私の趣味 その2 アンティーク電話機

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      2号自動式壁掛電話機
「2号自動式壁掛電話機」も、卓上型と同時期、
大正末・昭和元年頃から、戦前・戦中頃まで、
都市部の自動(ダイヤル)方式の地域で使われ
ていました。ダイアルのインストラクションカード
には「受話器を外してから回転盤を右へ指
止め迄
回してお放しなさい
」と何ともレトロな
文言が書かれています。卓上型台座に設置し
文字通り卓上での使用が出来とても便利です。

 私が収集している色々な電話機を少しずつご紹介します。電話機は恋人同士をつないだり、仕事の取引をしてくれたり我々に欠かせない大きな役割を果たしてくれています。この中で古い写真や
電話機に関する説明は一部を昭和57年10月23日発行の「開かれたテレトピアへの道」“目で見る日本電信電話公社の三十年”(非売品)や電話機のHPより引用させて頂きました。

5号A型自動式卓上公衆電話機(昭和30年)
映画「三丁目の夕日」のあのタバコ屋にある公
衆電話がこれです。今は非常に貴重でマニア
の間で人気の電話機です。10円硬貨1枚しか
入らず市内専用電話機で市外は掛けられませ
んでした。私がこの電話機を購入したとき本体
は経年の汚れで艶もなく通話も不可等不備な
点がかなりありましたがどうしても甦らせたいと
の思いが強くありました。そこで私の知人で4号
機のメンテナンスをさせたら右に出る人はいな
いと言われるほど有名な「真明荘の小森田さん」
と云う横浜在住の方に無理矢理依頼しましたと
ころこの5号A型は触った事もなく不安だがトライ
してみますと快く引き受けて頂きテストも終了し
て約2週間後に私の元に帰ってきました。現物を
見た途端見違えるほど綺麗でダイヤルもスムー
ズの完動品となりました。勿論専用鍵2個も付き
ました。私も早速テスト開始、呼び鈴は心地良く
通話は雑音もなくクリアです。ここにも小森田さ
んの技術によって待望の1台が復活しました。

 4号A型自動式卓上電話機(昭和25年)
この4号電話機は普通お目に掛かれるものとは全く違いま
す。「真明荘4号機」とでも言った方が良いかも知れません。
と云うのは4号A型の再生で有名な真明荘小森田さんのこ
だわりの逸品なんです。呼び鈴はメリハリが良く昭和30年
代の赤木圭一郎主演映画で暴力団事務所に掛かって来
る軽やかな音、音声はハイファイと云われ限りなくクリア、
そしてダイヤルも映画の中で回されていたあの音なんです。
内部の機械に関しては生ゴム製のTCコード(回線用コード)、
ローゼットは傷の少ない初期型のものを、ダイヤル、レシー
バー、ベル関係は理想に近いもの、特にレシーバーは4号
機のものでなく同型番の試験機用のものを使用し、ベルは
昔厳選して保管していたものだそうです。筐体のコンデンサ
ーは小型コンデンサー付きのベースを使用したので大きい
ものと比べて20%位は感度がUPしています。従って送話、受
話のどちらも通常の4号機としてはMAXの力が発揮された
優れものです。小森田さんが私のために作ってくれた日本
に1台しかない「真明荘4号A型電話機」です。

4号A型自動式卓上電話機(くろ)

特殊簡易公衆電話機 後期型 674−A1
この電話は後期型で昭和39年から46年まで
使用され筐体はベークライトから強化プラス
チックが採用され受話器も4号受話器から600
型に変更されました。

大型ピンク電話機(昭和47年)
我々が若い頃喫茶店が大流行で
した。レジの片隅に必ずあったの
がこのピンク電話でした。良く待ち
合わせの人が来ないとき「リ〜ン」
となるたび遅れる知らせかなと思っ
た事を思い出します。

大型赤公衆電話機(昭和41年)

好況の“電話屋”(昭和10年代)14年4月の羽田局の
電話相場は3,000円となり、住宅1軒分以上であった

5号A型から大型公衆電話に交換された。(昭和41年)

  2号自動式壁掛け電話機
2号壁掛け電話機の中でNEC純正
ケースが付きでとても便利になった
電話機です。今でも、勿論ダイヤル
回線で使用出来ます。

東京・銀座4丁目の時計店内の無料電話、3号自動式壁掛電話機が
5台並べられた。電話不足が生んだサービス商戦(昭和21年7月)

プッシュホーン2代目601-P型
日本電信電話公社の2代目プッシ
ュホン電話機です。モジュラージャ
ックに変更されていて通常使用が
可能です。

新型青公衆電話(昭和48年)
型式676−A2型の新型青公衆
電話機です。この電話機は委託
型ではないため一般使用は難しく
機械の操作が必要です。

    600-A2スケルトン電話機(非売品)
透明ボディで中身が見える電々公社時代の600A2型の
非売品です。一般では中々見ることが出来ない逸品です。
多分電話教室等で教材用に作られたものと推察されます。
電話機裏には600A2(W)とホワイト表示になっています。
中の構造が確認できとても面白い電話機です。

赤公衆電話機 671-A2型
ピンク電話機が喫茶店ならこの赤
公衆電話機はタバコ屋さんと云う
イメージですね。私も連絡の取り
合いに良く世話になりました。

2号自動式卓上電話機ダイヤル仕様
2号自動式の1号ダイヤル機はA型48V仕様と、
H型60V仕様の2種類有りましたが、ダイヤル時
に雑音が入る問題など有り、後に2号ダイヤルに
変わりました。
HPより引用

国産初のダイヤル式電話機は、関東大震災以後の復旧を機会に、これまで限界であった手動交換方式(共電式)を自動交換方式へ
変更、大正15年1月に初めて東京にA型、横浜にH型の自動交換局が設けられました。(当時の宣伝広告と光景)
HPより引用
   スティック型電話機
昭和3年5月日本電気株式会社製(NEC)

4号A型カラー電話機(ぞうげ)

4号A型カラー電話機(あおたけ)

4号A型カラー電話機(うすねず)

4号A型カラー電話機(ふじ)

4号A型カラー電話機(もも)

4号A型カラー電話機(わかくさ)

4号A型カラー電話機(えんじ)

構造 : 電話機コードには材質として布丸打、ゴム、ビニールの3種類があります。送受話器のコードには形状かおらカールコードとストレートコードがあります。材質として布丸打(ストレートのみ)、ゴム、
ビニールがあります。特にゴム製のコードは経年や使用による劣化が激しく、後からビニールコードに取り替えられているものが多く存在します。また布丸打コードもゴム製ほどではありませんが劣化しや
すいようで、取り替えられているものがあります。送・受話器内の振動板を軟鉄振動板から軽量なジュラルミン製を用いることで共振周波数を高くし感度を上げています。
(4号A自動式電話機より引用)

5号自動式ボックス青色公衆電話(昭和30年)
横浜ラーメン街の公衆ボックスの中にオブジェとし
て備え付けられている電話機と同型です。コイン投
入口には10円・5円・50円とありますが市外通話は
できませんでした
この5号青色公衆電話機は、
昭和30年12月に登場し従来の4号青色の後納式
から前納式になりました。本体は約35p×25p×
19pで、更に受話器が+12pほど出ています。とて
も状態の良い1台で通話も可能です。

     2号自動式壁掛け電話機
保存状態が非常によいものを、配線交換・ダイアル分解注油、スイッチ接点研磨、ハンダ補修、電鈴調整等完全整備しています。外装は金属部、
ケースとも既存塗装を全部剥離し再塗装しています。また卓上で使用できるように台座は2号機に相応しいものを特注しています。着信音は懐か
しい余韻ある電鈴が響きます。モジュラーコードに交換していますのでダイアル回線で雑音なく発信通話できます。(デジタル回線は着信通話の
み)全体の高さ 約36p・幅 26p・奥行 32p、ケース本体の高さ約23p・幅 17p・奥行10p

          4号AP2電話機
4号AP2は昔まだ加入電話設備数が少なかった頃、共同電話の端末機として使われていました。希少でめっ
たにお目にかかることがない機種です。フックボタンが赤いのが特徴です。普通使用時の回路設定は「甲」又
は「乙」ですがオプションで「単独」にも出来ますのでこの電話機はそのようにしています。各部の分解清掃メ
ンテナンスは完全にしてありダイヤルも単独で分解清掃調整しスムーズかつ正確に回ります。コードはモジュ
ラー式にしてありますのでNTTのダイヤル回線で使用できます。非常に状態の良い1台です。

    六角型公衆電話ボックス
明治33年、京橋のたもとに建てられた公衆
電話ボックスで、六角錐形、白塗りのモダン
な形をしていました。自宅の隅っこに是非作
りたいスタイルです。

5号A型置型ダイヤル式公衆電話
巾23.5p、厚21.5p、高30.5p、
昭和30年以降に使用され現在人気が
高く高額で取引されています。

当時の方たちは誰とどんな
用件に利用されたのでしょう
か。通話料も高かったでしょ
うから長話を控え必要最低
限の通話だったのでしょうね。

私の自慢の4号もも色トリオです。

    1953年シーメンスSIEMENS(オーストリア)
3〜4号機の頃に日本でも代用機に使われていた親しみのあるスタ
イルのシーメンス機です。各部、分解・洗浄・さらにベークライト部は
磨き上げて仕上げました。また電気機械部分の点検整備とダイヤル
単体でも入念に点検整備をしてますのでスムーズに回転します。電
話機コードはモジュラー式になっていてNTTのダイヤル回線に接続
すれば通話可能です。この電話機は受話器や本体筺体それにダイ
ヤル回転盤にいたるまでベークライトで出来ていますのでシーメン
スの中ではやや希少の部類と云えます。

 黒電話と云うと4号電話機(NEC、岩崎通信、富士通、沖電気、東芝、日立の6社製造)が代名詞にもなっているほどスタンダードです。しかし、この電話機のカラーバージョンが黒・赤委託型公衆を
含めて9色あったのはご存知でしょうか。9台全て昭和30年代のものでかなり汚れの酷いものもありましたが時間を見つけて磨き込みました。下のカラーで全色です。勿論今でも全て使用可能な実
働品です。詳細は電信電話の歴史

    23号壁掛け電話機
昭和25年頃(1950)は、自動改式当初の2号
自動式壁掛電話機が、旧形のまま20万台弱
使われていました。この電話機は、2号自動式
壁掛け電話機の改良機で、送話器、誘導線、
端子盤を取り替えて伝送特性を高めた機種と
して昭和28年から登場しました。しかし、伝送
特性が悪く、また部品材料も旧形のままであっ
たため、昭和28年(1953)7月、3号自動式電話
機と同一の伝送特性および品質に改善し、23
号自動式電話機として使われました。その後、
昭和34年(1959)頃から順次淘汰されるように
なりました。
HPより引用
この電話機も専用台座に設置しとても便利です。

      富士型自動式電話機
この電話機は分解整備レストアされたとても状態の
良いものです。モジュラーコードでダイヤル回線で
使用できます。この電話機の特徴は、受話器を掛け
た状態ではダイヤルがロックされて回転しない構造
になっています。材質はベークライトを用いています。

   3号自動式卓上電話機
この電話機は昭和8年から約30年に渡り活躍
していました。送話機と受話機が連結され当時
としては画期的なデザインでのデビュー。また、
素材は合成樹脂の一種であるベークライトを採
用しています。

4号委託公衆赤電話

この4号委託公衆電話で4号機のカラーバー
ジョン全9色です。とても可愛らしいカラーで
とても気に入っている1台です。勿論一般使
用も可能です。

  デルビル型磁石式甲号卓上電話機
明治から大正にかけて、使用された電話機には、ベル式、
エジソン式、ガワーベル式、デルビル式、ソリッドバック式の
各方式がありました。この電話機はデルビル式の卓上電話
機で呼出信号には磁石式発電機を用いたものです。昭和2
年式で高さは約34pです。
国立科学博物館資料より引用

特殊簡易公衆電話機 前期型 47号AD 
この電話機は前期型で昭和34年から昭和38年
までの4年間だけの使用で期間が短く希少価値
が高くマニアの間では人気の電話機です。また、
筐体はベークライトで出来ています。

   3号自動式壁掛け電話機
この電話機は壁に掛けて使用を目的に製作さ
れました。しかし、筐体がベークライトのため壁
掛けにありうる落下等からヒビ割れを起しやすい
欠点があり生産数も少なくとても希少価値のある
電話機の1台でもあります。幸いにもこの電話機
はヒビ割れ等もなく美品と言える1台です。

      4号委託公衆赤電話
 昭和26年12月に設置された当時は、加入者用の
4号自動式卓上電話機と同じ黒色をしていた委託公
衆電話機は、昭和28年10月から電話機の筐体、送
受話器、コード等がよく目立つように赤色に変更され
ました。これが赤電話と呼ばれる最初の公衆電話機
であり今なおマニアの間では人気が高く中々入手が
困難だと言われています。この電話機は筐体、コード
の劣化も少なくダイヤルの剥げもなくインストラクシ
ョンカードも当時のままで非常に状態の良い自慢の
1台でもあります。この赤公衆電話機の特徴はインス
トラクションカードと受話器上部に公衆電話と書かれ
ています。