『目に見えぬもの』


「……久しぶりだ……」
 緑の木々に囲まれた城門を見上げながら、金色の髪の少年はため息をついた。
 以前、ここを訪れた時はばたばたしていて、とてもじゃないが落ち着いていられる気分では無かったが、改めて見ると存在感があった。それに……昔感じた気持ちが蘇る。
 ……ここは顔も知らぬ、本当の父親の故郷。何故かこみ上げてくる懐かしさがあった。
 何故だろう。ここは故郷ではないのに。
 何故だろう。この緑も城門も酷く懐かしい。ここに来たのは数年ぶり程度のものなのに。
「コープル、こっちこっち!」
 彼は名前を呼ばれて振り返る。そこには緑の髪の少女が大きく手を振っていた。短いショートヘアに大きなリングのピアスが印象的な少女だ。今はこの城の城主の……いずれ妻になる人である。
「フィーさん、お久しぶりです」
「こちらこそ、お久しぶり。顔見せてくれて嬉しいわ」
 コープルが挨拶すると満面の笑みで彼女は答えた。それに思わずコープルは微笑む。苦労症、そんな言葉が似合いそうなこの城の城主オイフェにはぴったりの相手かもしれない。彼女の笑顔を見れば、疲れだって吹っ飛んでしまいそうだ。
「アグストリアへの旅の途中なんだっけ?こちらに来てるって文をくれた時、嬉しかったわ。本当に久しぶりだものね」
「ええ、フィーさんもオイフェさんもお元気でしたか?」
 そう問いつつも、フィーもオイフェも元気である事はコープルにはなんとなく想像がついた。もともと笑顔の明るい少女だが、その明るさは以前の戦いの時のものに比べてずっと幸せそうで温かかった。
 フィーはコープルを城に案内しながら、両手を絡ませて幸せそうな顔になる。
「ええ、元気よ。オイフェ様も最近は大分お忙しくない日が増えてきて、一緒に過ごせる時間が増えたし……」
 ふふっと幸せそうに微笑んでから、彼女はふと思い出したかのようにコープルの顔を見た。そして、今度は違う笑顔で微笑む。どちらかというと、いたずらを思いついた子供みたいな笑顔だった。
「でも、コープルったら、良いタイミングで来たわ。丁度ね、アグストリアに向かう人が来てるのよ。その人、馬に乗れるからコープルも一緒に連れて行ってもらうといいわ。紹介してあげるから」
「そうなんですか?馬に乗せてもらえるのは助かりますけど……」
 でも、フィーの意味ありげな笑顔の意味が分からない。彼女の笑顔は何を意味しているのだろう?紹介するっていうくらいだから、知り合いでは無いはずなのだが……。
 疑わしげなコープルの顔に気がついたフィーはくすくすと笑う。
「心配しなくってもいいって!オイフェ様の古くからのお知り合いだそうだから」
 オイフェの古くからの知り合いと聞いてコープルも納得する。このシアルフィは彼の故郷でもある。オイフェはシグルド公子と共にさまざまな所へ行き、ティルナノグに落ち延びた後、ここへと再び舞い戻っている。だが、昔からの知り合いなら、シアルフィにずっと住んでいてもおかしくはない。
 それから雑談に花が咲いてしばらくその話題から離れていたが、フィーは一つの扉の前で足を止めた。
 コンコン、と扉をノックする。
「オイフェ様、コープルが来ましたよ。入っていいですか?」
「ああ、構わないよ」
 久しぶりに聞くオイフェの声だった。何故か彼の声も聞くと、コープルも安心した気持ちになる。元々は軍師だったからだろうか。
「じゃあ、はいりま〜す」
 フィーは扉を開けてコープルに中に入るように促す。コープルはぺこっとお辞儀して中に入った。
 部屋は書斎で、中ではオイフェと誰かが話しているところだった。
 オイフェの傍で話している人物はオイフェよりもさらに年上で、歳の離れ具合は兄弟くらいなものだろうか。深い緑色の少し縮れた髪に、もう中年だろうにひょろりと背が高くすらっとした体格。雰囲気はオイフェと同じような騎士のものを持っているが、もっとくだけた感じがした。
「コープル、お久しぶりだね」
 オイフェがにこにこと笑う。つい、もう一人の人物に見とれていたコープルは慌ててぺこりとオイフェに頭を下げた。
「は、はい!ご無沙汰しております!」
「うん、元気そうだね。何よりだよ。そうそう、コープル、この人を紹介しなくてはね」
 オイフェは慌てているコープルに微笑みながら、もう一人の人物の方に手を向ける。
「驚くかもしれないけれど彼は……」
 そう紹介しかけたオイフェの口を、紹介されていた人間が手で塞ぐ。
「初めまして、コープル。俺はここの城の古い騎士の一人でユウってんだ。宜しくな」
 そう言って、ユウと名乗った人物はにこにこした顔でコープルに手を差し伸べた。
「は、初めまして」
 コープルは差し伸ばされた手を握り返す。ユウはニコニコした顔でコープルを見ていた。
 だが、コープルは何か様子がおかしな事に気がついた。オイフェとフィーの様子が明らかにおかしい。二人とも、状況が理解できなくて困惑しているようだった。
「な、何を……」
 オイフェは困惑した顔のまま、ユウにやっとそう声をかける。その姿にユウはにこにこした顔のまま手を振った。
「いーの、いーの。オイフェ、そんな顔してると本当にふけこんじまうぜ?」
 笑っているユウの顔はいたずらな少年のような表情だ。あのオイフェが軽く扱われてしまっている。コープルにとってはそれが意外でならなかった。オイフェといえば、コープルにとってはいかなる時も冷静で判断を間違えない軍師と呼ばれるにふさわしい人物だったからだ。こんな風にあしらわれる様子は見たことが無い。
 不思議に思うコープルだったが、その真相は分かる事も無く、きょとんと二人のやり取りを見つめていた。


 オイフェやフィーにもてなされて、トラキアやグランベルの現状など色々話した次の朝、コープルはユウと共に旅たつ事となった。馬に乗せてくれるということで、旅路がずっと楽になる。
「ユウさんはどうしてアグストリアに向かわれるんですか?シアルフィの出身なんですよね?」
 ユウの馬に揺られながら、コープルは彼を見上げてそう問いかけた。特別聞き出そうという訳でなく、ただ旅の話題として持ちかけただけだったけれど。
 だが、その言葉にユウは少し困った顔をして、それからすぐににっこりと笑った。昨日から感じていたが、この人は表情を笑顔で保とうとする人だった。気遣いが並外れているのだろう。
「そうだな。俺の娘が結婚する事になってね。相手がアグストリア人なんだってさ」
 その言葉にコープルはパッと顔を輝かす。自分と同じ理由だったからだ。
「奇遇ですね!僕も姉の結婚式でアグストリアに向かうんですよ!」
「はは、本当に同じだな。でもコープルはトラキア人だろう?随分遠い場所で結婚だな」
 昨日の話でコープルは自分の事をトラキア人であると彼に紹介していたのを思い出す。実際、生まれは片親がシアルフィである事は知っているが母親の出生自体が謎なので、自分が正確には何人なのか知らないのだ。そうなると、当然育った場所の人間と言うのが相応しいだろう。
 コープルからすれば姉のリーンとこれから義理の兄になるアレスは出会った時から恋人同士だったし、あまり深く聞いた事が無い。だが、言われてみれば妙な話だ。しかし、その話をすると自分の事まで話さないといけなくなるだろうか……。なんとなく、その話はするのがためらわれる。コープルは戦争孤児である。何とか姉には幸いにも出会えたけれど、最初は姉弟であることさえ分からなかった。分かったのは両親の名前が一致していた事と、両親を知る人達が似ていると言ってくれた事、それと同じ言葉が彫られた指輪を持っていたことが決め手となった。そのくらいの事である。哀れに思われても嫌だし、実際コープルはハンニバルという偉大な義父にも恵まれ、幸せだったとも言えるのだ。
 コープルは思考を巡らす。相手はオイフェの知り合いだ。何か良い方法は無いだろうか。ぐるぐると色んな事がコープルの頭を回る。そして、一つひらめいた。
「解放戦争の時、僕も姉も参戦していたんです。その時出会ったんです。その相手の人がアグストリアの人だっていうのは僕もすぐには知らなかったんですけどね。ちょっと怖い感じがする人だから」
「ああ、解放戦争の時なのか……。なるほど、それなら納得だな」
「ユウさんの娘さんも同じような理由ですか?」
 コープルの問いにユウは苦笑いした顔を浮かべる。ぱしっと馬を打つ音がして速度が上がる。
「ん〜、聞いた話だとそうみたいだけどな〜。まだ相手にも数回しか会ってねえし、娘自体にも会ったのが凄い久しぶりなんだわ」
 そう言ってユウは自分の頭を指でコンコンと突付いて見せた。
「俺、記憶が十数年ほどすっ飛んでたんだよね。昔の事、思い出したのも最近の話でさ……。俺を探してくれてた嫁さんに会った時も誰だか分かんなくってね。それでも嫁さんは俺の記憶戻そうと必死でずっと付いててくれてたんだよね。最初の頃は何が何だか分からなかったけど、やっぱり覚えて無くっても嫁さんの事好きになったからさ、結婚している話とか子供がいる話とか本当なんだとは思ってたんだけどね。
 で、今はオイフェの事も思い出して、何があったか聞こうとシアルフィ尋ねてみた訳さ」
「……それじゃあ、娘さんとは……」
 記憶が無い、そう話すユウの顔は笑顔だったが、その奥に真剣なものがあるのがコープルには分かった。本当の話なのだ。
「ああ、十数年ぶりに会った。俺の記憶に戻った娘は1〜2歳くらいのちっちゃい子供だったのに、やっと再会したら結婚するとかいう年齢になってるしさ。
 ……それに顔も知らない息子も居る。俺が戦いに出た後に生まれたんだよな。腹ん中居たのは知ってたけどさ。
 嫁さんから聞いた話じゃ誰かお偉い方に預けてて、娘の話じゃ家族と仲良く暮らしてるって聞いてる」
 そう言ってから、ユウは笑顔を崩して深いため息をついた。
「……ま、どっちにしろ父親としちゃ失格だよな。娘は修道院育ちで親が居なかったから素直に喜んでくれたけど……息子の方は立派な義父が居るって話だし、覚えても居ない親なんざ会いたくもねえだろうしなあ」
 ユウの話を聞きながら、コープルは彼の話が自分と良く似ている事に気が付いた。
 修道院育ちで両親を待ち、探しに行く事にした姉。その姉はもうすぐ結婚する。
 義理の父親に育てられていた自分。最初は実父の話さえ受け入れられなかったくらいだった。
 ……親は自分を捨てたと思っていたから。
 踊り子らしい母も、よく分からぬ父も、自分を見捨てたのだと信じて疑わなかったから。
 だが、解放軍に加わって、姉に出会って……そして両親の事を知って。
 ……受け入れられなかった現実を受け止める事が出来そうだと思った。
 自分は決して捨てられたのではなく、望まれて生まれてきたという事を。
 シアルフィに足を運んだのはオイフェに会いたかっただけじゃない。ただ、漠然と父親の生まれた場所に行ってみたかったからだ。まだ見ぬ実父を少しでも知りたかったからだ。きっとユウが居なければオイフェに話を聞いていたに違いない。
 そう、知りたかったから。
 そして、出来ることなら会いたかったから。
 今なら義父も本当の両親も大切に思えるから。
 コープルはユウの顔を見た。彼はその視線に気が付き、心配ないよという風に笑った。
 安心する笑顔だった。落ち着く笑顔だった。
 ……そしてその笑顔はどこか姉に似ていた。誰かを気遣って大切に思う姉に。
 もしかしたら。
 コープルの中で小さな思いが生まれる。
 もしかしたらこの人は……。
「……大丈夫だと思います」
 コープルはユウにしっかりと聞こえる声でそう言った。強く、確信を持って。
「僕も本当の両親は知らないけれど……会いたいって思いますから」
「……ありがとな」
 ユウは大きな手で優しくコープルの頭を撫でた。
 それはまるで小さな子供にするような仕草で……とてもコープルのように大人になった人に対する行動ではなくて……でも、それはとても温かかった。


 アグストリアまでの道中では、世界の話や解放戦争の時の話で盛り上がった。
 特にユウは解放戦争の事が特に気になるようで、色々な事を聞いてきた。特にセリスの事に対しては特別な思い入れがあるようだった。セリスの話を聞いては何か思う所があるらしく、頷くような仕草を見せた。
 考え方が似ていて、話も合い、コープルにとってはとても楽しい旅の連れ合いだった。


「それじゃあ、ここまでだな」
 アグストリアの街に入る城門で、ユウはコープルを降ろした。
「俺は嫁さんに呼ばれてる場所があるんで送っていけなくて悪いな。お前も気をつけて行けよ」
 ひょうひょうとそう言うとユウは笑顔でコープルに手を振る。それに対してコープルは胸が締め付けられる思いがした。
 ……小さな思いはだんだんと大きくなっていた。
 そう、彼が自分の父親なのではないかと。
 オイフェが紹介しようとしたのを止めるように自己紹介したのも、自分がアレクだとばれないために……コープルに辛い思いをさせないためにしたのかもしれない。
「あ……あの……!」
 コープルは去っていこうとするユウの背中に声をかけた。
 貴方は本当は僕の父さんなんじゃないですか?
 その言葉がのどにつかえて出てこなかった。
 否定されるのも嫌だった。肯定もして欲しかったけれど、それも怖かった。
 肯定されたら、その後どういう顔をして良いのか分からなかったから。
「……また、会えますよね?」
 それが精一杯の言葉だった。今言えるコープルの精一杯の言葉。
 その言葉にユウは振り返って、優しい笑顔で答えた。
「ああ、また会えるさ」
 コープルは返事の代わりに大きく頷いた。それが彼の答えだった。
 ユウが再び去っていく。その後姿を見送りながら、コープルは確信に近い思いが胸にあった。
 そう、きっとすぐ出会える。
 今度はきっと、父親として……。


 それからコープルはしばらく城下町で姉への贈り物を探していた。トラキアからの手土産は持ってきていたが、やっぱり新鮮なものも何か贈りたかった。
 果物が良いか、それとも花が良いか、やっぱりそれより形に残るものの方が良いのか。
 物流の悪いトラキアと違ってアグストリアの街は華やいでいて沢山のものが並んでいた。こうなってくると自分の手土産さえも貧相に見えてくるものだ。
 色々悩んだ末にコープルは薔薇の花束を買い求め、城まで向かった。
 大きく見える城にはそう迷うことなく辿り着く。だが、辿り着くのは良いのだけれど、問題はその後だった。まずは取次ぎをしてもらわないといけない。
 ……ところが、城に辿り着いたコープルは城門の前で目を丸くした。そこには姉が立っていたのだ。
 姉は以前戦場で見かけていたような踊り子や簡単な衣服ではなく、上品な服装に変わっていて、元々どこかしら持っていた気品が際立って見えて、これからアグストリア王の花嫁になるに相応しい雰囲気をかもしだしていた。
「コープル!」
 弟の姿を見つけたリーンは彼の元に走り寄った。
「お姉さん!どうしてここに?」
 まるで自分の訪問時間を分かっていたかのように待っていた姉に驚いてコープルは目を丸くした。だが、リーンはふふっと笑う。
「ええ、貴方が来ると聞いたから」
「聞いた?」
「ええ」
 そう笑うだけで、姉は詳細を答えようとはしない。これは問いただしても分からないだろう。姉は結構頑固な性格なのだ。
 先を進む姉の後をコープルはとことこと付いていく。姉はもうすっかり自分の城のような感じで歩いているのが印象的だった。
「あ、そうだ。お姉さん、これ……」
 コープルは先ほど買い求めた薔薇の花を差し出す。姉に似合う色という事でピンク色の薔薇で作ってもらった花束だった。
「ありがとう、コープル嬉しいわ」
 リーンは満面の笑みで薔薇を受け取り、その花束に顔を埋めた。
「……いい香り。本当にありがとう」
 笑顔のリーンにコープルも嬉しい気持ちになった。やっぱり、姉の嬉しそうな顔は自分にとっても凄く嬉しいものだ。
「私、コープルが元気そうで、それだけで十分に嬉しかったのに……ありがとう。嬉しいわ」
 姉の顔は本当に幸せそうだった。
 それもそのはずだろうとコープルは思う。もうすぐ、姉は結婚するのだから幸せいっぱいに違いないだろう。それにアグストリア城下は賑やかで活気のある街だったから、姉はきっとこの場所が大好きに違いない。
「……私、本当に最近良い事ばかりね」
 そう幸せそうにリーンは呟いてから、はっと顔を上げ、コープルの手をとった。
「そう、そうなのよ!コープルにも早く会わせてあげなくっちゃ!」
「え、え?!」
 いきなり姉に手を引かれてコープルは目を丸くした。リーンはぐいぐいとコープルの手をひっぱってどんどんと廊下を進んでいく。
「ど、どうしたの、お姉さん?」
「良い事よ。私だけ独り占めしてる訳にもいかないわ」
 そう言ってリーンはコープルに向かって微笑んだ。

「コープル、来たわよ〜!」
 姉はそう大きな声で言いながら大きな声である扉の前に立ってそう声をかけ、ドアに手をかけた。
「え、本当?!きゃ〜、どうしよう?!」
 中から聞こえた声にコープルは耳を疑った。そして目の前に居るリーンを見る。
 あまりにも姉とよく似ている声。
 驚いた顔のコープルを見て、リーンはくすくすと笑うと扉を開けて、コープルの背中を押した。
「ほら、中に入って」
 押されるがままにコープルは部屋の中に入れられる。そこは応接間のような場所で、テーブルの向かい合わせにソファーが並べてあった。そのソファーの傍で慌てた顔の小柄な女性が立っていた。
 背は姉より低いだろうか。小柄な体格に細い体。おそらく年齢よりも若い顔つき、長い緑の髪を左右おだんごにして、さらに長くたらしている。その髪の色も目の色も……姉とそっくりだった。
 彼女はコープルに近寄ってきて、そっと手をとった。
「……うわあ、こんなに大きくなって……」
 彼女は涙目で感慨深げにそう言った。そしてくるりと後ろを向く。
「ほら!アレク、見てよ!この子がコープルよ!見て見て、こんなに立派になって……!」
 ……アレク?
 コープルの中で目の前の女性の正体が少しずつ確信に変わる。そして彼女が振り向いた先に居たのは……壁にもたれかかって、こちらをにこにこと笑ってみている男性だった。
 ……その人は、つい先程まで一緒に旅をしていた、あのユウ。
 彼はコープルを見て、笑顔で手を振った。
「よう、コープル。少し前ぶり。
 ……まあ、半分ばれてた気がするけどな」
 どくん。
 コープルの胸が大きく高鳴る。
 じゃあ、やっぱりユウは……じゃあ、やっぱり目の前の女性は……。
「ちょっとアレク、それどういう事?!私より先に会ってたわけ?」
「な〜いしょ、ないしょ。シルヴィアを驚かせようと思ってね」
 目の前の女性は彼に向かって怒り出すが、相手はそれを笑顔でかわしている。そんな二人のやり取りを姉は笑ってみていた。つまり姉だけコープルが来る事実を聞かされていたのだろう。
 だが、そんな事はコープルにとっては大した事ではなかった。
 分かった事実の方が何十倍も何百倍も大きい。
 コープルは握られていた手を握り返す。
「……お母さん?」
 その言葉に女性は振り返った。嬉しそうな顔と泣き出しそうな顔が混ざったような表情でコープルを見て、それから思いっきり彼を抱きしめた。
「そう!お母さんよ!貴方の……お母さん!」
 そう言って抱きしめる彼女の肩が震えているのが分かる。コープルは母を抱きとめながら、そのまま視線を上げた。ユウ……いや、父が歩いてくる。そして、そっとコープルの頭を撫でた。
「どうせばれるのに騙してごめんな。改めて……俺はアレク、お前の父親だ。会えて本当に嬉しいよ」
 温かい手と声だった。
 ……ああ、これが……これが僕の血の繋がった家族。
 戦争により引き離されてしまっていた、僕の両親。
 ……ずっと会いたかった人達。
 涙が頬を伝うのをコープルは感じていた。
 涙が止まらなかった。
 話したいことが一杯あった。本当に沢山あった。
 離れていた時間は取り戻せないけれど……それでもこれからは確かに両親は居るのだと。
 それが……何よりも嬉しかった。
「……お父さん、お母さん……」
 コープルは泣きながら言った。
 これだけは伝えないといけないと思ったから。そして何より言いたい言葉だったから。
 だから、言葉を振り絞った。

「……ずっと……ずっと会いたかったです」




終。



50のお題初作品です。趣味丸出しです…!こんな読む人を選ぶ小説、果たして読んでいただけているのか……おまけに想像以上に書くのが難しくて結構端的ですいません;
ずっと書いてみたかったんですよ、アレク&コープル。私はアレシル大好き人間なので…やっぱりコープルのお父様はアレクで……実父と再会があったらどんなのだろう、と思って。
アレクvシルヴィアは一番私の中では生きていると信じているカップルです。ただ、作中に書いたように、なんらかの事情で子供達に会えなかったんだろうなと思います。後、コープルは義父に本当になついているから、実父って抵抗ありそうですしね。だけど、本当は本当の両親にも会いたいと思っていると信じてます。そんな観点から書かせて戴きました。
で、きっとこの後、リーンの幸せを祈って3人でアレスを見張るのです(笑)。
アレス、身内になるから文句言えませんよねえ(笑)。
ああ…姉弟再会話とかアレスvリーンとかもちゃんと書きたいです。でも、なんかいつも書く順序がおかしいですね、私(^^;

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