『夢の終わり』


 兄がラケシスの元を去って数日……シャガール王に処刑された。
 それは、ラケシスを不幸のどん底まで突き落とすに相応しい出来事だった。
 軍のみんなも気を使ってくれた。誰も近寄らないようにしてくれたし、私は全身全霊で、兄のために泣いた。
 最後は騎士として生きようとした兄のために泣いた。
 本当は、シグルド様もキュアン様もお辛いのだろう。兄とあんなに親しくしていた友人達は無かった。
 それでも彼らはラケシスに泣く事を許してくれた。
 思いっきり泣いていいと言ってくれた。
 だから、私はその言葉に甘えた。甘えるほか無かったのだ。
 大事な兄が……死んでしまったのだ。消えてしまったのだ。この世界からいなくなってしまったのだ。
 そう考えたら気が遠くなって……だんだん分からなくなってくる。
 悪いのは誰?シャガール王?
 だったら、だったらあいつの首を討ちに行けば良いんじゃない!
 泣きつかれた頭の中で、それだけがラケシスの中から強く突き出していた。
 一晩泣き明かして、ふらふらで体力も無いが、なんとかして、あのにくたらしいシャガール王の首を討ち取ってみせねば……。
 よろよろとラケシスは起き上がった。まだ視界もくらくらするが、ドアのある方角くらいは分かるだろう。
 ラケシスは洗面所に行き、顔を洗う。鏡を見てため息をついた。
 泣き疲れたせいで、目は充血しているし、顔ははれぼったくなっていた。
 この悲しみは、泣くだけでは晴らしきれない。
 出陣しなきゃ!
 ラケシスは決意を決めて、部屋の扉を開いた。
 ごんっ!
 何かがドアにぶつかった音だった。よく見ると、ドアの影で誰かが頭を抱えている。
「誰?」
 女の寝室の前にいるなんて、どういう輩なのか、ラケシスは追及するつもりで扉を全開にした。
 そこで頭を抱えているのは青い髪の槍騎士……。
「フィン?何やってるの?」
 あまりにも想定外の人物だったので、ラケシスは慌ててしまった。
 フィンは頭を痛そうにしながら、頭をかいている。
「……私も、私なりにラケシス様の事が心配だったんです。
 だけど、正面からは入れてもらえないから……せめてドア越しにでもいられたらと」
「効果の程は?」
 ラケシスのちゃかすような言葉にフィンも肩をすくめる。
「さっぱりでした、姫様」
 周りの人間も、そこにいたのがフィンである事で安心していた。
 ラケシスはいつの頃からか、歳が近いという理由で、このレンスターの騎士を振り回していた。剣の稽古から馬の遠乗りまで、なんでもかんでも一緒で張り合って腕を磨いてきていた。
 特にラケシスには光るものがあるらしく、だんだんフィンでは相手が勤まらない場面さえ出てき始めたくらいだった。
「ラケシス様。僕も両親、失ったばかりなんですよ。それでキュアン様に取り立てていただいて……」
 フィンはてくてくとラケシスの前に立つとひざまづいた。
「悲しい時は、泣いてしまえばいいと思います。ラケシス様が泣かれるのなら、僕、付き合います。寂しくないでしょうし」
 そう言って、フィンは一呼吸置いた。
「悲しいから動くのであれば、僕をお供にして下さい。少しでも気がまぎれるはずです」
 ラケシスはフィンの懇願を聞いていたが、その中に共通点があることに気がついた。
「……なんで、全部、フィンが一緒な訳?」
「僕がそうしたいからです!」
 それ以上の理由はありません的な勢いでしゃべられて、ラケシスは圧倒される。
 ……フィンってこんなにしつこかっただろうか。
 それともこれを機に何かを爆発させる気なのでは?!
「……フィン、大体分かったから落ち着いて、ね?
 どうして私の事、構うの?心配しなくて良いわよ。これでも、獅子王エルトシャンの妹姫よ。この程度のこと、平気よ」
「でも、私が心配なのです。私は姫をお慕い申し上げております。ですからついていきたいのです」
 ラケシスの思考回路が停止した。
 今、目の前の男はとんでもないことを口走らなかったか。
 だが、フィンを見ても真剣な顔のままである。冗談とか口が滑ったとかの類ではなさそうだ。
「フィン……つまり貴方は私を好きだと……」
「はい。身分違いは存じ上げておりますが、この心に嘘はありません」
 フィンは本当に気持ちが良いくらい、はっきりきっぱりと言い放った。
 それがラケシスの痛く傷ついた心に優しく響いた。
「じゃあ、フィン。少しだけお願いしても良いかしら」
「なんでしょう、ラケシス様」
 ラケシスは顔を上げるのをためらう。だが、ゆっくりと顔をあげた。その顔には涙が光っていた。
「もうちょっとだけ、泣いていたいの。傍にいてくれる?」
「はい、ラケシス様」


 それから、アグストリアの動乱はシャガール王がシグルド公子とラケシス王女の手によって撃破。アグストリアの混乱は一時治まったのだった。


 そして全てが終わった後の城のテラスにて。
「ねえ、フィン」
「なんでしょう、ラケシス様」
「どうして、私の傍にいようと思ったの?まさか私に惚れてるからとかいうんじゃないでしょうね!」
 先にびしっと言われてしまって、フィンは冷や汗をかく。
「ええと……半分くらいはラケシス様をお慕いしているからですが……残り半分はちょっと違います。僕が一人ぼっちになってしまった時、ずっと泣いていたら、エスリン様が知らない間にいらしてたんです。僕、どうしていいか分からなくてただ泣いてて、エスリン様もただ見てるだけで……それだけの出来事だったんですけど……僕、凄く落ち着いて。だから、ラケシス様の傍にいれば、僕でも少しは役に立つかなって」
「うん、たったわよ」
「え?」
「役に立ったってこと」
 戸惑うフィンにラケシスはにっこりと笑う。
「私、寂しかったわ。お義姉さまは離れているし、アレスもいないし、ひとりぼっちになってしまった気がした。
 でも、貴方がいてくれて、私、さみしくなくなったの。ありがとう、フィン」
 猛々しい姫君が見せる、優しく穏やかな笑顔だった。
 その笑顔にフィンは、温かい気持ちになる。
 ラケシスには稽古だなんだと振り回されて、気がつけばいつも一緒にいるのが当たり前になっていた。
 最初は我侭な姫だと思っていた。だけど、その奥底には人の上に立つ才覚と度量を持ち、先見の目も持っている人だという事に気がついた。
 ……それが憧れの気持ちを生み、そして今、愛情へと変わろうとしていた。
 ラケシスは笑った。そんなフィンの心は彼女から見れば、筒抜け同然だった。だけど……彼女も気付いていた。違う気持ちが生まれてきた事を。
「ねえ、フィン。貴方、私を慕っているって言ってたわよね」
「はい、お慕い申し上げております」
 きびっとした動作でフィンは返事をした。それにラケシスはくすくすと笑う。
「……私も、フィンの事好きよ」
「は?」
 ラケシスが勇気を持った告白は、フィンにかるくかわされてしまった。しかも「は?」とはなんなんだろう。
「ふぃ〜ん〜?」
 ラケシスの顔が怖くなる。それを見てフィンはびっくりして逃げ腰になった。
「い、い、いえ、なんか、考えてたことと違う事言ってて、あの、その」
「あのそのじゃな〜い!なんなのよ!」
 フィンは観念しました、という顔で手を上げた。
「私はラケシス様を心からお慕い申し上げております」
 そして一呼吸置いて。
「……それで、おかしいんですけど、ラケシス様も、僕を好きだったりするような夢のような話が聞こえたような、しなかったような」
 ……現実逃避に入っているらしい。
 ラケシスは自分の前でばたばたしている恋人を捕まえると、ぎゅっと抱きしめた。
「だから、私もフィンが好きなのよ」


そんなこんなで、ノディオンのやんちゃ姫も兄という夢が終わり、新しい世界が始まったのだった。

フィンラケです。本当はですねえ、くっついている段階でエルト兄の死という順序だったのですが、中間が書けなかったため、一緒こたになってしまいました……。あう。
いつも逃げ腰なフィンが今回はしっかりしゃんとしてます。
私のフィンラケは、いつも仲良くじゃれてる感じ、なんでしょうかね。

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