『騎乗の風』


「だからあ、まだ無理だってば」
「お前も一緒に乗れば大丈夫なんじゃないか?」
「そうかもしれないけどぉ、まだこ〜んなに小さいのよ」
 馬の様子を見に来たノイッシュは、馬小屋で押し問答している人達を見つけた。よく見慣れた夫婦、アレクとシルヴィアだ。だが、今日はそれだけではなかった。シルヴィアとアレクの間をやっと一人で歩けるようになったリーンがうろうろとしていた。
 話を聞いていると、どうやらアレクがリーンを馬に乗せたいらしい。それをシルヴィアが不安がっているようだ。
「お、ノイッシュ、いいところに来たな」
 あんまりいいところに来てないとノイッシュは思ったが口に出さない事にした。
「なあ、お前もリーンを馬に乗せても良いと思うよな?」
「ねえ、ちょっとノイッシュ、言ってやってよ。馬に乗せるって聞かないんだから」
 期待を込めた目で見てくるアレクと、怒った口調で言ってくるシルヴィア。どちらについていいのか分からなくて、ノイッシュは途方にくれた。
「りーん、おうまさんに乗りたい〜!」
 不穏な空気になりかけた所に、リーンが無邪気な声をあげた。
 その言葉にアレクがぱっと顔を輝かせ、シルヴィアが嫌そうな顔になった。
「よーし、リーンが乗りたいなら問題な〜し!」
「〜〜〜っもう!あたしも乗るからね!」
 無事、決定したみたいでノイッシュは安心した。少なくともシルヴィアからのとばっちりは食いそうにない。
「それにしても、馬に子供乗せたいって思った訳?」
 そう聞かれて、アレクは少し考える仕草をすると、にっと笑った。
「やっぱさ、俺が好きなこと、娘にも知っててもらいたいじゃん」
 その言葉にノイッシュは、にっと笑う。
「親ばか」
 ぽかりと殴られる。殴られた頭をさすりながらノイッシュはひとまず退散と手を振った。
「じゃあ、いってらっしゃい」


 颯爽と草原を馬が駆けていく。騎乗の涼しい風を受けて、アレクは目を細めた。
「な、気持ちいいだろ?」
「うん、おとーさん!」
 アレクの言葉にリーンは嬉しそうに頷いた。それをシルヴィアがやれやれといった顔で見ている。
「ノイッシュじゃないけど、親ばかね、アレク」
「いいだろ?リーンが喜んでくれてるし、俺は嬉しいよ」
 アレクは抱えているシルヴィアの膝の上で馬のたてがみにしがみついている娘の髪をなでた。リーンはそれを気持ち良さそうにして笑う。
「リーンがこの調子で馬を好きになってくれたら、乗馬覚えさせなきゃな」
「親子で乗馬?アレクが乗せてあげればいいじゃない」
 シルヴィアの提案にアレクは苦笑した。
「俺はシルヴィア乗せるんだから、リーンには覚えてもらわなきゃ」
 その言葉にシルヴィアは目を丸くすると、くすくすと笑った。
「やだ、ほんとバカなんだから」
 シルヴィアはリーンを抱きしめ、アレクに背中を預ける。
 吹き抜ける風が気持ちよかった。
 幸せだった。
「……ねえ、アレク」
「なんだ?」
「また親子三人で、こうして馬に乗ろうね」
 その言葉にアレクはにっこり笑った。


 それから時は流れて、リーンは大きくなった。
「リーン、戻るのか?」
 聞きなれた少し低めの声。ぶっきらぼうだが優しい声。
「アレス」
 彼女の大好きな人は馬にまたがりリーンを見下ろしていた。彼はそのままひらりと馬から下りた。
 それを見て、リーンは前々から言ってみたかった事を口にする。
「ねえ、アレス。私を馬に乗せてくれない?」
 だが、その言葉にアレスは憮然とした顔をした。
「駄目だ」
「どうして?」
 リーンの不思議そうな顔に、アレスはむっとした顔のまま答える。
「馬に乗って戻ったらすぐに帰ってしまう」
「うん。だから良いんじゃない?」
「駄目だ。二人きりの時間が短くなる」
 少しの間、二人の間で沈黙が流れた。
「ア、アレス?」
 恋人の言葉にリーンは困った顔をする。確かに軍に居ては二人きりとはなかなかいかないが、だからといって離れ離れでもない。自分との時間を大事にしてくれているのは嬉しいのだけれど。
「じゃあ、少し遠回りするっていうのは?」
 リーンの言葉に、今度はアレスが不思議そうな顔をした。
「どうした、リーン。そんなに馬に乗りたいのか?」
 リーンはこっくりと頷いた。
「うん」
 リーンは腕を伸ばすと、空を見上げた。
「あのね。昔…子供の頃、馬に乗ったような気がするんだ。実際、あたし、馬とか怖くなかったし」
「ありえる話ではあるな。お前の父親は騎士だからな」
 リーンの話を聞いていたアレスはこくりと頷いてからリーンの肩に手を乗せた。
「よし、少しだけなら乗せてやろう。今日は少しだけが時間的に限界だからな」
「本当?ありがとう、アレス」
 アレスは馬に乗るとリーンを引き上げて乗せる。リーンは嬉しそうにはしゃいだ。
 馬を軽く走らせる。
 リーンはまっすぐ前を向いて、風を全身に受けていた。その表情にアレスは何も言えなかった。
 何かを見ている顔だった。
 失った何かを探している顔だった。
 見ているのだろう、きっと、父親と母親と。
 アレスにも覚えがある。父と母と三人で遠乗りに出かけた事。
 久しぶりだ。あの頃の……幸せだった子供の頃を。
 リーンがとんと背中をもたれかけた。アレスはそれを受け止める。
「アレス、なんかあたし幸せな気持ち」
「そうか。じゃあ、また一緒に走ろう」
「うん。ありがとう」
 リーンは風を感じていた。
 懐かしくて、温かい風。
 きっとお父さんとお母さんも感じていた風。
 その風を今、一番好きな人と感じている。
 幸せだ。
 リーンはそう感じたのだった。


 終わり。
 
短くてすいません;初めてのアレリンとアレシルです。
私の好きカップルでは唯一の親子揃ってのパラディン×ダンサーなので、同じ風を感じていたんじゃないかなと、幸せ感じてたんじゃないかなと。
そんな感じの話でした。

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