『旅の靴』


「ミデェール?!」
「エーディン様?!」
 運命的とも言える再会はヴェルダンで起きた。
 脱走してきたエーディンと合流できたのだ。
 エーディンは、ミデェールの姿を見て涙が出そうになった。
 あの時、一番近くに居て、一番助けて上げる事が出来た人。そして、それが出来なかった自分。
 彼が今、生きている。その奇跡だけでもエーディンにとっては大きな事だった。一度、失ってしまったと思っていた、大切な人だから。
 思わず抱きしめてしまって、困らせたりもした。
 でもそのくらい、エーディンにはとても素敵なことだったのだ。ミデェールが生きていてくれる。それがエーディンの喜びだった。
 ミデェールは気を使ってくれる。森林の中、足場の悪い所は、馬に乗せ、自分が手綱を引いて、誘導した。エーディンに負担をかけまいとする姿勢に嬉しく思った。
 ミデェールはエーディンの足元に気遣う。彼女は攫われた時、サンダルだったのだ。この湿度の高い、苔やシダが茂るこの森を歩くのには、向いていなかった。
 とはいっても、女性ものの靴なんかが手軽にある訳もなく、ミデェールは馬に乗せる、という方法をとっている。
 ミデェールはエーディンが緊張しないように、雑談を交えながらリラックスさせようとしていた。結果的にマーファに戻ってしまうのだが、ガンドルフの恐ろしさを一番知っているのはエーディンなので、本当は連れて行きたくないのだけれど、回復が出来るシスターは軍には欠かせない。エスリン一人に任せられないというエーディンの主張は通った。そして、このような行軍になったのだ。

「大丈夫ですか?」
 心配そうにミデェールが聞いてくる。それにエーディンは頷いた。
「ええ、今は貴方やシグルド様もいらっしゃるもの。怖くはないわ」
 その言葉には嘘偽りはなかった。一緒にシグルドの軍がいる。これだけ安心できるのだ。不思議なものだ。
 マーファ城攻略はそれほど難しいものではなかった。一気に攻め込み、落城した。
 エーディンは皆に守られていたお陰で、怪我する事もなかった。
 また、マーファ城下でも混乱はなく、落ち着いて、買い物も出来るくらいだった。
 なんだか拍子抜けしてしまったが、一度は無理矢理連れて来られた街に、再び来るとは不思議な感じだった。
「エーディン様、買い物にでかけませんか?」
 ミデェールが優しく語りかける。それにエーディンは頷いた。
 ミデェールは靴屋を探しているようだった。エーディンは思う。今履いている靴ではこの土地の気候にも合わない。それにミデェールの様子からすると……まだ戦いが終わっていないようだった。
 そうなると、せめて行軍がしやすいように靴くらいは変えなければならないだろう。
「あ、見つけました。エーディン様、こちらです」
 ミデェールは靴屋の看板を見つけ、エーディンを誘導した。
 そのお店はこじんまりした所だったが、色々な種類の女物の靴が揃っていた。
「すいません。屋外を長く歩くのに向いた靴はありますでしょうか?」
 丁寧にミデェールが尋ねる。それに店の女将はにっこり笑うと、一角を指差した。
「あの辺のは、丈夫に出来てるよ。それに歩きやすいし。まずは試しばきをすればいいさ」
 ミデェールとエーディンは女将の言葉に甘えて、その一角に行く。そこには色々なデザインの靴が置いてあった。もっとも気に入ったデザインの靴が履き心地がいいかというと、そうでもないのだが。
 ミデェールはじ〜っと靴を眺めている。エーディンは自分よりもミデェールの方が、心配してくれているのだなと思う。ミデェールはいつもエーディンの事を思って行動してくれる。
 ……それは、私が姫だから?
 思ってはいけない、その事実を思ってしまい、エーディンは溜息をついた。こんなことで弱気になってはいけないのに。彼は生きていた。生きて、こうして傍に居てくれるのだ。それに感謝しなくては。
「エーディン様、こちらは如何でしょうか?
 比較的、履きやすいかと思うのですが」
 ミデェールが一足の靴を選ぶ。それにエーディンは頷いて、履いてみた。そして歩いてみる。今ひとつしっくりこない。
「そうね、他のも履いてみていいかしら?」
 エーディンの言葉にミデェールは微笑んで、また次の靴を探し始めた。その様子を見てミデェールがどのような基準で靴を探しているのかに気がついた。
 まずは履き心地が良いものを探している。その上で、エーディンに似合うデザインの靴を探しているのだ。靴の種類はそう多くはないものの、その中で取捨選択していた。
「これはどうでしょう?先程のものよりもクッションがきいていて、履き心地も良いと思うのですが」
 ミデェールが薦めてくれた靴は、可愛らしい飾りがついた靴だった。確かに先程の物より、デザインよりも機能を重視した作りになっている。
 エーディンは足を通してみる。今度は履き心地が気持ちよかった。何歩か歩いてみると、心地よく歩く事が出来る。
「この靴にするわ」
 エーディンは満足がいったという笑顔で笑う。それを見てミデェールも微笑んだ。
「お気に召す靴が見つかって良かったです」
「ミデェールのおかげよ。ありがとう」
 エーディンは感謝の言葉を述べた。本当にエーディンはミデェールに感謝していた。
 彼はいつも何かを与えてくれる。
 花だったり、靴だったり、温かい気持ちだったり。
 エーディンはいつか、おかえしがしたいと思った。
 今、このマーファで何かをお礼する事は出来ないけれど、いつか、この大好きな騎士にお礼がしたいと心から思った。
 ミデェールが会計を済ませて、戻ってきた。抱えている靴の箱から、靴を出す。
「じゃあ、エーディン様、こちらの靴にお履き替え下さい。今までの靴は私が別に持っておきますので」
「そうなの?ありがとう」
 エーディンはミデェールの気持ちをありがたく受け取って、エーディンは先程の靴に履き替えた。
「ミデェールは良いの?靴を替えなくても?」
 エーディンは自分の靴だけが変った事に気がつき、ミデェールに聞く。すると彼はふんわりと微笑んだ。
「いいえ。私の靴はまだ丈夫ですし、不便を感じていませんから。
 それよりエーディン様の新しい靴が見つかって良かったです」
 ミデェールらしい答えだった。ひかえめで、優しくて。
 エーディンは、改めてこの騎士の優しさと思いやりに惹かれた。
 一緒に居て優しくて温かな気持ちをくれる人。
 ……大好きな人。
 この戦いで引き離されて、死んだかもしれないという不安を感じて、そして再び再会できて。
 やっぱり、自分はミデェールの事が好きなのだと思う。この温かな気持ちは本物なのだ。
 ……いつか、彼に姫ではなくエーディンとして見てもらえたら……。
 そう思うと胸が痛くなるのだ。私達はあくまで騎士と姫なのだから。


「あら、可愛い靴。どうしたの?」
 やっぱり女の子のエスリンがエーディンの靴の変化に気がついた。エスリンとは幼馴染できのおけない相手である。彼女がエーディンの変化に気がつくのは当たり前といえば当たり前かもしれなかった。
 エスリンはくすくす笑いながら話しかけてくる。
「ねえ、エーディン。それってやっぱり、あの緑の長い髪の人が選んでくれたの?」
 そう言われて、エーディンは耳まで真っ赤になってしまった。何故、ミデェールが選んでくれた事をエスリンが知っているのだろう。
「あら、真っ赤。図星だったみたいね」
 エスリンはエスリンで、自分の推理が当たった事を確認している。どうやらあてずっぽうだったらしい。
「でも、良かったじゃない。好きな人が選んでくれたんでしょう?」
 その言葉にもエーディンは真っ赤になる。それ以上言葉が返せなかった。
 真っ赤になる一方で、それ以上の反応を見せないエーディンにエスリンはむくれてみせた。
「私、エーディンの好きな人、あの緑の髪の長い男の子だと思ってたんだけど違うの?」
 露骨にそう聞かれてエーディンはまた真っ赤になる。そしてこくんと頷いた。
「……ええ、ユングヴィに居る時から……ずっと」
 なんとか、そう返す事が出来た。
 それを見てエスリンはにっこりと笑った。
「じゃあ、良かったわね。大好きな人に選んでもらって」
「うん、良かったわ」
 やっとエスリンとエーディンは笑いあう事が出来たのだった。
 そう、好きな人が選んでくれた靴なのだ。大事にしなくては。
 エスリンと笑いながら、自分の中で大きくなるエーディンの恋心が嬉しくもあり恥ずかしくもあった。



終わり。


ミデェールvエーディン第二弾です。この二人を書いているとほのぼの癒されます。癒し系。
書きながら、こんな靴買うとか大した話じゃないというか内容が無いような話ではあるんですが、このなんでもなさが良い感じです。この二人らしくて。のんびり、ほのぼの、スローペース、小さい喜びをめいっぱい喜ぶ、そんな感じのカプです。スピッツのチェリーみたいな。愛してるの響きだけで強くなれる気がしたよ。ささやかな喜びを潰れるほど抱きしめて♪

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