『私が私であるために』


 私は私。私であり続けるためには勇気も必要なのだ、と。
 それを少しずつ感じていた。
 幼馴染に追い越されないように。心配をかけぬように、と。
 決起したのは、感情じゃない。ずっと思っていたこと。
 セリス様と共に戦う事。シスターであっても戦えるはずなのだから。
 

 一応の進撃許可を得て、ラナは長く住み慣れたティルナノグの地を後にした。
「大丈夫!ラナの事は私が守って見せるから!」
 どんっと胸を叩き笑顔で笑う彼女は親友であり大切な家族でもあるラクチェ。ラクチェは女の子だが男顔負けの剣術の腕を持っている。そんなラクチェは進撃よりもラナの事を心配しているようだった。セリスといい、ラクチェといい、自分の事よりもラナを心配してくれるのは嬉しかったが、その反面不安であった。
 私は、足を引っ張るだけの存在にしかならないのかもしれない。
 ずっと願ってきた、セリスの力になることも出来ないのかもしれない。
 ラナの頭は混乱してきていた。
 戦うと決めたのはセリス。それについていこうとしたラナ。
 後衛からセリスやスカサハの怪我を治したりしながら、少しずつ進んでいた。まだ、ラナは自分が必要だと思っていた。シスターとして戦えると思っていた。
 だが、進軍が進むにつれ、そうではない局面もでてきた。
 人数が圧倒的に少ない。ラナの回復があっても、それを突き崩すのはたやすい事ではない。

 ラナは思う。
 シスターを選んだのは、母の影響だけではない。ラナがシスターを選んだのは、セリスやみんなを守るためだ。
 だけど…これだけの人数じゃ、決起したことにはならないのだろうか。
 潰されてしまうのではないか、そんな不安が走った。
 敵だってバカじゃない。命がけで戦ってくるのだ。
 シスターとしての教育を受けたラナにとっては、それは辛い進軍だった。
 だけど。だけど、負けるわけにはいかない。
 もう、事が起きてしまったのだから。

「ラナ、よく頑張ったな」
 そんな優しい声がラナの頭上から降ってきた。
 青い髪をなびかせた、騎乗に乗った弓騎士。兄であるレスターだ。
 ラナは突然の兄の登場に戸惑ったが、よく見ると、オイフェやデルムッドが戻っているのだ。

 これならば。

 ラナの不安は確実に勝利へと変っていきつつあった。
 光が見えた。いける、きっといける。
 ラナに出来る事は、後列に下がってきた怪我人を癒す事である。
 それに追われるようになったが、ラナはそれでも嬉しかった。役に立て居るのだと、そう信じていたから。

 そして、城を落城して……解放軍の旗を上げて……。

 ……私がしたかったのは、こんな事だったのだろうか。
 人と人が憎みあい、殺し合い、そして勝者のことだけ称えられる。
 いや、聞いていた。オイフェからその話は何度も聞かされた。

 綺麗な戦争なんてない。

 それでもどこか奇跡を探していた少女には、そのダメージは大きかった。
 
 ラナが落ち込んでいるな……セリスが気がつく。通常ならばラクチェやレスターが取り囲んでいそうなのだが、遠慮しているのだろうか。
 まあ、どちらにせよ、最近ラナと話せていない。今日は丁度良い機会なんじゃないか。そう思った。
「ラナ」
 セリスが声をかける。その声に驚いてラナは慌てた。落ち込んでいた表情を明るい笑顔にチェンジさせる。それをセリスは見過ごさなかった。
「……ラナ、正直に言ってくれて良いよ。辛い?」
 セリスの言葉にラナは言葉に詰まった。正直に話した方が良いのだろうか。ラナは決意してセリスに話す事を決めた。
「……私、戦争を甘く見てたんです。こんなに人が死ぬなんて思ってなかったし、シスターの仕事も…怪我人を再び戦場に送り返すような感じで……みていて辛かったんです。
 私が戦争で何が出来るか、何をして何をどうすれば良いのか。
 それが私の中でくすぶっているんです」
 ラナの告白にセリスはゆっくりと頭を上げた。
「ラナ、僕から見たら君はよくやっているよ。
 負傷兵の評判を聞いた事があるかい?女神様が治してくれた、なんて騒いでいる連中もいるんだよ」
「……私にはそれしか出来ませんから……」
 ラナの反応はいまいち芳しくない。それよりも、戦争というものに巻き込まれて悩んでしまっているのだろう。
 セリスは考える。ラナを元気付けてあげられる方法を。
「……あのね、ラナ、こう言ったら怒られるかもしれないけど、戦争とね、日々の戦いは別にして考えてみて」
 セリスは言葉を切って、ラナを見た。彼女はまだ分からないといった顔をしている。
「あのね、ラナ。兵士にとってはいきるか死ぬかの戦いをしているんだ。それを助けてくれるシスターの存在はとても大きいんだよ」
「でも、その人は……また戦場にでてしまいます」
 ラナは寂しそうにそう言った。
 確かにラナの言う事も一理あるのだ。だが、それを言っていたら戦えない。
「……帰るかい?」
 セリスはその言葉を口にした。言ってはいけないような気のする言葉。だけど、今じゃないと言えなくなる言葉。
 ラナはびっくりしたような顔をした。そんな事、言われるなんて思ってもなかったのだろう。
 だけど、セリスはあえてそれを口にした。今なら戻れるのだ。
 実の所、セリス自身はラナが戦場に来るのは反対だった。
 ラナは優しい女の子だ。温かく優しい子だ。血生臭い戦場は似合わない。彼女の心を傷つけるだけだと思っていた。今を逃したら、彼女を戦場から離す事は出来なくなる。
 ラナは返答に困っていた。
 正直な所、そこまで言われるとは思わなかった。
 帰る。考えてもいなかった。
 でも、確かに戻るのは今しかないだろう。
 帰るのか。私は帰りたいのか。逃げ出したいのか。
 逃げる?
 逃げる訳じゃない。そうじゃない。
 私が無理を言ってティルナノグから旅立ったのは……。
「ごめんなさい、セリス様。泣き言を言ってしまって」
 ラナは頭を下げた。ラナは改めて自分の心と向き合う。
 現実と、自分の思いと。
「……私、辛い事も沢山あります。それは否定しません。
 でも……セリス様を、みんなを守るのは私です。
 無事を祈って待っていることなんて……私、出来ません」
 そう言ってから、ラナは大きく息をついた。
 そして、セリスの目をしっかりと見て伝える。
「私が私であるため、なんです。
 私は皆を守ると決めました。それが、戦いに出向いたシスターの決心です。
 辛い、それを理由にして逃げては私ではないのです。
 私が私であるために……私は、セリス軍に全てを捧げます」
 ラナははっきりとセリスにそう言った。
 セリスとしても、多分、そう返ってくるだろうなと思ってはいた。
 分かってる。ラナはそういう少女なのだ。
 誰よりも優しくて、温かくて、強い心の持ち主なのだ。
「分かった。でも一つ約束」
 セリスはにっこりと笑って、ラナに手を差し伸べた。
「約束、ですか?」
 セリスの言葉に、ラナはきょとんとした顔をした。
 それにセリスは目を細める。この子は……知らないのだろう、自分の気持ちを。ラナを大切に思っているセリスの気持ちを。
 でも、それは今は伝えなくてもいい。約束さえあれば。
「辛かったら、困ったら、まず一番に僕に言って。僕も一緒に考えるから。だから、お願い」
 そう言ってセリスは優しく笑った。その笑顔にラナもつられて笑った。

 私が私であるために。
 乗り越えなくてはいけない事が沢山あることを知った。
 きっと、心配かけたりするのだろうと思う。
 それでも決めたのだ。
 セリス達と世界を変えるのだ、と。


おわり。

難産でした…。似た話を色々書いていたので、無駄に書いているのか?!という気もしないでもなかったのですが。ちょっとセリラナなような顔をして、ラナの決意のお話でした。

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