No.128[息子さんが熱性けいれんで入院されたお母様さんのご友人から]
はじめまして、今日はじめてこのHPを拝見しました。
なぜかというと、私の友達の4歳になる男の子が、元旦に熱性痙攣で入院して一時意識がなく、今も熱が下がらず苦しんでおります。
インフルエンザによるもののようで、寝たり起きたりの繰り返しです。
先生に脳症の話もされたらしく、私たち親友も何も無知な状態の中、情報を調べております。
お互い一人っ子どうしで、私の子供とも仲良く、他人のこととは思えず気になってます。
その中、ココを見てインフルエンザ脳症ということを読めば読むほど涙が止まらなくなり、また学校などのこと、私たちも考えさせられる気持ちでいっぱいです。
新しい年になり、改めて命の尊さを考えております。
そして、いつわが子が.......親として......とても考えております。
そして、今からの子育てに、相手を思いやる心教えていきたいです。
この病気のこと、絶対忘れません。
そして見続けて行きたい。
ありきたりですが頑張ってください。
[返事]
はじめまして。
私達の思いに共感してくださっているお母様からのメールを拝読し、ありがたい思いでいっぱいになりました。
あたたかく見守ってくださる方がいらっしゃると、私達も力をいただけます。
また、HPを開設していてよかったと思える瞬間でもあります。
その後、ご友人の息子さんのご様子はいかがですか。
後遺症なく、回復されていることを願っています。
それでは、まだ、寒い日が続いておりますので、お身体にはお気をつけください。
No.129[インフルエンザ脳症で入院中の息子さんをお持ちのお父さんから]
私の長男(5歳8ヶ月)が、インフルエンザ脳症と診断され、現在闘病中です。
親として、いても立ってもいられず、この病気のことをいろいろ調べていくうちにここに来ました。
メールを出すか迷いましたが、同じ境遇の方たちの、前向きな姿に元気づけられる思いです。
平成15年1月6日に発熱。
息子は何とか生命の危機からは脱したと主治医の先生より言われました。
点滴もほとんど外れ人工呼吸のチューブも鼻から抜けました。
しかしながら、いまだに意識の回復はなく新たな心配がつのっています。
少しづつ覚醒にむけて意識レベルは上がっているらしいのですが…。
急性壊死性脳症限局型と分類されるそうです。
MRIでの画像からは、やはりかなりのダメージがあることが分かりました。
これから失う機能、残った機能がはっきりしてくるそうです。
急性期を乗り越えましたが、これからは長期スパンでの機能回復期に入ると言われています。
未だにこの2週間に起こった事が信じられない気がしますが、懸命に生きようとしている息子に逆に元気づけられています。
残った機能をよりよく回復してあげられるように、精一杯応援してやろうと思っています。
息子の現在の状況をもう少し説明します。
2月5日現在、意識とハッキリ確認できる動作はまだ見られません。
ただ、体の不随意運動はかなり活発で、特に両足と首の動きは顕著に見られます。
両手は肘部で屈曲硬直傾向が見られます。
両目とも開けられるようにはなり、眼球動も見られるようになりましたが、追視はまだ見られず瞬目反射がみられる程度で、延髄までの視覚情報は確認できますが、大脳後頭葉での認識が出来ていないと推測されています。
嗅覚は、若干ながらメントールなどの刺激に反応しているようです。
聴覚については、やはりまだ確固とした反応はありませんが、看護士さんによると夜間に泣き出したときに声をかけると、落ち着くように感じられるとのことです。
皮膚感覚としての痛覚はまだ無いようです。
総じてまだ五感の認識はほとんどないと思われます。
唯一、泣いたり、興奮してジタバタしているときに、縦抱っこをしてあげると、落ち着いて安堵の表情になることが、分かってきました。
息子からの唯一の反応だと思って、そばに居てあげられる時は、できるだけスキンシップを取るようにしています。
まだまだ回復の余地はあると信じて、少しづつではありますが、新たに見られるようになった反応に喜びを感じ、残った機能を伸ばしてあげたいという思いです。
もし、同様な症例、状況になられた方で、いろいろな情報やノウハウをお持ちの方がおられましたら、是非ご一報いただけたら…と思っております。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。
生命の危険は脱したものの、これから先の不安に押しつぶされそうになっていらっしゃるのではとお察しします。
私達にできることがあるようでしたら、何なりとおっしゃってください。
まずは、早い段階からリハビリを開始されることが重要です。
これは、厚生労働省の研究班、森島班長もおっしゃっていたことです。
まだ始められていないようでしたら、主治医の先生に申し出られてはと思います。
それでは、息子さんの回復を切に願っております。
No.130[小児科の看護士さんから]
初めてHPを見ました。
私は小児科で看護師として働いています。
インフルエンザ脳症で、治療、親御さんの思いのかいなく亡くなられてしまったり、一命はとりとめたものの、重い後遺症を残されたり、幸いに元気に退院されたりたくさんのお子さんをみてきました。
ご両親の悲しみは、はりさけないもので私もやりきれなくて、仕事中でしたが、一緒に大声で泣いたこともあります。
本当にくやしかった。
インフルエンザ脳症は、私たちにとっても非常に恐ろしい病気です。
発症も進行も早く、脳にとって不可逆性な状態を招く恐れもありますし、最初の状態で熱性痙攣、風邪などと診断され確定診断をあげることも困難であるということがこの病気の怖いところであると感じます。
そして、小児救急の普及の薄さ、これは私たちからみても、大きな社会問題であると思います。
小児科で夜間も救急外来を備えている病院のある地域は全国的に見ても非常に少ないです。
急を要する状態であっても、この手薄さでは対応できない。
そのことに関しては、たくさんの切実な思いがみなさんからも感じています。
私の勤務する病院は、第三次救急といって24時間体制で全科対応しており(一部各科あり)自力でこられる方、救急車、転送と昼夜を問わず来院されます。
ここまではできなくても、輪番制で2次救急の全国的な普及をめざしていきたいと思います。
ちいさないのちであるからこそ、社会全体であたたかく守っていきたい。
これからもがんばりましょう。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、メールをくださったこと、うれしく思います。
インフルエンザの流行するこの時期、昼夜なく多忙な毎日をお過ごしのことと、お察しします。
いただいたメールを拝読し、子供に対する温かいまなざしを感じました。
彩花が発症してから5年が経過しますが、この間、ワクチンの普及、解熱剤利用時の啓発、インフルエンザウイルスの迅速診断、抗インフルエンザ剤の承認、インフルエンザ脳症の治療指針の提示など、数多くの前進がみられます。
にもかかわらず、今冬もインフルエンザ脳症で亡くなられている方がいらっしゃるとの報道が舞い込み、胸の痛む思いがしております。
いかに適切な時期に適切な医療が受けられるかが、重要なポイントとなってきているのではないかと思えてなりません。
また、一方で後遺症を残してしまった場合、リハビリや後遺症の治療が必要となります。
ここでも、小児科のお医者さん、看護士さんをはじめとする医療スタッフの方々のご活躍が欠かせません。
小児救急を含む小児医療全体の充実を心から願っているところです。
このような中で、小児救急医療充実の現場からの声をお聞かせいただけて、心強いものを感じます。
これからのご活躍を期待しております。
それでは、このご多忙な時期、くれぐれもお身体にはお気をつけください。
[同じ看護士さんから]
メールの返信ありがとうございます。
インフルエンザは猛威を振るっています。
脳症も多発しており悲しみにくれるご家族を目にします。
どうかワクチン接種をおこなっておいていただきたいと願う毎日です。
残念ながら小さな尊い命を失われたご家族は当然のことながら病院で十分なこころのケアはお受けになられていないのではないかと感じます。
しかし、家族のメンタルケアも大事な医療です。
そして、重度の後遺症と引き換えに命をとりとめられたお子さん、ご家族。
現在の小児医療・社会福祉は重度の障害児に対しての対応が不充分過ぎると憤りをも感じます。
まず、毎日過ごすための施設や制度が不充分ですね。
訪問看護、リハビリ施設では、老人に対して使える制度や医療器械がコドモだから使えない。
そして小児に対して熟練されたスタッフも施設にはほとんどいない。
人工呼吸器や気管切開で常に吸引が必要な場合も家族だけで背負っていかなければいけない現在の制度を変えていく必要があります。
ご家族の心のケア、これだけは今現在私個人の力ですぐに実行できることですので毎日がんばっています。
なにかお困りのことで私が力になれるようなことがございましたら遠慮なく申し付けてください。
No.131[急性脳症で脳死状態の息子さんをお持ちのお母さんから]
2歳の男の子です。
11月にけいれん重積、急性脳症になり、その後、脳死状態になりました。
インフルエンザによる可能性が高いといわれました。
あと、どれだけ生きていけるかわからない状態です。
母は狂っています。
現実が受け止められません。
1歳半違いのお兄ちゃんがいます。
その子の面倒も見なければなりません。
家の事もやらなければならなりません。
苦しい毎日です・・・
医者になんと言われようと、母はあきらめません。
出来る限りのことはしていくつもりです。
後悔のないように。
そして、信じてる、必ずよくなると。
[同じお母さんから]
こんばんわ。
息子は、脳死状態が続いています。
主治医からは、あと、どれだけ生きられるか、わからないといわれました。
脳波、ABR、反応なしです。
いまだに現実が受け入れられず、涙の毎日です。
ただただ、いつものようにお昼寝をしているかのようで・・・
呼んだら、返事が返ってくるんじゃないかと思うくらい、かわいい寝顔です。
今は鼻からエレンタールがだいぶ飲めるようになり、点滴もずいぶん減って、体のほうは安定しているみたいです。
最近では、気管切開を進められ、手術することに決めました。
このページを見つけたとき、同じような経験をしている方がいることを知り、分かち合える相手がほしいと思いました。
よかったら、またメールください。
No.132[インフルエンザ脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお父さんから]
どなたか下記の事柄について、詳しくご存知の方がいらっしゃいましたら、返事をいただきたいと思います。
2歳になったばかりのうちの長女が、1月8日(今年)にインフルエンザ脳症(インフルエンザにかかる子供の約1万人に一人といわれている病気)にかかり、それがが引き金になって脳内の機能が壊されたり、脳が萎縮しました。
現状としてはまず、目が見えない。(瞳孔は光には反応します。)
肢体不自由(手足をばたつかせることは出来るが歩いたり、ものをつかんだりすることは、ほとんど出来ない)
言語障害がある。(アーとかウーしか言わない。)
この3つが見た目で判断できるところです。
以前より良くなったところは口から直接飲んだり、食べたりするすることが出来るようになったことです。(もちろん、こちらが食べ物などを口の近くに持っていってということです。)
いまのところ、どのぐらいの後遺症が残り、どのようになるのかは分からないということです。
どちらにしても障害は残るものと覚悟しています。
1月8日〜31日まで市内病院で入院していました。
今は、本人の精神状態を最優先に考えて2月12日まで自宅で療養しております。
その後、県立のリハビリセンターへ行ってリハビリを行う予定です。(2〜3ヶ月の間)
上記のことで詳しいことを知っていたり、このようなことが効果があるのではということをご存知の方はぜひ連絡をいただきたいと思います。
わたくしどもが知りたいのは、このような状態になってどこまで回復された例があるのか?
現在、自傷行為?かどうかは確定できないのですが、両手で自分の顔をたたいたり、ひっかいたりして暴れたりするので、手がつけられない状況です。
ただ、いつもではなく、ご飯を食べたり、抱っこをしてやったり、気分転換に外に連れて行ったり、車に乗せたりしてやると静かにしているときもあります。
しかし、これらのことをおこなってもこの自傷行為が収まらないときもあり、夫婦でどのように対処してよいか分かりません。
医者は少し精神的に落ち着ける薬を入れたらどうかといっています。
この行為について詳しくご存知の方 、脳が萎縮をしているのですが、今後脳の萎縮がさらに起こる可能性があるのか?
脳機能を回復する上で効果的ではないかと思える方法
同じようにインフルエンザ脳症で苦しんでいる家族の方
上記の4つのどれでもご存知の方がいらっしゃったら、ぜひご連絡をいただきたいと思います。
突然このようなメールを送りまして大変申し訳ございませんでした。
[返事]
はじめまして。
私達も娘が発症したとき、今後どうなるのか。
他に同じ病気にかかられた方はどうなっておられるのかということが、最も得たい情報でした。
しかし、まだインフルエンザ脳症自体が一般に知られておらず、インターネット上で検索しても、ほとんど情報は得られませんでした。
最近は、インフルエンザ脳症がずいぶん認識され始めていますが、ご質問の件に明確に答えることはできない状態にあります。
まず、インフルエンザ脳症そのものが認知されだして数年しか経っていない関係で、私達の娘も含めて、現在も後遺症と闘っている状態にあり、今後どこまで回復するかがまだまだ未知の世界にあるということがあります。
また、メールをくださる多くの方が、「生まれたての赤ちゃんのようになってしまった」と書かれているのですが、その後の回復の経過は全くひとりひとり違うのです。
これには、脳の受けたダメージの強さや部位に関係があるのかもしれません。
自傷行為に関しては詳しく分かりませんが、私達の娘の場合、だんだんと落ち着いてきたという感じです。
現在は、5年が経過し、指がはれあがるほど噛むことはあるものの、暴れるようなことはなくなりました。
脳の回復に効果がある方法というのは、本当に難しいですね。
厚生労働省の「インフルエンザ脳炎・脳症研究班」の中にもリハビリの先生がいらっしゃいますが、まだまだ研究中という状況のように感じられます。
娘さんは回復されてきているようですし、リハビリ入院もされるとのことですので、まだまだ回復されると思います。
また、私達でお役に立てるようなことがあるようでしたら、なんなりとおっしゃってください。
まずは、お返事まで。
No.133[インフルエンザにかかられた息子さんのお父さんから]
はじめまして。
幼稚園の年中に通う長男が、木曜日の明け方から発熱して、当日午前中の小児科の受診でインフルエンザA型と診断されました。
予防接種をしてありましたので、まさかと言う感じでした。
一晩で、解熱し「よかったな」と思っていたら、また熱が上がり始めした。
びっくりして、パソコンで調べると彩花ちゃんのHPを見つけ、いろいろ読ませていただきました。
子供が病気になると、親は心配で、苦しんでいれば代わりたいと思うものですよね。
ご両親の心痛・ご苦労は、大変な事と思います。
でも、がんばってくださいね、彩花ちゃん・二番目のお嬢さんのためにも・・・・
子供の病気のおかげで、こちらのHPを知る事ができ、良かったと思っています。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧くださってありがとうございます。
今冬は、脳症で亡くなられる方も多く、不安になられたこととお察しします。
その後、お子さんはいかがですか。
このようなメールをくださる方がいらっしゃいますと、こちらも励みになります。
ありがとうございました。
[同じお父さんから]
返事のメールを頂き、感激しました。
実は、メールしたときは年中の長男がインフルにかかっていたのですが、その後、2才8ヶ月の長女も発症しました。
二人共、予防接種してあったのですが、運悪く感染・発症しました。
長男は、タミフル薬もあまり効きませんでしたが、何とか回復しました。
でも、長女はタミフル薬がまったく効かず、気管支炎・気管支喘息・肺炎を、発症してしまいまして入院しました。
Drに、「インフルエンザの悪化として、脳症の次に重症です」と言われ、熱でぐったりしているのに、咳き込んでゼロゼロした息をする娘を抱いて、二晩過ごしました。
ふと、HPの事を思い出して、御夫婦がお嬢さんの発症時どんな思いだったか・・・と、思いました。
今日、一応の退院となりました。
肺炎のレントゲンの白い部分は消えず、ゼロゼロの咳も出ていますが、家でうれしそうに遊ぶ娘の姿にほっとしています。
どうぞ、御夫婦で力を合わせ、これからもがんばってください。
No.134[肺炎球菌による脳症の後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]
私には、平成8年9月2日生まれの娘がいます。
インフルエンザ脳症とは違いますが、肺炎球菌という菌が元で、平成9年11月26日、1歳3ヶ月のこの日、脳症になりました。
いま6歳です。
言葉が出ません。
排泄も言えず、時間を見て連れていきますが、なかなかこちらの思う時間にあいませんので、おむつをしてます。
2歳から通園施設に通い、去年の4月から施設を月・火、保育所を水・木・金と相互利用し、この1月から保育所だけになりました。
大変ですよね、いろいろと。
また、脳症は個々により症状が違うので、脳症に関する本も少なく、先が読めません。
今年1年生です。
色々考え、すごく悩みましたが、地域の子供達とのふれあいの中でもしかしたら、言葉が出るかもしれないと期待して、小学校に入れようと思っています。
こちらにも「てをつなぐ親の会」がありますが、ほとんどの人が自閉症の親ばかりで、なかなか話が合いません。
ひとり取り残されているようです。
また、ホームページ見させていただきますね。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。
娘さんが肺炎球菌から脳症になられ、後遺症をお持ちとのこと、脳症もいろいろな細菌やウイルスが原因になるのだと改めて感じます。
排泄の面では、彩花の状態とよく似ているのかもしれません。
彩花も時間排泄でトイレに連れていきますが、平均すると日に1回くらいしか成功しないのです。
紙おむつも大人用を使い始めてから、値段がはるようになってきました。
てをつなぐ親の会は知的障害という広い範囲を対象としていますが、おっしゃるように同じような後遺症をお持ちの方というのは、いらっしゃいませんね。
既にできあがったグループの中に入っていくのですから、なじめない場合もあるかと思います。
私達の加入している「頭部外傷や病気による後遺症を持つ若者と家族の会」は、中途障害者の団体で、子供ではなく若者を対象としていますので、また少し違う雰囲気があります。
4月から小学校、ピカピカの1年生ですね。
不安と期待で春を待っておられることと思います。
健常児の中で、たくさんの刺激を受けて、成長していかれますことをお祈りいたしております。
まずは、お返事まで。
No.135[1歳7ヶ月の娘さんをお持ちのお母さんから]
初めてメールをさせていただきます。
私は1歳7ヶ月の娘を持つ母親です。
今日はじめてホームページを拝見してとても感動しました。
そして、彩花ちゃんの9歳のお誕生日が昨日であることが分かりました。
お誕生日の翌日にそちら様のホームページに出会えたことも何かご縁があると思い、一言お祝いがいいたくてメールさせていただきました。
彩花ちゃん、9歳のお誕生日おめでとうございます!!
お父さん、お母さん、妹さんも何かと大変なことや心配なことがあるかと思いますが、どうぞお元気でお過ごしください。
素敵なホームページを作ってくださって、ありがとうございました。
No.136[インフルエンザ脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお父さんから]
HP見させていただきました。
私は、2歳7ケ月の娘と1歳1ケ月の息子を持つ父親です。
昨年12月27日に、娘が突然、痙攣を起こし、救急車で近くの病院に運ばれました。
最初のうちは、ただの熱性けいれんかと思っていましたが、次の日、最初の救急の先生が、(これは、専門の医療小児センターへ移したほうがいい)との事で、すぐ転送となりました。
その時私は、まだ娘がどんな事になっているのかがよくわからず、転送先の病院で初めて「インフルエンザ脳症」だと言うことが、分かりました。
年も押し迫った12月30日、娘の容態が、急変し、先生からは、「もう覚悟をして下さい」と、言われ、30年生きてきた中で初めて人前で泣く始末でした。
しかし、年が明け、5日頃から段々ではありますが、目が開き、体を自分で動かすようになり、約2ケ月たった今では、リハビリの効果もあらわれ、指先まで動かせる様になりました。(まだ、私たちを親と認識していないと思われます。)
3月中には、退院との事で、まだまだ不安だらけですが、これからも何か情報が、ありましたら教えていただければ幸いです。
我が娘も、いつの日か歩けるようになればいい。
それが、今一番の願いです。
またメールをしていいですか?
元気をくれて、ありがとうございます。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。
娘さんがインフルエンザ脳症になられ、未だご入院中とのこと、この先どうなるのかと不安な日々を過ごしていらっしゃることとお察しします。
彩花が発症してから、5年が経過し、治療法も進んできていると思っておりましたが、新聞報道でも脳症になられる方が後を絶たないことに、やるせない思いがいたしておりました。
しかし、少しずつ回復され始めているご様子、まだまだ回復が期待できると思います。
私達でよろしければ、また何なりとおっしゃってください。
それでは、娘さんの更なる回復をお祈りいたしております。
No.137[ご家族でインフルエンザにかかられたお母さんから]
はじめまして。
私も3歳児の子を持つ親です。
今まで風邪を引いても元気が良かったのですが4日前から様子がおかしく2日前に病院へ行くとインフルエンザA型との事でした。
私も旦那も家族3人がかかってしまいました。
まだあまり調子がよくないですが大事をとりながら戦います。
思わぬところで病気になられたみたいですが頑張ってください。
お母さんも疲れたときはたまには生き抜きをしてください。
でも家族仲良く外にもどんどん出かけてください。
私のいとこにも心臓の悪い障害者がいますが、家族の団結と笑顔が絶えないんですよ。
だから色んなことにも何でも挑戦して頑張ってください。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、励ましのメールをくださったこと、うれしく思います。
家族3人ともインフルエンザにかかられたとのこと、その後、いかがお過ごしですか。
この冬は、彩花もインフルエンザにかかり、不安な日々を送りました。
ご親族に障害者をもつご家族がいらっしゃり、明るく団結しながら生活していらっしゃるとのこと、私達もそのような家族を目指したいと思います。
確かに家族の結束はかたくなりましたが、なかなか明るくとはいかないのが現状です。
下の娘がもう少し大きくなれば、出かけやすくなるなと思っているところです。
それでは、ご家族のお身体の回復をお祈りいたしております。
No.138[インフルエンザ脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]
あやかちゃん、またご家族の皆様お元気でお過ごしでしょうか。
4月から、あやかちゃんは四年生ですよね。
元気に楽しい日々でありますよう応援しています。
さて私は、現在3歳4ヶ月になる娘を持つ母親です。
その娘は、昨年の2月(2歳3ヶ月時)にインフルエンザ脳症を発症し、その後遺症で体幹機能障害1級の障害者手帳を持つ事になりました。
娘の入院中からあやかちゃんのホームページは、何度も覗かせて頂いておりました。
本当にありがとうございます。
ホームページを通して、あやかちゃんご両親にはたくさん助けられ、教えられています。
また、皆さんからのメールに対しても配慮のあるお返事をされている様子に、心から敬意を表します。
娘は生後10ヶ月から保育所に行っておりました。
本人も保育所を楽しんでいましたし、そこでの影響は大きなもので、親ばかですが賢く育っていると思う日々でした。
ところが一瞬にして環境は一変です。
救急病院からリハビリ病院とで約半年間の入院生活。
不幸中の幸いと言えばいいのでしょうか、救急病院も自宅の割と近くにあり、最先端だろう治療をして頂く事ができました。
娘は、ゆっくりと少しずつ良い状態になっていると思ってはいますが・・・。
主治医の先生の勧めもあり、退院後は保育所への入所を希望しました。
事前にいくつもの保育所を訪ね身の上を知って頂きながら、役所から話があったら検討してほしいとアピールして歩きました。
ところが、何の進展もなく不承諾の知らせが役所からありました。
それから、また保育所を訪ねたところ、役所からの打診がされていないことを知りました。
私の住む街では、障害児の入所に当たっては加配保育士が付くのですが、そのような人員の予算は年度途中に変えられないからだろうとの推測です。
結果、新年度を再度申し込みとし、それからはセンターの通園に通っています。
そして今年、申し込みをし面接をして頂くところまできましたが、不承諾でした。
役所側は、現在通っている場所があるのだからそれでいいだろうと口答ではないものの、結局はそう取れます。
保育所側は、4月は保育士や子供達全てがスタートの時期に娘のような子は手が届かない不安があるとの事です。
保育士の方に解ってもらおうと、話をしてきたつもりですが、不安な点の解消をどうすべきか等、相談することもできずに結論を出されてしまいました。
役所側にまくし立てられたように感じてますし(だって面接に役所の係りが同席でした!)、保育所の先生もただの組織人なんだど、失望してます。
あやかちゃんの通った保育園は認可保育園ですか?私立公立のどちらですか?
私は今回認可私立には空きがなく、公立でこの結果です。
次に無認可を考えるつもりですが、正直料金等に不安を感じてます。
この保育所問題の為にネガティブになっておりまして、あやかちゃんのページを覗いたところ今日はメールしてみようと思いました。
何か助言頂けましたら嬉しいです。
[返事]
はじめまして。
このたびは私達のHPをご覧になり、メールをくださったことありがたく思います。
メールを拝読し、残念な思いがしてなりません。
保育所は「保育に欠ける」子供を預ける所ですので、この用件に該当するのであれば、入所できるようでなければおかしいと思います。
障害児は分離して育てるのが当然という考え方ではなく、健常な子供と共に育つという考え方であるべきだと思いますし、娘さんの場合、発症以前から保育所に入所されていますので、回復のためにもこれまでから育ってきた場所は大切な場所だと思います。
また、障害児を持つ親は、働いたりせず、母子通園して育てるのが当然という考え方ではなく、障害児を持つ親も職を持つなどして自己実現する機会を持っていても良いという考え方であるべきだと思います。
そこで、娘さんの場合ですが、保育所の待機児童はたくさんいらっしゃるのでしょうか。
健常な児童であっても、保育所の定員の関係で待機していらっしゃる方が大勢いらっしゃるのであれば、やむをえないかもしれませんが、障害を理由にされるのであれば、厚生労働省の基準があるにしても、冷たい対応だと感じます。
また、通園先の先生は何とおっしゃられているのでしょうか。
主治医の先生に一筆書いてもらうことはできませんか。
親の思いを聞き入れてくれないのは残念ですが、専門家の方の意見があれば、役所の方でも考え直されるかもしれません。
私達の場合、認可の公立保育所で厚生労働省の基準をもとに、重度の障害児は受け入れられないという態度でしたが、療育センターの先生にも話し合いに同席していただき、保育所入所のメリットなどをお話しいただきました。
そして、4月から入所し、加配の保育士さんにみていただくことができました。
親として、我が子の最善の進路を考えるのは当然です。
良い進路に進まれますことを祈っております。
まずは、お返事まで。
No.139[インフルエンザ脳症を発症されたお孫さんをお持ちの御祖母様から]
はじめまして、孫が3月6日発症したのがインフルエンザ脳症でした。
一命を取り止めましたがMRIには左脳の損傷が認められます。
右側だけ不随意運動というのでしょうか、やたら動かしています。
回復を願い病院に通います、このHPをすぐに見つけましたがなかなか送ることができません。
悲しみに負けそう、でも口では希望を未来をと娘を励ましていますが不憫でならない孫のあの姿が
助けてやれることができなかった。
涙なんて流しても役に立たないのに、日々祈り明日を信じ、それでもかなしくて・・・
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になりメールをくださったこと、ありがたく思います。
お孫さんがインフルエンザ脳症にかかられたとのこと、親御さんのみでなく、ご家族全員が沈痛な思いでご心配な日々を送られていることとお察しします。
私達もこの不随意運動には悩まされました。
ベッドに身体を打ちつけないように拘束されたときには、涙があふれたことを思い出します。
彩花の場合、1ヶ月半ほどして、徐々にこの強い不随意運動は減ってきました。
そして、その後、追視が始まり、赤ちゃんが成長するのと同じような感じで回復していきました。
回復はまだまだこれからのことと思います。
リハビリは重要ですので、まだ始められていないようでしたら、病院に申し出られてください。
それでは、お孫さんの回復をお祈りいたしております。
No.140[インフルエンザ脳症を発症された息子さんをお持ちのお母さんから]
ホームページ見ました。
実はうちの2歳になる二人目の長男も今年1/25に預けてあったおばあさんの家にてひきつけをおこし(私はインフルエンザでダウン)連絡を受け病院へ連れていった時にはインフルエンザとの事、念のためにととったCTにはむくんだ左の脳が…
最初、むくみだけだったので、時間をかけて元に戻ると言われていたのですが…
注射にも無反応だったり、3日目に意識が戻ったものの、けいれん薬のくりかえしで、MRをとってみると「脳にふしゅがひろがってきてる。こうなると元には戻らない」
一時は、飲みこむ事もできず呼吸数も落ちるので24時間心電図がつけられていたし、栄養はチューブからもらってる状態で…
変りはてた我が子の姿に何度、預けてしまった事に後悔したか、今もそうですが…
現在は退院して思っていたよりも少しずつよくなっていて…
口からも食べられるようになった、首もしっかりしてきた…
ただ、医者じたいが初めての事でこれからどうなっていくのかわからないみたいです。
だからホームページで脳症の状態や経過がわかるのは大変勇気づけられるし、ある程度の希望が見えてありがたいです
これからも、情報まってます・・・
[返事]
はじめまして。
このたびは私達のHPをご覧になり、勇気づけられたとおっしゃっていただけたこと、HP開設者としてありがたい思いでいっぱいです。
さて、息子さんがインフルエンザ脳症にかかられて、一命はとりとめられたものの、先の見えない不安に押しつぶされそうな日々を送っていらっしゃるのではとお察しします。
私達もあの時ああしていれば、この時こうしていれば助かったのではないかと、後悔と娘への申し訳ない思いに苦しめられました。
しかし、首もしっかりしてこられたとのこと、まだまだ回復は期待できると思います。
病状も落ち着いてこられているようでしたら、リハビリに力を入れていきましょう。
都道府県に1カ所程度は子供のリハビリに力を入れておられる病院があろうかと思います。
主治医の先生にもご相談されてみてはいかがでしょうか。
息子さんのひとつひとつの回復を喜びながら共に歩んでいきましょう。
それでは、息子さんの更なる回復をお祈りいたしております。
No.141[原因不明のウイルス性の急性壊死性脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]
初めてメールさせて頂きます。
わたしは現在3歳になったばかりの男の子の母親です。
息子は1歳4ヶ月の時に原因不明のウイルス性の急性壊死性脳症に罹りました。
その時から、あやかちゃんのホームページは拝見させていただいてました。
皆さんからの反響が特にいつも気になって読んでいました。
初めは病気する前のことも、これから先のことも何も考えられずにその日暮しの毎日でしたが、少しずつ現状が受け入れられるようになってから前向きになることが出来ました。
息子は平成13年の8月24日に熱性痙攣で、たまたま大きな病院に行き、その次の日からICUに2週間入りました。
頭に穴を開けて低体温療法とかγグロブリンの大量投与ほか脳の為に良いとされている治療を全て受けました。
たまたま、初めの先生(今の主治医)が感染症専門の先生で、たまたま当直の先生が発作の専門の先生だったのが幸いで、ICUに入る前から脳の腫れをひく薬や血液をさらさらにする薬を使っていただいたので、壊死性脳症だけど後遺症は中程度で済みました。
脳は壊死している所はありますが萎縮はありませんでした。
運動面でなかなか回復が難しくまだズリバイです。
しっかり座れません。
認知面では2歳前後で少しずつですが年相応に追いついてきています。
表情がしっかりしていて、こちらの言ってることも割とわかっているので、見た目には普通です。
初めは追視も出来ずに緊張も強く、首は座らないし手はグーのままだし足は硬いし・・・・
その頃と比べると、今は別人のようです。
足首の硬さはなかなか取れませんが、手は大分思うように動かせるようになりました。
言葉も一度全て失いましたが、はっきりではないですがまた随分増えてきました。
発作は14年の8月頃から部分発作が出てきて、半年かけてお薬でコントロール出来ました。
今のところ止まってますが、すばらしい脳波なので今後気をつけないといけません。
今は、訓練に通いながら障害児のいく保育所に通ってます。
普通の保育所に併設していて、よく合同で保育してるので子供にとってすごく刺激になってます。
これまでの回復も初めは病院の先生だって予想できなかったことで・・・・
子供の未知の発達はあると信じて毎日頑張ってます。
[返事]
はじめまして。
このたびは、前向きなお気持ちのメールをいただきまして、ありがとうございます。
また、息子さんが原因不明の急性壊死性脳症にかかられた当時から、私達のHPをご覧くださっているとのこと、重ねてお礼申しあげます。
息子さんはお医者さんの懸命の治療や訓練の甲斐もあって、ずいぶん回復されていますね。
また、その回復にあわせるように、お母様のお気持ちも現状を受け入れられない状態から、発達を期待し、がんばっていこうというふうに変化してこられたのですね。
しかし、この2年近くの間、緊張の強さがなかなかとれないことや発作が現れたことなど、お母様のお気持ちも行きつ戻りつしながら前向きなものにかわってこられたこととお察しします。
障害児の保育所に通っておられるとのことですが、普通の保育所に併設されていて、合同で保育されてることもあるというのは、ユニークですね。
たくさんの刺激を受けて、さらに回復されますことをお祈りいたしております。
それでは、これからも共に歩んでいきましょう。
No.142[熱性けいれんの重積症を発症された娘さんをお持ちのお母さんから]
はじめまして。
1歳半の娘をもつ母親です。
今年のお正月、1月2日に発熱し、痙攣を起こし、救急車で搬送されました。
始めは熱性痙攣とのことで、座薬だけ入れて返されたのですが、戻って一時間もしないうちに痙攣が再発、今度は呼吸も止まり、意識もなく、痙攣も点滴をするまで止まりませんでした。
何時間か病院の廊下で待たされた後、先生から聞かされたことはインフルエンザ脳症の可能性があるということ。
始めて聞く病名でしたし、何が何だか分からないまま、ICUに入った娘を涙ながらに見つめていました。
回復を祈りながらの入院生活中、こちらのホームページを何度となく見せて頂き、病気について学ばせて頂き、同じような思いをされたご両親の言葉をひとつひとつかみ締めておりました。
幸い、娘は徐々に元気を取り戻し、約1ヶ月の入院の後、経過から考えると熱性痙攣の重積症だろうと言われました。
退院後も、いつまたあの痙攣が起こるのかと不安で眠れない日々が続きました。
あの時の経験は、私たちの中で今なお鮮明に残っています。
そして、命があるという有難さを思い知らされています。
娘に今後何があろうとも、このことを忘れず真剣に育てて行こうと思うようになりました。
健康であることの有難さや、命の大切さ、それが当たり前のものではなく、とても幸せなものだと言うこと、娘の病気を通して学びました。
彩花ちゃんからも沢山勇気を頂きました。
本当にありがとうございました。
これからも、また育児で悩んだ時にはホームページに遊びに来させて下さい。
また大切なことを教えていただけると思います。
皆さんのお幸せをお祈り致しております。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、メールをくださったこと、うれしく思います。
娘さんが年始にインフルエンザ脳症の疑いでご入院されていたとのこと、突然の出来事に大きく動揺されたこととお察しします。
しかし、娘さんの体力とお母様の願いが届き、無事退院されたのですね。
現在は、まったく発症前と変わらぬ生活を送っていらっしゃるのでしょうか。
同じような状況に置かれた親御さんに、このような経過をたどられた方もいらっしゃるということを私達のHPでお伝えできればと思っております。
もしよろしければ、今回いただいたメールの内容を「みなさんからの反響」のページに掲載させていただきたいのですが、いかがでしょうか。
お返事いただけると幸いです。
それでは、しばらくはご心配なことと思いますが、健やかに成長されますことをお祈りいたしております。
[No.143 原因不明の脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]
HP、読ませていただきました。
当時のことを思い出し、泣けました。
私には、現在小4になる娘と小1になる息子がいます。
娘は3才の時に熱性けいれんを起こし、それが元で知能が赤ちゃんに退行してしまいました。
「熱性けいれん重積」「脳症」などと書類には書かれましたが原因や病名は未だにはっきりしません。(私は薬害もあると思ってますが・・・)
詳しい経過は長くなるので省きますが、現在娘は脳波も正常になり、元気に普通学級に通っています。(勉強はついていけませんが・・・)
あの運命の日のことは忘れもしません。
直前の娘の言葉や様子は今でも覚えています。
病院の対応の悪さを。
出来ることならあの日に帰りたい(誰もが思ってるでしょうね)と何度願ったことか。
「私が持ってるものならみんなあげる、目だって、手だって、足だって、心臓だって構わない。娘を返して!元に戻して!どうして?うちの子が?」と繰り返し思う毎日でした。
娘が生きてることに感謝すべきなのに・・・
「お母さん」そう呼んでくれるだけでいい・・・と思ってたのに、贅沢ですね。
上を望んでしまう母です。
色々お話できたらいいなと思います。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。
娘さんが3歳の時に、原因不明の脳症にかかられたとのこと、彩花も3歳の時にインフルエンザ脳症を発症し、現在4年生ですので、とても近しいものを感じます。
親は身代わりになってでも、娘を元に戻してやりたいと思うものですよね。
そして、できるようになることが出てくると、どうしてももうひとつ上を望んでしまうものですね。
贅沢なのかもしれませんが、私達も同じような思いを抱きました。
彩花には彩花なりのペースがあると分かっていながら、せめてこれくらいはできてほしいと思ってしまいます。
娘さんは普通学級、彩花は障害児学級と少し立場は異なりますが、情報交換などさせていただければと思います。
それでは、また。
No.144[急性脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]
初めてメールします。
今年の4月に突然4歳になる息子が急性脳症になり、今現在退院しています。
状況ですが、息子は、歩くことができます。
常に部屋を歩き回っています。
耳も聞こえている様子(どこまで聞こえているかは?)、目も少し合うようになり,追視もちらっとできるようになりました。
しかし、理解ができなく、声は出すのですが話ができません。
呼びかけにも反応しません。
親としては、何かいいリハビリなどがあればしたいのですが、先生にやっても意味がない。
家で今までどおりの生活も刺激があってリハビリと同じといわれています。
どうしていいのか毎日考えているのですが、わかりません。
そんな時、ホームページを拝見させていただきました。
リハビリなど教えていただけたらうれしいのですが。
[返事]
はじめまして。
このたびは、息子さんの急性脳症の後遺症のことで、悩んでいらっしゃるとのこと、突然の出来事にどうしていけばよいのか、手探りの中で不安を抱えていらっしゃることとお察しします。
今までどおりの生活もリハビリになるというのは、お医者様のおっしゃるとおりだと思いますが、親としては、何かしてやりたいという思いが生まれて当然のことと思います。
私達も子供のリハビリに力を入れている病院の近くに引っ越し、今も学校に通いながら、病院と療育センターでリハビリを受けています。
さて、息子さんは4歳ということですが、幼稚園か保育園には通われていらっしゃるのでしょうか。
いずれは、就学を迎えられますし、子供は子供の中で育つ部分もありますので、通われていらっしゃるようであれば、その場は大切にされた方がよいと思います。
リハビリに関しては、都道府県に少なくとも1カ所は子供のリハビリに力を入れている病院があろうかと思います。
また、療育園、療育センターなどの名称で、障害児の通園施設があろうかと思います。
まずは、お住いの近くで、このあたりの情報を得られたら、いかがでしょうか。
都道府県の児童相談所や市町村の児童福祉担当課にご相談されれば、情報が得られるものと思います。
彩花の場合も、退院直後は、休む間もなく身体を動かしていましたが、時間が経つにつれ、落ち着きを取り戻しています。
また、落ち着きを取り戻せるようになると、ものや人をしっかり見つめることができるようになってきました。
それから、リハビリの先生からは、リハビリそのものだけでなく、日常生活でのアドバイスなどもいただけますので、うまく活用されると良いと思います。
それでは、まだ退院後、日も浅く、息子さんのことが気がかりな時期と思いますが、くれぐれもお身体にはお気をつけください。
「同じお母さんから]
お返事有難うございます。
うちの息子はもともと熱性痙攣と喘息をもっていて年に3、4回は短期入院をしていました。
でも、とても元気でおしゃべりで幼稚園にもいっていました。
あの日がくるまでは・・・。
その日は、少し咳が出ていたけど元気なので、幼稚園にも行き、帰ってきても自転車で散歩にいき、いろいろとお手伝いをいつものようにしてくれていました。
夕方、だるいと言い出し熱を測ると38.5度、喘息発作もでてきたので急いでかかりつけの病院にいきました。
発作は軽いものでした。
しかし、夜になると酷くなるのを先生も知っていたので念のため入院しました。
その1時間30分後、突然の痙攣。
今まで6回痙攣をしていたけど、明らかに今までとはちがう酷いもので、いろんな薬を入れても止まらず、7−8種類目でやっととまりました。
1時間5分かかりました。
急性脳症だと言われたのは2週間後、反応がなくなり、うごけなくなりました。
不随運動も全体に酷く、寝ることもできなく、ずっと、おきていることも多くなりました。
顔つきは変わらないので、なぜ、聞こえないのか、見えないのか、話せないのか、不思議でたまりませんでした。
その後はしだいに首もすわり、食事もなんでもあげれば食べれるようになり、20日目には笑うことができるようになる。
26日目、一人で少しずつ長く座ってられるようになる。
28日目、立たせたらたてました。
33日目、一人でうつ伏せから座ることができるようになる。
38日目、 片手を持てばあるける。
43日目、スプーンを持つことができ、口へ。
48日目、一人で立ち、歩けるようになる。
49日目、退院。
運動面は日々元に戻ってきてる様子。
不随運動もなくなりましたが、落ち着きがなく常に歩いたり、座ったり、目がだいぶ見えてきたのか、いろいろ、触り、何でも口へ持っていきます。
しかし、おもちゃ、TV、音楽などに興味はなく、呼びかけにも反応しません。
たまに、音でにっこりするぐらいです。
知能面でとても心配しています。
メールなどを読ませていただいていると、うちはあまり検査をしていないようにおもえます。
CTは発病後2日目にして、きれいで問題ない時のだけで、それ以後はしていません。
あまりしても、脳にも本人にもストレスになるからだそうです。
たしかに、今できないことが脳のダメージ部分だと思うのですが、脳波も1回取って波が全体に低い、てんかんの波はでていないと言われました。
血液検査を2、3週間に1回するぐらいです。
やっと、平均値になりました。
皆さんは、どういう検査をしているのでしょうか?
いい病院があれば教えていただけると嬉しいです。
幼稚園は全面的に協力したい、受け入れますと言ってくれました。
すごく、うれしい言葉をいただきましたが、まだいっていません。
病院の先生がまだ無理、もう少ししたらにしましょうと言われているからです。
理解もできなくて通えるのか不安です。
皆さんはどういう状態で行かれているのでしょうか。
ぜひ、聞きたいです。
長々とすみませんでした。
最後にこんなに同じ病気の子がいるなんて、おどろきです。
治り方もその子によって全くちがうんだと思いました。
それと同時に、こんなにいるのに、今の医学でなぜ治療法、治療薬がないのかが納得できなく、親としては、皆さんいらだたしいことと思います。
はやく、確立してほしいですね。
No.145[ヘルペス脳炎で娘さんを亡くされたお母さんから]
私は、15年間世の中にこんなにも苦しんでいる方達がいらっしゃる事を知らずにすごしてきました。
当時は、何の情報もないまま、何故私の娘だけがと神様を怨みました。
助かっても寝たきりで半身不随でと言われました。
どういうかたちでも生きていてとの願いもむなしく娘は旅立ちました。
メールを読みながら涙が止まりません。
皆さん、苦しんでらっしゃる。
どうか大変でしょうが、お二人のお子さん育ててください。
また、拝見させて下さい。
[返事]
私達のHPをご覧いただき、ありがとうございます。
15年前は、お医者様からの情報も少なく、インターネットのような便利なものもなかったですので、孤独な中で闘病されていたのではと拝察いたします。
そして、その後も、娘さんのことを思い、苦しんでいらっしゃることに胸が痛みます。
立場は異なりますが、多くの方との情報交換をHPに掲載することで、孤独感を払拭できる一助になればとの思いもあって、HPを運営しています。
今回いただいたメールの内容についても匿名で私達のHPの「みなさんからの反響」のページに掲載させていただきたいのですが、よろしいでしょうか。
お返事いただけるとありがたいです。
No.146[急性脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]
はじめまして。
ホームページを拝見させていただき、メールを書きました。
私の娘は、1歳5ヶ月の5月11日夜に痙攣を起こしました。
その後、3日間苦しみ続け転院しました。
そこで初めて急性脳症と診断されました。
死線をさまよい、一命をとりとめました。
しかし、重度の身体・知的障害が残りました。
私のことはもちろん分からず、手足と首を少しだけ動かせる程度です。
2ヶ月の入院後、退院して3日が過ぎました。
ねむらせる薬から覚めてから、もう1ヶ月以上もうなり泣き続けています。
食べるときと眠るときだけは泣き止みますが、起きている間中ずっと泣き続けています。
こんな状態になり、生きていて本当に良かったのか、こんな状態で幸せなのだろうか、常にこの事が頭をよぎります。
アヤカちゃんのママの文章を読んでいると、共感する部分があり、泣けてきます。
でも私にはまだ、どうしても前向きになることができません。
前向きになれるには時間がかかりましたか?
突然のメールですみません。
お話を聞いていただきたかったもので・・・
[返事]
はじめまして。
このたびは私達のHPをご覧になり、娘さんが退院されて間もないこの時期にメールをくださったこと、ありがたく思います。
メールを拝読し、泣き続けておられる娘さんをどのように育てていけばよいのか、先行きの見えない不安の中にいらっしゃるのではとお察しします。
私達もまだまだ脳症という病気が知られていない中で、退院後、彩花をどのように育てればよいのかと途方に暮れていました。
また、発症前と変わってしまった彩花が不憫でなりませんでした。
そのような中で、前向きな気持ちが持てたと思えたのは、1年が経過した頃でした。
それまでは、暗く長いトンネルの中にいるような思いでいました。
今は娘さんも泣いてばかりとのことですが、この状態がずっと続くとは思えません。
一命をとりとめるだけの生命力をもっていらっしゃったのです。
まだまだ、回復できるのではないでしょうか。
その中で、娘さんの笑顔が増えてくることを願っています。
そして、この回復を糧に一歩一歩進んでいきましょう。
それでは、退院後、日も浅く、精神的にも肉体的にもしんどい時期かと思いますが、くれぐれもお身体にはお気をつけください。
No.147[特異的な脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]
4月に3歳になったばかりの娘が、5月9日に意識障害、呼吸困難痙攣重積にて入院いたしました。
「頭が痛い」それが娘の最後の言葉になりました。
高い熱が上がっては下がり、そんな状態が10日ばかり続いたその日、私は嫌な予感がして、係りつけ医から大きな病院で検査を受けたいと電話をして受診したのは昼過ぎでした。
レントゲン、そしてCTと終え、その頃に、目が左上に上がったまま、呼んでも返事をしないことにどうしたんだろうと・・・ 考える間に、点滴をするとのことで、診察室に連れていったところ、これはいけないと挿管され、救急車で大きな病院に移送されました。
1ヶ月あまり痙攣が止まらず、結果特異的な脳症とのことで浮腫もないまま、萎縮が見られたとの所見。
7月29日、人工呼吸、MAチューブの抜管、そしてやっと退院できることになりました。
私事ではありますが、今後回復に向けてどんな風に家で生活していけばいいのかとても不安です。
また、運動面はともかく、感情、表情の表れがでてくるものか・・・
せめて、笑えるように、楽しいと感じられるようになることが、私達夫婦の願いです。
入院中は何度も何度もあやかちゃんの歩みを読ませていただきました。
[返事]
はじめまして。
まずはご退院、おめでとうございます。
娘さんが特異的な脳症にかかられ、退院後の生活に不安を抱えた中でメールをくださったこと、ありがたく思います。
今のところ、リハビリはどのようにされているのでしょうか。
「みなさんからの反響」のページに掲載させていただいていますように、脳症の後遺症の方もいろいろな方がいらっしゃいます。
知的な面の回復の早い方もいらっしゃれば、彩花のように運動面の回復の早いものもいます。
我が子の笑顔は本当にかけがえのないものです。
彩花はプールが大好きで、良く笑顔を見せてくれます。
退院後すぐですので、お勧めできないかもしれませんが、お風呂などでも良いですので、まずは、娘さんが心地よいと感じられることを見つけられると良いですね。
それでは、娘さんの更なる回復をお祈りいたしております。
No.148[喘息治療で入院中にインフルエンザ脳症にかかられた娘さんをお持ちのお父さんから]
私は、今年の2月にインフルエンザ脳症になった娘(三歳)を持つ父親です。
娘は喘息治療で入院中にインフルエンザにかかり、その後脳症になりました。
「あやかちゃん」のホームページは、娘が入院中にいとこから教えてもらい、知っていました。
病室に夫婦で寝泊りしていましたが、いとこがホームページを印刷して届けてくれたのを、何度も読み返しました。
病室で、なぜ?どうしてうちの娘が?もっと注意していれば!と何度も思い悩みました。
いとこは、無事回復された方のところだけを送ってくれていたのですが、退院後、自分でホームページを見たとき、とても恐ろしくて全てに目を通すことができませんでした。
あれから5ヶ月ほど経ち、先日、多少気になることもあるのですが娘が特に大きな問題もなく三歳児検診を終えることができ、ようやく恐怖心を取り去ることができました。
今日、私たち親子が経験したことをできるだけ正確にお伝えし、同じような経験をされた方に少しでもお役に立ちたいという思いと、もうこんな辛い経験をされる方がお一人でも少なくなるように、治療や予防に貢献できればと考え、メールを出させていただく決心をいたしました。
概要を述べさせていただきますと、
・娘の脳症は軽度(MRI等で異常なし)でしたが、言語面(理解力も)が大きく後退。
・1月で退院できたが、しばらく言語面の回復なし。
・ある日を境に急に言語(理解力も)が回復してきた。
・医師の指示で、入院中に点滴で使用していた喘息治療薬(テオフィリン系)と同様の薬のテオドールの使用を止めた(痙攣の副作用があるとかで)。
となります。
特に、3歳前の娘の言葉と理解力が急に回復してきたきっかけになった日の様子と、喘息治療中にインフルエンザになってしまったことについて気になることを私達の経験から書くことで何かお役に立てるのではないかと考えています。
いろいろな経緯があって、病室で父親である私の見ている前で、夜中に直前まで高熱ながらも会話していた娘がクシャミ&咳を同時に何度かした直後に痙攣を起こし、1時間後には人工呼吸器と何本もの点滴がつけられ、翌日には目を覚ましました。
会話できていた夜には、急に意味不明なことを叫んで泣いたので、驚いた記憶があります。
なんというか、インフルエンザ脳症の一部始終をこの目で見ることになってしまいました。
私が見たことを今後の治療や予防に役立てていただくことが可能ならばどんなことでもお話したい気持ちです。
経緯は以下の通りです。
2月某日 娘が喘息の治療で入院(喘息治療薬を点滴)。
私が付添いとして一緒に泊まる。
2日後 入院中に娘が39度以上の高熱をだす。
先生から「翌朝インフルエンザの検査をしましょう」といわれる。
夜中 高熱ながら寝ていた娘が急に怯えて大声で泣いて起きる。
しかし、その後「ジュースのむ」「ちょっと寒い」と言って
普通の様子に戻ったので安心。
朝4時頃 娘がうとうとしはじめたので、寝る準備をしていたら、
娘が咳とくしゃみを同時に連続して数回した。
その直後、視線が宙を舞うような感じになり、
呼びかけても反応しなくなった。
すぐにナースコールして看護婦さんに来てもらう。
看護婦さんが来た直後に痙攣が始まる。
座薬でも痙攣がとまらず、呼吸ができていない。
すぐに当直の先生に来てもらう。
酸素マスクをしながら血液検査をしてインフルエンザ香港A型であることが判明。
朝5時頃 治療をしてもまだ意識と自呼吸がもどらない。
人工呼吸器をつける。
先生からインフルエンザ脳症の疑いがある、といわれる。
先生から治療方法について説明を受け、同意する。
ガンマグロブリンの大量療法の治療を開始。
インフルエンザの治療としてタミフルを使用開始。
このとき、先生から
「喘息治療として点滴で使用したテオフィリン系
の薬が痙攣を起こす副作用があるのですぐにやめる」
といわれる。
朝7時頃 CTによる検査で異常なし。
朝9時頃?(おそらく) 最後に残っていた点滴を入れるため
先生が娘の右手の甲に注射したとき、娘が目を覚ます。
先生に「こんなにはやく目が覚めることはとてもよいことです」
といわれる。
ベットで人工呼吸器をつけた娘が目を覚ました直後に
私を見つけて安心したような顔をする。
しかし、すぐに人工呼吸器の管を見て不思議そうな顔をする。
その後、麻酔が効いて眠る。
さらに
2日後 人工呼吸器がはずれる。
人工呼吸器が外れた後、「ジュース飲む」とか
人形の名前を全部間違えなく呼んだり出来たので、ほっとする。
1週間後 妻が娘の様子が変なのに気付く。
返事が返ってこなくなった。
意味不明なことを言う。
先生に相談したが、原因がわからないのでMRI検査を早めることにする。
MRIで異常なし。
2週間後 点滴が全部外れる。
病院内を一人で歩けるようになる。
脳波検査で異常なし。
髄液検査などの結果から、あらためてインフルエンザ脳症(ただし軽度)と診断が下る。
3週間後 一日外泊の後、退院。
娘は幸運なことに、意識が戻るのが早く、その後の体力的な回復も非常に順調でした。
一時は先生から「後遺症はおそらく残らないでしょう」とまでいわれていました。
しかし、人工呼吸器がはずれた直後は以前の娘のように会話できていたのに、1週間程たつと、会話ができなくなり理解力も後退したように感じて、とても不安でした。
この頃から退院後1月ほどは、私たち家族にとってとても重苦しい日々でした。
一見、以前の娘と変わらないのに、会話が通じない、意思が通じないことの苦しさ、辛さを痛感しました。
妻も、途方にくれて娘をただ眺めるだけのときもありました。
そんな様子を娘も敏感に感じたようで、そういうときは意味もなく大泣きしていました。
しかし、妻はいろいろと思案してくれて言葉で遊べないならと娘とボール遊び(蹴ったり投げたり)をするようにしました。
娘はこれがとても楽しかったようで、非常にはしゃいでいました。
あと、不思議なことに娘は会話は出来ないのに歌うことはできました。
というか、歌を覚えていました。
そこで私は娘と会話するかわりに、いろいろな童謡を一緒に歌うようにしました。
こうしているうちに、私たち夫婦は、娘が楽しいとか、うれしいとか感じた後に言葉や理解力が少しずつ戻っていることに気付きました。
ある日、階段で2階からボールを転がすと、娘が非常に喜んだので、私たちも面白がって何度も何度もそれをして遊びました。
娘は遊び終えた後、とても興奮していました。
そして夕方、私が襖が閉まっている部屋に入ろうとした時のことです。
退院後はじめて娘が自分から「こうしたらいいんじゃない?」と襖をあけてくれました。
このとき、私たち夫婦は思わず目を合わせました。
「あぁ、もとに戻ってくれた!」と思いました。
その後は、徐々に言葉が戻ってきました。
現在は、たくさん喋れるようになって毎日がとてもにぎやかです。
もっと書きたいことは沢山あります。
他に書くべきことを書き忘れているかもしれません。
今は、娘のことを思ってくれた方や治療してくださった先生方、予定外なのに看てくださった言語療法士の先生に感謝しております。
それにもまして、インフルエンザ脳症という恐ろしい病気の解明が少しでも進んでほしいという願いでいっぱいです。
もし、医療関係者の方がご覧になっていましたら、是非、テオフィリン系の喘息治療薬とインフルエンザ脳症の因果関係を解明して頂きたいと思っています。
素人の私の考えは間違ってるのかもしれませんが、やはり、どうしても気になるのです。
病室で娘の人工呼吸器の機械音を聞きながら、消灯後薄暗い中で、いとこが印刷してくれた「あやかちゃんのホームページ」の記事を読みあさっていました。
読みながら、大丈夫、娘はきっとよくなる、と自分に言い聞かせていました。
それが今、このようなメールを書くようになっているとは、自分でもこの体験を心の中で整理できていません。
なぜ、このような体験を私たち家族がしなければならなかったのか?これからも謙虚に考えていくつもりです。
ただ、なんとなくですが、あれから家族、親戚、ご近所の方との絆が強まったように思います。
まだ正直言って娘が痙攣を起こした瞬間のことを忘れられてはいません。
今思い出しても恐怖と苦しさが思い出されて息が苦しくなります。
ただ、最近の娘を見ていて、こうも思えるようになりました。
「きっとこの子がインフルエンザ脳症になったことすら忘れてしまう日がくる」と。
子どもの成長力は親が考えているよりずっと強いようです。
最後に、このように書かせていただく機会を与えてくださった「あやかちゃん」のご両親様にお礼申し上げます。
[返事]
はじめまして。
このたびは、他の方のお役に立ちたいとの思いからメールをくださったこと、ありがたく思います。
娘さんが発症された折には、自責の念と先の見えない不安にかられていらっしゃったこととお察しします。
その後、劇的に回復されたとのこと、娘さんの回復力とご両親の願いが通じたのでしょうね。
No.149[インフルエンザ脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお父さんから]
私には1歳4ヶ月になる息子がいます。
今年の1月24日高熱を出し痙攣がおき救急車で病院に運ばれました。
妻は仕事(夜勤)で私の母が抱いて寝ていた夜の事です。
これがはじめての高熱でした。
痙攣は1時間位続き、私はただ見守るしかありませんでした。
インフルエンザと診断されました。
しかし・・・その後脳症の疑いあり、意識が戻らないまま県病に転送されました。
目の前が真っ暗になり、何も考えられなくなりました。
毎日が神頼みと、うちの子は大丈夫!と思うようにしていました。
1週間すると、先生が点滴を少しずつ減らし始めました。
目は開けてくれましたが、やはり、1ヶ月の赤ちゃんに戻っていました。
首はぐらぐらで、、、。
でも徐々に発育してくれ、2カ月で退院しました。
先生は今3ヶ月位かなとの事。
回復はその子によるからと。。。あきらめず毎日自宅で遊んでいます、それがリハビリになるから。
今では這い這いがスピードアップしています。
あやかちゃんの、おかげで、私たちは勇気をどれほどいただいた事か。
インフルエンザ脳症の後遺症で一番目立つ事といいますと、片方の手を使っているときにもう片方がグーになってしまうこと、言葉の発育が遅い事(最近は大声出すんですよ)、這い這いから、中々歩こうとしないこと、です。
気長にと、思っていますが、同い年の子と遊ぶことがあると、気になるんですよね。
脳萎縮が全体的にあるとの診断ですから、あせりは禁物なのに、、、。
でも笑顔を見るたびにふっとんじゃいますが。
これからも一緒に歩ませてください。
子供の能力に希望をもち。
それでは失礼します。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。
息子さんがインフルエンザ脳症にかかられ、後遺症に悩んでいらっしゃるとのこと、先行きの見えない不安の中でお過ごしのこととお察しします。
そして、周囲のお子さんと比べてしまうと、さらにその不安が増幅されてしまうのではと拝察いたしております。
しかし、息子さんは息子さんなりのペースで回復されているご様子、息子さんの笑顔と成長を糧に見守っていただければと思います。
おっしゃるように遊びがリハビリそのものだと思います。
親子の関係も同年齢のお子さんとの関係も大切にしながら、息子さんが意欲をもって遊び、さらに回復されますことを願っております。
No.150[インフルエンザによる後遺症を持つ息子さんをお持ちのご祖母様から]
1996年に、インフルエンザに因り(解熱薬)現在も、後遺症に、家族共々、戦う毎日です。
今、4年生です。
言葉は6年前の3歳から失ったまま、多動、知的障害、もう日々大変です。
皆さん家族の方の協力だけで、暮らして行けるのでしょうか。
うちは、限界をこえています。
厚生労働省は、子供の将来に責任をとらないつもりなのでしょうか。
何か行動を、皆さんで起こされる時参加したいです。
個人で何を、如何にして良いか分からず、ただ、なぜか、腹立たしい気もちはたえず、誰かに、ぶつけたい、同じ年の子を見ると寂しくて、悲しいのです。
回りの理解も少なく、担任の先生が、よだれを流しタオルを噛んでる家の子の写真を撮りカレンダーを作りました、プレゼントです、と持って来られた時、思い遣りの無さと、どんな残酷な事を自分がしてるのかと、気づかない無神経さ、これは一部ですが、そんな世間で日々過ごしてます。
そんなのが、学校にいっぱいいます。
なんか、いやになりそうなので、この辺で、、、、。
又、聞いて下さい。
[返事]
はじめまして。
やり場のないお気持ちをつづったメール、拝読いたしました。
多動な息子さんとの生活に、困難をお感じのご様子、毎日のことだけに心身共にずいぶんお疲れのご様子と拝察いたします。
彩花の場合、肢体不自由もあり、息子さんとは大変さに異なる部分もありますが、やはり介護を放り出したくなる時があります。
お住いの市町村では、ホームヘルプサービスやショートステイなどの支援費制度はないのでしょうか。
私達の場合、ホームヘルプサービスをよく利用しています。
こちらでは、夏休み期間中はサマーホリデーサービスという制度もあります。
また、何かの時に備えてショートステイも利用できるよう契約手続きをしています。
このショートステイを週末など定期的に利用していらっしゃる多動のお子さんをお持ちの方もいらっしゃいます。
家族だけで抱え込まず、市町村役場にこういった制度が使いたい旨、ぜひ申し出られてはと思います。
周りの理解を得ることは、なかなか難しいですね。
特に相手に悪気のない場合、こちらの心は余計に傷つけられてしまいます。
私達の場合、学校に対しては、年に1回、校長先生と担任の先生とを交えて、親からのお願いの場を持ってもらっています。
また、地域の子供会や自治会の集まりで、彩花の状態を説明したりしています。
だまっていては理解は進まないと思いますので、話し合いの時間を持たれてはと思います。
また、親の会などで、悩みを共有し、意見交換を行う場を行っているところもありますので、こういったところに参加されてみてはいかがでしょうか。
お話をおうかがいするしかできませんが、私達でよろしければ何なりとおっしゃってください。
まずは、お返事まで。
No.151[インフルエンザによる後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]
こんにちは。
平成10年2月、当時2歳9ヶ月だった息子が、インフルエンザになり、3日後、意識障害でicu、小児病棟で8ヶ月入院しました。
元気いっぱいに走り回り、お話も上手になってきた矢先でした。
かあちゃんどこにいるの?・・・を最後に、言葉を失いました。
あの日から、流動食で寝たきりの生活で、もう5年になります。
障害をもつ子の母はつよい!!!と言われます。
いっぱい泣いて、悩んで、自分で答えをだして・・・障害を認め,すべてを受け入れて・・・ゼロからのスタートでした。
失ったものは数え切れません・・・。
でもそれ以上に、たくさんのものをもらいました。
息子を取り囲む人たちとの出会い、いっぱいの愛情・・・。
かけがいのない財産です。
あなたとの出会いも、息子がみちびいてくれたのだと思い、とても感謝しています。
現在、養護学校の重複クラス、2年生です。
時々、体調をくずし入院しますが、息子のペースでがんばっています。
よろしければ、お友達になってください・・・。
[返事]
はじめまして。
お友だちになってほしいとのメールをいただき、ありがたく思っています。
彩花と同じ平成10年2月に発症されたとのこと、親しみを感じます。
私達でよろしければ、情報交換などさせていただければと思っております。
まずはお返事まで。
No.152[インフルエンザ脳炎による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]
息子は、1歳6ヵ月の時に、インフルエンザ脳炎になりました。
3週間生死をさまよいました。
何とか命は取り止めたものの、眼球は上をむいたまま、ただ寝ているだけでした。
先生からは、「期待するな。」「このまま植物人間になってしまうでしょう。」と言われていました。
私は妊婦だったので知りませんでした。
主人がずっと付き添い、手や足をマッサージしたり、一生懸命話かけていました。
そんな中、薄紙を剥ぐように、手足を動かし、寝返りし、最後には歩いて退院しました。
今4年が経ち、息子は、保育園の年長になりました。
言葉は遅かったけど会話もできるようになりました。
少し目が悪いけど見えないわけではないです。
体の麻痺もないです。
けれど、目からの情報が乏しいので人より発達は遅れています。
ここまでくるには、苦労もいっぱいありました。
先の見えないトンネルの中で、死んで楽になりたいとおもったこともあります。
保育園では、障害者扱いで、私がつかないとお昼寝もさせてくれません。
悔しくて病気にさえならなければこんな思いをしなくてすむのにと何度も思いました。
しかし、頑張っているのは息子です。
少しでも目の訓練になればと私は盲学校を希望しています。
知能もしっかりしているので、目を治したいと色々な眼科をまわりました。
そしてたどりついたのが盲学校です。
長くなってすいません。
これからもお互い頑張りましょう。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールを下さったことうれしく思います。
息子さんがインフルエンザ脳炎にかかってから4年が経過されたとのこと、就学の時期を迎え、就学先をどうするかについては、ずいぶん悩まれたこととお察しします。
いま、ひとつの答えを出されたのですね。
来春からの学校生活が息子さんにとって、よりよいものになることをお祈りいたしております。
まずは、お返事まで。