『その輝きは金色の……』


「大丈夫ですか?」
 フュリーが海の上を飛びながら、浜辺で戦っている二人に声をかけた。
 薄紫色の髪の少女が雷の魔法を使って、敵を撃退していたが、一緒にいる金色の長い髪の僧侶は彼女を回復する事に追われているようだった。
「ありがとう、助かります!どうか、ティルテュの援護を」
 ふわっとフュリーの目に入ってきたのは金色の輝きだった。優しい、だけど意思の固そうな、そんな表情が目に入ってきた。
 フュリーは一瞬、それに見惚れた。金の輝きだった。そんな綺麗な輝きは初めて見たような気がした。
「こっち!手伝って!」
 少女の声にフュリーは、はっと我に返る。
 そうだ、今居るのは戦場なのだ。こんな事ではやられてしまう。
 フュリーは慌てて少女の方に駆け寄り、援護を務めた。
 それが、フュリーとクロード神父の出会いだった。

「へえ、そんなに綺麗だったんだ」
「うん、凄くね、綺麗だったの。
 エーディン様も美しい金髪で素敵だけれど、クロード様の輝きはまた別の光だったわ」
 うっとり語るフュリーにシルヴィアは彼女の恋の始まりを見た。
 奥手のフュリーがシルヴィアにこういう話を持ちかけて来るとは、正直考えていなかった。誰か、フュリーに相応しい人を私が見つけてやらなきゃ、とか考えていた矢先の事だった。
 シルヴィアは嬉しかった。
 フュリーと恋の話を対等に出来るようになるからだ。
 いつも自分とアレクの話ばかり聞かせていて、彼女にはそういう相手がいなかったから、どこかでいつも自分だけのろけていてもいいのかと思った事もある。
「確かにクロード神父様って綺麗よね。ストレートの長い金髪とどことなく憂いを秘めた目とか……ちょっと謎めいてて素敵」
「そう、そうなの!」
 シルヴィアの見解にフュリーが嬉しそうに話に食らいついてくる。
 これは、本物だ。シルヴィアはそう思った。
「クロード様って、どこか憂いていらっしゃるというか、悟ってらっしゃるというか……とても不思議な目をしてらっしゃるの」
「うんうん、分かった、分かった。
 で、何か話したの?何て言ってた?」
 シルヴィアは好奇心丸出しで、確信に迫る。
 しかし、その言葉を聞いて、フュリーは赤くなって俯いてしまった。
 それを見て、シルヴィアは嫌な予感がした。
「……もしかして、会った時以外、話した事、無いの?」
「……うん」
 その言葉に、シルヴィアは親友の奥手さを思い知る。
 そうよね、フュリーがいきなり男性にアタックかけるなんて想像できないわよね。
 そう思うと何だか納得がいってしまって、それがさらに面白くなかった。
「フュリー!少しくらい喋ってみたらどうなの?
 ここ、シレジアでしょう?フュリーにとっては、色々話しかけるチャンスじゃない」
「う、うん。分かってるんだけど……なかなか勇気が出なくて」
 こういう時、シルヴィアはフュリーの奥手さにイライラする。どうしてもっと積極的にアタックできないんだろう。
 フュリーがダメなら、あたしがなんとかするしかないわっ!
 シルヴィアはそう心に固く誓った。

「ちょっと、待って!話があるの!」
 早速、行動に移ったシルヴィアはクロード神父を呼び止める。
 突然呼び止められた神父は怒ることなく、穏やかな顔で返事を返した。
「はい、なんでしょう」
 エーディンとは違う。それが第一印象だった。
 エーディンはもっと温かい笑い方をする。それも、惹きつけられるような、そんな笑顔。
 だけど、クロード神父は違っていた。穏やかな顔は変わらなかったが、その瞳はどこか憂いていて、そして何かを悟っているような……そんな瞳だった。
 フュリーの言っていた通りだ。その憂いと悟りが不思議な感覚を抱かせる。
 クロード神父はシルヴィアをじっと見ていた。その事にシルヴィアは気付く。
「な、なんですか、神父様?」
「あ、いえ、ちょっと……」
 警戒したシルヴィアに神父は優しい目を向けた。
「確か、シルヴィアさんでしたよね」
「シルヴィアだけど……な、なんで覚えているのよ」
 ますます警戒するシルヴィアにクロードはにこりと笑った。
「私、行方不明になった妹がいるんです。丁度、貴女の歳くらいだから、印象に残ったんですよ。驚かせてすいません」
 でも……と、神父は続けた。
「でも……貴女はブラギの祝福を受けている。なんだか探していた妹に会えたような気がします」
 ああ、この瞳と雰囲気なんだ。
 そうシルヴィアは理解した。
 フュリーが目を奪われた金色の輝き、それが不思議に心に残ったのも納得がいく。そういう雰囲気を持った人だ。
 しかし……妹か。それは悪くないかもしれない。
「あたし、みなしごだから妹になってあげてもいいわよ」
「ああ、本当ですか?」
「弟ももれなくついてくるけど、それでもいい?」
「弟?」
「あたしの旦那様。結構自慢できる人よ。アレクっていうの。シグルドさまの臣下なのよ」
「シグルド殿の臣下……ああ、なんとなく分かります。そうですか、もうご結婚されてるとは……」
「驚いた?」
「ええ。でも、妹も弟もできるなんて、嬉しい事です」
 そう、神父は笑った。
 一連のやりとりで、シルヴィアは、この神父の懐の深さを知る。
 なるほど。この人ならフュリーを任せても良いかもしれない。
 そう思うと、早くフュリーと引き合わせたいと思う。
「ところでお兄様。シレジアをちょっと見物してみたいとか思いません?」
「貴女が案内して下さるのですか?」
 ここがポイントだ。シルヴィアはぐっと手に力を込めた。
「いいえ、あたしの親友がここの出身なんです。彼女に頼めば案内してくれますよ」
「え……でも、それはお友達に悪いのでは……」
「いえいえ、大歓迎です!!」
 ここで逃がしてはなるものか!
 シルヴィアは大きな声で……そして断れない口調でそう言った。
 さすがのクロード神父も困ったらしい。少し考えていたが、こくんと頷いた。
「分かりました。では、明日の午後にでも宜しければ」
「うん、明日の午後ね。了解。城門の所で待っててね!」
 約束を取り付けると、シルヴィアは神父に手を振ってフュリーの元へと急ごうとした。
 だが、誰かが肩を掴んでいる。
「こら、シルヴィア。クロード神父様と何を話してたんだよ!」
「あら、ヤキモチ?弟君」
「……なんだよ、その弟君って」
 心配性なアレクがどこかで見ていたらしい。というか、多分、大声出した時に気付かれたんだと思う。
「お前、神父様に失礼な事言ってたんじゃないだろうな」
 ほら、やっぱり。妻の浮気を心配する前に、主従の関係を重視しているあたりがアレクらしい。まあ、騎士という生き物はそういうものだと理解している。フュリーも例外無くその一人であったから。
「大丈夫よ。私、今日から神父さまの妹になったんだから」
「は?」
「アレクもお兄様が出来るんだからちゃんと応対してよね」
「……話の筋が全然読めないんですけど」
 得意げになっているシルヴィアにアレクは苦い顔をする。
 この怖いもの知らずの踊り子は、どこで何をしでかすのか分からない。
 だが、シルヴィアは涼しい顔をしたままだ。
「大丈夫よ。フュリーのデート、アシストしただけなんだから」
「フュリー?フュリーがどうかしたのか?」
 まだ話が飲み込めていないアレクに、シルヴィアはそっと耳打ちした。
「これは極秘情報なんだけど、フュリーが神父様の事が好きなのよ」
「それはまた、本当に極秘情報だな。で、お前は何をした?」
 後半が重要らしい。シルヴィアはやれやれと首を振った。
「デートの約束、取り付けただけ。後はフュリー次第よ」
 そう言って、シルヴィアはアレクの側から離れる。
「だから、フュリーに報告しなきゃダメなの。行って来るね」
 そう言って、アレクの元から去ろうとしたシルヴィアだったが、足を止めて振り返った。
「あ、あたし、今日から神父様の妹になってるから、アレクもちゃんとご挨拶しておいてね」
「な、なんだ、それは……!」
 何だか分からないが、一番の問題発言を残してシルヴィアは去っていってしまった。それを、ぼんやり見送りながら、アレクは後でクロード神父の所に謝りに行かないといけないと、固くそう思った。

「約束、とりつけてきたわよ。デートの約束!」
 突然現れた親友の言葉にフュリーはきょとんとする。言っている事が分からない。
 それを見て、シルヴィアは苛立たしそうにフュリーに近づく。
「ク・ロ・−・ド・し・ん・ぷとので・−・と!!」
「え、えええ?!」
 その言葉にフュリーは真っ赤になるが、そんなことは気にせず、シルヴィアは続ける。
「明日の午後、城門で。忘れたりしちゃダメよ!」
「え、ええ。それは分かったけれど……そんな急に言われても……」
 フュリーは赤くなっておどおどするばかりである。
 そんなフュリーにしびれを切らせて、シルヴィアがフュリーにぐっと顔を寄せる。
「クロード神父様の事を知るチャンスじゃない。本当の顔を見て、好きなのかどうなのか決めなさい!」
 シルヴィアにびしっと言われて、フュリーも照れてばかりはいられないのが分かった。
「うん……シルヴィアの行為に甘えるわ。明日、城門に行ってみる!」
「そうこなくっちゃ!頑張ってね、フュリー!」
「うん、私、頑張ってみる」
 言葉の後半は祈るような口調だったけれど、シルヴィアの仲立ちは成功したようだ。
「じゃあ、明日の服、選ぼう!」
「ええ、そうね。失礼の無い格好にしなくちゃ」
 それからシルヴィアとフュリーの服探しが始まったのだった。


 そして当日、午後。城門の前でフュリーは待っていた。
 来てくれるかどうか分からない。だけど、せっかくシルヴィアが作ってくれたチャンスなのだ。
 もう少し、もう少しでいい。あの人の事を知れたら……それでいい。
「お待たせしてしまいましたね。
 ……えっとフュリーさんですね。以前はお世話になりました」
 クロード神父はフュリーと顔を合わすと、すぐに誰だか分かったらしく、頭を下げた。
 それに勿論フュリーは慌てる。
「そ、そんな凄い事、してません。お二人がご無事で良かったです」
 フュリーも深々と頭を下げた。
「いいんですよ。フュリーさん。貴女は私とティルテュを救ってくれた方です。感謝しても足りないくらいですよ」
 そう言われるとフュリーは真っ赤になる。改めて礼を言われるとこんなにも恥ずかしいものなのだろうか。
「……それで、シルヴィアさんがおっしゃってた、シレジア案内役はフュリーさん、貴女ですか?」
「……はい」
 フュリーは俯いて、そうなんとか答えた。
「神父様はどういう所がお好きなのでしょうか?私で分かる範囲でしたら、ご案内しますよ」
 精一杯の言葉でフュリーは顔が赤くなるのを感じながら言った。
 きっと、あの洞察深い目にはきっとフュリーの気持ちも映っているにいるに違いない。そう思うと、余計に恥ずかしくなって、フュリーは耳まで真っ赤にした。
 そんなフュリーをクロード神父は穏やかに見つめる。その目はいつもの憂いの目ではなく、フュリーを微笑ましく思っている目だった。
「じゃあ、城下町を案内していただきましょうか。この国の方がどうやって暮らしているのか、気になります」
「は、はい!では、こちらに……」
 フュリーは先に立つとクロード神父のペースを気にしながら、城から城下町へと下りていった。

「ここは温かいコートが揃っているお店なんですよ。神父様、覗かれます?」
 商店街の中の一軒に立ち止まって、フュリーはクロード神父の意見を仰ぐ。
「そうですねえ、私の持っているコートでは、シレジアの気候に合っていないみたいですので、一つ買ってみましょうか」
 クロード神父の言葉にフュリーはぱあっと顔を明るくした。
 ちょっとしたことだけど、心が通じ合えた、そんな気がしたのだ。
「じゃあ、素敵なコート探しましょう」
 フュリーは店内に足を運ぶ。その後ろをクロード神父がついてきていた。
 店の中には沢山のコートが並んであった。
 だが、クロード神父は長身なので、選べる幅が少なかった。
「あんまり種類、ありませんでしたね。お気に召すものがあればいいのですけれど……」
 不安な顔をしているフュリーに、クロードは優しく微笑みかけた。
「いいえ、フュリーさんが一緒に買い物をして下さるだけでも嬉しいですよ」
 その言葉にフュリーは舞い上がってしまいそうな心をなんとか落ち着けた。どきどきする。クロード神父の言葉に行動に。こんなにどきどきしたことは無かった。これが恋というものなのだろうか。
 クロード神父は数少ないコートを選んでいるようだった。こういう時、適切なアドバイスぐらいできたらいいのに、と思う。親友のシルヴィアなら楽勝だろう。
 こんな時は、シルヴィアの積極性を見習いたいわ。
 そうフュリーは思った。
「こんなのはどうでしょう?」
 向こうから声がかかってきた。慌ててフュリーはクロード神父の側に駆け寄る。
 クロード神父が選んだものは、シンプルで長身のクロード神父をより一層高くして見えた。だが、それがスレンダーで美しく見える。
「……よくお似合いです」
 フュリーはやっとその言葉を紡ぎだした。その言葉にクロード神父もにっこり笑う。
「では、これにしましょうか」
「はい。とてもお似合いです」
 また同じ事を言ってしまって、フュリーは真っ赤になった。
 そんな彼女を優しい目でクロード神父は見ていた。
 最初に会ったときは、彼女はペガサスナイトだった。戦場でたくましい騎士の顔をしていた。
 だが、今の彼女は、とても恥ずかしがり屋で、純粋で、可愛らしかった。こんなにも変化するものなのだと、クロード神父は思う。
 きっと彼女の本来の姿が今の姿なのだろう。それを戦場では気丈に戦うのだ。きっと大変に違いない。でも、彼女は誇り高い顔をしていたのを思い出す。彼女は優秀な、シレジアの騎士なのだ。

「ありがとうございます。私の買い物に付き合って下さって」
「いいえ、とんでもありません。ご一緒できて良かったです」
 ぺこりとお互い頭を下げて、それに気がつき二人で笑う。
「どこか、ゆっくりお話出来るところはありませんか?」
 クロード神父の誘いにフュリーは真っ赤になる。
 でも、このチャンスをにがしてはいけない。
 フュリーは勇気を振り絞って、言葉を発した。
「向こうにあるカフェはゆっくりと出来ますが……」
「そうですか。そこにしましょう」
「はい、分かりました。ご案内します」
 フュリーは再び案内のために先を歩こうとしたが、その手をクロード神父にとられる。
「フュリーさんと、もう少しゆっくりと色々お話したいんです。ゆっくり行きましょう」
 そう言って、クロード神父は、フュリーの手をとったまま、横に並んでにっこり笑った。
 まるで、本物のデートをしているようだった。
 フュリーは真っ赤になって俯いて、だけど、繋いだ手はしっかりと握って、目的のカフェに足を運んだ。


「で、どうだった、デートは。少しは進展した?」
 帰ってきてからはシルヴィアの質問攻めに遭ってしまった。
 シルヴィアなりにフュリーの事を心配してくれていたらしい。それは素直に嬉しかった。
「うん、色々お話したわ。世界の事、グランベルの事、他にも沢山……」
「え、そんな内容だったの?!」
 シルヴィアは驚いた顔をする。フュリーはそんなシルヴィアを見て微笑んだ。
「私達はきっとそうなのだと思うの。広い世界を知る事で、あの人の事が少しずつ分かってくる気がするの」
 後半は夢見ごちで、フュリーはそう言った。そう、そう言えるだろう。あの憂いた瞳を理解するにはもっと知る必要があるという事を。
 シルヴィアは目新しい進展が無かったのかと思ったのか、少々不機嫌そうだったが、フュリーには大きな収穫だった。
「ありがとう、シルヴィア。あなたのお陰でクロード様の事、少しは分かった気がする」
「そう?それならいいんだけど……」
 シルヴィアはフュリーがそれでいいというので、それ以上言う事はなかった。一応、デートは成功しているのだから。
「私ね、もっとクロード様の事、知りたい。分かりたい。だから頑張ってみるね。シルヴィアも応援してくれる?」
「うん、勿論よ!」


 それがフュリーとクロード神父の初デートまでの道のりだった。ゆっくり進むのかと思ったその恋は急展開を迎え、シルヴィアが第一子を身ごもった時、フュリーのお腹にもクロード神父との子供を授かっていた。
 二人の間に何が急展開を起こしたのか、それは二人にしか分からない事だったが、幸せそうなフュリーを見てシルヴィアも嬉しくなるのだった。

おわり。


急展開って何ですか?といわれそうなんですが、クロフュリってゆっくりなイメージがあるのですが……歴史的にセティとリーンは同い年くらいだと思うので……そうなると5章の段階ではフュリーが身ごもってないとおかしい?という事になりまして;シレジアで休息してた時間が長いからその辺で仲良くなったんだよ!と、思っておりますが、クロード神父の場合、相手がティルテュ以外だと凄い手が早いことに。きっと手が早いんだよ、きっと。という結論に落ち着きました。実際は5章始めでくっついたのかな。一番最後でした。うち、アレクvシルヴィアなんで、この二人が3章の段階で結ばれているので、なんかおかしなことに。
まあ、フュリー&シルヴィアらぶらぶだと嬉しいので、そんな感じで書いてます。

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