『夢の終わり』


 僕にとって、君がとても大切な人だということに。
 気がつけば、君はいつも僕の隣にいてくれた。
 独りぼっちになって、捕まって、どうしたらよいか分からない僕に、君は手を差し伸べてくれた。
 一緒に、レイやティーポを探してくれると言ってくれた。
 そう、再会した時も君は変わらない笑顔で受け入れてくれた。
 いつも僕を信じてくれた。
 いつも傍で笑ってくれた。勇気付けてくれた。
 だから君は僕にとって大切な大切な人なんだ。
 いつも笑っていて欲しかった。
 君の笑顔が大好きだったから。
 君が僕のことで辛い思いをしているのをもう見たくないと思ったから。
 もう悲しませたくないと思ったから。
 君がとてもとても大切だったから。


 風が穏やかに吹いていた。
 新緑の香りと、朝のすがすがしい気持ちを乗せてウインディアの風は今日も風車の音色がにぎやかに響いている。
 いつもと変わらない朝。
本当にそうだろうか?何か大切なものが欠けてはいないだろうか。
毎朝のようにそう思うが、答えは見つからなかった。
 金の髪の少女は、着替えを済ませると朝の食事もそこそこに済ませ、資料に目を通す。
 今日は取り調べの日だ。
 何を考えているのやら、大胆不敵にもこの城に盗みに入ったものがいるというのだ。
 この守備で固めたウインディア城に忍びこもうだなんて随分と大胆不敵な輩だ。
 しかし、守備隊を振り切るくらい素早い者だったそうだ。あまりの身のこなしの早さに捕まえることも諦めかけたという。捕まえられたのは、肝心の所で転んだかららしい。
 ……マヌケな者のようだ。
 彼女はこの城の王女で、政策・治安関係等の取締りには厳しいので定評がある。
 勿論、こういう取り調べも自ら行っている。
 報告を読んで、彼女はなんだかこの侵入者に興味がわいた。
 兵士たちを振り切れるほどの腕前を持ちながら、自ら捕まってしまうなんて、一体どんな泥棒なのかしら。
 当然の思いでもある。
 彼女はその足を牢屋へと進めた。
「ニーナ様、こちらです」
 牢番の兵士に導かれて、彼女はその侵入者と対面した。
 彼女より十歳ほど上になるのだろうか?二十代半ばといった風貌で、長い金の髪を後ろで結んだ長身の青年だ。
 そして、何より特徴的なのは、虎を思わせるような表情に体格、長いしっぽである。顔は俯いているので確認は出来なかったが。
 確かに、この風貌なら兵士くらい振り切るのは容易いかもしれない。
 そう感じるような風格の持ち主だった。
 だが、それ以上に感じるものがあった。
 ……言い切れぬような懐かしい思いがあった。
 そんなはずはなかった。こんな風貌の人物には未だかつて会ったことはない。
 ニーナは改めてその人物を見ようとした時、向こうが俯きがちだった顔を上げ、大きくあくびをする。そして、なみだ目で彼女を見た。
 捕まって、これから取調べを受けるというのに、寝ていたらしい。一体どういう神経の持ち主なのだろうか。
「……ああ、あんたがここの姫さんか」
 彼は、その青い瞳をニーナに向ける。そして、じっと見た。
「……そうですけど。私がどうかしましたか?」
 ニーナの言葉に青年は考えるような仕草をして、首を大きく横に振った。
「ん。いや、なんでもねえ。取調べ…だったっけか?」
 青年はニーナの方に向き直ると、彼女の向かい側にある椅子にどかっと腰を下ろした。
 そのあまりにも大きな態度に、兵士たちがいさめようとするのをニーナはなだめる。
 やっぱり知っているような気がする。
 そんな気持ちを抑えながら、ニーナは彼へと尋問を始めた。
「……レイさんと言いましたね?
あなたが盗った物はパンに干し肉…。まさかそんなものを目当てにここに忍び込んだわけではないですよね。何の目的で忍び込んだのですか?」
 ニーナは資料にもう一度目を走らせながら、そう青年に尋ねる。盗んだ品目は、まるで普通の家に、食べ物欲しさで盗みに入ったようなものである。それが目的で城まで忍びこむとは思えない。
 青年はその言葉に苦笑いを浮かべた。言われたくないことだったらしい。
「……ゆかいだねえ。そいつはいつもの癖だったんでね。目的は……まあ、果たせたかな」
「目的は果たせた?どういうことです?」
 青年の言葉にニーナは眉をひそめる。一体、何が目的だったというのだろう。
 その言葉にレイは困った表情をした。説明に悩んでいるらしい。
「……いや、言ったら姫さんが気ぃ悪くするだろうしな」
「構いません。正直に話してください」
 きっぱりと言い切るニーナに青年は苦笑した。話すまで、解放はしてくれそうにない剣幕だった。
「……ちょっと姫さんの顔を見たくなってな。正面から面会頼んでも無理だし、忍び込むしかねえって思ってさ」
「私に?」
その回答にニーナは面食らう。今まで会ったこともない人物が、一体何故自分に会おうというのだろうか。
「変な話なんだが……ずっと心にぽっかり穴が開いているような感じでね。
 今までと何の変わりもねえ気がするのに大事な何かを忘れているようでさ。
 妙にウインディアとその姫さんが気になってさ、会ったらなんか分かるんじゃないかと思ってね。
 ……実際会ってみて何にも分からねえけど……やっぱり初めて会った気がしねえんだよな」
 青年はしきりに首をかしげる。どうしても納得がいかないようだった。
 ニーナも不思議な感じがした。
 彼女も同じ事を感じていた。毎朝、何かが欠けているような気がした。何かを忘れている気がした。
 そして、このレイという人物に会った時、懐かしいような気持ちに襲われた。
 そして、向こうも同じように感じているらしい。
 私たちは、何か同じものを失っていると感じているのかもしれない。
「……今回は不法侵入と窃盗罪の二件です。一週間、この城で労働の後、釈放します。いいですね?」
 ニーナは事務的にそう告げる。彼は、やれやれといった顔をした。話を信じてはもらえなかったなといった表情だ。
 ニーナは立ち上がると、去り際に彼の方へ振り返った。
「それから、私もあなたと同じ事を感じていました。
 門番に伝えておきますから、これからは堂々と門から入ってきて下さいね。
 私もあなたに会うことで、何かを思い出せるような気がします。また、お会いしましょう」
 青年は驚いたような顔をしたが、すぐに納得のした表情になり、にっと笑った。
 それがYESの答えだということを、何故かニーナには分かった。
 ニーナは笑顔で牢を去る。
 何かが少しだけ変わってきた気がしていた。


 きっとティーポは今の僕と同じ事を考えたんだろう。
 見守ることは寂しいけれど、大好きな人たちが平穏に笑って暮らせるのならそれはきっと素敵なことだから。
 ドラクニールの長老は僕に女神と戦うかは自分で決めるように言っていた。
 女神と戦うことだけが正しい道ではないということ。
 見守ることだって、正しいといえること。
 僕のことはみんな、覚えてはいない。
 ニーナもレイも、きっと僕のことを思い出すことはないだろう。
 でも、それでも良いんだ。
 だって、もう誰も竜族のせいで泣かないで済むんだ。悲しまないで済むんだ。
 強い力におびえることも無いんだ。
 君は言ってくれたよね。
 リュウは悪い竜じゃないって。
 その言葉は本当に嬉しかったよ。
 だけど僕はきっと悪い竜だと思う。
僕は何人もの命を平気で奪ってきた。人を沢山傷つけたんだ。
 だけど、僕がこのエデンで生きるのなら、もう誰も傷つけないで済むんだ。
 僕一人がいなくなっても、誰かの人生が変わるわけじゃない。
 だからいつも見守っている。
 幸せを祈っている。
 僕の大好きな人たちがいつも笑ってくれるように。
 君がいつも笑顔でいてくれるように。
 ずっとずっと、見守っているから。
 思い続けているから。
 それが、決して届かない思いであったとしても。
 祈り続ける。
 このエデンで。



 BAD ED話です;;でもこれを書かずには3リュウvニーナは書けそうに無くて。
 一度は書いてみたい話だったんです。どうしても。BADの時のリュウを見ていたら、こういうイメージだったし、じゃあみんなはどうしているかな、と。
 きっとニーナとレイはリュウを忘れてしまうなんて出来ないと思うのです。勿論記憶を消されてしまったから思い出す事は無いのでしょうけれど、ずっと心に何かひっかかったままいるのでしょう。そして思い出そうとしているんじゃないかと思うのです。そんな彼らをリュウは静かにエデンで見守っているのではないかと…そう思うのです。
 な〜んか微妙にレイvニーナっぽいですが(^^;)。なんかどうしてもこうなるんですが…何故でしょうね(苦笑)。

 ちなみに、これ一部の方には無料配布本として先行して配布していたりします。

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