『Ring*Ring』 「あれ?」 突然、不思議そうな声をかけられたので、コープルは書類整理している手を止めた。 「コープル、指輪してるんだ」 意外そうに声をかけてきたのはセティ。勇者と呼ばれていたそうだが、ブラギの直系の証であるバルキリーの杖を扱える、優しく穏やかな青年だ。コープルはセティに憧れさえ抱いている。 コープルは指摘された右手の中指にはめている銀色の指輪を見た。 「これ、僕のお守りなんですよ」 そう言って、コープルは指輪を抜く。そしてセティに渡した。 「指輪の裏、見てもらえますか」 セティは言われるままに指輪の裏を見た。そこには文字が彫りこまれている。 「アレク・シルヴィア」と書かれている。 「あ、もしかして本当のお父さんとお母さんの名前?」 セティの言葉に、コープルはゆっくりと頷いた。 「僕の母さん、シルヴィアって名前だって義父さんが言ってました。だから、このアレクって人は多分、お父さんなんだと思うんです。 コープルはセティから指輪を返してもらうと、再び右手の中指にはめた。 「僕、捨てられたみたいなイメージがどうしてもあって、本当の両親って結構抵抗があるんです。 だけど、なんでか唯一残されたこの指輪だけは、何度も捨てようと思ったけど捨てられなくて」 「そうか……コープルは本当のご両親を知らないんだね」 セティは悲しそうな顔をした。それを見て、コープルは慌てる。 「ち、違うんです。僕、幸せに育ってきたんです。義父さんのこと、誰より尊敬してるし、だから…心配しないで下さい」 コープルが明るい笑顔でそう言うので、セティはそれ以上の追求はしなかった。それにコープルは感謝した。 コープルは両親を知らない。踊り子である母親が義父に預けてそのまま今日まで来ている。捨てられたのかもしれない。いや、捨てられたのだ。ずっとそう思っていた。 でも、この指輪だけは小さい頃から肌身離さず持っていた。 子供の頃は、お母さんが来てくれると信じて疑っていなかったし、これを持っていれば両親が見つけてくれると思っていた。それが今も続いているのだろうか。もう、両親なんてどうでもいいはずなのに、手放せない。 (やっぱり、僕、本当の両親にも会いたいのかなあ……) どこかそんな思いがあった。 しかし、義父への思いはとても大切で大切で大事なもの。 それは実の両親以上のものだ。 それでもこの指輪は外せない。何か思いが篭っているような気がするのだ。 そう、自分を捨てたはずの両親が守ってくれているような気がするのだ。 だから、ずっと身に着けている。 そういえばセティは父親を探しているという。どうやって探しているのだろうと興味を覚えた。 「セティさんはどうやってお父さんを探されてるんですか?」 コープルの質問に、セティは優しく微笑む。 「うん、僕の記憶はあいまいだから、写真とか母の思い出だけだけど、きっと出会ったら分かる。そう思うんだ」 そう語るセティは優しく、そして決意に満ちている。彼はきっと父親を追い続けるのだろう。それが生死を問わなくても。 セティのような強さがあれば、僕も違ってくるのだろうか、そんな考えがコープルの脳裏によぎる。 (でも、僕はこの戦いが終わったら、トラキアのために生きるんだ) それはずっと決めていたこと。それは変らないだろう。 コープルはそう思った。 「あ〜、男のクセに指輪してる!」 いきなりそう話しかけてきたのはパティだった。セリス軍の軍資金調達は彼女によって行われている。元気で明るい少女だが、テンションが高すぎて、コープルはたまについていけない。年齢はさほど変らないと思うのだが。 だが、パティはコープルの指輪をじっと見て、あれ?という顔をした。 「それ、リーンの指輪とそっくりじゃん」 「リーンさんと?」 「うん、形も色もそっくり。聞いてみたら?」 リーンが同じような指輪をしている?それは初耳だった。 リーンとは何度か話した事がある。明るくて優しくて、何か心に響いてくる人だった。 「情報、ありがと、パティ」 コープルはパティに別れを告げると、リーンを探しに出かけた。 今のキャンプは広いが、リーンの居る場所は大体見当がつく。大柄な黒騎士がその周辺をうろうろしているのだ。リーンは恋人のアレスだと紹介してくれたが、そのアレスから送られた視線は忘れない。『リーンに手を出したら殺す』そんなオーラが出ているのだ。 でもそのおかげでリーン探しは容易だ。キャンプをあまり進まないうちにリーンのキャンプに辿り着いた。 「リーンさん、いらっしゃいますか?」 「はい、いるわよ〜」 中から明るい声が聞こえてきた。リーンの声だ。今日はアレスが出てこない。出かけているのだろうか。 「あら、コープルじゃない。どうしたの?」 中からリーンが出てくる。コープルにとってリーンは不思議な人だ。実の両親への反発も、彼女を見ていると消えていくような気分になる。 指輪を見せて欲しい。その言葉が言えなくてコープルはおたおたした。女性にアクセサリーを見せてくれというのも変な感じだ。 「コープル?」 不思議そうにリーンが聞いてくる。コープルは腹をくくって、たずねる事にした。 「リーンさん、指輪持ってません?」 コープルの言葉にリーンが目を輝かせて右手の薬指にはめている指輪を見せてくれた。シンプルなデザインの銀の指輪。……本当にコープルの指輪とよく似ていた。 コープルは無意識に自分の右手の指輪を並べた。……同じだった。 「なに?!なんでコープルの指輪、あたしのとそっくりなの?!」 リーンがびっくりしてそう叫んだ。コープルも叫びたい気持ちである。 「……あ、もしかしたら」 リーンは指から指輪を抜く。 「ねえ、内側に何か彫ってない?」 「……彫ってます」 「ねえ、なんて書いてある?」 二人のやりとりは緊迫していた。 もしかしたら、もしかするかもしれないのだ。 コープルは意を決して指輪に彫られている言葉を述べる。 「アレク・シルヴィア、と」 「アレク・シルヴィア?!」 リーンが飛び上がってコープルの指輪をとって、彫られている名前を確認した。 「……あたしと同じだ!あたしのはね、『愛しのリーンへ』っていうのも彫ってあるんだよ。あたし預けた時、お母さん妊婦さんだったっていうから……コープルの名前、彫れなかったんだね」 リーンとコープルはどきどきしていた。 途中から、もしかしてが本当になる予感はしていた。 いざなってみると……どちらかというと気恥ずかしい。 「あ…あの、じゃあ、もしかしてリーンさんは……」 「え、ええ、コープルは……」 二人の間に沈黙が起こる。この指輪が示していたものは彼等が姉弟であるということだ。 「こら、俺のリーンに何の用だ」 沈黙している二人の間に無粋な声が響いてきた。顔を向けるとアレスが不機嫌そうな顔をしていた。 「あ、アレス!あたし、弟みつけたの!」 リーンは今知った事実を伝えようとアレスに話しかける。アレスは不思議そうな顔をした。 「お前、兄弟いたのか?」 「うん、あたし預ける時、お母さん妊婦だったの」 「それで、その弟は?」 「コープルだったの!」 三人の間で沈黙が起きた。 お互いがお互いの状況を考えていた。コープルとしては姉がリーンでもしかしたらアレスが兄になるかもしれないこと。リーンとしてはずっと探していた両親の忘れ形見を見つけた思いだった。アレスの場合はコープルは敵ではないということが加わった。 「……じゃあ、じゃあ、あの……リーンさんのこと、リーン姉さんって呼んでも良いですか?」 コープルがおそるおそる、リーンに申し出てみる。それをリーンが笑顔で答えた。 「勿論よ、コープル!」 その後、リーンに連れて行かれて、コープルはオイフェに会った。 オイフェはリーンとコープルの両親について深く知っており、色々な話を聞かせてくれた。 コープルは初めて両親の事を知り……何故、指輪が捨てられなかった理由が分かった。 この指輪には両親の愛が篭っているのだ。だから、コープルの傍にあるのだと。 今まで両親に持っていた偏見も変えねばならぬ時が来た。 でも、それは嬉しい発見だった。 もっともっと見つけてみたいとコープルは思ったのだった。 終わり。 以上、指輪物語でした(違)。 前から、どこかしらでリーンとコープルは指輪で姉弟だと分かった、みたいな話をちょこちょこ書いてたんですね。んで、「迷走する思考」でその指輪が贈られて、そして日の目を見たわけです。 リーン&コープルは唯一、本人達が姉弟の自覚がない二人で、アレクvシルヴィア好きの私としては、それはいくらなんでも悲しすぎる!!と思って、捏造したのが、この指輪です。指輪を選んだのはアレクだから、かな。 ところで、何の意図も無くパティが出てきたのですが、コープル&パティって会話あるんですよね。50のお題シリーズ、パティのお相手のレスターが埋まっているので、コープルvパティとか挑戦してみようかなと思ったり。いや、今まで考えた事無いんで、まず無理そうですが。 |