『それでも私は戦場に立ち続ける』


 最初の小さな異変に気がついたのはユリアだった。
 いつものラナとは少し雰囲気が違っていた。
「ラナ、大丈夫?」
 ユリアの問いかけに、ラナは笑顔を向けた。
「ええ、大丈夫よ。このくらいで、ばてたりはしないわ」
 そう気丈に笑ってみせるラナがユリアには心配だった。
 ラナは気丈なのだ。弱いところは一切見せようとしない。
 だからその言葉も、どこまで信用していいのだか分からない。
 それでもユリアはラナが大丈夫だというのであれば、多分、大丈夫であろうと、そう考えた。
「さあ、傷ついた人の手当てをしに行きましょう?」
 ラナに微笑まれて、ユリアはつられて笑う。ラナの笑顔にはそんな所があった。微笑まれると微笑んでしまう。ラナの魔法だった。

 レンスターからの行軍はなかなか厳しいものだった。
 伏兵が現れての奇襲を受け、その上にトールハンマーを持ったイシュタルが攻めてくるという情報が入っている。
 セリス軍は大ピンチということになる。
 だから、ラナは負傷者の回復を第一におき、日夜走り回っていた。眠れる間も無いほどに。
 同じく回復が使える、ユリアやナンナには休むように伝え、彼女一人が一生懸命戦っていた。負傷者を救うという、地味ではありながら、何よりも大切な役目を背負って。
 進軍するときも、ナンナには騎馬たちを、歩兵にはユリアを投じた。そして二人ではどうしようもない負傷者を後方に下げて、ラナは一人、看病に追われていた。
 この事は、進軍するセリスも兄のレスターも自称姉のラクチェも承知していた。ラナがそうすると言い張ったからだ。
 怪我の重い重傷者達を看病する事は大事な事だ。特にそれを子供の頃から習ってきたラナなら何とかする事ができた。
 ラナにとっては大きな負担である事には変わりが無い。しかし、ラナはこの仕事に誇りを持っていた。
 重傷者の中にはラナを天使のようだと慕うものも現れているそうだ。だが、現れて当然だろう。ラナはそれに見合うことをしていたのだから。

「ラナ、大丈夫かしら」
 進軍中のラクチェが手を止める。その空いた隙をレスターが矢を放って撃退する。
「そうだな、そろそろ心配だな」
 ラナの兄の言葉を受けて、ラクチェは後方を振り返る。レスターがそう言うのだから、そろそろ休ませないといけないという事だ。
「どうしよう、後方下がる?」
 レスターはそれには答えず、周囲の様子を見渡す。タイミングを計っているのだろう。
「……今は優勢だ。下がるなら今だな。ラクチェ、馬に乗れ」
「うん、分かった」
 レスターの言葉を受け、ラクチェはレスターの馬に乗る。しっかり乗ったのを確認してから、レスターは馬を後方に走らせた。
 妹の無事を確認するために。

 後方まで下がるとラナの姿が確認できた。相変わらずせっせと怪我人の手当てに追われている。
 その様子はいつもと変わらなく見えたが、兄であるレスターと幼馴染のラクチェには理解できた。
 ラナの疲労はもう限界に来ている。どこかで休ませないと倒れてしまう。
 セリス軍で一番の回復役である彼女が倒れたらただでは済まないだろう。
 そんな事よりも、レスターとラクチェは別のことを心配していた。ラナ自身の事である。
 気丈な彼女は平気だと振舞って見せるだろう。だけど、誰かが止めに行かないと彼女は無理を続けてしまう。
 ここは一度休ませるべきだろう。
 レスターとラクチェはラナの元に向った。そのことにラナは気がつく。
「あ、レスター兄様、ラクチェ……」
 子供の頃からずっと一緒だった二人に気が緩んだのか、ラナはふわっと笑った。
 その直後だった。
 ラナがふらりとバランスを崩す。それに気がついてレスターとラクチェは駆け寄って、なんとか受け止めた。
 レスターの腕の中で、ラナはうなされているようだった。
 女の身で砂漠を渡り、休みなしで回復をし続けてきたつけが全部回ってきたのだろう。
 ラナの顔色が青くなっていく。
「ど、どうしよう。ラナが……」
「とりあえず、最後方まで下げよう。怪我人達が使っている簡易ベッドででもいいから寝かせよう」
「うん、そうだね。そうしよう」
 レスターは連れてきた馬にラナを乗せ、ラクチェと共にさらに後方へと下がっていった。

「……よし、これでしばらくは大丈夫かな」
 最後方にあったテントの中の簡易ベッドにラナを横たわらせ、ラクチェが冷たい水を運んできて、額に冷たいタオルを乗せた。
 少し楽になってきたらしく、ラナの呼吸が落ち着いてきた。その姿を見て、レスターとラクチェは顔を合わせて、ほっとする。
「セリス様にも言っておいた方がいいかな?」
 レスターがそう言うと、ラクチェが怒った顔になる。
「ラナを放っておいてセリス様の所に行くの?」
「いや、別に放っておく訳では……」
「同じ事よ。大体セリス様がラナをこき使うからよ」
「いや、そんなことは思ってないと……」
「やっぱり、ラナの恋人になるなんて反対するべきだったんだわ!」
「……ラナが子供の頃からセリス様を好きなのを知っているだろう」
「……わかってるわよ。ただ、誰かに八つ当たりしたかっただけよ」
 ラクチェの八つ当たりの相手は大体セリスだったりする。その大半がラナに関する事で、ラナの恋心を知りつつも、怒りを押さえきれないのだ。……勿論、ほとんどの場合、セリスに辿りつく前に誰かが止めに入っているのだが。
「しかし、どうしようかな」
「どうするって?」
 まだ怒っているラクチェに苦笑しながら、レスターは肩をすくめた。
「俺、一応、弓騎兵の隊の隊長だから、あんまり抜けたままっていうのも、ちょっとね」
「ラナを取りなさい。ラナを。兄貴なんだから」
「……分かったよ、ラクチェ。お前は当然……」
「ラナに決まってるでしょ!」
 はっきりきっぱりそう言われてレスターは苦笑する。彼女にとっての何よりの一番はラナなのだ。嬉しくもあるし、悲しかったりもする。
 それから、二人はラナが目を覚ますまで、ずっと側にいた。
 ラナがそれに気がつくのは数時間経った後だった。

「ごめんね、ラナ」
 彼の第一声はそれだった。彼女はいいえと首を横に振る。
「いえ、私が無理をしてしまっただけですから、セリス様が謝られることはありません」
 いつもと同じ優しい笑顔を見て、セリスもつられて笑ってしまう。
「ああ、ダメだな、僕は。ラナに甘えてばかりだ」
 セリスは首を横に振って、そのまま俯いた。彼女の心配をして来たというのに、彼女の笑顔につられてしまってどうするのだろうか。
 ラナはいつもセリスに笑顔を向ける。セリスが困らないようにしてくれる。それが歯がゆかった。
「僕も……僕もラナのために何かしてあげられたら良いのに」
 セリスがラナの危機を知ったのは、彼女が目を覚ましてからだった。
 ラクチェが放してくれなかったと、知らせに来てくれたレスターは笑っていた。
 優しい笑顔だった。ラナもレスターも同じ笑い方をする。穏やかで心温かくなるような、そんな笑顔だった。
 セリスはその笑顔を護りたかった。だが、ラナはずっと影で支え続けてくれていたのだ。
 護るのではなく、護られていた。
 俯くセリスの手をラナが優しくとった。
「いいえ、セリス様は私のためにここに来てくださったではないですか。私はそれが何より嬉しいのです」
 優しく笑った。そして強くて暖かい笑顔だった。
 セリスはそれを見ると優しい気持ちになる。
「……ありがとう、ラナ」
 それしか言葉が浮かんでこなかった。いつも側にある優しい笑顔だった。
 次こそ、次こそは彼女の笑顔を護ろう。そう思った。
 ラナは微笑む。嬉しかった。
 兄が、ラクチェがずっと側にいてくれたこと。
 そしてセリスが見舞ってくれたこと。
 一つ一つがラナの中の宝物になる。
「大丈夫です、セリス様。次からは無茶しませんから」
「……その言葉が一番信用できないな」
 そう言って顔を合わせて笑いあった。小さな一つ一つが嬉しかった。
 セリスが無事でいること、ラナが回復したこと。そして二人で笑えること。
 どれもが二人の宝物だった。
 戦場の中での小さくて、そして大きな安らぎだった。
「私、もう少ししたら、また復帰しますね。私のいない間に、何かあったら大変ですもの」
「ほら、すぐそうやって無理をするんだから」
 ラナの言葉にセリスは苦笑する。こういう女の子だ。こういう女の子だからこそ、セリスは惹かれたのだけれど。
「今回はオイフェやレヴィンの許可が下りるまで静養してもらうからね。ちゃんとゆっくり休んでよ」
「……ありがとうございます。セリス様」
 セリスの言葉にラナは感謝の気持ちを伝える。
 大事に思われているのが分かる。それが嬉しかった。
 だから自分は戦場に立ち続けるのだ。セリスを支えるために。これ以上、誰かを失わないために。
「じゃあ、今回はお言葉に甘えてゆっくりと休みますね」
「うん。しっかり休むんだよ」
 そう言ってまた二人で微笑みあう。
 こんな時間がずっと続けばいい。
 こんな時間を護るために戦っているのだ。
 だけど、今日だけは……二人は今の時間を大切にするのだった。

おわり。

 
大変お久しぶりです。忘れていた訳ではないんです。書けなかっただけで。
お世話になっていたサーチが今月一杯ということで、更新頑張ってみたのですが、久々のパロ小説すぎて、省略しすぎで意味が分からなくなっていないかと心配です;
元は漫画で描こうと思ってたセリラナです。でも、この話、セリラナといえるか微妙ですが。
レスラクは一応カップルってことで書いてますが、くっついてないようにも見えるので、その辺はお好みで解釈してください。
ラナ大好き3人衆の話でした。



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