『ある日の出来事』

「馬を譲って欲しい?」
「そう、私も馬を駆って戦いたいの。これでも乗馬の経験ならあるし」
 それは突然の申し出だった。
 ラフィンがセネーでシャロンと再会したのは、少し前の事。
 そこでラフィンは5年ぶりにかつての相棒だったガルダとの再会も果たし、再び竜騎士に返り咲いていた。
 そこで問題になったのが、ラフィンがヴェルジェで出会い、共に過ごしてきた愛馬をどうするかだった。
 大切な相棒だし、ガルダが戻ってきたからといって簡単に捨てられる訳も無い。
 かといってこの進軍する軍に乗る相手のいない馬を連れて歩く訳にもいかなかった。
 となると、どこかの街で譲るしかないだろう。そう考えていた。
 そんな事を考えながら愛馬の面倒を見ようとして馬小屋に向かう途中でシャロンとたまたま顔を合わせた。
 そのまま、道すがらその事を何の気なしにシャロンに話した時だった。
 思わぬところで、貰い手が現れた。
 その相手は、彼の恋人…と言い切ってよいのかは微妙な所なのだが…であった。
 彼女はレディナイトで剣と弓を得意としている。また、育ちが育ちなので乗馬ならちゃんと出来る人間だ。
 ……だが、戦場で馬を駆るとなると話は別だ。
 いくら、彼女が剣や弓に長けているといっても馬上で操るとなると難しい。
「……シャロン、いくら乗馬が出来ると言っても闘うとなると話は別なんだが……」
 だが、彼の心配に対してシャロンはにっこりと笑った。
「大丈夫よ、それなら考えてあるわ。教えてもらうつもりよ。
 勿論、あなたはガルダに慣れるのにかかるでしょうし頼まないから安心して」
 しっかり者の彼女らしい。すでに、その程度なら対策済みのようだ。
 確かに、シャロンになら自分の愛馬を任せても安心だし、これ以上にない申し出だろう。
 ラフィンには断る理由が見当たらなかった。
 目の前にいる真紅の瞳は期待を寄せた光でこちらを見つめている。
 ラフィンは苦笑いを浮かべると笑って答える。
「ああ、シャロンなら安心だ。
 ……しかし、誰に教わる気なんだ?」
「そうね、やっぱり……ラフィンの馬だったから……アーキス君とかクライス君に頼もうかしら」
 教わる相手を聞いてラフィンの表情は凍りつく。
 正直に言って、男に教わるのは勘弁して欲しいのだ。あまり良い気分ではない。
「……その人選は……何を根拠に?」
「だって、二人ともコマンドナイトでしょう?ぴったりじゃない」
 単純明快な回答にラフィンはがっくりと肩を落とす。
「……分かった。俺が教えてくれる人を探して頼んでおくから何もするな」
「……よく分からないけど……お願いするわね?」
 ラフィンが頭を抱えている理由が分からず、シャロンは不思議そうに首をかしげた。
 そんな彼女の様子にラフィンはさらに頭を抱えたのだった。

 颯爽と馬を駆る。
 風が彼女のオレンジの色の髪をきり、草原の香りがした。
 馬を急ぐわけでもなく走らせるなんで何年ぶりなんだろう、そう思った。
 ラフィンの愛馬に乗る前から少しずつコミュニケーションは図っていた。
 そのおかげもあってか、従順にシャロンに従ってくれ、快適に馬を走らせる事ができた。
 周辺を走らせた後、シャロンは馬小屋に近い、剣術の稽古には都合の良い開けた場所に戻ってきた。
 そこには青い髪の女性が待っていた。
「すごいわね。ブランクがあったなんて信じられないわ」
 ニッコリと笑って、メルはシャロンを迎え入れた。
「この子がいい子だからよ。
 でも、ごめんなさいね。つき合わせてしまって」
 馬から下りて、シャロンは馬の頭をなでた。馬は嬉しそうに目を細めてそれに答える。
「ふふ、構わないわ。でも私は弓は扱えないからそれは教えられなくてごめんなさいね」
 メルはにっこりと笑う。
 ラフィンが連れて来た先生役はメルだった。彼なりに色々と考えた末だろう。
「大丈夫よ。大分、感覚分かってきたから、これならいけそう。
 それに剣が扱えるようになったら、弓だってなんとかなると思うわ。
 迷惑かけちゃうけど、宜しくお願いするわね」
 にこにこと談笑する二人の周りには独特の空気が漂っていた。
 お互いの育ちのよさが穏やかな雰囲気を生み出すのだろうか。
「ねえ、シャロン。一つ、聞いても構わないかしら?」
 メルは少し言い難そうにそう切り出す。
「ええ、構わないわよ?」
 メルの表情に、戸惑いながらもシャロンは微笑を浮かべてそう答える。
 その回答にメルは少し明るい表情になり言葉を続けた。
「シャロンは…寂しくはなかった?
 ……私はウエルトの王宮でロジャーを待っている時、不安で仕方が無かった。
 私はほんの少しの間だったけど……あなたは5年間も離れ離れだったでしょう?」
「……そうね」
 メルの言葉にシャロンは考え込む仕草をする。
 だが、その表情は暗いものではない。もっと明るいものだった。
「寂しいとか不安とかもあったけど…とりあえず、文句言ってやりたかったわね!」
 びしっと指を立ててシャロンはそう言って笑った。
 シャロンは笑顔のまま、言葉を続ける。
「ほら、ラフィンって知っての通り、ロジャーさんみたいな人じゃないし。
 ほ〜んと自分勝手だし、突っ走るし、おまけに無骨で可愛げないしね〜。
 こう、びしっと言わないと!とか思って」
 そう言ってシャロンはころころと笑った。
 メルも思わずつられて笑ってしまう。
 こうやって笑って言われると、何だか安心してしまう。
 ずっと離れていたけれど、確かに変わらない何かがある事を感じられた。
「ふふ、私もあなたを見習った方が良いかもしれないわ」
「あら、ロジャーさんもびしっと言わないと駄目なの?」
 シャロンの言葉にメルは思わず笑ってしまう。
 それを見てシャロンも笑いながら、こう続けた。
「そうね、多分、5年前と同じ気持ちのままでいられるかって言ったら…きっと違うわね。
 お互い、生活も変わってしまったし…。
 だけど変わっていない事も沢山あるし…バージェを復興させたい気持ちは変わっていなかった。
 やっぱりラフィンが同志だと心強いのよね。
 だから、これからも頑張れそう」
 そう言ってシャロンは笑った。
「あら、じゃあ、バージェを思っていなかったら?」
 からかい気味にメルはそう笑いかけた。
 シャロンはその言葉に笑って、しかしはっきり答える。
「当然でしょう?
 その程度の男なんて、気にかける価値なんて無いわ」
「そうね。当然ね」
 シャロンのもっともな言い分にメルも笑って答える。
 そして、しばらくの間、女性同士の楽しいおしゃべりに花が咲いたのだった。


 稽古が一通り終わった夕方。 
 馬の面倒を見終えたメルが自分の部屋に戻ろうと馬小屋から宿舎に向かっていた。
 シャロンにも一緒に帰ろうと声をかけたのだが、まだ馬の面倒を見るのだと答えた。
 じゃあ自分もと言ったメルに、ロジャーが待っているのだから早く帰りなさいと逆にせかされてしまい、一人帰途についていたのだった。
 その途中、向こうから人影がやってくる。
 背が高く、栗色の少し長めの髪。
 メルが声をかける前にその人物は声をかけてきた。
「すまないな。シャロンはどうだった?」
 あまり表情の変わらない顔に少し心配の色が浮かんでいる。
 それを見て、メルは微笑んだ。
「ええ、彼女なら大丈夫よ。すごくセンスが良いし…すぐにでも馬を駆って前線にも出られそうよ」
「そうか、それなら良かった。ありがとう」
 今度は少し安堵の色が浮かぶ。
 メルはそれを見て、からかうように言葉を続けた。
「ふふ、あなた達って不思議よね。
 彼女、言っていたわよ。故郷を気にかけないような人なら気にかける価値はないって」
 その言葉を聞いてラフィンは表情が固まる。
 そして急に笑い出した。
 その反応に、メルの方が驚く。
 付き合いがあるという程度の関係だが、彼がこういう風に笑うのは見たことが無い。
「あいつ、そういう事言ってたのか。変わらないな」
 ラフィンはまだ笑っている。メルもそんな彼を見て呆然としたままだ。
「あいつはね、国が一番大切なんだ。昔からそうなんだよ」
 そう言ってラフィンはメルに微笑んだ。その表情はシャロンが故郷の事を語るときの笑顔に似ている。
 メルは、彼の表情に気が付き、にっこりと笑った。
「あなたも彼女と同じなんでしょう?」
「……そうだな。騎士を志した幼い時から……変わらないな」
 メルの言葉にラフィンは軽く頷くと、空を見上げた。
 その先には……彼等の故郷であるバージェがある。
 メルにもその気持ちが分かった。
 故郷を離れるまでは分からなかったが、こうして離れた土地に来ると無性に恋しくなる。
 あの懐かしい故郷を。
「そういえば、シャロンは一緒じゃないのか?」
「ええ。まだ馬小屋に残っているわ」
「……そうか。じゃあ、覗いてみるか。
 今日はありがとう。俺からも礼を言うよ」
 そう言うと、ラフィンは馬小屋に向かって歩んでいった。
 その後姿を見送りながらメルは改めて思う。不思議な関係だと。
 何よりも故郷を思っている二人だからこそ、変わらずにいられるのかもしれない。
 彼等の繋がりは、愛や恋だけではない…志でも繋がっているのだろう。
 そういう関係も素敵かもしれない。
 そんな事を考えていると、急にロジャーの顔が見たくなった。
 メルは再び帰路に着く。愛する人の顔を見るために。

 馬小屋に向かいながら、ラフィンは先ほどのメルとのやり取りを思い出す。
 相変わらずだな。
 そう思うと、思わず苦笑がもれてしまう。
 しかし、それだからこそラフィンは助かっていた。
 シャロンとビルフォードに出会って、嬉しい気持ちと共に複雑な思いがあった。
 自分はヴェルジェにいたとはいえ、バージェの事はいつも思っていたし、いつか帝国に勝ちバージェに戻り復興に努めるつもりでいた。
 しかし、傭兵をしながらずっとバージェ奪回を願い行動してきたシャロン達に出会って後ろめたかった。
 結局は逃げ出してきたのだ。
 バージェに帰るつもりでいたとはいえ、違う世界で生きてきた。
 ……自分はバージェの為に闘える人間なのかわからなくなっていた。
 そんな時、彼女は当たり前のように彼の居場所を示してくれた。
 同志だと言ってくれた。
 自分達も何も出来なかったのだから、どこにいようと気持ちさえ同じならば変わらないと。
 だから、もう一度、バージェの騎士に戻れそうだった。
 故郷の為に戦いたいと改めて強く思う。
 もう一度、シャロンやビルフォード、別れたままの同志達と共にまた、バージェの地に立ちたい。
 だからこそ、リュナン公子達と共に戦い、帝国に勝ち、バージェへと戻りたかった。
 改めて強く心に刻んだ。
 今はラフィンもシャロンも国の事を第一に考えたかった。
 彼女は昔から愛国者で、いつも国の事を考えていた。
 きっと、メルが言ったとおり、自分が国を忘れるような男だったら彼女はきっと気にも止めないだろう。
 そんな女だ。
 だからこそ、彼女に惹かれたのだろう。
 だからこそ、昔と変わらぬ気持ちを抱く事が出来るのだ。
 日が傾き、辺りには夕闇が襲ってきていた。
 馬小屋に辿り着いたラフィンは馬小屋の中を覗く。
 沢山の馬の中に、オレンジの髪が覗いたり隠れたりしていた。
「シャロン、もう遅い。戻らないか?」
 声をかけると、馬の間から、笑顔のシャロンが現れた。
 なにやら、ご機嫌の顔をしている。
「ラフィン、良い所に来たわ。ねえ、見てくれる?」
 シャロンはラフィンの元に駆け寄ると、彼の手をひいて連れて行く。
 ひかれるままに連れて行かれたラフィンは目の前の状態に呆然とする。
 目の前にいる彼の愛馬には、いかにも女性が好みそうな馬具を身に付けていた。
「……これは……一体?」
「ね、可愛いでしょう?メルと一緒に選んだの」
 唖然とするラフィンにシャロンはにこにこして答える。
 どうやらここに残っていたのは、この馬具を着けたかったかららしい。
 ……しかし……その姿は彼の知っている愛馬とはまるで違っていた。
「……こんなに余計なものをつけたら動きにくいだろう?」
「そんな事無いわよ。ラフィンったらちっとも可愛い格好させてあげないんだもの。
 それにヘルメスも気に入ってくれたみたいだし」
「……ヘルメスって誰……」
「この子の名前。俊足の神様の名前からとったの」
 どう対応してよいか分からず、おたおたしているラフィンとは対照的にシャロンはご機嫌の笑顔で自慢げに話している。
「……勝手に名前をつけるな!こいつは俺がずっと面倒をみてきたんだぞ?」
「あら、私はずっとガルダの面倒をみてたわよ?」
 反撃を試みたが、すぐにやりかえされてしまう。
 ラフィンの苦い顔に気がついたシャロンはクスクスと笑った。
「大丈夫、この子は大事にするから安心しなさい」
 その言葉にラフィンはこくこくと頷く。
 まだ、事態に対応できていないらしい。余程、変貌にショックを受けたのだろうか。
 まだまだオロオロしているラフィンを置いたまま、シャロンはヘルメスの馬具を取り外してやる。
 一通り片付けた後、シャロンはそっとラフィンの手を引いた。
「さあ、帰りましょう?
 迎えに来てくれたんでしょう?」
 そう言って、にっこりと笑う。
 その笑顔にラフィンも笑顔で答えた。
「ああ、帰ろうか」

 こうして、その日の夜はふけていったのだった。


 終わり。



 は〜い、終わりました!何かもう、文章力欠如しまくっていてごめんなさい;;
 私のラフィシャロはとりあえず、この話を書いたほうがイメージつかんでいただけるかな?と思ったんですが…ど…どうでしょう(^^;)。
 いや、語りは改めてしますけども;;
 今回は強い感じのシャロンさんが書きたくて…ちょっとラフィン視点っぽく書いてみたんですが…甘い話ですねえ(^^;)。
 すいません…私、切ないとか言われているラフィシャロで…甘い話しか書けないっぽいんですけど(笑)。
 馬の事。MYドリームです(笑)。だって…ラフィンの馬、いらなくなっちゃうし…ここはシャロンさんが!とか思いまして(^^;)。
 メルは…なんとなく仲が良さそうに思うんですけど…どうでしょう?
 イメージ違うと思われた方も多いとは思いますが、今回は強いシャロンさんがテーマなので!その辺、ご理解戴けると嬉しいです。
 最後までお付き合いくださり、ありがとうございましたv

★戻る★