『恋は大パニック』


「ねえ、リーン」
「どうしたの、フィー」
 進軍中の休憩時間、フィーがリーンに声をかけてきた。母親同士が仲が良かった縁で知り合い、今では母親たち同様に仲良くなっている。
「ちょっとね、相談があるんだけど」
「うん?良いよ、あたしでよければ」
 リーンの返事を聞くと、フィーはがばっとリーンの腕をとり、急ぎ足でマーニャの元へ向かっていく。いきなりひっぱられたリーンは訳が分からない。
「ちょ、ちょっと、フィー?」
「いいから、こっちこっち!」
 そう言うとフィーはマーニャにリーンを乗せ、自分も乗ると天馬を上昇させた。それからフィーは下に顔を向けると、べ〜っと舌を出す。
「どうしたの、フィー?」
 友人の奇行にリーンは驚いた顔をする。それを見てフィーは肩をすくめてみせた。
「リーンは愛されてるの分かってないわねー」
「え?誰に?」
「アレスよ、アレス。ほら、下を見てみなさいよ」
 リーンは言われるままに下を見ると、小さなアレスが見えた。表情などは分からないが動きが苛立たしそうだった。
「リーンに話しかけるとね、アレスが男女構わずにらみつけてくるのよ。
 あたしなんか、何回にらまれたやら。
 リーンと二人っきりになるには、こうでもしなきゃ」
「本当なの?……もう、アレスったら」
 ヤキモチ妬きなんだから…と呟いてから、リーンは話を元に戻す事にした。
「で、フィーの相談ってなあに?二人っきりになりたいくらいだから、大事な話なんでしょう?」
「う、うん」
 そう答えると、フィーはそのまま真っ赤になってうつむいてしまった。
 フィーは何でも積極的にこなすタイプなのだが、実は結構奥手だったりする。リーンは相談の内容が分かってきた。
「分かった、恋の話?」
「う、さすが先輩、よく分かる」
 リーンに図星にされたフィーは苦笑した。先輩という言葉にリーンは目を丸くしたが、そこらへんは否定しないことにした。少なくともアレスとの仲はフィーより先であることには間違いない。
「ねえ……年上の人ってどう思う?アレスもリーンより年上でしょう?」
 フィーの質問にリーンは考える。フィーの好きな人は彼女より年上らしい。だが、それだと該当者がかなりいる。フィーは最年少の部類だからだ。
「そうね。アレスってあんまり年上って感じはしないな。確かにしっかりはしてるけど、子供っぽいし、すぐにヤキモチ妬くし……」
 とりあえず不満を先に述べてから、リーンはにっこりと笑った。
「だけど、一緒にいて楽しいし、大好きな人だと思う。年齢なんて関係ないよ」
「一緒にいて楽しくて、大好き……か。当てはまるな」
 リーンの言葉にフィーは頷きながら考えている。
「ねえねえ、誰なの、相手の人」
 リーンが痺れをきらして、フィーに催促する。その言葉にフィーは耳まで真っ赤になった。
「…………さん」
 フィーが小さな声で相手の名前を言うが、マーニャの翼が風を切る音で掻き消える。かろうじて「さん」だけは聞き取れた。
 フィーが「さん」付けで呼ぶ人は……シグルド軍の軍師でもあったオイフェ、そしてリーフを守り育てていたフィンだけである。
 そしてその上でフィーと仲が良い相手を……というと残るのは。
「オイフェさん?!」
 リーンの言葉に、フィーは真っ赤になった。そしてそのまま俯いてしまう。
「……やっぱり変かな、不釣合いかな」
「そんなことはないと思うけど」
「でも、オイフェさん、大人だし、私はまだ子供で……」
 フィーがひっかかっているのは子供というくくりのようである。確かにフィーとオイフェの年齢差は激しい。親子ほどの差はさすがにないのだけれど。
 相談を受けたリーンとしては順番かな、と思う。
「ねえ、フィー、どうして好きになったの?」
 リーンの言葉にフィーは俯いた。
「あのね、私のお父さん……死にに行ったのバーハラへ」
 それはバーハラの悲劇の事だった。リーンは焦る。その中にはリーンの父親もいるのだ。
「お父さん、子供達に望みを、希望を託すって、お母様、シレジアに返したの。
 お母さん、泣いていた。だけど私達の前では笑おうとしてた。
 お兄ちゃんはお父さんは死んでないって、家を飛び出した。
 そしてお母さんは死んでしまって……お父さんに会わせられなかった」
 一息ついて、フィーは風を吸い込んだ。
「私、お母さんの生き方も、お父さんの生き方もよく分からなかった。
 理解できなかった。分からなかった。
 ……だけどね、オイフェさんに会って変わったの。
 お父さんの話もお母さんの話も一杯してくれた。
 昔、何があったかとか、今、どうして戦っているのか……沢山沢山教えてくれた。
 それでね、お父さんの事、お母さんが一番支えてたんだよって教えてくれたの。」
 そしてフィーは大きく息をついた。
「……それでね、ふと思ったの。
 オイフェさんを支える人って誰なんだろうって……」
「そして浮かんだのが自分の顔だったんだ」
 リーンに言われて、フィーは耳まで真っ赤にしながら頷いた。
「……私、オイフェさんの隣にいたい……」
「そっか……フィーの気持ちはよく分かったよ」
「でもね、でもね、まだ駄目なの!」
 取り乱したかのようにフィーは、あたふたした。
「で、でも、今の私じゃ、全然レベル足りてなくて、教わってばっかりで……!」
「……フィー、肝心な事、忘れてない?」
「肝心な事?」
「オイフェさんとのお勉強、ふたりっきり、じゃないの?」
 少し間があった。
「……あ〜〜〜〜〜!そうだ!!」
 リーンは優しく笑う。
「ねえ、急がなくても良いんじゃない?ゆっくり、ゆっくり絆を繋いでいけば。焦る事なんてないんじゃない?」
「うん、そうだね。えへへ、リーンに相談して良かった。」
 フィーは手綱を引っ張る。
「お礼にしばしの空中旅行をプレゼントするよ」そう言って、フィーはマーニャを空へと駆け出していったのだった。

「フィー、ちょっと調べ物があるから付き合ってくれないか?」
「あ、はい、オイフェさん」
 軍内でフィーとオイフェが一緒にいるのが目撃されるのが、その後、随分と増えた。一緒にいるといっても、何かの調べ物を手伝っていたり、フィーが助手のようにとりしきったりして、いつの間にか、影ではこっそりオイフェ教授とその弟子フィーという話で持ちきりになっていた。
 年長者はついにオイフェに彼女が出来るのかもしれないという期待を、若年者からすると明るい天馬騎士が奪われていくようなものだろうか。
 でもリーンは知っている。
 フィーはあの相談以来、笑う事が多くなった。
 たまに落ち込むこともあるようだけれど、すぐに元気をとりもどしていた。
 リーンとしては父親の事を事細かに知っていたオイフェは尊敬に当たる人なので、その相手を友達が恋しているというのが不思議な感じだった。
 リーンもフィーにもオイフェの心はよく分からなかった。彼がフィーを大切にしている事だけはたしかだったが、女性としてみているのかというと分からない部分があるのだった。
 やはり、オイフェも年齢差を気にしているのかもしれない。それとも、本当にフィーの好意に気がついていないのだろうか。
 だんだんと、思いが募ってくる。それなのに、彼は違うのだろうか。

 リーンは余計なお世話かもしれないとは思いながらも、オイフェに関して調べてみる事にした。
 まずは幼馴染連中から。
「え?!オイフェさまが恋?!」
 ……残念ながら、全員から同じ反応が返ってきてしまった。
 やはりフィーには雲の上なのか?
「……いや、でもちょっと様子が変ではあるな」
 そう言ってきたのはシャナンだった。まともに話せそうな気がする。
「フィーがオイフェの仕事を手伝うようになってから、オイフェがよく笑うようになったよ。前は、顔をしかめて辛い顔をしていることが多かったからね。フィーには感謝しているよ」
 ……さすがにオイフェと長い時間を共有してきただけはある。シャナンの言葉にはオイフェのフィーに対する思いも語られていた。
 リーンは思う。
 後は、告白だけだ!


「告白〜?!」
 フィーが悲鳴を上げる。だが、リーンはずずいっと迫る。
「そうよ、告白しなきゃ、始まらないわ!」
 リーンはこの告白は成功すると踏んでいた。
 まずシャナンの証言。あれは重大だった。オイフェにとってフィーは大切な存在へ変わっていっているのだ。
 だが、フィーはそんなことは知らない。
「告白って言っても何をどう話したら良いのか……!」
「ありのままで良いの。ゆっくり伝えてきなさい」
 リーンは穏やかな口調でフィーの肩を叩いた。その顔は大丈夫といっているようにフィーにも見えた。
 フィーは頷く。
 伝えよう。この思いを。

「オイフェさん」
 書類を調べている最中のオイフェにフィーは声をかけた。
「あの、折り入ってお話したいことがありまして」
 その言葉に、オイフェは書類から手を離し、フィーに向かって微笑んだ。
「どうした、フィー?困っているなら相談に乗るよ?」
 オイフェの優しい一言は、告白する側には結構堪えるものがある。
 フィーは指を握り締めて、覚悟を決めた。
「私、オイフェさんの事が好きです!貴方の隣にいたいんです!」
 はっきりとした明瞭な告白に、オイフェはしばし呆然とした。
 オイフェは頭を掻く。
「……フィー、気持ちは凄く嬉しいよ。だけど、私と君とでは歳が離れすぎている。もっと別の相手を探した方がいいんじゃないかい?」
「駄目です!オイフェさんが良いんです!」
 必ず、話題にするであろう年齢差の話もフィーは切り捨てた。
「……オイフェさんじゃなきゃ駄目なんです。……私では不釣合いですか?」
 我慢してきた涙がぽろぽろと頬を伝って流れた。
 やっぱり不釣合いなのだろうか。
 しくしくと泣き悲しみに沈んでいるフィーに誰かが近づいてきた。そしてゆっくりと彼女の肩を抱いた。
「すまなかったね。フィー。君を傷つけてしまって。
 私も君を大切に思っている。私でも、良いんだね?」
 優しい声だった。フィーの大好きな声だった。
 その人が、自分を受け入れてくれる。それ程、幸せなことがあるだろうか。
「はい、オイフェさんじゃなきゃ、駄目です」
 フィーはそう言って、オイフェの首に腕を回した。


「その後は順調?」
 リーンの声に、フィーはにっこにこの笑顔を返す。
「うん、今度一緒に買い物行くの〜!」
「わ、デートまで決まってて、フィーも隅におけないんだから」
 ふふふっと笑うと、フィーはリーンの手を取った。
「ねえねえ、同じパラディンの男好きになった同士、同盟組まない?」
「同盟?」
「うん、常に情報交換。良かったこととか悪かったとことか!」
「ふふ、なんだかそれも面白そうね」
 リーンとフィーの仲もまたむつまじくなったのである。


終。


フィーvオイフェでございます。オイフェ、ほとんど出てきませんが(^^;。
デルティニ話の後書きにも書いてるんですが、最初のPLAY、オイフェの相手はティニーでした。で、フィーはアーサー。そんな事を当時文通していた方々にお話したところ「オイフェvフィーは良いよ!」と皆様、激しく薦められまして…そういえば会話あるし、やってみようかなあ…とやったところ、お気に入りになってしまいました。薦めてくれた友人達に感謝。薦められなかったら多分やってないよ(笑)。
一応、気持ち的には「太陽と月」の娘達版になってます。仲良しなフィーとリーンが書きたかったのです。んで、フィーにまでヤキモチをやくアレスとか書きたかった(笑)。
なんだかんだ甘ったるいお話でした(^^;

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