『be much the same』


 視界は悪かった。
 ジャングルを思わすような深い森。多い茂るものは何も木だけではない。草もつるも自在に伸び、その大きな葉を広げている。木々はより光を得ようと、その枝を空に伸ばす。そうして空は覆われ、光は地表にわずかしか届かなくなるのだ。
 この森の王国に来て、傭兵を務めてそこそこになる。土地カンなんて手に入るはずもないが、今の今まで草原にいた連中よりはまだ戦い慣れはしている。もっとも、向こうにとっては庭みたいなものだ。
こちら側が不利な状況には変わりが無い。
 黒髪の剣士は舌打ちする。この国の拠点となる城はもっと先だ。その前にはうっそうとした森林が被っており、その入り口であるここでもすでに視界が悪かった。このまま奥に向かうのは普通でも厳しい。
 それなのに、その森から敵襲を食らったのだ。相手はこの森に慣れきっている。明らかに不利だ。
 この状況で一番動けるとすれば、多少ここでの経験がある自分しかいない。
 彼らには恩がある。それに報いてこそイザークの剣士。
 彼女は、腰から大剣を引き抜く。
 少しでも数を減らせば有利になるだろう。相手は斧使いが多い。自分の剣技を持ってすれば、そう簡単にはやられたりはしないはずだ。
 息を呑む。
 近くに人の気配がした。その殺気から敵である事がすぐに分かる。
 今だ!
 アイラは敵の斧使いの懐に飛び込み、連続攻撃を加える。突然の奇襲に、相手は反撃する事も出来ず、倒れた。
「敵だ!倒せ!」
 すぐ傍から声が上がる。思っていた以上に近くにまとまっていたらしい。
 だが、戸惑っている余裕は無い。
 すぐさま、こちらに向かおうとした相手に向かって飛び掛る。
 なんとか斧をかわしながら、次の相手も斬り伏せる。
 そして、次の相手を見つけようと身体をあげた瞬間。
 ガガッ!!
 左腕に激しい激痛が襲う。
 一瞬意識を失いかけたが、何とか必死で立ち止まる。
 肩当をかすったらしく、威力は若干軽くなったのだろうか、深手ではないが腕に矢が刺さっていた。
 それを引き抜き、痛みをこらえながら、辺りを見回す。
 視界が悪い。このうっそうとした木々の間では身を隠す事など容易だ。特に弓兵となれば。
 致命傷ではないものの、腕の痺れが剣を握る手の力を緩める。
 誤算だった。斧使いがいることは計算に入っていたが、弓兵のことは入っていなかった。
「!!」
 後方から殺気を感じた。振り返るとそこには木の陰から矢をつがえた弓兵が彼女に狙いを定めている所だった。
 飛び掛るにも距離がありすぎて、危険すぎる。ましてや逃げるとなるとどこを狙われるか分からない。さっきは腕で済んだが、今度はそれで済むかさえ疑問だ。
 判断が一瞬遅れた。
 弓兵が矢を放とうとした刹那。
「うわぁ!」
 突然、弓兵が前のめりに倒れる。アイラから見ている分には何が起きているのか分からない。ただ、木の向こうから兵士が倒れたのが分かるだけだった。その木々の向こうは騒がしさが続いていた。
「ぐっ!」
 低いうめき声が聞こえる。続いて戦いが起きているような音が聞こえ、うめき声と共に、それは静かになった。
 がさがさとそこから何者かがこちらに近づいてくる。
 アイラは痛む腕に耐えながら剣を構えた。
 だが、その姿を確認して、アイラはその剣を下ろす。
 現れたのは、真紅の鎧を着た、金の髪の青年だった。その表情は、厳しいものだった。
 左右の腕は斬られたのだろうか、酷く血で汚れている。
「何考えているんですか、アイラ様!勝手に単独行動しないて下さい!
 死んだら元も子もないんですよ?!」
 開口第一声に怒鳴られて、さすがにアイラもカチンとくる。森での戦いに慣れていない人達の分まで戦おうと思ってした事なのだ。こちらの言い分も聞かずに怒鳴られる筋合いは無い。
「自分だって怪我しているくせに、よく言えたものだな!
 そんな奴に文句を言われる筋合いは無い!!」
「アイラ様が無鉄砲な事をするから、余計な怪我をしたんです!」
 心配して言った言葉に対して怒りの返答が返ってきたノイッシュも、カチンとくる。
 彼女を心配して追ってきて、そのせいで怪我までしたというのに、そこまでは言われたくはなかった。
 ノイッシュの言葉に、アイラは自分が助けられた事を思い出すが、もう今更御礼なんて言えるはずはない。
「誰もそんなことしろだなんて頼んでないだろ!」
「そんな言い方……」
 ドカッという音がして、ノイッシュの言葉は遮られる。振り返ると、そこにはノイッシュのよく知った顔の青年が、明らかに怒った表情をしていた。
「怪我人はとっとと後ろに下がって、手当てを受けろ!
 ここをどこだと思ってるんだ、ケンカなら終わってからしろ!」
 そう二人に言い放つとと、アレクは周囲に目だけを動かす。周りの気配を読んでいた。
「チッ、大声で気付かれてるな。1、2、3ってとこか…。
 ミデェール、いるか?俺は右から回る、反対から迎え撃ってくれ!」
「分かった、気をつけて!」
 少し離れた所からミデェールの返事を確認すると、アレクはその場を離れて森の中に足早に消えていった。
 あまりに正しい指摘に、ノイッシュもアイラも返事もする事が出来ず、その姿を見送った。
 そしてバツが悪そうにお互いの顔を見る。
「怒られてたわね、二人とも。怪我、見せてもらえる?」
 ひょこっと木の陰からピンクの髪の女性が現れる。その顔はくすくすと笑っていた。
「じゃあ、まずはアイラからね」
 エスリンに促され、アイラは傷口を見せる。エスリンは傷口を見て、大丈夫という顔をするとライブの杖をかざした。
 優しい光が傷口を包み込み、アイラの腕の傷は、跡形も無く消え去り、その痛みも引いていく。奇跡の魔法の効力は、いつもアイラを驚かせるばかりだった。
「……すまない」
 言葉短に伝える。上手く言葉に出来なかった。
 ふと、傍にいる金色の髪の青年に目を向ける。余計に上手く言葉に出来なかった。
 どうして、こう、思った事が上手くいかないのだろう。言葉にできないのだろうか。
 アイラはそのまま、エスリンに軽く礼をするとその場を逃げるように走り去った。
「アイラ様?!」
 再びまた一人でいなくなってしまうアイラにノイッシュは止めようとするが、エスリンが引き止める。
「何で止めるんですか?今だって敵が……!」
「大丈夫よ、ノイッシュ。
 敵将はエーディンを助けてくれた人らしいの。彼女が説得に行っているの。
 アレクとミデェールに会ったでしょう?あの二人は護衛役なのよ。そろそろ、話し合いもついている頃だと思うわ」
「でも、本当にその相手が信用できるかどうかなんて……!」
 エスリンの説明に納得がいかなくて、ノイッシュは食い下がる。
 聞き分けの無い子をなだめるようにエスリンはぽんぽんと肩を叩く。
「大丈夫。エーディンは強くて優しい人だから、必ず成功するもの。心配しなくていいのよ」
 そう言って、エスリンは笑った。その笑顔にはエスリンがエーディンを心から信じている事が感じられた。その深い信頼を感じてノイッシュも素直に頷く。それを見て、エスリンは満足そうに笑った。
「じゃあ、次はノイッシュね。
 ふふ、久しぶりにアレクに怒られていたわね。本当にノイッシュって一つの事を考えると他が目に入らなくなるんだから」
「……それを言わないで下さい」
 ライブの治療を受けながら、ノイッシュはぐったりと頭を垂れた。やはり反省しているらしい。
 直情的な性格を持ち合わせているノイッシュは、普段の人柄こそ真面目で温厚だが、たまに周囲の見境が無くなってしまう。その事で、よくアレクには迷惑をかけていたが、今回が一番酷いかもしれない。彼に対して、どう謝って良いのか、そう思うと深いため息がでた。
「ふふ、なんだか似ているわね」
 そんなノイッシュの様子を見ながらエスリンはくすくすと笑った。
「……似ている?」
「ふふ、別に何でもないわよ」
 不思議そうな顔をするノイッシュに、エスリンは笑顔で返す。
 表現の仕方が不器用な人をエスリンはもう一人知っている。もしかしたら、彼女の心を一番理解できるのは彼なのかもしれないと感じた。


「……迷惑をかけたな」
 出会い頭にそう言われて、深緑の髪の青年は面食らった顔をした。
 目の前には黒髪の剣士。その言葉も、言うのがやっとだったという表情だ。
「いえ、俺は特には。そういう相手は違うんじゃないですか?」
 くすくすと笑いながら、アレクはそう受け流すように言う。
「……じゃあ、お前から言っておいてくれないか」
 彼女はアレクの言葉に、悩んだ顔をし、俯いてそう言った。
「構いませんけど……それでアイラ様は良いのですか?」
 その言葉にアレクは少し悩んだ顔をしたが、縦に首を振った。だが、続けられた言葉はアイラにとっては返事に窮する言葉だった。
「……いい。今更言い難い。それにお前の方が言いやすい」
 考えた末のアイラの言葉に、アレクは苦笑いを浮かべた。
「気にする事はありませんよ?あの突っ走るのは前からの悪い癖ですから。アイラ様の言い分はもっともだったとも思いますし。……まあ、やるなら戦場の真っ只中だけは勘弁していただきたい所ですが」
 アレクの最後の言葉に、アイラは苦い顔をする。その言い分は一番最もだ。
 勿論、分かってはいるのだが、自分の思いがそれに一致するというわけではない。感情のコントロールをつけるのはとにかく苦手だ。
 それでも意地を張っているときでも話しやすい相手もいるもので、そういう点でアレクは話しやすいと言えた。彼の性格的な要素もあるのだろう。何故、ノイッシュとアレクの仲が良いのか分かるような気がする。
「……似てますね」
 アイラの様子を見ていたアレクは、なんだか楽しい発見をしたような顔をしてくすくすと笑った。
 その反応の意味が分からなくてアイラは複雑な顔をする。
「なんだっていうんだ?」
 その言葉にアレクはさらに楽しそうな顔をする。その表情は、小さないたずらを思いついた子供のようだった。普段はそういう顔を見せない彼だけに、アイラはさらに訳が分からなくなる。
「気になりますか?」
 アレクは楽しそうにそう言う。その態度が余計に気になって腹立たしくも感じて、アイラはイライラした。
「そうだ!」
「じゃあ、ノイッシュと話すと良いですよ。すぐに分かりますから」
 ノイッシュの名を聞いて、アイラの表情が固まる。今更、どんな顔をして会えば良いと言うのだろうか。
「アレク!お前、さっき、引き受けてくれたんじゃなかったのか?!」
 先ほどのやり取りを思い出し、アイラが抗議をする。そう、この問題は解決したはずだったというのに。
 アレクはにっこりと笑った。
「ふふ、止めておくことにしますよ。では」
 そう言うと、アレクはアイラにヒラヒラと手を振って去っていった。
「何だっていうんだ!!」
 残されたアイラは訳が分からず、やり場の無い怒りを、どうして良いか分からず持て余したまま、その後姿を見送ることしか出来なかった。
「ノイッシュがもう一人って感じだな」
 先ほどのアイラの様子を思い出して、アレクはくすくす笑う。
 不器用な表現の仕方が似ている。感情がストレートで、そのくせそのまま表現するのが苦手で、かえって誤解を招き兼ねなくて。どちらもなんだか放っておけない感じがしてつい関わってしまう。
 だけど、一番分かり合える相手なのかもしれない。
 同じことを感じて、同じことを思って。表現の仕方に問題があったとしても。
 アイラには丁度いい相手なのかもしれない。
 彼女はこの軍に入りたてで、気負っているのは誰の目からでも分かっていた。
 アレク自身も気にかけていたし、他の人たちもそうだ。
 だが、一番気にかけているように感じたのはノイッシュだった。
 おそらく自覚があるとは思えないが、なんとなく似ていると感じているのかもしれない。だからこそ危なっかしさがより分かるのかもしれない。
 まだかみ合っていないが、良い理解者となれるかもしれなかった。
「似ているってのも、悪くはないもんだな」
 アレクはそう呟き、歩みを進める。
 彼らが少しでも、お互いを理解できることを祈りながら。


 とりあえず、やっぱり自分で言わないといけないんだな。
 そのことを思い、アイラはため息をついた。
 どちらにせよ、ノイッシュに言わないといけない事には変わりが無い。
 金色の髪の青年を探す。
 見つけたら、第一声で言ってしまえば良い。
 相手が意味が分からなかったとしても、それで良い。言い逃げしてしまおう。
 それが一番良さそうに感じた。
 言うべき言葉を頭の中で何度も繰り返す。
 言い間違えないように。余計なことは言わないように。
「アイラ様!」
 呼びかけられて、振り返る。そこには探した顔があった。
「あ…あの……」
「先ほどはご迷惑をかけました」
 言葉を先に言われてしまった。アイラは先に言われてしまい、なんて言えば良いのか分からず、言葉を失ってしまった。
 だが、その失った言葉は、続けられたノイッシュの言葉で復活することになった。
「だけど、単独行動なんて止めて下さい!何かあったらどうするんですか!!」
 また同じことを言われて、アイラは再びカチンとくる。
「人のことが言えるのか!!お前だってすぐに怪我するじゃないか!!」
 その反応に、今度はノイッシュがカチンと来る番だった。
「命知らずなことをするのがイザークの剣士なんですか?!シグルド様に恩を返すというのは偽りだったんですか?!」
「何を言うんだ!!お前こそ、シグルド殿の力になるべき人間だろう!ちょっとは考えて行動したらどうだ!!」
「何言ってるんですか!あなたに何かあったらシグルド様が悲しまれます!!」
「部下に何かあるほうがシグルド殿が悲しむに決まっているだろう!!」
 言うだけ言い合って、二人は何かがおかしいことに気がつく。どこからシグルドが悲しむ話になってしまったというのだろう。確か、大元はお互いの心配をしていたはずなのに。
 そう、お互いの心配をしていたのだ。そのことに気がつく。
 ノイッシュはアイラが怪我をしたことに、アイラは自分を助けるために怪我をしたノイッシュを心配して。
 そして、何かあったら、一番悲しむのはシグルドだろう、そう考えていた。
 相手を心配している。
 シグルドを悲しませたくない。
 この二つのことは二人にとって同じものを意味していた。それが何より重要だったから。
 発想が似ていることに気がつく。
 そして、何故かお互いにそれを言うためにとる手段が『怒る』行為であるということを。
「くっ、ははっ、あはははははは!」
 思わずアイラが笑い出した。
 先ほど、何故アレクがノイッシュに会えば分かると言った事を。
 確かに似ている。
 性格は似ているとは言いがたいが、表現の不器用さや考え方や発想が似ている。
 それに気がついて、なんだかおかしくなってしまった。
 何故余計にカチンとくるのか。それは自分が付かれたくない所を付いてくるからだ。似ているがゆえに、それはあまりにも的確だから。
 突然笑い出したアイラにノイッシュは訳が分からなくて、きょとんとしていた。
「ふふふ、つまり二人とも何かあったらダメなんだろう?」
「そうです!」
 アイラの言葉にノイッシュは力強く頷く。
 しかし、そう頷いてから、はてと首をかしげる。
「……あれ?どうして、そう言いたかったのに、違う方向に話がなったんでしょう?」
 まだその辺は分かっていないらしい。
 とは言ってもアイラも急に性格が変わるわけではないので、理解とは別なものであることは分かっていた。正直、またこういう事になったら、きっと余計な方向に行ってしまうに違いない。
 なんだか自分との近さに親近感を覚える。少しずつ話して、もっとお互いを知れば、もっとよく分かり合えるかもしれない。
 なんだか、意地を張っていた気持ちがほぐれてくる。素直に話せそうだった。飲み込んだ言葉も。
「……助けてくれてありがとう。ちゃんと気をつけるよ。
 だから、お前も無理はするな?」
 突然、予想もしなかった言葉を言われて、ノイッシュは真っ赤になる。御礼を言われることには慣れていないらしい。
「あ……いや……その……別に……えっと……その……」
 真っ赤になっておたおたとしている。その様子をアイラは笑顔で見ていた。
 彼となら仲良くなれそうだった。
 素直に接していられそうだった。
 きっとぶつかると、派手な喧嘩にまたなるのだろう。でも、それは二人の心配の表現の形だから。
 それが分かっているなら、きっと大丈夫。
 きっと、同じことを感じて、一緒に笑える存在だと思えたから。
 

 終わり。


 気になっている…の手前くらいのノイッシュ&アイラです。恋愛未満で(笑)。
 この二人といえば似たもの同志だと思うのですよ。気性の点で似ているかな、と。だけど、似ているがゆえに理解できるというか安心できるというか。そこから仲良くなって…いつか特別な存在に…という感じでしょうか?
 実は最初はアレク&ノイッシュの話を書こうと思ってたんですが、ぼんやりと色々考えているうちに、ノイッシュ&アイラの話が書きたくなって(笑)。
 実は、あまりいただけない感想なんですが、ノイアイに関しては他にも書かないんですか?とかカップルになるまでを読んでみたいとか、色々頂けまして。実はノイアイそのものに関しては書きたい話が一杯ありまして。だけど、その前に、昔作った同人誌の話が大元のために、一回焼きなおしで書く必要がありまして…。ちょっとそれには時間がかかりそうだったのと、「関心が無い」→「気になる」までの心の動きって昔からすごく気になっていまして、その「気になる」のきっかけみたいな話とか良いよな〜、とか思っていまして、こんな形になりました。
 ……いや、多分こんな話はカップルものには、わざわざ書かなくても良さそうな気がするんですが(^^;)。長編連載している訳じゃないですしね。だけど、色んな段階があって、色んなことがあったから恋だって生まれるんですよね?
 二人が似たもの同志、というのはご同意いただけるかわからないですが…少しでも楽しんでいただけたら嬉しく思います。宜しかったら、またご感想をお寄せ頂けると嬉しいです(^^)。

 

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