2000年1月

No.20[2000年早々にインフルエンザ脳症で息子さんを亡くされたお父さんから]

 助けてください 息子が今日、インフルエンザで入院しました 何かしてあげれることがないかまったくわからない自分が悔しいです。

 [返事]

 はじめまして

 お子さんがご入院されたとのこと、すっかり動転されたことと思います。

 お子さんのご様子はいかがですか。

 インフルエンザ脳症の場合、初期症状は熱性けいれんと区別がつかないと言われています。

 このため、たとえ熱性けいれんであっても、観察のため入院させることもあると聞いていますが・・・。

 お子さんが大事に至らないことをお祈りします。

 お気持ちは痛いほど分かります。

 私たちも娘が入院した際に、苦しそうにしている娘を前にして、何もしてやれないことに無力感を感じました。

 せいぜい声をかけてやり、体をさすってやるぐらいでしかなかったように思います。

 私たちが経験してきたことであれば、お答えできることもあると思います。

 また、具体的なご様子などお聞かせください。

 お医者さんと話し合われながら、最善の治療が行われるよう、親御さんがお気持ちをしっかり持ってください。応援しています。

 [同じお父さんから]

 正月早々、御無礼しました。

御心配していただいたかいなく、次男坊は、二日の午前三時三分この世をさりました。

 二年と四ヶ月程の短い命でした。

 葬儀などで、たて込んでいたもので、なかなか返事も出せず大変失礼しました。

  発熱後、わずか十五時間程で、呼吸が止まっている子供を見た時は、まさに悪夢のようで、ウィルスはすでに、脳まで犯していたそうです。

  病院で、なんとか心臓は動いてくれましたが、自発呼吸できずに弱っていく子供を見ていられず、藁にもすがる想いでインフルエンザに関する資料をみましたが、過去のデータを、上回る病状で、何もしてあげれない自分達の、無力さを痛感しました。

  これ以上、小さな尊い命が、奪われないように、心から願います。   本当に、ありがとうございました。

 [返事]

 大切なお子さんを亡くされたことをお悔やみ申し上げますとともに、息子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 心身共に追いつめられた状況の中、メールをお書きになるのも大変だったのではと思います。ありがとうございました。

 とても驚きました。あれ以降、どのようなご様子なのかと気になっていました。まさかあれから程なくお亡くなりになろうとは・・・。

 何もお力になれなかったことを悔やんでいます。

 お気持ちを思うと、ほんとうに心が痛みます。

 とても耐え難いような、もっともお辛い体験なのではと思います。深い悲しみ、苦しみの中におられることと思います。

 彩花も、一時は命の危険にさらされました。

 実際に、この病気で亡くされた親御さんとお会いする機会もあります。それは身近なことと感じられるのです。

 私たちは、できることなら、亡くなられたお子さんやその親御さんとも、おつきあいさせていただければと思っています。

 できるかどうかわかりませんが、これから少しでもお力になれることはないかと思っています。

 もしよろしければ、もしそのようなお気持ちになられましたら、またお話伺わせていただければと思います。

 最後になりましたが、お気持ちへの配慮に欠けるところがありましたら、どうぞお許しくだい。そして、どうぞお教えください。

 どうかどうかお身体お気をつけくださいますことをお祈りしています。


No.21[2000年早々にインフルエンザ脳症で入院し現在も意識が戻らない娘さんのお父さんから]

 はじめまして。

 このページを見つけて思わず書いてしまいました。

 今年の14日に私達の長女(5歳、幼稚園の年中)が同じ病気になり 未だ意識不明の状態です。

 最初の23日はどうしようもない気持ちで 何をしても手につかなかったのですが、1週間経ってだんだんと気持ちにゆとりと言うか、現実を受け入れられるようになってきたと言うか・・・
 ちょっと探してみようと思い、このページを見つけました。

 私達にはあまりに突然の出来事で何度も現実から逃げたくなりましたが、娘が無言で、ひとりで、病院の集中治療室のベットの上でがんばってると思うと俺ってカッコわるいじゃ〜んと思い、一緒にがんばろうと思っております。

 今現在の時点では意識が戻っていないのですが、鎮静剤と痙攣止めの薬の量を少しずつ減らしていくと言うことなので、意識が戻ればなぁ〜と思っております。 私共にはまだ下に3歳の次女、1歳の長男が居りますので、ここでへこたれるわけにはまいりません。

 まだまだ先が長そうなので、親子共々、力を合わせてがんばっていきたいと思います。

  突然のお便り、失礼致しました。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは私たちのHPをご覧いただき、メールをくださったこと嬉しく思います。

 娘さんのご様子はいかがですか。

 今年もまた彩花と同じ病気で苦しめられている方がいらっしゃるのだと思うと、胸がしめつけられる思いです。ご心配、ご心痛、お察しします。

 私たちは娘がひとりだけでしたので、つきっきりで看病ができたのですが、ご兄弟がおられるとそういう訳にもいかず、看病、仕事、家事と息をつく暇もないことと思います。

 しかし、親御さんが倒れてしまっては大変です。くれぐれもお身体にはお気をつけください。

 娘さんの意識が早く回復することをお祈りしています。

 最後になりましたが、私たちでよろしければ、またお役に立つかどうか分かりませんが、何かお力になることができればと思っています。

 [同じお父さんから]

 お返事ありがとうございます。

  13日・・・私(父親)の兄弟が実家に集まって居り、それぞれ子供を連れてきて、私が3 姉が2人、弟が2人と総勢7人の子供達があつまっておりました。
 夕方になって長女が寒いと訴えてきたので
1歳の長男を実家に置いて家に帰り、熱を測ったら、 385分(位だったと思います)妻が家に置いてあった解熱の座薬を入れ、ちょっと熱も下がり6時頃に次女と一緒に寝てしまいました。
 そして
9時頃に二人とも起きてしまい「こりゃ当分寝ないな。と妻と話して、調子の悪かった妻を先に寝かして私が二人の子供に付合うことになってしまいました。
 飽きるほど見たビデオを見ていたらまた少し熱が上がってきたので
11時頃にまた座薬を入れ寝転んでビデオを見ていると次女が先に眠いと言ってきたので12時頃に寝かしました。

 1月4日・・・そうこうしているうちに2時前になったので、寝ようと誘ったら、おなかが空いたと言うので、バラ寿しを食べさし、2時過ぎに布団に入りました。
 そして妻にたたき
起こされた4時過ぎまで私は夢の中・・・起きてみると長女の様子が明らかにおかしかったんです。目は開けているのですが明らかに何も見えてません。
 まるで夢の中にいるようなうわ言。
 妻も私を起こす前に、「目つぶって寝なさい。」とかいろいろ話し掛けたのですが「目つぶったらアンパンマンが見えへん。」とかいっこうに要領を得ない答えが返ってくるばかりで、まるで自分の作った空想の世界にいるような感じでした。
 そしていきなり立ち上がってフラフラになりながら歩き出したので、すぐに抱きとめると今度はおびえた様に反り返って震える(後で気が付いたのですが、痙攣だったみたいです。)急いで救急に電話して今日担当の小児科医を教えて
もらい電話。
 しかし全然つながらない。
 またすぐ、救急に電話して症状を話すと「場所が判ってて足があるなら直接行った方が早い。」との返事。
 幸い担当の小児科医までは車で
10分位の公立の総合病院だったので携帯で電話を鳴らしながら、走って行きました。
 やっと病院まであと
1分、という所で電話がつながり、「さっき患者さんが亡くなって、先生も部屋に戻っているので、突然来られてもちょっと・・・」との返事。しかしこちらも必死です。車でおう吐している子供がいるのに帰れるか!と半ば強引に病院に。
 小児科医の先生が長女を見て「えらいこっちゃ」。今度は医者が慌てる番です。行った直後熱を測ったら、
42度。意識障害、痙攣、おう吐。
 いきなり脳症の疑いありと言われて、即、入院。氷で直接、脇、股、頭を冷やし点滴。朝になり
CT、脳波などひたすら検査。夕方になり付いた病名が「インフルエンザ脳症」。
 はっきり言って、「なんじゃそれ、どんな病気?」って言うのが最初に思ったこと。(無知って強い)
 当然脳波は全然ダメ。目の前が真っ暗になりました。
 そしてだんだんと脳症という病気がどんなものか判りはじめると今度は頭の中が真っ白になり、私が意識不明になりそうでした。
 1月5日・・・そして眠れぬ夜が明けて
この日はバイトの初出。実家に残る二人の子を残して、朝3時半からバイト。
 前日、妻にバイトなんて行ってられるかーと言うと「あの子ががんばってるのに何言ってるの。それに居たって何も出来ないし・・・」
と言われて渋々行って、半泣きで仕事していたら午前4時過ぎ、病院にいる妻から電話。
「お医者さんが家族を呼べって・・・」オイオイそれって危篤って事かい!と思い、泣きながら車を走らせ病院へ。
 病院では
意識不明の娘と泣いてる妻とやたら冷静な医者が待ってました。
 「熱が
42度超えると死亡率がぐっと上がるんですよ。この子もここに来たときは42度ありましたし・・・」おいおいそれって娘が死ぬって事かい!このやぶ医者。っと心の叫びが言葉に出ないまま、しばしの放心・・・
 「去年厚生省で認可されたワクチンを使っているのですが、この子の体力が持つかどうか・・・非常に高価なものですが・・・」
バカヤロー!体力?そんなもんやってみんとわからへんやないか!何にもせんよりましじゃー!高価?お前はアホか?銭金の問題違うんじゃー!ぼけ!!っとこれまた心の叫びが口に出ず、酸欠状態・・・。
 それでも医者は「完全完治を目指します。」って、娘は死ぬんか?完治するのか?どっちやねん?!口をパクパクしている間に娘は
ICUに・・・

 ICU1日目・・・相変わらず意識不明。ひたすら検査。

 2日目・・・・・・意識不明。CTやMRI。

 3日目・・・・・・脳の損傷の度合い判る。右脳の半分ぐらい、真ん中の奥の少し、小脳の一部、脳の中枢の 呼吸、脈をつかさどっている部分。その他まだらに何箇所か損傷。人工呼吸器付ける。

 4日目・・・・・・医者に、「最悪このまま・・・、良くて少しずつ回復。」と告げられる。

 5日目・・・・・・何も変わらず。涙なしでは娘に会えず・・・。

 6日目・・・・・・父親開き直る。

 開き直っちまった!もう娘が重度障害だろうが寝たきりだろうが関係無いわ!どんなことがあろうがこの子は 俺の娘や!とことん付合ってやる!ずっと傍に置いとけるんやったら、ぐれる事も無いし、嫁にやることもない。 ずーとお前は俺の娘や!でも・・・寝たきりでも体が大きくなったら・・・風呂入れるんもたいへん・・・よっしゃ おとうちゃんが体鍛えて待っとったる!てな具合に、開き直りました。
 本当に障害があるお子様を育てておられる方からみれば、「障害を持っている子供を育てていくのはそんなもん
じゃない。ちゃんちゃらおかしいわぃ!」っと思われるかもしれませんが、私は真剣です。
 ふざけていると思われるでしょうが、結構真剣です。

  最後に。あとどれだけ娘が回復するかわかりませんが、最悪の状態を想定しているので回復した分だけ 儲けです。命が助かっただけでもお釣りが来るほどですから・・・
それと、病院の先生、娘の命を助けていただいて、本当にありがとうございます。今だ、私達の娘でいてくれる
喜びをひしひしと感じております。・・・もう少しで神様に取られるところでした。
  またメールを出してもよろしいでしょうか?

※ その後、2月に入り意識を取り戻されました。


No.22[インフルエンザ脳症で息子さんを亡くされたお父さんから]

 彩花ちゃんと彩花ちゃんのご家族へ

 HP拝見させて頂きました.

 今年は,昨年ほどではなさそうですが,インフルエンザの季節になり複雑な思いでおられることと思います.

 他人にはとても考えられない心身ともに考えられない状況にも関わらず,HPを公開されており,たくさんの方に勇気を与えられています.本当に心から敬意を表しています.

 何も,同じような方がいらっしゃるを知り,安心しているという意味ではありませんので,気を悪くなさらないで下さい.

 私たちも昨年123日,4歳になったばかりの息子をインフルエンザ脳症で亡くしました.

 クリクマスイブの夜に突然の高熱,痙攣でそのまま再び眼を覚ますことなく子供の旅立ちを見送ることになってしまいました.

 彩花ちゃんが誕生日プレゼントを楽しみにしていたのと全く同じで,クリクマスプレゼント,113日の誕生日プレゼントを楽しみにしていた時の表情は...という感じでいます.

 この一年は時間の流れに気持ちが全く追いつかないという情けない状態でした(まだまだひきずっていますが).

 しかし,周囲の方の暖かい気持ち,同じような境遇の方や彩花ちゃんの事を知らされたりすると思ってはいるもののなかなか出来ない,前向き的な勇気をもらいます.有り難うございます.

 今日は,特に亡くなった息子の5歳の誕生日前ということでふと脳症ということでHPを検索した次第です.単なる興味ということではありませんのでどうぞご理解下さい.

 このページをブックマークに追加しました.時々のぞかせて頂きたいと思います.

 また,メール致します.

 [返事]

 はじめまして。

 私たちのホームページをご覧いただき、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 まもなく一年になろうとするのですね。息子さんのご冥福をお祈りいたします。

 大切なお子さんを亡くされてしまうなんて、なんて恐ろしいことかと思います。その現実と向き合いながら、日々暮らしていかなければならないなんて、なんて苦痛に満ちたことかと思います。

 メールを拝読させていただき、思わず涙があふれました。

 HPでも紹介していますが、私たちは「インフルエンザ脳症・親の会 小さないのち」の会員になっています。

 この会は、お子さんを亡くされた親御さんが中心に運営をされており、会員同士が気持ちをうち明け、心の癒しを図る「つどい」なども行われています。

 それでは、まだまだ寒さも厳しいですので、お身体にはどうぞお気をつけください。


No.23[ウイルス性脳炎の後遺症を持つ妹さんのお姉さんから]

 はじめまして。

 HP拝見致しました。

 というのも昨年11月に妹(21歳)が実家でおかしな事を言うようになり病院へ行ったところ、ウィルス性脳炎で緊急入院に至りました。

 検査を髄液から致しましたが、ウィルスの特定が出来ず、本人の力で生き返るしかないと診断されました。

 薬もなく、点滴といえば栄養だけで私達家族はただ見守るしかありませんでした。

 そのうち、呼吸が止まり呼吸器の挿入になり、どうなる事かと生きた心地がしませんでした。

 今年に入り、やっと弱い呼吸が出てここ2〜3日は、質疑にもきちんと答えどう見てもまともそうに思えるくらいです。

 しかし1週間前は人の力では考えられない力で暴れ抑制をされても看護婦さんを蹴り上げるなどの抵抗を見せていました。

 今は,しっかりしているように見えますが、私のことや母を知らない人だと言っています。

 その他の記憶は、かなり鮮明に蘇っているようなのですが、インターネットや本で調べても脳症・脳炎の情報の少なさに愕然とするばかりです。

 藁をもすがる思いでメールださせていただいてます。

 何か参考になるものがあれば教えて頂けないでしょうか?

 [返事]

 はじめまして。

 私たちのHPをご覧いただき、メールをくださったこと、嬉しく思います。

 彩花も一命をとりとめてしばらくしてから、子どもとは思えない、大人でも押さえきれない力で暴れていましたが、もう成人されている妹さんのこと、とてもつらく、大変な日々だったこととお察しします。

 私たちの知っている情報もしれていますが、お役に立てるかもしれないと思い、思いついたものを書いてみます。

1 患者会
  私たちのHPでも紹介しています「頭部外傷や病気による後遺症を持つ若者と家族の会」には、成人された後遺症者とそのご家族が多く加入されているようです。
 頭部外傷とは言っても、脳の後遺症に違いはありませんので、妹さんと同じ年頃で似た症状の方との情報交換ができるかもしれません。

2 書籍
 佐藤せつ子さんが書かれた書籍「息子が笑った−知的リハビリの記録」(ルック)は、就職された息子さんがヘルペス脳炎に倒れ、その後回復される経過をつづられており、参考になると思います。

3 HP上の情報

4 メールで知り合った方
 私たちのHPの「みなさんからの反響」No.2の方は3年前に当時22歳の娘さんが脳炎にかかられ、その後介護に苦労されておられるようです。
 もし、情報交換を希望されるようでしたら、一度あたらせていただきます。

 それでは、妹さんの回復をお祈りします。


No.24[インフルエンザ脳症による後遺症もなく快復された娘さんのお母さんから]

 はじめまして。

 我が家の娘も2年前の12月、生後11ヶ月の時インフルエンザ脳症になりました。

 皆さんと同じように、発熱からはじまりけいれんが止まらなくなり、救急車で病院に運ばれました。

 その後なかなか意識が戻らなくて、どうなることかと我が家は深い闇に沈んでいました。

 幸いうちの娘はその後意識を取り戻し、現在元気にしてます。

 今春には幼稚園に行きます。

 これといった後遺症も残りませんでした。

 てんかんも心配されたのですが、脳波の結果こちらのほうも異常なしでした。

 ただ、高熱を出すと引きつけやすいので、ダイアップは常に冷蔵庫に入っています。

 意識が無いとき、本当に絶望しました。

 このまま死んでしまうのではないかと思いました。

 メールのなかに現在意識がない方の物(No.21)があったのでうちのような例もあることも知ってほしいと思ってメール出しました。

 最後に、あやかちゃんが少しでも元気になりますように、おいのりしてます。

 へたくそな文章でもしも気にさわることがあったらごめんなさい。

 私も娘の事を人にメール出すのは初めてなものでちょっと緊張しました。

 それでは、あやかちゃん、ご両親風邪などひかないように。

 このところ寒い日が続いてるので・・・

 [返事]

 はじめまして

 このたびは私たちのHPをご覧くださり、メールをいただけたこと嬉しく思います。

 インフルエンザ脳症から後遺症なく快復された方とめぐりあえたのは、これが初めてです。

 メールを出されるに当たり、少し勇気がおいりになったのではないかとお察しします。

 厚生省の実態調査を見ましても、死者と後遺症者がそれぞれ1/4ずつで、半数は後遺症を残さずに快復されているのですから、快復された方がおられることについても情報発信できたらなと思っておりました。

 それでは、今後ともよろしくお願いします。

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2000年2月

No.25[小学校で養護教諭をされているお母さんから]

 新聞にインフルエンザ脳症の記事があり、インターネットを開いていて、偶然、あやかちゃんのことを知りました。

 私は、小学校で養護教諭をしています。

 この冬も450名在籍のうち342名が罹患しました。

 2月10日に集団発生の終焉を教育委員会に報告したところです。

 本当に毎年この時期は、保健室は満員になります。

 やはり、低学年の子は抵抗力・体力がないので長引くようです。

 しっかり治しておいで、と早退させても、おうちのかたの仕事の関係で治りかけで登校してくる子もいます。

 うつさないのもエチケットだよなんて、嫌味なこともいっちゃいますが、世の不景気・リストラの影がこんなときにも見え隠れして、一番弱いものたちがつらい思いをしているのを感じます。

  さて、我が家には、養護学校に勤務するパートナーと3歳の娘・1歳の息子がいます。

 夫は、うがい大好きで予防し、娘と息子はおばあちゃんと人ごみに出かけず予防し、私は学校でマスク女に変身して予防して、なんとかインフルエンザにかからずにすごしています。

 あやかちゃんの体験を読ませていただき、ちょうど同じ年頃の子を持つ親として、何かをお話したくて、キーをたたいたのでした。

 私は、軽軽しくご両親のお気持ちがわかるとは言えません。

 主人がよく言います。「養護学校のお母さんたちは明るいんだよ。優しくてつよい明るさがあるんだよ。」

 普通学校で 5年勤め、ちょうど学級に特殊学級から通級していた子と出会い、養護学校に転勤して、 教育のあり方を別の観点から考えたいと人生を選択した彼の口癖です。

 私も職種がら、特殊学級の子どもたちと触れ合う機会があります。

 「あたりまえの教育」 ってなんでしょうね。難しいです。

 どちらにもいいところ・困るところがありますよね。

 一番いいのは、普通学校にケースにあわせた特殊学級が何クラスかできたらと思います

 世の中にいろんな人がいることを双方の子どもが知り、今自分がどうあればいいのか、どう手助けすればいいのか、どう助けを求めればいいのか、小さいうちから関わっていけば彼らが大人になったとき、本当に共存できると思うのです。

  何を言いたかったか支離滅裂ですが、またゆっくり・・・

 ただただ、あやかちゃん・お父さん・お母さんが元気に過ごされることを応援しております。

 [返事]

 はじめまして。

 私たちのHPをご覧になり、メールをいただけたこと嬉しく思います。

 インフルエンザ脳症については、多くの方に知っていただきたいと思っておりましたので、養護の先生にご覧いただけてありがたいです。

 インフルエンザを予防すると言うことは社会生活を営む以上、難しいのだろうなと思います。

 「うつさないことはエチケット」その通りだと思います。

 大人社会がかわらないといけないですね。

 人にうつして複数の人が仕事を休まなければならなくなるくらいなら、人にうつさず完全に治癒してから出勤した方が社会的な損失も少ないと思うのですが・・・。

 さて、ご主人は普通学校の教員から養護学校の教員になられたとのこと、障害児を持つ親として心強いものを感じます。

 障害児のことを理解してくださる先生がひとりでも増えることを願っています。

 先生のご意見、私たちの考えに理解を示してくださったようでとても嬉しく思います。

 ノーマライゼーションが言われる中、娘が大人になったとき、誰もが共存できる社会になっていることを願わずにはいられません。

 話は変わりますが、都道府県の保健所は、数年前から権限委譲し、多くの保健サービスを市町村が行うようになってきました。

 そして、保健所は市町村の保健センターへの指導助言や情報提供と広域的な業務(感染症予防や環境対策)などの機能強化を図っています。

 私たちは学校もこれと同じように、養護学校が今まで蓄積してきたノウハウを地域の小学校に提供し、指導助言をするような機能を持つようになれば、多くの障害児が地域で過ごせるようになるのではないかと思っています。

 生意気なことを書いてしまったかも知れません。

 気分を害されるようなことがありましたら、ご容赦ください。

 障害児の親の意見も様々です。

 ひとつの意見としてお聞きとどめくださると幸いです。

 私たちも娘を入学させるのはこれからです。

 先生ご一家は、小学校のことも養護学校のこともご存じですので、またアドバイスなどありましたらお聞かせください。

 それでは、今後ともよろしくお願いします。


No.26[ウイルス性脳幹脳炎の後遺症を持つ方から]

 はじめまして。

 今日仕事中に何気なく「インフルエンザ」ということで、検索をしてHPを見ていました。

 突然のメールで失礼致します。

 私も、おととし12月末から昨年4月末まで約4ケ月入院をしていました。

 病名は「ウィルス性脳幹脳炎」でした。

 自宅で眠っていて、夜中にベッドから落ちてその音に両親が気付き、2Fにあがってみると、白目をむいて、口から泡をふいている私がいたそうです。

 すぐさま救急車を呼び、地元の救急病院へ運ばれたそうです。

 そして運ばれて何日かはわりと会話もしっかりとして、大部屋にいたそうなのですが、それから個室に移ってすぐ、容体が悪化し、集中治療室に移され、年末年始は集中治療室で過ごしたそうです。

 親も主治医からは『たとえ命が助かっても、後遺症が残る可能性が大。日常生活もどうなるか』と言われたそうです。

 私は救急車で運ばれてから1ケ月ぐらいしてやっと自分が置かれている状況がわかってきたぐらいでした。

 『どうして私はここにいるのか』、『一体私はどうしたのか』、毎日同じ事を質問していました。

 自分が入院中であるっていうことを理解するまでに相当の時間がかかりました。

 2、3分前に聞いたことを、また聞いたりと、周りもかなり心配していました。

 熱もなかなか下がらず、ベッドで点滴を受けて寝たきりの生活が2ケ月近く続きました。

 床ずれが出来たのには、我ながらびっくりでした。

 それから立ちあがるようになるまで、かなりの時間がかかりました。

 歩けるようになるのか、本当に心配でした。

 そして今も続く「排尿障害」には、本当に困らされています。

 ずっとカテーテルを入れられていて、いざ抜いてみても、尿が出ない、尿意を感じても出ない、これがずっと続きました。

 本当に辛かったです。

 病室で大泣きをして、看護婦さん、主治医がみんな 集まってきてしまって、大変迷惑をかけたこともありました。

 主治医からは『尿意を感じなくなる人もいるから それがまだ救いだ』と慰められました。

 今は残尿に苦しめられていますが、『自己導尿』と いう方法により、日常生活は普通に送っています。

 ですが2週間に1度の通院。

 朝晩薬を飲み、後は体調に十分注意して、風邪をひかないように気をつけています。

 ただ、この「残尿」は一生続く気配がしています。

 命が助かっただけでも有り難いと思って、これは我慢です。

 ずっと寝たきりの生活で、本当につらかったです。

 やっと熱が下がってきて、本格的にリハビリがはじまっても、歩くどころか立つこともできなくて、これには自分自身びっくりでした。

 その時のショックは今でも忘れません。

 本当に健康って大切なんだって、よく分かりました。

 長々とメールしまして、失礼致しました。

 またメールさせていただきます。  

 [返事]

 はじめまして。

 脳炎に罹られたご本人からメールをいただくのは初めてで、大変うれしく思います。

 メール拝読しましたしたところ、頭の中でも重要な部分である脳幹に炎症が起こったとのこと、これまでの病気、後遺症との闘いの日々は言葉では言い尽くせないものがあることとお察しします。

 私たちも脳症になった娘の立場になって、どれほどつらいことだっただろうかと思いめぐらすことがあるのですが、やはりこのつらさというものは、本人でなければ分からないものなのかもしれませんね。

 しかし、今や仕事に就かれ、パソコンを駆使されているご様子、その快復ぶりは目覚ましいと思います。

 このように同じような病気の方の快復される話を聞きますと、私たちも力をいただけたようで嬉しいです。

 私たちの娘も発病から2年が経ったものの、まだまだ赤ちゃんのようで比べものにはなりませんが、快復を信じてこれからも歩んでいきたいと思います。

 それでは、寒いが続いていますが、お身体にはくれぐれもお気をつけください。

 [同じ方から]

 早速のお返事、どうもありがとうございました。

 まさかこんなに早くお返事が頂けるとは思っていなかったので・・・。

 びっくりしたのと同時に、嬉しく拝見いたしました。

 私が集中治療室に入っていたころは、父母はじめ兄弟、親戚、友人、同僚等、本当にみんな親身になって助けてくれました。

 母は、つきっきりで看病をしてくれましたし。

 父も仕事の合間に、様子を見にきては、励ましてくれました。

 みんな交代交代で、ついていてくれました。

 人の有り難味が、本当によく分かりました。

  本当に風邪をひくぐらいで、めったに寝込んだことがなかった私が・・・、と皆泣いていたそうです。

 めったに病気をしなかったのが、かえって悪かったようです。

 ちょっとぐらいの気持ちが、いけなかったと主治医にもお灸をすえられました。

 病気をしてからというもの、『生きていることは当り前じゃない』ということが、よく分りました。

 本当にいい体験でした。

 この体験を少しでも生かせるようにと、考えています。

 少しぐらい後遺症があっても、命があるだけで、本当に有り難いことなんだと思っています。

 これからは私も何かあれば、何らかの形で、自分の体験を役立てられれば、と思います。

 それから、これだけは言わせてください。

 病気の人を励まそうと、『がんばれ!』と言ってくださる人がいますが、正直この言葉は一番辛かったです。

 これを言われる度に、『私は頑張っていないわけじゃない!』と思って、悲しかったです。

 それよりも、私が一番うれしかったのは、私が『自己導尿』をしなければいけないと聞いて、ショックで病室で泣き叫んでいた時、ある看護婦さんが『泣きたい時は、泣いていいんだから。思いっきり泣きなさい』と胸をかしてくれました。

 あの時は本当に我を忘れて泣きました。

 病院中に響きわたる位の、大声で泣きました。

 ちょうど入院してから、1月ちょっとでしたでしょうか、今までこらえていたものが、いっぺんにあふれでてしまった 感じでした。

 看護婦さんも忙しい合間をぬって、入れ替わりたち替わり、病室に来てくれて、そばにいてくれました。

 今思い出すだけでも、つらい時期でしたが、あれがあったからこそ、今の私があると言えます。

 またメールをさせていただいても、よろしいでしょうか。

 それでは、また。

 [返事]

 メールありがとうございました。

 何らかの形でご自身の体験を生かしたいとのこと、すばらしいことだと思います。

 常に前向きな気持ちでいられるわけではないでしょうが、このような気持ちで日々を過ごしていきたいものですね。

 「がんばって」の言葉、ありふれた励ましの言葉ですが、私たちもこの言葉で余計に落ち込んだ経験があります。

 この言葉を使った方には悪意はないのでしょうが、使って欲しくない言葉ですね。

 自分自身、十分に頑張っているのに、改善されない、自分でももどかしい。

 そんなときに、端から「がんばれ」などと言われるとつらいですよね。

 励ますのではなく、このやるせない思いを受け止めて欲しいですよね。

 そのようなときに、良い看護婦さんに巡り会われ、幸運でしたね。

 病気そのものを治すだけでなく、もっとメンタルケアを心がけたお医者さんや看護婦さんが増えたらなと思います。

 それでは、また。 


No.27[インフルエンザ脳症で入院中のお子さんを持つお母さんから]

 私は、2人の子供の母親です。

 上の子が、先月(1月)インフルエンザ脳症にかかり、現在も入院中です。

 現在リハビリ中ですが、幸いな事に後遺症は残らないかもしれません。

 そう強く信じています。

 インフルエンザ脳症の情報を探していて、このページを知りました。

 とても詳しい情報を有難うございます。

 子供を亡くすかもしれないというあの時の恐怖感、苦しむ我が子に何もしてやれないという無力感は、一生忘れないと思います。

 そして一命を取りとめた後も、呼びかけに反応しない子供を前に後遺症を覚悟したときの悔しい気持ち・・・。

 ここまで元気に育ってきたのに何で・・・、と思いました。

 子供の脳は回復するという言葉を信じています。

 彩花ちゃん、頑張ってください!

 [返事]

 はじめまして。

 私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 お子さんが現在も入院中とのこと、先の見えない不安の中でご心労が積み重なっておられることとお察しします。

 その後、お子さんの具合はいかがですか。

 私たちも親としてウイルスから守ってやれず、何もしてやれなかった罪悪感・無力感にうちひしがれました。

 そして、亡くしてしまうかも知れないという恐怖感・・・。

 今年もまた、私たちと同じような思いを抱かざるをえない方がおられるという状況にやるせない思いがします。

 しかし、お子さんはリハビリも開始されたとのこと、可能性を期待し、これから順調に快復されることをお祈りします。

 まだまだ寒い日が続きますが、お母さんが倒れられては大変です。

 お身体にはくれぐれもお気をつけください。

 それでは、これからもよろしくお願いします。

 ※ その後、無事退院されました。


No.28[インフルエンザ脳炎で入院中の娘さんを持つお父さんから]

 はじめまして。

 私の2歳4ヶ月の娘が、インフルエンザ脳炎になりました。

 3人兄妹の末っ子です。

 兄は9歳、姉は6歳です。 娘は2月9日に発症しました。

 その日の午前中、娘が熱っぽいようなので近くの開業医にいきました。

 その時点では、のどの腫れと熱との風邪、ということで、いったん帰宅したのですが、その日の午後4時頃から発熱、けいれんを起こし、また開業医のところへ飛び込んでいきまいた。

 その時点で42.5度の熱とけいれんが治まらず、その場で別の総合病院へ移されました。娘はもちろん意識はもうありません。

 そこで、処置及び検査の結果、脳の腫れも、血液検査も異常はないということで、熱性けいれん?あるいは、脳炎の疑いもあるということで、それに対する処置をしていただきました。

 私自身病院に着いたのが7時過ぎで、娘の横たわっている姿を見ました。

 この時点では、まだ私自身今のような事態は全く考えていませんでした。

 しかし、翌日(10日)になって血小板数の低下と肝機能の低下により、脳炎の疑いが出てきたということで、 さらに施設の充実した別の病院へ転院し、治療を受けることになりました。

 しかし、その病院へ移った時点で呼吸機能の低下が起こり危険な状態となってきました。

 そこで人工呼吸器をつけ、インフルエンザと脳炎の疑いがあるので、それに対する処置をしますということでした。

 病気の進行が早く、非常に危険な状態なので命がなくなるかもしれないと宣告されました。

 もう我々は祈るしかありませんでした。

 その後一命は取り留めたものの、先日の検査結果によると、脳の腫れはひいたものの、脳波検査の結果からも 後遺症は免れないということでした。

 現在娘は発症後、9日目の朝を迎えます。

 昨日よりICUから一般病棟に移りました。

 しかし、いま現在の娘の様子は、目はあけてはいるもののどこを見ているかわからない。

 瞳もあまり動かない。

 まばたきはたまに。

 「あー。うー。」程度の声は出す。

 手足は指先が少し動く程度です。

 この先どこまで快復できるのか。

 最初は命が助かって良かったと安心しました。

 しかし次は将来の心配が出てきました。

 しかし娘を守ってあげれなかった親の責任を考え、とにかく娘がはやく昔の状態に戻れるようにと願い、そして努力していきます。

 最後にこのような言葉が来るのはおかしいですが、突然のメールお許しください。

 インフルエンザ、脳炎に関して全く無知だったので落ち着いた今、いろいろ調べていたところ、あやかちゃんのホームページを拝見させていただき、 同じような経験をされた方に聞いてもらいたくメールしました。

 あやかちゃんのさらなる快復をお祈りします。

 [返事]

 はじめまして。

 娘さんがインフルエンザ脳炎でご入院中とのこと、お忙しい中で私たちにメールをくださったこと、ありがたく思います。

 その後、娘さんのご様子はいかがですか。

 メールを拝読し、また私たちの娘と同じような病気で苦しんでおられる方がいらっしゃるのだと思うとやるせない思いでいっぱいです。

 しかし、一時は命も危ぶまれていたものの、一命はとりとめられたとのこと、まずは一安心ですね。

 これも、娘さんの生命力とご家族の熱い思いが通じた結果だろうとお察しします。

 私たちも一命をとりとめてからというもの、これから先のことが不安で押しつぶされそうな思いをしました。

 私たちの娘のケースは一例でしかありませんが、参考にはなると思います。

 娘は1ヶ月半後に物を目で追い始め、手も少し伸びるようになりました。

 その後、リハビリが始まったのですが、それからの快復ぶりは目覚ましいものでした。

 また、同じように「後遺症は免れない」と宣告を受けた方であっても、1ヶ月後には「後遺症は残らないかも」と順調な快復ぶりを報告くださった方もおられます。

 ですから、まだまだ快復は期待できると思います。

 私たちも遠方からですが応援しています。

 まだまだ寒い日が続きますが、ご家族の方が倒れられては大変ですので、くれぐれもお身体にはお気をつけください。

 それでは、娘さんの快復をお祈りしております。


No.29[薬局を開かれている薬剤師さんから]

 はじめまして。

 何からお話ししていいのやら・・・HPを読んで涙がでました。

 私も1ヶ月前に初めて父親になりました。

 3日前に検索エンジンでこちらのHPを知り、あやかちゃんと自分の娘をだぶらせて涙がでました。

 私は薬局を営んでいる薬剤師です。

 インフルエンザ脳症には家族を含めて関わったことはありませんが、子供が産まれるということもあり、昨年より積極的に情報を集めてきました。

 新聞やTVでの報道、そして昨年12/18に行われた「小さないのち」のシンポジウムにも参加させてもらいました。

 じつは私はあの時の質疑応答で一番手に質問した者なんです。

 あやかちゃんは今年小学生になるのでしょうか?

 その地域の学校に普通に通うことができればいいですね。

 障害をもつということが、すべての人に突然起る可能性があるということを我々はもっと身近に認識する必要があると思います。

 社会から必要以上に排除せず、必要以上に優遇されない、普通の生活に少しの手助けが自然と行われる社会が作られるように私個人も微力ながらがんばりたいと思います。

 あやかちゃんの御両親、体に気をつけてがんばってください。

 やるせない気持ちがこのような文章になったことをお許しください。

 [返事]

 はじめまして。

 この度は、私たちのHPをご覧になり、メールをいただけたこと嬉しく思います。

 薬剤師さんからのメールは初めてで喜んでいます。

 私たちも「小さないのち」のシンポジウムには参加していましたが、席が後ろの方だったせいか、挙手していたものの質問できませんでした。

 勉強熱心でいらっしゃるのですね。

 インフルエンザ脳症に関心を持ってくださる専門家の方がいらっしゃるというのは、大変心強いです。

 それでは、今後ともよろしくお願いします。

 追伸:娘はこの4月から地域の小学校に入学することになりました。

 ご声援ありがとうございました。

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2000年3月

No.30[小児科のお医者さんから]

 はじめまして。

 小児科医師をしています。

 先日、インフルエンザ脳症の子供さんの治療にあたり、無事、今のところは後遺症無く退院されました。

 そのお母さんからこちらのページを教えていただき、読ませていただきました。

 インフルエンザ脳症の詳しいこと、解明されていることは大変少なく、お父さん、お母さん方のやりきれない思いが、切に伝わってきます。 

 立場上、メールで多くを伝えることは出来ませんが、これからも、子供たちの未来を守るため、頑張っていきたいと思います。

 お父さん、お母さんがたの率直な気持ちをまた、読ませていただければ嬉しいです。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは私たちのHPをご覧になり、励ましのメールをくださったことありがたく思います。

 お医者様からメールをいただけたのは初めてのことで大変喜んでおります。

 先生の患者さんは無事後遺症もなく退院されたとのこと、私たちも嬉しい思いがいたします。

 もう私たちと同じような体験をされる方が増えて欲しくないというのが私たちの思いです。

 そのような中で先生のようにご理解いただける方が増えてくることを期待しております。

 また、何か情報をお持ちでしたらお聞かせいただけるとありがたいです。

 それでは、先生のますますのご活躍をお祈りします。


No.31[自閉症の息子さんを持つお母さんから]

 はじめまして。

 私は8歳の自閉症の子を持つ親です。

 先日TV「とくだね」のなかで「インフルエンザ脳症」を取り上げていたのを拝見させていただき「ひょっとしたら・・・」とHPを検索。

 ここにたどり着けました。

 一緒にされては困る!と言われそうなのですが、ウチの子の場合は同じ年頃の子どもに比べて脳が小さいそうです。

 自閉症も脳に何らかの障害が(微細脳損傷が原因と過去にはよく言われていましたが)あって発症するのではないかとか言われてますが、実際のところよくわかっていません。

 生まれつき持っていた障害がだんだん顕著に表れてなんとなく「変」と思い始めるのと、ある日突然重度の障害を持ってしまうこととは精神上、計り知れない違いがあるのかも知れませんが、障害児を持つ親としての考えや気持ちは同じであるような気がするのです。

 ウチの子は外見いたって「普通」なのです。が、これが結構「難」でして、誤解を受けることが多々あります。

 そういう場面にぶつかるたび「この子の障害をみんなに理解してもらうにはどうしたらいいのだろう。」と悩みます。

 「障害を知ってもらう」このことは小さい命の会の主旨と共通です。

 通級させてもらっているクラスの子には「こういう子なんだ」ということをわかってもらっていますが、学校としてはまだまだです。

 あやかちゃんだよりみたいな物を作ってみようかなぁと思ったり、この際思い切って全校の前で話しちゃおうか?などと突拍子もないことを考えたりしてただ今模索中です。

 長々と取り留めもない話ですみません。

 またHPのぞかせてもらいますね。

 [返事]

 はじめまして。

 この度は私たちのHPをご覧くださり、メールをいただけたことうれしく思います。

 療育施設などで自閉症のお子さんとその親御さんにも出会ってきており、いろいろとお子さんに対する悩みを持ちながら、お育てになってこられたのであろうとお察しします。

 私たちも障害児を持つ親の思いは、先天的な障害であろうと、中途障害であろうと共通するものがあると思っています。

 障害を持ちながら地域の中で暮らして行くには、地域の方々やお友だちにどのように接していただけるかが重要だと思います。

 そのような思いから「あやかちゃんだより」を発行しているのですが、実際のところ、保育園の中では配ることはさせてもらえず、門の外で目立たないように、お友だちの親御さんに配らせてもらっているのが実体です。

 4月から地域の小学校の障害児学級に通う予定ですが、原学級のお友だちにどのようにして、娘のことを知ってもらおうかと思いめぐらしています。

 まずは、理解のある先生に巡り会えることを期待しているところです。

 そちらの方も、理解のある先生で、すぐ実行に移してくださると良いですね。

 陰ながら応援しています。

 それでは、よろしくお願いします。


No.32[インフルエンザ脳症と思われる症状で娘さんを亡くされたお母さんから]

 1週間前に1才8ヶ月の娘を失いました。

 おそらく、インフルエンザ脳症のようです。

 娘は発病してからあっという間に亡くなってしまい、死因も今は不明です。

 病院に運ばれて24時間以内に亡くなった場合、警察が検死しなくてはならず、解剖を行いました。

 結果は未だわかりません。

《病状の経過》
半月ぐらい前から鼻水をたらし少しのせきのみで熱はない。

3月8日(水)午後2時ごろ39℃の発熱。

(4才の兄も同じように39℃の発熱7才の兄は学校で吐いたと電話連絡が入り友達のお母さんにお迎えを頼む)

        午後6時、かかりつけの病院で診てもらう。
         7才の長男は気管支炎と腸炎。
         4才の次男と娘の症状は同じ風邪症状といわれ薬をもらう。

        薬局の待合室で娘はおう吐する。

        自宅に帰ったら吐いてすっきりしたのか少し元気を取り戻した。

        その後寝てしまい、薬も水分も取らず眠る。

        夜中、のどが渇いたのか3回、目をさまし泣いたので夫がポカリスエットで水分補給をする。

3月9日(木)朝7時、夫の朝食(パン)を横から食べた。
         熱は計ってないけどおでこをさわったら下がったようで元気も出てきた。

        9時頃、粉ミルク150t飲む。

        10時頃、すり下ろしリンゴを1/2個も食べる。

        11時頃、いちごを8個ぐらい食べる。

        12時頃、私の昼食をよこからつまみ食いするほど食欲があり、安心する。

        2時、粉ミルク150t飲む。

        2時半、ぐずりだしたので抱っこしたら身体が震えていた。

  手足がとても冷たく、急激に熱が上がると思い、毛布でくるむ。
  この日は天気が良かったのでほとんどの布団を干していて、手頃な布団が近くになく、学校と幼稚園を休んでいた上の2人を呼びつけ布団を持ってこさせる。
  私はジーパンを脱ぎ自分の体温で暖めようとしたが、娘がかなりもがくようにあばれるので病院に電話し、2人の子どもを預かってもらう手配をする。

3時 病院につく。

 着くまでのタクシーのなかでは外の景色を指さし「アッーアッ」といつものようにしたので安心していた。
 車の揺れが気持ちよさそうに目を閉じてる。

病院につくなり熱を計る。
 42℃、解熱剤の坐薬。
 点滴をしようとしたが針が入らずあきらめ、口からポカリスエットを飲ませようと看護婦がするがなかなか入っていかない。

意識が落ちてきた。

3時半、救急車の手配がなされ乗りこむ(救急隊員はのそのそしていた) 
 救急車の中でおう吐、意識がなくなる。

夜中の12時41分、病院の治療も甲斐なく息を引き取りました。

 こんなに経過が早くなってしまう病気を初めて知り恐ろしさに震えます。

 彩花ちゃんのほっぺは暖かいですか?

 いっぱいいっぱい頬ずりしてあげて下さいね。

 これから私たちは娘が残したメッセージを人生のテーマとして生きて行こうと思ってます。

 またこの様な団体に対して出来ることがあれば、何かしたいという気持ちで居ます。

 後遺症をもったお子さんの親御さんもさぞかし大変なことでしょう。

 遠いところからお祈りしてます。

 [返事]

 はじめまして。

 メール拝読しました。

 インフルエンザ脳症で娘さんを亡くされたとのこと、娘さんのご冥福をお祈りします。

 またもこの病気で悲しまれるご家族がおられたのだと思うとやるせない思いでいっぱいです。

 医学が発達した今日であっても、依然この病気の発症のメカニズムは分かっておらず、もどかしさを感じます。

 先日、神戸で「小さないのち」のつどいがあり、お子さんを亡くされたご家族が幾組か出席されていました。

 お子さんの経過を沈痛な面もちでお話しされ、涙なしでは聞くことはできませんでした。

 私たちにはお子さんを亡くされた親御さんのお気持ちを察することなどできないかもしれませんが、分かち合えるものなら、分かち合わせていただきたいと思っています。

 またよろしければメールください。

 それでは、まだ亡くされてから日も浅く、ご多忙な日々をお送りのことと思いますが、お身体にはくれぐれもお気をつけください。


No.33[急性脳症の後遺症もなく快復された息子さんをもつお母さんから]

 はじめまして。

 今年6歳になる息子も2年前の1月に急性脳症にかかりました。

 実は今2歳になる娘の出産の翌日のこと故、主人と主人の両親が息子の入院中看病していて、私は主人から 概要を聞いただけでした。

 痙攣のため救急車で30分かかる市民病院に運ばれICUに2時間いた後意識は回復したそうです。

 次の日は多少言葉が出ていたのですがそれから後語りかけても反応がなくなってきたそうです。

 半月後帰宅してきた息子は、起き上がることもできず、名前を呼んでも振り向きもしませんでした。

 自宅療養の結果、現在は回復していますが、医者は治るとは思ってなかったといってます。

 主人はあの時の子供の様子がなかなか頭から離れず、夢に見る時もあるそうです。

 実は発達に遅れがあり、言葉がやっと片言ではじめた頃の病気でした。

 それまで真っ暗な闇を歩き、少し光りさしてきた頃でした。

 必ず治る。娘と双子と思えばいい。この言葉を握り締めて退院後の日々を送っていました。

 今回このHPを拝見して、あやかちゃんのこと、ほかの同じ病気に罹られた子供の親御さんの事を知り、 胸が詰まる思いです。

 私の子供もこんなつらい思いをしてきたのか、主人や主人の両親はこんな大変な思いをしてきたのか、 頭が下がります。

 これからも時々見させていただきたいと思います。

 どうか体に気を付けてください。

 [返事]

 はじめまして。

 私たちのHPをご覧くださり、メールをいただけたこと、ありがたく思います。

 双子と思って育てていこうと思われた前向きなお気持ちには頭が下がります。

 そして、息子さんも現在は回復されているとのこと、何よりのことと思います。

 その後、発達の方はいかがですか。

 彩花は依然あかちゃんのような状態ながらも、この4月から地域の小学校(障害児学級)へ通うことになりました。

 それでは、今後ともよろしくお願いします。

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2000年4月

No.34[インフルエンザ脳症にかかられたと思われる息子さんを持つお母さんから]

 はじめまして

 ホームページ拝見いたしました。

 同じような経験に驚きました。

 我が家の三男がインフルエンザによる脳症ではないか?と言われたのは、4年3ヶ月前の1月18日。

 3才と3ヶ月の時のことです。

 もともと二分脊椎症という障害をもって生まれてきて、いろいろな苦悩をやっと前向きの姿勢で考えることができるようになった頃でした。

 3番目という事もあり、急な発熱や高熱に対して親も忍耐強くなっていて、あまり慌てませんでした。

 「明日、病院に行こうね。母さんがいるから大丈夫。」と耳元でささやきながら寝かせていて、突然の痙攣。

 二分脊椎症という病気の合併症で水頭症なので脳圧亢進を疑いすぐに、救急車を呼びましたが、血中酸素濃度は40パーセントのまま1時間以上おさまりませんでした。

 10日くらいは生死の境をさまよい、その間意識はだんだん遠くなり、当日の「お母さん、お腹すいたよ。バナナ食べたい。」と言ったのが最後の言葉となりました。

 そのまま一命はとりとめたものの左脳萎縮により、言語障害と右上下肢麻痺で身体はグニャグニャ、知的にも0才に戻り、3才までの時間を2度経験しました。

 発症後半年くらいで歩行機能が戻ってからは言語や指先などのリハビリを親子で懸命に頑張りました。

 その甲斐あってか1年くらい前から少しずつ言葉がでるようになりました。

 本来ならば昨年4月が就学でしたが、息子の様子を見ていて、意識レベルを考えてもう少し幼児教育の環境の中に置きたかったので、(要するに2・3才の子どもが小学校に行くこと自体、無理があると思ったので)教育委員会に就学の『猶予』をお願いしました。

 委員会でも賛否両論いろいろあったそうですが、結局、病後観察ということで『猶予』が認められました。

 就学相談でも昨年は養護学校が望ましいという回答でしたが、1年経ってみていただいたら地域の学校の特殊クラスと普通クラスとの交流学習という2本立てで頑張りましょうということになりました。

 4年前には考えられなかったことです。

 4月10日に入学します。

 夢のようです。

 障害児の就学といえば養護学校と普通学校の特殊クラスと2者選択しかできませんでしたが、ここにもう一つ就学猶予という選択がありました。

 どうしてもまだ就学させたくなかった親心を理解していただけた結果だと思っています。

 子どもの無限の可能性を信じて良かったと思っています。

  彩花ちゃんの脳症後の様子、うちの息子とは少し違っていますが、どんな場合でも言えることは、出来るだけ発症以前と同じように言葉を交わし、すべてを理解していると信じて接する事の大切さです。

 息子は口の中に拳を全部入れて何かを出そうとしていました。

 いま思うと、それは突然失ってしまった言葉を必死で出そうとしていたのではないかと思います。

 突然の変化で一番パニックなのは本人だと思います。

 やがて春が来る。

 そう信じて頑張りましょう。

 [返事]

 はじめまして。

 メール拝読しました。

 息子さんは、先天的な障害をお持ちであったとのこと、大事に育ててこられ、また0歳の状態に戻ってしまったように思われたときのお気持ちは、私たちには想像のできないショックを受けられたのではなかろうかとお察しします。

 しかし、その後、言葉もでるようになられ、今年小学校に入学されたとのこと、おめでとうございます。

 私たちも他人事とは思えず、うれしく思います。

 彩花も今年、障害児学級と普通学級での交流の2本立てで入学しました。

 本当に夢のようです。

 私たちも「就学猶予」の制度のあることは知っていたのですが、保育園でやさしく接してくれたお友だちが、彩花に多くの刺激を与えてくれたように感じられたことから、この子たちと一緒に学校へ通わせてやりたいとの思いが強く、市教委の養護学校への指導を拒み、地元の小学校へ入学させたのです。

 入学後も保育園でやさしくしてくれたお友だちが、変わらず、声をかけてくれる様子を見て、今のところ、私たちの選択は良かったかなと思っているところです。

 息子さんとは歳は違うものの、同級生ですので、またその後の様子など、情報交換できるとうれしいです。

 それでは、今後ともよろしくお願いします。


No.35[インフルエンザと思われるウイルス性脳炎にかかられたご本人から]

 はじめまして。

 なんとなく、パソコンを開いて自分が罹った病気について調べてみようという気持ちになりメ−ルをしました。

 私は私立の中学・高校で、養護教諭として保健室で働いています。

 元気だけが自慢の私が、突然の頭痛・高熱と吐気で救急車で、大学付属の病院へ行ったのが昨年の12月10日の夜のこと、私自身「インフルエンザ」かなと思っていました。

 平熱が35.5度で病院に着いたときは38.7度でした。

 点滴をされ、風邪薬の処方で自宅へ帰されました。

 その日は、嘔吐で苦しみ取りあえず休むことが出来ました。

 翌日良くなるどころか体中が痛く、ふらふらするばかりで大学病院の先生が開業しているところへ受診、やはり風邪と言われ点滴と薬でした。

 やっとの思いで自宅に戻り、そこからの記憶がありませんでした。

 次に気がついたのはベットから落ちた時でした。

 家族の者が驚き再度救急車で大学病院へ、救急隊が来るまでの間も断片的にしか記憶がありませんでした。

 後頭部の激しい痛み、失禁、熱は39.7度でした。

 病院に着いて、前回と同じ処置。

 しかし体中の痛み、頭痛の激しさで泣いていたことを覚えています。

 あまりの声に別の医師が気付き、後頭部を触ってみて初めて異常に気付いたそうです。

 そこからの記憶はほとんどありませんでした。

 CT検査で前頭葉に影が写り「細菌性かウィルス性の脳炎」と診断されすぐ入院でした。

 MRIの検査をしようにも暴れていたために出来ず、髄液検査も医師や看護婦が押さえても暴れてなかなか出来なかったようです。

 入院して直後から両方の可能性があると考え1日に20本の点滴など、家族には生きるか死ぬか50%の確率と説明されたそうです。

 家族は病院に寝泊まりするように指示を受け、血液や色々な検査を行った結果「ウィルス性脳炎」と診断が下りました。

 意識喪失と薬で眠らされていたのもありましたが、意識が戻るか100%の保証は出来ないと言われていたようです。

 重傷の人が入る病室に移されていましたが、12月16日に目をさましました。

 私にとっては、それからが苦痛の毎日でした。

 検査の連続そして、一番は精神的な不安、入院してからの毎日泣き・叫び続けていたことを断片的にも覚えていますし、気がついてからも体を抑制されていること、右手・右足がしびれていること、言葉がうまくしゃべれないことなどなど、同じ病室の人が次々死んでいくのを目の前で見ていること、私も、このまましびれがとれないのかと思う気持ちなどで、いっぱいでした。

 12月のことは断片的にしか覚えていませんが、面会に来てくれた人々の顔は、覚えていました。

 初めのうちは、話をしても「うん・うん」とうなずくだけでした。

 徐々に回復へと向かっていく中で12月27日に大部屋へ移動となりました。

 そこから苦痛の日々が退院の日まで続きました。

 いつ退院できるのか、手のしびれはとれるのか、職場に復帰できるのか、記憶がとぎれとぎれだった日々への不安などそして、大部屋にいる自分の置き場のない不安数えあげたらきりがないほどでした。

 首から入っていた点滴がとれた後が大変でした。

 首からの点滴のテ−プでかぶれ、点滴を手に変えなかなか入らずに指先から肘のあたりまで針の後やあざ、しこりがいっぱい。

 精神的にも落ち込み1月の半ばくらいには精神科医に会って話をするなど、散歩の許可をもらったりと病室になるべくいない方法をとりました。

 しかし、不安の解消にはならず夜になるとなぜだか泣けてくるし、毎日のように頭痛に悩まされ注射を打って寝る日が続きました。

 精神科医から安定剤の処方がでたりと大変でした。

 とりあえず再度色々な検査を行い、症状がよければ2月16日に退院と担当医からは言われましたが、精神科医からは、心理テストの結果も脳疾患の患者に現れる症状がでているので3月いっぱい入院していたほうがいいと言われましたが、予定通り退院となりました。

 担当医からは仕事への復帰は4月からが望ましいと言われていましたが、高等部の卒業式、新年度の準備と頭の中で考えていることがいっぱいで、仕事の軽減を職場にお願いする診断書を持参することでとりあえず許可がおり退院となりました。

 当初は、相変わらずの頭痛と疲れがあり辛い日が続き、やはり医師の言うとおりに病院にいた方がよかったと後悔したこともありましたが、自分で決断したことなので頑張っているつもりです。

 今は月に1回の通院で、尿検査・血液検査を行っています。

 特に異常はなく、無理をせずにやりましょうと言われています。

 現在は、精神科医にはかかっていませんが、時々会ってみたくなる時もあります。

 いまは、毎日の生活に追われていて、病気にかかる以前の生活に戻っているように思えますが、心の中にはいつでも苦しかった日がくすぶっているように思えてなりません。

 長い人生の中で、こんなに強烈な想いが残ることはこれから先もないことでしょう。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださったことありがたく思います。

 病気になったご本人でしか分からない苦悩の状況がつづられた、生々しいメールの内容に、言葉がありません。

 今回のメールについても、ずいぶん書かれるのに勇気がお入りになったのではないでしょうか。

 苦しんでおられた所々を、記憶されているとのことですので、思い出されるたびに、その時の苦しみがよみがえるのではないかと拝察し、胸が締めつけられる思いです。

 現在、後遺症の方はいかがですか。

 保健室で働かれているとのことですから、ずいぶん良くなられたのでしょうね。

 中学、高校と多感な時期のお子さんを相手にされていますので、苦労も多いこととは思いますが、ご活躍をお祈りしています。

 それでは、新年度になり新たな環境で大変かと思いますが、くれぐれもお身体にはお気をつけください。


No.36[インフルエンザと思われる脳症による後遺症の娘さんを持つお母さんから]

 はじめまして

 私は,2人の子供と,一人の主人(あたりまえですが)の4人家族で、主婦しています。

 子供は、上の子4歳(男)・・・幼稚園年中
      下の子
3歳(女)
で、どちらも手の掛かる子供達で
,毎日大騒ぎをしながら、暮らしています。

 今回メールを送ったのは、というより、彩花ちゃんのご両親へメールを送りたくて,パソコンを購入し、メールの送れる環境を整えた次第です。

 メールを書く事にも慣れておりませんゆえ、失礼がありましたら、どうぞ,お許しください。

 さて、私が彩花ちゃんのホームページを知ったのは、下の娘が入院中だったときです。

 娘も、彩花ちゃんと同じく、今年の1月にインフルエンザによるものと思われる脳症にかかり、1ヶ月程入院しておりました。

 ホームページで拝見する,他のお子さんの発病の経過とは異なり、娘の場合は,ゆっくりと病気が進行していきました。

 そのため、約一週間自宅で様子をみていたのですが、(後に,この事をとても後悔するのですが・・・)状況がよくならず、大きな病院にて診察を受け脳症であることが分かりました。

 脳症と聞いても,具体的にどのような病気であるか分からず、また,調べたくとも文献がない有様で,途方にくれていたとき、インターネットで検索する方法を知り,またその際に,彩花ちゃんのホームページを知ったわけです。

 病気から守ってやれなかった親の無力感、後悔、そして、将来に対する不安、入院中,娘に付き添っていた私は、私の方がおかしくなっていた様におもいます。

 ですが、彩花ちゃんのホームページを拝見し,彩花ちゃんのご両親の前向きな姿勢に心打たれました。

 また,私も見習って頑張らなくてはと奮起しました。

 正直なところ、現実逃避をしてみたり、同じ位の他のお子さんと比較しては悲観したり、無責任な周囲の言葉に動揺したり・・・
まだまだ,私自身が不安定な状況ではありますが、娘のためにもっと強くならねば、と思っております。

 発病から約3ヶ月が過ぎました。

 現在の娘の状況はと申しますと、経過観察中との扱いになっており、徐々に回復にむかっている様に見えます。

 特に,運動面に関しての回復はめざましいです。

 しかしながら、情緒,知能面に後遺症が残っており,今後、どの程度の回復が望めるかは未知数という状態です。

 病気や病院や治療に関する情報を入手するため,また、幼稚園や学校の選択等,親が自主的に行動を起こさなくてはならないことを,この短い期間で学んだ気がいたします。

 はじめてのメールなのに、とても長くなってしまってすみません。

 もしもご迷惑でなければ,またメールを送らさせてください。

 最後になりましたが、彩花ちゃんはその後いかがでしょうか?

 季節の変わりめは、風邪をひきやすいのでお気をつけ下さい。

 [返事]

 はじめまして。

 この度は、私たちのホームページをご覧いただき、パソコンを購入されてまでメールを送ってくださったとのこと、ありがとうございました。

 お出会いできたことをとてもうれしく思っています。

 このようなメールをいただくと、ホームページを開設して良かったと思え、勇気づけられます。

 私たちも、彩花の発病後、無力感、後悔、将来に対する不安に押しつぶされそうになりながら過ごしてきましたので、お母さんのお気持ちが他人事のようには思えません。

 一緒に手をとりあっていかせてもらえればと思います。

 私たちが前向きな気持ちに切り替えられたのは、発病から1年くらい経ってからであったように思います。

 また、未だに当時のことを思い出し、落ち込むこともしばしばです。

 お母さんは娘さんの発病から日が浅く、未だ真っ暗な中におられるのではとお察しします。

 立ち直るためには悲しむことも必要と言われています。

 ゆっくり時間をかけて気持ちを整理されても良いのではないでしょうか。

 それでは、娘さんの更なる回復をお祈りしています。

 [同じお母さんから]

 お返事を頂きありがとうございます!

 多くの方からメールが届いていらしゃるでしょうから、私にもお返事を頂けるかどうか、少々不安に思っていただけに感激しています。

 いかがお過ごしでいらっしゃいますでしょうか?

 絶好の散歩日よりが続いているので,リハビリを兼ね,我が家は毎日弁当持参で公園めぐりをしているのですが、日頃運動不足の親達がバテ気味の状態で、まったく情けない事です。 トホホホホ・・・・

 前回のメールの通り、娘の病気の進行の仕方は,他の患者さん方とは異なっていた様です。

 インフルエンザ脳症は、進行が早いが故危険である、といったイメージをお持ちの方が多いと思うのですが、娘の様にゆっくりと進行するケースもあるという事をより多くの方に知って頂き、早く受診・治療を受けて頂く事で娘と同じ境遇になる可能性のある方が,一人でも少なくなればと願っております。

 娘の3歳の誕生日は病院ででした。

 入院一週間目の日で、まだ意識が戻らず、再び発熱,嘔吐があり、容態が悪化したのかと絶望していた頃でもありました。(後日,他の患者さんの胃腸風邪が感染していた事がわかりました)

 娘の吹き消すことの出来ないバースデーケーキのろうそく、一緒に歌えないハッピバースデーの歌、「3歳おめでとう」と声をかけて頂いても,何がおめでとうなのだろうと悲しくて,悲しくて・・・

 今でもあの時の状況を忘れることが出来ません。

 もうこれ以上、こんな思いをする人が増えません様願っております。

 最後になりましたが、励ましの御言葉ありがとうございます。

 「立ち直るためには、悲しむ事も必要」との言葉,心に染みました。

 母親には強さが必要と、涙をみせることも許されない等、とかく尻をたたかれる機会が多いので、気持ちを受け入れて頂いた様に思え、とてもうれしかったです。

 気持ちを押さえ込むばかりでは、いつまでも整理できないのかもしれません。

 また、HPにて彩花ちゃんの近況を拝見させて頂こうと思っています。

 そのときに、また今よりも元気になられた様子を伺える事を期待しております。

 ご夫妻も、くれぐれもご無理なされませんよう,御身体ご自愛ください。

 御忙しい中御返事頂きまして,本当にありがとうございました。

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2000年5月

No.37[溺水事故による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]

 ホームページを読みました。

 やっぱりいつか朝日新聞に記事を出していた方と同じ方なのだとわかり、うれしくなりました。

 わたしは、その記事を読んで、とても勇気づけられ、いつかどこかで出会えたらとずっと思っていました。

 だから「いきててもいいやん」を読んだ時、すぐに同じ方かも知れないと思いました。

 前置きが長くなりました。とりあえず自己紹介をします。

 私たちには、9歳と5歳の2人の娘がいます。

 主人の仕事でアメリカに住んでいる時に次女を事故に遭わせてしまいました。

 当時次女はまだ1歳4ヶ月で、溺水でした。

 ヘリコプターで救急病院に運ばれました。

 肺に水がたくさん入っていたのでとても危険な状態でした。

 自力呼吸ができるまで2週間ICUで人工呼吸でした。

 呼吸器がはずされた時には、目が見えず、首もすわらず、手足はばらばらに動いてました。

 おまけに麻酔の副作用でとても苦しそうに泣いてばかりでした。

 その当時の事を思い出すといまも辛くて涙が止まらなくなります。

 1ヶ月ほどしてリハビリ専門病院に転院しました。

 MRIでは、特にここがという箇所はないが、脳全体が傷んでいるという診断でした。

 たぶん事故後8週間たった頃だと思いますが、急に目が見え始め、それまで泣いてばかりだったのが、笑い声も出るようになりました。

 1年半アメリカでリハビリを受けて、2年前に帰国しました。

 2年半かけて下手ながらやっと歩ける様になりました。(日本に帰国してからでした)

 次女も運動面はよく戻ってくれましたが、知的な面ではずっと7ヶ月位のままのようです。

 療育手帳はA級です。

 後遺症もあります。

 いろいろな音に過剰に反応して、カックンとなったりばたばたしてしまいます。

 日本に帰ってから、てんかんの一種と言われてお薬を飲みましたが、−デパケン、ザロンチン、リポトリールーどの薬も飲むと寝てしまう。

 量を減らすと効かないのでコントロールはうまくいっていません。

 これがいまの一番の悩みです。

 訓練はどうされていますか?

 今、学校は普通校ですか?

 私たちの住んでいる町では、障害児施設がないので、かなり重度の子供も親が希望すれば普通の保育所、学校に入れます。

 ただし、訓練を受けることはできません。

 いろいろと悩んで私はこの4月から福祉専門学校の作業療法科に通い始めました。

 社会人がとても多い学校ですが、今年は私が一番の年長者の学生です。

 勉強しながら、なんとか知的な面にアプローチする方法はないんだろうかといつも考えています.

 ここからちょっと言い訳モード・・・専門学校だからなんとかなるさと思って入学しましたが、すぐに大変な事をはじめてしまったことに気付きました。

 今は、予習,復習、レポート、小テストの毎日です。

 事故から3年半がたって、傍からみると結構立ち直っているように見えるかも知れませんが、こころの中ではまだ後悔や悲しみがいっぱいで、娘の障害より私のそういう部分のほうが、問題かなと思う事があります。

 [返事]

 私たちの新聞記事をご記憶いただいていたとのこと、感激です。

 このようなメールをいただきますと、私たちの方も勇気づけられます。

 娘さんのご様子拝読しました。

 事故に遭わせてしまったという、親御さんのご心痛はいかばかりであったろうとお察しします。

 また、自らが勉強して娘さんを良くしようという熱い思いには頭が下がる思いです。

 私たちもインフルエンザから娘を守ってやることができなかった自責の念は一生拭えないと思っています。

 そして、未だに当時のことを思い出し、落ち込むこともしばしばです。

 事故と病気とでは違うかも知れませんが、同じ中途障害の娘をもつ者同士として、これからもおつきあいいただければ、ありがたいです。

 さて、彩花の状態ですが、知的面は生後8〜9ヶ月レベルと言われています。

 訓練は総合療育センターでOT,PT,ST、心理相談を受けています。

 それから、小学校は地元の小学校の障害児学級に4月から通いはじめました。

 医療面では、小児科でてんかんの薬をいただいています。

 たまたま、薬がうまく合い、大きな発作はなくなっていますが、親にしか分からないような小さな発作は日々見られています。

 とりとめなく、書いてしまいました。

 それでは、これからもよろしくお願いします。


No.38[インフルエンザ脳炎による後遺症の息子さんを持つお母さんから]

 初めまして、5才になる息子の母です。

 我が家の一人息子は3年前の冬、皆さんと同じようにインフルエンザ脳炎にかかり、命は取り留めたものの、首もすわらず、反応もほとんどない状態でした。

 その後の必死のリハビリのおかげで、現在は3才6ヶ月のお子さんと同じくらいに回復いたしました。

 今は幼稚園に障害児枠で通園しています。

 本来ならば年長組なのですが、先生と相談の上、年中組に在籍しいてます。

 親から見ても、同級生と一緒の時よりも、付いていけることが多くなった分、自信もつけて、楽しくやっているのが分かります。

 そんな時目に留まったのが、みなさまからの反響bR4の方の「就学猶予」でした。

 以前にも聞いたことがあったのですが、私の住む市では過去に例はなく、実際は無理なことだとあきらめていたのです。

 でももし少しでも可能性があるのならば、と申請してみることにいたしました。

 しかし今は、福祉センターなどにも問い合わせても門前払いで申請の方法すら分からない状態なのです。

 そこでお願いなのですが、是非一度、実際に適用された方の意見を聞いてみたいのです。

 大変図々しいお願いで恐縮なのですが、何とかメールででも連絡は取れないでしょうか?

 このメールを転送されても構いません。

 息子に残された可能性を少しでも良いから伸ばしてやりたいのです。

 どうかよろしくお願いいたします。

 [返事]

 はじめまして。

 さて、このたびは、私たちのHPのNo.34の方と連絡をとられたいとのこと、了解しました。

 一度、こちらから連絡をとらせていただきます。

 おって、私たちあるいはNo.34の方から、ご連絡差し上げるようにいたします。

 就学については、障害児を持つ親はだれでも頭の痛いことと思います。

 しかし、我が子のことを最も把握しているのは、親であり、基本的には子供の意向を十分酌むことのできる親の意向が尊重されるべきと思います。

 窓口は市の教育委員会になると思います。

 是非、親御さんの意向を強く固め、教育委員会に就学猶予の必要性を訴えられ、実現させてください。

 陰ながら、応援しています。

 取り急ぎ、お返事まで。


No.39[インフルエンザ脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]

 彩花ちゃんのお家の皆様

 はじめまして。

 HPを拝見し、どうしても一言お礼を申し上げたくてメールしました。

 私共の10才になる娘も2年前の冬に、インフルエンザ脳症となり後遺症があります。

 こちらのHPでたくさんの情報をいただき本当にありがとうございました。

 さっそく『小さないのち』に入会の手続きをしてきた所です。

 彩花ちゃんの病気の経過、ご両親の思いの中には、私達家族の過ごしてきた2年数ヶ月の日々と相通ずるものを何度も感じ胸が一杯になりました。

 またたくさんの方からの感想のメールの中にも共感するものがあったり、心に残る言葉を見つけたりするうち、いつか閉ざしがちになっていた私達の気持ちが溶けていくように思えました。

 そして何よりそういった色々な病気の経過や立場の違う方々に対して、いつも思いやり優しい心遣いをなさるお返事のメールになぐさめられた様に思います。

 彩花ちゃんは、その後如何ですか? 我が家には、10才・7才・1才の子供がいます。

 ぜひ彩花ちゃんのお友達の中に入れてあげて下さい。

 彩花ちゃんのHPは、これからも家族で拝見していきたいと思っています。

 私共の娘も8才までは元気な、親が言うのも変ですがやさしくてかわいい女の子でした。

 現在は、左上下肢機能障害(4級)、てんかん、アレルギー症状(アトピー性皮膚炎・気管支喘息・慢性鼻炎)という状態です。

 同じ病気で不幸にしてお亡くなりになられた方、また重い障害をお持ちの方も多い事を知り・・・新聞報道の“一命は取り留めた場合でも、重篤な後遺症を残すことがある。”との記述からは、娘の障害が重い方なのか違うのかよく解りませんでしたし、私共には充分重いものと感じられていました・・・大変複雑な気持ちでいます。

 娘は、右脳にのみ炎症と浮腫が認められ、急性期には左半身不随となり、激しい頭痛が3週間ほど続きました。

 一時は危険な状態もあったようですが、私が妊娠初期であった為その可能性については、主人の胸に収められたようです。

 あの時の記憶は衝撃的な強いものであるにも関わらず、なぜか夢のようで曖昧なものにも感じられます。

 あれから2年を過ぎた今日でも、私達家族はどの様に娘の病気と向き合って行けば良いのか思い悩む日々を送っています。

 娘がここまで回復したことは本当に幸運なことです。

 娘はもはや障害者としては見られません。

 でも体に不自由のない同級生の中に入った時、どんなに努力しても格段の差がついてしまいます。

 一生懸命やっているのに理解されない。

 その上娘は体が自由に動いた時のイメージを知っています。

 やがて思春期を迎える娘自身がこの障害を受け入れて行く過程に不安を感じます。

 インフルエンザ脳症の会を知り得たことが、何か娘の気持ちを動かすきっかけになってくれればと願わずにはいられません。

 娘の事ばかりたくさん書いてしまい申し訳ありませんでした。

 また夏に向かい季節の変わり目を迎えました。

 どうぞ皆様お健やかで。

 穏やかな日々が続きますようお祈りしています。

 [返事]

 はじめまして。

 この度は、私たちのHPをご覧くださって、メールをいただけたこと、とてもうれしく思います。

 お母さんのメールを拝読させていただいているうちに、気持ちが安らいでいくのを感じました。

 同じような境遇の方々に情報を発信していきたいとの思いから、HPを始めたのですが、このようなメールをいただくたびに、元気をいただくのはこちらの方なのだと感じています。

 是非、これからも情報交換などさせていただければと思います。

 娘さんは障害者とは見られないまでに回復されたとのこと、娘さんのがんばりはもちろんのこと、ご家族の努力があってのことと、お察しします。

 しかし、お母さんにとって、娘さんの障害は十分重いものに感じられるとのこと、全く自然なことではないでしょうか。

 ご家族にとっては、娘さんの障害が最大の悩みなのですから、実際の障害の程度には関係なく、その悩みの深さが、娘さんの障害を十分重いものに感じさせるのではと思うのですが・・・

 また、「障害者とは見られない」ことからくる悩みというものもあろうかと思います。

 それから、これから思春期を迎えるに当たり、不安を感じていらっしゃるとのことですが、私たちにとっても大きな心配の種になっています。

 娘さんの方がお姉さんなので、いろいろとアドバイスいただければと思っています。

 それでは、これからよろしくお願いいたします。  


No.40[インフルエンザ脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 ホームページ見ました。

 家の子が喘息で入院してその3日後に入院したときとはまったく違う姿になり先生にインフルエンザ脳しょうのため介護の必要な障害が残ります。といわれまだそんなに経ってないと思います。

 なんで喘息で入院したのに・・・。

 いろいろ心も頭も整理が全くついてません。

 なにをしてあげたらいいのかもわかりません。

 なんにもわからないんです。

 苦しいです。

 たすけてください。

 [返事]

 はじめまして。

 お子さんがインフルエンザ脳症で入院され、障害が残ると宣告されたとのこと、先の見通せない不安に押しつぶされそうな思いでおられることとお察しします。

 まだ入院から日は浅いのでしょうか。

 もう少し、お子さんの具体的なご様子が分かれば、私たちの経験した範囲でですが、お役に立てるかも知れません。

 とりあえずは、声をかけたり、音楽を聴かせたり、からだをさすってやったりといった刺激を与えることはできると思います。

 そして、容態が落ち着いてこられたら、お医者さんとご相談の上、リハビリをできるだけ早くに始められたら良いと思います。

 その後は、リハビリ専門の病院への母子入院や施設への通園などの方法があります。

 時期を見て、お医者さん、リハビリの先生や福祉事務所、児童相談所などから情報を得ておかれると良いと思います。

 以上のようなところですが、分かりづらい点などありましたら、ご連絡ください。

 精神的にも肉体的にもお子さんの入院はつらいものですが、お母さんが倒れられてはいけません。

 お身体はくれぐれもお大事にしてください。

 取り急ぎ、お返事まで

 [同じお母さんから]

 左脳の全てを失った私の子は今右手と、言葉が不自由ですが元気に毎日を楽しんでいるようです。

 リハビリも週に1回いってますがとう回しに「もうこれ以上無理です。」といわれ「ここまで回復したのだから」という言葉に傷つき元気をもらおうと、あやかちゃんのところにまたきてしまいました。

 でも親ってよくばりですよね!

 あのときはただただ生きていてくれればと思い、元気になればもっともっととよくがでてしまう。

 もっと大変な人はたくさんいる,といわれますがどんな障害でも親というものは自分の命と引き換えられるならと思うんです。

 なんだかわけがわからなくなってしまいましたが,少しリハのことなどで混乱しています。

 ただただあやかちゃんの成長をここで拝見できるのが私の救いです。

 どうかお体を,お大事にこれからも楽しいお話をきかせてくださいね!

 ほんとに失礼しました。

 [返事]

 お子さんがどのような状態なのか、心配しておりました。

 お子さんは元気に毎日を過ごしていらっしゃるとのこと、まずは一安心と言ったところでしょうか。

 元気になれば、もっと欲がでてしまうとのこと、お気持ちよく分かります。

 私たちも、一命を取り留めて、状態が安定してからは、なんとかして元気な姿にもどしてやりたいと懸命でした。

 ですから、もし私たちが「もうこれ以上無理」などと言った言葉を聞かされていたなら、お母さんと同じように落ち込んでしまっただろうと思います。

 リハビリの先生も子供の持つ生命力、可能性を信じてほしいものです。

 私たちは専門家でもないですので、何もできませんが、お互いの子供の可能性を信じ、歩んでいければと思っております。

 また、近況などおしらせください。

 それでは。

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