・・・今月のパレット・・・

「茜色(あかねいろ)・・・昔のスケッチ帖より
最初、静けさと、白っぽさが、あった.
水の小さなさざ波の音、砂を踏むかすかな足音、
対岸には、薄灰水色の低い山並みと、いくつかの雲、
そして、空は、水彩の水色を薄くといてウオッシュしたように、
頼りなく透明だ.
かすかに風がある.
陽射しは、よろよろと弱い.
夏の終わりの夕暮れ近い、宍道(しんじ)湖畔.
私は、美術館の、湖畔に続く扉をあけて出てきた.
日没後30分が、この美術館の、閉館時間だ.
やがて、変化の兆しが現れる.
対岸の山並みのやや上、薄灰色の雲の下まわりが、
黄色い輝きを放ち始める.
白い太陽が現れる.
黄色とオレンジ色にかこまれて、
白光する丸い穴.
黒群青色の湖に 黄金の王道が現れる.
湖畔に散策する人たちは、動きをとめて、
佇むか、しゃがみ込むかして、西の太陽見入る.
ひとりひとりの姿が、徐々に黒い影になる.
ひとつひとつの個の影.
いつごろだろう.
小学高学年の頃だろうか.
自分の個を、突然強く意識したのは.
臆病な私は、たまらなく、どうしようもなく、怖い気がした.
これから、どう、自分を運営していこう?
社会のなかで、自分のペルソナを、どう、つくりあげていくのか?
クライマックスは、あっという間だ.
突然、西の空が、濃い茜色に変わる.
おおきな刷毛に、たっぷり赤い絵具を含ませて、さーっと空いっぱいにたちまち、塗ったのは誰だ.
白い太陽は、黄色い炎をぐるりに輝かせて、山並みの端に限りなく近づいていく.
天空も大気も赤い.
薄紫の山並みも赤色を、重ね塗りされて、赤い大気に、透き通る.
湖も、朱色を流し込まれる.
さざ波だけが、黒群青の、細い点線のデッサンに残る.
太陽に向かう黄金の道は、赤と黄色のゴッホタッチにゆらゆら揺れる.
茜色の中、短い杭の列が、黒く浮き出て、アクセントになっている.
サイズが2倍くらいあるブカブカの
Tシャツを着た怠そうな少年たちの一群も、赤い光の中だ.
旅行中の中年の女性の群れ.
寄り添う2人連れ.
ひとり膝を抱えて座り込む少女.
光と闇、赤と黒に、半分ずつ塗り分けられる.
自らの、運営にも途方にくれ、方法さえ見つからずに、個の重さを、
大きな服の中に包んで、群れの中に、安心をみつけだそうとする者.
社会の中の幻想の習慣に自らを確定して、幻想の安寧の場とする者.
ワニに狙われる、ヌーの群れの中の一匹.
母が守りきれず、ハイエナに襲われるキリンの子ども.
翼が折れ、蟹に食われる渡り鳥.
個をひきずって、その喜びも悲しみも不安も、たっぷりとつめこんだ個の姿.
とうとう、今日の夕暮れのドラマは終わりだ.
太陽は、黒紫の山並みに隠れた.
山の端が赤く、太陽の在処をしめしている.
まだ薄青い空に漂う雲が、
赤や赤紫の模様を作って、たくさんの天女の紅裳のようだ.
やがて、群青色の、闇の色が大気を包むだろう.
ひとつひとつの個の影は、夕闇に姿をかくしていく.
個の退場である.
群青色の大気に、やさしく個は溶け出して、その一部となる.
だいじょうぶ、あなたは、我々と同じ天空のただ
のひとつの元素の集まりなのだ.
精一杯その集合体としての、個を楽しめばよい.
日本海側の夕焼けは、どこか西方浄土を思わせる.
個と命のありように、なんだか少ししみじみとなる.
そのあとまったく、暗くなってしまった湖岸の美術館を、あとにした.
少し前の、夏の終わり.秋の初めの思い出である.
2005930日 みすず絵画教室講師 藤森陽子
 
・・・今月のパレット・・・
 

このスケッチ帖は、出雲の国(島根県)にいた頃、
2002919日の宍道湖の夕日を描いたものです。
そのあまりの情景に言葉がなかったことを今でも思い出します。だんだん。