぐに我に返る。 「あ、あたし、こういうダンス踊ったことないし……」 「でも、踊りたくて仕方が無いんだろう?」 戸惑うシルヴィアにアレクは優しく声をかける。その通りなので、シルヴィアはこっくりと頷いた。 「うん…踊りたい」 「心配するな。社交ダンスなんて、女性側はリードされていればいいんだし、お前が相手ならこちらだって教えがいがあるからな」 そう言ってアレクはにっこりと笑った。 教えがいのある生徒。それでも十分かもしれない。シルヴィアはアレクの手を取った。 「……ありがとう」 「いえいえ。それでは参りましょうか」 すっと手を引かれる。流れる音楽、先程から見ていたステップを見よう見まねでシルヴィアは踊り始める。そんな彼女を見て、アレクは満足げににっこりと笑うとしっかりとリードをしてくれた。 不思議だった。踊った事などないものなのに、手を引かれているとまるで躍らせてもらっているかのように踊れるのだ。 二人で踊る踊り。触れる手、肌と肌、感じるぬくもり。 一人の時のものとは全然違う踊り。二人だからこそ、意味のある踊り。 「さすが、シルヴィア。飲み込みが早いな」 感心したように言うアレクにシルヴィアはにっこりと微笑んだ。 「そりゃ当然よ。私はプロの踊り子だもの」 楽しい、そう感じていた。 一人では決して感じられないものが感じられた。 誰かと一緒にステップを踏み、ダンスに興じる。それは一人の踊りとはまた違った素晴らしさを持っていた。 先程、ぎこちないダンスをしていたノイッシュやアイラの事を思い出した。元はアイラが踊りたいと言い出したのだという。今ならそのアイラの気持ちが分かるような気がした。 すぐ傍には、好きな人の笑顔がある。そのぬくもりを近くで感じる事が出来る。 ……大好きな人だから一緒に踊りたかったんだ。 そう思った。 そしてあたしもきっと……。 アレクと視線が合う。彼がにっこりと笑った。それにつられる様にシルヴィアも微笑む。 そう、私もあなたと踊る事が出来て良かった。シルヴィアはそう心から思った。 その思いを言葉にする事は出来ないけれど、心の中で感謝していた。 人ごみの中から見つけてくれた。 踊りたいという気持ちを分かってくれた。 そして、今、一緒に踊ってくれている。 きっと、このダンスは好きな人と踊るものなのだ。 アイラにとってノイッシュがそうであるように。 エーディンにとってミデェールがそうであるように。 ……そして、あたしにとっては……きっと……あなた。 流れる音楽とリズムに身を任せながら、シルヴィアは幸せな一時を過ごしたのだった。 おしまい。 昔、同人誌で出したアレシル本の書き忘れの話だったりします;;シルヴィアとペアダンスを踊るアレクが書きたかったのですよね。ペアダンスを知らないシルヴィアに教えるアレクっていうのがvv 『〜Side Noish』とは対になっていますので、宜しかったらあわせて読んで頂けると幸いです。 ペアダンスというか社交ダンス…実は男性側が上手いと女性って踊れなくても踊れちゃったりするんですよ(笑)。二人で踊る場合は男性がリードするから女性は踊らされている感じになるんですよね。まあ、女性が上手ければ男性も躍らせてもらえるんだそうですけど(笑)。でもそれが強いのはやっぱり上手な男性かなと。だから、アレクとシルヴィアのダンスだったら見ていて凄い綺麗なんじゃないかな〜と思うのですvvアレクって上手だと思いますし、シルヴィアは言うまでもないですよねvv イメージ的には「好きなようじゃ」くらいですか。お互い気になる相手というか…そんな感じでv アレシル大好きです〜vvアレクも大好きですvvシルヴィアも大好きvvやっぱりアレシル大好きだ〜!!と書きながら心の底から思いました。マイナーでも、ちまちま書いていきたいです、はい。 |