『姉心』
小さい頃から、いつも一緒で、一番大切な女の子―――――――。
それは、いつもと変わらない日の事。
私は、朝ご飯をおなか一杯たいらげ、使った食器を台所の流しまで運んでいった。
「ありがとう、ラクチェ。そこに置いておいておいてくれるかしら?」
金色の長いウェーブのかかった髪を後ろでまとめた、エーディンさんが優しく声をかけてくれる。
うん、今日もエーディンさんは美人だ。
エーディンさんはラナとレスターのお母さんだけど、母親のいない私やスカサハ、セリス様やデルムッドにとってもお母さんに違いはない。
そんなお母さんが優しく微笑んでくれると今日一日がいい日になる気がして気持ちが明るくなるのだ。
機嫌が良くなった私は、剣の稽古に行こうと後ろに振り返る。
そこには私と同様に食器を片付けに来たセリス様とラナが話していた。
声をかけようと思ったが、私はその言葉を飲み込んだ。
なんとなくラナの様子が変だった。
楽しそうに話しているけれど、時々妙なくらい赤くなったりしている。
どうしたんだろう?
何となく心配になって、ラナがセリス様と別れてから私は傍に駆け寄った。
「ねえ、どうしたの?具合でも悪いの?」
私の言葉にラナはきょとんとした顔をした。どうやら私の言葉を理解していないらしい。
……あれ?具合が悪いわけじゃないのかな?だったらどうしたんだろう?
「あ……ごめんなさい。そうじゃないの」
私の表情はどうやらころころと変わっていたらしい。状況を飲み込めたラナがにっこりと笑った。
そしてキョロキョロと周りを見回す。近くに誰もいないことを確認してから、ラナは小さな声で続けた。
「……あのね、ラクチェだから言っておくね」
……なんだか分からないけれど重要な事らしい。私は黙って頷いた。
ラナは何だか真っ赤になった。
「……私ね、セリス様のこと、好きみたいなの」
……それは重要事項なのかな?私にはよく飲み込めない。
首をかしげる。
「???私もセリス様のこと好きよ?勿論、ラナが一番だけど」
私の言葉にラナが顔をさらに赤くする。
「そうじゃなくて!……そういう好きじゃない『好き』なのよ……」
その言葉に私は雷が落ちたかのような衝撃を受けた。
ラナは真っ赤になってうつむいてしまった。そしてそのままエーディンさんのいる台所の方へ向かって走り去ってしまった。
一人取り残された私は、真っ白になっていた。
とにかく、とても大きな衝撃で……どうしたら良いのか私には分からなかった。
ただ……急に一人取り残されたような気持ちがした。
その日は最悪だった。
結局何をするにも手がつかず、剣の稽古ではスカサハにボコボコにされるわ、転んで頭打つわ、水がめひっくり返してシャナン様から大目玉を食らうわ…ろくな事が無かった。
何だか夕飯も食欲がわかない。
今日は、野菜のシチューでおいしそうな湯気をたてている。隣の小皿にはデザートのうさちゃんリンゴ。
あ、私の好きなうさちゃんリンゴ。このくらいなら食べようかな。
「ラクチェ、食べないのか?食べないなら貰うよ?」
隣からスカサハが私のリンゴをひょいっとつまみあげ、そのままパクッと食べてしまった。
あああああああ!!!!!!!!!
私のうさちゃんリンゴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!
……とはいえ、大切な食事に手をつけていない私が悪いので文句も言えない。
……でもさ〜、妹が食欲無いからって、心配の一つもしないでとるかな?
……あ、この間、スカの分もご飯食べちゃったから……それかな原因……。
あああ……結局私に全部原因があるのか〜。落ち込み。
「ラクチェ?どうしたの?大丈夫?」
テーブルの向かい側からラナが心配そうに声をかけてくる。
……ああ、やっぱりラナは優しい。どっかの誰かと違って。
でも、ラナには心配かけるわけにはいかないもん!
私は大丈夫と笑って、手付かずにいた野菜のシチューを頬張った。
……だけど、いつもならおいしい食事も今日はほとんど味が感じられなかった。
ベッドに寝転がり眠れずに天井を仰ぐ。
いつもなら気にもしない天井のしみが今日は模様を作り、なんだかオバケみたいに見えた。
枕を抱え、ぼんやりとしみのオバケを見ていた。
……今日の調子がおかしいのは朝のラナの告白のせいだろう。
……ラナも女の子なんだし、いつか恋だってするだろう。それは分かっていたつもりだった。
私もシャナン様に憧れる気持ちはあるし、ラナがセリス様に恋したとしてもおかしいことじゃない。
だけど、感じる孤独は何故なのだろう。
小さい頃、私はラナが一番好きだと言った。それにラナは私も一番ラクチェが好きだと言ってくれた。
私は今も変わらずに…むしろもっと好きになった。一番なのは変わっていない。
ただ、ラナの一番は今はもう私ではなくてセリス様なんだろうという事。
……それだけなのだ。ただそれだけなのだ。
……別に自分の想いと同程度の想いを返して欲しい訳じゃない。
そんな事なんて思っていない。
だけどセリス様が羨ましく思えてならなかった。
私がもし女ではなく男だったら状況は違っていたのだろうか。
そんな簡単な事じゃないのかもしれない。
私とセリス様では違う所が多すぎて、どう理解していったら良いのか分からない。
ただ……ただセリス様が羨ましかった。妬ましかった。
セリス様の事は好きだと思う。
ラナが好きになるのも分かる気がする。
だけど……それとは明らかに違う思いが同時に心の中を巣くっていた。
私は待っていた。
あと少し、あと少し。
あと少しで…このモヤモヤした思いもきっと晴れるに違いない。
壁の向こうで息を潜め待っていた。
手に力がこもる。
そう、あと少し、あと少し。
緊張で心臓がバクバクする。
「ラクチェ?」
「うぎゃあああああああああ?!」
思わぬ方向から聞こえた声に、極限まで緊張していた私は思わず悲鳴を上げる。
我に返って、声のした方向を向くと、青い髪の少年が呆然としていた。
……私のターゲットではない方の青い髪。
向こうも予想外の反応だったのだろう。呆然としたままだ。
「すごい声がしたけど……何かあったの?」
どう取り繕うかと考え始めた時、ターゲットの方が声をかけてきた。
……しまった。これじゃあ、計画は丸つぶれだ。
確かにあれだけ大声をだせば当然だろう。
私は2人の青い髪の少年を代わる代わる見た。とにかくこの場から逃げないと。
そうなると……こっちに余計な事を話されてはたまらない。
私は、精一杯の作り笑いをターゲットに浮かべて笑いかけた。
「いえ、何でもないんです。それじゃあ!」
そう言うと呆然としたままの方の腕を引っ張り…いや、むしろ引きずってその場を離れた。
ありがたいことにひきずられている方は状況が分かっていないらしい。おたおたしているだけだ。
「本当に大丈夫〜?!」
後ろから心配そうな声が聞こえる。
いつもなら、嬉しい心配りが今日はとても憎らしかった。
私は何も答えず、逃げるようにその場から去った。
「……事情を聞いてもいいのかな?」
先ほどの所からすっと離れた場所の大きな木の木陰の下、私に無理矢理ひっぱられてきた方の少年は遠慮がちにそう聞いてきた。
そういう話し方はラナに良く似ている。血の繋がりというのは不思議な感じだ。
「……別に大したことじゃないわよ」
私は半ば投げやりにそう言った。
こういう時にラナと似た話し方をされるととても困る。
……何だかラナに言い訳するみたいだ。とっても後ろめたい。
これがスカサハだったら全然違うんだろうけど。
「ただ……ちょっと一発叩きたかっただけなのよ。
少しは気が晴れると思ったから」
私の言葉にレスターは驚いた顔をした。まさか、そんな現場に偶然居合わせたなんて、確かに思わないだろう。
「……セリス様と喧嘩した訳でもない……か」
レスターはそれなりに理由を見つけようとしているらしい。
だけど私たちは家族同様で、6人一緒の事が多いから秘密事でさえ意外と少ないし、それをイヤだとも思った事はない。
そうなれば、私がセリス様を殴ろうとしていた理由など何かあれば分かるはずなのだ。
……そう、普通なら。
「……セリス様には……何もされてないよ。あるとすれば私の方……」
もう、どうでもいい気がした。
計画も潰れてしまった。もう、実行はできないだろう。なら、隠す必要なんてない。
「……何だかもう……セリス様そのものが羨ましくて妬ましくて……どうしようもなかった」
その言葉にレスターはあまり驚かなかった。
むしろ事情が飲み込めたような顔をして、気まずそうな顔をした。
「……もしかして、ラナから何か聞いた?」
「!……レスターも知ってるの?!」
驚いてそう叫んでしまったが、ラナの兄なんだから知っていて当然なのかと思い直す。
だけど帰ってきた答えは私の考えたものとは違っていた。
「……いや、別に聞いたわけじゃないから。多分そうじゃないかと思っただけだし。
俺は前々からうすうす感じてたし……さして驚かなかったけど……やっぱりラクチェにとってはショックか」
ちょっと困った。心の内を見透かされた気がした。
そう、否定はしない。私はショックだった。
今もずっとそう思ったままだ。
小さい頃、小さなラナをいつも連れて私はお姉さんのつもりでいた。
だけど、やっぱりラナとレスターはやっぱりどこか似ていて、私は本当の姉にはなれない事を思い知った事がある。
その時は、とても悔しくてレスターがとても羨ましかった。
でも、あの時感じた気持ちと、セリス様に対する気持ちは明らかに違っていた。
どう違うのかはよくは分からない。
だけど……明らかにそれは違うのだ。
……上手く表現できない。でもそれは確かに違うのだ。
「レスターは……平気なの?寂しくない?」
そう言ってから私は気がついた。
そう、寂しいような思いが…どこかにあった。だから不安に襲われる。不安定になるのだ。
だから、余計にセリス様に対して嫉妬するのかもしれない。
今までと変わってしまうような不安が確かにあった。
「ん……俺はあんまり気にしてないかな」
レスターは私の言葉にちょっと考える素振りを見せたがすぐにそう答えた。
その言葉に私の方が驚く。
「なんで?!だって……だって……」
上手く言葉に出来ない。言葉に詰まった。
この不安を言葉にするのは難しい。
そんな私の思いを察したのだろうか。レスターは私に優しく微笑むと、頭を軽くなでた。
「大丈夫だよ。そんなに簡単に人の気持ちは変わったりしないよ。
もし、ラクチェに好きな人が出来たとして、急にラナがどうでもよくなったりすると思うか?」
「そんなこと!どうでもいいなんて思ったりなんてしない……!」
私は思わずそう叫ぶ。
そう、今だって私もシャナン様に憧れている。でもそれはまた違った感情で、ラナはずっと好きなままだ。
ずっとずっと好きなのだ。変わったりなんてしない。
「そうだろう?
ラナだってそうだとは思わないか?」
そうレスターは優しく微笑んだ。
私はその言葉にはっとする。
そう、私は変わったりしないだろう。
ラナだって……違わないとは言い切れないけれど……少なくとも私の知っているラナはそんな女の子じゃない。
だったらラナを信じれば良いのだ。恐れる事なんて無い。
……ないんだけど……
……ないんだけど……
……ないんだけど……!!!
「……でもやっぱりセリス様が羨ましい〜〜〜!!!」
とりあえず私の結論はそれに尽きるらしい。
……なんか我ながらちょっと情けないかも……。
……あ、聞いてる方も同じ事思ってるみたい。……いや、そんなにあきれた顔しなくたっていいじゃない……。
「……結局それなんだな……」
「〜〜〜〜〜〜!!そうよ!!悪かったわね!!」
こればっかりはしょうがない。どうしようもないのだ。
だって、しょうがないじゃない。セリス様にはなれないんだもの。
「……まあ、逆に考えれば良いんじゃないか?
ラクチェじゃなければ出来ない事も沢山あるわけなんだから。
……よくは分からないけれど女の子同士じゃないと分からない事もあるだろう?
それに、実際、今回の事だってラクチェにしか話していないと思うし……信頼されている証拠じゃないのか?」
レスターは半ばあきれた顔でそう言った。
思いがけないその言葉に私は驚いた。どうしてそういう考え方ができなかったのだろう。
確かにその通りなのだ。
ラナは私を信用してくれてるから話してくれたんだもんね。
なんだ、じゃあ自信持っても良いんだよね。
……寂しく思う必要なんてきっと無いんだよね。
……大丈夫だよね。平気だよね。
それにレスターに言われたとおり、女の子にしか分からない事も沢山ある。
そう、急に疎遠になってしまう訳じゃない。
いつか、本当にラナに恋人ができれば、一緒にいられる時間も減ってしまうかもしれない。
だけど時間の長さだけが繋がりじゃない。
だから、大丈夫。
きっと大丈夫。
そうだよね?……ラナ。
私はやっと目の前が明るく開けた気がした。
「うん!そうだね!
ありがと。元気になった」
私は感謝の気持ちをこめてレスターに笑ってみせた。
昨日から作り笑いばかりだったけど、やっと自然に笑う事が出来た。
レスターもにっこりと笑ってくれた。
とにかく、安心した。
話を聞いてもらって良かった。…話して良かった。
……やっと気持ちの整理がついた。
これからは、前と変わらずラナと接する事が出来る。
もう、怖くはないから。
そう、変わってしまう事はあるかもしれない。
でも怖がる事はきっと無い。
私が私である限り、ラナがラナである限り。
だから、大丈夫。
保障はないけど…でも何故だろう、大丈夫と言えるから。
多分、それが私とラナとの繋がりなんだろう。
……でもセリス様が羨ましいのは変わらないけれども。
……負けないもんね!!覚悟しなさい、セリス様!!
終わり★
……ちょこっと改定しました。
……反応が怖いです。どうしよう、セリラナが前提になっているから注意書きをつけようかな(^^;)。
もともとM.MさんとチャットでうちのラクチェがラナLOVEなので、その事を色々とお話しているうちに…ラナが結婚したら大変そうだとかいう話になって…じゃあ、ラナに好きな人が出来たと知った場合はどうなんだろう?とかいう発想になりまして(^^;)。そんな感じで書いた話です。
基本的に女の子仲良し〜vが好きな私は、とにかくラブラブっぽい話を目指しますので…こんな感じです…。私の同人誌をご存知の方はあまり違和感ないでしょうけど…これが初めての方は…すいません;;お願い…引かないで(><)。もう、私の頭の中ではこんな感じなのです…。
さて…ラナがいなくてラクチェ&ラナとはこれいかに…って感じですね(^^;)。
次はちゃんと二人の仲良し話を……。
ちなみに今回の相方にレスター兄さんが選ばれた訳…。
私がこの二人のカップルが好き…というよりはラナがらみではこの人が一番ラクチェを分かってくれそうなんで(^^;)。
最後までお付き合いくださってありがとうございました!
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