『花束を貴女へ』


 穏やかな朝の日差しが、温室内にも差し込んでいる。
 それに目を細めながら、目的の場所へと足を運んだ。
 目的のものは薔薇だ。ちょうど薔薇の季節で、色とりどりの薔薇がユングヴィ城の温室には咲いている。
 ここまで規模の大きなものは、そうは無い。これはひとえに、花が大好きな公女エーディンのためだろう。
 そんな温室にミデェールは足を運んだ。今日は、エーディン様の部屋に花を届ける日だ。
 ミデェールは楽しそうに花を見比べる。今日はどんな組み合わせにしよう。エーディン様が喜ばれる、そんな花を届けたい。
 ミデェールは外見が女性的で、実際、何度も色々な人に間違えられてきたものだ。まあ、公女付きの騎士が女騎士というのも珍しくはないので、そう思われても仕方が無いのだが。
 そんなミデェールは実は花の見立ても上手かったりする。エーディンが自分で選ぶよりも彼に任せるようになったのは、コーディネートの上手さもあった。
(今日は白とピンクの薔薇が綺麗に咲いているな。この二つをメインに花束にしていこう)
 そう思うと、ミデェールは花の見立てに入る。
 花の大きさ、形の美しさ、色の映え具合、全体的な容姿の良さ。それを見極めながら、花を一つ一つ選んでいく。
(今日の花は可愛らしい感じになりそうだな)
 そう思いながら、ミデェールは一つの花束を作り上げた。
 エーディン様は喜んでくれるだろうか。彼女の笑顔が見たいがために、この花束づくりは真剣になってしまう。
 今日の花束の出来合いは、まあまあといったところだろうか。白とピンクを混ぜた色合いが気に入ってくれると良いなと思う。
 ミデェールはうきうきする気持ちのまま、エーディンの部屋に向かう。彼女の部屋の花瓶に飾るためだ。
 時々、女官とすれ違う。今日の天気の話とか、薔薇の話とか、穏やかな会話だ。
 ミデェールはエーディン付きのバイゲリッターであるため、出陣していないが、君主たるリング卿とその息子アンドレイ公子は部下を引き連れ、イザークの戦場に立っている。
 その分、確かにユングヴィは保守力が弱くなっている。
 だからといって、早々の大事もあるまいと、考えていた。誰もが。
 エーディンの部屋をノックする。
 だが返事は返ってこなかった。
 ここにいなければ、いる場所は見当がつく。
 だが、この薔薇の花束の一部はエーディンの部屋用のものなので、飾らなければならない。
 公女の部屋に入ることは一介の騎士には出来るはずも無い。
 ミデェールは近くの女官を呼んで、薔薇の一部をエーディン様の部屋に飾って欲しいと頼んだ。

 エーディンが居る場所、それは外のテラスだ。
 彼女はそこにあるテーブルに花を生け、紅茶を楽しむのが習慣だった。
 ミデェールはいつものテラスに向かう。そして、そこでエーディンを見つけたのだった。
「エーディン様、今日のお花です」
 そう言ってミデェールはエーディンに歩み寄ると、優しく微笑んだ。
 エーディンも優しい笑顔を返す。
「ありがとう、ミデェール。今日は白とピンクの薔薇なのね」
 エーディンは花束を受け取ると、その香りを楽しんだ。
 それから花瓶の方に向かうと、一輪一輪丁寧に生けていった。
 生け終わってから、エーディンは目を輝かす。
「まあ、なんて綺麗な薔薇なんでしょう。ミデェールの見立てはいつも最高だわ」
 嬉しそうにそういうエーディンにミデェールの心も嬉しくなった。
「ミデェール、今日はね、ちょうど薔薇のお茶を用意したの。
 一緒に飲みましょう?」
「はい、エーディン様」
 二人はテーブルに腰をかけ、エーディンが紅茶を入れる。そして、ミデェールへと手渡した。
 カップから花の甘い香りが広がってくる。
「うわあ。いい香りですね」
「ええ、それと少しお砂糖を入れたほうが美味しいのよ」
 そう言って、エーディンは紅茶に砂糖をほんのり入れ、かきまぜる。
 ミデェールもそれにならって、砂糖を入れた。
「では、いただきます」
 ミデェールは口をつけて、その紅茶の薔薇の華やかさや香りや気品さを一気に感じた。まるでエーディンのような紅茶である。
「……美味しいです」
 ミデェールは微笑むと、エーディンにそう告げた。
 エーディンも嬉しそうな顔になり、ほわっと頬を染めた。
「お父様やアンドレイはお元気かしら」
 お菓子を取り分けながら、エーディンはそう呟いた。
「大丈夫ですよ。シアルフィのバイロン様もご一緒ですし」
 ミデェールはそう言ってから、頬をかく。
「皆さんが必死に戦っておられるのに、私はこんなにのんびりとしてしまって」
「まあ、そんなことはないわ。私、ミデェールとの朝のお茶が一番の楽しみなのよ」
 そう言ってからエーディンは頬を赤く染める。思わず本心が出てしまった。
 エーディンは、この優しい騎士が好きだった。
 優しくて穏やかで温かな気持ちをくれる人。
 いつもエーディンの事を一番に考えてくれた。それが、例え、君主と騎士の間の関係であろうとも構わなかった。
 イザークへの挙兵の時は、ミデェールが選ばれはしないかと、心を揉んだものだ。
 彼は、ここに残り、今も彼女の目の前で優しく微笑んでいる。
 幸せだった。こんな時間が続けば良いのに。
「ねえ、今度、シグルド様をお招きしてお茶会を開こうと思うの。
 シグルド様もお父様がいらっしゃらないから、お忙しいでしょうし、息抜きになるのではないかと思って」
「それは素敵ですね。では、シアルフィに書状を届ける手はずを整えましょう」
 エーディンの提案にミデェールはにっこりと微笑む。彼女の気配りがとても嬉しいようだ。ミデェールも十分に気配りが上手だと思うのに。
「その時は素敵な花をお願いするわ」
「はい、お任せ下さい。エーディン様」

 ミデェールは思う。エーディンがもっと笑ってくれたら良いと。
 エーディンは思う。ミデェールがもっと笑ってくれたら良いと。

 穏やかな午前中のひととき。
 二人にとってはとてもとても大切な時間。
 いつまでも崩れる事なんて無いと思っていた時間。
 優しく、温かい、大切な時間。

 これが数日後には破られる事になる。


終わり。


好きなのに全然書けてないミデェールvエーディンです。
大好き。ほんわか陽だまりカップル。子世代のレスター&ラナが大好きなのも、きっかけはこの二人のお子様だからでございます。
一番最初にくっつけたカップルです。もう、再会した時に「この二人しかいな〜い!!」となっておりましたです、はい。で、4章の会話で感動。勇者の弓はミデェールのものですよ、ええ!
大好きな二人なのです〜v

★戻る★