『裏切りの対価』


 小さい頃からいつも聞かされていた。母と伯父の話。
 母は説得の結果、伯父を死においやってしまった。もっとも、伯父はそれを分かっていたとの事だけれど。
 だから、小さい頃から裏切りという言葉が怖かった。
 敵を説得するという事が怖かった。
 そこから生み出される悲劇が恐ろしかったのだ。
 セリスの父だってそうだ。利用されるだけ利用されて殺された。
 戦争は恐ろしい。
 正しいものなんて何も無いのだ。
 ずっと、それだけを信じてきた。そして今も信じている。


 それはちょっとしたきっかけだった。先日加わったばかりのティニーがセリスと話していた。別に何を話していようが気にしない、そのつもりだったのだけれど。デルムッドの耳は聞いてしまった。
「私、イシュタル姉様を説得します!」
 私なら子供の頃から一緒に育っているし、姉妹のような関係だから、説得できるかもしれないし、などと話している。
 セリス様は甘いから反対しないかもしれない。
「止めた方が良いです」
 デルムッドはセリスとティニーの間を割って入った。
 ティニーはびっくりしたらしく萎縮してしまっている。そこまで怖い声で言ったつもりはなかったのだけれども。
「どうして止めた方が良いと思うんだい、デルムッド」
 冷静にセリスが意見を求めてくる。この話の流れだと、セリスはティニーの案に賛成していないのだ。
 ここはちゃんと伝えておくべき所、とデルムッドはティニーの方に向き直った。
「たしかにイシュタル王女はティニーとは姉妹のような関係でしょう。でも、兄であるイシュトーを殺した軍に入った君を、イシュタルは許すとでも思うのかい?」
 それが突きつける現実だった。ティニーはやっとそのことに気付いたのだろう。ぱあっと顔を赤くし、素早くその場から去っていった。
「デルムッド、助け舟ありがと。正直、はっきり言っていいか悩んでたんだ」
「セリス様は優しすぎるんですよ」
 セリスはデルムッドの顔を見て、くすくすと笑う。
「でもティニーにとっては怖い人になっちゃったよ?フォローしなくていいの?」
 そう言われて、デルムッドも腕を組む。ここで怖い人のレッテルを貼られるのも本意ではない。
 とはいっても無理に良い人になるつもりもない。
「いいですよ、怖い人でも」
「本当は気の優しい良い人なのに」
「セリス様も買いかぶりですって」
 そう言ってセリスとデルムッドは笑った。このあたりは気のおけない幼馴染なのである。

 出撃前に視線を感じた。ふっとそちらを見ると薄紫の髪が消えていった。赤いリボンが特徴的。ティニーなのだろう。
 デルムッドは考える。ここは一つ、ちゃんと話した方が良いだろうか。もし、彼女が思い込んでイシュタルとぶつかろうものなら結末は見えている。分かったようなものだ。
 デルムッドはティニーが去っていった方角に向かって走る。軍のテントから少し離れた場所にティニーはいた。
 ティニーはデルムッドが傍にきた事に気がついて、ティニーは頭を下げた。そして、おずおずと尋ねた。
「……貴方は、やっぱりイシュタル姉様を説得するのは無理だと思いますか?」
 デルムッドはその言葉にゆっくり頷いた。
「無理だと思う」
「どうして、そう、思うんですか?」
 ティニーのすがるような目にデルムッドは肩をすくめた。
「……これは、俺のくくりのようなものだけど、君には話しておいた方がいいかな」
 デルムッドはティニーの近くに腰を下ろした。ティニーもそれにならって腰を下ろす。
 デルムッドは空を仰ぐと、遠い目をした。
「……俺の母さんは、昔、敵に回った兄……俺の伯父にあたるな、その兄を説得に行った事があるんだ。
 伯父はそれに応えて……処刑された」
 デルムッドの言葉にティニーは息を呑んだ。
「……母さんはそれは悩んだそうだよ。自分の判断が正しかったかどうか」
 デルムッドはティニーの顔をじっと見た。
「だからさ、簡単じゃないんだよ説得っていうのも。
 君がアーサーの言葉に応えたのも、兄妹だったからだ。
 つまり、それだけ兄弟の絆は深い。
 それが、イシュトーとイシュタルであっても、ね」
 そう言われて、ティニーはそれに考える顔をした。
 自分との繋がり。そして従兄弟たちとの繋がり。従兄弟たちの絆。
 ティニーは悲しく笑った。
「……その通りですね。デルムッドさんの言うとおりです。
 大好きなイシュタル姉様と戦わなければならない。
 これが……フリージを裏切った代償なんですね」
「うん。……だけど」
 デルムッドはティニーの頭をぽんぽんと軽くなでた。
「だからって、君が無理に戦う必要は無いよ。
 後方で援護してくれるだけでも、ありがたい訳だし」
 ティニーはそれに優しく笑って、そして首を横に振った。
「気をつかってくれてありがとうございます。
 ……でも、私、大丈夫です。
 受け入れます。自分の運命。自分で決めたんだから……」
 それを見て、デルムッドも優しく微笑む。
「君を誤解していたよ。もっと甘い子なのかと思っていた。
 だけど、本当は強いんだね。……俺の母さんと一緒だ」
「強いお母様だったんですね」
「うん、そう聞いてる」
 その言葉にティニーは彼と自分との大きな差に気がついた。
 ティニーは母を知っている。だけど彼は母親を知らないのだ。
 それでも、彼は母親の事を知り、理解し、受け入れている。
 ティニーが気まずそうにしているのにデルムッドも気がつく。
「あ、母さんの事?
 こう言ったらもっと気にされるんだろうけど……
 俺の母さん、俺を迎えに行って行方不明になったんだ」
 ティニーの顔が青ざめるのが分かる。
 これはデルムッドも最近知ったばかりの事実だった。
 妹から聞かされた真実。あの時ほど、消えてしまいたいと思った事は無い。
 ……自分のために母が行方知れずになっただなんて。
「でも、大丈夫だよ。今は妹も父さんにも出会えた。
 きっと母さんもどこかで元気にしてるよ。聞いてる話だけだと、相当元気な人みたいだから」
「そう……ですか」
 デルムッドは笑った。
「だから、君も無茶はしないようにね?」
「ありがとうございます」
 ティニーも笑った。その笑顔に少し元気が混ざっていてデルムッドは安心した。

「ティニーには辛い戦いが続くな」
 それから折を見て、デルムッドはティニーと話すようになった。
 彼女がどうやって育ったのか、従兄弟達との関係、伯母と母との確執……そしてユリウスとイシュタルとの事。
 ティニーはデルムッドの前に自分の持っているものを簡単にさらけだした。それがデルムッドにとっては不思議だったが、それは信頼してくれているという事の上に成り立っているのだと分かるようになった。
「大丈夫です。私が選んだ道ですから」
 ティニーはいつもそう言って返すようになった。
 それは彼女の覚悟ともいえた。彼女が反旗をひるがえした、その代償。
 デルムッドは思う。彼女が母のような思いをしないで済むと良いと。
 だけど、それは無理だという事は痛いほど分かっていた。
 どうしたら、少しでも彼女の心の助けになるのだろう。そんなことばかり考えるようになっていた。
 ……デルムッドの心の中に、いつの間にかティニーが住み着き始めていた。その事を、デルムッドは認めたくもあり、認めたくも無かった。
 今は戦いの日々だ。幼馴染のセリスとラナ、ラクチェとレスターはこの戦乱で、やっと心が通じたらしい。だけど、俺は違う……。ずっと長い時間をかけて思ってきた思いとは違うのだ。
 それでもティニーには優しい言葉の一つでもかけたいと思う。
「……ティニー、辛かったら言ってくれ。出来る限り相談に乗るし、力になるよ」
 デルムッドのその言葉にティニーは明るい笑顔になった。そして、頬を赤く染める。
「……貴方がいてくれるだけで、私の心は強くなるのです」
 それは……お互いが閉じ込めてきた心の答えだった。
 お互いが必要だと……ただ、それだけのこと。
 デルムッドは優しくティニーを抱きしめた。

 
 そして、くるべくする瞬間は来る。
 イシュタルが攻めてくる。その相手の志願をしたのは……ティニーだった。
「いってきます」
 ティニーはデルムッドの手を握り締めた。それをデルムッドは包み返す。
「行くんだな」
「はい!」
 その聡明な言葉に、デルムッドは母を見るような思いがした。
 見守る事しか出来ないけれど……デルムッドは愛しい人を戦地に送り出したのだった。
 ……彼女が戻ってくる事を信じて。その顔が悲しみに曇っていたら抱きしめてあげようと。
 デルムッドはティニーの勝利を祈った。

終。


ティニーのお話でした。ティニー…うちはいつもイシュタルに狙われるので、因縁の対決になってしまいます。で、まあ、こんな事があっても良いかなと。
ティニーは最初、気がついたらオイフェに恋してて、そのまま結ばれてしまい、これがなかなか可愛かったので、ティニーは年上の人が良いかな〜…思ってて、ゲームではシャナンとも結ばれてたりします(笑)。そんな中、ティニーってイシュタルを説得しようとしないのかな、と思い、そうしたらラケシスの事を思い出し、ああ、そうしたらデルムッドはただならぬ思いを抱くのではないかなと。デルムッドvティニーっていいかも!と思いまして、今では結構お気に入りのカプです。
因みに、皆さんも同じだと思いますが…うちのイシュタルVSティニーは怒りのトローンで片がつきます。怒り、恐るべし。
ちなみに、デルとティニーの物語はまた書けたらと思っております。


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