『定められたもの』 「ねえ、行く…の?」 不安な顔でラクチェはレスターの顔を見た。 「ああ、多分、俺じゃないと駄目なんだと思う」 レスターは矢を矢筒に入れながら、そう答えた。 彼はユングヴィを奪還すべく戦いに出ようとしていた。彼の指揮する弓騎士部隊はもう準備を整え、出陣を待つばかりだった。 レスターは最後の調整にかかっていた。陣形、土地の理知等、フィーが出来る範囲で与えてくれた情報を元にユングヴィ城の奪還を目的としている。 相手はレスターの従弟に当たる、スコピオ。肉親同士の戦いだ。 だが、スコピオの父、アンドレイはレスターやファバルの祖父にあたるリング卿を殺し、ユングヴィを奪ったのだ。 うわさではスコピオはとても強いのだと聞いている。 しかし、ファバルでなくレスターが向かおうとしているのは理由がある。 ファバルはヴェルダンの跡継ぎだった。それはレスターがユングヴィを継ぐことになることを意味していた。 だからレスターはスコピオ率いるバイゲリッターと対峙することになったのだ。 ……それは、形だけではなく、レスターの強い意向でもあった。 「わ、私も行く!レスターと一緒にいたい!」 ラクチェはぎゅっとレスターの手を引く。 ……大事な幼馴染で……今は恋人。 ラクチェが心配するのは最初から目に見えていた。だが、剣士であるラクチェを弓部隊相手に戦うのは自殺行為でもある。ラクチェは一人、相手は複数なのだ。集中して敵に狙われるのは当り前の事なのだ。 「駄目だよ、ラクチェ。俺はお前を危険にさらしたくない」 なだめるような言葉だったが、その口調は厳しいものだった。 来るな。 そう言っていた。 だが、ラクチェはじっとしていられなかった。 自分ほど危険では無いにしても、レスターだって十分に危険なのだ。 「わ、私、魔法剣、借りてくる!それなら良いでしょう?」 「駄目だ。連れて行かない」 普段は優しいレスターが、厳しい口調になり、ラクチェはどきっとする。 レスターから出てくるとは思えない、強い言葉だった。 でもそれは、これからの戦いがいかに厳しいかを物語っていた。 ラクチェもようやく理解する。 レスターは命をかけて挑むつもりなのだ。肉親……従兄弟同士の悲しい戦いに。 「やだ!」 ラクチェがひときわ大きな声を出す。それに周囲の人々は、自分たちを率いる解放軍の重鎮たちのやりとりに目を向けた。 それに気がついて、レスターが慌ててラクチェの口を塞ぐ。ここで士気を落とされてはたまらない。 ぎゅっとレスターの身体をラクチェが抱きしめた。 「やだ、レスターのこと、心配して待っているなんて、やだ、やだよ……」 ラクチェの声はもう半泣きだった。 レスターが挑もうとしている事の大きさにラクチェは泣きそうだった。 レスターの相手は従弟なのだ。おそらく、従弟は自分の父の罪を知らないのだろう。純粋に鎮圧するために戦うだろう。 ラクチェの従兄はシャナンだ。もし、シャナンと戦う事になったら、辛くてたまらないと思う。 ……例え、よく知らなくても、同じウルの血が流れているのだ。どんなに悲しい事だろうか。 「……ラクチェはラナを守るのだろう?傍についていてやってくれ。ラナも心を痛めているはずだ」 レスターがなだめるように、そう言った。ラクチェもその事は分かっている。勿論ラナの傍についていたい。 だけど、この両腕を放したくなかった。 今はレスターの傍にいたかった。少しでもいいから、レスターの力になりたかった。 ……レスターが本当に好きだから。大切だから。 だから……危険な所に彼一人、向かわせるのは……それを待っているのは耐えられなかった。 足手まといなのはラクチェも十分承知している。騎兵であるレスター達と歩兵であるラクチェは共に行軍するのも難しい。 「……ラクチェ。俺は必ず勝ってくるから……心配するな。まずはお前の身を護れ」 優しい声でレスターがラクチェをなだめる。それがなんだか子供の頃を変らないようで、ラクチェは自分がまだ幼いと思われている事を知る。 「こ、子供じゃないもん!自分の身くらい、自分で守れる。 レスターだって、私の活躍、聞いているでしょう?」 「……ああ、弓や魔法以外の時ならな」 レスターに釘を刺されて、ラクチェは「うっ」と詰まる。確かにラクチェは弓と魔法は苦手なのだ。だから、その弓をメインにした相手は当然のごとく苦手だ。 でも、それでもレスターについていきたかった。 彼があまりにも悲しい顔をしていたから。 レスターはラクチェの事を今までずっと見てくれていた。 ラクチェも自然とレスターを意識するようになった。 その想いが重なったのは、本当に最近だったのだけれど。 ……だから、レスターが心配をするのは、とても当り前の事なのだろう。 レスターはラクチェの性格をよく理解しているし、すぐに突っ込んでしまう感情的なものも知っている。 自分でも従弟を殺しに行くなんて……それは本当に悲しい事でもあった。 会った事のない従弟。何をどこまで知っているのか分からない従弟。 きっと、純粋な騎士として反乱軍に立ち向かうのだろう。 違いと言えば、戦いに関してはレスターは場馴れしている。そのくらいのものだ。 顔を見たことも無い。お互いを知らない。そして、スコピオは恐らく、父の姉二人が裏切ったのだと思っているのだろう。 ……こんな状態で肉親に会うのだ。そして殺し合うのだ。 ラクチェは泣きそうな顔をしていた。 「……やだ、やだ、私も行きたい。レスターの力に少しでもなりたいの」 「だったら、ラナと一緒に祈っていてくれないか?俺が凱旋してくるように」 レスターの言葉にラクチェはとある事に気付いた。 そうだ、ラナがいる。スコピオはラナの従兄でもある。 辛さもきっと、レスターと変わらないだろうに、彼女は後方支援を続け、兄の決意を受け入れているのだ。 「……そっか。ラナも行かないんだね。だったら、恋人の私がどう言おうと、もう、決意は決まってるんだね」 「うん、そうなる。ラナも心細くなると思う。ラクチェが傍にいてあげてくれないか?」 それは妹思いのレスターの言葉だった。それがラクチェにも伝わってくる。 多分、自分はついていくよりも、ラナの傍にいることの方が、レスターにとっては安心なのだろう。 ここまで言われたら、ラクチェは折れるしかなかった。大事なラナも心細いのだから。 「……ねえ、レスター。ちょっとかがんでくれる?」 「かがむ?」 「うん、そう」 そう言ってラクチェはレスターの顔が自分の前に来ると、そのまま抱きしめて、唇を重ねた。 「……なっ」 突然のラクチェの行為にレスターは驚く。だけれど、ラクチェはそのまま抱きついたままだった。 「……あのね、こういうの、恥ずかしいんだけど、言うね。 ……無事に帰ってきてくれたら、お返しのキス、してくれる?」 珍しく見せる、ラクチェの女の子の顔だった。レスターは愛しげにラクチェの黒い髪を撫でた。 「……ああ、約束する」 恋人達は、約束を交わして、別れることになった。 バイゲリッターとレスターの率いる弓騎士部隊は、同格の戦いをしていた。 レスターが想像していた以上にスコピオのバイゲリッターはよく鍛えられていて、レスターが率いる弓騎士も彼が指導してきたらか弱い訳では決してないのだが、どちらかが勝負に勝つか分からない情勢だった。 こうなったら、敵将を叩くしかない。レスターは前線に踊りでる。 ……そこには金の長髪の青年が指揮をとっていた。 恐らく、彼がスコピオ。 レスターは声をかけることにした。 「私はエーディンの息子、レスター。指揮者として勝負を望みたい」 レスターの言葉に、スコピオは彼をぎろりと見た。 「お前がエーディン伯母の息子か。この帝国を荒らし、我が父と祖父を亡きものにしてくれた! お前には裏切り者の血が流れている。その血、今、奪ってやるわ!」 悲しい事に、スコピオは真実を知らなかった。祖父を殺したのは自分の父親だった事、ユングヴィを奪い取った事、何もかもこの悲しい従弟は知らないのだ。 ただ、純粋に、ユングヴィを護ろうとしているだけなのだ。 でも、説得して真実を知らせ、納得するのは、まず無理だろう。 この呪われた血を少しでも減らせるように。 レスターは矢をつがえて、放つ。それをスコピオは盾で防ぎながら、そのまま、突っ込んできた。その手に持っているのは……弓ではなく、剣。 ガシャーンとした音が響き、スコピオは信じられない顔でレスターを見た。 スコピオの剣を片手の弓で受け止め、もう片方の手には剣を持っている。 「な、なんで貴様、剣まで扱える。ユングヴィは元来弓騎士だと……」 焦るスコピオに、レスターは苦笑した。 「俺は子供の頃から剣術を学んでいる連中ばかりの中で育ったからね。多少、扱うには問題ないのさ」 マスターナイトであるスコピオとレスターの戦いの火蓋は切って落とされた。 「……大丈夫かなあ、心配だなあ」 一応、安全だと思える場所で、ラナ達は後方支援をしていた。 東からはドズル軍が西側からはユングヴィ軍が侵攻してきており、ラナ達はその間に怪我人の手当や、温かい食事も用意して陣をはっていた。 そんな中、ラナの隣で、ラクチェはふてくされていた。 ユングヴィ軍との交戦はあまり情報が入ってきていない。レスターはどうしているのだろうか。無事でいてくれるだろうか。そんな事が、頭の中をぐるぐる駆け巡る。 「ラクチェ、大丈夫?レスター兄さまはラクチェが思っているよりもお強いわ。心配しなくて大丈夫よ」 そういうラナの表情も曇っているような印象があった。 ラナも心配しているのだ。ただ、それを極力分からないようにしているだけ。 その強さが羨ましかった。信じて待っていられる強さが羨ましかった。 ……私も強くならなきゃ。信じなくっちゃ、レスターの事。もっと心も強くならないと。 心の強さは、ラクチェよりラナの方が高かった。だから、ラクチェは羨望の目でラナを見た。 「……私、約束してたんだ……」 「約束?」 ラクチェの言葉にラナはきょとんとした顔をした。 ラクチェはラナを抱きしめる。 「レスターの凱旋をラナと二人で祈るって」 「……うん、そうね、祈りましょう。レスター兄さまが無事に帰ってくることを……」 帝国軍と解放軍、二人のリーダーが一騎打ちになっていた。 マスターナイトのスコピオとボウナイトのレスター。傍目にはどう考えてもスコピオの方に歩がある。 だが、レスターは矢筒に隠していた剣を持っていた。それは互いの勝率を五分五分にしていた。 「いまいましい!多少苦手であっても魔法を持ってくるべきだった!」 そうか、魔法は無いのか。 レスターは冷静に捉えていた。スコピオの優秀ぶりは捕らえた帝国兵から聞いている。 ただ、スコピオにとって、レスターが剣を扱えたのは考えに入っていなかった。いや、今までその力を出してこなかった事が不思議に思える。それだけ、弓の腕が立つ、そういう事だろう。 緊張が走る。その緊張感の中でレスターはスコピオに伝えたい事があった。 「……お前は何も知らないのか?祖父を追い落とし、シレジアを壊滅させ、ユングヴィを手に入れたのはお前の父親だ」 レスターの発言にスコピオは一瞬、驚いた顔をした。 「……何を言っている、裏切り者め。父は帝国のために尽力を尽くしたのだ!そんな父を双子の伯母達が殺したのだ!」 ……言葉は届かない。真実は伝わらない。 スコピオは父親を尊敬している。それは当然の事ではないか。 その父を悪く言われて信じろ、という方が無理な話だ。 ……伝わらない言葉。伝わらない想い。 レスターはこの従弟を殺さねばならない事に酷く絶望した。 死ぬわけにはいかない。ラナもラクチェも帰りを待っている。待っていてくれる人がいる。 ……でも、きっと。スコピオにもいるのだろう。彼の帰りを待つ人が。 スコピオの方もレスターの表情に、少し焦りを感じているようだった。 スコピオは父親の事をほとんど知らなかった。聞いてきた言葉が全てだった。 悪いのは伯母のブリギッドとエーディンで、イチイバルさえも奪ったと聞かされてきた。 きっと、スコピオ様にふさわしい弓であると。 目の前にいるのはイチイバルの後継者では無い。だが、ずっと憎んできた伯母エーディンの息子。 なのに、彼は何を言った? 父がそんな悪事をはからったのか? いや、そんな事がある筈が無い。 そんな事ある筈が無い。 ある筈がない。 スコピオは声高らかに開戦の叫びを上げた。 歓声が上がったのは数時間後の事だった。両者の激しいぶつかり合いの中で、レスターとスコピオは戦い、そして……勝利の女神はレスターに微笑んだ。 歓声が上がる中、レスターは一人、悲しげに戦場で佇んでいた。 本拠点のあるシアルフィ城にレスターの率いる弓騎士団が凱旋をした。 誰もがその勝利を称え、ユングヴィの制圧に成功したのだ。 ラクチェとラナがレスターに会えたのはさらに数時間後だった。 セリスに報告を終え、レスターは自分の部屋に向かっていた。 途中でラナとラクチェに気がついた。 「ただいま」 そう言うのが精一杯だった。まだ、心を落ち着けて、彼女たちにそれ以上何かを言う事が出来なかった。 そのままレスターは二人に振り返ることなく、ふらふらと自分の部屋へと消えていった。 「……なに、あれ」 ラクチェは本当ならもっと感激して出迎えるつもりだったのに、凱旋して帰って来たレスターは心ここにあらずといった調子だった。 「……きっと、辛かったんだと思うわ」 ラナがぽつりとそう呟いた。 「辛い?凱旋して帰って来たのに?」 ラクチェはラナの言葉の意味が分からない。 「……従兄弟を殺して来たんですもの」 あ、とラクチェは気がつく。 そうだ。自分がラナの傍にいたのは、ラナを支えるため。これではまるで逆である。 「……そっか、そうだよね。私、レスターが帰って来てくれて嬉しくて、その事、忘れてた……」 落ち込むラクチェにラナは微笑んだ。 「ええ、それは嬉しかったわ、私も。……だけど、レスター兄様の気持ちも良く分かって……」 そう言ってラナはラクチェの手を握った。 「私の傍にはラクチェがいてくれた。だから、ちゃんと現実を受け入れているのだと思うの。 ……だから、ラクチェ、兄様の所へ行ってあげてくれない?」 「え?でも、それは、ラナの方が良いんじゃ……」 ラナの言葉にラクチェはきょとんとする。同じウルの血を引いているラナの方がより適任だと思ったからだ。 だが、ラナは首を振った。 「……私が行ったら、兄様はさらに落ち込まれると思うの。悲しみの共有はできるけど、それは傷のなめあいと変らないから」 それは辛い言葉だった。ウルの血を持つ者同士の悲しい戦い。確かに互いの気持ちがよく分かるだろう。 ラナが自分なら行っていいと言う。 私にレスターの気持ちを和らげる事が出来る? それは分からないけれど、少しでも可能性があるのなら……。 ラクチェはレスターの部屋の前にやって来た。ノックをするものの、返事は返ってこない。 しかし、鍵が開いているという事にラクチェは気がついた。 廊下を左右に見て誰もいないことを確認してからドアをそっと開き、中に入るとパタンと扉を閉じ、鍵をかけた。 レスターの姿を探す。ざっと見まわして見るとベッドの上に俯いて寝ているレスターを見つけた。 ラクチェはレスターのベッドに腰を下ろし、耳元でそっと囁く。 「レスターの約束破り」 皮肉にも捕らえられる言葉である。 その言葉を聞いて、レスターは初めてラクチェを認識したようだった。 「……ラクチェか。……約束……ああ、あれか。ごめん、今、そうするのは無理だ」 「どうしてよ」 ラクチェは追及してみることにした。あまり良い言葉は最初から期待していないけれど。 「……ごめん、今は人と話したくないんだ」 予想通り良い言葉が返ってこなかった。でも、黙って帰る訳にはいかない。 「いやよ。帰ってなんてあげない」 ストレートなその言葉にレスターは苦笑する。 「……ラクチェらしいというか、なんというか」 「何が私らしいのよ。こっちは心配してたんだから」 「うん、ありがとう」 素直にお礼を言われて、ラクチェは顔を赤くする。 ダメダメ、ここで気を抜いたら、レスターのテンポになってしまうわ! 危機感を感じ、ラクチェは次の話題を振ろうとした。だが、先にレスターが言葉を零した。 「……従兄弟なのに、どうしてファバルやパティのようにいかないのかな」 ラクチェもその言葉の意味が分かる。もう一人、従兄弟はいる。スコピオだ。 「しょうがないよ。スコピオは帝国軍なんだから」 元気づけようとラクチェが明るくそう言う。 レスターは身体を持ちあげて、ラクチェの隣に座る。 「……あいつさ、何も知らなかったんだ」 「え?」 レスターの言葉の意味が分からない。スコピオが何を知らなかったのだろう。 「あいつ、本当の事、何も知らないんだ。そりゃそうだよな。年齢から言ってもスコピオが赤ん坊くらいの時に、叔父アンドレイは死んだんだ。父親の記憶は無くても、周りが武勇伝のように話せば、それをそのまま信じるだろう」 レスターの表情は辛そうだった。だが、ラクチェにはそれを癒す事が出来ない。 レスターは再び言葉を零す。 「あいつの父親を殺したのは……俺の父親なんだ。俺の父親は祖父の部隊に所属していて任命を受け、母を護っていた。 ファバルの母親が長女として責任を取ろうとしたらしいが、祖父への忠誠を誓った父が代わって倒したそうだ」 レスターは頭を抱えた。 「あいつは……あいつは本当に何も知らなかった!父親がしたことも、帝国の本性も、何も……! ……俺は、あいつを、何も知らないあいつを殺した。 それで良かったのか?……それで、本当に良かったのか?」 言葉が震えていた。肩も震えていた。……泣いていた。 ラクチェはレスターの涙を見た事が無かった。悲しい事や辛い事があっても平気な顔をしていた。 だけど、今、レスターは本当のレスターをラクチェに見せていた。 多分きっと、ラナやエーディンにしか見せない顔。 それだけ心を開いてくれたのは素直に嬉しかった。 ラクチェはレスターの後ろに周り、そのまま抱きしめた。 「……ラクチェ?」 「いいよ、泣いても。私がずっと抱きしめているから……」 そのままラクチェはレスターのことをずっと抱きしめていた。 「ごめんな、かっこわるいところ見せちゃってさ」 数時間後。レスターは恥ずかしそうな顔をしてラクチェに言った。 「ううん。気にしなくていいよ。レスターは、いつも私を助けれくれた。私がお返しができるってとても嬉しいもの」 それはラクチェの素直な思いだった。 子供の頃からレスターはラクチェを励ましてくれていて、見守ってくれた。 そのお返しを自分が出来るのだろうかと、ずっと思っていた。それが出来て、ラクチェは嬉しかったのだ。 私にもレスターを癒せるのだと。 「……今日はありがとな。ラクチェ」 「ううん。私でよければいつだって抱きしめてあげるよ」 そう言ってラクチェは笑った。 レスターの表情も随分楽なものに変っていた。それが嬉しかった。 「もう遅いから部屋まで送るよ」 レスターが立ちあがろうとした時、レスターの服が、ぎゅっと引っ張られた。 「やだ。帰んない」 「……は?」 予想もしなかったラクチェの言葉にレスターは驚く。 「あのな、年頃の男女が同じ部屋に……」 「だって、恋人同士だもん」 「母さんから教わっただろ。ヴァージンロードはヴァージンで歩きなさいって」 「うん、聞いた」 「だから部屋に戻れって」 「レスターががまんすればいいんじゃない?まあ、私が襲う可能性も無きにしも非ず、なんだけど」 「まて、ちょっと待て」 押し問答が続く中、ラクチェはレスターを押し倒す。 「あのね、今日だけはレスターの傍にいたいの。ずっと抱きしめてあげたいの。ダメ、かな」 押し倒された状態のレスターは苦笑する。 「ここまで、しておいて、か? じゃあ、本当に寝るだけだぞ?」 「うん、分かった」 要望が通りラクチェは嬉しそうな顔をして、レスターを抱きしめた。 ラクチェなりの心遣いなのだろう。自分を励ましてくれるための。 「あ、私、まだ、約束守って貰ってない!」 思いだしたかのようにラクチェが声を上げる。 そんなラクチェをレスターは優しく頭を撫でた。 ラクチェとなら……ずっと一緒に歩いて行ける。そう思った。 そっと唇を重ねる。 ……辛い気持ちも和らぐようだった。 愛する人の傍にいる。辛い想いも、少しは和らぐ。 それはとても幸せな事だと、そう思った。 終わり。 私にしてはかなりシリアスな話になりました。一応ラクチェvレスターの形をとっていますが、甘さはあんまりないですし。 実はこれを考えたのは、スコピオ戦をレスター(ミデ父でアンドレイ討伐)でした時に、おお、かっこいい!!とか思っていまして、なにか、ここのイベントをウルの血を引く同士、何か話に出来ないかなーと思い考えました。「かっこいい」→「暗い話」になりましたが; で、ラクチェが出てきていますが、本当はラナでした。構想はしたものの、あまりにも救いようのない話が出来上がったので、これはさすがにしんどいなあと思い、恋人のラクチェにしました。少しは救われるかな、と。 スコピオは本当に何も知らなかったんじゃないかと思います。知っていたらあんな風には対峙しないでしょう。 一応カップリングがあるのに、暗い話ですいませんでした; |