『BLUE〜番外編〜』

 セリスの話を聞いていて、ラクチェは複雑な思いをしていた。
 そう、あの日を忘れたことなんてなかったのだ。
 ラナの誕生日は一番に『おめでとう』と言ってきた。記憶のある限りでは全てそうだった。
 ……あの日以外は。
 あの日も、ラクチェはいつもより早起きをした。
 誰にも気がつかれないように、こっそり部屋を抜け出し、早朝の寒さの残る廊下を走った。
 目指すはラナの部屋。まだ、朝の礼拝には時間がある。起きてはいないだろう。
 いつも一番に言っている。今日も勿論そのつもりだ。
 意気揚々とラナの部屋に向かったラクチェは、ラナの部屋の前に座っている人物に気がついて足を止めた。
 青い髪の少年がじっとラナの部屋の扉を見つめていた。
 ……先を越された。直感的にそう思った。
 何故、セリスがラナを待っているのかは分からない。だけど、自分と同じ目的であることは想像がついた。
 くるりと方向を変える。
 ラクチェは180度方向を変えると、その場を走り去った。
 悔しかった。
 もう少し早く起きていれば、先を越されずに済んだのかもしれない。
 そう思うと後悔が堰を切ったように襲いかかり、ラクチェは悔しさで泣きそうになるのをこらえて走った。
 今まで、先を越されたことがなかっただけに悔しかった。悔しくて仕方がなかった。
 一番であることに意味があった。
 きっとラナにとっては順番など関係ないのだろう。
 分かっていても、ラクチェには関係があったのだ。
 一番初めに「おめでとう」と言う事でラクチェはラナへ大好きな気持ちを伝えてきた。一番早くに、誰よりも先に祝ってあげたかった。
 それが、ラクチェに考えられる一番の贈り物だと思っていた。
 ものはいくらでも贈る事ができるだろう。だけど、言葉はその時にしか意味を成さない。
 だから、一番に祝ってあげたかった。
 ラクチェの大切な大切な友達であるラナを祝ってあげたかった。
 だけど、今回は先客がいた。
 何故、あそこにセリスがいるのか分からない。
 だけど…ラナはセリスに好意を寄せている。
 ……きっと、ラクチェが一番に祝ってあげるより喜ぶに違いなかった。
 それが……余計に悲しくさせた。
 ラナが喜ぶのは嬉しいけれど…喜ばせるのが自分ではないのは悔しくて…悲しかった。
「……やっぱり、セリス様には敵わないのかな」
 絶望的な気持ちになって、ラクチェは無意識に飛び出した庭の大きな木の下にうずくまった。
 ラナは起きたら、きっととても喜ぶんだろう。
 どんな顔をして喜ぶんだろう。
 見てみたい気もした。だけど見たくない気もした。
 それはラナにとって、ラクチェよりセリスの方が好きだという証でもあるからだ。
 きっといつか、そういう日が来るのは分かっていたし、ラナがラクチェに寄せてくれる好意を信じていない訳ではない。
 だけど、いつも一番近くにいたのは自分なのに、横から違う人に盗られてしまうような気がした。
 そう、一番近くにいたのは自分なのに。
「……ああ、だけどどうやってラナにおめでとうって言おう……」
 別の問題が頭に持ち上がる。こっちはこっちで重要問題だ。
 今まで一番にしか言ったことがなかったから、そうじゃない場合はどうして良いのか分からない。
 ラクチェは深いため息をついた。
 正直に言って、こういった類の悩み事は得意ではない。慣れない事を考えても得策なんて思い浮かぶはずもなかった。
「あれ?ラクチェ…もうラナに『おめでとう』って言ってきたのか?」
 ラクチェは聞きなれた声に顔を上げる。
 セリスより短い青い髪に、すらっと高い身長。レスターだ。
 その言葉を聞いて、ラクチェは半分泣きそうな顔になった。
「……セリス様に先を越された〜〜〜〜〜〜」
 突然泣き顔になるラクチェに、レスターは慌てる。だが、彼女の言葉で納得がいったらしかった。ラクチェの髪を優しく撫でる。
「そうか、それは残念だったな。でも、ちゃんとラナには言ったんだろう?」
「……言ってない」
 ラクチェはふてくされたようにそう言った。レスターはラクチェの真意が分からずに困惑する。
「どうして?祝うのと先を越されるのはまた違う話だろう?」
「違わないの!関係あるのよ!!」
 ラクチェは怒ったような口調で強く言った。
 また、何かを溜め込んでるんだな、というのがレスターにも分かる。
 ラクチェは自分の感情を処理するのがあまり得意ではない。上手くいかなくなると怒りの方向に転じてしまうのだ。
 今回はラナを祝い損ねたことに関係しているのだろう。
「……でも、お前が朝早くから祝うのは恒例だろう?言ってやらないとラナが心配するぞ?」
「言わなくてもいいの!
 私が言うよりセリス様に言われた方がラナも喜ぶに決まってるじゃない!!」
 ラクチェは腹立たしげに叫ぶ。先ほどまで、泣き顔をしていたとは思えないよな豹変振りだ。
 ……思考が随分自虐的になってるんだな。
 そう思わざるをえなかった。
 ラクチェはラナの気持ちを知ってから、変にセリスの事を意識するようになったらしく、変な対抗意識を燃やしてみたり、おかしな気の使い方をするようになっていた。
 彼女なりにラナとセリスをとりもとうとはしているらしいのだが、同時に彼女自身とラナとの距離が分からなくなってきつつあるようだった。
 おそらく、頭ではラナと自分の関係は変わっていないと思っているのだろうが、先入観でラナはセリスがいればいいのだと思いかけていることも確かだった。
 そんなことはあるはずがないのに、分かっていながらも否定ができないのだろう。
「……ラクチェはラナを祝いたいとは思わないのか?」
 レスターの言葉にラクチェは過剰に反応する。座り込んでいた地面の芝生をバンッと叩いた。
「そんな訳あるはずないじゃない!
 一番にお祝いしてあげたかったんだもの!!今だってすぐさま祝いたいわよ!!」
 その回答にレスターはにっこりと微笑む。
「じゃあ、言ってくれば良いよ」
 そう言われて…ラクチェは再び表情が暗くなる。どうやら行き辛いらしかった。
「……言ったって、しょうがないよ。セリス様がいるんだもの」
 ……勝手に自己完結しているらしい。思い込みで行動するあたりがいかにもラクチェらしいと言えばそうなのだが。
 自分の気持ちを抑えてまで、気を払うようなことではないのに。
 祝ってあげたいという純粋な行為を、誰が嫌がったりするだろうか。
 レスターはラクチェの頭をぐしゃぐしゃとなでた。
「な〜に、ふてくされてるんだ?
 お祝いなんて、祝う側の気持ちが大切なんじゃないのか?ちゃんと言ってやれよ」
 レスターはしゃがみこんでラクチェと視線を合わせる。
 その青い瞳にラクチェが映りこんだ。
「そしてラナの顔を良く見てみろよ。
 すねてないで、ちゃんと現実をしっかり見ておいで」
 ラクチェはまるで小さな子供に語るように言うレスターにすねた顔をした。あまり子供扱いされるのは好きではない。散々シャナンに子供扱いされるのに、年の近いレスターにまで言われるのはなんだかしゃくだった。
 それでも……ラナの兄が言うことはなんだか信じられそうだった。
 レスターは小さい頃からラクチェの祝い方をずっと見て知っている。その人が言うなら……信じても良い気がした。
「……うん!言ってくる!」
 ラクチェはすくっと立ち上がり、笑った。本当に表情がころころとよく変わる。レスターもその笑顔を見てにっこりと笑った。
「ああ、言っておいで」
 ラクチェはくるっと方向を変えるとラナの部屋に向かって走っていった。
 その後姿をレスターは優しい眼差しで見送ったのだった。
 ラクチェは走った。一心不乱に走っていた。
 そう、祝いたかった気持ちは本物だから、それを伝えなければきっと後悔する。
 前方にセリスとラナが何やら楽しそうに話しているのが見えた。
 ためらいの気持ちが生まれる。
 今、行っても良いのかと。
 でも、今を逃したら…きっともう行けない。
 ラクチェは大きく息を吸った。
 この不安がばれないように、精一杯明るい声で彼女を呼んだ。
「ラナ〜!!お誕生日おめでと〜〜〜!!」
 そう言ってラクチェはラナを思いっきり抱きしめた。腕の中のラナは少し驚いた顔をした。そしてすごく嬉しそうな顔になった。
「……ラクチェ?ありがとう、なんだか今日は朝から良い事がいっぱい」
 その言葉を聞いて、ラクチェは胸が熱くなった。
 ラナは『良い事がいっぱい』と言った。それに、自分が含まれていることが分かった。
 ラクチェにとってラナが大切な存在であるように、ラナにとっても彼女が大切な存在であることが改めて分かった。
 ラクチェの腕の中でラナは本当に嬉しさで溢れた顔をしていた。
 レスターの言葉を思い出す。
『ラナの顔を良く見てみろよ』
 そう、大丈夫。ラナは喜んでくれている。
 ラナは自分を大切に思ってくれている。それなら…不安に思うことなんて何もない。
 ラクチェは少しだけレスターに感謝したのだった。



 とはいえ、それから随分経ってセリスとラナは晴れて恋人同士になり、二人が一緒にいるとラクチェは相変わらずどうして良いのかわからなくなる。
 二人っきりにしてあげたほうが良いのだろうと思いつつも、どうにもそれは躊躇われる。
 現状は相変わらずのような気がした。
 もう、不安にはなったりしないけれど。おそらくは。
 ラクチェは視線をあたりに向ける。
 見知った顔を見つけた。
「じゃあ、ラナ、セリス様。私はちょっと失礼しますね!」
 ラクチェはそう言うと、セリスとラナと別れて、その人物の元へ駆け寄った。
 当時より随分背が伸びて、今では見上げないとならないその人の背中を挨拶代わりに思いっきり叩く。
「〜〜〜痛〜〜〜!誰だよ……ってラクチェか」
 小柄な黒髪の少女を見つけて彼はため息をつく。彼女なら仕方がないと諦めているらしい。
「あら、レスター。つれない返事ね。
 今ねえ、セリス様からラナのリボンをどうやって贈ったかって話を聞いたのよ。
 それを聞いていたら、なんだか色々思い出しちゃった」
 笑いながら話すラクチェを見て、レスターもつられて笑う。
「ああ、あの時か。あの時は本当にラクチェはいじけてたよな」
 ころころと笑うレスターに、ラクチェは自分から話を振っておいてなんだが面白くない。
 ぷ〜っとふくれてみせた。
「笑わないでよ!あのときの私にとっては死活問題だったんだからね!」
「ふふふ。でも、あれから結局、一番の座はキープしてるじゃないか」
 結局、あの日以外はより競争心を燃やしたラクチェによって、ラナの誕生日を祝う一番の座を死守していた。セリスには一歩も譲らない体制で臨んでいる。
 ラクチェのこだわりは今も健在のままだ。それが彼女らしいと言えば彼女らしい。
 楽しそうに笑っているレスターを見て、ラクチェはふと気がつく。
 そういえば…気にしなかったが、レスターはどうなのだろうか。
 本当は、一番に妹の誕生日を祝ってあげたかったのではないか。
 あの時、現実を見ろと諭したのも、自分に覚えがあるからではないのか。そう、私がいつも一番を奪ってしまうから。
 レスターとラナはとても仲が良いから、ありえない話ではない。
 ラクチェはレスターを見る。
 自分の考えはいつも彼に見透かされているような気がするけれど、付き合いが長い割にはレスターの考えていることはいまいち飲み込めない。第一にレスターはあまり怒るとか不の感情を表にださないので、かなり分かりにくいのだ。
 でも、もしかしたら本当は……?
 やっぱり笑っているレスターの顔からは真意が読み取れない。
 だけど。
「ふふ、じゃあ、今度はレスターの誕生日も一番にお祝いしてあげるわよ?」
 ラクチェは笑いながらそう声をかける。その呼びかけにレスターの方が驚いた顔をした。
「……なんでまたそうなるんだ?」
「うふふ、いいのいいの。遠慮しない、遠慮しない!」
 いたずらっ子のような瞳で笑うラクチェにレスターは照れくさそうに手を振る。
「いいよ。もう祝ってもらって嬉しい歳じゃないし……」
「遠慮しなくていいんだから!うふふ、楽しみにしていてね!」
 ……なんだか勝手に話が進行している。どうやらラクチェの中で話が決定してしまったらしい。
 こうなると何を言っても無駄だ。
 レスターは諦めた様に深いため息をついた。彼女の幼馴染をやっている以上、付き合わされるのは運命だろう。
「……分かった。そういう事にしておくよ」
「む、何それ〜。私に祝ってもらえるのが嬉しくないの?」
 レスターの態度にラクチェはふくれてみせる。それを見てレスターは慌てて否定する。嬉しくない訳ではない。
「いや、そうじゃないよ。……ただ……」
 ……ただラクチェはお祭り好きだから、大騒ぎになるのが困るだけなんだよ。
 そう言いたい所だが止めておいた。
 だが、ラクチェはそれをお祝い了承の返事ととったらしい。いたずらっ子な瞳をくるくるさせる。
「うふふ、どうしよっかな〜?」
 もう次の計画で頭が一杯らしかった。
 これは…静かでは済まされないな…。レスターはそっとため息をついたのだった。


 おしまい★

 どうしてもラクチェ側の話を書かないと気が済まないらしいです(苦笑)。そんな訳でラクチェさんの方から見たお話です。ちょうど『姉心』とだぶっておりますので…番外編でありながら『姉心』の後日談になってしまってます(^^;)。
 ちろっとラクチェ×レスターっぽくなるのかな?と思ったんですが…ならなかったですね〜。というか、ラナ大好き二人組って感じなんですが(笑)。…しかし、またラナのいないラクチェ&ラナ話になってしまってますねえ;;次こそは〜!
 そんな訳で、お付き合いくださりありがとうございましたv 

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