『優しいまなざし』


「君、新しく入ったって子?」
 優しい響きの声にコープルは顔を上げた。優しい面立ちの……だけどそれでいて意志の強いそんな印象を受ける青年だった。
 ……なんだろう、初めて会った気がしないのは。
「はい。コープルって言います。プリーストですけれど、皆さんのお役に立てるよう頑張ります!」
「プリーストか、いいね。本当は僕もハイプリーストになるつもりだったんだけどね。なんか間違っちゃったみたいだ」
 そう言って青年は苦笑した。確か彼はセイジだったように思う。何故、そんなにプリーストが良いのだろう。
「私はセティ。セティって名前だけれど、一応ブラギの直系なんだ」
 ブラギの直系と聞いてコープルは驚く。コープルもブラギの神父なのだ。
 セリス軍は凄いと聞いていたが、まさかブラギの直系の血筋を持つ人に会えるとは思っていなかった。
「じゃ、じゃあ、もしかしてバルキリーも?」
「うん、ちゃんと受け継いでいるよ」
 セティはにっこりと笑うと、見事な杖を見せてくれた。細々と細工されている、美しい杖で、コープルは目を奪われてしまった。
「セ、セティ様!僕……お役に立てることがあれば、なんでも言ってください。頑張ります!」
 コープルの言葉にセティは苦笑する。
「いいよ、セティで。同じ軍の仲間なんだし」
「え……で、でも……せめてセティさんって呼ばせてください」
「分かった、いいよ。君もブラギの祝福を受けているね。僕の親戚なのかもしれない。仲良くしてくれるといいな」
「そ、そんな……!こちらこそ宜しくお願いします」
 コープルは改めてセティの洞察力に驚く。コープルだって自分がブラギの血を引いているのは洗礼を受けた時に知ったのである。見ただけで分かるとはさすがエッダの当主となるべき人だ。
 コープルはこの出会いを神に感謝した。師と仰げるような人に出会ったと思った。
 いつかは彼のように杖だけでなく魔法も使いこなせるように……。そう願った。

 その時は思いのほか早く来た。
「おめでとう、コープル。これからはハイプリーストだね」
 セリスからの祝福の言葉にコープルは胸を高鳴らせる。
 ついに、あの人に……セティに一歩近づいた気がした。それが嬉しかった。
「これ、私からのお祝い。ラナ、持ってきてくれるかな?」
「はい、セリス様」
 セリスに呼ばれてラナが一冊の本をコープルに手渡した。
「……ウィンドの書?」
「うん、そうだよ。これからは、君にも前線に来てもらおうと思う」
「前線、ですか?!」
 思いもよらない言葉にコープルは驚いた。今後もラナ達と後方支援だと思っていたのに、前線に出れるとは……。
 でも、それなら、あの人の隣で戦える。
「まずは、闘技場で練習してみてよ。君なら、難なくクリアできると思うよ」
「はい、ありがとうございます」
 セリスとラナにおじぎをし、コープルはウィンドを携えて、初めて闘技場に足を向けた。
 戦える日が来るなんて思っていなかった。
 これなら父さんの力になれる。アルテナ様の力にもなれる。
 わくわくと胸を高鳴らせ闘技場に向った。
「あ、あれ?あんた、闘技場行くの?」
 闘技場に向う道で、パティに会った。コープルはパティがちょっと苦手だった。歳も大して変わらないのに、子供、子供と言うのだ。自分だって子供のくせに。そう思っても、パティには世話にならざるをえなかった。
 杖の修理代が無いからだ。だから盗賊のパティに軍資金を分けてもらう。その度、子供、子供、とバカにされ続けていた。
 でも、そうだ。これからはパティの世話にならなくても良いかもしれない。闘技場で稼げれば、杖の修理代くらいなんとかなるからだ。
「あのね、セティ様が戦うんだってさ。あんたも闘技場行くなら見に行かない?」
 そんなパティの口からでたのは、思いもよらぬ誘いの言葉だった。
 コープルがセティを勇者と呼ばれていたのを知ったのは最近だった。
 それにセティは前線、コープルは後方援護、時々言葉を交わすこともあったが、それは数少なかった。
 だが、コープルの耳に入ってくるセティの噂話はかっこいい話ばかりだった。
 どんな戦い方をするのだろう。興味を持った。
「うん、僕も行くよ」
「そう、じゃあ、あたしについてきて」
 先導するパティの後ろをコープルはついていった。

 闘技場はとても賑わっていた。パティが押し込んで連れてきてくれた席は闘技場の中を一望できる所だった。
「では、試合を始めます。挑戦者はセティ!」
 セティの名を呼ばれて、コープルはどきどきした。
 あの優しい目の勇者はどんな風に戦うのだろうか。
 闘技場の奥から、セティが現れた。手にはライトニングの書を持っていた。
 光の勇者。そんな言葉がコープルの脳裏をよぎった。
 セティの戦いぶりはそれは見事だった。
 高い魔力から生み出されるライトニングは敵をあっという間に殲滅してしまう。魔力が高いだけでなく、セティは素早かった。攻撃を受け流して、魔法を叩き込む。そんな戦闘スタイルだった。
 ……僕もあんな風に戦えるんだろうか。
 さっきまで楽しみだった闘技場が、怖いものに変化してしまっていた。
「さっすが、セティ様ってとこね!
 あんたも出るんでしょ?あたしがここで見ていてあげるね」
 笑顔でコープルを送り出すパティに、少々肝が冷える。
 パティの前では無様な戦いは出来ない。
 頑張ろう、心に誓って、コープルは闘技場の受付に向った。
 出番が来るまでの間、コープルは魔法の感覚を試していた。コープルはセティに比べれば魔力は劣る。しかし、他の面では並べるかもしれないと思った。
 不思議な事に魔法が手に馴染む。前から使い方を知っているかのようだ。
 コープルは左手の中指につけたお守りの指輪に願いを託す。
 どうか、力を貸してください。父さん、母さん。
 そう祈ってから、コープルは闘技場の中へと向っていった。

 無我夢中で戦ったコープルに与えられたのは絶賛の拍手だった。
 コープルは必死で、何をしていたのかは記憶に無いが、挑戦者の挑戦を全部退けた。
 初めての戦いで、初めての魔法で。
 セリスが言っていたのを思い出す。コープルなら前線に出る事が出来ると。
 闘技場での結果を見て、その言葉の信憑性が高まった。
 確かにこれなら前線に出ても大丈夫だろう。
 感動が冷めやらぬコープルに明るい声が聞こえてきた。
「いやー、びっくりしちゃった。あんた、結構強いのね」
 パティだった。そして、その後ろには何故かセティもいる。
「セ、セティさんも見てたんですか?!」
 コープルは恥ずかしくなって俯いた。先程見たセティとは比べものにならないからだ。
 だが、セティは穏やかな目でコープルを見た。
「おめでとう、コープル。ウィンドは私が初めて覚えた魔法なんだ。君が使っているのを見たら、色々な事を思い出したよ。これから、前線に出るんだって?心強い仲間が増えて嬉しいよ」
 コープルからしたら、セティのその言葉の方が嬉しい。
 認めてもらえたのだ。セティに。
 前線に出ても、きっと大丈夫だ。
「え?あんた、前線に出るの?大丈夫なの、それ」
 パティの言葉にコープルは胸をはった。
「もうパティにはお世話にならなくて済むよ。自分で稼げるようになったからね」
「まあ、可愛くない。今まで、面倒みてやったのに、なによ、その言いざま」
 パティはぷぅと頬を膨らませたが、コープルは明日からの戦いに自信を持つ事が出来た。
 きっとセティの隣で戦えるハイプリーストになる。
 コープルはそれが何より嬉しかった。

 セティはずっと見ていた。自分がなるはずだった、ハイプリーストになったばかりの少年を。
 不思議な感覚だった。
 初めて会った時と同じ感覚。
 初めて会った気がしなかった。
 そして……なるべき自分を彼に見たような気がした。
 自分が歩めなかった道。父と同じ道。
 ブラギの直系であるのに、賢者となってしまった自分。
 どこか重なるものがあった。
 それからも、時折コープルの事を見ていた。杖を使って皆の回復に追われていた。後方支援も頑張っていた。
 そして、今、コープルは父と同じハイプリーストになった。
 だけど、違っていた。コープルの戦い方はセティ自身とよく似ていた。
 素早く的確に魔法を放っていた。本人は初めてだと言っていたが、元々の才能もあるのだろう。こんなに攻撃的なハイプリーストは見たことが無かった。
 初めて思った。父とは違うのだと。
 コープルはコープルであり、父のクロードとはまた違うのだと。
 どこか、羨ましい気持ちを持っていた。でもその気持ちは消え去った。
 勘違いだったのだ。
 そして、自分の進んだ道もまた決して間違いではないと。
 共に戦場に立つ時、彼はどんな顔をするのだろうか。
 それがセティには楽しみに思えて仕方が無かった。

 その時は、意外と早くやってきた。
 敵兵に杖使いがおり、魔法に強い者が選ばれた。
「……で、セティとコープルは南側から攻め込んで。
 セティはサイレスとリザーブ、コープルはスリープとリブロー。魔法は一番使いやすいものでいい。私達は東側から攻撃を仕掛けるから、その手助けを優先して欲しい」
 セリスの指示はそういうものだった。
 騎馬のセリス達とは違い、歩兵であるセティとコープルは援護部隊という形になった。
 それが適切な作戦だとセティは思う。
 サイレスとスリープがあれば敵の動きはかなり封じられるし、遠方からの回復も行える。
 セティはライトニング、コープルはウィンドがある。仮に攻められても迎撃は十分可能だ。
 そして、作戦通りに二人は位置についた。
「大丈夫かい、コープル。緊張してるかな」
 セティの気遣いにコープルはにっこり笑って見せた。
「大丈夫です。闘技場と同じようにはいかないだろうけれど、でもちょっと自信がつきましたから」
 コープルの表情は凛々しかった。彼の本当の父親は騎士だといっていた。
 ……母と同じ目だった。
 なら、きっと自分も母の目を持っているのだろう。
 セティはライトニングの書を握り締めた。
 セティの知っている母の目は優しいものだった。温かく、そして強い目。
 父のクロードは不思議な目をしていたという。
 憂いているというか悟っているというか……そんな瞳だったと。
 これから戦いだというのにセティは自分の目が気になった。
 どう映っているのだろう、自分の目は。
 かつて勇者と呼んだ人たちは、そして今目の前にいるコープルは。
 ……死地に向った……その父を探している自分の目は。
「……優しいですね、セティさん。凄く優しいまなざしを持ってる」
 コープルがまるで考えていた事を知っていたかのようにそう言った。
「セティさんと一緒に居ると不思議と安心するんです。えへへ、甘えちゃダメですよね」
 そう言って、コープルは笑った。そんな彼がセティにも安心を与えてくれた。この少年がセティに与える影響はとても大きかった。
 彼は母の親友の息子だということが分かっている。
 母もこんな気持ちだったのだろうか。
 セティは笑った。
「ありがとう。私も心強いよ」
「嬉しいな、セティさんにそう言ってもらえるなんて」
 コープルは照れたように笑った。
 ……彼になら、彼になら、いつか自分の心うちを全部話してもいいと思う。
 いつかエッダの当主となるその前に。
 叶うなら彼にもコープルにも来て欲しい。その事を伝えるために。
 セティは隣に立つべき友を見つけた。
 小さな……優しい金色の髪の少年に。
 彼も持っている優しいまなざしと共に。

終わり。


一旦切る事にしました。次はエッダの項目でセティの矛盾とコープルとの絆を書けたらと思います。
なんかこのままだと、ぐだぐだ続きそうだったので、読みにくいかなーと思いまして。
あと、別項目でコープル×パティでも書けたらなーと思っております。コーパティも面白そうなんで。
コープル→セティのようで、最終的にはセティ→コープルになるお話ですが、「エッダ」に続きますので宜しくお願いします。

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