| ・・・今月のパレット・・・ |
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| ◆「茜色(あかねいろ)」
・・・昔のスケッチ帖より |
最初、静けさと、白っぽさが、あった. 水の小さなさざ波の音、砂を踏むかすかな足音、 対岸には、薄灰水色の低い山並みと、いくつかの雲、 そして、空は、水彩の水色を薄くといてウオッシュしたように、 頼りなく透明だ. かすかに風がある. 陽射しは、よろよろと弱い. |
夏の終わりの夕暮れ近い、宍道(しんじ)湖畔.
私は、美術館の、湖畔に続く扉をあけて出てきた.
日没後30分が、この美術館の、閉館時間だ.
やがて、変化の兆しが現れる. 対岸の山並みのやや上、薄灰色の雲の下まわりが、 黄色い輝きを放ち始める. 白い太陽が現れる. 黄色とオレンジ色にかこまれて、 白光する丸い穴. 黒群青色の湖に
黄金の王道が現れる. |
湖畔に散策する人たちは、動きをとめて、
佇むか、しゃがみ込むかして、西の太陽見入る.
ひとりひとりの姿が、徐々に黒い影になる.
ひとつひとつの個の影.
いつごろだろう.
小学高学年の頃だろうか.
自分の個を、突然強く意識したのは.
臆病な私は、たまらなく、どうしようもなく、怖い気がした.
これから、どう、自分を運営していこう?
社会のなかで、自分のペルソナを、どう、つくりあげていくのか?
クライマックスは、あっという間だ.
突然、西の空が、濃い茜色に変わる.
おおきな刷毛に、たっぷり赤い絵具を含ませて、さーっと空いっぱいにたちまち、塗ったのは誰だ.
白い太陽は、黄色い炎をぐるりに輝かせて、山並みの端に限りなく近づいていく.
天空も大気も赤い.
薄紫の山並みも赤色を、重ね塗りされて、赤い大気に、透き通る.
湖も、朱色を流し込まれる.
さざ波だけが、黒群青の、細い点線のデッサンに残る.
太陽に向かう黄金の道は、赤と黄色のゴッホタッチにゆらゆら揺れる.
茜色の中、短い杭の列が、黒く浮き出て、アクセントになっている.
サイズが2倍くらいあるブカブカの Tシャツを着た怠そうな少年たちの一群も、赤い光の中だ. 旅行中の中年の女性の群れ. 寄り添う2人連れ. ひとり膝を抱えて座り込む少女. 光と闇、赤と黒に、半分ずつ塗り分けられる. |
自らの、運営にも途方にくれ、方法さえ見つからずに、個の重さを、
大きな服の中に包んで、群れの中に、安心をみつけだそうとする者.
社会の中の幻想の習慣に自らを確定して、幻想の安寧の場とする者.
ワニに狙われる、ヌーの群れの中の一匹.
母が守りきれず、ハイエナに襲われるキリンの子ども.
翼が折れ、蟹に食われる渡り鳥.
個をひきずって、その喜びも悲しみも不安も、たっぷりとつめこんだ個の姿.
とうとう、今日の夕暮れのドラマは終わりだ.
太陽は、黒紫の山並みに隠れた.
山の端が赤く、太陽の在処をしめしている.
まだ薄青い空に漂う雲が、
赤や赤紫の模様を作って、たくさんの天女の紅裳のようだ.
やがて、群青色の、闇の色が大気を包むだろう.
ひとつひとつの個の影は、夕闇に姿をかくしていく. 個の退場である. 群青色の大気に、やさしく個は溶け出して、その一部となる. だいじょうぶ、あなたは、我々と同じ天空のただ のひとつの元素の集まりなのだ. 精一杯その集合体としての、個を楽しめばよい. |
日本海側の夕焼けは、どこか西方浄土を思わせる.
個と命のありように、なんだか少ししみじみとなる.
そのあとまったく、暗くなってしまった湖岸の美術館を、あとにした.
少し前の、夏の終わり.秋の初めの思い出である.
| 2005年9月30日 みすず絵画教室講師 藤森陽子 |
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| ・・・今月のパレット・・・ |
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このスケッチ帖は、出雲の国(島根県)にいた頃、 2002年9月19日の宍道湖の夕日を描いたものです。 そのあまりの情景に言葉がなかったことを今でも思い出します。だんだん。
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