2003年9月

No.153[インフルエンザ脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]

 ホームページいつも感心しながら見させていただいています。

 我が家には8歳と10月で3歳になる娘がいます。

 インフルエンザ脳症になったのは下の娘です。

 1才のときに病気になり、現在まで月に1度小児科で定期検診,月に2度STPT、月に1度心理のリハビリを行っています。

 日常は保育園で朝9時から14時頃まで過ごしています。

 発病から一年半経ちますが、奇跡的に運動機能は回復し、一見普通の子と変わりません。

 問題は知的な面でしゃべることが出来ず,道具を使って食事を摂るのが困難な状況です。

 今は過去を振り返らず大きな目標や小さな目標を持って回復に向けて努力しています。

 が先の事を考えるほど悩みが増えます。

 身近な問題として小学校入学がありますが、あやかちゃんの場合の判断基準を教えてください。

 就学に際して、どこかの機関が審査して普通学級・障害学級・養護学校等と判断してくれるのでしょうか?

 前にも述べましたが現在普通の保育園に通っていますが、療育園に通わせた方が将来に向けての情報が入手しやすいのでしょうか?

 [返事]

 はじめまして。

 私たちのHPをご覧になり、お問い合わせのメールを下さったこと、ありがたく思います。

 さて、ご質問の件ですが、ご承知のとおり、日本の学校教育は、普通学級、障害児学級、養護学校と分離別学の体制となっています。

 そもそもこのことが親の悩みを増やしているように思います。

 行政の側でも、就学先を判断する基準をもっており、名称はまちまちですが、「就学指導委員会」という組織をたいていの市町村が持っており、その意見を聞いて就学指導が行われます。

 ですから、親の意向と就学指導委員会の意向が同じであれば、事務的にはスムーズに進んでいきます。

 反対に親の意向と就学指導委員会の意向が異なる場合、「就学指導委員会の専門家が判断したのだから」と、親の意向をあきらめさせるような指導が行われます。

 私としては、我が子のことを最も理解している親の意向を最優先すべきと思うのですが・・・

 将来のことに関しては、確かに療育園の方が障害児の親同士で情報交換できたり、就学先の学習会が企画されたりするので、保育園にいるよりは情報は手に入りやすいかもしれません。

 ただ、学習会も講師の方が教育委員会の方だったりすると、行政の考えに沿ったものになりがちです。

 私たちの場合は、就学指導委員会は養護学校を勧めましたが、保育園のお友達と一緒の小学校に通わせたいとの思いから、地域の小学校の障害児学級に入学しました。

 もし、地域の学校へという思いをお持ちのようでしたら、「患者会などの情報」のページに掲載しています「障害児を普通学校へ・全国連絡会」などから情報を得られるとよいと思います。

 それでは、就学の時期まで、悩みはつきないと思いますが、我が子のため最善と思われる就学先が見つかりますことを願っております。

 まずは、お返事まで。


No.154[インフルエンザ脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 何度か訪問させていただいています。

 みなさん、とってもステキなご両親で、頭が下がります。

 私は、昨年2月にインフルエンザ脳症になり、 知的後遺症が残りそうな男児(6歳)の母です。

 今年、入学になるわけですが、一応、地域の小学校の普通学級に席を置く(現在治りかけているところだ、ということで)ことになりました。

 しかし先日、前もって担任と話しをしに行った時、息子は他の子にとって邪魔な存在になるのではないか、という雰囲気の事を言われ、ショックを受けて帰ってきたところです。

 ここの他の親御さん達にしてみれば、たいしたことのない悩みなのだろうと思うし、生きているだけいいじゃないか、とも思われて仕方がないことなのだけど、好きで病気になったわけでも、後遺症が残ったわけでもないのに、差別され、邪魔扱いされる・・・悲しくて悲しくて・・・

 だれにも、どこにも言えずに心が痛くなってきてメールしてしまいました。

 もし就学について、いろいろなパターンの経験者(普通学級・特殊学級・養護学校など)の方々がいらしたら、どのようにみなさん頑張ってこられたのか、教えていただきたいと思います。

 長々と自分達のことだけしか見えていないようなメール、ホントに失礼しました。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは私達のHPをご覧になり、メールをくださったことありがたく思います。

 さて、いただいたメールを拝読し、怒りがこみあげてきました。

 我が子を邪魔者扱いにされることほど、つらいことはありません。

 それぞれ個性を持つ子供達をひとつのクラスにまとめるために、教員はひとりひとりを大切にする姿勢でいなければならないと思います。

 教員の力不足を棚に上げて、子供のせいにするといえば言い過ぎかもしれませんが、このような話を耳にすることが絶えないのは、悲しい限りです。

 就学の悩みは、ひとりひとりが抱えている重大な問題です。

 学校や教育委員会の意に反したとき、それを乗り越えるのには障害の重い軽いは関係ないと思います。

 ぜひ、クラス担任だけでなく、学校全体でサポートいただけるよう、校長先生にお話しされるべきだと思います。

 私達は毎年4月に、校長先生と担任の先生を交えて、話し合いをしています。

 先生の異動もありますし、彩花の変化でお願いしたいことも変わってきますので・・・

 さて、経験者についてですが、インフルエンザ・脳症の会「小さないのち」では、学校の種類に応じてメールのやりとりをするグループを設けています。

 また、「障害児を普通学校へ・全国連絡会」は県内の会員(親・教員など)を教えてくださると思います。

 教員の中でも、障害のあるなしで分けるべきではないと思っている方がいらっしゃいます。

 近くにそのような方がいらっしゃると心強いと思います。

 いずれも私達のHPの「患者会などの情報」のページからリンクを張っていますので、参考にされてはと思います。

 また、私達でよろしければ何なりとおっしゃってください。

 まずは、お返事まで。


No.155[急性脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 こんばんは。

 初めてのメールで緊張しています。

 私は現在1歳3ヶ月になる男の子の母親です。

 息子は今年5月31日(当時11ヶ月)に痙攣で入院し急性脳症と診断されました。

 最初はただの風邪でした。

 高熱が出て痙攣を起こし、痙攣を止める為に麻酔を使い完全に眠らせその為呼吸器をつけました。

 その後痙攣は止まったものの、肺に水が溜まってしまい生命の危険を宣告されました。

 その後はなんとか危険な状態は脱し、見る見る回復していき呼吸器、たくさんの点滴、鼻のチューブ、すべてが取れました。

 が、7月24日に撮ったMRIで脳細胞が死んでしまい萎縮していると医師から説明を受け結局後遺症が残ってしまった結果になってしまいました。

 現在は退院の話も出ていますが、自力で排泄が困難な事もありいまだ入院中です。

 息子の状態は入院前はズリバイつかまり立ちでしたが、現在は首もすわりません。

 私はとにかく治したいと思っています。

 今後は県の療育センターでリハビリをしていく予定ですが、もし良い治療法や情報があれば是非教えてください。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、息子さんが急性脳症にかかられ、未だに入院されている中、メールをくださったことありがたく思います。

 私たちも、急性期を過ぎ、後遺症が残ることを告げられた時、なんとかして元に戻してやることはできないかと悩みました。

 病院や療育センターで行われているリハビリ以外の民間療法的なものも考えたことがあります。

 しかし結局、病院のリハビリと療育センターの通園のみでここまできています。

 インフルエンザ・脳症「小さないのち」の会員さんの中には、よいリハビリがあると聞けば西へ、はり治療がよいと聞けば東へと、ありとあらゆることを試された方もいらっしゃったように記憶しています。

 しかし残念ながら、「これをすれば誰でも回復する」というような、夢の治療法はないと言ってもよいと思います。

 わらにもすがる思いでメールをくださったのではとお察ししますが、ご期待に応えるようなお返事ができずに心苦しい限りです。

 息子さんは危険な状態を脱するだけの生命力をお持ちだったのですから、まだまだ回復を期待できると思います。

 息子さんの力を信じ、歩んでいきましょう。

 それでは、退院に向け、息子さんが更に回復されますことをお祈りいたしております。

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2003年10月

No.156[急性脳炎でご入院中の息子さんをお持ちのお父さんから]

 はじめまして先日1歳3ヶ月になる息子が急性脳炎の疑いがあると診断されました。

 9月10日午後から38度〜39度の発熱を起こし受診し、風邪と診断され抗生物質などの処方を受け、翌日熱が下がらない為再度受診し、また風邪と診断され処方を受けましたが、11日の夜に、熱が下がらず手の震えのようなものが確認できたので、救急に駆け込みました。

 しかし受付を済ました途端に全身の痙攣が発生し抗痙攣剤を投与しましたが約20分経っても痙攣が治まらず呼吸も安定しないとの事から、人工呼吸器を挿管されそのままICUに緊急入院しました。

 その時点では髄液の検査結果も細胞数の増加も確認されず脳波の異常も見られないことから複合型の熱性痙攣ではないかとのお話をいただきました。

 翌日呼吸も安定し、血中酸素濃度も95パーセント以上を確保できるようになり、人工呼吸器も外れ早期の回復を期待していましたが、意識レベルがあまり上がらず、さらに数日後に顔面の細かい震え、左手の震えを確認し、再び髄液検査を実施した結果、細胞数の増加が確認され、脳炎・脳しょうの疑いがあると担当医より説明されました。

 基本的な知識もなく、日々移り変わる息子の環境と、様態を心配する中先日のMRIの結果により通常評価する写真においては左右の脳の変化は確認できないが、拡大写真においては、右前頭葉の炎症が確認され脳炎との診断を受けました。

 MRIの検査の数日前より体が反り返る筋緊張を見せていたので、心配はしていたのですが・・・

 現在も左足と背中に筋緊張があり、PCK(筋肉の疲労による血液中に流れ出る酵素)が3000にまであがってしまい、主治医からPCKの数値が上昇すると腎臓の働きが悪くなるとの説明を受けました。

 現在リハビリを受けていますが、筋緊張を和らげる薬を1日数回投与してリハビリをしながら様子を見ていますが、不安な日々は続いております。

 ただ、緊張が落ち着いている時は、元気であった頃を思い出させるような寝顔と、苦笑いのような笑顔が私たちを勇気づけてくれています。

 現在は一般病棟において様子を見ていますが、一般の面会も許されており息子の様子を見にきていただいた親族より、病院の現在の対応などいろんな意見をいただきますが、私的には現在の病院のまま様子を見て回復を待つ方向で考えております。

 何が正しく何が間違っているかも判断できませんが現在の病状やこれまでの経過を踏まえた主治医からの説明は私的には紳士的に感じる部分が多く、はじめからの病状を把握していただいているのでこの病院にてしばらく現在の治療を行っていただき様子を見させていただくつもりでいます。

 発病から本日に至るまで、息子の頑張りにより症状を抑えてくれました。

 症状が治まったこれからは、無力な親父の頑張る番です。

 私のできる最高の愛情を息子にぶつけ回復を目指します。

 ありがとうございました。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になり、息子さんへの思いを私たちにお伝えくださったこと、ありがたく思います。

 先行きの見えない不安の中で、ご自身を奮い立たせようと、今のお気持ちをつづられたのではと拝察いたしております。

 病院の選択については、やはり主治医や医療スタッフとの信頼関係が大切と思います。

 最近では、セカンドオピニオンという言葉も浸透しつつあります。

 今の主治医との関係を大切にしながら、より専門性を必要とする診療については、第二の主治医から意見を伺えるというような形にできるとよいですね。

 また、もし入院が長期になってしまった場合、病院の経営の都合で転院を迫られる場合もありますので、今後、他の病院の情報も持っておくことが必要となるかもしれません。

 そのような心配は無用となるよう、息子さんの早期の回復、退院をお祈りいたしております。


No.157[急性脳炎でご入院中のお子さんをお持ちのお父さんから]

 うちの子は6ヶ月で急性脳炎になり現在人工呼吸器をつけています

 ドクターからは深昏睡と言われています。

 入院して2ヶ月以上たちますが、脳機能の回復はほとんど見られない状態です。

 どのような治療等皆さんがなされているのかを知りたく思います。

 よろしければ連絡をください。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、お子さんが脳炎にかかられ、未だご入院中という状況の中でメールをくださったこと、ありがたく思います。

 当時、私たちも声をかけたり、手足をさすって刺激を与えるくらいのことしかできず、親として何もできない無力感にとらわれました。

 なかなか回復が見られないとのこと、私たち以上に苦しい思いでいらっしゃるのではとお察しします。

 さて、ご質問の件ですが、彩花にしてやれたこととしてはTRH療法があります。

 ただ、彩花の場合、この治療をしたことで、明確に改善したということはありませんでした。

 詳しくは、私たちのHPの「みなさんからの反響」のNo.119、No.123をご覧ください。

 あと、リハビリは始められていますでしょうか。

 まだのようでしたら、ぜひ始めてもらってください。

 この程度のことしかお答えできず、申し訳ありません。

 それでは、お子さんの回復をお祈りいたしております。

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2003年11月

No.158[小さないのち公開講座に参加された運動療法士さんから]

 おはようございます。

 初めてメールさせていただきます。

 昨日、「小さないのち 公開講座」に参加させていただきました。

 私はお年寄りが亡くなるまでおられるような病院でPTをしています。

 このような現場ですので、いつも「死」について勉強したい、と思っていたことと、また自ら喪失体験があり救われたい、という思いから坂下さんの主宰する「グリーフケア勉強会」に参加して坂下さんと出会いました。

 (それがきっかけでインフルエンザ脳症について初めて知りました。)

 喪失による体験(死だけでなく)は誰にでもあるのだということ、それによる悲しみは共通するものがあるのだということ、これらを知ることで、「小さないのち」の会のみなさんの思いを少しでも知りたいと思い参加させていただくようになりました。

 といってもまだ2回目ですが。

 昨日の会でみなさんがあやかちゃんのHPについて何度もおっしゃっていたので、私も見てみようと思い、検索して訪れました。

 とってもご家族の愛情がにじみ出ているHPだなあと思います。

 あやかちゃんの経過の記録は、一緒に日を追いながらできることが増えていくのがうれしくなりました。

 「8月14日 歩いた」のところで「わー、歩けた!」って思わず。

 歩けなきゃいけない、なんてことは思わないのですが、正直なところできれば歩ける方がいいな、とは思います。

 職場の利用者のお年よりは、歩ける方はほとんどおられません。

 寝返りもできないお年よりは、七夕の願い事は「起きれるように」とか「坐りたい」とかではなく、どんな状態の方でも「歩きたい」と書かれる事が多いです。

 それから、「小学校入学にあたってのお願い」を読んで涙が出てきました。

 これまでの多くの苦労されたことが伝わってきます。

 その下の方で経過が書かれていて、やっぱり簡単なことではないのだと思いました。

 それと、1年1組の子供たちの前でお話されたのはあやかちゃんが入学できてうれしいお気持ちと同時にそうではないお気持ちもあって、しんどい部分もお持ちだったのではないかな、と思いました。

 脳症のような病気に対する治療法の確立も願いたいと思います。

 同時に、どのような障害を持ったとしても、みんなと同じように共存しやすい社会となってほしいと思います。

 それにはまず「知ること」ですよね、PTの学生のときに実習でいろんな障害をもった成人の方、子供たちと接することができました。

 仕事柄、障害をお持ちの方との接触は何の抵抗もありません。

 でも「インフルエンザ脳症」について知ったのは最近です。

 今はお年寄りの現場であること、自分にはまだ子供がいないこと、こんな様子ですから、おそらく坂下さんと出会わなければ一生知らない病気だったかもしれません。

 知る機会、また彩花ちゃんのご家族、そしてこのHPに出会えてありがたく思っています。

 まだ全部は見られていないので、また訪れてみようと思います。

 またお会いする機会があればうれしいです。

 昨日、あやかちゃんと手に触れました。

 ぎゅと握り返してくれて、とってもうれしかったです。

 やわらかい、あったかい手でした。

 背は私とかわりません。

 びっくりしました。

 [返事]

 メールをいただき、ありがとうございます。

 このたびは、検索してまで私たちのホームページに訪れてくださり、うれしく思います。

 また、彩花の手を握ってくださったとのこと、出会ったその場ですぐに関わってくださったことに、暖かいものを感じました。

 ご自身の喪失体験からグリーフケアの勉強会に参加されているとのことですが、私たちには「死」という喪失体験をされた方のお気持ちをお察しすることなど到底及ばないことと思っております。

 その様な中で、死だけではなく、元気な姿を失ったという意味で、同じような喪失体験として認めてくださったことをうれしく思います。

 お仕事柄、障害児者とも関わった経験をお持ちとのことですし、私たちの会「小さないのち」の喪失会員の思いも後遺症会員の思いも理解していただける貴重な存在ではないかと感じています。

 これからもどうぞよろしくお願いします。

 それでは、今後のご活躍をお祈り致しております。


No.159[突発性発疹が原因の脳炎による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 初めまして。

 私は平成12911日、11ヶ月の時に突発性発疹から脳炎を発症した、現在44ヶ月の息子の母です。

 彩花ちゃんのホームページがあることは、前から知っていたのですが、やっと、全部読ませていただいたので、メールさせていただきます。

 長男は、9月の初めぐらいから風邪をひいていて、7日に38度ほどの熱が出て、様子を見ていました。

 小児科の先生から、熱が出るかもしれないと言われていたので、さほど気にしていませんでした。

 熱は少しずつ上がっていましたが、8日の午後5時頃、突然けいれんしたので、あわてて、小児科に行き、けいれん止めの座薬をもらい家に帰りました。

 熱が最高42度を超えるほどでしたが、水分や食事ができていましたので、家で様子を見ていました。

 9日普段と様子が違うという私たちの意見を聞いて、小児科の先生は血液検査をしてくれました。

 特に異常ないので、熱が高いからしんどいのかも、もう少し様子見てと言われました。

 10日は日曜日だったので、とても不安でしたが、特に変わりませんでした。

 11日体に湿疹が出たので突発性発疹だと言われました。

 私たちが何か普段と違うからと言うと先生も精密検査をしたほうがいいと言うことになって、県立病院宛に紹介状を書いてもらい、すぐに行ってもらうと電話してくれました。

 髄膜炎の検査は異常なし。

 CTやMRIはすぐに準備できないということで、長男を主人にまかせ、私は、母と入院の準備をしに、家に帰りました。

 往復の1時間の間に、主人の目の前で、問題の大きなけいれんがおきました。

 すぐに小児科の先生がけいれん止めの薬をしても、切れたらまたけいれんの繰り返し。

 5回ぐらいの後、眠らせますといってきつい薬を注射しました。

 12日に夜中ゆるいけいれんが、左側におきて、あわてて止めてもらいました。

 それ以降、薬が効いてけいれんは起きていません。

 CTは異常なしと言われましたが、その後MRIの画像と比べると、小脳のあたりが少し腫れていたようです。

 私は妊娠4ヶ月から7ヶ月をこの病院で過ごし、9ヶ月の時リハビリの病院で過ごしました。

 最初の病院にいたときには、首も座っていない状態でしたが、リハビリの病院に入院した頃は椅子に座れるようになっていました。

 次男も生まれ、このまま順調に回復していくのかと思っていましたが、現在知的な面では、問題ありませんが、運動面では移動はずりばいか、座った状態でお尻で進む、ささえがないと立てない、歩けない、1級障害児です。

 月曜日は入院したリハビリの病院に外来でPTとOTを受け、火曜と水曜は近くの肢体不自由児の訓練施設に通園し、木曜と金曜は弟と同じ保育所に並行通園しています。

 3歳児からの並行通園は早かったかなと最初は思いましたが、今は、思い切って行かせてよかったと、思っています。

 健常児の中で自分でもできることが増えてきて、本人もやる気になっています。

 親もどれだけできるかわかりませんが、将来自立できるように、サポートしていきたいと、思っています。

 聞いてくださってありがとうございました。

 [返事]

 はじめまして

 このたびは、私たちのHPをくまなく読んでくださったとのこと、感謝いたしております。

 発症から3年が経過し、運動面の後遺症に悩まされていらっしゃるとのこと、同じ脳炎・脳症と申しましても、後遺症の現れ方が一人ひとり違うことを改めて感じます。

 リハビリ、肢体不自由児の通園、保育園とたくさん刺激を受ける場面を作ってあげておられますね。

 息子さんも健常児の中であってもやる気を見せておられるとのこと、すごいことだと思います。

 リハビリの効果にしても、本人のやる気が重要だといわれていますので、うまく潜在的な力を引き出すことができれば、更なる回復が期待できると思います。

 息子さんの可能性を信じ、歩んでいきましょう。

 それでは、平日は毎日あちこちに通われていますのでお忙しいことと思いますが、くれぐれもお体にはお気をつけください。

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2003年12月

No.160[インフルエンザ脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 何度か拝見させていただいております。

 私の長男(現在2歳)がことしの成人の日に、インフルエンザ脳症を発症してしまいました。

 前日より、急に発熱しました。

 その夜いきつけの小児科の医師が不在で、大きな病院に電話しましたが、「かなりの患者さんがいらっしゃるので、待たれる覚悟があるなら、来てください」といわれ、その口調に腹をたててしまいました。

 その後、やはり心配になり、電話帳で近所の小児科を探しましたが、どこも医師が不在でした。

 あきらめかけていたところ、「皮膚科、小児科」とあるところへ電話すると、診てくれるというので、足を運びました。

 すると、検査もせずインフルエンザでないと断言され、風邪薬と解熱の座薬をだされました。

 それが、長男の人生を変えてしまったのです。

 翌日の昼前、突然の痙攣。

 15分たっても、おさまらず。

 大きな病院に緊急入院しました。

 点滴でいったん痙攣はおさまり、少し意識はありました。

 スヌーピーのコップをみてかすかに笑いました。

 しばらくして、ほとんど意識がなくなり、抱き上げても首もすわらなくなってしまいました。

 最初の痙攣から4日目の昼すぎ、とうとう大きな痙攣がおこりました。

 イソゾールという薬を急速に大量に体にいれました。

 人工呼吸器をつけている長男の姿に、悪い夢であればいいと、願っていました。

 それから2ヶ月の入院生活を終え、現在にいたるのですが、今長男は、やっと四つんばいの姿勢がとれるようになりました。

 見た目健常な子と、なんら変わりありません。

 でも、脳が萎縮しているそうです。

 笑顔をみていると、ほんとうに生きていてくれてよかったという気持ちと、後悔の念がいりまじり、つい涙してしまう日々です。

 多くの方々に支えられながら、生活しております。

 感謝の気持ちは言葉ではいいあらわせません。

 これから、長男にとって、長い人生をどう生活していくのか、不安だらけですが、私だけでなく同じ思いの方が、たくさんいらっしゃるというのを、このページでみさせていただいて知りました。

 共にがんばっていけたらなぁ、と思います。

 またメールさせてください。

 では。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、息子さんがインフルエンザ脳症を発症され、まだ1年が経過しない中で、私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 発症前に受診されていたにもかかわらず、発症されたこと、ご入院されたものの、その後急変されたこと、この病気の恐ろしさを改めて感じると同時に、後遺症を残されるような結果になるまでに、医療はどこかで食い止めることができなかったのかと残念でなりません。

 親としてされるべきことはされていたにもかかわらず、後遺症を残してしまわれ、後悔の念にさいなまれていらっしゃるのではとお察しします。

 しかしなから、息子さんは少しずつ回復されてきているご様子、よつばいの姿勢がとれるまでになられているのですから、まだまだ回復は期待できると思います。

 我が子の可能性を信じ、歩んでいきましょう。

 それでは、息子さんの更なる回復をお祈りいたしております。


No.161[教育実習にお越しになった学生の方から]

 おひさしぶりです。

 10月に実習でお世話になっていた者です。

 なかなか、ホームページを見ることができず、今、実家のパソコンから拝見させていただいています。

 あやかちゃんはお元気でいらしゃいますか?

 ちょうど、私が実習を終える頃、あやかちゃんが私を見て微笑んでくれた事を、とてもよく覚えています。

 あやかちゃんの笑顔は、とても優しく、とても癒されました。

 ご家族の今までの歴史をホームページで拝見し、なにかしら心がカーッとあつくなりました。

 うまく言葉に表せずすいません・・・。

 新年まであとわずかとなりました。

 来年も、彩花ちゃんご家族にとってよい年になりますよう、願っています。

 [返事]

 ご無沙汰いたしております。

 彩花のホームページのことを覚えておいてくださって、ご覧いただけたこと感激です。

 実習というわずかな期間でしたが、偶然にも彩花と関わっていただけたこと、ありがたく思っています。

 彩花は冬休みを元気に過ごしています。

 大掃除でなかなか相手をしてやれないので、たいくつかもしれませんが・・・

 それでは、これからの先生のご活躍をお祈りいたしております。

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2004年1月

No.162[思春期早発症の娘さんをお持ちのお母さんから]

 真性思春期早発症の3歳女児の母親です。

 この病気についての情報交換などを求めて、メールさせて頂きました。

 真性思春期早発症のお母さんたちのグループのHPがございましたら、お手数をお掛けしますが、URL等を幾つかご紹介願えませんでしょうか。

 どうか宜しくお願い申し上げます。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になり、ご質問のメールをくださったことありがたく思います。

 同じ病気のお子さんをお持ちの方との情報交換を求めていらっしゃるお気持ち、お察しいたします。

 残念ながら、同じ病気のお子さんをお持ちのお母さんのグループといいますのは存じ上げません。

 私たちも娘の思春期早発症、発症当時、そのようなグループがないか、探したのですが、たどりつけませんでした。

 お力になれず、申し訳ありません。

 発症時期や、原因も違うこととは思いますが、もし、私たちでよろしければ、情報交換などさせていただければと思います。

 あと、私たちのHPにメールの内容を掲載させていただくことで、どなたかから情報をいただけるかもしれません、もしよろしければ、匿名で「みなさんからの反響」のページに今回のメールの内容を掲載させていただきたいのですが、いかがでしょうか。

 お返事いただけると、ありがたいです。

 取り急ぎ、お返事まで。

 [同じお母さんから]

 早速に丁重なご返事ありがとうございました。

 現在、娘は酢酸リュープロリド0.2〜0.3 mg/kg/投与(最低7.5mg)を4週間毎に筋肉内投与の治療を行っておりますが、3才の娘は、10年ほど投与しなければなりません。

 脳腫瘍の疑いでMRI検査や視床下部の検査も受けていますが、現在異常が見つからず、原因がわかりません。

 もし同じ治療を受けたお子さんをお持ちの方が居られましたら、その後の経過などを教えて頂きたいと思います。

 どうか宜しくお願い存じ上げます。


No.163[インフルエンザ脳症にかかられたものの無事退院された息子さんをお持ちのお母さんから]

 初めまして。

 私は12月に3歳の誕生日を迎えたばかりの息子をもつ母親です。

 息子がインフルエンザ脳症と戦っている間、こちらのページにたどり着きました。

 幸い、息子は倒れる前の息子に戻ってきております。

 平成15年12月25日、2日前から熱があったものの、元気だったので病院は25日の日中に行きました。

 病院の中でも、散歩したりジュースを飲んだり。

 熱があっても、いつもの息子でした。

 インフルエンザの検査結果待ちの30分間、椅子に座ってジュースを飲んでいた息子が、一点を見つめ、椅子にもたれかかりました。

 『夕方だし眠くなったか?』

 でもおかしい。

 顔色、唇の色が青くなってぐったりした息子を抱きかかえ、診察室に走りました。

 看護婦さん、先生が『あらら、けいれんだね』ほっぺを叩きながら名前を呼びますが、ぐったりしたままです。

 私は医療や先生達が発する言葉が未知の世界で、何がなんだかわからなかったですが、息をしてなくて泡を吹いてる息子とバタバタと増えてくる先生&看護婦さんの数でかなりヤバイ状況なのはわかりました。

 けいれん止めの薬も4回使いましたが治まらず、救急車で1時間半かかる大学病院に向かうことになりました。

 救急車の中でもけいれん止めの点滴を入れてるのですが、けいれんは時々ありました。

 大学病院のICUに入って、『今晩がやまです・・』という言葉に私たち夫婦、4歳の娘、両家の両親は胸が押しつぶされそうな一夜を過ごしました。

 そして先生の説明を聞きました。

 『インフルエンザが陽性なので、インフルエンザ脳症またはけいれん重積・・・』

 パニックな私にはそれくらいしか聞き取れなかったです。

 管だらけの息子は、容態も落ち着き、けいれん止めの薬を止めた事により10日目に目を開いてくれました。

 13日目には目玉がはっきり物を見ていました。

 呼吸器もとれ、聞き取れないほどの小さい声で話した最初の一言は『なんでなの』でした。

 胸が押しつぶされそうでした。

 2週間のICU、今現在小児科病棟1週間目、来週退院です。

 先生は、45分間けいれんが止まらなかった事、自発呼吸もなかなかしなかった事、脳にむくみが中度あった事、脳の血流の速度が鈍い事、以上をふまえると、ここまで回復するとは正直ビックリだと言っていました。

 脳症には『こうなったらインフルエンザ脳症だよ』と、お決まりがまだない事など経験不足やこれから先の不安、未知なる可能性・・・

 なぜ、幸いにも助かって知能も運動面も元に戻っている息子の話をしたかったというと、『インフルエンザ脳症かもしれない』と言われた時、パニックの中でも情報を集めたく、でも、専門用語や将来を悲観するような情報しか無かったのです。

 私も息子がICUに入った次の日、絶望の中、泣きながらこのHPにたどり着き読ましていただきました。

 インフルエンザ脳症は、絶望と希望がクルクルまわって子も親も振り回される恐ろしい病気です。

 もし、お子さんがICUなどに入院されて、このHPにたどり着いて息子の様なこんな状態でも、元に戻る可能性もあるんだと、希望もちょこっと持っていただきたかったのです!

 長々と申し訳ありませんでした。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、年末に息子さんがインフルエンザ脳症にかかられ、ご入院中という大変な状況の中で、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 病院での急変、転院、そして「今晩がやま」と告げられるまで、短時間に進行していかれ、信じられない光景に、いたたまれぬお気持ちでいらっしゃったのではとお察しします。

 しかしその後、お医者様が驚かれるくらい、順調に回復していらっしゃるとのこと、息子さんの体力が勝ったのですね。

 インフルエンザ脳症は、死亡率が30〜15%、後遺症25%と言われていますので、約半数の方は回復されているのです。

 おっしゃるように、息子さんのように回復された方のお話は、ご入院中の方の希望の火をともすものになると思います。

 ぜひ、今回いただいたメールの内容を匿名で私たちのHPの「みなさんからの反響」のページに掲載させてください。

 お返事いただけるとありがたいです。

 それでは、息子さんが元気に退院されますことをお祈りいたしております。

 ※ その後、無事退院されました。


No.164[インフルエンザ脳症でご入院中の娘さんをお持ちのお父さんから]

 昨晩11時、2歳3ヶ月の娘が、インフルエンザ脳症でICUに入りました。

 今、病院から帰り、診察の結果が信じれなく、不安で、ここのhpに、たどり着きました。

 先生の病状等の説明の話の途中、涙も出ましたが、娘がこの後、どのような結果になろうとも、夫婦でがんばって行こうと決意しました。

 今後とも、よろしくお願いします。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、娘さんがインフルエンザ脳症にかかられたとのこと、その後、ご容態はいかがでしょうか。

 私たちでお役に立てることがありそうでしたら、なんなりとおっしゃってください。

 娘さんの回復をお祈りいたしております。

 取り急ぎ、お返事まで。

 [同じお父さんから]

 こんばんは。

 お返事いただき恐縮です。

 21日発病し、ICUに入った娘も、その後痙攣もなく意識も保ち、今日、普通病棟の個室に移り、峠を越したみたいです。

 痙攣から意識が戻るのに、約1時間という短い時間が幸いしたのか、CTによる脳の腫れは見られるものの、今のところ目に見える予後不良の障害はなく、脳波も正常であり、髄液にも感染が見られなかったとのこと。

 今回、この病気に対し痛感したのが医師の迅速な対応だと思いました。

 欲を言えば、親の医療への関心も少しは必要と感じます。

 我が家では、妻が医療系(歯科関係)の職にあり、救急隊の対応・病院連絡について、適切に動けたことが幸いしたと感じ、また、妻に感謝しています。

 娘の発熱から、熱性痙攣が起き、呼吸困難・意識不明のおった経過、時間、様態経過を詳細に、冷静に記憶したこと。

 まず、119番通報とともに、市の緊急医療関係へ連絡を取り、本日当直の小児科を確認、搬送先予定の病院へ娘の状態、経過を詳細に伝える。

 当直の病院(個人病院ICU無し)では、インフルエンザ脳症疑いがあるので、医大病院を薦められる。

 妻みずから、医大病院へ連絡、受け入れを承諾してくれる。

 救急隊到着、救急隊が様態を見て、熱性痙攣と判断してしまい。「安心してください。よくある病気です。念のため病院へ搬送します。」と、当直担当の個人病院へ搬送とのこと。

 (医大病院と訴えるも聞き入れてもらえず、今思えば怖いです)

 20分で到着。

 (担当の病院の医師が娘を見て、すぐに震えていた。インフルエンザ脳症の可能性を認知していた)

 それを聞いた救急隊は、当然、焦っていたが、私どもには何も言わず。

 担当医が、妻に経過の確認後、インフルエンザの検査が陽性反応を確認。

 (このときの点滴により、娘の意識回復も、瞳孔は開き、視点も定まらず)

 そのまま搬送された救急車で、医大病院へ転送

 (担当病院の医師も同行してくれる・・感謝)

 医大では、妻の連絡のおかげで、小児科医師2人 ICU医師1人 看護師3人が待ちかまえていて、受け入れがスムーズに行われる。

 妻による娘の病状の説明、血液検査等により、インフルエンザ脳症と判断したいと、この病気の現状、命の保証等の説明を明確に詳細に告げられ、治療することの承諾をお願いされる。

 現在の娘の病状が軽いのは、搬送先の医師の判断(病気の認知)また、医大病院を素早く処置させた妻のファインプレイだと思っている!!

 妻曰く、「病院、医師は、効率よく使うもの!」使うためには、こちらの病状を詳しく伝え、医師の判断をしやすくさせること。

 最後に、全国の救急隊の皆様にも、インフルエンザ脳症の知識を知ってもらいたい。

 まだまだ、医師から大丈夫ですとは言ってもらってませんが、今、妻は嬉しそうに娘の寝顔を見ながら、横の介護ベッドで休んでいると思います。

 今後の予後不良についても良くも悪くも妻とともにがんばって娘を見守り続けたいと思います。

 HPの内容も、くまなくコピーをさせていただき、テキストとして妻に持たせています。

 ありがとうございます。

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2004年2月

No.165[インフルエンザ脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 1999.1.1.にインフルエンザ脳症になり、現在重度知的障害のある6才の男の子の母です。

 ずーっとHP拝見させていただきました。

 いつもメールしようか悩みながら、今日になってしまいました。

 毎回励ましてもらい、感謝の気持ちでいっぱいです。

 ありがとうございます。

 続けてくださいね。

 今回メールしましたのは、親の会のHPがつながらないため、今活動されているのかお聞きしたいと思ったからです。

 現在○○県に住んでおります。

 ですので、なかなか集まりには参加できません。

 しかし、同じ脳症になられた方で子どもの障害に近い方がおられればお話をお聞きできたらありがたい。

 わが子は、1才5か月で脳症になり、ICUで人工呼吸器を2週間つけ、自発呼吸がでてきましたので小児科病棟にうつりました。

 断乳がまだでしたから、変わり果てたわが子をみるたびに身も心もつらかったのをわすれることができません。

 知的重度のほかに、てんかん、多動、ぜん息を併せ持っています。

 てんかんは、無呼吸発作からぼっーとする発作もありましたが、昨年夏ごろからおちついてきました。

 しかし、認知障害と多動がかなりひどく、また睡眠が安定せず、興奮しやすいので、安定剤としてリスパダールを飲んでいます。

 4月には市内の養護学校入学が決まり、それに向けて調整中です。

 1月から父親が東京に単身赴任しています。

 8才のお兄ちゃんもいますので、一緒に転勤も考えましたが、住居・学校・病院(まだ年2,3回入院します)環境の見通しがつかず断念。

 東京周辺にお住まいの方のお話もお聞きしたい。

 そんな気持ちから親の会と考えました。

 いままでは、いまも生活を回すのに精一杯でした。

 でも最近、この子と家族が楽しく過ごせる環境を考えるようになりました。

 もし、情報おもちでしたら教えてください。

 お願いします。

 [返事]

 はじめまして。

 私たちのHPを日ごろからご覧いただいているとのこと、ありがとうございます。

 息子さんは、脳症に加えて、多動などの後遺症をあわせもっておられるとのこと、心休まらない日々をお送りなのではと拝察いたします。

 さて、お尋ねのインフルエンザ・脳症の会「小さないのち」のホームページですが、現在閉鎖されています。

 会の運営は継続されていますので、ご安心ください。

 会の活動としては、会報の発行、交換ノートや電子メールでの会員相互の情報交換などを行っています。

 また、関東ブロックなどでは地域単位のつどいも開催しています。

 もし、よろしければ、関東ブロックの支部長さんに連絡をとらせていただきます。

 取り急ぎ、お返事まで。


No.166[インフルエンザ脳炎による後遺症の娘さんを持つお母さんから]

 こんにちは、はじめてメールさせていただきます。

 昨日、たまたまニュースで、今年もまたインフルエンザ脳症で亡くなられた方・・・という記事を読んでいて、このHPをみつけました。

 「インフルエンザ」という文字はよく気にしていたのですが、HPのトップで、「平成6年2月生まれで・・・インフルエンザ脳症の後遺症を持つことになった・・・」というプロフィールを見て、どうしてもお話したくなってメールしました。

 うちの娘も、18日で10歳。

 今は、養護学校の4年生です。

 あやかさんより一年前の2歳10ヶ月の時にインフルエンザ脳炎になりました。

 あれから、7年。

 保育園、小学校・・・なにをするにも障害をもった子供とその家族にはハードルが多く、長い道のりでした。

 私の住む地域では、障害児の親の会はありますが、子供の障害は、さまざまで、病気のことについてなどは、なかなか今まで一緒に話せる方がいなかったので同年代のお子さまをお持ちの、同じ障害の方をみつけられてとても嬉しく、どうかこれからも一緒にお話させていただけたら、と思いました。

 まだ、HPをみつけたばかりで、じっくりと読ませていただいていないのですが、お父様のページにあった就学指導委員の方からの指導とそれに対するお父様のご意見が、私のずっと思っていた、願いと重なり本当に胸がしめつけられる思いでした。

 娘も去年まで、普通学校の特殊学級で学んでいました。

 でも、4年生以降をそのまま在籍させられるだけの親の力が足りなかったのでしょう。

 お父様のお言葉を見て、自分の無力さを悔いています。

 また、お母様のページのはじめに、娘が運んでくれたもの・・・2月12日・・・娘が生まれ変わった日でもあります。

 という文を見て、涙が止まらなくなりました。

 そうですよね。

 私も彼女はもともとこういう子だったんだと、7年前に生まれたんだ、と思っています。

 でも、そう思えるようになったのは、去年の今頃。

 特殊学級での最後のお便りで親から一言、といわれてやっと言えたことばです。

 そう、こうなるまで、6年もかかっていたんですね。

 それに比べて、あやかさんのご両親の行動の素早さには驚くばかりです。

 また、他の方のメールへのお返事も、私の思いと重なり、どれもとても心に響く内容で、感動しました。

 この、メールも「掲示板」という形ではなくある程度、抜粋して載せていただけるようで、安心して書き込めますね。

 どうか、これからも、仲良くさせていただけたら、と思います。

 また、おじゃまさせてください。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になって共感いただけたこと、とても喜んでおります。

 娘さんは、彩花の発症の1年前にインフルエンザ脳炎にかかられていたとのこと、情報の少なさに孤独感を抱えながら、育ててこられたのではとお察しします。

 私たちも発症後、同じような境遇の方と知り合いたいという思いを持っていたのですが、近隣にはいらっしゃいませんでした。

 しかし、ホームページを立ち上げてから、たくさんの方と知り合うことができました。

 そして、励ましや共感のメールをいただく中で、なんとか彩花を育ててこられたように思います。

 障害に対する家族の受容についてのある調査で、家族が障害に対して心の整理ができるようになった時期は、後天性脳障害児の28家族のうち、4−6ヶ月が3家族、1−2年が7家族、4−8年が3家族、いまだに受け入れられないが15家族となっており、先天的な障害児を持つ家族より、後天性脳障害児を持つ家族によりサポートの時間をかける必要があると指摘されています。

 これを読み、家族によって障害の受容の時期はいろいろなのだと実感しました。

 私たちのHPがこの受容に向けてのきっかけにでもなればと思っているところです。

 それでは、こちらこそ情報交換など、よろしくお願いいたします。

 [同じお母さんから]

 お返事ありがとうございました。

 わざわざお返事いただけてとても嬉しく、また、メールさせていただきました。

 教えていただいたHPも早速見に行ってきました。

 その記事の中に丁度今、思っていたことがありました。

 [病児の兄弟姉妹への対応]というところです。

 家の娘は、肢体不自由はほとんどありません。

 脳炎の後遺障害は、「症候性てんかん」と「言語障害」ということでした。

 入院後、3週間ほどは、ほとんど寝たきり、意識もはっきりしない状態でしたが、その後は、ベットの上で普通に過ごしていました。

 ・・・でも、その時ベットから動かなかった(脱走しなかった)のは、そこ以外の場所の記憶が全くなくなっていたため、どこにも行きたくなることがなかったからだった、ということは、退院してすぐわかりました。

 とにかく多動で、目、どころか、手も離すこともできません。

 2Fの窓のカーテンレールで、鉄棒をしていたり、室内の観葉植物の土を食べてしまったり、食器の並んでいるテーブルの上を、その食器を踏まずに歩いたり、引き出しという、引き出しからすべてのものをだしてくれて・・・(だすと気が済んでもう、そのまま。でもしまうとまた、だす!)

 でも、脳の、両方の海馬と前頭葉は萎縮してしまったため、言語は全くなくなりました。

 本当に3歳児の大きさの0歳児というものは、どうにも理解しがたい存在でした。

 でも、それも、病気をしてからずっと見続けてきた親だから耐えられたのかもしれません。

 (家の場合も、平日にもかかわらず、たまたま主人が自分の健康診断のために休暇をとっていて、娘が意識を失ったときに二人で病院に連れて行きました。)

 その日普通に登校していた当時小学2年生だった姉は、その後も約2ヶ月の入院中、感染防止、ということで、一度も面会ができませんでした。(その上、当時インフルエンザのウィルスを発見する方法が無かった(?)ようで 退院直前まで、ウィルス性の脳炎、ということしか、親にも知らされませんでした)

 そして、2ヶ月後全くの他人になった妹に会ったのです。

 その後も通院、リハビリ、付き添いと、とにかく妹にかかりっきりになる親にとうとう、姉も限界になってしまいました。(2年くらい前です)

 でも、ようやく、ゆっくりですが、今はまた、落ち着いて生活できるようになってきたところです。

 今、私の地元の親の会でも、障害児の兄弟のことが課題になっています。

 気持ちでは決して差別したり、ひいきしている訳ではないけれど、まず、どうしても手のかかる障害児を優先せざるをえません。

 これは、どこの(障害児のいる)家庭でも同じでしょうが、そのどこの、という家庭は、一般的には、ごく少数なんですよね。

 結局ずっと、兄弟と遊ぶこともできず、家族旅行も制限され、日々の生活でも耐えることばかり・・・。

 そういう環境に、ふと疑問を感じた時、・・・でも、仕方がないとも分かっている、そのジレンマと兄弟が戦っているのを、分かってあげられたら、ととても思います。

 私たちの親の会では、今、一件の家を借り(4年ほど前から)いつでも会の家族が来られる場所、としています。

 もちろん障害児も来ますが、本人達は、それぞれがそれぞれで遊ぶので、結局はその他の兄弟達がゲームやトランプをしたり、食事や宿泊など、いわゆる一般の家族(健常者だけの)のような関係でいられる環境を作っています。

 ここでは、兄弟(障害児)のことも気にせず、のびのびとしている兄弟がいます。

 この辺も障害者(特に中途の場合)の家族の課題ですね。

 また、家は、地元の小学校と、共存することができませんでしたが、できれば、小学生とは、これまで通り、また、それ以上に仲良く暮らして行かれるよう、今、親の会でNPO法人を立ち上げ、障害児中心の学童保育をはじめようとしています。

 地元で暮らしていく。

 このために、親ができることを少しずつですが、やっていきたいと思っています。

 あやかちゃんのご姉妹はまだ、小さいから、また、生まれたときから、お姉ちゃんは今のお姉ちゃんとして受け入れてくれているので、心配することはないでしょうね。

 娘は今、44kgで、学校の給食が制限されてしまいました!

 まだ、9歳なのに!

 この体格で、いまだに行動障害が強く(どうしても視覚が優先してしまうため)パニック時には、もう、大人でもかないません。

 言語的には、ものすごくよくしゃべるようにはなりましたが、会話は少しできるという程度です。

 知的には、2〜3歳程度(勝手に自分の言いたいことを言って、そのまま、いなくなる・・・?)

 最近ようやく振り付きの歌を少し真似られるようになったかな?

 一応「てんかん」の仲間なんですが、薬で、発作は今、全く無いので、学校では、かなりしぶとい自閉症もしくはADHDという対応をしてもらっています。

 日々の行動もパターン化したり、繰り返すことで理解しているようです。

 まぁ、なかなか、これ、という進歩はありませんが、たまたま、毎晩お風呂で「○○(娘の呼び名)はママの宝物だよ」と、言い続けていたら、(本当は自分で自分を納得させていたんでしょうけれど)

 ある日突然「ママ!ママの大切な宝物ちゃんがお風呂入ってるね」と自分のことを呼んだんですよね。

 なんか、それで、吹っ切れました。

 また、お話させてください。

 それでは。


No.167[インフルエンザにかかられた娘さんをお持ちのお母さんから]

 初めまして・・・。

 突然失礼致します。

 何気なく、検索しておりましたら、『彩花(あやか)』の文字・・・。

 私の娘も『彩花(あやか)』なのです。

 平成41020日生まれですので、1学年上の現在小学校5年生です。

 実は、先週末より高熱を出しインフルエンザと診断され、学校は出停となり本日も自宅で療養しております。

 娘の症状で、鼻水に血液が大量に含まれていた事があり心配致しました。

 幸いにも、症状は軽減し快方に向かっております。

 そんな折、こちらのホームページを拝見させて頂きました。

 同年代の子ども、しかも同じ名前の娘を持つ一母親として『病』の恐怖に震撼致しております。

 量りきれない、いろんな感情と戦って乗り越えられてこられたことでしょう・・。

 そして前向きなお考え等、感動致しました。

 月並みな詞になってしまいますが、ご家族で力を合わせてこれからもがんばって下さい。

 遠くから応援致しております。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 また、娘さんと同じ名前ということで、より身近に感じていただけたようで、うれしく思っています。

 その後、娘さんはいかがお過ごしでしょうか。

 おからだ、大切にしてあげてください。

 それでは、娘さんはじめご家族のご健康をお祈りいたしております。


No.168[娘さんが熱性けいれんにかかられたご経験をお持ちの方から]

 初めてメールします。

 脳症が多発していることを最近初めて知りました。

 このサイトを読んでみてその恐ろしさに改めて驚いています。

 参考になればと思い私の経験を下記します。

 娘が幼稚園の頃かぜを引き、38度〜40度の熱が3日ぐらい続きました。

 一時は熱で顔を真っ赤にし、天井にお化けがいる、白いお化けがいるといっておびえていました。

 本当になにか見えていたのでしょう。

 しかし、医師の診断もかぜということもあり、部屋を暖め、絶対に冷やさないように注意しました。

 結局40度を最高にその後は急速に熱も下がり、すぐ良くなりました。

 一時は急にけいれんしましたので、タオルを手に巻いて口に入れながら、タクシーで医者へ行きました。

 タクシーの中で白目をむいて急にぐったりなったときは、てっきり死んでしまったと思いました。

 しかし、医者に診て貰う頃は元に戻り、医者も高熱で一時けいれんしただけですから心配ありませんといわれました。

 結局、その後はすぐよくなりました。

 私は、長い間いろいろの病気で苦労しましたので医学の勉強も少しはしました。

 発熱は人体の防御作用であり、熱が出たときはむやみに冷やさないで、部屋を暖め、温かいものをのみ、できるだけ汗をかけば良いというのを実行してきました。

 もちろん医師には診て貰い、病状を確認して貰いますが。

 経験上熱が出たときはできるだけ早く熱を出させれば、後は下がるということは真理ではないかと思っています。

 私たち夫婦は、30年以上これを実施してきましたが、私たちを含め、子供たち、孫たち、病気で困ったことはありません。

 皆健康に育ちました。

 また、くすりを飲んだり、注射したことも殆どありません。

 これからのことは分かりませんが、今後もこれを実践していくつもりです。

 医学書で読んだことがありますが、脳には普通の状態では薬などの異物を通さない関所があるそうです。

 それが何らかの原因で通過してしまうことがあるそうです。

 おそらくある種の薬もその一因なのでしょう。

 脳症になったケースでは、その前におそらく氷などでかなり冷やすとか、いろいろの薬剤を使用したとかがないでしょうか。

 私は医者ではありませんから何ともいえませんが。

 私の経験が参考になれば幸いです。

 今貴殿の記事を読み、あのとき娘が脳症になっていたら今の幸せはないと思いつつ、メールしました。

 頑張ってください。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、ご自身のご経験から示唆に富むご助言をいただき、ありがとうございました。

 人間には、自然に病気を治す力が存在するので、その力を引き出すような環境にすることで乗り越えられるという主旨のお話と承りました。

 私たちも発症後、いったい何が良くなかったのか、いろいろと原因を探しましたが、決定的なものは見当たりませんでした。

 脳症の原因になるといわれている解熱剤は使用していませんし、かぜぐすりは医師から処方されたありきたりのものを飲ませていましたが、そのかぜぐすりが原因になるのでしたら、もっと多くの方が脳症にかかっていてもおかしくないと感じられ、親の普段の行いが悪かったので天罰がくだったのかと思い悩んだこともありました。

 現在、厚生労働省の研究班が原因究明に力を入れてくださっていますので、その結果を冷静に受け止めたいと思っているところです。

 それでは、みなさまのご健勝をお祈りいたしております。

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2004年3月

No.169[突発性発疹による急性脳症の後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]

 はじめてお便りさせて頂きます。

 私は長女が平成12年(生後10ヶ月)の時に一般にある突発性発疹による急性脳症になってしまい日々過ごしている母です。

 うちの子も元気に明るくやっとつたい歩きが出来た矢先のことで悪夢としかいいようがない状態でした。

 私はもう元気な頃よりも障害としての長女の方が長いにもかかわらずなかなか現実がやはり受け入れていなかったのか、病後直後何か情報はないかと闇雲に探し始め彩花ちゃんのホームページを見つけたのですが、あの時の光景が走馬燈の様に脳裏に現れ目を背けてなかなか拝見することが正直できませんでした。

 でも2年たちやっとずりバイができ笑顔だけは少し戻ってきたかなっと思い少しほんの少しですが現実を受け入れてきていつも彩花チャン頁をお気に入りに入れておき本日やっと拝見させて頂きました。

 改めて心が救われました。

 本当に同じ気持ち、同じ考えが見つかるたびに、あー私だけじゃないんだ。と思ったり涙が溢れてきたり気持ち凄くわかるっと思ったりで人生色々だけどみなさん本当に頑張っているんだなあと心から思いました。

 私は上の子(長男)がいるのですが、結局今おつき合いしているのは長男のお母さん達で長女のママ友達というのが正直おりません。

 育成室に通園しているのですが、なかなか重度の子がいないので情報があまり入ってこない状態で今ふと振り返り私は長女のためにいったい何をしてあげているのだろう?と自責して、勿論毎日自責、後悔だけは取り除けないのですが。。本当に改めて私はこんなに弱い人間なのかとつくづく思い知らされました。

 まだ全頁を拝見させて頂いてないのでこれから少しずつ読ませて頂き私なりのスタートをきろうかと思います。

 この2年現実逃避と無我夢中交互の2年でした。

 皆さんの良いところを私なりに学んで参考にさせていただき、真似できるところは実践して、ちょっと遅いスタートですけどまた頑張って行きたいと思います。

 本当に救われましたので感謝の気持ちで取り急ぎメールさせて頂きました。

 有り難うございます。

[返事]

  はじめまして。

 このたびは、娘さんが突発性発疹から脳症になられ、なかなか現状が受け入れられない中で、私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 今、新たなスタートをきろうというお気持ちにまでなってこられていますね。

 なかなか、常に前向きな気持ちというわけにはいかないと思いますが、お互い、我が子のため歩んでいきましょう。

 また、インフルエンザ・脳症の会「小さないのち」には、突発性発疹による脳症の方も会員さんになっていらっしゃいます。

 会報の発行、交換ノートやメールでの情報交換、つどいの開催などをしていますので、ご関心があるようでしたら、事務局につながせていただきます。

 それでは、娘さんの更なる回復をお祈りいたしております。


No.170[脳症で入院中の息子さんをお持ちのご両親から]

 今年の、1月に突然4歳の子供が脳症になり、生死をさまよい、何とか命は助かりましたが 脳のダメ−ジが酷く、今後、歩く事も、意識回復も難しい、先生に言われました。

 子供の、脳の回復は、あるのでしょうか?

 また、どのように理解してあげたら良いのでしょうか、突然の事で、どうして、あげたら良いのか分かりません。

 教えてください。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、脳症にかかられたお子さんのことについて、主治医の先生から厳しい宣告を受けられた中で、メールを送ってくださったこと、ありがたく思います。

 さっそくですが、子供の脳については、「可塑性」ということがよく言われます。

 そもそも脳細胞や脳細胞同士の連絡網は過剰につくられ、成長とともに必要なものが生き残るという仕組みになっているそうです。

 一旦、ダメージを受けた脳細胞は再生することはないとされていますが、残っている脳細胞が新たにネットワークを組みなおし、必要な機能を取り戻すことは可能で、これを脳の可塑性と呼ぶそうです。

 また、成人の脳の可塑性と比べると子供の脳の可塑性は高いとされています。

 ですので、この可塑性によって、脳のはたらきは回復していきます。

 ただ、回復の速さというのは、ひとそれぞれです。

 私たちも「寝たきりかもしれない」と医師に言われましたが、歩けるまでになっています。

 まずは、一命をとりとめるだけの力をお持ちなのですから、お子さんの可能性を信じ、親としてできることは限られていますが、声かけや簡単なリハビリなど、続けてみられてはと思います。

 それでは、お子さんの回復をお祈りいたしております。


No.171[風邪から寝たきりの状態で入院中のご友人をお持ちのお母さんから]

 HP見させていただきました。

 私の母子ともに仲よくしている友達の息子さんが、先月25日の夜(以前から風邪の症状があったと聞きましたが)突然高熱になり、痙攣をおこし救急車が来るまでに2度、搬送中に1度の計3回の痙攣を起こし、そのまま意識不明の状態で救急病院に搬送されましたが、手に負えず3日後大学病院へ転送されました。

 脳波がなく肝機能・腎機能ともに低下し命に危険があるとのことでしたが、先週金曜日に一般病棟に移動になったとのことなので命にかかわる危険性は回避できたのかと解釈しています。

 ただ、依然脳波はなく、寝たきりの状態です。(原因も風邪としかわからないとのことでした)

 うちの息子とは保育園の乳児クラスのころからずっと仲良しでいつもふたりで遊んでいました。

 小学校1年生の今も同じクラスで隣の席で具合が悪くなった当日の日中も学校で仲良くあそんでいたそうです。

 わが子同様に成長を見守ってきたので、何とかしてあげたい気持ちでいっぱいなのですが、大変なときに余計な気を使わせてしまわないかとか、なにをしてあげたらいいのかもわからずに、何とか私にしてあげられることの糸口を探そうとネットでいろいろ調べているときにこのHPにたどり着きました。

 素人の私は脳波がないということが、あまりよく理解できませんでした。

 現在の状態から、また脳波が戻り健康な状態に戻るということは可能なのでしょうか?

 奇跡でもいいのでもどってほしいのがいまの私の気持ちですが・・・。

 脳波が戻った症例が前にもあるなら、ぜひ知りたいのですがご存知でしょうか?

 長々と一方的なメールですみませんでした。

 よろしければお返事ください。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、ご友人の息子さんがご入院され、何かできることはないかとの思いから、私たちにお尋ねいただいたとのこと、ご友人の息子さんのことを我が子のことのようにご心配されていることに、同じような初期症状の娘を持った者として、ありがたく思います。

 しかしながら、お尋ねの脳波が戻り、健康を取り戻したという方は存じ上げません。

 お役に立てず誠に申し訳なく思います。

 脳波が平坦かどうかということは脳死判定基準のひとつになっていますので、ご友人の息子さんは今もなお、厳しい状況にいらっしゃるのではないかと拝察いたします。

 また、ご友人も精神的に不安定な状態にいらっしゃるのではないかとお察しします。

 ぜひ、ご友人のお気持ちに寄り添ってあげていただきたいと思います。

 もうご友人の方はご存知かもしれませんが、私たちのホームページのことをお知らせくださってもかまいません。

 私たちも陰ながら応援しています。

 それでは、ご友人の息子さんの回復を切に願っております。

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2004年6月

No.172[ヘルペス脳炎による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 SAKURAのページからこのホームページを知りました。

 現在うちには、来年就学を迎える男の子がいます。

 HPの中でもされていたように、今は養護学校の見学や地域の学校への見学申込をしているところです。

 うちの子は生後2週間でヘルペス脳炎になりましたが、2歳で歩けるようになり、3歳から保育園にかよってます。

 左半身麻痺と言語障害があるので、こちらの言うことはほとんどわかりますが言葉が「ぱぱ、まま、ばぁ、うえ、まえ・・」とほんの少ししかでません。

 数字も苦手でなかなか、10ぐらいまでがやっとという感じです。

 知的障害はほとんど無いように言われたのですが、これから普通小学校に入れるか、養護学校にするのかとっても悩んでいます。

 療育の先生は、これからのことを考えると養護学校でしっかり身につけた方が将来的に就職もできるから・・・と勧めてくださいますが・・・確かにリハビリもしてもらえるし子供のペースで授業もしてもらえるのですごく魅力を感じます。

 実際通っているお友達が楽しくて自信を持っていろんなことができるようになったと聞きます。

 普通小学校で本人がすごくやる気をなくしたら・・・と考えると養護学校もいいのかな・・・と思いますが。

 今までこの子がのびてきたのは保育園でお友達と過ごしたから・・・ということもすごくあるように思います。

 HPでも書かれていたように姉弟で同じ学校に通わせたいし、たくさんのお友達との交流は養護学校には無いものですし・・・私もできれば一年でもいいから普通学級で学ばせてあげたいと思います。

 小学校時代の子供同士の交流は、たいして必要ないといわれたのですが、子供の人間形成にその時期のお友達との交流は大切だと思うのですが・・・それを捨てて養護学校で確実に学ぶ方がいいでしょうか?

 すいません、なんだかとりとめのないことばかり書いてしまいましたが、HPを読ませていただいてすごく参考になりました。

 まだまだ悩むと思いますが・・・お忙しいとは思いますが、また何かよいアドバイスがあればお願いします。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、SAKURAのホームページからお立ち寄りくださり、ありがとうございます。

 就学に関しては、大きな悩みとお察しします。

 私たちも、就学前に見学したときには、養護学校に魅力を感じました。

 しかし、養護学校だから伸びて、普通学校だと伸びないということはないと思います。

 また、養護学校だから自信が持てて、普通学校だと自信が持てないということもないと思います。

 はっきりしていることは、普通学校だと日々交流ができるけれども、養護学校ではそれはできないということ。(なかには、普通学校と養護学校が同じ場所にあるところもあるそうですが・・・)

 そして、普通学校から養護学校への転校は簡単ですが、養護学校から普通学校への転校は難しいということです。

 私たちは普通学校への就学をお勧めします。

 私たちが加入している「障害児を普通学校へ・全国連絡会」では、ちょうど、今日(23日)まで電話相談のホットラインが開設されています。

 10時〜18時まで(03)5313−8052です。

 まずは、取り急ぎ、お返事まで。


No.173[インフルエンザ脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお父さんから]

 はじめまして。

 何度もHPを拝見してはメールを出そうかどうしようかと迷っていましたが、ようやくメールが出せました。

 私どもの娘は去年の1月、2歳と4ヶ月でインフルエンザ脳症を発症し、2日間生死をさまよった後なんとか命はとりとめましたが、脳に重い障害が残りました。

 最初のMRI診断では特に異常が見られなかったものの、2月のMRIで脳萎縮が見られ、3月1日主治医から告知を受けました。

 診断名はインフルエンザ脳症および低酸素による「脳萎縮」と「脳室周囲白質軟化症」です。

 脳萎縮と脳細胞の壊死により、2歳の知能に回復することは無く、座ることも立つこともましてや走ることも今後期待できないと言われました。

 前日まで大好きな絵を描き、お箸でご飯がつかめるようになったことを自慢し、マイクのおもちゃを片手にテレビに映るアイドルの物まねをしていた、おしゃべりが大好きな娘はもう戻ってこないのかと、家内と二人で何日も泣いて過ごしました。

 当時インフルエンザ脳症についての知識は全く無く、今後どうしていいのかわからず途方に暮れていたときにHPを初めて拝見しました。

 お嬢様と私どもの娘がだぶり、涙が止まりませんでしたが、つらいのは自分たちだけじゃない、しっかりと現実を見つめないと、という安堵感と底力みたいなものが生まれ、HPを拝見するたびにずいぶんと助けられました。

 あらためてお礼を申し上げます。

 ありがとうございました。

 HP是非続けてください。

 私どものような親にとって心強い拠り所となりますように。

 私も近いうちに情報の発信としてHPを立ち上げようと考えています。

 幸い、娘はてんかんの発作がありますが自己呼吸ができ、嚥下障害もなかったため、1ヶ月ほどでチューブも取れました。

 告知を受けた3月以降、素晴らしいリハビリの先生との出会いもあり、娘は急速に回復してきました。

 本当に子どもの、娘の回復振りには驚かされます。

 座れるようになり、立てれるようになり、6月には歩けるようになりました。

 そして7月末に退院。

 もうすぐ退院して1年です。

 今年に入っててんかんの発作も目立たなくなり、なによりよく笑うようになりました。

 今では元気に走り回っています。

 ただ、もうすぐ4歳になりますが、知能は生後4〜5ヶ月程度だそうです。

 何でも口に持っていくので目が離せません。

 もちろんおしゃべりもできませんし、言葉も通じません。

 けれど生きてそばにいてくれています。

 今後就学のこととか節目節目で悩むと思いますが、娘と家内と力をあわせて生きていこうと思っています。

 これからどんどん暑くなります。

 お体ご慈愛ください。

 では。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、メールをくださり、ありがとうございます。

 また、私たちのHPを続けてほしいとエールを送ってくださったこと、開設者冥利に尽きます。

 さて、いただいたメールを拝読し、私たちも娘さんと彩花のことをダブらせずにはいられませんでした。

 しかし、その後、リハビリにより目を見張るような回復やてんかん発作の軽減から笑顔が多く見られるようになったとのこと、本当によかったですね。

 我が子の笑顔は親にどれだけ力を与えてくれることか・・・

 近々、HPを立ち上げられるとのこと、ぜひその節はお知らせください。

 こちらは、少々更新が滞っておりますが、エールに応えていければと思っております。

 それでは、娘さんの更なる回復をお祈りいたしております。

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2004年7月

No.174[原因不明の急性脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 はじめまして。

 あやかちゃんのHP拝見しました。

 ご家族みんなで頑張っておられ、とても感動しました。

 2003.8月、長男(3才)が原因不明の急性脳症に襲われました。

 夏風邪と診断後、点滴を受け病院を後にするころ突然の痙攣。

 そのまま、目を開けることはありません。

 大学病院に搬送後、ICUで3か月の治療の甲斐もなく今は小児科病棟で天井だけを見つめ過ごしています。

 自発呼吸消失、瞳孔拡散、平坦脳波・・・・ 脳死状態との宣告。

 今は、呼吸器をつけ、ただただ眠っているだけです。

 出口のないトンネルの中を彷徨っています。

 長男が一番楽しみにしていた、次男ももう五か月。

 あれだけ楽しみにしていたのに、遊ぶこともできず会うこともできず・・・ 長男がこうなったとき、妊娠中でした。

 この子だけは何とか守らないと・・・ と必死に平静を装っていたような気がします。

 昨年末、一冊の本と出合いました。

 坂下さんの「小さないのちとの約束」。

 その後、坂下さんとお会いしたくなりメールでやり取りをし、実際にお会いできました。

 同じ境遇の方が私の話を聞いてくださる・・・・ それだけで、癒される気持ちでした。

 先日、小さないのちにも入会いたしました。

 坂下さんにも、あやかちゃんにもそのご家族にも本当に感謝しています。

 私たち家族の行き場を作って下さりありがとうございます。

 子供たちがいろんな出会いを運んできてくれているのですね。

 これからもHP拝見いたします。

 突然のメール失礼いたしました。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、息子さんが脳死宣告を受けられたという深刻な状況の中で、私たちのHPをご覧になり、メールを下さったこと、ありがたく思います。

 発症から1年にもなろうという時期に、眠られたような状態でご入院中とのこと、長きにわたる病院とご自宅との往復も加わり、心身ともにお疲れが出ていらっしゃらないかと案じております。

 私たちにできることは限られておりますが、お役に立てるようなことがございましたら、何なりとおっしゃってください。

 それでは、息子さんに少しでもよい変化が現れますことを念じております。

 また、お母様もお体にはご自愛ください。

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2004年8月             

No.175[急性脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]

 こわくてこわくて、見ることのできなかったネットでこのHPを拝見しました。

 7月28日で一歳になった娘がいますが、生まれてすぐに先天性の小腸の病気があり大手術をし、一命をとりとめ、一年入院生活をがんばってきました。

 ずっと入院で、腸が29cmしかないためなかなか大きくならず、それでも、7キロ65センチの身体で元気いっぱい、誕生日にはもうすっかりあんよもでき、10cmのくつをはいてとことこ歩いていて、在宅での中心静脈栄養をする予定で9月にやっと退院のめどがついたんです。

 ところが8月17日の朝、痙攣がおこり、病院でしたので、すぐにけいれん止めをうったのですが、熱が41度を超え、主治医の先生(乳児外科の先生です。)が熱性痙攣だろうということで、処置をしていたのですが、次から次へとけいれんがおこり、おかしいから・・・と神経内科の先生を呼んで検査したところ、夕方になって急性脳症と診断を告げられました。

 あまりのショックにものすごいとりみだして泣いてしまいました。

 肝臓の値もかなり悪く、けいれんみたいな動きも止まらず、集中治療室ではなく病棟でしたので、3日3晩寝ずに付き添いました。

 何度も何度も見ているのがつらくて逃げ出しそうになりました。

 呼吸も止めてしまって、モニターのアラームもなりっぱなしのときはこわくてこわくて泣きすぎて、さすがに病棟を出されてしまいました。

 肝臓も予定外にも早く値がよくなり、一命はとりとめました。

 でも、目をあけはじめて、熱も下がって少し安心した矢先、またも無呼吸発作と硬直がおこり、脳波をとったところ、今度はてんかん発作がおこっていると告げられました。

 軽症ですみそうですね・・・と言われた言葉はどこかへいってしまいました。

 むくみも中程度ででています。

 今日で二週間がたちます。

 目は開け始め、起きている時間も長くなりましたが、まだ反応はありません。

 身体もうごきません。

 ただ、たまにせつなそうにか細く泣きます。

 リハビリも今日からはじまり、私は、ただただ、話し掛けたり、CDをかけたり、脚や手をさわってあげたり、刺激をたくさんたくさんあげようと思ってずっとそばにいます。

 上に二人のお兄ちゃんがいて、(11歳と10歳)退院を楽しみにしていただけに、とてもショックでじんましんがでたり、吐いたりしています。

 今までも1年間、私が病院に付き添いにいってしまっていて、とてもさみしく、留守番もがんばって、もう少しだね!!と言っていただけに、本当にせつないです。

 娘の闘病中に、やはり脳症で、脳死とまで言われた子がいましたが、45日目に奇跡的に意識を取り戻し、腎不全から右手と足の指が腐って切断しましたが、元気に退院していきました。

 今の段階では、どの程度の障害が残るかはわかりません・・・とDrに言われました。

 脳のむくみは今ひいてきているところです。

 不安で不安で夜も眠れず、ご飯も食べられません。

 みなさん本当につらい思いをされてきて、こんなにむごい突発的な病気は本当にせつないです。

 勇気がなくて、ネットをみるのもつらかったのですが、希望をもってがんばりたいです。

 それでは。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、娘さんが急性脳症にかかられ、ご入院中の中でメールをいただけたこと、ありがたく思います。

 メールを拝読し、1年間の入院生活にピリオドが打てると期待していた矢先の出来事だったとのこと、退院を待ち望んでおられたご家族のご心境はいかばかりかと思うと残念でなりません。

 闘病中の娘さんのため、お留守番されている息子さんたちのため、くれぐれもお体にはお気をつけください。

 私たちも陰ながら応援しています。

 今、娘さんの脳のむくみもひいてきていらっしゃるとのこと、今後の回復をお祈りいたしております。

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