『忍ぶ恋』 ここの所、彼がぼんやりしているのに、相方の緑の髪の青年が気が付いた。 特に食欲が無くなるとかそういう事では無いのだが、時折、ぼんやりとしていた。 ある時、ぼんやりと見ている相方に気が付いて、アレクは声をかけようとしたが、一旦止めた。 彼がぼんやり見ているのは誰なのだろうかと。その好奇心が働いた。 何気なく、ノイッシュの近くに通りかかり、少しだけ視線をずらして、彼の目の方向にやった。 そこには最近入ったイザークの姫君と王子の二人連れが剣の稽古をしていた。もっとも、叔母に当たるアイラは容赦が無いので、甥のシャナンは必死になっている。 「アイラ様が気になるのか?」 ぼそっとノイッシュの耳の近くでアレクは囁いた。その言葉にノイッシュは驚いて、声まで上げそうになったのを無理矢理押さえ込んで、真っ赤になって走っていってしまった。 あまりの慌てぶりをみて、アレクはため息をついた。 「……う〜ん、こりゃあ本物かもしれないなあ」 ノイッシュがアイラに好意を持っている。 それは特別悪い事ではない、とは思うのだが、背後関係や身分差などを考慮すると、一転して難しくなる。 アイラはイザークの王女。イザークは現在グランベルと交戦状態にあり、ノイッシュはグランベルの騎士である。本来なら敵対関係に当たる人物なのだ。 しかも、アイラは王族。ノイッシュは一介の騎士である。それは手の届かない恋と同じだった。 「禁断の恋……かあ。ノイッシュも大変な人を好きになったもんだ」 ため息混じりにアレクは呟いた。 そんな彼に声がかかる。アイラの声だった。 「アレク!」 「どうされました、アイラ様」 アイラは剣を納めると、アレクの方に向かってやって来た。そして、きょろきょろと周囲を見回した。 「今、ノイッシュも一緒だと思ったんだが……」 そう言って、アイラはもう一度周囲を見回す。だが、探している人物は見つからない。 「ノイッシュをお探しですか?」 「ああ、剣の稽古に付き合ってもらおうと思って」 アレクの言葉にアイラは頷く。 「じゃあ、俺が変わりましょうか?」 冗談交じりで、アレクはちゃかすようにそう言って笑った。それに対して、アイラもくすくすと笑う。 「いや、ノイッシュじゃなきゃ駄目だ」 そう言ってアイラは笑った後、少し顔を曇らせた。 「……実は、ちょっとそのノイッシュの事で、お前に聞きたい事があるんだが」 アイラは困惑した表情でアレクに訴える。それに、アレクはにこりと頷いた。 「俺で宜しければ相談にのりますよ?」 その言葉にアイラは安心したらしく、笑顔をみせた。 「最近、避けられてる気がするんだ」 「避けられてる……ってノイッシュにですか?」 その言葉にアイラは頷いた。 アレクは先程のノイッシュとのやりとりを思い出す。 ノイッシュだって馬鹿じゃない。 自分の立場も、相手の立場も分かっているはずだ。 ……だから、アイラが避けられていると感じてもおかしくはないのかもしれない。 さて、アレクは返答に困った。 まさか、ノイッシュはアイラ様が好きだからですよ。なんて言えたものじゃない。そういう事は本人がいってこそ、だ。 「……そうですね。アイラ様に嫌われてると思っているのかもしれませんよ」 当たり障り無く、もっとも状況に近い言葉をアレクは選んだ。 だが、その言葉にアイラは頬を膨らませた。 「私は別にノイッシュを嫌ってなんて無い」 「アイラ様がそう思っていても、相手がそう感じるかどうかは別の問題ですよ」 「……別の問題……か」 アレクの言葉に、アイラは考えるような仕草をした。 アレクにはなんとなく分かっていた。 きっとこの黒髪のイザークの姫もノイッシュの事が好きなのだろう。 だけど、お互い、それをどう表現して良いかも分からず、抱えている背景も重なって言葉が上手く伝わらないのだろう。 お世辞にも、二人とも言葉を選ぶのは上手ではない。 とはいえ、首を突っ込んでいいものやら悪いものやら、それも微妙だ。 アレクは考えてこんでいるアイラを見ながら、しばらく傍観しようと心に決めた。 だが、アイラはその事が不満でたまらないらしく、いらいらしているようだった。 触らぬ神に祟りなし。そう思ってアレクはそれ以上ふれなかった。 だが、転機は思わぬところから始まった。 ノディオンのラケシスを助けるために始まった行軍だったのだが、村が集中的に襲われているという情報が入ったのだ。 その時、先陣をきって飛び出したのがアイラだった。 襲われている村を見ると、自分達の故郷が重ね合わさるのかもしれない。 その目つきは尋常ではなく、殺気立った彼女の姿に味方でも身震いがする思いだった。 アイラは何人か同行を申し出た人たちを断り、そのまま突っ走って行った。 村を護らなくては。 イザークの村がグランベルに襲われたように、今、この国の国民も危険にさらされている。それが、アイラにはたまらなかった。 相手は盗賊だろう。それなら剣士であるアイラには不利な相手でもない。 エーディン達は一人で行くのを止めたが、アイラはどうしてもたまらなかったのだ。 アイラは村に辿り着くと、横暴に暴れまわっている男達に太刀を向けた。 「私が相手をしてやる。光栄に思うんだな」 アイラの挑発的な言葉に、相手の神経は逆撫でされる。村人を襲っていたその手を離し、持っていた斧に力を込めなおす。 相手の武器は斧、か。 冷静にアイラは状況を観察していた。剣は斧との相性がいい。これならてこずる事も無いだろう。 「よお、ねえちゃん。自信満々だな。俺とやろうっていうのかい?」 「ああ、光栄に思え」 アイラは自信たっぷりの笑みで、相手に笑って見せた。 男は力任せに斧を振り下ろしてくる。それをアイラはひらりとかわした。 続けて男の斧が連続攻撃で襲ってきた。 これは、少々出来る相手だな。アイラは直感的にそう感じた。真剣に渡り合わないと駄目だろう。 アイラは太刀を握りなおすと、男の斧の攻撃をひらりとかわしながら斬りつける。鮮血が飛んだ。それが男の心に怒りを燃やさせたようだった。 アイラを執拗に斬りかかってくる。アイラはそれをかわすことで精一杯になってしまった。 まさか、盗賊風情がここまでやるとは。 一人で来たのは少々誤算だった。アイラは今になってそう思った。 誰かを誘えば良かった。 誰を? アイラは思う。 あの金髪で赤い鎧を着たあの青年。 ノイッシュがここにいれば。 だが、ノイッシュは前線にいて、アイラがこうやって飛び出したことを知らない。 彼は来てくれない。 分かっている。それでも、ノイッシュの顔がアイラの頭に浮かんだ。 ひらりひらりとかわしながら、反撃のタイミングを図る。 負けるわけにはいかないのだ。 だが、相手の男は突然、のけぞった。 腹から剣が突き刺さっている。 誰かが援軍に来たのだ。そうアイラは感じた。 「……無茶はしないって言ったじゃないですか!」 助けにきたその人物は開口一番にそう言った。 最近、アイラを避けていた、その人だった。 アイラは自分を避ける彼に腹を立てていた。 だが、その顔を見たらとても安心してしまって、力が抜けて座り込んでしまった。そして、あははと笑った。 「な、なんで笑うんですか!」 ノイッシュは必死の顔で抗議する。だが、彼女はころころと笑ったままだ。 「あはは、なんだかどうでもよくなってきた」 「どうでもいいって、なんなんですか!危なかったんですよ!」 笑うアイラにノイッシュは思わず怒鳴った。だが、彼女は笑い続ける。 「お前が来てくれた。それだけで十分だ」 「……え」 思わぬアイラの言葉に、ノイッシュは振り上げていた拳を止めた。そして戸惑った。何故、アイラがそう言うのか分からなかったのだ。 「お……俺は、君が一人で村に向かったと聞いたから……」 「来てくれたんだろう?」 アイラは微笑む。それにノイッシュは戸惑いながら頷いた。 アイラは一度うつむき、再びノイッシュの顔を見た。 「ずっと嫌われてるんだと思った」 「え?」 アイラの言葉にノイッシュは戸惑った顔をした。 「ずっと避けてただろ?嫌われてるってずっと思ってた」 アイラはそう言うと、ノイッシュの胸に手を当てた。 「だけど、お前は来てくれた。私のために来てくれた」 アイラはそのまま腕をのばしてノイッシュに抱きついた。 「え?ええ?!」 ノイッシュは戸惑ったままだ。だが、アイラは愛しい人をぎゅっと抱きしめた。 「……私はお前が好きだから」 アイラは顔をあげ、ノイッシュににっこりと笑いかけた。 「私にとって、お前は特別だから。とても好きだから」 そう言ってから、アイラは顔を俯ける。 「……でも、お前はどう思ってるかなんて分からないんだよな」 そう自信なさげにそう言ったアイラの背中をノイッシュはぎゅっと抱きしめた。 「……俺こそ……ずっと貴女をお慕いしていました。 身分違いの……禁断の恋だから、ずっと胸に閉まっておこうと思ってました」 ノイッシュの言葉に、アイラは満面の笑みを浮かべ、もう一度ノイッシュに抱きついた。 「身分違いなんて関係ない。私はお前でなければ駄目だ」 そしてアイラは顔を上げ、そのまま背伸びをして、軽く口付けた。 「禁断なんて……ないさ」 そう言ってアイラはもう一度、愛しい人をぎゅっと抱きしめた。 終わり。 ちょっとスランプ入ってしまったので、出来はいまいちなんですが……ノイッシュとアイラのくっつくエピソードってずっと書いてみたい一つだったので挑戦してみました。 もしかしたら、また書き直すかもしれませんが……その時は、書き改めようかな(^^; この二人の告白はアイラからかな、って思ってます。そんなお話でした。 禁断の愛がテーマなんですが、この二人も十分禁断の愛ですよね。背後関係考えると。それを思うと余計にノイアイにはまってしまう私です。 |