雛人形(ひなにんぎょう)
昔、私が、まだ小さかった頃のことです。
三月の雛人形は、薄暗い日常の部屋の中に、突然あらわれた非日常のきらめく美でした。
赤い毛氈(もうせん)の上に並んだ人形達の上品な顔立ち、衣装の優雅な形と色合い、女雛の冠(かんむり)の細工のきらきらと華やかなのに、飽かず見とれたものでした。そういう世界があったというのが、とてもすばらしく思えたものでした。
その頃、道路はまだ、土のままでした。
古い木造の家の中は、なんだか薄暗く、明るい外の庭には、鶏(にわとり)が、鳴き声や羽音をさせながら、行き交っていたような気がします。
テレビもパソコンもありませんでした。
無彩色の静かな日常を思い出します。
そうした中に、ひな人形達の一群はきらびやかに、訪れてきたのです。
母方の祖母が私の節句の祝いに、贈ってくれたものでした。
私は、絵をかいているのが好きな、子供でした。
それも、現実では叶えられないような夢のような世界を、紙の上に表現することが好きでした。美しいものを描くのが好きでした。
雛人形が、家に来たのが先なのか、絵を描いていたのが先なのかは、分かりませんが、その一群の人形達の、鮮やかで煌(きら)びやかな美しさが、私が絵を描くことに大きな影響を与えたのは確かです。
私は華やかな着物を着たおひめさまを、せっせと描いていたようです。少なくとも、美しいものに対するあこがれのようなものを教えてくれたのは、その人形達であったと思うのです。
人形は、古く信仰や呪いの対象として生まれたようです。
命の神秘に、超現実の世界を考え、精霊や神にたいする、素朴な祈りや、願いや、畏れが、表現されたものと言えるでしょう。
そのうち、第二に人形は、子供達の遊びのための物にもなりました。
第三に、人形は、愛玩・鑑賞に資する物と言えましょう。しかし、そうした人形の中にも、祝福とか魔除けというような祈りが込められていたと思われます。
そうした中でも、雛人形は、「ひひな」と呼ばれて人間の雛形(ひながた)の意味でありました。それは、日常子供の遊ぶ人形をさしていたとのことです。しかしある時から、上巳(じょうみ)(三月三日)の節句と結びついて雛を飾るようになっていきました。さらに、幸福を祈念する祓(はら)えの思想と結びついて、女児の成長を祝福する意味となって、雛(ひな)を祭る「雛祭り」となっていったとのです。
そしてまた、ひな人形も含めて日本の人形はその種類が豊富で、質の高い製作方法により作り続けられてきたことで知られています。日本人形は、世界に類をみない優れた伝統を持つ、芸術性の高いものです。
子供の頃に見た雛人形たちの超現実の美、伝統美、その美が私に教えたものの大きさを思う時、こうした祭りのもつ意義の大きさを思わずにいられません。
日本の雛祭りに見る、雛人形達は、本来の祝いの意味と共に、日本の大切な伝統の美意識を子供達に守り伝えてきたのではないでしょうか。
実家の天袋にひっそりとまだ眠っているだろう雛人形達をなつかしくおもいだしつつ、考えたことでありました。
2005.3.3 みすず絵画教室主宰(しゅさい) 藤森陽子