『太陽と月』 「あんた、フュリーよね?」 緑の髪の心優しき女騎士に、小柄で可愛らしい衣装を着けた踊り子が声をかけた。確か、名前はシルヴィア。レヴィン様と一緒にいた少女だ。何でも家出中に知り合ったらしい。 「あんた、レヴィンの事、好きなの?」 思いっきり単刀直入に聞かれて、フュリーは戸惑った。何て答えたら良いのだろう。相手は自分が仕える王子なのだ。 シルヴィアは、ふふんと笑う。 「あたしもレヴィンのこと好きなの。だから、隠しても無駄よ。分かるんだから」 「え……」 フュリーは余計に困った。彼女はレヴィン王子が好きだと言う。もしかしたらライバル宣言でも受けるのだろうか。 だが、その踊り子はにっこりと笑った。 「だけどね、レヴィンよりいい男見つけちゃった。だから、あんた気にしなくていいわよ。応援したげる」 ……どうも、厚意で声をかけてくれているらしい。シルヴィアと仲がいい相手というと……確かシアルフィの騎士が彼女の事を気にかけていたか。 どうしよう。本当のことを言うべきだろうか。 「あ、あのね、シルヴィア……」 「なに?」 「あのね、レヴィン様は好きな人がいるの」 フュリーの言葉にシルヴィアは目を丸くした。 「えええええええ?! 聞いてないわよ、そんな話!」 「でも、本当なの」 「誰、誰なの、その人!」 シルヴィアの追及に押されながら、フュリーはなんとか言葉を紡ぐ。 「あのね、マーニャっていう私のお姉様なの。 レヴィン様、昔からお姉様に憧れてらして……」 それにね、とフュリーは続けた。 「私もね、レヴィン様に憧れてたけど……別の恋、出来たらなって思って」 「ふうん、あんたも複雑なのね。お姉さんがレヴィンの憧れの人かあ。そんで、本当にそれで良いの?諦めるの?レヴィンのこと」 シルヴィアは心配と疑いの混ざった顔をして、そう聞いてきた。フュリーはゆっくり頷く。 「ええ、良いの。そうやって気持ちに整理したから」 「……まあ、あんたがそれでいいんだったらいいけど」 シルヴィアは不服そうな顔をしながら、手を伸ばした。 「でも、あたし、あんたと仲良くなりたいから、宜しくね」 「ありがとう。私もあなたとお話してみたかったの。こちらこそ宜しくね」 差し出された手にフュリーも手を伸ばす。そしてゆっくりと握り合った。 「あのね、シルヴィア。私、お願いがあるんだけど」 おずおずとフュリーは切り出す。それにシルヴィアはにっこりと笑った。 「いいわよ、なんでも言って?」 「あのね、私、ずっとシルヴィアの踊り、近くで見たかったの」 「なに?そんなこと?おやすい御用よ」 二人はにこりと笑うと、このまま友達になれる、そんな気がした。 「ね〜、フュリー。プロポーズってどう思う?」 突然のシルヴィアの言葉にフュリーはびっくりした。 「え、シルヴィア、プロポーズされたの?!」 その言葉にシルヴィアは嫌そうな顔をした。どうやら違うらしい。 「……あのね、してくれたら良いんだけど、してくれないのよ」 シルヴィアは手を伸ばして背筋を伸ばす。 「あたし、魅力無いのかな」 フュリーはシルヴィアが言っている相手が誰だか知っている。 シアルフィの騎士、アレクだ。シルヴィアがライバル宣言しないきっかけになった騎士である。 だが、フュリーは知っていた。 アレクはシルヴィアを誰よりも大切にしているし……愛しているのだと思う。シルヴィアも同じように愛情を通わせていた。 「どうしてかしら。とてもお似合いの二人だと思うのに」 フュリーの言葉にシルヴィアは目を細めた。 「……多分、あたしの事、心配してるんだと思う。 バカだからさ……いつ死ぬか分からない騎士では幸せに出来ないとか思ってるみたい」 フュリーはその言葉にため息をついた。 それはシルヴィア愛されている証拠でもあった。 騎士ゆえに生死がどうなるのか分からない。確かに危険性が高い職業だ。シルヴィアの幸せを思うのなら、ためらってもしかたない。 フュリーはシルヴィアの気持ちもアレクの気持ちも理解する事が出来た。 自分がしゃしゃり出て、気持ちの解決に向けたほうが良いのかフュリーは迷った。 シルヴィアは信頼してくれているからフュリーに相談してくるのだ。 だったらしゃしゃり出ても良いだろうか? 「……実はね、裏技使おうかって話があるの」 「裏技?」 シルヴィアはこつこつと指で机を叩きながら、顔は上向けにしてそう話し始めた。 「アイラとノイッシュにも相談したんだ。二人ともアレクと仲がいいし。でね、アレクに洗いざらい吐かせて、あたしからプロポーズ!って作戦」 「……なかなか難しそうな作戦ね」 フュリーの言葉に、シルヴィアも顔をしかめた。 「そう、洗いざらい吐かせられるかが問題なのよね。アレクだし」 「アレクさん、うわべと考えている事、違ってたりするわね、確かに」 シルヴィアの恋人も、肝心な一歩を踏み出すのには時間がかかるらしい。 でも、そうかもしれないともフュリーは思う。騎士は本当にいつ命を失うかもしれない。その悲しみを愛する人には味合わせたくないだろう。 「聞いてくれてありがと。あたし、あたしからプロポーズすることに決めたよ。あたしから言わなきゃ。一緒にいて欲しい人はアレクだけだって」 「そう、頑張ってね、シルヴィア」 シルヴィアはフュリーに話しながら自分で進むべき道を決めたようだ。 フュリーはシルヴィアの強さを羨ましく思う。 彼女には強い決断力がある。それが自分には足りていないのだと、よく思うのだ。 それはフュリーにとって羨ましい事だった。 それから数日後、アレクとシルヴィアの婚約の話が軍内に広がって、フュリーはシルヴィアの試みが成功した事を知った。 友人の幸せを思いながら、自分にはそんな勇気があるのか、それを思うと胸が少し痛かった。 その後、軍内で簡単な結婚式が開かれ、シルヴィアは綺麗な花嫁姿となり、アレクとの永遠の愛を誓った。 そして、次の花嫁に贈られるブーケはフュリーに託された。 本当に次の花嫁になれるのか、自信は無かったが、その気持ちは凄く嬉しかった。 「気になる人がいる?」 シルヴィアが目をキラキラさせて聞いてくる。フュリーはその言葉に頬を赤く染めるとゆっくり頷いた。 「まさか、うちの旦那とか言わないでしょうね?」 笑いながら言うシルヴィアにフュリーは慌てて首を振る。 「まさか、そんなことないわ!アレクさんは確かに優しい人だけど!」 「冗談よ、冗談。フュリーはすぐにそうやって反応しちゃうんだもん。ついからかいたくなるじゃない」 シルヴィアはフュリーに笑いかける。 「アレクが言ってたわ。あたしとフュリーは太陽と月みたいだって。 あたしが積極的に行動する太陽なら、フュリーは夜を優しく照らす月みたいだって。対照的な二人が仲良いんだから面白いってね」 「……シルヴィアが太陽で私が月……。凄く分かる気がする……」 「でしょ。あの人、人を見る目はあるから」 と、そこまで言って、シルヴィアは話がそれたのに気がつく。 「で、誰なの?フュリーの気になる人」 本題に戻ったシルヴィアにフュリーは頬を染めて俯く。 「あのね、お知り合いになったのはオーガヒルの戦いで援軍に向かった時で……」 「え?!まさかブリギッド?!」 シルヴィアが驚いた声をあげるが、フュリーはもっと驚いた顔になる。 「あ、ごめん。ブリギッドかっこいいから、フュリーが一瞬、禁断の愛にはしったのかと思った」 「ブリギッド様は確かに素敵だけれど……」 律儀に返事を寄越すフュリーに、つくづく真面目だなあとシルヴィアは思う。 「……ま、そうなるとクロード神父様?」 フュリーは耳まで真っ赤になるとこっくりと頷く。 「あの人、あれでしょ。あたしくらいの歳の妹が行方不明なんだって。あたし、これでも一応ブラギひいてるし、可能性はあるのよね」 そう言って、シルヴィアはにっこりと笑った。 「もし、フュリーがクロード神父様と上手くいって、あたしが妹だったら……フュリーと義理の姉妹になれるね」 「え……ええええええ?!」 フュリーは真っ赤になってぱたぱたと手を振って否定する。それにシルヴィアは不満げに見た。 「あら、フュリー、あたしと姉妹って嫌?」 「ま、まさか!」 フュリーはそう否定して、また赤くなって俯いた。 「……でも、そうなったらいいな」 「でしょでしょ?!」 二人はにっこり笑いあう。本当に姉妹になれたらどんなに素敵だろう。 「だから、あたし、フュリーの恋愛、応援するね!」 「え……でも、私、どうしたら良いか……」 奥手なフュリーはすぐに戸惑ってしまう。だが、今いるのはシレジア、彼女のテリトリーだ。 「フュリーの好きなものとか、好きな場所とか案内すれば良いじゃない」 シルヴィアの提案にフュリーは、ぱっと顔を輝かす。 「そう、そうね!私にもそのくらいは出来るわよね!」 「うんうん、頑張って、フュリー。何かあったら協力するから」 「……なんかあんまり協力いらなかったわね」 シルヴィアはしみじみと自分のふくらんだお腹を見てから、隣に座っているフュリーのお腹を見る。 シルヴィアとフュリーのお腹はほとんど変わってなかった。 「……あたし、あの神父様がこんなに手が早いとは……しかも真面目ちゃんのフュリーができちゃった結婚になっちゃうとは思わなかったわよ!」 「そう?私、シルヴィアが一緒だから出産とか怖くないわ」 「……ま、それはそうなんだけど」 フュリーは幸せそうだった。フュリーは元々真面目でとても優しい。そんな彼女は穏やかで物静かなブラギの神父に恋をした。二人の恋はとても穏やかで言葉数も多くなかったが、フュリーはクロード神父を献身的に支え、クロード神父はそれを感謝で返していた。 見た目にはフュリーがクロード神父を幸せにしているのだろう。だが、彼女も幸せそうだった。一緒にいると穏やかな気持ちになれると、彼女は幸せそうに微笑んだ。 親友が幸せになったことが嬉しくもあり、寂しくもあった。彼女の瞳には、今、クロード神父が映っているのだから。 だが、シルヴィアの瞳にもアレクが映っている事を思い出して、どっこいどっこいかと思う。 「ねえ、フュリーは子供の名前とか決めてる?」 「ええ、セティとつけようかと」 即答するフュリーにシルヴィアはひきつった顔をした。 「……あの、本当はまだ、レヴィンに未練があると?」 その言葉にフュリーはゆっくり首を横に振った。 「シレジアの一番大切な神様の名前。子供の頃からずっと決めてたの」 「でもセティって名前の子がバルキリーの杖使ってたら笑えるよ」 「ふふ、そうね。でも、やっぱりセティが良いわ」 ここら辺は頑固なフュリーさんである。シルヴィアはてこでも動かない事を知っていた。 「シルヴィアはどうするの?」 「そうね、アレクがねえ、女の子に決まってるって言うからね〜」 シルヴィアはお腹をぽんぽんと叩く。 「リーンが良いんだって。だから男の子だった時の用心に男の子の名前はあたしが考えてるの。コープルにするんだ」 二人は再び顔を見合わせて笑いあう。 この子達に戦いの無い世界に生きて欲しい。 それが二人の一番の願いだった。 ずっと友達のまま、共に過ごせると思っていた。 子供達も友達になれると思っていた。 だが、戦況は最悪を極め、クロード神父の口数が日増しに減っていくと、フュリーが泣きそうな顔をしていた。 そして下される決断。 女性はこれ以上の進軍を認めない。各自故郷に戻るように。 エーディンは先行して落ち延びたオイフェ達の下に向かう事になった。 ラケシスとブリギッドはレンスター方面へ、そしてフュリーやティルテュはシレジアへと戻る事が決まった。 「シルヴィアはどうするの?」 フュリーがおずおずと尋ねる。 「シルヴィアさえよければ、シレジアに……」 「ううん、大丈夫」 フュリーにシルヴィアは微笑んだ。明るく希望を失わない笑顔。 フュリーがシルヴィアに惹かれた、その笑顔。 「あたしはしばらく、ここに留まって、ダーナ辺りで様子を見るつもり。 あたしね、アレク、一番に迎えたいの。だから、ここに残る」 「……じゃあ……」 「……うん、寂しいけど、ちょっとの間、お別れね」 二人の瞳から涙が零れ落ちる。いずれ別れはきただろう。それが早まっただけ。 「大丈夫。あたし、シレジアに遊びに行くから!ね?」 フュリーの手をとってシルヴィアは笑った。太陽のような笑顔だった。 彼女が太陽なら自分は月。淡く照らそう、彼女が道に迷わないよう祈ろう。 「気をつけてね、フュリー」 「うん、シルヴィア、またね」 二人の親友は笑顔で別れを告げた。 歴史は残酷だった。 フュリーの元にはシグルド軍の壊滅の知らせが届き、シレジアも征服された。 シルヴィアがどうなったのかも分からなかった。 フュリーはシレジアの片隅で、息子と後から生まれた娘と共にひそやかに生きていた。 シルヴィアはアレクを探していた。そのために、子供を修道院とトラキアの将軍に預けた。諦めることなく、彼女は恋人を探し続けた。 「あなた、リーンさん?」 リーンは緑の髪の天馬騎士の少女に声をかけられて、驚いた。 「ええ、そうだけれど。あなたは?」 「私、フィー。シグルド軍のフュリーの娘、フィー。 あのね、あなたのお母さんと、私のお母さん、仲が良かったの」 リーンは不思議そうにフィーを見ていたが、彼女の目の輝きを見て、何かを納得したようだった。 「お母さんのお友達の娘さんなのね。あたし、お母さんもお父さんも探しているの。だけど、こんな形でおかあさんの残してくれたものに出会えるなんて……」 「うん、だから私達も友達になりましょう」 明るいフィーの提案にリーンもこっくりと頷く。 「あたしこそ、宜しくね」 時を越えても世代を超えて、絆は繋がっていくのだ。 ずっときちんと書いてみたかったフュリー&シルヴィア仲良し話。 うちのフュリシルは仲好しこよしなのですが、とりあえず、ライバル関係が最初から消滅しているということを前提に始めてみることにしました。 カップリングはアレシルでクロフュリ。クロード神父は手が早いと思っているのは私だけでしょうか。 シルヴィアのプロポーズ計画は昔、アレシル本に書いた出来事です。また改めて書いてみたいな。シルヴィア的には「あたしが好きならそばにいなさい!」だと思うので。 クロフュリの方は、また改めて書こうと思ってます。こちらは穏やかかつ厳しさもあるカプだと思います。でもほのぼの幸せのイメージが強いので。 フィーとリーン、セティとコープル。子供達の絆についても書いていけたらと思います。 |