Prof. Saitou


ABO FAN


斉藤成也さんと山本文一郎さんの論文

 やっと入手することができました。原題は次のようになっています。

Naruya Saitou and Fumi-ichiro Yamamoto, Evolution of Primate ABO Blood Group Genes and Their Homologous Genes, Molecular Biology and Evolution, 14(4):399-411, 1997.

 分子生物学による分析で、次のようなことが明らかになりました。

 原文を読むには、ここをクリック!

 なお、従来の説(ムーラントら)では、O型→A型→B型→AB型の順に進化したとされていました。
 ちなみに、イエス・キリストの聖布からはAB型の血液が検出されたそうですが、そのころ(2千年前)はAB型は存在しないはずだということで、ず〜っと論争になっていたようです。はたして、分子生物学はこの論争にピリオドを打つことになるのでしょうか?

要約(英語)

     There are three common alleles (A, B, and O) at the human ABO blood group locus. We compared nucleotide sequences of these alleles, and relatively large numbers of nucleotide differences were found among them. These differences correspond to the divergence time of at least a few million years, which is unusually large for a human allelic divergence under neutral evolution. We constructed phylogenetic networks of human and nonhuman primate ABO alleles, and at least three independent appearances of B alleles from the ancestral A form were observed. These results suggest that some kind of balancing selection may have been operating at the ABO locus. We also constructed phylogenetic trees of ABO and their evolutionarily related a-1, 3-galactosyltransferase genes, and the divergence time between these two gene families was estimated to be roughly 400 MYA.

日本語による解説

 日本語での要約は、次の論文、あるいは斉藤さんの著書で読むことが可能です。

斉藤成也 (1997) 遺伝子の進化とは 〜ABO式血液型を中心に〜
BIO Clinica 12(11), pp. 830-834.

斉藤成也 (1998) ABO式血液型遺伝子の系統ネットワーク間解析
遺伝 52(3), pp. 9-10.

 これらの中では、圧倒的に最初の英語の論文がオススメです。面白いので一気に全部読んでしまいました。時間はかかったのですが…。
 また、日本語では、BIO Clinicaの方がオススメです。しかし、これらの2つよりは、斉藤さんの著書の『遺伝子は35億年の夢を見る』(大和書房)がより詳しいです。興味がある方は、ぜひ全部ゲットしましょう!

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 ここでは、『遺伝子は35億年の夢を見る』から引用しておきます(96〜101ページ)。

ABO式血液型を遺伝子から見る ヒトの祖先はA型だった

 血液型といえば一般にはABO式を指すほど、この血液型はよく知られているし、最初に発見された血液型でもある。ABO式血液型の遺伝がメンデルの遺伝法則にしたがうことは、1900年にカール・ラントシュタイナーによってこの血液型が発見されてから、20年ほどたってようやく解明された。 すなわち、1個の遺伝子座の上に乗っている対立遺伝子によってこの血液型が決まっているのである。 ABO式血液型の対立遺伝子には主にA・B・Oの3種類があり、AとBは互いに優性、OはA・Bに対して劣性である。A対立遺伝子を持つ人は、からだの中の多数の細胞表面に特有の糖鎖(A型物質) を持ち、B対立遺伝子を持つ人はそれと少し異なるB型物質を持っている。一方、O型の人(O対立遺伝子を2個待つホモ接合型)はA・B型物質の糖鎖より少し短いH型物質を持っている。これらのことから、ABO式血液型遺伝子はH型物質の糖鎖に糖をくっつける「糖転移酵素」の遺伝子だと考えられていた。この酵素と遺伝子の実体は長いあいだ不明であったが、1990年になって山本文一郎氏と箱守仙一郎氏らのグループが、A・B・O各対立遺伝子のDNA塩基配列を決定した。その結果、A対立遺伝子から作られるタンパク質とB対立遺伝子から作られるものでは、アミノ酸が4個異なっており、 またO対立遺伝子では1塩基の欠失突然変異が生じたためにフレームシフト(遺伝暗号の読み枠がずれること)が起こり、糖転移酵素の働きがなくなっているらしいということがわかった。
 ヒト以外の霊長類でもABO式血液型は存在するが、表4に示したように不思議な分布をしている。 チンパンジーにはB型遺伝子がなく、逆にゴリラにはA型遺伝子がない。一方、もっと人間から遠いオランウータンや旧世界猿では、A対立遺伝子とB対立遺伝子のどちらもみつかっている。このため、ABO式血液型遺伝子座では、霊長類の進化のかなり古い時代からA・B対立遺伝子が共存してきたのではないかという仮説があった。山本文一郎氏らがこれについても、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン、ヒヒなど数種類の霊長類におけるABO遺伝子座の塩基配列を決定した。図31は、私が作成したそれらの遺伝子の系統樹である。この図から、ヒト、ゴリラ、ヒヒで見つかったB型対立遺伝子は、 それぞれ独立にA型対立遺伝子から生じたことが予想される(図の点線)。つまり、ヒト、類人猿、旧世界猿の共通祖先では、ABO式血液型の共通祖先遺伝子はA対立遺伝子タイプであったと考えられる。なお、図中の数字は、それぞれの進化の枝で生じた塩基置換数を表わしている。

表4 霊長類のABO式血液型

名称(分類) 発見された型
チンパンジー(類人猿) A,O
ゴリラ(類人猿)
オランウータン(類人猿) A,B,O,AB
シロテナガザル(類人猿) A,B,AB
アカゲザル(旧世界猿)
キイロヒヒ(旧世界猿) A,B,AB
リスザル(新世界猿) A,O
シロガオオマキザル(新世界猿) B,O

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 ABO式血液型の遺伝子は、通常の遺伝子がしたがっている進化パターンにはあてはまらないようである。第一に、糖転移酵素の働きがなくなっているのにもかかわらず、O対立遺伝子の頻度がかなり高い。重要な物質交代を担っている酵素遺伝子の場合、酵素の働きがなくなってしまう突然変異が生じると、普通はその個体の生存にきわめて不利なので、子孫を残しにくくなるはずである。したがって、ABO式血液型に関与する糖転移酵素は、人間がとりあえず生きてゆくのには絶対必要であるわけではない。ところが、私たちの推定によると、ABO式血液型の遺伝子は脊椎動物が出現した3億年以上前頃から延々と偽遺伝子にもならずに生き残ってきたのである。このことから、弱いながらもこの遺伝子にはなんらかの存在意義があると思われる。このように、絶対に必要というわけではないが、あったら少しは役に立つという遺伝子が、ヒトゲノム中にはたくさんあると私は考えている。
 また、A型とB型の対立遺伝子の共存が霊長類のあちこちの種でみられることも不思議である。この遺伝子がなぜこのような変異パターンを示すのか、まだよくわかっていないが バクテリアやウイルスなどの感染を防ぐのに、ある程度の効果があるのではないかと考えられている。実際、胃潰蕩や胃癌の原因のひとつであるヘリコバクター・ピロリというバクテリアは、胃壁にもぐりこむ際に、ABO式血液型物質の前駆体であるH型物質を足場にしている。するとH型物質しか持っていないO型の人間は、 胃潰瘍などになりやすいため、多少は生存に不利となるだろう。しかし、まだまだこれらは仮説にすぎない。わからないことが多すぎるのである。私の研究室では、ABO式血液型のこの不思議な進化パターンを解明するため、山本文一郎氏らと共同でさらに研究を進めている。

カール・ラントシュタイナー (1868〜1943)
オーストリアの医学者。ABO式血液型だけでなく、Rh式、MN式も彼のグループが発見した。

ABO式血液型の型物質と糖転移酵素
A対立遺伝子から作られるA酵素は、基盤となるH型物質(糖鎖)にNアセチルガラクトサミンを付加してA型物質が生じ、B酵素はH型物質にガラクトースを付加してB型物質が生じる。このような、糖を糖鎖に結合する酵素を総称して糖転移酵素と呼ぶ。

ヘリコバクター・ピロリ
哺乳類の胃や腸に住むヘリコバクター細菌のひとつで、ヒトの胃に住む種類。1996年に米国の民間研究グループが全ゲノムの塩基配列を決定した。


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最終更新日:平成10年6月24日