『獅子姫』 「イーヴ!貴方達に護衛されなくてもやっていけるわ!」 「し、しかし、ラケシスさま……」 「しかしも何も無いの!私は一人でも平気よ!」 通りすがりに口論を聞いてしまった。 青い髪にまだ少年のあどけなさを残している騎士は、その場でどうしようかと考えてしまう。 口論している相手が誰なのかは分かっている。 一人は、獅子王エルトシャンの妹姫のラケシス。 そして怒られているのは、彼女の護衛のために戦っている騎士イーヴ。 あのお転婆姫君の事だ。一人でやれるから護衛なんかするなと言っているのだろう。 見習い騎士である彼、フィンにも彼女の実力は知っていた。 彼女の太刀筋は鋭く、覇気も高い。もっと修練を積めば、もっともっと強くなる。そんな可能性を秘めている。 だが、彼女は我侭なのだ。御付のイーヴ達もたまったものではないだろう。 仮にも一国の姫君が、戦争の前線で戦おうとするなんて考えられない。 そう、仮にも一国の姫君が、だ。 エスリン様もエーディン様も戦われているが、勿論後方だ。イザークのアイラ姫は前に出ないと気がすまない人らしいが、彼女の傍にはいつも赤い鎧を着た騎士がいた。……彼女を守るように。 そうだ、エスリン様にはキュアン様が、エーディン様には臣下のミデェールが付き従っている。 それはあくまで姫を引き立てながら、危険にはさらさないようにしているからだ。 それなのに、あのノディオンの姫君はそんな臣下のことなど全く考えていないのだろう。 そこまで考えていたら、なんだかムカムカしてきた。 一言でも言おうか。もっとイーヴ達の事を考えてやれと。 フィンは、よし、次に会ったら一言言っておこう。そう思った。 その矢先。 肩に手が置かれる。 嫌な予感がして、フィンは視線をそのまま肩の方に回す。 ……そこには明らかに怒った顔のラケシス姫。 「あなたねえ、立ち聞きとはいい度胸してんじゃないの!」 覇気溢れる声でそう言われると、萎縮してしまう。なるほど、だからイーヴ達は言い負かされているのだ。 フィンは慌てて取り繕う言葉を考える。 「あ、あの、立ち……」 「立ち聞きする気は無かった?」 先に言われてしまって、フィンはあたふたした。 なにせ彼女は異国の姫。騎士見習い風情が話していい身分の人ではない。その上、まともに口を聞いた事も無いのだ。 泡を食っているフィンを見てラケシスは、やれやれと肩をすくめた。 「……ま、その調子じゃ悪意は無さそうね」 そう言って、彼女は髪をさらっと流す。その姿は気品溢れ、彼女が高貴な生まれの少女であることがよく分かる。 やっぱり手の届かない王女様なのだ。 「……あ」 そういえば、さっきまで彼女に言っておこうと思ったことを言った方が良いだろうか? 現状を考えるに、止めた方が良いに一票入れたいところだったが。 「なにが、あ、なのよ。言ってみなさい。特別に聞いてあげる」 威圧的に喋るのは彼女の癖なのだろうか。彼女に言われると恐縮してしまう。 言いたかった言葉も、今、喉から出てこない。 ぱくぱくしているフィンを見てラケシスは変なものを見たような顔をしていた。 それから、ラケシスはフィンに歩み寄ると、顔をじっと見た。 「な、なんですか?!」 フィンは慌てて抗議する。それに構わず、ラケシスはにこっと笑った。 「貴方、私と年が近そうね。明日の昼、中庭で会わない?今日聞けなかったことも明日聞いてあげる」 そう言って笑うと、ラケシスはきびすを返して、元居た場所に再び帰っていった。 何を考えているのだろう。それ以上に、彼女に言えるのだろうか。 『部下のことも考えてやれ』 ……鼻で笑いそうな気がする。 それに何故、呼び出されているのかも分からない。 フィンはラケシスという生き物がよく分からなかった。 彼女はフィンの知っている姫を超越している。 明日会うのが重い重圧となってフィンにずっしりとのしかかってきたのだった。 「いらっしゃい」 にっこりと気品高く微笑むラケシス姫。 中庭に呼び出されたフィンは冷や汗ものだった。 「じゃあ、昨日、何を言おうとしていたか言ってもらいましょうか?」 彼女はにこやかにそう言ったが、その言葉には強要の意志がしっかりと入っていた。 「う……」 正直な所、怖い。この笑顔が壊れるのは分かっている。罠があるのを分かっていてはまる人間がどこにいようか。 「ほら、ちゃっちゃと言いなさい!」 彼女は両手を腰に当てると胸をはって、そう言った。 「あ、あのですね……」 「ええ、どうぞ、続けて」 ラケシスの言葉にくみしかれるように、フィンは諦めて言葉を続けた。 「……イーヴ様達に、もっとお優しく接されても良いのではないかと……」 出来るだけ、言葉を丸く、フィンはなんとかそう言った。ラケシスの反応が怖かった。 だが、ラケシスは別になんともないという顔をしていた。 「あら、なに?そんなことなの、ばかばかしい」 「ば、ばかばかしいって……イーヴ様達は姫の事を心配して……!」 「分かってるわよ、そんなことくらい」 ラケシスはイーヴ達を心配するフィンに肩をすくめてみせた。 「貴方、それでも騎士のはしくれでしょう?分からないの?」 逆にラケシスに詰め寄られて、フィンは言葉を失った。 分からない?何を彼女は言おうとしているのか。それが分からなかった。 ラケシスはそんなフィンの様子にため息をついた。 「理由は二つあるの」 そう言ってラケシスは指を二本立てて突き出した。 「まずはイーヴ達はノディオンの騎士である事。 アグストリアの王を相手に戦うなんて許されないわ」 ラケシスは一呼吸置く。 「そして、もう一つ。 イーヴ達はシグルド様の軍に比べ弱いわ。足手まといになる。 私はこの二つの理由があるから、彼等をノディオンに返したいのよ。 エルト兄様は私が助けるわ。だけど、ノディオンの人達までに迷惑をかけたくはないの」 ラケシスは、はっきりとそう言い切った。 その姿を見て、フィンは彼女の本当の姿を知った。 我侭姫の仮面を被った、強き姫君。獅子王エルトシャンの妹姫。 彼女は人を束ね、導く器を持っている。 ……それが見抜けなかったなんて、自分はなんて未熟なのだろう。 「どう?ただの我侭姫じゃなかったでしょう?」 見透かされたようにそう言われてフィンは真っ赤になった。 「す、すいませんでした。僕が未熟者でした」 「分かれば良いのよ」 満足げにラケシスは微笑んだ。 この姫君は本当に器が大きい。フィンはそれを改めて思った。 「じゃあ、今度は私の番ね」 私の番?意味の分からないフィンに木刀が投げてよこされた。 「私ね、丁度剣の練習相手探してたのよ。 貴方、年が近いからぴったりだわ。付き合ってもらうわよ」 笑顔で彼女は笑った。それは否定を許さない笑顔。 「……わかりました」 そしてその日を境に、フィンはラケシスの鍛錬の相手になるようになった。時には剣ではなく槍も。そして彼女の武術の腕にも感嘆させられることになり、また二人の関係も鍛錬仲間から変わっていくのだが、それはまた別の物語となる。 ここの所、短い話しか書けなくて、ボリューム足りなくてすいません; 初、ですか。フィンラケ。 これが私のフィンラケ、最初のきっかけ編です。 私のラケちゃんはこんな感じの子だし、フィンはラケシスには敵わなかったりしてます。でもこの二人の関係は『対等』。どちらかの思いが強いとかはなくて、同じくらいで、潔くきっぱりと。そんな感じかな。 私のフィンラケ像はかなり変なんですが、また書けたらと思いますので、宜しくお願いします。 って今回の話、フィンラケじゃ、全然無いな。むしろフィンが怯えてる(^^; |