『ダンスは君と〜Side Noish〜』 占領下であるにも関わらず平和なひと時もあるものだ。 シグルド軍がアクストリアを占領してから数ヶ月。国王が追われたというのにこの国はむしろグランベルの下、安定した国勢であった。それは自分の父さえも殺害したのではないかと言われる新国王よりも、侵入者としてやって来たシグルド公子の方がアグストリアの民に受け入れられたという皮肉な結果でもあった。 そんな国勢の中で城を上げてのお祝いが開かれることになった。 シグルド公子に待望の嫡男が生まれたのである。 シグルド軍に所属する者だけでなく、多くの人達が新たな命の誕生を祝福した。 そして、お祝いにとパーティが開かれる事になったのである。 普通ならそんなパーティがあってもノイッシュは準備をする側で、当日も警備に当たるか、遠巻きにお祝いをする、そんな役回りだった。今回もその話が来た時にはそのつもりだったのだが、何故か状況が違っていた。 そう、今のこの状況。想像もしてみなかったのだけれど……。 「だから!何度言えばいいんだ!」 すぐ傍で、仲の良い騎士仲間のアレクが怖い形相をしていた。そして、正面を見れば不機嫌な顔をしたアイラが居る。 「……だから努力はしてるってば」 「そう言うならもう一度やってみろ」 怒られるのはしゃくなので抵抗してみると、アレクはじゃあやってみろといわんばかりの顔でそう促した。 ノイッシュは深呼吸をして心を落ち着かせる。 ある程度さえ覚えてしまえば、ほとんどは繰り返しだ。焦らないでゆっくりやれば大丈夫。 そう心に言い聞かせて足を運ぼうとするのだが……。 「だ〜!お前が足を引いてどうする! 大体、士官学校で習っただろうが!そんなんじゃ、ダンスパーティまでに間に合わないぜ?」 そう、ダンスパーティなのだ。 よりにもよって、ダンスパーティで踊る事になってしまったのだ。 参加を望んだのはイザークの姫君、アイラ。彼女には十分ダンスパーティに参加する身分がある。当然、そのお相手に恋人であるノイッシュが選ばれたのだ。 しかし、実技が得意だったノイッシュが唯一苦手と感じたものが、この社交ダンスだった。仕官学校はほとんどが男子生徒だから、男子とはいえ女性役も教わってこなさないとならなかったりとあまりいい思い出が無い。 同じ学校に居たはずのアレクは今でもちゃんと踊る事が出来るので彼に教わる事になったのだが……どうにも苦手なものが突然得意になったりするはずもない。アレクは得意、というのは当然のように感じられるのだけれども。 「そ…そんな事いったって…あの授業は嫌いだったし……」 「嫌いだったじゃないだろ! ……お前はもういい!一度習ってるんだから、自力で思い出せ!」 教えがいのない生徒に呆れ果てたのか、アレクはそう言うとノイッシュは無視するように今度はアイラの方に向き直る。 「アイラ様は初めてなんですよね?」 「あ、ああ」 アレクの言葉にアイラは緊張した面持ちで頷いた。 「そうですか。でも、これは比較的易しいですから、きっと大丈夫ですよ」 アレクの声のトーンが自分の時とは違うとノイッシュは思う。女性に対しては誰にでも優しい彼らしい行動といえば彼らしいような気もするのだが、怒らせたのは自分なので仕方が無いとも思えた。 「基本的にはさっきノイッシュがやっていたのと逆の動きをすれば良いんですから。……まあ、間違いだらけだったから、逆も何もない感じですけどね」 アイラに説明するアレクの口調がだんだんと重たいものに変わる。そこまで酷かったのだろうか。 そんな事を考えているとアレクと目が合った。彼はノイッシュをジロリと睨み付ける。 「お前はぼ〜っとしてないで、さっさと覚える!」 「……分かったよ」 びしっと叱り付けられて、ノイッシュはいじけ気味に頷く。 先程、アレクから教わったステップを必死で思い出しながら、覚えようと何度も動いてみるがどうにもぎこちない感じはとれない。 確か、ダンスというものは優雅に華麗に踊るようなものだったように思うのだけれど、少なくとも自分にはその優雅さは難しいと思われた。 ふと、視線を二人に移す。 向こうではアレクの手ほどきを受けながら、アイラが一生懸命覚えようとしている姿が見えた。 そもそも何故彼女はダンスパーティに興味を示したのだろうか。そういう女性らしさを見せるアイラも素敵だと思うのだが、相手の選択は明らかに間違えているだろう。 自分以外の人の方がよっぽど楽しめるのではないか。そんな事をノイッシュは思った。 「うわ!」 「す、すまない!」 そんなやり取りが何回繰り返されただろうか。教え始めてから数日、多少の向上は見られるものの、あまりにも教えがいの無い生徒達にアレクは苦い顔をしていた。 とりあえずはそれなりに一人で動けるようにはなったのだが、二人で組ませると、どちらかの足を踏む事態が多発する。踏むのはノイッシュだったりアイラだったりしてはいるのだが、それから言える事といえば…アイラのダンスの技術もノイッシュとどっこいどっこいというところだろうか。 とはいえ、アレクはアイラが社交ダンスをしようと思った理由については見当がついていたし、なんとかしたいとは思うものの、片方が少しでも上手ければ良いのに、どちらも不器用でぎこちなく間違いだらけとくれば……どうして良いのやら分からないというのが本音だろう。 だんだんと怒る気力さえアレクからは失われていくのだが、生徒二人は残念ながら直情気質の持ち主同士だ。最初はお互いに自分が下手だと思っているので謝ったりしているのだが、何回も繰り返してくると相手も下手だという事に気がついてくる。 「ノイッシュ、また間違えたな!」 「違います!今のはアイラ様が間違えたんですって!」 だんだん謝っていたはずのやり取りは喧嘩口調に変わってき始めた。 ……さすがにまずいな。アレクもそう感じる。 性格が似ているわけでもないのだが、この二人は根本的に近いところがある。喧嘩など始めると周りに被害が出る事も多々あり、その収拾を何故だかアレクがやる事が多かった。 今回もその例に違わないだろう。 さて、どうしたものか。 「よし、一回おさらいしてみましょう」 アレクは二人の間に入ると、まずはアイラの手を取った。 「じゃあ、まずはアイラ様から」 「あ……ああ」 先生と呼べる人間にそう言われて、喧嘩腰になっていたアイラもしぶしぶ頷く。 音楽に合わせてステップを踏む。 アレクにリードされたアイラは踊りながら今までと違う思いを感じていた。 なんだ、私もちゃんと踊れるじゃないか。 そう、ノイッシュが相手の時は、踊るとかそういう以前のような気がするのだが、アレクが相手だと驚くくらいすんなりと踊れるのだ。最大の違いはアレクに引っ張られていて自分が踊っているというより踊らせてもらっているということだろうか。 踊りを踊る。それはこんなにも簡単なのかと思えるほどだった。 続いてアレクはノイッシュを相手に自らは女性役のステップで彼をリードしていく。 ノイッシュが感じた事もアイラと同様だった。 つまり、相手が上手だったら踊る事が出来るのだ。 お互い、喧嘩しそうになるのは……相手が下手だからに他ならない。 その事実に、ノイッシュもアイラも気が重くなった。本当にこのペアで踊る事なんて出来るのだろうか? 「ふむ、二人ともちゃんと踊れるには踊れますね。あとは練習あるのみですよ」 とりあえず二人の出来栄えに一先ず満足したアレクはにっこりと笑った。アレクからすれば、全く踊れなかった同士が相手が違うとはいえ踊れるようになっているのだから大した進歩だった。 だが、ノイッシュとアイラにとってはお互いでは駄目だと思わざるを得ない状況でもあった。練習あるのみ、と言われても本当に有効なのだろうか。 二人に疑問がどんどん湧き出てきてるのに、アレクも気がつく。これは単に上達を喜んではいられなさそうだった。かといって彼がとやかく言えるものでもない。 「……う〜ん、一先ず二人でどうするか話してみますか?俺は席を外しますから」 そういう真情の変化に対して機転の利くアレクは二人にそう告げると、すぐに部屋から出て行った。長く居たところで話がややこしくなるのが分かっているからだ。 残されたノイッシュとアイラは気まずそうに顔を見合わせた。 ダンスパーティまであと数日しか残っていない。本当にきちんと踊れるようになるのだろうか。それは二人共が思う疑問だった。 「……一つ聞いていいですか?」 「なんだ?」 ノイッシュはアイラに尋ねる。どうしても聞いておきたい事があった。 「どうしてダンスパーティに出てみようと思ったんですか?」 そう問われてアイラはびくっとした顔になり、それから急に真っ赤に変わった。 「……いや、その……私は小さい頃から父上や兄上のような剣士になりたくて……剣ばかりやっていたんだ。 だけどこの軍に来てから……エスリンやエーディン、ラケシスとか見てたらさ……ああいう事もしてみたいなって思うようになって。 そんな事を思ってたら、今回のダンスパーティだろう?これはチャンスかもしれない、そう思って……」 自分でも柄でも無いと思っているのだろうか、アイラは真っ赤になって俯いてしまった。 そんな彼女をノイッシュは愛しく思う。誇り高き剣士であるだけでなく、女性らしい優しさも強さも持った人。彼が惹かれた彼女そのものだったから。 そう、事の始まりはダンスパーティが開かれるという話が広まって少し経った頃だった。パーティに参加するといってドレス等を吟味する人達が現れて来た頃に、アイラがダンスパーティに出ようと誘ってきたのだ。 話を聞いてみると自分は踊れないし踊ったことも無い。それでも出てみたいのだと、彼女はそう言った。その様子がまるで欲しいものをねだる子供のように見えて、そんな彼女を可愛らしく感じたものだった。……一緒に参加するという方に関しては、むしろ押し切られた形だったのだけれど。 その行動の裏にはそういう憧れに近い思いがあったのかと感じると、やはりあまりにもその相手にはふさわしくないような気がした。 例えば、今教えてくれているアレクなら、先程を見る限りでも優雅にアイラを躍らせていて、自分の時の一触即発状態と比べると天と地ほどの差があった。 やはり、それだけの思いを感じているのなら、彼女の相手は違う人の方が良いのではないか。アレクに頼めるのなら、彼に頼んだ方が良いんじゃないだろうか。 「……アイラ様、やっぱり……その、俺が相手ではない方が良いんじゃないでしょうか?」 おずおずとそう進言するノイッシュにアイラは慌てて首を横に振った。 「だ、駄目だ!」 「でも……俺じゃさっぱり上手くないですし……」 「……そ、そうだけど……でもそれじゃ駄目だ!」 アイラもノイッシュの下手さ加減は、同じ下手なもの同士よく分かっているらしい。上手くないという言葉に、否定していた彼女も一瞬詰まったが、しかしやはり否定に戻る。 「でも……」 「でも、じゃなくてだな!」 そう言ってアイラはノイッシュの胸に拳を当てると怒った顔で見上げた。だが、ノイッシュには彼女がどうしてそこまで否定するのかが分からなかった。ダンスパーティに憧れていたのなら、良い思い出を作ってくれる上手な人にリードしてもらった方が楽しいと思うからだ。 彼の本当に意味が分からないという顔に気がついて、アイラはため息をついた。 言葉にしないと伝わらない。だが、アイラはその言葉にして伝える事も苦手だ。そうは言っても彼女の目の前に居る人物にはそんな事も残念ながら言っていられない。 「……あのさ、お前が私を思ってくれて言ってくれているのはとりあえず分かった。 だけどなノイッシュ、私が言いたいのは上手いとか下手とかそういうんじゃなくってだな……」 私が一緒に踊りたいと思う相手はお前だけなんだ。 そう言おうとするものの、恥ずかしくってそれは口から出ることは無かった。そんな事が素直に言えるほど器用ではなかった。 「……アイラ様?」 それから先の言葉が出ないアイラにノイッシュが困ったように尋ねる。 そう、だから言わなければいけない。だけど、とてもじゃないが言えそうに無い。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! お前は私と踊るのが嫌なのか?!」 「い、いえ、とんでもありません!!」 あまりの気恥ずかしさに出てきた言葉にアイラは言った後から後悔したが、すぐさまノイッシュから否定の言葉が返ってきた事に気がついてアイラは顔を上げた。 ノイッシュはノイッシュで、少し困惑していた。 確かにアイラが楽しむためなら自分以外の相手と踊った方が良いに決まっている。 だけど、彼女が言うようにアイラと踊るのが嫌な訳ではない。嫌だったら最初から引き受けているはずが無い。彼女と踊る事が出来るのならそれは光栄なことだと思っていた。 そう、だから彼女が望んでくれるのなら。 「……えっと、その……あなたさえ良いのでしたら、俺と踊ってくれませんか?」 ノイッシュはぎこちなくアイラに手を差し伸べる。そんな彼の様子にアイラは嬉しそうに微笑んだ。そして彼の手をしっかりととった。 「ああ、私こそ。……一緒に頑張ろう」 「……はい!」 ノイッシュとアイラはお互いの顔を見合わせて微笑みあった。 不器用な者同士だけれど、頑張ればきっと素敵なダンスになるだろう。そして、この事は決して忘れることの無い思い出となるのだから。 手から伝わるぬくもりがとても温かかった。 END。 お久しぶりのノイアイでございます。なんかまたカップル成立後ですが(苦笑)。いや、元々はアレクの方の話を考えていて、これはノイアイサイドでも話が書けるな〜と思って仕上げたものです。という訳で、『〜Side Alec』にもちょろっと繋がってますので続けて読んで頂けたら幸いです。一応ばらしてますけど〜(^^;)。ノイアイ好きさんとアレシル好きさんが読みやすいようにと思いまして…。 ノイアイってやっぱりシリアス展開が結構似合うカップルだと思うので…とりあえずそれ系の話もいい加減に挑戦したいと思う私です(^^;)。まずは昔出した本から焼きなおさないといけないのがあれですが…。昔は漫画本で全部書くつもりだったんですよね。構想だけはばっちりあるんですけど、なかなか手についてないです;;次こそは…!と思いつつ、カップル成立した後のほのぼの〜な二人も書くのが大好きです(笑)。なんか、今回のアイラさんは可愛いですね、それもかなり(^^;)。でも、こういうアイラも良いかな、なんて。ノイッシュは社交ダンスは苦手そうなイメージが強いです。得意だと思っている方には申し訳ない感じですが;;でも不器用同士で彼等にしかわからない素敵なダンスも踊れると思うのですよ〜vそんな感じの話でした。 |