『鎮魂歌』

 いつもと同じ、シレジアの朝の寒さは地元の人間でも堪える。
 そんな時間帯、両手に花束を抱えた男が、長い緑色の髪を風に揺らしながら、雪が積もる墓地に入っていった。
 何も好き好んでこんな時間に来なくても良いのだが、人目を忍ぶ必要が彼にはまだあった。
 そして、二つ並んだ墓に一つずつ花束を捧げた。
「……すまなかったな、マーニャ、フュリー。今はこうして墓参りしか出来ない俺を許してくれ」
 そう呟く。ここに来ると彼の呟きは、許しを乞うようなものに変わる。
「母の墓参りはしてきたから、心配しなくていい。……良い息子でいられなかったのが今では途方も無く馬鹿だったと思うよ」
 目を閉じる。
 頭の中に浮かぶのはマーニャとフュリーの笑顔。
 いつも笑っていて欲しかった。子供の頃から、ずっとずっと。
 一緒だった。幼い頃は3人で遊ぶのが当たり前だった。
 ……王子という重圧から逃れられる、そんな時間だった。
 勿論、それはマーニャがペガサスナイトになってから、その距離は突然開いた。
 フュリーまでが、自分と距離を置くようになった。
 それは子供でいられた最期の時だった。
 ……マーニャ。ずっとずっと憧れていた。彼女が笑うと可憐な花が咲くようだった。
 ……フュリー。いつもマーニャの傍にいた奥手の女の子。可愛くて、守ってやりたいような、そんな女の子だった。
 二人と一緒にいる時が、本当に心の中で、この凍てつくシレジアの寒さを和らげてくれるような気がした。
「あ、レヴィン様!」
 聞きなれた声がレヴィンの耳に届いた。
 明るくて懐っこい女の子。フュリーの娘だ。
 しかし、おかしなことに気がついた。フィーは確かシアルフィのオイフェの元にいるはずだ。
 里帰りでもしにきたのだろうか?
「あ、やっぱりレヴィン様、いらっしゃいましたよ。もう、こんな早朝しかいないんだから」
 フィーは後方から来る誰かに話しかけているようだった。
 誰だろう。しかし、どうも自分にも会いたかったらしい。
「……本当ね。昔っから人の事、考えたりしないんだから」
 どこかで聞いた声だった。
 ……いや、聞いたというより、もっと近くで聞いていた懐かしい声。
 そんな奇跡があるのだろうか。
 いや、あるはずは……ない。
 ……あるはず……。
 レヴィンの視界にフィーと一緒に緑の髪のツインテールの女性が現れる。
「……シルヴィア?」
 信じられない思いでレヴィンは彼女を見た。
 レヴィンの記憶にある彼女からはいくらか年をとっていたが、きらきらしたその瞳は変わらない。
 彼女はレヴィンを見つけると、にっこりと笑った。
「そうよ。久しぶりね、レヴィン」
「お母さんのお墓参りに来て下さったんですよ」
 突然のシルヴィアの登場にレヴィンは驚いた顔で彼女をずっと見ていた。
「な、なに?もしかして、レヴィンってば、あたしが死んだと思ってたわけ?」
 そう言ってシルヴィアはふくれてみせる。それはあの頃のままだ。
「い、いや……行方知れずと聞いていたから……」
「あたしはアレクを探してたの!今はもう、リーンにもコープルにもちゃんと会って親子してるわよ」
 シルヴィアは……生きていた。リーンやコープルを預け、ただひたすらに夫であるアレクを探して。
 レヴィンは言葉が出なかった。なんて言ったらいいのか分からない。
 生きていて嬉しいのは間違いない事だった。だけど、実感が湧かなかった。本当にシルヴィア?
 レヴィンの顔を見てシルヴィアは機嫌悪そうな顔をした。
「もうっ、全然信じてないわね。嫌になっちゃう」
 くるりときびすを返すと、シルヴィアはフィーに話しかける。
「で、どこがフュリーのお墓?」
「あ、ここです。レヴィン様の前です」
「ん、ありがと」
 そう言うとシルヴィアは無言でレヴィンを押しのけると、フュリーの墓に花束を捧げた。
「……ごめんね、フュリー。シレジアに遊びに行くって約束してたのに……」
 シルヴィアがうつむく。
「……あ……あた…し……自分の事ばっかで……フュリーに会いに来れなかった。
 ……ごめんね、ごめんね……ごめんね、フュリー」
 肩が震えていた。泣いているのだろうか。
 フィーもその傍で涙を流していた。
 ……あまりにも悲しいその再会だった。
 生きているという事は沢山のものを失う事だ。だから新しいものを受け入れることもできる。
 ……でも、分かっていても、もう会えない人に会いたいと思うのは仕方が無い事だろう。
 シルヴィアとフュリーは仲が良かった。それはレヴィンも知っている。
 最初はあまり仲がいいとは言えなかったが、シルヴィアの視線がレヴィンから離れた頃から、二人は親交を深めていった。
 二人とも、緑の髪で、年頃も丁度姉妹みたいに見えて、シグルド達からも優しい目で見守られていた。
 こんな戦争で友情が芽生えるのは良い事だと。
 確かにそうだろう。悲しみしか無い中で生まれた素敵なものだから。
「……俺が、フュリーを受け入れていたら、変ったのかな……」
 ぽつりとレヴィンがこぼした言葉に、シルヴィアが凄い形相でレヴィンに振り返って、その頬を叩いた。
「そんなの、関係無い!
 あたしがアレクを、フュリーがクロード神父を、そしてレヴィンがマーニャさんを選んだのは、なんの間違いも無い事なの!
 本当に好きになったから結ばれたの!
 レヴィンだって、レヴィンだって、マーニャさんが生きていたら、きっと結ばれているでしょう?!
 だから、そんなの、関係無い!!」
 凄い剣幕のシルヴィアにレヴィンはびくっとする。
 だが、シルヴィアの言っている事には間違いが無かった。
 そう、シルヴィアの言うとおりなのだ。
 間違いなんて何もなかった。自分の心に決めた人を選んだだけ。
 レヴィンは頷く。
「……ああ、シルヴィアに言ったとおり、マーニャが生きていれば結ばれていたかもしれないな。
 俺は……本当に彼女が……好きなんだ」
 ずっと秘めていた気持ち。マーニャが秘めていた気持ち。
 時代が違っていたら、きっと騎士と王子の関係じゃなく、普通に彼女と結ばれていただろう。
 でも悔やんでも仕方が無い事だ。もしも、は無い事なのだから。
「……あ、ごめん、レヴィン。あたし……」
 シルヴィアが我に返った顔でうつむく。
「いいんだ。お前が言った事は間違いない事だから」
「レヴィン様……シルヴィアさん」
 二人のやり取りを見ていて、フィーは胸が熱くなっていた、
 どれだけ母が大切にされていたのだろう。伯母はどれくらい愛されていたのだろうかと。
 フィーの言葉にシルヴィアとレヴィンは、はっとなる。
「ご、ごめん、レヴィン。あたし、フュリーとマーニャさんの前で喧嘩しちゃって」
「いや、俺が悪かった。すまない、シルヴィア」
 レヴィンの言葉にシルヴィアは涙でうるんだ瞳で、手をさしのばした。
「じゃあ、フュリーの前で仲直りの握手」
「ああ、仲直り、だな」
 レヴィンはシルヴィアの手を固く握った。
 シルヴィアがふふっと笑う。レヴィンの顔にも僅かにだが笑顔が戻ってきつつあった。
 そんな二人を見てフィーは笑顔になる。
「じゃあ、うちに来ませんか?
 積もるお話があると思いますし、あったかい紅茶、用意しますから」
 その言葉にシルヴィアとレヴィンは顔を合わせてにっこり笑った。
「じゃあ、お邪魔するか」
「うん、そうしよっか」
「じゃあ、ついて来て下さいね」
 フィーが先頭を歩いていく。その後ろにシルヴィアがついていった。
 レヴィンは一息つく。
 そして不思議な感覚に襲われた。
 はっとして振り返ると、誰もいなかった。
 でも、あれば、きっと。
 ……マーニャとフュリーが笑ってる……
 そう感じた。


 終わり



えっとFEでは二年ぶりの小説です;で「書いたのこれかー!!」と言われそうなものです……;
「太陽と月」で、二度と会えない二人を書いたのですが、お墓参りくらいは……・だったらレヴィンもフィーも必須だよな!と。
レヴィシルかレヴィフュリ期待された方がいらっしゃったらすいません。いつもどおりアレシル・クロフュリ・レヴィマーニャです。
個人的にシレジアはレヴィンに復興して貰いたいのです。ていうか、まさかセリスの支配下になるとは思いませんでした(^^;
そんな気持ちと、フュリーとシルヴィアの友情を重ねて……というお話でした。復活初回がコレですいません……;書きたかったのです;

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