対東北学院大学陸上競技対校定期戦大会

2021/10/24 更新

対東北学院定期戦とは

対東北学院定期戦は本学と同じく、キリスト教プロテスタントに基づく教育方針を持った東北学院大学との対校定期戦です。その歴史は1929(昭和4)年10月26日に遡る事ができ、実に90年以上の歴史を誇っている試合となっています。大正時代から昭和初期にかけて、東大対京大、早大対関西学院大(2015(平成27)年度までで休会中)、法大対関西大、立大対同志社大のような、関東と別地域(関西)との対校戦が昭和、平成、令和と時代を経て行われていますが、本学も昭和初期から、東北最大規模を持つ私立大学である東北学院大との定期戦が行われています。

対東北学院定期戦の歴史

1929(昭和4)年10月26日に東北帝国大学法文学部トラックで第1回が開催され勝利。そこから本学が5連勝。1936(昭和11)年度に東北学院が初勝利を挙げると、その後3連勝。1940(昭和15)年までの12年間で9回の開催が確認できますが、1941(昭和16)年度以降は第二次世界大戦の影響で中断しました。

1949(昭和24)年、新制青山学院大学、東北学院大学の設置された年に戦後最初の大会が開催されます。さらに翌年の1950(昭和25)年には、大学設置を契機とした総合定期戦が開催されるようになりました。この総合定期戦は2019(令和元)年度で、第70回の節目を迎えました。現在カウントされている回数はこの総合定期戦が開始された1950(昭和25)年からとなっています。なお、陸上競技対校戦ではこの1949(昭和24)年度の大会が第1回として数えられていたため、回次が総合定期戦より1回多く、1997(平成9)年度まで数えられていました。この時点で1999(平成11)年度に仙台で総合定期戦50周年記念式典が行われることが決まっていたため、1998(平成10)年度の大会を2回目の「第49回」として行いました。

総合定期戦開始後、1950〜1970年代では本学優勢で進みますが、東北学大が勝利を重ねる時期もありました。1980年代に入ると本学は部員減少、戦力低下に悩まされるようになり、1980年代、1990年代の20回中、1980(昭和55)年度、1992(平成4)年度を除く、18回(11連勝含む)で東北学大が勝利。この時期、本学陸上競技部は1980年代に綱島グラウンドを失い、厚木キャンパスへの通学の不便さに悩まされる一方、東北学大は泉キャンパスに公認の競技場(現在は公認なし)があり、ホームグラウンドで学院戦ができるなど、環境面の差は大きくなっていました。

しかし、21世紀最初の大会である2001(平成13)年度で9年ぶりに勝利を収めると、その後、男子長距離、女子短距離の強化が進みます。東北学院戦の主な種目を占める男子短距離ではないものの、部全体の組織が整備されます。2003(平成15)年度に相模原キャンパスが開学し、2004(平成16)年度から男子長距離が強化指定となり、2008(平成20)年度に箱根駅伝復帰、2012(平成24)年3月には競技場も設置され、環境面で東北学大を上回るようになりました。00年代、10年代の20年間で本学11勝(現在5連勝中)、東北学大7勝と勝ち越しました。2020(令和2)年度現在、総合定期戦としては東北学大が34勝と本学の32勝(2引き分け)を上回っていますが、1929(昭和4)年度からの通算成績では本学の39勝、東北学大の37勝(2引き分け)に対して勝ち越しています。

21世紀に入ってからは、震災、感染症という大きな危機に見舞われました。2011(平成23)年度は2011(平成23)年3月11日に起こった東北地方太平洋沖地震による東日本大震災の為、戦後初の中止となり、その後、総合定期戦の時期を9月に移しての開催となりましたが、陸上競技は実施されませんでした。連続開催は1949(昭和24)年度の1回を含めて62回で止まりました。2020(令和2)年度は東京五輪が開催予定で本学のある東京都内、神奈川県内の競技場の確保ができず、開催を断念するのと時期を同じくして新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大により、競技会開催が不可能になり、東北学院戦はおろか、春シーズンがほぼ消滅、東京五輪も延期となりました。2021(令和3)年度も新型コロナウイルス感染症の収束が見通せず中止となりました。

一方で、特に社会的な大事件のなかった2016(平成28)年度も開催されませんでした。その後、2017(平成29)年度、2019(令和元)年度の東北学大(仙台)開催の大会は本学の男子長距離のエントリーが確認できず、本学側は短距離のみの競技となっています。昭和初期から続く、この友好と交流の対校定期戦をどのようにしていくのか、しっかり考えて、方向性を定める時期に来ているのかもしれません。2014(平成26)年度から2019(令和元)年度まで、2018(平成30)年度を除いて、5度の箱根駅伝の優勝を勝ち取っている本学。男子長距離は過熱する関東・日本学生長距離界の王者の座を守るために駅伝を最重要競技会として活動しており、女子短距離も日本トップレベル、またはそれに近い実力を持つ選手がいますが、男子短距離にとっては大切な、唯一の対校戦ではないでしょうか。それは部にとっても大切な競技会ということになります。男子長距離も対校種目の選手を出せるでしょうし、女子短距離も記録を狙う場としてオープン種目に出場しています。そして東北学大という相手のある競技会ですので、東京開催時には短距離、長距離が連携し入念に準備して受け入れ、仙台開催時には競技会を準備してくださる東北学大に感謝の念を持って、部として最大限の態勢で、仙台まで足を運び、競技に参加することが大切ではないでしょうか。

対東北学院定期戦 対戦成績

大学総合定期戦開始以前

回数 年度 開催日 青山学院 東北学院 競技場 開催校 備考
1 1929(昭和4)年 1929.10.26 37 2/3 - 13 1/3 東北帝大  東北学院
2 1930(昭和5)年 1930.10.4 30.5 - 26.5 学習院 青山学院
3 1932(昭和7)年 1932.10.22 29.5 - 27.5 東北帝大  東北学院 *1
4 1933(昭和8)年 1933.10.17 47.5 - 8.5 学習院  青山学院
5 1935(昭和10)年 1935.10.17 31 - 20 多摩川  青山学院 *2
6 1936(昭和11)年 1936.10.24 24 - 27 東北帝大  東北学院 *3
7 1938(昭和13)年 1938.?.? ? - ? 多摩川? 青山学院 *4
8 1939(昭和14)年 1939.10.28 21 - 36 東北帝大? 東北学院 *5
9 1940(昭和15)年 1940.?.? ? - ? 多摩川? 青山学院? *6 *7
10 1949(昭和24)年 1949.10.15 ? - ? 評定河原  東北学院 *8

【競技場の詳細】
東北帝大・・・東北帝国大学法文学部トラック
学習院・・・学習院グランド(目白)
多摩川・・・青山学院多摩川グランド(多摩川沿い)
評定河原・・・東北大学評定河原競技場

注記
*1 1931(昭和6)年度については「東北学院大学陸上競技部85周年記念誌」にて、東北学院の学生ストライキで行われなかった旨が書かれている。
*2 第5回については、山本邦夫氏(東京教育大OB・埼玉大教授)が「月刊陸上競技」1978(昭和53)年2月号で「第3回=昭和7年10月23日(青山29 1/2−27 1/2東北) 第5回=昭和9年10月10日(青山31−20東北)」と記している。「青山学報」では1933(昭和8)年の大会を「第四回」、1935(昭和10)年の大会を「第五回」として当時の本学部員が報告している。山本氏の書かれた「昭和9年10月10日」というのは何らかの根拠があるのではないかと推察されること、また第4回も第5回も東京で開催されていることの不自然さもあるので、この間に仙台開催の大会が存在した可能性もあるが、点数が1935(昭和10)年大会と同じこと、また当時の部員がまだ4〜5回目の大会の回次を間違えないだろうと思われるので、ここでは第3回=1932(昭和)7年大会の日時、点数は採用し、1934(昭和9)年度大会は存在せず、1935(昭和10)年度大会との混同、年度の誤認があったと判断する。
*3 1936(昭和11)年度の大会時、「青山学報」で6回連続勝利を逃すという内容が書かれている為、1936(昭和11)年度の大会が実施6回目であることが分かる。
*4 1937(昭和12)年度は、「青山学報」では実施の予定で1937(昭和12)年10月23日と日程まで確定していたが、その時期の結果を報じる記事がないことや、「東北学院大学陸上競技部85周年記念誌」の記事にも登場しないこと、そして「青山学院大学学友会九十年の歩み」において、1937(昭和12)年度は開催しなかった旨が特に書かれていることから中止と考えられる。
*5 1939(昭和14)年度については「東北学院大学陸上競技部85周年記念誌」の記事にも登場しないことから実施されなかったのではないかと考えられていたが、小野厚夫氏(東北大学OB・神戸大学名誉教授)の調査により、日時、得点、勝敗が明確に記録が残っていた。会場こそ不明であるが、おそらく東北帝大法文学部トラックであると考えられる。また、明確に第8回と数えられており、1937(昭和12)年度が実施されなかったことが裏付けられている。また、東北地方の記録に残っている為、東北学院が当番校であることも分かる。
*6 1940(昭和15)年度については、「東北学院大学陸上競技部85周年記念誌」に、東北学院が敗れた旨が書かれている。前年度、東北学院が当番校であったので、おそらく本学が当番校であり、多摩川トラックを用いたと思われる。
*7 1941(昭和16)年度以降は、戦争により中止という内容が「東北学院大学陸上競技部85周年記念誌」に書かれている。
*8 1949(昭和24)年度は、戦後の大会唯一の、総合定期戦開始前の大会である。これにより、総合定期戦よりも回次が1つ多いことが1997(平成9)年度まで続いた。

大学総合定期戦

総回数 定期戦
回数
年度 開催日 青山学院大学 東北学院大学 競技場 開催校 備考
11 1 1950(昭和25)年 1950.10.20 ? - ? 久我山 青学大 *1
12 2 1951(昭和26)年 1951.9.6 40 - 17 宮城? 東北学大
13 3 1952(昭和27)年 1952.9.15? 33.5 - 20.5 神宮 青学大
14 4 1953(昭和28)年 1953.8.24 34 - 22 宮城  東北学大
15 5 1954(昭和29)年 1954.6.13 28 - 29 久我山 青学大
16 6 1955(昭和30)年 1955.7.9 18 - 39 宮城 東北学大
17 7 1956(昭和31)年 1956.6.30 38.5 - 18.5 玉川 青学大 *2
18 8 1957(昭和32)年 1957.6.23 48 - 12 宮城 東北学大
19 9 1958(昭和33)年 1958.7.7 44 - 19 武蔵野 青学大
20 10 1959(昭和34)年 1959.6.3 35 - 28 宮城 東北学大
21 11 1960(昭和35)年 1960.6.16 37.5 - 25.5 国立 青学大
22 12 1961(昭和36)年 1961.6.7 33 - 20 宮城 東北学大
23 13 1962(昭和37)年 1962.6.6 30 - 33 綱島 青学大
24 14 1963(昭和38)年 1963.6.18 36 - 27 宮城 東北学大
25 15 1964(昭和39)年 1964.6.16 39 - 24 綱島 青学大
26 16 1965(昭和40)年 1965.6.1 28 - 35 宮城  東北学大
27 17 1966(昭和41)年 1966.6.10 34 - 29 武蔵野 青学大
28 18 1967(昭和42)年 1967.6.15 33 - 33 宮城 東北学大 *3
29 19 1968(昭和43)年 1968.5.26 29 - 37 立川 青学大
30 20 1969(昭和44)年 1969.6.7 30 - 36 宮城 東北学大
31 21 1970(昭和45)年 1970.6.21 32 - 34 等々力 青学大
32 22 1971(昭和46)年 1971.?.? 40 - 26 宮城 東北学大
33 23 1972(昭和47)年 1972.6.11 34 - 32 等々力 青学大
34 24 1973(昭和48)年 1973.6.17 35 - 31 宮城 東北学大
35 25 1974(昭和49)年 1974.6.23 37 - 29 等々力 青学大
36 26 1975(昭和50)年 1975.6.14 22 - 44 宮城 東北学大
37 27 1976(昭和51)年 1976.6.13 36 - 20 綱島 青学大
38 28 1977(昭和52)年 1977.6.18 33 - 33 宮城 東北学大
39 29 1978(昭和53)年 1978.6.4 30 - 24 等々力 青学大
40 30 1979(昭和54)年 1979.6.23 25 - 42 宮城 東北学大
41 31 1980(昭和55)年 1980.6.12 48 - 28 世田谷 青学大
42 32 1981(昭和56)年 1981.6.7 14 - 51 東北学大
43 33 1982(昭和57)年 1982.6.5 12 - 53 世田谷 青学大
44 34 1983(昭和58)年 1983.5.29 12 - 50 東北学大
45 35 1984(昭和59)年 1984.6.12 10 - 50 世田谷 青学大
46 36 1985(昭和60)年 1985.6.15 30 - 59 宮城 東北学大
47 37 1986(昭和61)年 1986.6.14 23 - 37 駒沢 青学大
48 38 1987(昭和62)年 1987.6.20 33 - 67 東北学大
49 39 1988(昭和63)年 1988.6.11 30 - 70 三ツ沢 青学大
50 40 1989(平成元)年 1989.6.10 22 - 38 東北学大
51 41 1990(平成2)年 1990.6.9 22 - 31 三ツ沢 青学大
52 42 1991(平成3)年 1991.6.22 31 - 32 東北学大
53 43 1992(平成4)年 1992.6.6 39 - 27 代々木 青学大
54 44 1993(平成5)年 1993.6.5 23 - 43 東北学大
55 45 1994(平成6)年 1994.6.4 22 - 28 三ツ沢 青学大
56 46 1995(平成7)年 1995.5.28 17 - 55 東北学大
57 47 1996(平成8)年 1996.6.2 24 - 26 世田谷 青学大
58 48 1997(平成9)年 1997.6.7 10 - 38 愛島 東北学大
59 49 1998(平成10)年 1998.6.13 14 - 28 代々木 青学大
60 50 1999(平成11)年 1999.5.30 13 - 29 岩沼 東北学大
61 51 2000(平成12)年 2000.5.28 17 - 22 代々木 青学大
62 52 2001(平成13)年 2001.7.29 20 - 19 岩沼 東北学大
63 53 2002(平成14)年 2002.6.2 24 - 15 大井 青学大
64 54 2003(平成15)年 2003.5.25 12 - 27 岩沼 東北学大
65 55 2004(平成16)年 2004.4.18 25 - 20 大井 青学大
66 56 2005(平成17)年 2005.4.17 17 - 25 岩沼 東北学大
67 57 2006(平成18)年 2006.4.23 11 - 31 町田 青学大
68 58 2007(平成19)年 2007.4.15 13 - 29 岩沼 東北学大
69 59 2008(平成20)年 2008.4.13 24 - 18 上柚木 青学大 *4
70 60 2009(平成21)年 2009.4.12 21 - 21 岩沼 東北学大 *5
71 61 2010(平成22)年 2010.4.11 25 - 17 上柚木 青学大
72 62 2011(平成23)年 - 中止 *6
73 63 2012(平成24)年 2012.4.7 31 - 11 上柚木 青学大
74 64 2013(平成25)年 2013.4.6 24 - 24 仙台 東北学大 *7
75 65 2014(平成26)年 2014.6.29 21 - 3 町田 青学大
76 66 2015(平成27)年 2015.5.24 32 - 4 仙台 東北学大
77 67 2016(平成28)年 - 中止 *8
78 68 2017(平成29)年 2017.4.30 19 - 11 仙台 東北学大
79 69 2018(平成30)年 2018.7.15 25 - 11 町田 青学大
80 70 2019(令和元)年 2019.5.1 18 - 17 仙台 東北学大
81 71 2020(令和2)年 - 中止 *9
82 72 2021(令和3)年 - 中止 *10

【競技場の詳細】
久我山・・・朝日生命久我山グランド
宮城・・・宮城県営→宮城陸上競技場(宮城野原)
神宮・・・明治神宮外苑競技場(国立競技場の旧称)
玉川・・・青山学院大学玉川グランド(世田谷区桜新町)(多摩川グランドとは別)
武蔵野・・・武蔵野市陸上競技場
国立・・・国立霞ヶ丘陸上競技場
綱島・・・青山学院大学綱島グランド(横浜市)
立川・・・立川市営陸上競技場
等々力・・・等々力陸上競技場(川崎市)
世田谷・・・世田谷区陸上競技場
泉・・・東北学院大学陸上競技場(泉キャンパス)
代々木・・・代々木公園陸上競技場(通称:織田フィールド)
駒沢・・・駒沢オリンピック公園陸上競技場(世田谷区)
三ツ沢・・・三ッ沢公園陸上競技場(横浜市)
愛島・・・愛島スポーツパーク競技場(宮城県名取市)
岩沼・・・岩沼市陸上競技場
町田・・・町田市陸上競技場
上柚木・・・上柚木陸上競技場(八王子市)
仙台・・・仙台市陸上競技場(ネーミングライツ:弘進ゴムアスリートパーク仙台)(宮城野原)
※2000年に利府市に「宮城スタジアム」が完成した為、仙台市宮城野原の宮城陸上競技場は2009年に仙台市へ管理が移管され仙台市陸上競技場となり、2017年からネーミングライツを採用し「弘進ゴムアスリートパーク仙台」となった。

注記
*1 「マンスリーレポート」では、当時の部員の報告で青学大が勝利したと書かれている。「総合定期戦五十年のあゆみ」では歴代総合成績一覧で東北学大勝利となっているが、第1回は青学大が総合優勝しているのにも関わらず、東北学大の方が勝利数が多く(青学大2−東北学大4)、信憑性に疑問が残る。「東北学院大学陸上競技部創部八十五周年記念誌」での、ある方の回想記では「青山戦は第1回、第2回とも敗北した」という内容があり、定期戦陸上競技では第1回とは1949(昭和24)年度、第2回とは1950(昭和25)年度を指すことや、「東北学院大学新聞」、「月刊陸上競技」でも青学大の勝利としていることから、本学の勝利と判断した。
*2 「総合定期戦五十年のあゆみ」では東北学大勝利だが、「東北学院大学新聞」では青学大勝利が詳細に報告されているので、「総合定期戦五十年のあゆみ」のミスと考えられる。
*3 1位の数の差による。
*4 2008(平成20)年度は青学大が勝利している(筆者も観戦している)が、「青山スポーツ」では東北学大勝利となっている。「東北学院時報」では青学大勝利とある。「青山スポーツ」のミスと考えられる。
*5 上位入賞数の差による。
*6 東日本大震災の影響により中止。総合定期戦は9月に時期をずらして実施。
*7 1位の数の差による。
*8 日程の調整がつかず中止。
*9 東京五輪開催(後に延期)による会場確保困難および新型コロナウイルス感染拡大の為中止。総合定期戦自体も中止。
*10 新型コロナウイルス感染拡大の為中止。総合定期戦自体も中止。

対戦成績

青山学院   東北学院
定期戦前 7勝 3勝
定期戦 32勝 1分 35勝
総合 39勝 1分 38勝

参考文献

青山学報(編・青山学報編集委員会/刊・青山学院本部広報室)
青山学院新聞(編・青山学報編集委員会/刊・青山学院本部広報室)
マンスリーレポート(編・青山学報編集委員会/刊・青山学院本部広報室)
総合定期戦五十年のあゆみ(編・青山学院大学記念誌編集委員・東北学院大学記念誌編集委員/刊・青山学院大学・東北学院大学)
青春の想い出 東北学院大学陸上競技部創部八十五周年記念誌(編・東北学院大学陸上競技部創部八十五周年記念事業実行委員)
東北学院時報(編・東北学院法人事務局広報部 刊・学校法人東北学院)
東北学院大学新聞(編・刊 東北学院大学新聞会)
月刊陸上競技 1978(昭和53)年2月号

東北学院大学陸上競技部ホームページ
ホームページ・小野厚夫氏蒐集記録帳