『大切な人』 大きな手が頭の上に乗せられた。 見上げると父の寂しそうな笑顔があった。 「母上を護ってあげるんだぞ」 父はそういって頭をぽんぽんと叩いた。 俺はその時、まだ小さくて理解していなかった。 だけど、力強く俺はその時、答えた。 「うん、母上は僕が護るよ」 父と母がその答えに優しく微笑んでくれたのを覚えている。 それが父を見た、最後の記憶だった。 ダーナの広場の真ん中にあるオブジェの前で、アレスは人を待っていた。 彼女は色々忙しい。待つのはいつもアレスの方だった。 別に待つのはそれほど苦痛ではない。彼女に会えるのなら、それで良かった。 ぼんやりと広場の光景を見ているうちに、緑の髪の少女がこちらに向かって走ってくる。待ち人が来た。 「アレスー!ごめ〜ん!」 リーンがアレスの傍に走り寄ると、肩で息をしながら遅刻を詫びた。 「ごめんね。子供達に捕まっちゃって」 「いや、別に構わない」 リーンは修道院で暮らしている。幼い時に預けられたのだという。修道院にはそういう事情の子が沢山居て、リーンは面倒を見る側に変っていっていた。 アレスも幼い頃、両親に死に別れ、今の傭兵団に拾われて生きてきた。幼い頃、親を失う悲しさはアレスもよく知っているのだ。 「じゃあ、さっそくやりましょう」 リーンは持ってきていた細身の剣を構える。対するアレスも鋼の剣を引き抜いた。 「よし、リーン、思いっきり来い!」 アレスの言葉をスタートに、リーンは細身の剣でアレスに攻撃していく。それをアレスは鋼の剣で受け止めながら、リーンを誘導していく。 アレスはリーンに剣を教えていた。 リーンの両親は行方不明なのだという。彼女は見つけ出すために、アレスに剣術を教わっている。いざという時の護身のためだ。 「よし、今日はこのくらいだな」 稽古の頃合を見て、アレスがリーンを制す。リーンはまだ物足りない顔をしているが、これ以上やれば、踊りなどに支障がでるだろう。 ここから先はアレスの好きな時間だった。 リーンとゆっくり話す事が出来る。 「あのね、今日はアレスに聞いて見たい事があって」 リーンはおずおずとそう話しかけた。アレスは何でも言ってくれて構わないと答える。 「あのね、アレスのお父様とお母様ってどんな方?」 リーンは期待した目で見ている。アレスにとって父親の記憶は薄い。それでもリーンに比べればはるかにましなのだろうと思う。 「父上は…ノディオンの王でな……殺された。…という話は前にしたから、別の事にしよう。 俺の父上は記憶する限り、厳格な性格の持ち主だった。いつも厳しい顔をしていたし、俺と遊ぶ時にたまに笑顔を零すけれど、そう笑わない人だった。 でも最後に会った父上は……本当に寂しそうな笑顔をしていた」 「……別れるのがお辛かったのでしょうね」 リーンの言葉にアレスは頷く。 「あんな父上を見たのは最初で最後だった。 きっとレンスターなら内乱に巻き込まれないだろうと思っていたのだろう」 父は逃がす事で、家族を守ろうとした。しかし、レンスターも混沌とし、母は早くに死に別れ、アレスは傭兵になった。 結果的に父の判断は失敗だったのだ。 父の傍に母と自分がいれば結果は違っていたのかもしれない。 「お母様はどんな方?」 リーンが興味深そうに聞いてくる。 母上の思い出なら、アレスは多い。それだけ母を愛していたからだ。 「母上はな、本当は剣術や槍術に優れている人だったのだが、体を悪くしてしまっていてな、あまり母の武術姿は覚えていない。叔母は結構教わったらしいのだがな。 いつも優しくて穏やかで……温かい人だった。 本当はな、父上と約束していたんだ。母上を守るって。 だけど……子供の俺は守るどころか母上に守られて……そして死に別れた」 ここまで話して、アレスは一息ついた。久しぶりに両親の話をして気持ちが高ぶっていた。 だがリーンは申し訳無さそうな顔をしている。 「ごめんなさい。辛い思い出をむしかえしちゃって……」 だが、リーンにそんなことはないとアレスは首を振ってみせた。 「じゃあ、今度はリーンの話を聞かせてくれ」 アレスの提案に、リーンの顔が輝いた。 「あのね、あたしの両親はお母さんが踊り子であることとね、この細身の剣を使ってた人がお父さんってことしか分からないの」 それからリーンは指にはめていた指輪を外す。 「この指輪にね、彫ってあるの。『愛しい娘リーンへ アレク・シルヴィア』って。だからお母さんはシルヴィア、お父さんはアレクっていうと思うのね。これが一番の手がかりなの」 リーンは嬉しそうに指輪を握り締めた。 リーンの親探しは指輪の名前と踊り子と細身の剣。受けついたものばかりだ。 「……そうなると、俺の場合はこのミストルティンが形見であり、手がかりということになるな」 「アレスはどうやってミストルティンを手にしたの?お父様、遠くでお亡くなりになったんでしょう?」 リーンの疑問にアレスは、それなら平気だという顔で答える。 「うちの家臣が父上の死の知らせと共に持ってきたんだ。だから、今、俺の手元にミストルティンがある」 「じゃあ、大事にしなきゃね。お父様の形見ですもの」 「ああ、リーンを見習うことにするよ」 そんな談笑をして、明日もまた稽古の約束をして二人は別れた。 数日後、解放軍がこちらに向かっているとの情報が入った。 アレスも警戒態勢に入る。私怨のあるセリスとの遭遇に力が入った。 リーンにも、一旦別れを告げねばならないとアレスはいつもの広場に向かう。その広場でリーンは待っていた。 「戦いにでるの?!」 「今は分からないが、いずれ出陣する」 その言葉にリーンの表情が真っ青になった。 「いや!あたしも連れて行って!アレスと離れたくない!」 いつも冷静なリーンが初めて我侭を見せたことにアレスは驚いた。 「心配してずっと待ってるなんて嫌よ。私も傍にいる!」 リーンは不安そうな顔をしていた。つらそうな顔をしていた。 本当は駄目だと分かっているのに、そう言いたい気持ち。 ……母上の目と同じだ。アレスはその時に気がついた。 あの時、父上と別れたときの母上はこんな目をしていた。 ……自分はあの時の父上と同じ判断をしようとしているのではないか。 もしかしたら、リーンを悲しませる結果になるのではないか。 だが、普通に考えれば、ミストルティンを持っているアレスが負けることなど滅多に無い。 「リーン、俺は大丈夫だから。ちゃんと帰ってくるから」 あやすような優しい口調でアレスはリーンを慰めた。 リーンもアレスの言い分に、頷くしかなく、二人は、広場でまた会うことを約束して別れた。 傭兵団が出陣して間もなくの事だった。 アレスは知ってしまった。 自分が離れている間に、リーンがブラムセルに捕らわれた事を。 いくら自分を育ててくれたジャバローであろうと、許せなかった。 アレスにとってリーンは女神にも等しい存在だった。 残していけば安全だと思っていた。だが、離れたためにこんな結果になってしまった。 アレスは傭兵団を裏切り、ダーナへと馬を走らせた。リーンを救うために。 結局、アレスは父親と同じ間違いを犯してしまった。 離れていれば安全であると勝手に思っていたことである。 本当に大切なら傍にいて守らなくてはいけないのだ。 「アレス、アレス!」 再会したリーンは泣いていた。辛い目にあったのだろう。 アレスはリーンを抱きしめた。 伝わってくる体温がリーンの存在をアレスに実感させてくれた。 「……すまなかった、リーン」 「……アレスが来てくれたから、いい」 アレスの腕の中でリーンはだんだんと落ち着いてきたようだった。 アレスは思う。これからは全力でリーンを守ると。いつも傍に居ると。 悲しむ彼女はもう見たくない。アレスにとってリーンは特別な存在なのだから。 リーンは安心してアレスに身を任せていた。 そんな二人の様子をセリス達は見ていた。 「わ〜、らぶらぶだ〜」とラクチェがちゃかすように言っている。 それに気がついてアレスとリーンは、ぱっと離れた。 「お、お前達……!いつからそこに……!」 慌てふためくアレスと真っ赤になってしゃがみこんでしまうリーン。 「……いや、二人とも正式にうちの軍に入ってもらおうと思って……来たんだけど……お邪魔だったみたいで」 「思いっきり、覗いてたわけだな〜!」 怒りの形相のアレスがセリスに迫る。それを見てリーンがため息をついていた。 がたがた、ごちゃごちゃと色々あったものの、アレスとリーンは解放軍に加わる事になった。 リーンは剣の稽古が役に立つとはりきっているので、アレスは気が気でない。 だが、愛する人がすぐ傍にいる幸せは何にも変えられないものだった。 父が間違えたものをアレスは見つけたのだ。 終。 アレスvリーンです。本当は、グラーニェさんとアレスの逃亡時代も入ってる話だったのですが、なんかごちゃごちゃしてしまう上に、アレリンでなくなっちゃいそうだったので、一先ず置いておく事に。(書くか書かないかはまた考えますが暗いだけで終わるので…それもどうかなと) アレスとエルトシャンの違いは愛するものを守ったか守らなかったか、ですよね。 父は忠義を取り、息子は愛をとった。私は息子の判断の方が正しかったのだと思います。 アレクのリングの話が出ていますが、次の更新で、リングの話はまとまる予定です。 |