20052             

No.176[熱性痙攣を起こされた娘さんをお持ちのお父さんから]

初めまして。

もうすぐ3歳になる娘と、2歳になる娘がいる二児の父親です。

上の子が熱性痙攣を今年4回起こしました。

心配になりインターネットで調べていたらここにたどり着きました。

そして色々見させていただきましたが、救急の先生は頼り無さすぎます。

小児科専門ではないとか、耳鼻科の先生とか実際私の子供も専門医ではありませんでした。

大事になる前にきちんとした診断をしてくれる先生がもっと必要と思います。

お医者さんも人手不足で大変かもしれませんがしっかりした医者、また先生の人数を増やしたほうがいいと思います。

ここでみた、父の思い・母の思いが胸に突き刺さります。

どれだけ子供と変わってやりたいか、子供が苦しんでいるとき、いつも思います。

自分の命で子供が助かるなら親としてこれほど幸せな事はありません。

[返事]

はじめまして。

このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

娘さんのご病気で、小児医療の現場を垣間見られ、不満を抱かれたご様子、ごもっともだと思います。

私たちもインフルエンザ・脳症の会「小さないのち」を通じて、そして、私たちのHPを通じて、小児医療の充実を訴えていますが、親の満足のいく態勢にはほど遠いのが現状です。

ぜひ、今回いただいたメールの内容を私たちのHPの「みなさんからの反響」のページに掲載させてください。

このような声を伝えていければと思います。

その後、娘さんのご様子はいかがでしょうか。

しばらく、発熱されるたびに、心配は尽きないかと思います。

くれぐれもお大事にしてあげてください。


No.177[インフルエンザ脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

初めまして。

今まで何度かホームページを拝見させて頂きました。

小さないのちの会員にも入会しております。

私の息子も平成10210日に発症しました。

3歳になったばかりで、とても可愛い時期でした。

重度の知的障害になってしまい毎日が戦争です。

理解もなく言語もなく排泄から食事、衣服の着脱まで、すべて介助です。

おまけに、何でも口に入れては噛み砕いてしまうので、目が離せません。

もうすぐ5年生になります。

将来が不安です。

あやかちゃんと同じ年に発症という事で、「ここにもいるよ」と 知って欲しくてメールしてしまいました。

もうスクールバスのお迎えの時間になってしまいました。

時間がない毎日ですね。

またホームページ、読ませて頂きます。

お互い大変ですが、頑張りましょう。

[返事]

はじめまして。

このたびは、我が家のホームページをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

メールを拝読し、発症が1日違い、そして様子が息子さんとよく似ているように感じられ、親近感をいだきました。

彩花も4月からいよいよ最高学年、進路のことを思うと悩ましいです。

将来に向けて、不安は多々ありますが、一歩一歩、歩んでいくしかないと思っています。

それでは、これからどうぞよろしくお願いします。


No.178[3人のお子さんをお持ちのお母さんから]

今晩は・・・3人の子を持つ母です。

元気だったお子様が突然おもい病気にかかり、その苦悩はいかほどだったことでしょう・・・胸が痛みます。

沢山お話したい事があるにもかかわらず、上手く言葉になりません・・・ごめんなさい。

あやかちゃんの一日も早い回復を心より願っております・・・

[返事]

はじめまして。

このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

ご覧いただいたきっかけは、お子様が発熱されたからでしょうか。

冬がやってくるたびに、脳症を発症される方がいらっしゃるのではないかと案じております。

こちらは、今冬はかぜもひかず、過ごしております。

とはいえ、早く暖かい春がやってくることを心待ちにしています。

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2005年3月

No.179[テオフィリンの副作用による急性脳症の息子さんをお持ちのお母さんから]

我が子は、3ヶ月前に突然、薬の副作用で、急性脳症になって、重い後遺症を残しています。

まだ、気持ちの整理もつかず、心の支えを求めてネットで、いろいろみているとここにたどり着きました。

正直私には、まだ辛すぎて最後まで、きちんとHP拝見できませんでした。

でも我が子を思うがゆえに、みな頑張っているのだなあと励まされることもあります。

まずは、初心者ながら作成した私のHPを是非みていただきたいのです。

五歳以下は、誰でもが起こりうる熱性痙攣。

その時テオドール(テオフィリン)を飲んでいたなら、痙攣が止まりにくくなるという事実があるのです。

結果後遺症を残している人達がいるのです。

厚生労働省が、認可している為、現在どうすることもできないのです。

だから、話が前に進まない現状で、声を集めるしかないのです。

突然で、勝手なお願いなのですが、リンクを張っていただけないでしょうか?

もっと声を集めたいのですが、広め方がわからないのです。

このテオドールによる被害は、一般に公にはなっていません。

それは、ほとんどのDrが、まれと言う認識でしかないため、家族には、原因不明の急性脳症と説明しているからです。

わたしのHPで、分からなかったことや、もっと知りたいことがあれば、メールしてください。

お忙しいところ申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

[返事]

はじめまして。

このたびは、脳症発症後、大変な状況の中メールくださったこと、ありがたく思います。

私たちもテオフィリンと脳症の関係は、気になっていました。

もうご存知かもしれませんが、次の雑誌にテオフィリンと脳症に関する記述があります。
・いのちジャーナルessence2002年5-6月号(さいろ社)
・薬のチェックは命のチェック
No.5

また、17年2月厚生労働省は、医薬品・医療用具等安全性情報を発してテオフィリンの使用上の注意の改定を行った旨、情報発信しています。

これが、広く小児科医に周知されるとよいのですが・・・

それでは、息子さんの回復をお祈りいたしております。  

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2005年4月

No.180[インフルエンザにかかられたご祖母さんと娘さんをお持ちのお母さんから]

こんにちは。

アヤカちゃんのホームページみました。勇気付けられました。

今、祖母と娘が入院しており、インフルエンザについて調べているうちにサイトにたどりつきました。

うちの祖母は97歳で、今、生死をさまよってます。

娘も二歳ですが、点滴をうっている状態です。

この間、親友が沖縄の海でカヤックに乗っているとき遭難し、まだ発見させていません。

祖母のインフルエンザもうちの娘からだと思いますので、すごく責任を感じています。

命のありがたさが、こんなときに分かった気がします。

アヤカちゃんの健やかな未来を願っております。

[返事]

はじめまして。

このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

ご祖母さまと娘さんがあいついでご入院されたとのこと、その後、いかがお過ごしでしょうか。

いろいろなことが重なり、そのご心労も大きなものがあるのではとお察しします。

お母様が倒れられては大変です。

くれぐれもご自愛ください。

それでは、おふたりの回復をお祈りいたしております。


No.181[ヘルペス脳炎による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

はじめまして。

PCでいろいろ調べごとをしているうちに、偶然HPにお邪魔させて頂きました。

聡明なご両親のもとに生まれてきた彩花ちゃんは、本当に幸運だと思いました。

さまざまな苦しみを乗り越えてこられた、これまでの努力に頭が下がります。

私はもうじき20歳になる娘と、22歳を迎える息子の母です。

娘は既に家を出て、社会人として働いておりますが、息子は私と夫と一緒に3人で暮らしています。

私の息子は健常に生まれ、育ってきましたが、10歳の時に「ヘルペス脳炎」にかかり、重い知的障害とてんかんの後遺症が残りました。

彩花ちゃんの発病のただならぬ様子や、ご両親の後遺症に対するショックなど、私なりに共感することができます。

また、健常に生まれ、10年間も元気に育ってきた息子が、突然別人のようになってしまったと知った時の悲しみとショックはここで説明しなくても、ご両親にはわかって頂けると思います。

彩花ちゃんは、まだまだ成長期の段階でもあるし、ご両親の努力によって進歩を見せてくれているようですね。

嬉しいことです。

きっと、成長とともにもっと進歩していかれるだろうな、と実感できました。

子供の生命力は偉大だと感じることが多くあります。

私も、息子の進歩と回復を夢見て、24時間息子の側を片時と離れず、頑張っていた時期がありました。

親として、息子がほんの少しでもよくなるなら、と必死の思いで訓練や治療を受けてきました。

当時まだ障害児学級がなかった地元の小中学校を卒業させるまで、息子と一緒に学校に通いました。

でも、残念ながら、息子の場合は治療や訓練の甲斐もなく、療育手帳の判定も中度から重度、最重度と悪くなっていきます。

発作も 快方には向かいません。

知能の後退だけでなく、情緒的にも問題が出てきて、奇妙な行動をしたり暴れたりという状態も見られるようになってきました。

私ももう若くないので、心身ともに疲れた時は息子を1〜2日ショートステイにお願いして休み、元気を取り戻すようにしています。

私は息子のために、元気で長生きしなくてはならないので、倒れるわけにいかないのです。

私はもともと怠け者なので、もう、息子の回復はあきらめました。

「このままでもいいか〜」と思ってしまったのです。(笑)と、言ったらなげやりに聞こえるでしょうか?

あきらめてはいけないと、叱咤激励されるでしょうか?

でも、私は今、それほど苦しくありません。

価値観を切り替えたのです。

人生は不公平なのが当たり前で、自分の置かれた状況で最善を尽くすしかありません。

児童精神科医の佐々木正美先生の言葉を借りて言えば   「あきらめ」とは、自分の置かれた状況を「明らかにする」ことであって、決して消極的な態度ではない。むしろ勇気を持って積極的に現実に直面するようになることである。と考えるようになったのです。

息子の同級生は、もう、結婚して、子供をもうけたりする年齢になってきました。

人並みに恋をすることも、結婚することも決してない息子を不憫に思うのは周囲の人間であって、息子はそんなことを感じる能力もありません。

10歳までの自分の記憶も失っています。

私は、息子がこのままでも幸せです。

息子が訓練や成長によって進歩できたら、もちろんそれはそれで嬉しいことだったでしょうが、でも別に何もできるようにならなくても、愛する私の息子であることに変わりはありません。

医師に、息子は短命かもしれないと言われました。

強いショックはありませんでした。

未来のこととなんて誰にもわからないので、考えても仕方ないことには、フタをして考えない訓練を私はしたのです。

ここ数年の間に、私は非常に楽天的で何も考えないいいかげんな親になりました。

12年近く時が経過してしまうと、私自身も発病の時の行き詰まる経過や痙攣の様子などを思い出してもそれほどつらくなくなってきました。

10歳まで元気いっぱいだった息子がどんなわんぱく坊主だったかもよく思い出せません。

最初からこういう子だったような気さえしてきました。(笑)

思い出さないようにしているうちに、時の経過とともに忘れていったのです。

「忘れる」ということは、神様が人間に与えた幸せと私は思います。

障害を持ったことを不幸と思ってしまったら、訓練してもよくならなかったらその人はずっと不幸な人間でしょうか?

先天性の障害を持った子供はこの世に生まれてきてはいけませんか?

今の私のささやかな願いは、息子の障害が重くなっても   「施設入所させないで、私が家で介護できるレベルでいて欲しい」それだけです。

息子はこうなる運命を持って生まれてきました。

誰のせいでもない。すべては決まっていたことでした。

良くならないことも運命です。

それなら、それを受け入れて生きていきたいのです。

そうしなけば、私は生きていけないのです。

息子はクラスメートや先生方の協力のおかげで地元の中学を卒業したあと、養護学校の高等部に入学しました。

高等部の3年間はあっと言う間でした。

高等部卒業後は障害者作業所に通所しています。

といっても仕事らしい仕事はほとんどできないし、失禁や発作で倒れることもしょっちゅうです。

こういう状態の息子をそのまま受け入れてくれる、かつ息子が喜んで通える作業所を探したのです。

今のままの息子がここちよくいられる場所を、私は探したのです。

そして、息子が作業所にいる間、年老いてきた母親を病院へ連れていったり、自分の好きなことをしたりしています。

息子は私といるより、他人の中にいる時の方が生き生きしていて、障害があっても親離れってあるんだなって思います。

私は息子が養護学校に行っている間もつききりだったので、作業所で預かっていただけるようになって初めて、自分の時間ができました。

ほったらかしで寂しい思いをさせてきた娘とも、食事に行ったりショッピングができます。

これからも、物事を都合の良いように考えて笑って生きていけたらいいな、と思います。

今は、今しかできないこと、そして今やらなければならないことを頑張って下さい。

[返事]

はじめまして。

このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

メールを拝読し、私たちの前を行くお母さんのお言葉が、一つひとつずっしりと伝わってきました。

長い期間を経る中で、このようなお気持ちに到達するものなのでしょうね。

私たちも発症から7年が経過し、今では近い心境になってきているように思います。

健常な子どもが急速に成長する中で、緩やかな成長の彩花は、息子さんと同じように重度から最重度へと取り残されてしまいました。

「家で介護できるレベルでいてほしい」これは私たちも願いです。

彩花はまだまだ身長、体重共に成長する時期にありますが、成人後の介護のことを考えると、もう今くらいの大きさのままでいてほしいとさえ、思ってしまいます。

また、これからの思春期の時期も気がかりなことです。

これまでのご経験から、アドバイスなどございましたら、またお願いします。


No.182[急性脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

わたしは三児の母親です。

来月で2歳になる末の息子は急性脳症になり大脳全滅の寝たきりになりました。

彩花ちゃんのように歩けるなんてうらやましく思います。

まだ現実も受け入れられず前向きにはなれません。

視力も失い重度の後遺症だけが残り息子は毎日泣いてばかりでついていけません。

体は硬くなり変わり果てた息子が受け入れられないんです。

どうすればいいのか教えてください。

まわりに同じような人はいません。

[返事]

はじめまして。

このたびは、お気持ちに余裕のない状態の中で、メールをくださったこと、ありがたく思います。

急性脳症は、本当に症状が急速に悪化し、思いもよらぬ後遺症を残してしまう病気なので、親がすぐにその状態を受け入れられるかというと、そのようなことは決してないのではないかと思います。

私たちも当初、前向きな気持ちになど、なれるものではありませんでした。

お近くに同じような病気の方はいらっしゃらないとのことですが、そちらの方ならインフルエンザ・脳症の会「小さないのち」の会員がたくさんいらっしゃいます。

インフルエンザに限らず、急性脳症の方は会員になることができますので、その中で苦しいお気持ちを話されてはと思います。

もちろん、私たちでよろしければ、なんなりとおっしゃってください。

病院の方は、いかがされていますでしょうか。リハビリの先生や臨床心理の先生のいらっしゃる病院であれば、その病院の中で同じような病気の方と出会えるかもしれません。

彩花も当初は「寝たきり」かもしれないと宣告されましたが、今では歩けるようになってきました。

まだまだ回復の可能性は残されています。

助かった命、わが子の力を信じ、共に歩んでいければと思います。

それでは、息子さんの回復をお祈りいたしております。

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2005年6月

No.183[ウイルス性脳炎でご入院中の息子さんをお持ちのお父さんから]

初めまして。

私は2児の父です。

私の長男、2歳の息子が今年の3月2日にウイルス性脳炎にかかり現在も入院中です。

私は息子に対し同じように発症の前日は良くネンネして早く熱を下げるんだよと言ったのをおぼえてます。

今でもその時なぜ異変に気づかなかったのか、後悔の気持ちでいっぱいです。

元気だった頃を思い出し体の自由が利かない息子に苛立ちを覚えてしまい、精一杯の看病ができていないのではと、自分の未熟さを痛感しています。

なぜ私の家族にこんなことが・・・。悔しい。割り切れない。

なぜ私のかわいい息子がこんな目に・・・。

息子は今、やっとつかまり立ちができるようになり、追視もしてきたかなという感じです。

てんかんの発作らしいのが今は無いのが幸いです。

今私たちは、これからの転院先(高次機能障害のリハビリ)の施設を探しています。

日本全国でも行こうと思ってます。

お願いです、どうか日本中で良いリハビリ施設(認識障害、言語等)をご存知でしたら教えてください。お願いします。

[返事]

はじめまして。

このたびは、発症から間もない中、メールをくださったこと、ありがたく思います。

わが子に障害を負わせてしまったという自責の念、なぜわが子がというやりきれない思い、私たちも深く落ち込んだことを思い出します。

お問い合わせの件ですが、残念ながらあまり詳しくありません。

私たちの知っている範囲では、厚生労働省が「高次脳機能障害支援モデル事業」を行っているのですが、全国14の医療機関で実施されており、貴県では、県立身体障害者リハビリテーションセンターで実施されていると聞いています。

ただ、この事業は大人の方を中心にされているかもしれません。

また、厚生労働省のインフルエンザ脳症研究班で活躍されている栗原先生は、神奈川県総合リハビリテーションセンターで脳症の子供のリハビリテーションを研究されています。

あと、各県少なくとも1箇所は療育を行う施設があろうかと思います。

この程度のことで申し訳ありません。

それでは、息子さんの更なる回復をお祈りしております。

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2005年7月

No.184[インフルエンザ脳症による後遺症と思われるてんかんを発症された娘さんをお持ちのお母さんから]

今日はじめてパソコンでメールをしています。

家の娘は今中1になります。

2歳の時インフィルエンザ脳症にかかり8日間の意識不明になりました。

医者には命は助からないと言われたけど奇跡的に意識を取り戻し、初めは寝返りもできないし、話もできませんでした。

でも今では後遺症もなく元気にしています。

でも今年に入って手のしびれを訴え、脳波の検査をしたら、てんかん波が出ていると言われ、なぜ今になってこんな事になるの?と子供と二人で落ち込んでいます。

もっとたくさんお話したいのですが、はじめてのメールなのでこのへんで失礼します

[返事] 

はじめまして。

このたびは、はじめてパソコンでメールを送ってくださったとのこと、ありがとうございます。

その後、娘さんのご様子はいかがですか。

メールを拝読し、私たちのHPのことをお知りになって、パソコンを始められたということなのかなと想像しています。

同じ病気にかかった子供を持つ者として、お役に立てることがあれば、何なりとおっしゃってください。

てんかんに関しては、いろいろな原因で起こるようですので、インフルエンザ脳症が直接的な原因なのか分かりませんが、都道府県ごとにてんかん専門医がいらっしゃると思いますので、そういった方に診てもらうのもよいかもしれません。

もし必要でしたら、私たちの加入しているてんかん協会にてんかん専門医のリストがあるはずですので、お問い合わせください。

もちろん、今の主治医の先生の治療がうまくいっているのであれば、そのまま治療を続けられたらと思います。

てんかんは、発症後の経過も人それぞれです。

うちの娘は、薬を飲んでいても、完全には発作を抑えられていませんが、薬さえ飲んでいれば、発作が起こらない人、薬をやめても大丈夫な人、いろいろです。

よい先生とめぐり合われ、うまく治療が進んでいきますことを願っております。

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2005年8月

No.185[低酸素脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]

初めまして。

あやかちゃんのHP、 もう何度も拝見しています。

じつは、2才11ヶ月になる娘が、2才8ヶ月の時、 低酸素脳症になってしまいました。

現在の娘は、自分で歩くことが出来、ご飯も介助ですが、普通食を食べる事が出来ます。

身体の快復はめざましいものがあるのですが、知的には赤ちゃんまで戻ってしまいました。

何でも口に入れ、パパママの事も理解出来ていないようです。

もちろん人との関わりも出来なくなってしまいました。

記憶と言葉も失いました。

本当にこれが地獄なんだなぁと、変わり果てた娘の事を考え毎日泣いています。

病院では毎日リハビリを受けていますし、発達のお教室にも参加しています。

今回是非お聞きしたいのは、知的な発達の事なのですが、その子なりに違うとは思いますが、赤ちゃんにまで戻ってしまった娘も、それなりに、ゆっくりとは成長するのでしょぅか?

あやかちゃんは、病気から随分と時間が経過されていますが、HPの記載後、どんな風に成長されましたか?

是非教えていただけませんでしょうか?

よろしくお願いします。

[返事]

はじめまして。

このたびは、これからの発達を案じてメールをくださったこと、ありがたく思います。

発症3ヶ月、私たちも、これから娘がどうなっていくのか、不安の中で、同じ症状のお子さんをお持ちの方とお話がしたいと強く思う時期だったように記憶しています。

彩花の場合、年数が経過するにつれ、同年代の健常な子どもたちの発達ぶりからは、どんどん引き離され、現在の療育手帳は「最重度」の判定となっています。

しかしながら、知的な面の発達は非常にゆっくりとですが、長いスパンで見れば、彩花なりに確実に発達しています。

私たちのHPの「みなさんからの反響」にもありますように、脳症による後遺症からの回復は、本当に個人差が大きい訳ですが、娘さんの身体面の回復ぶりからすると、知的な面の回復も大いに期待できるのではと思います。

リハビリにも励んでおられるとのこと、娘さんの一つひとつの成長のステップを喜びながら、共に歩んでいきましょう。

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2005年9月

No.186[ウイルス性脳炎でご入院されたご主人をお持ちの奥さんから]

HP拝見させて頂きました。子供ではなく私の夫(34歳)がウィルス性脳炎にかかり、1ヶ月ほど前より参考にさせてもらいました。

1ヶ月間の入院を経て、本日退院しました。大人と子供の脳炎では、また違うことがあるとは思いますが、私達の体験が少しでもお役にたてればと思いメールさせて頂きました。

夫(34歳)の場合・・・
突然の高熱(
40℃)でA病院へ行き「急性扁桃腺炎」と診断。処方された薬(名前は忘れましたが)で5日後には職場に復帰できました。が、復帰3日目に再び高熱(40℃)。それからは家にまだ数錠残っていた抗生物質でも解熱せず、お盆休みと重なってB救急病院へ行きました。「髄膜炎」を疑われましたが、首も動くし太ももの付け根も動く・・・といった「髄膜炎」や「脳炎」の症状?が全くみられませんでしたので、通院にて点滴と抗生剤を服用していましたが全く解熱せず。他のC救急病院で診てもらっても同じ回答。しかし高熱がすでに1週間以上続き、意識レベルも低下・呼吸も浅く、酸素は取り込んでいるものの二酸化炭素を吐き出していない為、体中にCO2が貯まっている状態でしたので入院。CT・MRIでも脳に異常は見られず髄液検査にて異常を確認。担当医が「神経内科のある病院へ転院させます」との事。
転院
3日間位はやはり40℃の発熱が続いており、やっと薬が効いたのか解熱。担当医の説明では、脳の炎症が脳幹を中心に大脳まで広がっており、転院してきた当初の本人の症状ではあり得ない。。との事。(意識は混濁していましたが、頬を叩いて目覚めさせれば返事も入院している状況も把握しておりました。)後遺症やてんかんを頭にいれておくよう言われ、まだ子供のいない私達夫婦には最悪それも望めないと言われました。(発熱により精子が製造されなくなる事があるそうです)
1ヶ月の入院で退院する事が出来ましたが、脳と首の炎症はまだわずかですが残っているようで本人は頭痛に悩まされながら自宅にて安静にしています。当分は朝2錠「プレドニン錠」を服用する事になっています。

後日談・・・
最後の病院の担当医曰く「C救急病院の医師は判断が早かったです。病名が判断できなかった場合、研究を兼ねてそのまま入院させてしまう医師も少なくはありません。しかし、あのまま検査を続け症状を進行させていたら最悪な結果であったかもしれません。ましてやご主人は症状があまり出ていなかったので・・・難しかったと思いますよ」と。

両親や兄弟・また友人に助けられ、本日退院の日を迎えられたことに感謝しています。

また、このHPに出会えて、何も分からない・何も出来ないという自分の無力さから弱気になっていた私に勇気をくれたことに感謝しています。またこれからもこちらによらせて頂き、私にできることがあるなら少しでもお役にたてれば・・と思っています。有難うございました。


No.187[痙攣重積による急性脳症の後遺症をお持ちの息子さんのご両親から]

こんにちは。HP読ませていただきました。あやかちゃんの頑張りがとてもよく伝わってきました。
こんな風にHPを作ってあやかちゃんの成長記録をつけていたり、たくさんの人からの反響にお答えしているあやかちゃんのお母さんは本当にすごいなと思いました。尊敬してしまいます。
そしてこの反響のページをみてはじめてこんなにたくさん脳症後遺症になり頑張ってる人がいることを知りました。自分の周りにはほとんどいないしあまり相談できる人もいなかったのでとても心強く感じました。

うちの息子は7ヶ月の時痙攣重積による急性脳症になり後遺症により現在17ヶ月ですが、まだ体幹もしっかりせず首もすわりません。2ヶ月の入院生活後からは病院のリハビリ、療育園での音楽療法などを続けてきました。そのおかげで少し表情もでてきたり、療育園ではお兄ちゃん、お姉ちゃん達が遊んでいる姿をじーっとみたりして、何かを感じているようになりました。初めは、体をつっぱらせてしまう事が多かったのですが、つっぱりを抑制するように心がけていたら普段はとてもリラックスするようになりました。(どちらかというと脱力気味ですが)ただ食事(ミルクとドロドロ離乳食)の時や、ゲップがしたい時などのお腹の中の不快感にとても敏感で、その時は大泣きしながら体中をつっぱらせます。そのツッパリの時の筋肉ばかりが発達してしまってそれ以外の筋肉はなかなか発達しません。自分で動かす事もあまりありません。そこで、筋力を少しでもつけたいと思い、ボイタ法を母子入所で受けに行こうかと思っていたのですが、ボイタ法に関してあまりいい話がなかったため新幹線で3時間かけてまで母子入所するかどうか悩んでしまいました。
まだ小さいうちにできるだけの訓練をさせて子供の可能性を信じたいと思っているのですが。でも親が必死になるほど子供への負担が大きくなってしまうのではという不安もあります。
どのような判断によりリハビリ方法を選んできましたか?
何かいいアドバイスがありましたらお願いします。

[返事]

はじめまして。

このたびは、お問い合わせのメールをお送りくださいましたのに、お返事が遅くなり申し訳ありませんでした。

息子さんの発達を願い、遠方まで母子入所を検討されているとのことですが、その後、いかがお過ごしでしょうか。
私たちが通っている病院では、ボバース法が主流のようですが、ボイタ法の先生もいらっしゃいます。
たまたま発症当時の救急病院でリハビリの先生の紹介を受けたのが、そのボイタ法の先生で、これまでずっと続けています。

どの方法が息子さんに合うのかはやってみないと分かりませんし、民間療法とは違い、健康保険も使えるリハビリ手法ですので、チャレンジしてみてもよいと思います。
これまでのリハビリを続けるにしても、ボイタ法をするにしても、継続することが大切と思います。
くれぐれもご無理のないように、更なる回復を願っております。

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2005年10月

No.188[原因不明のウイルスによる急性脳症の後遺症をお持ちの息子さんのお母さんから]

現在1歳5ヶ月児の母親です。
8月に1歳3ヶ月だった子どもが原因不明のウイルスによる急性脳症になりました。
夜に突然でした。はじめてのひきつけ、はじめての救急車で気が動転してしまいました。


ひきつけを起こす直前まで元気だったのに。。
夏なのでインフルエンザではないとのこと。原因は特定できないので、なんだかすっきりしません。救急外来での診察は熱性けいれん重積でした。
熱は
38度で明日自宅へ帰れるかもと言われましたが、その晩何度もけいれんを起し、次の日のCTやMRIでは異常はありませんでしたが、それから2日後40度近くの発熱、けいれんがありCTで脳の浮腫がみられ急性脳症と診断されました。退院前にとったCTで脳の萎縮がみられました。
子どもは1ヶ月入院ののち現在は2、3週に1度のペースで小児科に通院、週
1度のペースで同じ病院にリハビリに通っています。
入院直後は首もすわりませんでしたが、今はつかまり立ちやはいはいができるようになりました。発症前は歩けるようになり、あんよが楽しい様子でしたが今はひとりで歩くのがまだこわいようです。言葉はもともと喃語しかしゃべれませんでした。今は喃語というよりかあーとかうーとか
1音を発声しているような感じで、ずーっと静かにだまった状態でいることが多いように感じられます。
なんでも口に入れてしまい、おもちゃで遊ぼうとしません。
たぶん発達面では1年前くらいの4,5ヶ月児位だと思います。
発症は1歳なので
Drの話では、残った機能とこれからの成長過程でどうなるか予測がつかないと言われました。
脳が萎縮するのは症状は重いということなんでしょうか?
Drは気を遣っているのか?あまりはっきりおしゃらないように思います。

彩花ちゃんの
HPで色々な方の様子を知りました。
脳症の症例や後遺症のことをもっと知りたいです。

[返事]

はじめまして。

お子さんが急性脳症を発症されたとのこと、まだ日が浅く、手探りの状況の中でメールをくださったこと、ありがたく思います。
お医者様からはっきりとしたお答えが得られない中、不安に押しつぶされそうなお気持ちなのではと拝察いたします。

しかしながら、回復の経過というのは、本当に予想できないもののようです。
脳の萎縮の程度もあるでしょうし、萎縮した場所にもよるのではないかと思います。
少なくとも、彩花の場合、入院期間が3ヶ月、その時点でおすわりができるという程度だったことからすると、お子さんの回復の経過は目覚しく、まだまだ期待できるのではと思います。
「ここまで良くなるとは思わなかった」とお医者様が舌を巻かれるという話も聞きます。
お子さんの可能性を信じて、共に歩んでいければと思います。

それでは、お子さんの更なる回復をお祈りいたしております。

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2005年11月

No.189[化膿性髄膜炎の後遺症をお持ちの娘さんのお母さんから]

ホームページを読ませてもらいました。11ヵ月の娘も化膿性髄膜炎後遺症で頑張ってます。
生後9日目にGBSによる化膿性髄膜炎、敗血症で入院治療開始したのですが容体が急変、ショック状態になりここでは診れないと言われ転院し、交換輸血3回し、これで駄目なら率先した治療はないと言われました。
どうにか3回目にして効果がでて命はとりとめたのですが、脳全体に出血があり意識も戻らないのではと言われましたが、無事回復し退院しました。
まだ首も座りません、重度の四肢麻痺だそうです。

やはり、けいれんがでて抗けいれん薬のフェノバールとセレニカR、痰ぎれにムコダインなどの薬を服薬中です。
手足は意外と可動範囲があるので手足をバタバタさせたり目をパチパチしたり声をだして自分の気持ちを表現してくれます。
わかってます。
とくに2才のお兄ちゃんが近寄ったら無茶苦茶にするので体をよじらせてウーンといってイヤダってします。
そこを伸ばせていけたらと思っています。
まだ書きたいことは山ほどあるけど言葉になりません、入院した時点では早かったのでよかったですねと言われたのに…
急変し、転院をすすめられた時は何のための入院か、いきどおりを感じました。

[返事]

はじめまして。

娘さんの発症から生活が一変され、大変な状況の中でメールをくださり、ありがとうございます。
入院中の容態急変…医師や看護師の監視の下にありながらも、このようなことが起こってしまうのは残念でなりません。
しかし、1年も経たないこの時期に、娘さんの表現力を伸ばしてやりたいと考えていらっしゃること、前向きなお気持ちをお持ちですね。
ご家族からのいろいろな刺激を受け、成長されますことを願っております。


No.190[一人のお子さんをお持ちのお父さんから]

一児の父です。
あやかさんの件もありながら、御自身の経験を元に啓蒙を進められていることに感銘しました。
先日一般誌でも取り上げられましたが、ガイドラインにグリーフケアが取り入れられた先進的なものとなりました。
きっとあやかさんのこのHPの影響もあったと思います。

一方で、私の妻、妻の友人と話したのですが、インフルエンザ脳症の危険性に対する認知が低いようです(知らない方もおられました)。
一般の人々の間でどの程度認識されているかアンケートの結果など過去にありましたでしょうか?
またその割合が低いのであれば私はどのような取り組みで啓蒙活動に参加できますでしょうか?
ご存知でしたらお教えください。

[返事]

メールありがとうございます。

ご照会のアンケートの件、調べてみましたが、残念ながら存じ上げません。
最近では鳥インフルエンザや新型インフルエンザの話題が中心で、インフルエンザ脳症に関する報道は少ないですので、シーズンを前にして今回のガイドラインの公表がされたことは良いタイミングだったと思っています。

啓蒙活動にご協力いただけるとのこと、ありがたいお申し出です。
とは申しましても、なかなかこの活動が難しいところです。
思いつくこととしては、地域やお子さんの通園・通学先でインフルエンザ脳症に関する勉強会を企画していただけるとよいのではないかと思います。
「インフルエンザ・脳症の会 小さないのち」でも講演会やシンポジウムを行っていますが、東京、大阪、名古屋周辺での開催が多く、まだまだ全国への発信が十分ではないと思っています。
ご検討いただければ幸いです。

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2005年12月

No.191[インフルエンザ脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]

はじめまして。

HPいつも読ませていただいております。

私は5歳の女の子の母です。

小さないのちの会に入っています。

私の娘は4年前、1歳の頃にインフルエンザ脳症を発症し、半身麻痺の後遺症が残りました。

あれ以来、この時期になると、毎年不安な毎日を過ごしています。

またインフルエンザになって、同じ事を繰り返すのではないかという恐怖におびえています。

彩花ちゃんは、発症以来、インフルエンザにかかったことはありますか?

もし、「脳症発症後にインフルエンザにかかったが、そのときは大丈夫だった」という例をご存じでしたら、お聞かせいただけますか?

そういうお話があれば、少しは冬を心安らかに過ごせると思います。

今年は流行が早いらしいですね。

どうぞご家族の皆様もご自愛下さい。

[返事]

はじめまして。

ご質問のメールありがとうございました。

私たちも彩花が高熱を出すたびに、また脳症になるのではないか、痙攣が重積するのではないかと不安で眠れませんので、お気持ちお察しします。

さて、そのお答えですが、「みなさんからの反響」のページの2003年2月、No.137の方にお返事していますとおり、この月に彩花はインフルエンザにかかりました。

そして、夫婦交代で看病し、大丈夫だったんですよ。

しかし、その一方で反復性急性脳症という診断のついたお子さんもいらっしゃいます。

ただ、1回目はインフルエンザでしたが、2回目は10月の発症でしたので、インフルエンザではなかったのではないかと思っていますが・・・

ご安心していただきたかったのですが、事実は事実としてお伝えさせていただきました。

毎年、この時期になると心配になりますよね。

元気に春を迎えられますことを願っております。

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