『あなただけの色』 がりがりと音をさせながら金色の髪の青年は遠くを見つめながら、絵筆を走らせていた。 最近は趣味と実用が一緒になってしまい、隠れたはずの絵画の趣味は、いつの間にか、行軍の役にも立っていた。 今日も空いた時間が出来たので、またスケッチに入っていた。友人のカイルはきっと剣でも磨けと言うのだろうけれど、息抜きがてらにこうしてスケッチに興じている方が、彼には向いているだろうと思えた。 まあ、一応、騎士ではあるんだけどな。 今はどちらも捨てる事の出来ないものだと、自分でも分かっている。 ただ、剣をふるうことが良いのか、こうして絵を描き続けていた方が良いのか、それは彼、フォルデにも分からなかった。 鉛筆でスケッチをある程度終わらせると、彩色の準備に入る。とりあえず、大まかに分かる程度で良いだろう。じっくりこつこつ描けるほどの時間は行軍中には無い。 色を塗ろうとして、パレットに目をやったとき、上から人影が被さってきた。長い青とも緑ともいえない雰囲気の髪の色。それに生えるかのような赤い衣装。彼の使えるべき人間の一人エイリークのものだと、フォルデは思った。 見上げてみる。そこにはやはりエイリークの姿があった。 彼女はフォルデが気が付いたことににっこり笑い、こう告げた。 「良かった、あなたを探している所だったんですよ」 「何かありましたか?」 エイリークがフォルデを捜すという事は、なにか他のものもあるのだろう。戦況が良くないのだろうか。 だが、フォルデの不安とは別に、エイリークはにこりと微笑んだ。 「兄上に言われたんです。お前は少し肩の力を抜いた方が良いって。元々こういった行軍が苦手なのを兄上も分かってくれているのでしょう。 だから気晴らしに何かをしておいでって言われたんです」 「それが俺、なんですか?」 フォルデは半信半疑ながら、そう伝える。 エイリークの気晴らしになるのだろうか。まず、そこから疑問である。 「ええ、私、貴方に絵を教えてもらおうと思って……」 エイリークの言葉にフォルデは耳を疑う。 フォルデの絵は完全に独学だ。誰かに教えてもらったわけでもない。 今まで絵をえがいて来ていた事も、母やフランツのため。人に教えられるような裁量は無かった。 「……俺の絵の技術なんて完全に独学ですよ?もっと良い方に教えていただいた方が宜しいんじゃないですか?」 だが、エイリークはそれににっこりと微笑む。 「貴方だから習おうと思うのです」 そこまで言われると、フォルデも反論をしにくい。エイリークは頑固な一面も持っている。それは兄であるエフラムとも良く似ていた。 やはり双子の兄妹となると似ているのだろうか。自分と、フランツにはかなりの差があるように感じられたが……。フランツは真面目なのだ。自分とはまた別に。 「あの、スケッチブックなら持ってきたんです。一緒に絵を描いていても良いですか?」 「俺でよければいつでも歓迎しますよ?」 その言葉にフォルデは肯定的に答えた。 一国の姫が、自分の趣味に教えを請おうとするのだ。とてもではないが、断る事など出来ない。 フォルデの肯定的な言葉を受けて、エイリークはふわりと微笑む。兄が一直線なら、妹は穏便だ。どちらと居ても面白いのには変わりが無かった。 「フォルデはもうスケッチが終わっているのですね」 エイリークは彼のスケッチブックを覗き込んで、そう言った。 「ええ、これから彩色に入ろうと思いまして……」 「そうですか。……あの、絵ってどこから始めたら良いんでしょう?」 エイリークは不安がちにそう言った。絵心の無い人は、まず、真っ白な紙を見てどうするか悩んでいる所だ。 「まずは思ったとおりに描いていったら良いんですよ。しょせん、人間の描くものです。間違いやおかしなことが多少混じっていても問題ないんです。必要なのは絵を描きたい、そういう気持ちなんですよ」 フォルデはそう言ってエイリークに座るように薦める。それに従って、エイリークはフォルデの隣に座ってから、真っ白なスケッチブックをどうすれば良いのか分からず、困惑していた。 ふと隣のフォルデを見ると、もう真剣な顔つきに変わっていて、丹念に色を重ねていっていた。 フォルデがこうやって緊迫感をもっている表情は、戦場と絵を描いている時だけだろう。普段はひょうひょうとしていて、雲を掴むような所があるが、怠け者では決してない事はエイリークにもよく分かっていた。 そう、この顔を身近で見れるのは……今はエイリークだけのものなのだ。そう考えたら少し胸が高鳴る。 その高鳴る胸を押さえながら、エイリークは白いスケッチブックを広げた。相変わらず、何を描いて良いのか分からないけれど、せめてフォルデと同じ方向のものが描きたくなり、そのまま、絵筆を進めていった。フォルデが言ったように、思いつくままに描いていかないといけないのだろう。まるで写真のようには上手く描けるはずが無い。 「ああ、そうだ。言い忘れていた事がありました」 突然のフォルデの言葉に、エイリークはびっくりして顔を上げた。 「絵を描くって言うのは、それに対して心を込めて描くのが大切なんです。絵からその人のメッセージが伝わってくる。そんな絵を目指しているんです、俺」 それは決意にもにた言葉で、エイリークの胸は高鳴った。 ほんの思いつきでフォルデに声をかけたのだが、絵というものはそう簡単でもないらしい。 フォルデは息抜き代わりに絵を描いているが、自分はどうやら一からのスタートを切らねばならないようだと、エイリークは思った。 隣のフォルデはまた絵筆を滑らして彩色していた。その色はまるで見ているかのようなそのままの綺麗な風景画で、エイリークはしばらく自分の絵筆を止めて見入ってしまった。 確かにその色はそこにあるのだが、フォルデの手にかかるとそれがもっと素晴らしい場所のように思えてきた。 「……これは貴方だけの色なんですね」 そうエイリークは思わずそうこぼす。それに驚いたようにフォルデはエイリークを見た。 「そんなこと、ありませんよ。自然の色は複雑怪奇で、とてもじゃないですけど人間にそれを再現させることなんてとても難しいですよ。俺もまだまだ趣味の段階の絵師なんですよ」 「フォルデの絵が中途半端なんて思えません」 エイリークは頑として自分の主張を繰り返す。 それにフォルデは閉口して次の言葉が出てこない。他の人なら、いつでもフォルデのペースに持っていけるのだが、なかなかエイリークはその点では強かった。どちらかというと彼女のペースに乗せられてしまう。 さて、ここまで買いかぶってもらったんだから、何かそれなりの返事をしなくてはならないのだが、フォルデは返す言葉に困っていた。 「……どう言ったら良いんでしょうね?エイリーク様とエフラム様は剣と槍に特化されているのですよね?俺達、ソシアルナイトともなると、剣と槍を使わないといけない。だから剣も槍も中途半端に覚えていって特化しない。そういう感じでしょうか?俺の絵が中途半端なのは」 戦術に例えられて、エイリークは考える仕草をしたが、なんとなく、言いたい事が分かった。 「まあ、つまりですねえ、何事も中途半端なんですよ。子供の頃は騎士目指して一生懸命だったけど、母がそれよりも絵を大事に思ってくれた事、フランツが絵を描き始めると、明るい顔になった事。それが全ての原因のような気がします。俺の絵の始まりは……」 「……すいません、フォルデの所のご両親はもう亡くなられてしまっているのですよね」 エイリークは触れてはいけない部分に触れたような気がして、不安にかられた。 だか、言われた当人はあまり気にしていないようだ。 「いえ、俺もフランツが居たからやってこれたんですよ。エイリーク様もエフラム様がいらっしゃるでしょう?だから、大丈夫ですよ。絶対」 そう言われて、エイリークの気持ちが少し軽くなる。 フォルデと話すと心が軽くなるのをエイリークも気付いていた。 困った時、兄にもゼトにも話せないような時、そういう時にフォルデはいつも一番近くに居てくれたような気がした。 「それで、エイリーク様。とりあえず何か描きましょうよ。気晴らしになると思いますよ」 そう言ってフォルデは笑った。その笑顔にエイリークは救われる思いを感じていた。 「……色が乗ってないのは確かだけど……同じものを描いたはずなのに、どうしてフォルデとはこんなに差があるのかしら」 完成したフォルデの絵とエイリーク自身の絵を見ながら、彼女は深いため息をついた。 「でも、エイリーク様もお上手ですよ」 そう言ってフォルデはエイリークの絵に少し修正をいれる。 「ここはこんな感じの方が良いと思うんですよね」 「……ここが駄目なんて考えても無かったわ」 教わる生徒のエイリークは思わぬ指摘に、納得する。 「絵は数を描いていくのが一番ですよ。エイリーク様もセンスありますし、素晴らしい絵画を描ける日が来ると思いますよ」 「……と言う事は、私はフォルデに近づくにはまだまだかかりますね」 エイリークはそっとため息をつく。まあ、もともと争うつもりも無かったのだが、次元が違う事に気が付いて、少し落ち込んだのだ。 「フォルデが私の当面の目標ですね。フォルデは何が目標なんですか?」 その言葉に、エイリークに視線を下ろしていたフォルデは、また外の風景に見入っていた。 「あの空の色って綺麗だと思いませんか?青とうっすらピンクが混じって素敵な色でしょう?あの山だってそうです。いろんな色が混ざっていて不思議な感じでしょう? 俺、ああいう色を出してみたいんですよ。まだ俺の実力じゃ叶いませんけど……あんなふうに自然を描けたらって毎日思いますよ」 そう言うフォルデの横でエイリークはフォルデの絵を覗き込む。そこには、フォルデが目指しているものがあるような気がした。これ以上のものを求めるのは芸術家、ゆえなのだろうか。 「今のフォルデの色……私、好きですよ」 エイリークの言葉に、フォルデはふわっと微笑んだ。 「そう言っていただけるだけでも光栄です」 そう言って、フォルデはエイリークに頭を下げる。 「私……いつか貴方なら本当の色を見つけ出せると思います。 その時は私に一番にみせて下さいね」 念を押すようにエイリークが言う。それに、フォルデはこっくりと頷いた。 「ええ、満足のいく仕上がりでしたら、きっと……」 そう言ってから、フォルデは、はっと何かに気が付いたようだった。 「で、でも俺、ただの騎士ですし、そうエイリーク様に気をかけていただいたら、困ります」 「どうしてですか?」 「他の騎士連中が嫉妬しますよ。エイリーク様は我が軍の大事な方なんですから」 エイリークの質問に困ったようにフォルデは答える。それに対してエイリークはずいっと詰め寄る。 「でも、私は貴方にもっと知ってもらわないといけません。それに私も貴方の事をもっと知りたいですし」 「な、何故、そうこだわられるのです?」 窮地にたったフォルデが慌ててそう答える。それにエイリークはにっこりと笑ってみせた。 「貴方が約束してくださいましたから」 「約束、ですか?」 「私の絵を描くって約束。覚えているでしょう」 「ええ、それは勿論」 フォルデの答えに安心したかのようにエイリークは微笑む。 「だから、私の事、もっと知って欲しいのです。それはいけないことでしょうか?」 そのエイリークの微笑みは、フォルデにとって女神の微笑みに見えた。 「いえ、貴方が望まれるのでしたら……いつでも」 「じゃあ、貴方の事ももっと知って良いかしら?」 「俺の事ですか?」 「ええ、勿論」 エイリークのペースに乗せられていっているような気もし無くは無い。 だが、悪いペースでは無い。そういってフォルデはにっこりと笑った。 「ありがとう、フォルデ」 「いえいえ、こちらこそ」 そう言って二人は微笑みあった。 小さな約束だ。だけど、それは大きな約束でもある。 「……だから、勝ちましょう、この戦い」 「そうですね、必ず。貴女の事は必ず守りますから」 そう言って、緊迫的な空気が走った。 それに気付いて、エイリークがにっこりした顔をしてみせた。 「ねえ、フォルデ。また、絵を一緒に描きませんか?」 「ええ、勿論。貴女が望むのであればいつでも」 そうして約束は小さいけれど、少しずつ増えていく。 その約束事の積み重ねがエイリークにとってもフォルデにとっても心地よかった。この心地よい時間がずっと流れると良いなと、二人は思ったのだった。 終わり。 さて、聖魔まだクリアしてないんですが、支援会話がツボ過ぎてすっかりはまっちゃいました。フォルデ&エイリーク。もう個人的にはカップルでもコンビでも良いや!って域なんですけど、ちょっとカップリング色も出してみたいかなあといった感じで書いて見ました。 とりあえず、嬉しかった事はフォルエイ好きな人が私だけじゃない!って事でしょうか。 なので、広めていきたいと思います(笑)。布教、布教〜v カップリングじゃなくても良いからコンビ押しの人でも増えてくれると良いな〜なんて思います。 また、何か思いついたら、書いていきたいと思ってます。 |